類聚證

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時鳥あかず鳴くといふことは萬葉集にあり。證貫之。郭公こゑを惜まずといふ心まだしといふに證を引く。

暮るゝかと見れば明けぬる夏の夜を山郭公あかずとや鳴く

春ちぎり久しといふことは清水寺帝王之を用ゐ給へり。順うけならひ奉りて後の證に引く。さりながら是はかりそめのことなり。赤人のふるき女の許に罷りて、

逢ひそめし契し春はさもいはでなつかぬ我をあきになすかな

霞ながるといふことは順筆を執りて集のせたり。

                        貫  之
春霞ながるゝもとに青柳の枝くひもちて鶯の鳴く

あめ棚引くといふことは順集に載せたることなり。雨の降り來るはたなびきはじめのやうなり。

                        貫  之
春雨のたなびく今日の夕暮は月も櫻におとらざりけり

淚川といふことは、兼盛が人にかはりて、よそへて遣りけるなり。

衣河きて渡るべき樣なればこひはひもせぬものにぞ有りける

源の當純が難に答へて證にひく。麗景殿の女御の詠み給へる、

戀ひわたる袂ぞぬるゝおぼつかなそれをいふかも衣河とは

海人船燈山淺也といふこと順が集に載せたり。ありやうは人に問ひ聞くべきなり。

                        貫  之
大井河浮かべる船のかゞり火に小倉の山もなぎさなりけり

花と春とに若菜といふこと順俄に義を立つるなり。殿上の歌合に、兼盛花は春ひとつにゆくと詠む。順はなほおきてすてゝ、春はすぐると詠めるに、人々順はかつと趣けたりき。

十番     左勝 順   右 兼盛       判者小野

花だにも散らで別るゝ春ならば今日をわりなく惜まざらまし
行く春のとまりを知れるものならば我も船出て後れざらまし

夏草春の野邊にかゝれりといふことは、能信はじめの義なり。春の野に夏草生ふといふにはあらず。春野に生ひたるが夏に入るといふことなり。能宣、殿上の歌合に、

夏草のかほ露けくもかき分けて刈る人なしみ春の野邊かも

露枯の冬の柳といふことは順が集に載せたり。春をかへていふべし。

                        貫  之
露枯の冬の柳は見る人もかづらにすべくめもはりにけり

櫻薰ずといふことは、花の香にはあらず。人のながめすさむるをいふなり。順が曰く、色をいふにはあらずとは聞くべきなり。南殿の八重櫻を見て、

                        仲  文
九重に匂ふめるかな八重櫻とへ出でむとはいつか思はむ

柳まよふといふことは、順集に載する許りの歌の氣勢なり[1]

                        貫  之
春來れば枝垂り柳に迷ふ糸の妹が衣にふりにけるかな

あをやぎといふことはほんたいの詞なり。あをあぎとは漸く人々のいひたまひたるなり。小野・順・貫之が歌をまなばむ人は、時々あを柳といふべきなり。

                        貫  之
我せこが來ざらむ里のあをやなぎ枝折りてだに見るよしもがな
                        躬  恒
故里のあを柳こそ芽ぐみいづれ手をだに觸ればふしさしぬべし

春草萌出づということは萬人のいひつたへたることなり。

                        貫  之
春草の萌出づる野邊はくさまさにつくる山の心地こそすれ
                        躬  恒
白雪の降りはつめども消えもせで春の柳は萌出でにけり

千鳥つまよぶといふことは順が集に載れり。仁和寺にて、

                        貫  之
清き瀨に千鳥つま呼ぶ山ぎはに霞たつらむ神なびの里

鶯つまよぶといふことは、順が曰く、

                        貫  之
春くればつまを求むる鶯のうつらぬ枝の梅のなきかな

雲雀あがるといふこと、順が集に載れり。

                        貫  之
雲雀あがるみまきごほりに住む人はかぢはらあみはもつとこそ聞け

紅葉紫の色といふことは、小野・順・貫之。世に言ひふるさぬなり。

いほひえの秋に咲くてふものならば紫色の紅葉とぞ見む
                        忠  峯
紫に見ゆる紅葉を手折りつゝ色すきすがた今は取らさむ

戀のこれをしてうるほす程といふことは、順深き山のゆき、戀の日のほかに袖をうるほす、これを、

                        貫  之
奧山のしづりの下の袖なれや思のほかにぬれぬと思へば

雪雨に雲といふことは、さきには雪降りて後に雨降ることあるをみるべし。中務少輔賴成、雨降ると詠む。兼盛是用ゐず。

                        人 丸 之
都には珍しく見る初雪をあまぐもりつゝ降れば山里

貫之あま雲きり合ひと名づけたり。

雪降ればあま雲きり合ひぬと見れどきにそらはなぞさかずなりける

秋の霜といふことはなきことなれども人々いふことなり。つき霜と名づけたり。

                        赤  人
つきしもに色まさりけるもみぢ葉を秋の深きと思ひとけばかな

順集、貫之、秋霜培色といふ題、

秋はつる紅葉の濃きは夜なの降りける霜の色をますかも

荻の葉人をとふといふことはかりそめの事なれども、人々の皆いふことなり。

                        中  務
秋風の吹くにつけてもとはぬかな荻の葉ならば音はしてまし
                        忠  峯
霜枯の荻の葉のみぞ我をとふとふべき人は見えぬこのよに

衣打つ聲夜ふけて高しといふことは、閑かなるゝまゝに聲の高く聞ゆるなり。

                        兼  盛
さ夜ふけて急がぬ衣しでうつは聲は高くぞなりまさりける
唐衣聲は夜すがら聞くからに怨みて夜半に高く聞ゆる

月夜に梅の花折るといふことは聞きつかぬには如何。されども面白きことなり。躬恒しろしといふことを詠む。

しらししらけたる時月かげに雪間かきわけ梅の花折る[2]

こひ大和撫子といふことは人々つけたる名なり。戀しといふことなり。

攝津國のなかつの里に植ゑおきし大和撫子見るよしもがな

うら珍しといふことは、人々皆計申すなり。順が集に載せたり。

                        貫  之
我せこが衣の袖を吹きかへしうらめづらしき秋の初風

已上は小野宮庚甲の夜人々才覺のついでに珍しきこと證に引くなり。

ゆるさぬことども多し。

 秋の松風、命婦が義を引證[3]

攝津國の松風といふ所にて秋詠むなり。秋の松風と云ふにはあらず、難。

 雪のふりよしといふことは吉延義引證[4]

ふりよしといふ所長門にあり。そこにて詠めるなり。

 水にかくれて戀すといふ事は 義村義

 鶯の菜つみかきわけといふ事は 仲文義

 逢坂ひとりわたるといふ事は 仲文義

 めでたき所に戀まさるといふは 命婦義

 青柳の糸初めて春とくといふ事は 吉延義

 紅葉の色にこひゝとつといふは 吉延義

忠峯・兼盛・順・貫之・躬恒、その夜の判歌者なり。

 右以蜂須賀家藏本(竹柏園藏轉寫本)書寫畢、昭和十五年一月。 

脚注[編集]

  1. 底本では、この2行が逆
  2. 底本「時」に「よのイ」の傍書
  3. 返り点省略
  4. 返り点省略

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