韓國間行里程取極約書

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韓國間行里程取極約書

第一條
兩國政府ハ日本曆明治十五年八月三十一日
朝鮮曆壬午年七月十七日
兩國政府ハ各全權大臣ノ議定シタル續約第一款ノ旨趣ニ依リ朝鮮國仁川元山釜山ノ三港ニ於テ今年取擴ムヘキ間行里程ヲ雙方委任ノ大臣協議ノ上左ノ通定メタリ

第二條
仁川港

東ハ安山始興果川ヲ限ル
東北ハ陽川金浦ヲ限ル
北ハ江華島ヲ限ル

元山港

西ハ德源府管下馬息嶺ヲ限ル
南ハ安邊府管下古龍池院ヲ限ル
北ハ文川郡管下業加直ヲ限ル

釜山港

東ハ機張ヲ限ル
西ハ金海ヲ限ル
南ハ鳴湖ヲ限ル
北ハ梁山ヲ限ル

右ニ定メタル各地ノ境界ニハ兩國官吏立會ノ上標木ヲ以テ四方ノ限止ヲ明ニスヘシ

第三條
來ル日本曆明治十七年朝鮮曆甲申年更に擴張スヘキ里程ノ境界ハ其ノ期ニ至リ兩國委員議定ノ上此ノ約書ノ附錄ト爲スヘシ

第四條
此ノ里程内ニ於テ日本人隨意遊獵スルヲ得ルト雖モ人家接近ノ地竝ニ朝鮮政府ノ禁制スル場所ニ於テ發銃スヘカラス

第五條
日本人此ノ里程内ニ在テ或ハ暴行ヲナシ又ハ境界ヲ踰越スル者アル時ハ地方官吏ニテ之ヲ取押ヘ日本領事館ニ送交シ或ハ其ノ地ニ引留置領事館ニ通知シ處分ヲナサシムヘシ但引留又ハ送致ノ際苛虐ノ取扱ヲ爲ス可ラサルハ勿論引留時間ハ領事館往復ニ必要ナル時間ニ限ルヘシ

第六條
此ノ里程内ニ於テ朝鮮人往來ノ日本人ニ對シ暴行ヲ爲ス者アレハ地方官速ニ吏ヲ派シ之ヲ救護シ其ノ暴行人ヲ嚴罰スヘシ

第七條
日本人間行ノ際或ハ日暮歸ル能ハス或ハ途中疾病事故等有テ行ク能ハサル者ニ遇ハ沿路ノ人民其ノ請ニ應シテ轎馬ヲ雇ヒ或ハ其ノ家ニ休宿セシムル等懇切ノ取扱ヲナスヘシ但其ノ轎馬費宿料等ハ該日本人ヨリ完清スヘシ

第八條
第四條ヨリ以下ノ諸條ハ朝鮮政府ニテ里程内ノ鄕村及道路ニ揭示シ人民ヲシテ能ク遵奉セシムヘシ

右確實ナルヲ證シ兩國ノ各委任大臣記名調印スルモノナリ

大日本國明治十六年七月二十五日 全權大臣辨理公使 竹添進一郞
大朝鮮國開國四百九十二年六月二十二日 全權大臣督辦交涉通商事務 閔泳穆

この作品は1926年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。