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隔離演説

提供:Wikisource


再びシカゴに来たことを、そしてとりわけ、市民の地位向上というこの重要計画の実施に加わる機会を得たことを嬉しく思う。

大陸横断の旅の途中、私は自治体と連邦政府とが良識ある協力を行った事例を数多く拝見した。また、私を出迎えてくれた何万もの米国民からは、物質的・精神的福祉がこの2、3年で長足の進歩を遂げた様子をあちこちで見聞きしているとの報せを受けた。

だが、豊かな農場、活気ある工場、そして盛況な鉄道をこの目で見るたび――広い国土を覆う幸福と安全と平和を見るたび、我が国の平和と世界の他地域に広がる全く別の景色とを、私はどうしても比較せずにはいられなかった。現代に生きる合衆国民は、己の将来のためにも、外部世界について考えねばならない。だから私は国政の最高責任者として、明確な国家的重要問題に関して諸君に語るべく、この内陸の大都市とこの式典の機会を選んだのである。

近年悪化の一途を辿っている世界の政治情勢は、隣人と平和と友好のうちに生きることを望む全ての国民と国家に重大な懸念と不安を引き起こしている。

約15年前、60を越える諸国が自国の目的と政策を推進するに際して武力に訴えないと厳かに誓ったとき、国際平和の時代の継続への人類の希望は大いなる高みへと導かれた。ブリアン=ケロッグ平和協定に示された高い志とこうして導かれた平和への希望は近年、災厄に対する絶えざる恐怖へと変わった。現在の恐怖と国際的無法状態の時代は、2、3年前に始まった。

それは他国の内政に対する不当な干渉、または条約に違反する外国領の侵略を通じて始まり、今や文明の基盤そのものが深刻に脅かされる段階に達した。法や秩序や正義のある状態へと文明を進展させた実績と伝統は、払拭されつつある。

宣戦布告もなく、また如何なる警告も正当な理由もなく、女性や児童を含む一般市民が、空からの爆弾で容赦なく殺害されている。いわゆる平時にありながら、船舶が理由も通告もなく潜水艦によって撃沈されている。ある国々は、これまで彼らに害をなしたこともない国々における内戦を煽動し、加担している。ある国々は、己の自由を要求しておきながら、他国に自由を与えることを拒否している。罪なき人々や国々は残酷にも、正義感も人道的配慮も欠如した、力と覇権への貪欲さの犠牲となっている。

最近の言説を用いれば、「もしかすると、殺害の技術に狂喜した世界中の人々が激しく暴れる時代が来るかもしれない。そのようなことになれば、あらゆる貴重なものが危殆に瀕するであろう。あらゆる書籍と絵画と和音、2000年間を通じて得られたあらゆる宝、小さく繊細で無防備なもの――これら全てが失われ、毀損され、または徹底的に破壊されるであろう」。

もしもこうした事態が世界の他の地域でも起こるならば、米国だけがそれを免れ、米国だけが幸運に期待し、この西半球 だけが攻撃を受けず、平穏かつ平和裏に倫理と文明の真髄とを維持できるなどと誰が想像できよう。もしもそうした日が来れば、「兵器が安全をもたらす訳でもないだろうし、権威が何かの助けになる訳でもないだろうし、科学の中に答えが見付かることもないだろう。あらゆる文化という花が蹂躙されるまで嵐は猛威を振るい、全ての人間は大いなる混沌に打ちのめされるであろう」。

そんな時代が訪れず――、自由に呼吸でき、怖れることなく友好のうちに生きることができる世界が待っているのならば、平和を愛好する国々は、平和を確保するための唯一の礎たる、法と原理を共同で支持せねばならない。平和を愛好する国々は、単なる孤立や中立を通じては逃れられない今日の国際的無政府状態と不安定を生み出している、こうした条約違反と人道的本能の無視とに共同で反対せねばならない。

己の自由を尊重し、自由になり平和に生きるという隣人の平等の権利を認め敬う人々は、平和と正義と信頼を世界に広めるためにも、法や道義の勝利のために協力せねばならない。誓われた文言の信念や調印された条約の価値観に立ち戻らねばならない。国家の倫理が個人の倫理に劣らず不可欠であるという事実が認識されねばならない。

先日、ある主教から以下のような書簡を頂戴した。

現状では、戦争の恐怖を無力な市民、とりわけ女性と児童に教える傾向にあるが、そうではなく一般の人々のために語り掛けることこそが重要なのではあるまいか。そのような抗議は、現実を見よと主張する多くの者には不毛に見えるのであろうが、人類の心が現状の無駄な苦痛に対する恐怖で満たされるようなことなどあって欲しくないし、そうした力が将来このような惨状を軽減するに充分な規模で結集されることを願っている。文明社会がこの蛮行に対する集団的抗議に効力を与えるためにたとえ20年かかるとしても(そのような事態は神が許すまいが)、強く声を上げればきっと時代を動かせるはずだ。

現代世界には、結束と相互依存が技術面でも道徳面でも存在しており、如何なる国家も世界の政治経済の激変から完全に孤立することはできない。特に、こうした激変が広がりつつあり、終わる兆しのない時には尚更である。法と倫理規範との下で皆が遵守してきたこと以外は、安定も平和も国内的にも国際的にも存在し得ない。国際的無秩序は、平和のあらゆる基盤を破壊する。それは大小を問わず全ての国家の直近ないしは将来の安全を脅かす。故に、国際条約の尊厳と国際道徳の持続性との回復は、合衆国民にとって重大な問題である。

圧倒的多数の人々と世界の国々は今や、平穏に生きることを願っている。彼らは、貿易障壁の撤廃を求めている。人命と有益な資産を破壊するために軍用飛行機や爆弾や機関銃大砲を生産するよう努力するよりも、富を生む商品の生産を通じて己の富を増やすであろう工業農業やビジネスで努力することを願っている。

侵略のために軍備拡張を重ねているらしい国々や、国民と彼らの安全を脅かす侵略行為を恐れる他の国々では、国民所得のうち直接軍備に費やされている割合が非常に高い。その割合は、30%から50%まで様々である。我々合衆国民が費やす割合は遥かに少なく、11乃至12%である。我々は、実に幸福である。何しろ、大規模な常備軍と軍備の大量供給よりも、橋梁道路ダムや植林、土壌保全など、多くの有益な事業に投資できる状況にあるのだから。

それでも、私も諸君も、先見の明を持たねばならない。世界の90%の人々の平和と自由と安全は、全ての国際秩序と国際法との破壊を目論む残り10%の人々によって、脅かされつつある。法の下で、また数世紀にわたって広く受け容れられてきた道徳規範に従い平和に生きたいと願う90%の人々は、己の意志を通す何らかの道を見出し得るし、見出さねばならない。

状況は、確かに皆に共通する問題である。関係する諸問題は、単に特定の条約における特定の規定の違反のみに関するものではない。これらは、戦争と平和の、国際法の、そしてとりわけ博愛の原則の問題である。これらが協定の、とりわけ国際連盟規約、ブリアン=ケロッグ協定、及び9か国条約の明白な違反を含むのは事実である。だが、世界の経済、世界の安全保障、及び世界の博愛という問題をも含んでいる。 不正と根拠ある不満とを除去することの重要性を世界の道徳意識が認めねばならないのは確かである。だが同時に、他国の権利と自由を尊重し、条約の尊厳を守り、国際的侵略行為に終止符を打つという、基本的な必要性も喚起されねばならない。

世界的無法状態という疫病が広がりつつあるというのは、残念ながら真実らしい。体の病の流行が広がり始めた場合、共同体は病の蔓延から共同体の健全性を守るため、患者の隔離を承認し、これに参加するのである。

私は戦争に巻き込まれるのを避けるべく、平和政策を進めると共に、可能な限りの措置を講ずる決意である。現代にあっては、また過去の経験と向き合っていれば、如何なる国も、自国に仇なすこともなければ充分な防衛力も持たない弱小国の領土を、厳粛な条約を破って侵略することにより、全世界を戦争に巻き込む危険を冒すほどに、愚劣で冷酷であるとは考えられない。しかし、世界平和や全国家の幸福と安全は今や、まさにこうした事実によって脅かされているのである。 如何なる国も、自制したり他者の自由と権利を尊重したりすることを拒むことによって、強くあり続けたり他国の信頼と尊敬を得たりできるはずがない。如何なる国も、意見の相違を調整したり、他国の権利に配慮して耐え忍んだりすることによって、尊厳や名声を失ったことはない。

宣戦布告されようがされまいが、戦争というものは伝染病である。それは、戦場から隔絶した国家や国民を呑み込みかねない。我々は戦争に関わらないと決意したが、それでも戦争の破滅的影響や戦争に巻き込まれる危険性から身の安全を保障することはできない。我々は、戦争に巻き込まれる危険性を最小化すべくこうした処置を取ってはいるが、信頼と安全が破壊された無秩序な世界の中にあっては、完全な安全を確保することなどできない。

文明が生き残るためには、平和の君[1]の原則を回復させねばならない。粉砕された諸国間の信頼を復活させねばならない。とりわけ最も重要なのは、平和を愛好する国々にとっての平和への意志はそれ自体が、協定や他国の権利を侵害したがっているであろう国々に対して、そうした動機を放棄させるという目標の表現に違いないということである。平和維持に向けて、積極的に努力せねばならない。米国は戦争を憎む。米国は平和を望む。故に米国は、平和を求めて活発に取り組んでいるのである。

訳註

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  1. 「平和の君 (Prince of Peace)」とは、イエス・キリストのこと。

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