門人伝説 (一遍上人語録)

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もんじんでんせつ


しやうにんあるとき、しめしてはく、しやうだうじやうもんふんべつすべきものなり。しやうだうもんぼんなうそくだいしやうそくはんだんず。われこのほふもんひとにをしへつべけれども、たうこんにおいてはかなふべからず。いかにもぼんなうほんしふたちかへりて[1]ひとそんずべきゆゑなり。じやうもんしんじんはうして、さんがいろくだうなかまうするところひとつもなくしてわうじやうぐわんずるなり。このかいなかいちもつえうあるべからず。このをここにおきながら、しやうをはなるることにはあらず。

またいはくさんじんといふはみやうがうなり[2]。このゆゑしんしんげうよくしやうこくしようみやうがうしやくせり。ゆゑしようみやうするほかまつたさんじんはなきものなり。

またいはくじやうしんりきしふこころみだするをしんじつしんたいとす[3]そのゆゑとんじんじやかんひやくたんしやくするはしゆじやういぢをきらひすつるなり。さんどくさんごふなかにはいぢそくぼんなうなり。じんしんとは、じしんはげんにこれざいあくしやうじのぼんぶしやくして、ぼんなうそくほんぐわんみやうがうするをじんしんたいとす。しかればじやうしんじんしんしんしゆじやうしんじんのふたつをすてて、りきみやうがうするすがたなり。かうしんとは、りきしふとき[4]しよぜんみやうがうしよしよぜんいちがふ[5]するとき、のうしよいつたいなつて、なむあみだぶつとあらはるるなり、このうへはかみさんじんそくそくはい[6]してどくいちなむあみだぶつなり。しかればさんじんとはしんじんねんぶつまをすよりほかべつさいなし。そのしんじんてたるすがたなむあみだぶつこれなり。

またつねながけんしやうばう[7]しようしていはくさんじんしよはいほふもんはよくたてられたり。さればわうじやうとげられたり。

またいはくじやうしんしんじつといふこと、くわんさんぼん[8]いはく、「ものむにことさまによりて、くんよむことあり。くんよまざることあり」と。といふはしんなり。じやうといふはじつなりとしやくしたまひたる、ゆゑじやうをばくんにかへりてよむべからず。ただみやうがうしんじつなり。これすなはちみだしんじつといふなり。わがぶんこころよりおこすしんじつしんあらず。ぼんじやうをもてそくりやうするほふしんじつなし。ゆえんはいかんとなれば、のうえんこころまうなるゆへにしんじつなり。ただしよえんみやうがうばかりをしんじつとす。ゆゑみやうがうふかしぎどくともとき、またしんじつともとくなり。しゆきやうしゆだいだいらく〈大日〉こんがう〈阿閦〉くう〈寶生〉しんじつ〈彌陀〉さまや〈不空成就〉きやうといふ。もとよりしんじつといふはみだみななり。さればじやうしんしんじつしんといふは、りきしんじつするこころなり。

またいはくじんしんしやくしんげんざいあくしやうぼんくわうごふいらいじやうもつるてんむうしゆつりえんといふこと、ひとおもへらく、このためしゆざいはうをもとめはしり、さいとうたいしたるをこれぼんのくせなり。かかることをえすてねばこそざいあくしやうぼんものようにもたたぬぞとしやくせられたりと。このしからず。わるきもののしゆつようにもたたねばこそこのをばすつべけれ。さればしやくにはほとけすてしめたまふをばすて、さらしめたまふをばされとへり。わろしとはしりながら、いよいよあらはしてこころやすくはぐくみたてんとて、ざいはうさいをもとめて、しゆにくしんをもてやしなふことは、ゑせものとりたるかひなし。わろきものをばすみやかにすつるにはしかず。

またいはくしんげんざいあくしやうぼん[9]ないむうしゆつりえんしんじて、りきするときしゆしやうはとどまるなり。いづれのをしへにもこのくらゐりてしやうだつするなり。いまみやうがうのうじよいつたいほふなり。

またいはくじやうたつるはごんしやうじ、ぐわんわうじやうこころをすすめんがためなり。ごんをすすむることは、しよせんしようみやうのためなり。しかればじんしんしやくにはにんごんといふなり。じやうのめでたきありさまをきくにけて、ぐわんわうじやうこころおこるべきなり。このこころがおこりぬれば、かならずみやうがうしようせらるるなり。さればぐわんわうじやうのこころはみやうがうするまでのしよほつのこころなり。わがこころろくしきふんべつまうじんなるゆゑかのしゆいんあら[10]みやうがうくらゐすなはちわうじやうなり。ゆゑりきわうじやうといふ。うちまかせてひとごとにわがよくねがひ、こころざしがせつなれば、わうじやうすべしとおもへり。

またいはくじんしんしやくほとけてしめたまふものをばすなはちてよといへる。ほとけといふはみだなり。てよといふはりきしふなり。ほとけぎやうぜしめたまふものをばすなはちぎやうぜよといへる。ぎやうとはみやうがうなり。ほとけさらしめたまふところをばすなはちされといへる。ところとはゑどなり。ずゐじゆんぶつぐわんといへる。ぶつぐわんとはみだぶつぐわんなり。

またいはくねんしやしやといふは、なむあみだぶつほふいつたい[11]のうなり。あるひとにはつくといひ、あるひほふつくともいふ。いづれもへんけんなり。ほふみやうがうのうしりぬれば、つくれどもたがはず。ほふつくれどもたがはず。そのゆへはほふふにみやうがうなれば、なむあみだぶつほかのうもなくまたしよもなきゆゑなり。

またいはくじやうろつぽんしよぜん[12]りきしよじやうぜんたいをとき、さんぼんぼんなうぞくがいのすがたをとくなり。そのじつぎやうふく[13]ものじやうさんぼんととき、かいふく[14]ものをばちうさんぼんととき、ふく[15]ものをばさんぼんとくべし。そのゆへはいちみやうさんぷくいゐしやういんにみやうほんいゐしやうぎやうしやくして、ぼんともにしやうぎやうぜんあるべきなり。かうしんしよぜんみやうがうしよしよぜんと、しゆじやうりきときしよぜんいちになるときをいふなり。

またいはくずゐえんざふぜんなんしやうといへるずゐえん[16]といふは、こころほかきやうををいてしゆぎやうするなり。よそのきやうにたづさはりてこころをやしなふ。ゆゑきやうめつすればじやうじゆせず。これすなはちりきしふぜんなり。これをずゐえんざふぜんといふ。

またいはくといふはぼんなうなり。しよぎやうほふしふかくべつするゆゑに、いかにもしふあらばしゆぎやうじやうずべからず。いちだいけうぼふこれなり。ずゐえんびやうじやかくはうといふも、これりきぜんなり。

またいはくいまりきふしぎみやうがうじゆゆう[17]なり。じゆゆうといふは、みづみづをのみ[18]やくがごとく、まつまつたけたけ[19]そのたいをのれなりにしやうなきをいふなり。しかるしゆじやうしふいちねんにまよひしよりこのかたすでじやうもつぼんたり。ここみだほんぐわんりきみやうがうしぬれば、しやうなきほんぶんにかへるなり。これをりきほんめいげんぼんといふなり。みやうがうするほかわれとわがほんぶんほんかへることあるべからず。

またいはくのうといふはなむなり。じつぱうしゆじやうなり。これすなはちみやうぢよくちうえうみやうなり。しかるじやうぢうめつりやうじゆしぬれば、しふめいじやうをけづりて、のうしよいつたい[20]にして、しやうもとなるすがたをろくなむあみだぶつじやうじゆせり。かくのごとくりやうするをさんじんちゑ[21]といふなり。そのちゑといふは、しよせんりきしふじやうりやうすてうしなふなり。

またいはくわがたいなむあみだぶつどくいつなるをいつしんらんといふなり。さればねんしようみやうねんぶつねんぶつまをすなり。しかるをもわれよくこころわれよくねんぶつまをしわうじやうせんとおもふは、りきしふがうしなへざるなり。おそらくはかくのごときひとわうじやうすべからず。ねんねんさいふさいそうじてわがぶんにいろはず。ただいちねんほとけなるいつかうせんねんといふなり。

またいはくもとよりこのかたじこほんぶんてんするにあらず、ただまうしふてんするなり。ほんぶんといふはしよぶつしようみやうがうなり。まうしふしよいんもなくじつたいもなし。ほんしやうなり。

またいはくひとおもへらく、りきりきふんべつしてわがたいもたせて、はれりきにすがりてわうじやうすべしと。云云

このしからず。りきりきしよもんことなり。じたくらゐうちすてただいちねんほとけになるをりきとはいふなり。くまごんげん[22]しんしんをいはず。ざいざいろんぜず。なむあみだぶつわうじやうするぞとげんたまひしときより、ほふりやうして、りきしふうちすてたりと。これはつねおほせなり。

またいはくりきぜんしちまん[23]まん[24]をはなれざるなり。ゆゑけうまんへいだいなんしんほふといひ、さんごふぎやうけうまんともしやくするなり。むがにんなむあみだぶつしぬれば、あぐべきひともなくくだるべきもなし。このだうだいきやう[25]にはぢうくうさうぐわんざんまいといひ、あるひつうだつしよほつしやういつさいくうむがせんじやうぶつひつぢやうによせつともときたまへり。

またいはくごくらくはこれくうむがじやうなるがゆゑに。ぜんだうくわしやうひつきやうせうえううむへり。わうじやうにんとくにはかいじゆねんこむしんごくたいといへり。さればみやうがうしやうわうしやくびやくいろにもあらず。ちやうたんはうゑんかたちにもあらず、にもあらずにもあらず、ごみ[26]をもはなれたるゆゑに。くちにとなふれどもいかなるほふともおぼへず。すべていかなるものともおもはかるべきほふにあらず。これをむぎりよといひ、じつぱうしよぶつはこれをふかしぎとはさんじたまへり。ただこゑにまかせてとなふれば、ぐうしやうをはなるるごんだうだんほふなり。

またいはくりきときしふけうまんこころおこるなり。そのゆへはわがよくこころわがよくぎやうじてしやうはなるべしとおもふゆゑに、ちゑもすすみぎやうもすすめば、われほどのしやわれほどぎやうじやはあるまじとおもひて、をあげひとをくだすなり。りきしようみやうしぬれば、けうまんなしひげなし、そのゆゑしんじんはうして、むがにんほふしぬれば、じたひしにんなし。でんじんあまにふだうぐちむちまでもびやうどうわうじやうするほふなれば、りきぎやうといふなり。はんじゆさんに、さんごふきぎやうけうまんといふはりきぎやうなり。たんぽつじやうだいしんしんねんしやうあんらくといふはさんじんをすすむるなり。りきぎやうけうまんおほければ、さんじんをおこせとすすむるなり。



またいはくちうびやくだうなむあみだぶつなり。すゐくわにがわれこころなり。にがにをかされぬはみやうがうなり[27]

またいはくあみだきやういつしんらんといふはみやうがういつなり。もしみやうがうほかにこころをもとめなば、しんらんといふべし、いつしんとはいふべからず。さればしようさんじやうきやうにはじひゆう[28]りやうしんらんととけり。がおこすまうぶんいつしんにはあらず。

またいはくあんじんといふはなむなり。ぎやうといふはあみださんなり。ごふといふはほとけなり。ほふいつたいなむあみだぶつりぬれば、さんじん[29]しゆ[30]ねん[31]みなもてみやうがうなり。

またいはくけつぢやうわうじやうしんたらずとてひとごとになげくはいはれなきことなり。ぼんのこころにはけつぢやうなし。けつぢやうみやうがうなり。しかればけつぢやうわうじやうしんたらずとも、くちにまかせてしようせばわうじやうすべし。このゆゑわうじやうこころによらず。みやうがうによりてわうじやうするなり。けつぢやうしんをたててわうじやうすべしといはば、なほしんぼんにかへるなり。わがこころをうちすてていつかうみやうがうによりてわうじやうすとこころれば、をのづからまたけつぢやうしんはおこるなり。

またいはくけつぢやうといふはみやうがうなり。わがわがこころはぢやうなり。じやうせんかたちなればねんしやうめつす。しんまうしんなればまうなり。たのむべからず。

またいはく〈飾萬津別時結願の仰なり。〉みやうがうしんずるもしんぜざるも、となふればりきふしぎちからにてわうじやうす。りきしふこころをもてかくもてあつかふべからず。ごくらくむがなるがゆゑに、しふをもてはわうじやうせず。みやうがうをもてわうじやうすべきなり。

またいはくまんぼふ[32]よりしやう[33]ぼんなうよりしやうず。

またいはくみやうがうこころをいるるとも、こころにみやうがうをいるべからず。

またいはくしやうといふはまうねんなり。まうしふぼんなうじつたいなし。しかるにこのまうしふぼんなうこころもととして、ぜんあくふんべつするねんさうをもて、しやうはなれんとすることいはれなし。ねんすなはしゆつのさはりなり。ゆゑねんそくしやうしやくせり。しやうはなるるといふはねんをはなるるなり。こころはもとのこころながら、しやうはなるるといふことまたくなきものなり。

またいはくかんけいざんといふやまでらあり。ぜんてらなり。ふもとそとばめいねんぜびやうぞくやく云云ゆらしんばうこのじゆもんをもてほふたりと。云云

またいはくみやうがうねんぶつといふこといぢねん[34]よんねんぶつといふにはあらず。ただみやうがうなり。ものまつたけぞといふがごとし。をのれなりのなり。

またいはくねんしやういち[35]といふことねんしやうなり。ねんしようとをこんじていつといふにはあらず。もとよりねんしやういつたいなり。ねんしやういつたいといふはすなはちみやうがうなり。

またいはくねんぶつざんまいといふことさんまいといふはけんぶつなり。じやうには、ぢやう[36]げんしんけんぶつさん[37]りんじうけんぶつするゆゑさんまいづくと。云云このしからず。このけんぶつはみなくわんぶつざんまいぶんなり。いまねんぶつざんまいといふは、むしほんじやうぢうめつぶつたいなれば、みやうがうすなはちこれしんじつけんぶつしんじつさんまいなり[38]ゆゑねんぶつわうざんまいといふなり。

またいはくしようみやうほかけんぶつ[39]もとむべからず。みやうがうすなはちしんじつけんぶつなり。にくげんをもてるところのほとけしんぶつにあらず。もしわれたうげんほとけなりとしるべし。ただゆめにみるにはじつなることあるべし。ゆめろくしきばうじてふんべつくらゐにみるゆゑなり。このゆへにしやくにはぢやうといへり。

またいはくじゆんま[40]ぎやくま[41]のふたつあり。ぎやうじやこころじゆんじてとなるあり。ぎやうじやらんとなりてとなるあり。ふたつのなかにはじゆんまがなをだいなり。さいとうこれなり。

またいはくせつしゆしやよじさんえんしやくするなり。せふしんえん[42]あり。しゆごんえん[43]あり。しやぞうじやうえん[44]あるなり。

またいはくによらいきんかいをやぶれるあまほふぎやうずゐをし、をくるしむるは、またくこれさんにあらず[45]。ただごふとくいんぐわのことはりをしるばかりなり。しんじつさんみやうがうりきさんなり。ゆゑねんしようみやうじやうさんげしやくせり。りきしふこころをもてさんたつべからず。

またいはくりきしようみやうぎやうじやは、このはしばらくゑどありといへども、こころはすでにわうじやうとげじやうにあり。このむねめんにふかくしんぜらるべしと。云云

またいはくじひさんじゆあり。いはくせうちうだいなり。だいといふはほつしんじひなり。いまべつぐわんじやうじゆみだほつしんだいひつさげてしゆじやうしたまふ。ゆゑしんじつにしてむなしからざるなり。これをきやうにはぶつしんしやだいじひいむえんせつしよしゆじやうととけり。

またいはくわうじやうといふことわうなり。じやうなり。りちけいたうするをわうじやうといふなり。

またいはくゆゐしんざいふくのものはほとけごちうたがひてみづからがじやうをもてわうじやうぐわんずるゆゑに。わうじやうはしながらくわがふさはりあり。ろくしきぼんじやうをもてたとひどくしゆくわんねんこらすとも、のうえんこころまうなれば、しよえんじやうまたじつたいなし。ごくらくむがしんじつなれば、りきしふぜんをもてはまたくしやうずべからず。ただぐわんいちぎやうをもてわうじやうべし。しかればぼんげうをもてはしやうずべからず。ひつみやうゐごしようみやうほかしゆげうをもとむるは、しんじつぶつぽふをしらざるゆゑわうじやうすべからず。

またいはくしんじやくじやうなるをほとけといふ。げうをおこすはほとけといふべからず。げうまうしふなりと。云云このふうじやうつねおほせなり。



またいはくねんぶつさんぼんあり。じやうこんさいたいいへながら、ぢやくせずしてわうじやうす。ちうこんさいをすつるといへども、ぢうしよじきとをたいして、ぢやくせずしてわうじやうす。こんばんしやしてわうじやうす。われこんのものなれば、いつさいてばさだめりんじうしよぢやくしてわうじやうをしそんすべきなりとおもゆゑにかくのごとくぎやうずるなり。よくよくこころりやうすべし。ここにあるひととういはく、『だいきやうさんばいじやうはいしやよくととけり。いまおんにはさうせりいかん。』こたへてのたまはく、『いつさいぶつぽふしんぼんさたす。さうをいはず。しんぼんしやよく[46]してぢやくなることじやうはいとけり。』

またいはくほつせうぜんいはく、『ねんそくねんしやうそくしやう。』と。さればみやうがうすなはちみやうがうなし。りうじうさつしゆせつぽふみやうといへり。みやうとはこれみやうがうなり。またみやうがうじゆがうなり。ゆゑあみださんりやうじゆといふなり。このじゆりやうじやうぢうじゆにしてしやうめつなり。すなはちいつさいしゆじやうじゆみやうなり。ゆゑみだほつかいしんといふなり[47]

またいはくりやうじゅとは、いつさいしゆじやうじゆしやうめつにしてじやうぢうなるをりやうじゆといふなり。これすなはちしよさんほふなり。さいはうりやうじゆぶつありといふはのうさんほとけなり。しよぶつどうだうほとけなるがゆゑなり。

またいはくみなひとなむあみだぶつをこころえてわうじやうすべきやうにおもへり。はなはだいはれなきことなり。ろくしきぼんじやうをもてりやうすべきほふにはあらず。ただりやうげすといふはりやうげすべきほふにはあらずとこころるなり。ゆゑぜんだうさんげんじつしやう[48]ぶつそくしよしやくしたまへり。

またいはくじつぱうさんしよぶつふかしぎどくさんだんし、まただいきやうにはしよぶつくわうみやうしよのふきふときたまへり。くわうみやうさうなり。しかればしよぶつげんおよばざるところなり。いかにいはんやぼんまうまうしきをもてしりやうすべけんや。ただあほいしんしようみやうするよりほかげうちゑもとむべからず。

またいはくなむとはじつぱうしゆじやうなり。あみだとはほふなり。ほとけとはのうがくひとなり。ろくをしばらくほふかくとのさんかいして、つひにはさんぢういつたいとなるなり。しかればみやうがうほかのうしゆじやうもなく、しよほふもなく、のうがくひともなきなり。これすなはちりきりきぜつ[49]ほふぜつする[50]ところなむあみだぶつといへり。たきぎやくにたきぎつくればめつするがごとく、じやうつきぬればほふまたそくするなり。しかればこんがうほうかいしやういふもんには、なむあみだぶつなかにはもなくほふもなしといへり。いかにもほふをたててめいををかば、びやうやくたいほふにしてしんじつごくほつたいにあらず。めいほふぜつりきりきのうせたるをふかしぎみやうがうともいふなり。

またいはくなむかくあみだぶつほんがくほふなり。しかればほんふになむあみだぶつなり。

またいはくいちねんじふねんほんぐわんにあらず。ぜんだうしやくばかりにてはなほこころられず。もんじゆほつせうさづけたまひしは、きやういちねんじふねんもんありといへども、いちねんじふねんことばもなく、ただねんぶつわうじやうあほぐべしと。云云ねんぶつといふはなむあみだぶつなり。もとよりみやうがうそくわうじやうなり。みやうがうところにはいちねんじふねんといふかずはなきなり。

またいはくわうじやうはじめいちねんなり。はじめいちねんといふもなほつきていふなり。なむあみだぶつはもとよりわうじやうなり。わうじやうといふはしやうなり。このほふところをしばらくいちねんといふなり。さんさいだんみやうがうにふしぬればむしじうわうじやうなり。りんじうへいぜいふんべつするも、まうぶんつきだんずるほふもんなり。なむあみだぶつにはりんじふもなくへいぜいもなし。さんじやうごうほふなり。いづいきいるいきをまたざるゆゑに、たうたいいちねんりんじうとさだむるなり。しかればねんりんじふなり。ねんわうじやうなり。ゆゑしんねんしやうあんらくしやくせり。おほよそぶつぽふたうたいいちねんほかにはだんぜざるなり。さんすなはちいちねんなり。

またいはくうごしんむふしんといふことあり。たうたいいちねんほかしよなきをむごしんといふ[51]しよせんたいしん[52]なるをうしなふべきなり。このふうじやうにちややおほせなりき。

またいはくねんぶつざんまいしきむぎやうふかとくほふなり。のうなし。みやうがうのうじやうほふなり。まんぼふしよじやうほふなり。ゆゑほふもすなはちさんげんじふまんぎやうちゑくんじやうすとしやくせり。みだしきさう[53]しやうごんのかざりみなもてまんぜんゑんまんかたちなり。えしやうはう[54]まんぼふかたちなり。らいかうぶつたいまんぜんゑんまんほとけなり。わうじやうするまたまんぜんなり。まんぜんほかじつぱうしゆじやうなし。いちむいやくどう[55]とは、ねんぶつざんまいすなはちみだなり。ひしわうらいなし。らいむこふかしぎふかとくほふなり。いかにもらいかうすがたまんぜんほふなり。しよぎやうわうじやういふじつなり、しよぎやうほかなし。わうじやうこそすれ、しよぎやうほんぐわんといふこそ、むげほふさいをしらずしていふことにてあれ。

またいはくぎやうじやまつによりてほとけらいかうしたまふとおもへり[56]。たとひまちえたらんとも、さんがいなかことなるべし。しようみやうくらゐすなはちまことのらいがうなり。しようみやうそくらいかうしりぬれば、けつぢやうらいかうあるべきなれば、かへつまたるるなり。およそみやうがうほかはみなげんほふなるべし。

またいはくいつさいほふ[57]しんじつなるべし。そのゆゑみやうがうしよまんぼふしりぬれば、みなしんじつどくなり[58]。これもどくたうたいしんじつなるにもあらず。みやうがうじやうずればしんじつになるなり[59]どくといふはしゆつりえうだうにあらずふくごふなり。ゆゑくわんぎやうにはまんぼふをつかねてさんぷくごふとけり。しやういんしやうぎやう[60]といふときみやうがういちするなり。

またいはくだいきやうぢうくうさうむぐわんざんまいとけり。これすなはちみやうがうなり。われさうねんくわんぼふもならず。しやうねん[61]のさとりもならず。ていばくぼんなれども、しんじんはうげしてただほんぐわんをたのみていつかうしようみやうすれば、これすなはちしやうねんくわんぼふなり。さうねんさとりなり。これをくわんぎやうにはくわくねんだいとくむしやうにんとけり。およそみやうがうしぬれば、どくとしてそくなし。これむじやうどくととき、これをりきぎやうといふなり。



またいはくざいといひどくといふこと、ぼんせんのものまたくふんべつすべからず。くうしやくいはく、『しやぎやくざいへんじてじやうぶつぢきだうとなり、しやごんぎやうはあやまればさんいんごふとなる。』と云云。しかればしやどくとおもへども、しやまへにはつみなり。しやつみとおもへど、しやまへにはどくなり。みみさいさいなり。われぐちのいかでかふんべつすべきや。なにいはんぜんあくだうはともにしゆつりえうだうにあらず。ただつみをつくればぢうをうけ、どくつくればぜんしよしやうずるゆゑに、あくしゆぜんををしゆるばかりなり。しかればぜんだうざいふくせうをとはずとしやくしたまへり。しよせんつみどくさたをせず、なまざかしきちゑて、しんみやうをおしまず。ひとへしようみやうするよりほかさたあるべからず。

またいはくぜんあくだうほんなり。てんだうこけほふなり。みやうがうぜんあくにきせつするしんじつほふなり。

またいはくしんしやうじみちしんはんしろなり。しやうじをはなるるといふもこころをはなるるをいふなり。しかればじやうどをばしんりやうのふねんともいひ、しやくしりやういちねんこうともしやくし、あるひむうふんべつしんともいふなり。ふんべつねんさうおこりしよりしやうじなり。さればこころだいいちあだなり。ひとばくしてえんところいたらしむと。云云

またいはくぶつぽふしゆぎやうするにごんたいをんたいといふことあり。ごんたいといふは、りんじうしやうねんにして、まうねんをひるがへしいつしんらんなるをいへり。をんたいといふは、だうしんしやはかねてあくえんひとつもなくすつるなり。りんじうにはじめてすつることはかなはず、へいぜいほふりんじうかならずげんするなり。ゆゑぜんだうは『たちまちむじやうらいひつすれば、せいしんさくらんしてはじめてきやうまうす。ばんいへしやうぜばみなしやして、せんしんほつぐわんしてさいはうむかへ。』としやくせり。

またいはくをいとふといふは、らくともえんしやするなり。らくなかには、はやすくすつれども、らくはえすてぬなり。らくをすつるをえんたいとす。そのゆゑらくほかはなきなり。しかれば、ぜんだうは、らくふといへどしかだいなり。ひつきやうじていちねんしんじつらくることし、としやくせり。あるひは、そうじてすすこのにんでんらくいとふことを、としやくせり。さればらくほかはなきゆゑに、らくをいとふをえんといふなり。

またいはくさんがいうゐむじやうきやうなるがゆゑに、いつさいふぢやうなり。げんなり。このかいなかじやうぢうならんとおもひ、こころやすからんとおもはんは、たとへばまんたるなみのうへに、ふねをゆるかつてをかむとおもへるがごとし。

またいはくいちねんみだぶつそくめつむりやうざいげんじゆむひらくごしやうしやうじやうどといふことむひらくひとけんらくなりとおもへるはしからず。これとんらくなり。そのゆゑけつぢやうわうじやうなりぬれば、さんがいろくだうなかにはうらやましきこともなく、とんすべきこともなく、しやうせせてんしやうじあひだみなうけてすぎきたれり。しかればいつさいむぢやくなるをむひらくといふなり。けんらくはみななれば、いかでかぶつこころにしてむひらくとはふべきや。

またいはくしんきやうおきつみをやめぜんしゆするめんにては、たとひごふをふるともしやうじをばはなるべからず。いづれのけうにものうじよぜつするくらゐいりしやうじだつするなり。いまみやうがうのうじよたいほふなり。

またいはくうまれながらしてしづからいかうまつべしと。云云ばんにいろはずいつさいしやしてどくどくいちなるをするとはいふなり。しやうぜしもひとりなり。するもひとりなり。さればひとともぢうするもひとりなり。そひはつべきひとなきゆゑなり。またわがなくしてねんぶつまをすするにてあるなり。わがはからひをもてわうじやううたがふは、そうじてあたらぬことなり。

またいはくねんぶつげぢをつくることなかれ。そうじてぎやうずるふじやうわうじやうせず。ただなむあみだぶつわうじやうするなり。

またいはくもんみやうよくわうじやうといふこと。ひとのよねんぶつするをきけば、わがこころなむあみだぶつとうかぶをもんみやうといふなり。しかればみやうがうみやうがうきくなり[62]みやうがうほかきくべきやうのあるにあらず。

またいはくわれみづからねんぶつすれどもなむあみだぶつならぬことあり。わがたいねんもととしてねんぶつするは、これまうねんねんぶつとおもへばなり。またくちみやうがうをとなふれども、こころほんねんあれば、いかにもほんねんこそりんじうにはあらはるれ、ねんぶつしつするなり。しかればこころまうねんをおこすべからず。さればとていつかうねんなかれといふにはあらず。

またいはくじうさいはうくわじふまんおくぶつといふことじつじふまんおくすうすぐるにはあらず。しゆじやうまうしふのへだてをさすなり。ぜんだうしやくに、ちくまくへだつるに、すなはこれせんゆとおもへり、といへり。ただまうしふやくしてくわじふまんおくいふじつにはすうすぐことなし。ゆゑきやうにはあみだぶつこしをんとけり。しゆじやうこころをさらずといふなり。およそだいじようぶつぽふこころほかべつほふなし。ただししやうだうまんぼふいつしんとならひ、じやうどまんぼふなむあみだぶつじやうずるなり。まんぼふむしほんしんとくなり。しかるにしふまうぼふにおほはれてそのたいあらはれがたし。いまいつさいしゆじやうしんとくぐわんりきをもてなむあみだぶつじやうずるときしゆじやうしんとくひらくるなり。さればすなはこころほんぶんなり。これこしをんともいひ、まくさいはうをんゆゐしゆじふねんしんともいふなり。

またいはく、まよひもいちねんなり。さとりもいちねんなり。ほつしやうみやこをまよひいでしもいつしんまうじんなれば、まよひをほんずもまたいちねんなり。しかればいちねんわうじやうせずばむりやうねんにもわうじやうすべからず。ゆゑいつしやうしようねんざいかいぢよともいひ、いちねんしようとくみだがうしひげんどうほつしやうしんともしやくするなり。ただなむあみだぶつがすなはちしやうじはなれたるものを、これをとなへながらわうじやうせばやとおもひたるは、めしをくひ、ひだるさやむるくすりやあるとおもへるがごとしと。これつねことばなり。



またいはく、およそいちねんむじやうみやうがうにあひぬるうへは、みやうにちまでもいきえうなく、すなはちとくなんこそほいなれ。しかるにしやかいいきて、ねんぶつをばおほくまをさん。ことにはなしとおもゆゑに、ねんねんぶつしやりんじうをしそんずるなり。ぶつぽふにはしんみやうすてずしてしようり[63]ことなし。ぶつぽふにはあたひなし。しんみやうすつるがこれあたひなり。これきみやういふなり。

またいはくじきぢうさんさんあくだうなり。いしやうを求めざるはちくしやうだうごふなり。じきもつをむさぼりもとむるはがきだうごふなり。ぢうしよをかまふるはごくだうごふなり。しかればさんあくだうをはなるべきなり。

またいはくしんといふはまかすとよむなり。にまかするゆゑひとことばかけり。われすなはちほふにまかすべきなり。しかればじきぢうさんをわれともとむことなかれ。てんうんにまかすべきなり。くうしやうにんいはく、『さんごふ[64]てんうんまかせ、しぎ[65]だいゆづる。』と。云云これすなはちりきしたるいろなり。たんぜんいはく、『わづらはしくてんずることなかれ、ただてんねんまかせよ。』といへり。

またいはくほんらいいちもつなれば、しよにおいてじつもつのおもひをなすべからず。いつさいしやすべしと。云云。これつねおほせなり。

またいはくりんじうねんぶつことみなひとしくびやうくせめられて、りんじうねんぶつせでやあらむずらむとおもへるは、これいはれなきことなり。ねんぶつをわがまをしがほに、かねてりんじううたがふなり。すでねんぶつまをすほとけねんりきなり。りんじうしやうねんなるもほとけゆうりきなり。わうじやうにおいてはいつさいのうみなもてぶつりきほふりきなり。ただいまねんぶつほかりんじうねんぶつなし。りんじうそくへいぜいとなり。ぜんねんへいぜいとなり、ねんりんじうとるなり。ゆゑごうぐわんいつさいりんじういふなり。ただいまねんぶつまをされぬものりんじうにはえまをさぬなり。とほりんじうさたをせずしてつねねんぶつまをすべきなり。

またいはくみやうがうにはりやうせらるとも、みやうがうりやうすべからず。およそまんぼふいつしんなりといへども、みづからそのたいしやうをあらはさず。わがをもてわがことず。またしやうありといへどもそのそのをやくことをえざるがごとし。かがみをよすればわがをもてわがる。これかがみのちからなり。かがみといふはしゆじやうほんだいゑんきやうかがみしよぶつしようみやうがうなり、しかればみやうがうかがみをもてほんらいめんもくるべし。ゆゑくわんぎやうにはによしふみやうきやうけんめんざうけり。またべつをもてをやけばすなはちやけぬ。いまもくちうべつたいにはあらず。しかればまんぼふゆたかならずいんえんがふしてじやうずるなり。そのぶつしやうありといへども、われとぼんなうたきぎせうめつすることなし。みやうがうちひのちからをもてせうめつすべきなり。じやうどもんはなれてせつするといふみやうもくあり。これをこころえあはすべきなり。

またいはくみやうがうしよぶつしようほふなり。さればしやくにはしよぶつかくみだとなるといへり。

またいはくほつみやうがういつたいなり。ほつしきほふみやうがうしんぼふなり。しきしんふになれば、ほつすなはちみやうがうなり。ゆゑくわんぎやうにはもしねんぶつしやにんちうふんだりけととく。ふんだりけとはれんなり。さてほつをばさつたまふんだりきやうといへりと。云云

またいはくあるひととういはく、『しよぎやうわうじやうすべきやいなや、またほつみやうがうといづれかすぐれてさふらふ。』と。云云しやうにんこたへいはく、『しよぎやうわうじやうせばせよ、せずはせず。またみやうがうほつにをとらばをとれまさらばまされ。なまざかしからでものいろひをちやうじして、いつかうねんぶつまをすものをぜんだうにんちうじやうにんほめたまへり。ほつしゆつせほんくわい[66]といふもきやうもんなり。またしやごぢよくあくしゆつせじやうだうするはこのなんしんほふとかむがためなりといふもきやうもんなり、したがつやくあらば、いづれもみなしようぼふなり。ほんくわいなり、やくなければいづれもれつぽふなり、ほとけほんにあらず。よきやうしうがあればこそこのたづねいできたれ。さんぼうめつじん[67]のときはいづれのけうとかたいろんすべき。ねんぶつほかにはものもしらぬ、ほふめつひやくさいになりていつかうねんぶつすべし。これだうしんじんなり。』

またあるひとじやうどもんるるいぎたづねまをして、いづれにかつけさふらふべきと。云云しやうにんこたへていはく、『いぎのまちまちなることしふまへことなり。なむあみだぶつみやうがうにはなし。もしによりてわうじやうすることならばもつともこのたづねあるべし。わうじやうはまたくによらずみやうがうによるなり。ほつすすむみやうがうしんじたるはわうじやうせじとこころにはおもふとも、ねんぶつだにまをさばわうじやうすべし。いかなるゑせくちにいふとも、こころにおもふとも、みやうがうによらずこころによらざるほふなれば、しようすればかならずわうじやうするぞとしんじたるなり。たとへばものにつけんに、こころにはなやきそ[68]とおもひ、くちになやきそといふとも、このことばにもよらずねんりきにもよらず。ただくわしやをのれなりのとくとしてものをやくなり。みづものをぬらすもおなじことなり。さのごとくみやうがうもをのれなりとわうじやうどくをもちたれば、にもよらずこころにもよらずことばにもよらずとなふればわうじやうするを、りきふしぎぎやうしんずるなり。』



またいはくくまほんみだなり。わくわうどうぢんしてねんぶつをすすめたまはんがためかみげんじたまふなり。ゆゑしようじやうでんづけたり。これねんぶつしようじやうしたまふゆゑなり。あみだきやうさいはうむりやうじゆぶつましますといふは、のうしようじやうみだなり。

またいはくわがほふもんくまごんげんさうでんなり。ねんらいじやうどほふもんじふねんまでがくせしに[69]、すべてげうをならひうしなはず。しかるをくまさんろうときげんにいはく、しんぼんのさはくりあるべからず。このこころはよきときもあしきときまよひなるゆゑに、しゆつりえうとはならず。なむあみだぶつわうじやうするなりと。云云われこのときよりりきげうをばすてはてたり。これよりしてぜんだうおんしやくるに、いちもんいつほふのう[70]ならずといふことなし。げんのはじめせんくわんだいしゆほつぐわんさんぽう[71]といへるはなむあみだぶつなり。これよりをはりにいたるまで、もんくくみなみやうがうなり。

またいはくいちだいしやうげうしよせんはただみやうがうなり。そのゆゑてんだいにはしよけうしよさんざいみだいひぜんだうぜこしよきやうちうくわうさんねんぶつのうしやくし、くわんぎやうにはぢぜごしやそくぜぢむりやうじゆぶつみやうなんぞく[72]し、あみだきやうにはなんしんほふしやほつぞくし、だいきやうにはいちねんむじやうどくろくぞくせり。さんきやうならびにいちだいしよせんただねんぶつにあり。しやうげうといふはこのねんぶつをしへたるなり。かくのごとくしりなば、ばんをすててねんぶつまをすべきところに、あるひがくもんにいとまをいれてねんぶつせず。あるひしやうげうをばしふしてしようみやうせざると。いたづらにざいをかぞふるがごとし。きんせんりやうまいらするといふけんけいをばもちながら、かねをばとらざるがごとしとつねおほせなりき。

またいはくよのくにぶつあみだぶつといふあまありき。ならひもせぬほふもんねんにいひしなり。つねごんにいはく、しつてしらざれとてぐちなれと。これじやうどほふもんにかなへり。

またいはくぶつこんげんざいじやうぶつたうほんぜいぢうぐわんふこといへる。ぢうぐわんといふは、かさねたるぐわんとよむなり。おもきとはよむべからず。ぶつこんげんざいじやうぶつたうほんぜいといふはじふはちぐわんなり。ぢうぐわんふこといふはかさねたるねんぶつわうじやうぐわんなり。いちぐわんごんしやくするもこのなり。

またいはくゆめうつつとをゆめたり。〈弘安十一年正月二十一日夜の御夢なり。〉しゆへんゆぎやうするぞとおもひたるとゆめみしにてありけり。さめればすこしもこのだうぢやうをばはたらかず。どうなるはほんぶんなりとおもひたれば、これもまたゆめなりけり。このことゆめうつつともゆめなり。たうひとさとりありとひやうごんはこのぶんなり。まさしくしやうじゆめさめざればこのさとりゆめなるべし。じつしやうじゆめをさまさんずることは、ただなむあみだぶつなり。

またいはくだいしんろんにいはく、『いかだうてがんたつすれば、ほふすでし。』ごくらくはうりつさう[73]ぶんほふおうしやぶんなるべし。

またいはくさんごふきぎやうみなねんぶつといふことらいはいねんとうたいをおさへて、すなはちねんぶつといふにはあらず、ねんじゆをとればくちしようみやうせざれども、こころにかならずなむあみだぶつととのふ。らいはいすればこころかならみやうがうおもいでらる。きやうをよみほとけくわんさうすればみやうがうかならずあらはるるなり。これさんごふそくねんぶつともいふ。どくじゆとうしゆしやうぎやう[74]といふもよくこれふんべつすべし。

またいはく、『あるひふく[75]ならべてさわりのぞくとをしゆ』といふはしんごんなり。『あるひぜんねん[76]してしりやうせよとをしゆ』といふはしうもんなり。じやうへんぞくせんぢやくにかくのごとくあてたり。『ねんぶつしてさいはうくにすぐるはし』といふは、しよけうねんぶつはすぐれたりといふなり。りきふしぎゆゑなり。

またいはくたへまんだら[77]げんいはくごろこうこうにあらず、とくとくにあらず。云云ぜんあくしよほふこれをもてこころべきなり。たうたいなむあみだぶつほかぜんさたあるべからず。

またいはくしやうじゆしやうごんそくげんざいしゆきふじつぱうほふかいどうしやうしやといふことみやうがうしういん[78]どくやくするときじつかいしやべつ[79]なく、しやしゆじやうまでもごくらくしやうはうにつらなるなり。まうぶんやくするときじやうかくべつなり。しやうぶつしやべつするなり。

またいはくせうぶんみづどきれたらばすなはちかはくべし。ごういりくはえたらばいちぶんしてひることあるべからず。のごとくみやうぢよくちうえうみじやういのちふしやうめつむりやうじゆにふしぬれば、しやうじあることなし。にんしやくにいはく、『はなごじやうによすればかぜにもしぼまず。みづれい[80]すればひでりにもかるることなし』と。云云

またいはくみやうがうほかにはそうじてもてわがのうなし。みなわうわくしんずるなり。ねんぶつほかごんをばみなたはごととおもふべし。これつねおほせなり。

またいはくだいねんぶつ[81]といふことは、みやうがうほふかいしういんどく[82]なれば、ほふはなれてゆくべきかたもなし。これをほつかいしんみだともとき、これじつぱうしよぶつこくじんほふわうともしやくするなり。

またあるひととうていはく、『しやうにんりんじうのちおんあとをばいかやうにおんさださふらふや。』しやうにんこたへていはく、『ほつのあとはあととす。あとをとどむるとはいかなることぞわれしらず。けんひとのあととはこれざいほうしよりやうなり。ぢやくさうをもてあととす、ゆゑにとがとなる。ほつざいほうしよりやうなし、ぢやくしんをはなる。いまほつあととはいつさいしゆじやうねんぶつするところこれなり。なむあみだぶつ。』

またしやうにんくうしやうにんわがせんだつなりとて、かのおんことばこころにそめて、くちずさびたまひき。くうおんことばいはく、『こころしよえんければくるるにしたがつてみ、しよぢうければあくるにしたがつてる。にんにくあつくしてぢやうもくぐわしやくいためず、じひしつふかくして、めりばうきかず。くちしんじてさんまいちうだうぢやうなり。こゑしたがつてけんぶつそくしやうそくねんじゆたり。よなほとけらいがうち、あさなさいごちかづくとよろこぶ。さんごふてんうんまかせて、しぎだいゆづる。またいはくもとしゆりやうしてしんじんつかる。くうぜんしゆしてまうおほし。どくきやうかいきにかず。しようみやうばんなげうつにかず。かんきよいんひんたのしみし、ぜんくわんゆうしつじやうともとなす。とうきんじやうぶくにしてもとやすさらたうぞくおそれし。しやうにんこれほふによりて、しんみやうさんて、きよぢうふううんにまかせ、えんしたがひてしゆりやうしたまふといへども、こころしよえんをん[83]いちぢんをもたくはへず。けんばくるゐをふれず。きんぎんとることなく、しゆにくしんをたちて、じふぢうかいしゆ[84]をみがきたまへりと。云云



またしやうにんちくぜんのくににてあるぶしのやかたにいらせたまひければ、しゆえんさいちうにてはべりけるに、しゆしやうぞくことにひきつくろひ、あらひくちすすぎておりむかひ、ねんぶつけてまたいふこともなかりければ、しやうにんたちさりたまふに、ぞくいふやうは、『このそうにつぽんいちわうわくものや。なんぞたふとしきぞ。』といひければ、きやくじんありけるが[85]、『さてはなにとして、ねんぶつをばうけたまふぞ。』とまをせば、ねんぶつにはわうわくなきゆゑなりとぞいひける。しやうにんいはく、『おほくのひとひたりしかども、これぞまことにねんぶつしんじたるものとおぼへてにんみなひとしんじてほふしんずることなきに、このぞくほふふえにんのことはりをしりてはんきんかいあひかなへり。めづらしきことなり』とて、いろほめたまひき。

またしやうにんかまくらにいりたまふとき[86]ゆゑありてぶしかたくせいしていれたてまつらず。ことさらにばうをなしはべりければ、しやうにんいはく、『ほつすべてえうなし。ただひとねんぶつをすすむるばかりなり。なんぢいつまでかながらへてかくのごとくぶつぽふばうすべき、ざいごふにひかれてめいにおもむかんときは、ねんぶつにこそたすけられたてまつるべきに』と。ぶしへんたふもせずしてしやうにんふたつゑまでうちたてまつるに、しやうにんはいためるしきもなく、『ねんぶつくわんじんわれいのちとす。しかるをかくのごとくいましめられば、いづれのところへかゆくべき。ここにてりんじうすべしとへり』と。云云

またあるひとうんたちはなりけるをうたがひをなしてとひたてまつりければ、しやうにんこたへていはく、『はなことはなにとへ、うんことうんにとへ、いつぺんはしらず』と。

またしうじんもくにてしちにちぎやうほふしゆしたまひけるに、やうちからつきてそうなげきあひければ、しやうにんいはく、『こころざしあらばいくにちなりともとどまるべし。しゆじやうしんじんよりかんずればそのこころざしうくるばかりなり。さればぶつぽふあぢあいげうしてぜんざんまいじきとすといへり。もしのためにじきこととせば、またくしゆじやうりやくもんにあらず。しばらくざいにたちむかふと。これずゐるゐおうどうなり。ゆめなげきたまふことなかれ。われなぬみたすべし』と。

またしやうにんせいさつしんにておはしますよしたうけうほふいんれいもちまゐられければ、しやうにんいはく、『ねんぶつよりせんにてあれ。せいならずばしんずまじきか』といましめたまふ。

またわうじやうとしごぐわつころしやうにんいはく、『えんすでにうすくなり、ひとけうかいをもちひず。しやうがいいくばくならず。しごちかきにあり』と。云云

またわうじやうぜんげつとほあさあみだきやうみて、しよしよせきとうづからやきてたまひて、『いちだいしやうげうみなつきて、なむあみだぶつになりはてぬ』とおほせられける。

またわうじやうまへぜんゆゐかいほふもんをしるさせたまひて、かさねしめしていはく、『わがわうじやうののちかいていなぐるものるべし。あんじんさだまりなばなにとあらんともさうあるべからずといへども、しふつきずしてはしかるべからざることなり。うけがたぶつどうをむなしくすてことあさましきことなり』と。云云

またわうじやうのまへ、ひとさいほふもんうけたまはらんとまをしければ、『さんごふほかねんぶつどうずといへども、ただことばばかりにてぎりをもこころえず。いちねんほつしんもせぬひとどものためとて、たあみだぶつなむあみだぶつはうれしきか』とのたまひければ、たあみだぶつらくるゐしたまふと。云云

またわうじやうのまへ、〈正應二年八月九日より十日にいたる。〉うんのたちはべるよしをけいたてまつりければ、しやうにんいはく、『さてはこんみやうりんじうにあらざるべし。しうえんときはかやうのことはいささかもあるまじきことなり』と。しやうにんつねおほせにも、ものもおこらぬものは、てんまこころにてへんこころをうつして、まことぶつぽふをばしんぜぬなり。なにせんなし。ただなむあみだぶつなりとしめしたまひぬ。

またしやうにんいはく、『わがもんでしにおきては、さうれいしきをととのふべからず。けものにほどこすべし。ただしざいものけちえんのこころざしをいたさんをばいろふにおよばず』

またあるひとかねてしやうにんりんじうことをうかがひたてまつりければ、しやうにんいはく、『よきぶしだうじやとはするおんことをあたりにしらせぬことぞ。わがをはらんをばひとのしるまじきぞ』とのたまひしに、はたしてりんじうそのおことばにたがふことなかりき。



いつぺんしやうにんろくまきのげ 


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  ろく


しやうにんわかかりしとき、おんゆめたまひけるとなん、

をわたりそめてたかのそらのくもたゆるはもとのこころなりけり

くまごんげんよりゆめさづけたまひししんえい

ましへゆくみちにないりそくるしきにもとちかひのあとをたつねて

おほすみしやうはちまんぐうよりじきじゆしんえい

ことなむあみたぶつととなふれはなもあみたぶつうまれこそすれ

あはぢのくにしつきといふところに、きたてんじんくわんじやうたてまつやしろありけるに、しやうにんをいれたてまつらざり。さればたちまちしやだんよりあらはしたまひけるしんえい

にいつることもまれなるつきかげにかかりやすらんみねのうきくも


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  1. 【煩惱の本執に立かへり】煩惱即菩提ぞと聞て罪をば造り、生死即涅槃ぞと言へども命を惜むなり。これ即ち煩惱に立還る所以なり。
  2. 【三心といふは名號なり】三心は能信の安心。念佛は所信の起行。三心はただ是念佛を信ずる心なれば、念佛を離て此心發ることなし。此心詞にあらはるる時に南無阿彌陀佛と唱ふるなり。故に三心と念佛とは相即して離れざるものなり。
  3. 【自力我執云云】我等凡夫の自力我執の心は貪瞋邪僞にして眞實の心に非ず、故に我が不眞實の心を捨て彌陀の眞實に歸命するを眞實心の體とするなり。
  4. 【自力我執の時】未だ他力名號に歸せざる時なり。
  5. 【一味和合等】自他の萬善と彌陀の萬德とは同一性なるが故に回向の義を感ず。
  6. 【即施即廢】未だ自力我執を捨ざる者の爲に即ちこれを施說し、既に他力の名號に歸する者の爲に即ちこれを廢捨すべし。
  7. 【長門顯性房】西山上人の弟子。
  8. 【菅三品】菅原三位文時なり。式部大輔に任ず。天元四年九月八日卒す。
  9. 【自身現是云云】生死に流轉することは我執の一念に由るなり。然るに今自力我執を放下して他力の名號に歸入し、能歸所起機法一體すれば頓に種種の生死は止息するなり。
  10. 【我心は云云】我が願往生の心は六識(眼、耳、鼻、舌、意)分別の妄心なれば報土の因にあらず。
  11. 【機法一體】衆生の機と阿彌陀佛の法と一體にして離れざること。以て他力の救濟を表す。
  12. 【上六品の諸善】觀無量壽經の上三品には行福を說き、中上品と中中品には戒福を說き、中下品には世福を說く。
  13. 【行福】發心讀經して人をも勘化する大乘の行なり。
  14. 【戒福】小乘、大乘の戒律威儀を云ふ。
  15. 【世福】世俗に於ける忠孝仁義の道德のこと。
  16. 【隨緣】緣に隨ひて事を起すこと。
  17. 【自受用】功德利益を自ら受用すること。受得したる法樂を自ら味ふこと。
  18. 【水が水をのみ】唯佛與佛の境界は聲聞菩薩の所知に非ざるに譬ふるなり。
  19. 【松は松竹は竹】法法本來無生無滅なる是れ即ち自受用の智慧なり。
  20. 【能歸所歸一體】機法一體生佛一如の事なり。
  21. 【三心の智慧】身心を放下して一向に南無阿彌陀佛に成たるを云ふなり。
  22. 【熊野權現】上人三十七歲、健治元年乙亥十二月十五日曉更の御示現なり。
  23. 【七慢】一慢、二過慢、三慢過慢、四我慢、五增上慢、六卑慢、七邪慢。
  24. 【九慢】一我勝慢類、二我等慢類、三我劣慢類、四有勝我慢類、七有劣我慢類ママ、七無勝我慢類、八無等我慢類、九無劣我慢類。七慢九慢共に他人に對して心を高貢ならしむる精神作用。
  25. 【大經】無量壽經のこと。
  26. 【五味】乳味、酪味、生酥味、熟酥味、醍醐味。天臺宗にて佛一代の敎說たる五時敎に配當し以てその內容を比較するに云ふ。
  27. 【中路の白道云云】善導の觀經疏の二河白道の譬喩なり。衆生の貪愛を水に譬へ瞋憎を火に譬ふ。中路の白道の四五寸とは衆生貪瞋煩惱中能生淸淨願往生心なり。即ち淸淨なる願往生の心に喩ふるなり。
  28. 【加祐】加は益なり。祐は助なり。
  29. 【三心】至誠心、深心、廻向發願心。
  30. 【四修】修行すること。恭敬修、無餘修、長時修、無間修。
  31. 【五念】五念門、天親の淨土論に出づ。阿彌陀佛を念じて淨土に往生する行因を五門に開きたるもの。禮拜門、讃歎門、作願門、觀察門、廻向門。
  32. 【萬法】諸善を指すなり。
  33. 【無より生じ】無我より生ずるなり。
  34. 【意地の念を呼て】念佛といへばとて意業に佛を思ふと云ふには非ず。南無阿彌陀佛と唱ふるを、念佛と名くるなり。
  35. 【念聲是一】選擇集に十念と云ふは釋して十聲と云ふなりと。卽ち念は唱ふるなり。
  36. 【定機】定心の機根、想を凝らして定善を修し得る人をいふ。
  37. 【散機】心ちりうごきて定善を修する能はざる人。
  38. 【名號卽これ云云】吉水大師曰はく、至極大乘の意は、體の外に名なく名の外に體なし、萬善の名體は名號の六字に卽し、恆沙の功德は口稱の一行に備はるとあり。
  39. 【見佛】佛身をみること。自己の佛性をさとること。
  40. 【順魔】妻子珍寶等なり。
  41. 【逆魔】病患災難等なり。
  42. 【攝に親緣】彼此の三業互相に攝入するなり。
  43. 【取に近緣】現に目前に在つて握手交接し給ふを云ふ。
  44. 【增上緣】色心萬法に通じ一法の結果に對して總て皆增上の用あるを云ふ。
  45. 【尼法師云云】懺悔するは滅罪の爲なり。然るに行水をし身を苦しむるは因果の理を信ずるのみにて、全く滅罪の義あるべからず。故にこれ懺悔に非ずと云へるなり。
  46. 【心品の捨家棄欲】在家の出家なり。
  47. 【彌陀を法界云々】法界の衆生を佛の壽命と爲し給へる佛身なれば法界の身と云ふなり。
  48. 【三賢十聖】三賢は十信、十行、十廻向。十聖は歡喜地なり。
  49. 【自力他力を絕し】自他の差別を泯絕して絕對の他力に歸するなり。
  50. 【機法を絕す】機法の差別を泯絕して機法一體に成るなり。
  51. 【當體の一念云々】天臺にて介爾の一念に三千を具足すと談ずるも、華嚴にて心佛及衆生是三無差別と談ずるも、皆當體の一念の上を論ずるなり。
  52. 【待心】所期の心なり。
  53. 【彌陀の色相】如來の色相、光明のこと。
  54. 【依正二報】依報は極樂の山河、大地衣服、飮食等のこと。正報は極樂の主たる佛身なり。
  55. 【一座無移亦不動】一座とは色相莊嚴の佛なり。無移亦不動とは卽ち彌陀眞實智慧無爲法身にして彼此往來なし。
  56. 【行者の待に云々】行者の風情を以て待によりて佛の來迎し給ふと思は僻事あり。
  57. 【一切の法】觀經所說の三福の業を指すなり。
  58. 【其故は名號云々】念佛廻向する時自力所修の萬善と名號所具の萬善と一味和して名號所具の萬善となりぬれば皆眞實の功德となるなり。
  59. 【名號が成ず云々】三福功德の常體は眞實の功德には非れども名號に成ぜられて眞實の功德となれるなり。
  60. 【正因正行】三福九品の諸行も念佛囘向すれば、念佛に成ぜられて名號と一味と成りて往生極樂の正因正行といはるるなり。
  61. 【自性無念】自性淸淨にして本來無念なるを云ふ。
  62. 【名號が名號を云々】機法一體になりぬれば能聞の機も南無阿彌陀佛、所聞の法も南無阿彌陀佛なれば名號が名號を聞くなり。
  63. 【證利】證驗利益のこと。
  64. 【三業】身、口、意のこと。
  65. 【四儀】行、住、坐、臥のこと。
  66. 【法華を出世の本懷】法華經方便品に、諸佛世尊は唯一大事因緣を以ての故に世に出現すと。一大事因緣とは諸法實相の一理法性を指すなり。
  67. 【三寶滅盡】禮讃に、萬年に三寶滅し此經住すること百年、爾の時一念を聞かば皆彼に生ずることを得と云ふ文に依れり。三寶とは佛寶、法寶、僧寶なり。
  68. 【なやきそ】燒く勿れの意。
  69. 【年來淨土云々】上人十四歲建長四年より弘長三年までの十二年間筑紫大宰府聖達上人に從つて淨敎を稟學し給へり。
  70. 【法の功能】念佛の名義功德なり。
  71. 【先勸大衆云云】發願歸は南無なり、三寶は阿彌陀の名義功德なり。
  72. 【附屬】流通附屬の意。
  73. 【指方立相】娑婆世界より西方を指して極樂の境相を立つ。
  74. 【五種正行】淨土の正行を五種に分類したるもの、讀誦、觀察、禮拜、稱名、讃歎供養なり。
  75. 【福慧】布施、持戒、忍辱、精進、靜慮、智慧にして、前の五を福、後の一を慧としたるなり。
  76. 【禪念】六度の中の禪定(靜慮)智慧を指すなり。
  77. 【當麻曼陀羅】和州當麻寺にて中將法如の感得し給ひし極樂淨土曼陀羅なり。
  78. 【名號酬因】稱名往生の因願に酬ひたる報佛の功德に約するなり。
  79. 【十界差別】淨穢不二、生佛一如なり。
  80. 【靈河】水に龍あるを靈河と云ふなり。
  81. 【大地の念佛】名號は卽ち法界身にして、十方衆生の所依となること、譬へば大地の山河草木等の所依となるが如し。
  82. 【法界酬因の功德】名號は法界を攝取する因に酬いたる法界身の名體不離の功德なり。
  83. 【心に諸緣を遠離し】諸の妄緣妄境を離るるなり。
  84. 【十重の戒珠】十重禁戒のこと。殺、盜、婬、妄、酤酒、說過讃、毀慳瞋、謗三寶戒。
  85. 【客人の有けるが】其座に在りし客人がの意。
  86. 【上人鎌倉に到る】弘安五年三月朔日なり。

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