鉄道唱歌/歴史地理教育 鉄道唱歌 (東北鉄道)

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• 底本: 古谷弘政 作曲 ほか『鐵道唱歌 : 歴史地理教育』,自省堂,1900. 国立国会図書館デジタルコレクション:info:ndljp/pid/1085097
• 表記は歴史的仮名遣とし、漢字制限はJIS X 0208に文字が収録されていれば元の漢字をそのまま使った。
• 変体仮名は現在用いられる仮名に改めた。
• くの字点は／＼を代用した。
• 註: この文書ではルビが使用されています。ここでは「単語（ルビ）」の形で再現しています。一部の古いブラウザでは、ルビが正しく見えない場合があります。

東北鐵道

1. 汽（き）笛（てき）の聲（こゑ）と諸共（もろとも）に やがて車（くるま）はきしり出（い）で 上（うへ）野（の）の山（やま）に沿（そ）ひ繞（めぐ）り 根（ね）岸（ぎし）の里（さと）を離（はな）るれば 田（た）端（ばた）の驛（えき）に迎（むか）へらる 此（こゝ）より道（みち）は二筋（ふたすぢ）に 分（わか）れて左（ひだり）に進（すゝ）み行（ゆ）き 王（わう）子（じ）の街（まち）に着（つ）きにけり
2. 飛（あす）鳥（か）山（やま）をば跡（あと）に見（み）て 赤羽（あかばね）蕨（わらび）浦（うら）和（わ）など いつしか過（す）ぎて大宮（おほみや）や 越（こし）路（ぢ）に至（いた）る鐵（くろがね）の 道（みち）と分（わか）れて此（こな）方（た）なる 氷（ひ）川（かは）の神（かみ）のましませる 御（み）垣（かき）の外（そと）を遶（めぐ）りつゝ 汽（き）力（りよく）を速（はや）めて馳（は）せにける
3. 蓮（はす）田（だ）と久喜（くき）と栗橋（くりはし）の 驛（えき）を過（す）ぐれば名（な）にし負（お）ふ 利根（とね）の河（か）原（はら）に架渡（かけわた）す 鐵（くろがね）橋（ばし）をわたりつゝ 左（ひだり）を見（み）れば富士（ふじ）が嶺（ね）の 遙（はるか）に雲（くも）間（ま）に聳（そび）え立（た）ち 雪（ゆき）を戴（いたゞ）く姿（すがた）こそ 實（げ）に我國（わがくに）の鎭（ちん）護（ご）なれ
4. 筑（つく）波（ば）の山（やま）を右（みぎ）に見（み）て 古河（こが）の驛（えき）にぞ着（つ）きぬれば 幾百年（いくももとせ）の苔（こけ）蒸（む）せる 三（さん）位（み）入道頼政（にふだうよりまさ）の 首（かうべ）を埋（うづ）めるおくつちを 訪（と）ひ吊（とむら）ひつそのかみの 忠（ちゆう）勇（いう）義（ぎ）烈（れつ）の眞（ま）心（ごころ）に 袖（そで）を絞（しぼ）るもかなしけれ
5. 間々田（まゝた）を過（す）ぎて程（ほど）もなく 迎（むか）へ待（ま）てるは小（を）山（やま）なり 南（みなみ）に行（ゆ）けば水戸（みと）に着（つ）き 北（きた）に進（すゝ）めば高崎（たかさき）の 往（ゆき）來（き）もしげき土地（とち）なれば 乘（の）りつ降（お）りつの客人（まろうど）は 我（わ）れ後（おく）れじと爭（あらそ）ひて 潮（うしほ）の湧（わ）くがごとくなり
6. 寶（たから）湧（わ）き出（づ）る小（こ）金（がね）井（ゐ）の 一里離（ひとさとはな）れし藥（やく）師寺（しじ）は 天（あま）都日（つひ）嗣（つぎ）の御（み）位（くらゐ）に 登（のぼ）りつらんとたくみしを 和氣（わけ）の朝臣（あそん）の誠（せい）忠（ちゆう）に 皇（くわう）基（き）も此（こゝ）に彌（いや）かたく 姦僧道（かんそうだう）鏡（きやう）囚（とら）はれて 世（よ）に名（な）も高（たか）き寺（てら）ぞかし
7. 瞬（またゝ）く隙（ひま）に宇（う）都宮（つのみや） 分（わか）れて道（みち）は西北（にしきた）に 至（いた）るは日（につ）光（くわう）鐵道（てつだう）ぞ いざとばかりに乘（のり）換（か）へて 數々（かず／＼）過（す）ぐる停車場（ステーシヨン） 送（おく）られつゝも迎（むか）ふ山（やま） 見（み）るも深奧雄大（しんあうゆうだい）の 日（につ）光（くわう）にこそ着（つ）きにけれ
8. 韓紅（からくれなゐ）に塗（ぬ）りなせる 欄干高（らんかんたか）く虹（にじ）に似（に）て 光（ひかり）まばゆき擬（ぎ）寶珠（ぼうしゆ）の 青（あを）葉（ば）の中（うち）に輝（かゞや）きて 架渡（かけわた）したる大（だい）谷（や）川（がは） 是（これ）名（な）にし負（お）ふ神橋（しんけう）ぞ 歩（あゆ）み渡（わた）ればおのづから 天（てん）にも登（のぼ）る心（こゝ）地（ち）せり
9. 右（みぎ）と左（ひだり）の山々（やま／＼）は 老杉（らうさん）古（こ）松（しやう）蓊鬱（をううつ）と 晝猶晦（ひるなほくら）く生茂（はえしげ）り 遠（とほ）く深（み）山（やま）に入（い）るかとぞ 疑（うたが）はれつゝ坂道（さかみち）を 登（のぼ）り盡（つ）くれば一條（ひとすぢ）の 大（おほ）路（ぢ）は直（なほ）く砥（と）の如（ごと）く 社（やしろ）の御（み）前（まへ）に續（つゞ）きけり
10. 見上（みあ）ぐばかりの大鳥（おほとり）居（ゐ） 圓（まる）き柱（はしら）の大（おほい）さは 三（み）人抱（たりかゝ）へて猶（なほ）足（た）らず 潜（くゞ）り通（とほ）りて表（おもて）門（もん） 朱（あか）き漆（うるし）を塗（ぬ）り飾（かざ）り 極彩色（ごくざいしき）を施（ほどこ）して 左（ひだり）と右（みぎ）に唐（から）獅子（しゝ）は 行（ぎやう）儀（ぎ）正（たゞ）して衞（まも）り居（を）る
11. 國（くに）の領（りやう）主（しゆ）の納（をさ）めける 燈（とう）籠（ろ）の數（かず）はいと多（をほ）く いづれ劣（おと）らぬ巧（たくみ）にて 金（かね）や石（いし）もて造（つく）りなし 並（なら）び列（なら）びて限（かぎ）りなし 尚外國人（なほとつくにびと）の贈（おく）られし 鑄（い）物（もの）の品（しな）や彫刻（ほりもの）や 數（かぞ）へ盡（つく）せば日（ひ）も暮（く）れぬ
12. 昔（むかし）名（な）だたる匠（たくみ）等（ら）が 巧（たくみ）を盡（つく）せる業（わざ）くらべ 黄（こ）金白銀（がねしろかね）ちりばめて 日（ひ）脚（あし）の移（うつ）るも覺（おぼ）えずに 仰（あふ）ぎ見（み）せしむ建築（けんちく）は 日（ひ）暮（ぐらし）門（もん）となん呼（よ）びて 是（これ）ぞ日（につ）光（くわう）第一（だいいち）の 陽明門（やうめいもん）とぞ聞（きこ）えける
13. 東照宮（とうせうぐう）の鎭（ちん）座（ざ）せる 社殿（しやでん）を仰（あふ）ぎ眺（なが）むれば 桐（きり）の葉（は）に栖（す）む鳳凰（はうわう）や 獅子（しゝ）の遊（あそ）べる牡（ぼ）丹花（たんばな） 虎（とら）は嘯（うそぶ）き龍（りよう）は舞（ま）ひ 飾（かざ）り盡（つく）して遺（のこ）すなし 其麗（そのうる）はしさ限（かぎ）りなく 此（この）世（よ）のものと思（おも）はれず
14. 奈良（なら）の都（みやこ）や平安（へいあん）や 奢（おごり）極（きは）めし宮寺（みやてら）の 數々多（かず／＼おほ）き其中（そのなか）に 轟（とゞろ）き渡（わた）るものあれど 山（やま）の勢（いきほひ）雄大（ゆうだい）に しかも華（くわ）美（び）なる殿造（とのつく）り 五畿（ごき）八道八十州（はちだうはちじつしう） 企（くはだ）て及（およ）ぶものぞなき
15. 宮（みや）居（ゐ）を左（ひだり）にたどりつゝ 上（のぼ）りつ下（お）りつ行（ゆ）きぬれば 雨（あめ）と風（かぜ）とに曝（さら）されて 木地（きぢ）もあらはの衡（かぶき）門（もん） 眠（ねむ）れる猫（ねこ）の其（その）姿（すがた） 誰（た）が手（て）に成（な）りし巧（たくみ）ぞや 是（これ）ぞ匠（たくみ）に名（な）も高（たか）き 左（ひだり）甚（じん）五（ご）の作（さく）とかや
16. 石（いし）のきざはし二（に）百（ひやく）段（だん） 仰（あふ）げば老（おい）樹（き）の枝交（えだまじ）り 隧道（とんねる）成（な）せる其中（そのなか）を 上（のぼ）れば晝（ひる）も猶（なほ）くらく 翠滴（みどりしたゝ）る木（こ）下蔭（したかげ） 俄（にはか）に景（け）色（しき）の變（かは）り來（き）て 神（かみ）の威（ゐ）光（くわう）の彌（いや）まさり 我（われ）を忘（わす）れて額（ぬかづ）きぬ
17. 石（いし）の玉垣（たまがき）めぐらして 其（その）中（ちゆう）央（わう）に唐銅（からかね）の 大寶塔（だいはうたふ）は建（た）てられし 元（げん）和（な）偃（えん）武（ぶ）の英雄（えいゆう）は 骨（ほね）は朽（く）ちても名（な）は朽（く）ちず 功（いさを）は千（せん）古（こ）に傳（つた）はりて 其靈魂（そのたましひ）は此中（このうち）に 永（なが）く眠（ねむ）りて留（とゞ）まりぬ
18. 此（こゝ）は紅（もみ）葉（ぢ）に名（な）も高（たか）く 秋（あき）の錦（にしき）を織（お）り成（な）せば 裏（うら）見（み）の瀧（たき）や霧降（きりふり）の 瀧（たき）に碎（くだ）けて迸（ほとばし）り 水（みづ）が燃（も）ゆるか紅（くれなゐ）の 蒸（じやう）氣（き）とばして山々（やま／＼）は 五（ご）色（しき）の雲（くも）のたなびきて 腸（はらわた）あらふ思（おもひ）あり
19. 萬（よろづ）の雷（いかづち）轟々（がう／＼）と 耳（みゝ）を劈（つんざ）き山震（やまふる）ふ 是（これ）なん華（け）嚴（ごん）の瀧（たき）なるぞ 直（たゞち）に下（くだ）る七十丈（ぢやう） 半（なかば）は霧（きり）に蔽（おほ）はれて 半（なかば）は雲（くも）につゝまれて 群（むらが）り飛（と）べる岩（いは）燕（つばめ） 黒（くろ）き星（ほし）かと疑（うたが）はる
20. 中（ちゆう）禪（ぜん）寺（じ）の湖（みづうみ）は 黒髮山（くろかみやま）や其外（そのほか）の 山（やま）が遶（めぐ）りていや高（たか）く 水（みづ）の光（ひかり）と山（やま）の色（いろ） 碧（みどり）を凝（こ）らし鏡（かゞみ）なす 面（おもて）に映（うつ）る山（やま）の影（かげ） 舟（ふね）漕（こ）ぎ行（ゆ）けば頂（いたゞき）に 上（のぼ）る思（おもひ）ぞなしにける
21. 此（この）湖（みづうみ）はむかしより 水（みづ）冷（ひやゝ）かにいと清（きよ）く 魚（うを）と虫（むし）とは棲（す）まざりし されども斯（かゝ）る理（ことはり）の あるべき事（こと）にあらぬとて 魚（うを）の卵（たまご）を放（はな）ちしに 年（とし）々（／″＼）ふえるめでたさは 開（ひら）け行（ゆ）く世（よ）の餘（よ）光（くわう）なり
22. 御輦（ぎよれん）を此（こゝ）にまげられて その景（けい）色（しよく）をみそなはし 近（ちか）く侍（さぶら）ふ司（つかさ）等（ら）へ 大（おほ）勅語（みこと）をば下（くだ）されて 名（な）を幸（さち）の湖（こ）と賜（たま）はりて 後（のち）の世（よ）までも芳（かんば）しき 天皇（すめらみこと）の惠（めぐみ）こそ 實（げ）に尊（たふと）くもかしこけれ
23. 日（につ）光（くわう）よりはもとの道（みち） 再（ふたゝ）び來（きた）る宇（う）都宮　（のつみや〔ママ〕）古（ふる）田（た）長（なが）久保矢（くぼや）板（いた）など 停車場（すてーしよん）をば跡（あと）になし 西（にし）那須野（なすの）にぞ着（つ）きにける これより西北（にしきた）六七里（り） 野路（のぢ）をたどれば鹽原（しほばら）の 温（いで）泉（ゆ）にこそは行（ゆ）かれける
24. 次（つぎ）に來（きた）れる黒磯（くろいそ）は 那須野（なすの）が原（はら）の直中（たゞなか）に やゝ賑（にぎ）はしき街（ちまた）なり 彼（か）の殺（せつ）生（しやう）石（せき）の舊蹟（ふるあと）と 那須（なす）の七湯（しちたう）さぐらんは 此（こゝ）より道（みち）も遠（とほ）からじ 暇（いとま）もあらば一日（にち）の 隙（ひま）を費（つひや）し遊（あそ）ぶべし
25. 左（ひだり）に見（み）ゆるは旭（あさひ）岳（だけ） 右（みぎ）に高（たか）きは八（や）溝山（みぞやま） 川（かは）を渡（わた）りて谿（たに）を踰（こ）え 山（やま）を送（おく）りて又迎（またむか）へ 黒（くろ）田（だ）原（はら）をも打（うち）過（す）ぎて 豐原驛（とよはらえき）をも跡（あと）に見（み）て 磐（いは）城（き）の國（くに）に入（い）りぬれば はや白河（しらかは）に着（つ）きにけり
26. 明（めい）治（ぢ）のはじめ官（くわん）軍（ぐん）は 路（みち）を分（わか）ちて進（すゝ）み行（ゆ）き 會（あひ）津（づ）の城（しろ）を攻（せ）めなんと 其（その）勢（いきほひ）の凄（すさ）まじく 此（こゝ）まで押（おし）寄（よ）せ來（きた）りしが やがて戰（たゝかひ）はじまりて 錦（にしき）の御（み）旗（はた）の朝風（あさかぜ）に 飜（ひるがへ）りたる蹟（あと）なりき
27. 二（に）本松（ほんまつ）をもいつしかに 過（す）ぎて福島（ふくしま）ステーシヨン 顯家卿（あきいへけう）の古跡（ふるあと）と 文字（もじ）摺石（ずりいし）は此（こゝ）に在（あ）り 其（その）名（な）も清（きよ）き白石（しらいし）や 大（おほ）河（が）原（はら）をも跡（あと）にして 奧（あう）羽（う）一（いち）の大（だい）都（と）會（くわい） 仙臺（せんだい）にこそ着（つ）きにけれ
28. 瞬（またゝ）く隙（ひま）に岩切（いはぎれ）や 鹽竃行（しほがまゆき）と乘（のり）換（か）へて いざや日本三景（につぽんさんけい）の 中（なか）にも一（いち）とうたはるゝ 松島（まつしま）指（さ）して馳（は）せゆけば 老松（おいまつ）小（こ）松（まつ）いたゞきて いづれの島（しま）も千代八千代（ちよやちよ） めでたかりける事（こと）なりき
29. もと來（き）し路（みち）にもどり着（つ）き 野田（のだ）の玉川跡（たまがはあと）に見（み）て 多賀（たが）の城址（しろあと）眺めつ（たが〔ママ〕）ゝ 一（いち）の關（せき）なる衣（ころも）川（がは） 館（たて）の古蹟（ふるあと）いづこぞと 問（と）へど答（こた）へも松風（まつかぜ）の 夢（ゆめ）路（ぢ）をたどり水澤（みづさは）や 陸奧（むつ）の國（くに）にぞ入（い）りにけり
30. 黒澤尻（くろさはじり）を跡（あと）に見（み）て 花卷（はなまき）日（ひ）詰（づめ）ゆめのまに 通（とほ）り過（すご）して盛岡（もりをか）は むかし豪族（がうぞく）安倍（あべ）氏（うぢ）が 柵（さく）を造（つく）りし厨（くりや）川（がは） 見（み）馴（なれ）の松（まつ）も名（な）に高（たか）く 尻内驛（しりないえき）に支（し）線（せん）あり 湊（みなと）に行（ゆ）くは二（に）十分（じつぷん）
31. 山（やま）を遶（めぐ）りて野（の）を迎（むか）へ 野（の）に送（おく）られて川（かは）を越（こ）え 眺（なが）望飽（めあ）きつゝ來（き）て見（み）れば 景（け）色變（しきかは）れる海原（うなばら）は 陸奧（むつ）の入海入（いりうみいり）込（こ）みて 波（なみ）も靜（しづ）けき野邊地（のべぢ）灣（わん） 出（で）船入船（ふねいりふね）帆（ほ）を揚（あ）げて 走（はし）れる樣（さま）の心（こゝ）地（ち）よさ
32. 上（うへ）野（の）を出（い）でて一晝（いつちう）夜（や） 四百六十餘（よ）哩（まいる）の 長（ちやう）途（ど）もこゝに北海（きたうみ）の 五（ご）港（こう）の一（いつ）なる函館（はこだて）と 往（ゆき）來（き）もしげき青森（あをもり）の 港（みなと）に着（つ）きて眺（なが）むれば 百（ひやく）貨（くわ）を山（やま）に積（つ）み成（な）せる 状（さま）を見（み）るこそ愉（ゆ）快（くわい）なれ

終