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覽富士記

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覽富士記

堯孝法印

七の道風おさまり。八の嶋なみ靜にして。よもの關守戶ざしをわすれ侍れば。旅のゆきゝさはることもなく。萬の民くろをゆづるこゝろざしをなむもととしければ。いづくにやどりとるも心とけ。たのしびおほかる御代にぞ侍ける。爰に富士御覽の御有增すゑとをされ侍て。永享四のとし長月十よ日の程におぼしめし立れ侍り。折しも秋の雨日來ふりつゞきて。はれまもみえ侍らざりしが。御立の曉よりいつしか空のけしきすみわたり。のどやかなりしぞかつ有がたくおぼえ侍る。

 あふきみる御代の光もけふは猶空にしられて晴る雨哉

逢坂越侍とて關の明神のあたりにて。

 君か代にあふやうれしき相坂のせきに關守神のこゝろも

あけぼのゝ雲まより三上山ほのみえ侍り。ふじのね思ひやられて。

 思ひ立ふしのね遠きおもかけに近く三上の山の端の空

草津の宿にて。

 近江路や秋の草つはなのみして花咲のへそいつくともなき

やす河のあたりに御よそほひを見奉らむとて。そこらつどひゐたり。

 をのつから民の心もやす河になみゐて君の光をそまつ

今日の御とまりはむさの宿とかやなり。〈都より十三里。〉つぎの日夜ふかく。山のまへと申所すぎ侍るとて。

 月もかな秋霧ふかきあし曳の山のまへのゝしのゝめの道

四十九院の宿を。

 四十餘りこゝのあたりの里の名は大和ことはにいかゝ殘さん

犬上と申あたりにて。いさや河はいづくにてかとたづね侍れども。さだかにこたふる人もなし。里のゆくてに。山川のすゑかすかに見えたる所あり。是ならむかしとをしはかりて。

 いさといふなになかれたる川音やとへといはねの水の白波

小野の宿にて。

 吹にけりわけ行袖の露霜もみにしむ秋のをのゝ山かせ

すりはり峠をかずもしらずこえ侍る人のたゞ一かたにいそぐも。山みちつゞらおりにて。行ちがふやうにぞ見え侍し。

 心せよ行かふ旅のもろ人もそてすりはりの山のかけちそ

不破の關すぎ侍りしに。もるとしもなきせきのとほそ。苔のみふかくて中々みどころ有。

 戶さしをは幾世忘れて斯く計苔のみとつるふはの關やそ

たる井の宿ちかくなりて。

 むかしみし影をしるへに又やわれ思ふたるゐの水を結はむ

おなじ御とまりにて。〈むさより十四里。〉

 みの山や松は一木のかけにしも旅ねかさなる千代の秋かな

十二日。夜をこめて。あひ川と申所過侍しに。

 末とをき世にあひ河の岩浪のちとせを越る音のさやけさ

靑野が原とかやにしかのねかすかにきこゆ。

 鹿そ鳴く靑野か原のあをつゝらくろもしられぬ夜もしられよイ妻をうらみて

赤坂の宿にて。

 おりに逢あきの梢のあか坂に袖ふりはへていそく旅人

道すがらともなひ侍る人のもみぢしたるつたをいかゞみるとてをくり侍りしに。

 かつみても袖にそあまるまたこえぬうつの山路の露の行ゑは

いづくにて侍しやらむ。霧わたれるひまよりいなばほのかにみえて。秋の空さへえむなるに鴈つれてとぶ。

 秋寒く田のものいなは鴈そ啼霧の朝けの空もほのかに

くゐせ川わたるとて。

 夕されは霧たとし河の名のくゐせもとめて舟や繫かん

かさぬひ笠縫つゝみといふ所にて。

 手にもてる笠缝つゝみ行つれてこととひかはすけふの旅人

ながはしときこゆるは。げにぞはるとみわたされたるにや。

 數ならぬみのゝ長橋なからへて渡るも嬉しかゝるたよりに

むすぶの町屋と申所にて。

 露霜のむすふの町や夜をこめて立あき人も袖や寒けき

すのまた川は興おほかる處のさまなりけり。河のおもていとひろくて。海づらなどのこゝちし侍り。舟ばしはるかにつゞきて。行人征馬ひまもなし。あるは木々のもとたちゆへびて。庭のをもむきおぼゆるかたもあり。御舟からめいてかざいこイうかベたり。又かたはらに鵜飼舟などもみえ侍り。一とせ北山殿に行幸のとき。御池に鵜ぶねをおろされ。かつら人をめして。氣色ばかりつかふまつらせられ侍し事さへに。夢のやうに思ひ出され侍る。それよりほかにかけても見及侍らぬわざになむ。

 嶋つとりつかふうきすのまたみねはしらぬ手繩に心ひく也

 おもひ出る昔も遠きわたり哉その面かけのうかふ小舟に

尾張國をよび河にて。

 わか君のめくみや遠くをよひ川ゆたかにすめる水の音かな

おり津の御とまり。〈たるゐより十里。〉かいつなど過て。熱田のみやの神前にまうでて。御道すがらの御祈など申侍き。むかし日本武尊東夷征伐のため。このさかひにをもむきたまひし時。よぎり道し。伊勢太神宮にして大和姬命にまかり申したまひしに。命のさづけたまひし靈劎も此神殿にとゞまらせおはしますとかや。いとやむごとなき神明。鎭護國家のちかひもたのもしくおぼえ侍りて。

 なをまもれめくみあつたの宮柱立ことやすき旅のゆきゝを

 あつまのゝ草葉をなきし秋の霜ふりていく代の君か守りそ

蓬萊の嶋をみて。

 君かため老せぬ藥ありといへはけふや蓬か嶋めくりせん

なるみがたにて。

 忘れしな浦かせさむくなるみかた遠き鹽ひの秋のけしきは

夜寒の里はこの國ぞかしとおもひ出侍て。

 うき身にはいつもよ寒の里なれて今更秋の旅ねともなし

參河國八はしにいたり侍て。はるきぬるとながめ侍し往躅もおもひ出されて。そゞろに過がてにぞおぼえ侍し。

 聞わたるくもてゆかしき八橋をけふはみかはす旅にきに鳬

今夜は十三夜なり。名におふ月のひかりさやかなるにも。富士のねさこそといそがれて。

 ふしのねに待みむかけそ急かるゝ今宵な高き月をみてしも

けふすぎきつるほし崎など思ひ出らる。

 月影のわか住かたもはるゝよにほしさき遠くおもひ出つゝ

やはぎの宿御とまり。〈おりつまで十二里。〉三條相公羽林のやどにまうでて。飛鳥井黃門など題をさぐりて歌よみ侍しに。名所野月を。

 あはつのゝ露わけ初てあつまちやいく草枕月になれ劒

   名所關月

 忘れしよ苔ふかかりし軒端にも月やみるらんふはの關守

   名所橋月

 戀わたる昔をかけて八橋にはるきてむみつる月かな

   寄月祝言

 いく秋か我君か代も長月やなにふる月の霜をかさねん

つとめて此御とまりを立侍とて。

 のとかなるやはきの里は月の光出入まての名にそ有ける

宇治川のさとゝ申所にて。

 誰か住みやこのたつみしかはあらてこは東路のうち川の里

山中の宿にて御ひるまのほどにぎはゝしさもかぎりなし。

 旅ころもたつきなしとも思はれす民もにきはふ山中のさと

此つゞきに關口と申所あり。

 道ひろく治まれる世の關口はさすとしもなく守としもなし

今八幡と申鳥井の程にて。

 君まもる契しあれは今やはたいまゝてこゝに跡やたれけむ

いまはしの御とまりにて。〈やはぎより八里。〉 あかす明行月をみて。

 夜とゝもに月すみ渡る今橋や明過るまて立そやすらふ

十五日。大いは山とかやのふもとを過侍るに。ふりたる寺みえ侍り。本尊は普門示現の大士にておはしますよし申侍しかば。しばし法施などたてまつりし次。

 君か代は數もしられぬさゝれ石のみる大岩の山となるまて

二むら山越侍るとて。

 けふこゆる二むら山の村もみちまた色うすし歸るさにみむ

衣のさと此あたりにぞ侍らむ。 名にたてるたひの衣の里ならは露わけきつる袖やかさねん

今日なむ遠江國鹽見坂に至りおはします。彼景趣。なをざりにつゞけやらむことのはもなし。まことに直下とみおろせばといひふるしたるおもかげうかびて。雲のなみ煙の浪そこはかとなき海のほとり。松ばらはるとつづきたるすさき。かずもしられずこぎつらねたる小舟。いとみどころおほかり。雲水茫々たるをちかたに。富士のねまがひなくあらはれ侍り。これにて御筆をそめられ侍し御詠二首。

 今そはやねかひみちぬる鹽見坂心ひかれしふしをなかめて

 立かヘり幾年なみか忍はまししほみ坂にてふしをみし世を

かたじけなく御和を奉るベきよし仰ごと侍しかば。

 ことのはもけにそ及はぬ鹽見坂きゝしに越るふしの高根は

 君そなほ萬代とをくおほゆへき富士のよそめのけふの面影

二子づかと申侍し所にて富士を御覽じそめられたるよし仰られて。

 たくひなきふしをみ初る道の名を二子塚とはいかていはまし

これについで又申入侍し。

 契りあれやけふの行手の二子坂爰よりふしを相みそめぬる

橋もとの御とまり〈今橋より五里。〉ちかくなり侍り。濱名のはしも此あたりにこそと申をきゝて。

 暮わたる濱なのはしは霧こめて猶すゑとをし秋の河なみ

十六日。はしもとを立て。引馬の宿里イにもなりぬ。ひくま野は三河國とこそおもひならはし侍るに。遠江に侍るはいかなることにか。あしたの程野を分侍しに。蟲のねいとしげし。

 あかなくにわけこそきつれ蟲の音の袖を引馬の野への朝露

鷺坂山にて。

 打はふき飛や立けむ白鳥のさき坂山そやすくこえぬる

十七日。遠江府〈橋もとより六里。〉をたちて。雨いたくふり侍しに。懸川と申所にて。

 うちわたす浪さへ袖にかけ川やいとゝぬれそふ秋のむら雨

さやの中山にて出され侍し御詠。

 名にしおへは晝越てたに富士もみす秋雨くらきさよの中山

おなじく奉りし御和。

 秋の雨もはるゝ計のことのはをふしのねよりも高く社みれ

おなじ所にて。

 天雲のよそに隔てゝふしのねはさやにもみえすさやの中山

十八日。藤枝の御とまり〈みつけの府より十一里。〉を立て。宇津の山こえ侍れば。雨の名殘いとつゆけかりしに。

 うつの山しくれむ露もほしやらて袂にかゝるつたのした道

ゆきて。けふぞ駭河府〈藤枝より五里。〉にも至り侍りぬる。千里始足下高山起微塵ためし思ひしられ侍り。この國の守護今川上總介。〈範政。〉御旅のおまし。かざり。ゐたち。けいめいし侍るうちにも。雪のつもれらむすがたを上覽にそなへ侍らばやとねんじわたりけるに。昨日の雨彼山の雪なりけり。今日しも白妙につもれるけしき。富士權現もきみの御光をまちおはしましけるとみえて。あやしくたうとくぞおぼえ侍る。山また山をかさねて。たなびきわたれる雲より上にかゞやきみえたる遠望たぐひなくこそ。

 白雲のかさなる山も麓にてまかはぬふしの空にさやけき

 わか君の高き惠みにたとへてそ猶あふきみるふしのしは山

これにてあまたあそばされ侍し御詠のうち。

 見すは爭て思ひ知へき言のはもおよはぬふしと豫て聞しを

この御和。

 言の葉を仰かさねて富士のねの雪もや君か千代をつむらし

夜もすがら。月にかの山を御らむじあかして。

 月雪の一かたならぬなかめゆへふしにみしかき秋のよは哉

おぼろげに御和など奉るベき御詠にし侍らねど。また仰ごとのいともかしこくて。

 富士のねや月と雪とのめうつしイもあかす珍し君かことのは

翌朝の御詠。

 朝明のふしの根おろし身にしむも忘れはてつゝなかめける哉

 あさ日影さすより富士のたかねなる雪も一しほ色增るかな

又御和。

 雲はらふふしのねおろし吹やたゝ秋の朝けのみにはしむとも

 なをさりのけしきならすよ朝日影雪に移ろふふしの高ねは

あさざむなるほどにて御わたぼうしをせられ侍しに。おりしも富士の根にくも一むらかゝりて。さながらぼうしのやうに見えけるを。御わたぼうしにおほしめしなずらへて。

 我ならすけさはするかのふしのねに綿帽子ともなれる雪哉

御和。

 富士のねにかゝれる雲も我君の千世を戴く綿ほうしかも

又御詠。

 いつゆくと忘れやはするふし河の浪にもあらぬけさの眺は

 嬉しさも身こイそあまれイ无富士のねを雲の衣の外になかめて

同御和。

 富士川の浪もいく世かかけまくもかしこき影を仰き渡らむ

 ふしのねや心にこめむつゝみえぬ雲のま袖はかきり有とも

此山の由來たづねきこしめしけるに。そのかみ壬子年とかやに出現の由。守護注申侍しに。ことしの支干相應。奇特におぼしめされて。

 かゝる身も神はひくかと白雲のふしのたかねを猶や仰かむ

 敷嶋の道はしらねと富士のねの眺にをよふことのはそなき

御和。

 君かへむやをよろつ代の坂まてもふしのね高き神そしる覽

 富士のねの雪さへ道の高きイ光にていやまししきに積るとそみる

ひねもすになかめくらさせおはしまして。

 こと山は月になるまて夕日影なをこそ殘れふしのたかねにイ

たゞいまのおもかげをつかふまつるベきよし仰ごと侍しに。

 白妙の高根はかりはさたかにて日影のこれる山のはもなし

廿日。淸見寺〈府中より四里。〉にてあそばしをかれし御詠.。

 關のとはさゝぬ御代にも淸みかた心そとまるみほの松原

御舟にめされ。海人のかづきするなど御覽ぜられて還御なり侍き。仁行如春威行如秋なる御よそほしさみたてまつる貴賤。御道すがらさりもあへ侍らず。入江の宿たかはしなはてなど過て。廣き野やま。こゝやかの草薙の神劔靈瑞をあらはし侍りしあたりならむといとかしこくぞおぼえ侍る。〈此所に草薙の御社九萬八千の御社などと申て。むかし神々進發の御陣の跡に社あまたおはしますと云々。海道よりは見えず。〉淸見寺にておもひつゞけ侍し三首の中。

 淸見かた關もる波もいとまあれやみほの松原風たゝぬ世に

袖しの浦は出雲國とこそきゝ侍しに此うらはに同名あイりけり。于時白雲重疊。彼山不贍望

 雲深くおほふ袖しの浦人よいつくにふしをみるめからまし

御舟よそひ侍し程。

 漕出てみほのおきつの松の千世都のつとに君そつゝまん

廿一日。あした駿河府にて御詠。

 旅衣たちそかねぬる雲たにもかゝらぬ富士の名殘おしさに

此外御詠かず侍りき。いまだ拜見ゆるされざるをばかさねて申出し。萬代の[代歟]代に仰ぎたてまつるベし。同府還御のとき申入侍し。

 末となく君かへりみよふしのねの年月かけて高き契りを

手ごし河原にて。

 たひ人のてこし河原をのる駒も足なみはやしいそく朝立

宇津の山にて感夢のこと思ひ出侍りて。

 うつの山うつゝに越てみしふしに見しよの夢そ思ひ合する

範  政


 すなほなる君にまかせて日本をこゝろやすくや神もみる覽

と申侍しとき。おなじく詠進申べきよし仰ごとにて。

 神もしれ天津日本あきらかに照す惠みもすなほなる世そ

藤枝の御とまりにて。

 舂ならは花そ匂はむ秋とてやうらは色つくふち枝の里

廿二日。せと山と申所にて。

 うらかるゝお花の浪にかへる也しほちは遠きせとの山風

かまづかと申あたりにて。

 駒とめよ草かるをのこ手もたゆくとる鎌塚も此わたりとて

さ夜の中山にて富士のねほのかに見え侍しに。歌よませられしとき。御詠。

 富士のねも面かけはかりほのと雪より白むさよの中山

詠進のうた。

 それをみる面影うすし富士のねの雪かあらぬかさよの中山

遠江府ちかく成て今のうらと申入海あり。湖水也。

 殘る日もいり海ちかくみえてけりこの夕暮のいまのうら浪

廿三日。池田宿すぎ侍とて。

 ゆたかなる池田の里の民まてもすみよき御代に逢や嬉しき

うへ松のはらとかやにて。

 千代ふへきたねをは君に讓らなむけふ分過るうへ松のはら

せうらが松とて。いとふりたる木のねざしなど見どころあり。かげに立やすらひて。

 たか世にか植ておきなの松かねにけふ顯るゝ君のちとせは

うら過侍るに。いなさほそ江いづくならむとおぼえて。

 いつかたかいなさほそ江のあま衣浦を隔てゝ定かにもなし

廿四日。雨ふり侍りしに。鹽見坂こえければ。いづかたもくもりて。松原一むらぞ興をのこし侍る。

 松原の一村しくれすきやらてふしのねたくもくもる今日哉

やはぎに御着のほど夜に入侍しかば。

 あきらけき御代の光にひくるれは暗きやはきの里も辿らす

廿五日。參河と尾張とのさかひ河をわたるとて。

 今日はまた千代萬代のさかひ川二つの國のわたりのみかは

なるみにて。

 祈ることなるみの浦に御祓せむちかきあつたの神を仰きて

爰彼に侍し海士の家居をみて。

 鳴海潟しほひにあさる蜑の子のさためぬ宿か爰もかしこも

ふるわたりと申所にて。

 都人袖をつらねてふる渡り古き世はちぬかけやとゝめし

おりつの御とまりにて。

 暮にけりのるてふ駒を引とめて今やおりつの宿をたつねん

御道すがらの御まうけ。治世安代イの恩澤。かぎりなくぞ見え侍る。

 山につみ野にもみちぬる惠み哉遠きあつまの道もすからに

廿六日。うし野を過て。黑田ちかくなり侍しに。あしはらおほくみゆ。

 をのか毛の黑田もちかく成にけり分る牛野につゝくあし原

すのまたにて。

 河舟のさすや日影ものとかにて立としもなき秋のさゝ波

廿七日。くろち川と申所にて瀧のおちたるをみて。

 立よりてみれは名のみそ黑地川くろきすちなき瀧の絲哉

うぐひすがはなと申所にて。覉旅のうちに抄秋已閑小春漸近づきぬる風光に嘯侍て。

 里の名に聞鶯のはなかつら秋にすくなし春かけてなけ

さめが井の水をむすびて。一切智淸淨無二無別とぞ觀じ侍し。

 くみてこそうき世の夢もさめか井のみつから淸き心知るれ

かどのと申所にて。

 百草の花のかとのゝあきの露あかぬ袂にうつしてそこし

野山のこずゑ色づきわたれるをみて。

 色ならぬたひの心も染てけり分る野山の秋の梢に

むさの御とまりにてみせられ侍し御詠二首。

 若枝たにまた染出ぬみの秋のおいその杜の蔭そさひしき

 ふり出て時雨も露も猶そめよくれなゐ薄きよものもみちを

二のうち。老その杜の御詠を和し申入侍し。

 名にたかき老その杜の松のかけやかてさしそへ千代の若枝

かゞみ山をみやりて。

 たれも今君をかゝみと仰みる世にあふみちの山もかしこし

御所に還御のとき。

 分きつる東路よりもはるけきはかへる都の千世の行すゑ

この作品は1930年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。