友達
一
梅田の停車場を下りるや否や自分は母からいいつけられた通り、すぐ俥を雇って岡田の家に馳けさせた。岡田は母方の遠縁に当る男であった。自分は彼がはたして母の何に当るかを知らずにただ疎い親類とばかり覚えていた。
大阪へ下りるとすぐ彼を訪うたのには理由があった。自分はここへ来る一週間前ある友達と約束をして、今から十日以内に阪地で落ち合おう、そうしていっしょに高野登りをやろう、もし時日が許すなら、伊勢から名古屋へ廻ろう、と取りきめた時、どっちも指定すべき場所をもたないので、自分はつい岡田の氏名と住所を自分の友達に告げたのである。
「じゃ大阪へ着き次第、そこへ電話をかければ君のいるかいないかは、すぐ分るんだね」と友達は別れるとき念を押した。岡田が電話をもっているかどうか、そこは自分にもはなはだ危しかったので、もし電話がなかったら、電信でも郵便でも好いから、すぐ出してくれるように頼んでおいた。友達は甲州線で諏訪まで行って、それから引返して木曾を通った後、大阪へ出る計画であった。自分は東海道を一息に京都まで来て、そこで四五日用足かたがた逗留してから、同じ大阪の地を踏む考えであった。
予定の時日を京都で費した自分は、友達の消息を一刻も早く耳にするため停車場を出ると共に、岡田の家を尋ねなければならなかったのである。けれどもそれはただ自分の便宜になるだけの、いわば私の都合に過ぎないので、先刻云った母のいいつけとはまるで別物であった。母が自分に向って、あちらへ行ったら何より先に岡田を尋ねるようにと、わざわざ荷になるほど大きい鑵入の菓子を、御土産だよと断って、鞄の中へ入れてくれたのは、昔気質の律儀からではあるが、その奥にもう一つ実際的の用件を控えているからであった。
自分は母と岡田が彼らの系統上どんな幹の先へ岐れて出た、どんな枝となって、互に関係しているか知らないくらいな人間である。母から依託された用向についても大した期待も興味もなかった。けれども久しぶりに岡田という人物――落ちついて四角な顔をしている、いくら髭を欲しがっても髭の容易に生えない、しかも頭の方がそろそろ薄くなって来そうな、――岡田という人物に会う方の好奇心は多少動いた。岡田は今までに所用で時々出京した。ところが自分はいつもかけ違って会う事ができなかった。したがって強く酒精に染められた彼の四角な顔も見る機会を奪われていた。自分は俥の上で指を折って勘定して見た。岡田がいなくなったのは、ついこの間のようでも、もう五六年になる。彼の気にしていた頭も、この頃ではだいぶ危険に逼っているだろうと思って、その地の透いて見えるところを想像したりなどした。
岡田の髪の毛は想像した通り薄くなっていたが、住居は思ったよりもさっぱりした新しい普請であった。
「どうも上方流で余計な所に高塀なんか築き上て、陰気で困っちまいます。そのかわり二階はあります。ちょっと上って御覧なさい」と彼は云った。自分は何より先に友達の事が気になるので、こうこういう人からまだ何とも通知は来ないかと聞いた。岡田は不思議そうな顔をして、いいえと答えた。
二
自分は岡田に連れられて二階へ上って見た。当人が自慢するほどあって眺望はかなり好かったが、縁側のない座敷の窓へ日が遠慮なく照り返すので、暑さは一通りではなかった。床の間にかけてある軸物も反っくり返っていた。
「なに日が射すためじゃない。年が年中かけ通しだから、糊の具合でああなるんです」と岡田は真面目に弁解した。
「なるほど梅に鶯だ」と自分も云いたくなった。彼は世帯を持つ時の用意に、この幅を自分の父から貰って、大得意で自分の室へ持って来て見せたのである。その時自分は「岡田君この呉春は偽物だよ。それだからあの親父が君にくれたんだ」と云って調戯半分岡田を怒らした事を覚えていた。
二人は懸物を見て、当時を思い出しながら子供らしく笑った。岡田はいつまでも窓に腰をかけて話を続ける風に見えた。自分も襯衣に洋袴だけになってそこに寝転びながら相手になった。そうして彼から天下茶屋の形勢だの、将来の発展だの、電車の便利だのを聞かされた。自分は自分にそれほど興味のない問題を、ただ素直にはいはいと聴いていたが、電車の通じる所へわざわざ俥へ乗って来た事だけは、馬鹿らしいと思った。二人はまた二階を下りた。
やがて細君が帰って来た。細君はお兼さんと云って、器量はそれほどでもないが、色の白い、皮膚の滑らかな、遠見の大変好い女であった。父が勤めていたある官省の属官の娘で、その頃は時々勝手口から頼まれものの仕立物などを持って出入をしていた。岡田はまたその時分自分の家の食客をして、勝手口に近い書生部屋で、勉強もし昼寝もし、時には焼芋なども食った。彼らはかようにして互に顔を知り合ったのである。が、顔を知り合ってから、結婚が成立するまでに、どんな径路を通って来たか自分はよく知らない。岡田は母の遠縁に当る男だけれども、自分の宅では書生同様にしていたから、下女達は自分や自分の兄には遠慮して云い兼ねる事までも、岡田に対してはつけつけと云って退けた。「岡田さんお兼さんがよろしく」などという言葉は、自分も時々耳にした。けれども岡田はいっこう気にもとめない様子だったから、おおかたただの徒事だろうと思っていた。すると岡田は高商を卒業して一人で大阪のある保険会社へ行ってしまった。地位は自分の父が周旋したのだそうである。それから一年ほどして彼はまた飄然として上京した。そうして今度はお兼さんの手を引いて大阪へ下って行った。これも自分の父と母が口を利いて、話を纏めてやったのだそうである。自分はその時富士へ登って甲州路を歩く考えで家にはいなかったが、後でその話を聞いてちょっと驚いた。勘定して見ると、自分が御殿場で下りた汽車と擦れ違って、岡田は新しい細君を迎えるために入京したのである。
お兼さんは格子の前で畳んだ洋傘を、小さい包と一緒に、脇の下に抱えながら玄関から勝手の方に通り抜ける時、ちょっときまりの悪そうな顔をした。その顔は日盛の中を歩いた火気のため、汗を帯びて赤くなっていた。
「おい御客さまだよ」と岡田が遠慮のない大きな声を出した時、お兼さんは「ただいま」と奥の方で優しく答えた。自分はこの声の持主に、かつて着た久留米絣やフランネルの襦袢を縫って貰った事もあるのだなとふと懐かしい記憶を喚起した。
三
お兼さんの態度は明瞭で落ちついて、どこにも下卑た家庭に育ったという面影は見えなかった。「二三日前からもうおいでだろうと思って、心待に御待申しておりました」などと云って、眼の縁に愛嬌を漂よわせるところなどは、自分の妹よりも品の良いばかりでなく、様子も幾分か立優って見えた。自分はしばらくお兼さんと話しているうちに、これなら岡田がわざわざ東京まで出て来て連れて行ってもしかるべきだという気になった。
この若い細君がまだ娘盛の五六年前に、自分はすでにその声も眼鼻立も知っていたのではあるが、それほど親しく言葉を換わす機会もなかったので、こうして岡田夫人として改まって会って見ると、そう馴々しい応対もできなかった。それで自分は自分と同階級に属する未知の女に対するごとく、畏まった言語をぽつぽつ使った。岡田はそれがおかしいのか、または嬉しいのか、時々自分の顔を見て笑った。それだけなら構わないが、折節はお兼さんの顔を見て笑った。けれどもお兼さんは澄ましていた。お兼さんがちょっと用があって奥へ立った時、岡田はわざと低い声をして、自分の膝を突っつきながら、「なぜあいつに対して、そう改まってるんです。元から知ってる間柄じゃありませんか」と冷笑すような句調で云った。
「好い奥さんになったね。あれなら僕が貰やよかった」
「冗談いっちゃいけない」と云って岡田は一層大きな声を出して笑った。やがて少し真面目になって、「だってあなたはあいつの悪口をお母さんに云ったっていうじゃありませんか」と聞いた。
「なんて」
「岡田も気の毒だ、あんなものを大阪下りまで引っ張って行くなんて。もう少し待っていればおれが相当なのを見つけてやるのにって」
「そりゃ君昔の事ですよ」
こうは答えたようなものの、自分は少し恐縮した。かつちょっと狼狽した。そうして先刻岡田が変な眼遣をして、時々細君の方を見た意味をようやく理解した。
「あの時は僕も母から大変叱られてね。おまえのような書生に何が解るものか。岡田さんの事はお父さんと私とで当人達に都合の好いようにしたんだから、余計な口を利かずに黙って見ておいでなさいって。どうも手痛くやられました」
自分は母から叱られたという事実が、自分の弁解にでもなるような語気で、その時の様子を多少誇張して述べた。岡田はますます笑った。
それでもお兼さんがまた座敷へ顔を出した時、自分は多少きまりの悪い思をしなければならなかった。人の悪い岡田はわざわざ細君に、「今二郎さんがおまえの事を大変賞めて下すったぜ。よく御礼を申し上げるが好い」と云った。お兼さんは「あなたがあんまり悪口をおっしゃるからでしょう」と夫に答えて、眼では自分の方を見て微笑した。
夕飯前に浴衣がけで、岡田と二人岡の上を散歩した。まばらに建てられた家屋や、それを取り巻く垣根が東京の山の手を通り越した郊外を思い出させた。自分は突然大阪で会合しようと約束した友達の消息が気になり出した。自分はいきなり岡田に向って、「君の所にゃ電話はないんでしょうね」と聞いた。「あの構で電話があるように見えますかね」と答えた岡田の顔には、ただ機嫌の好い浮き浮きした調子ばかり見えた。
四
それは夕方の比較的長く続く夏の日の事であった。二人の歩いている岡の上はことさら明るく見えた。けれども、遠くにある立樹の色が空に包まれてだんだん黒ずんで行くにつれて、空の色も時を移さず変って行った。自分は名残の光で岡田の顔を見た。
「君東京にいた時よりよほど快豁になったようですね。血色も大変好い。結構だ」
岡田は「ええまあお蔭さまで」と云ったような瞹眛な挨拶をしたが、その挨拶のうちには一種嬉しそうな調子もあった。
もう晩飯の用意もできたから帰ろうじゃないかと云って、二人帰路についた時、自分は突然岡田に、「君とお兼さんとは大変仲が好いようですね」といった。自分は真面目なつもりだったけれども、岡田にはそれが冷笑のように聞えたと見えて、彼はただ笑うだけで何の答えもしなかった。けれども別に否みもしなかった。
しばらくしてから彼は今までの快豁な調子を急に失った。そうして何か秘密でも打ち明けるような具合に声を落した。それでいて、あたかも独言をいう時のように足元を見つめながら、「これであいつといっしょになってから、かれこれもう五六年近くになるんだが、どうも子供ができないんでね、どういうものか。それが気がかりで……」と云った。
自分は何とも答えなかった。自分は子供を生ますために女房を貰う人は、天下に一人もあるはずがないと、かねてから思っていた。しかし女房を貰ってから後で、子供が欲しくなるものかどうか、そこになると自分にも判断がつかなかった。
「結婚すると子供が欲しくなるものですかね」と聞いて見た。
「なに子供が可愛いかどうかまだ僕にも分りませんが、何しろ妻たるものが子供を生まなくっちゃ、まるで一人前の資格がないような気がして……」
岡田は単にわが女房を世間並にするために子供を欲するのであった。結婚はしたいが子供ができるのが怖いから、まあもう少し先へ延そうという苦しい世の中ですよと自分は彼に云ってやりたかった。すると岡田が「それに二人ぎりじゃ淋しくってね」とまたつけ加えた。
「二人ぎりだから仲が好いんでしょう」
「子供ができると夫婦の愛は減るもんでしょうか」
岡田と自分は実際二人の経験以外にあることをさも心得たように話し合った。
宅では食卓の上に刺身だの吸物だのが綺麗に並んで二人を待っていた。お兼さんは薄化粧をして二人のお酌をした。時々は団扇を持って自分を扇いでくれた。自分はその風が横顔に当るたびに、お兼さんの白粉の匂を微かに感じた。そうしてそれが麦酒や山葵の香よりも人間らしい好い匂のように思われた。
「岡田君はいつもこうやって晩酌をやるんですか」と自分はお兼さんに聞いた。お兼さんは微笑しながら、「どうも後引上戸で困ります」と答えてわざと夫の方を見やった。夫は、「なに後が引けるほど飲ませやしないやね」と云って、傍にある団扇を取って、急に胸のあたりをはたはたいわせた。自分はまた急にこっちで会うべきはずの友達の事に思い及んだ。
「奥さん、三沢という男から僕に宛てて、郵便か電報か何か来ませんでしたか。今散歩に出た後で」
「来やしないよ。大丈夫だよ、君。僕の妻はそう云う事はちゃんと心得てるんだから。ねえお兼。――好いじゃありませんか、三沢の一人や二人来たって来なくたって。二郎さん、そんなに僕の宅が気に入らないんですか。第一あなたはあの一件からして片づけてしまわなくっちゃならない義務があるでしょう」
岡田はこう云って、自分の洋盃へ麦酒をゴボゴボと注いだ。もうよほど酔っていた。
五
その晩はとうとう岡田の家へ泊った。六畳の二階で一人寝かされた自分は、蚊帳の中の暑苦しさに堪えかねて、なるべく夫婦に知れないように、そっと雨戸を開け放った。窓際を枕に寝ていたので、空は蚊帳越にも見えた。試に赤い裾から、頭だけ出して眺めると星がきらきらと光った。自分はこんな事をする間にも、下にいる岡田夫婦の今昔は忘れなかった。結婚してからああ親しくできたらさぞ幸福だろうと羨ましい気もした。三沢から何の音信のないのも気がかりであった。しかしこうして幸福な家庭の客となって、彼の消息を待つために四五日ぐずぐずしているのも悪くはないと考えた。一番どうでも好かったのは岡田のいわゆる「例の一件」であった。
翌日眼が覚めると、窓の下の狭苦しい庭で、岡田の声がした。
「おいお兼とうとう絞りのが咲き出したぜ。ちょいと来て御覧」
自分は時計を見て、腹這になった。そうして燐寸を擦って敷島へ火を点けながら、暗にお兼さんの返事を待ち構えた。けれどもお兼さんの声はまるで聞えなかった。岡田は「おい」「おいお兼」をまた二三度繰返した。やがて、「せわしない方ね、あなたは。今朝顔どころじゃないわ、台所が忙しくって」という言葉が手に取るように聞こえた。お兼さんは勝手から出て来て座敷の縁側に立っているらしい。
「それでも綺麗ね。咲いて見ると。――金魚はどうして」
「金魚は泳いでいるがね。どうもこのほうはむずかしいらしい」
自分はお兼さんが、死にかかった金魚の運命について、何かセンチメンタルな事でもいうかと思って、煙草を吹かしながら聴いていた。けれどもいくら待っていても、お兼さんは何とも云わなかった。岡田の声も聞こえなかった。自分は煙草を捨てて立ち上った。そうしてかなり急な階子段を一段ずつ音を立てて下へ降りて行った。
三人で飯を済ました後、岡田は会社へ出勤しなければならないので、緩り案内をする時間がないのを残念がった。自分はここへ来る前から、そんな事を全く予期していなかったと云って、白い詰襟姿の彼を坐ったまま眺めていた。
「お兼、お前暇があるなら二郎さんを案内して上げるが好い」と岡田は急に思いついたような顔つきで云った。お兼さんはいつもの様子に似ず、この時だけは夫にも自分にも何とも答えなかった。自分はすぐ、「なに構わない。君といっしょに君の会社のある方角まで行って、そこいらを逍遥いて見よう」と云いながら立った。お兼さんは玄関で自分の洋傘を取って、自分に手渡ししてくれた。それからただ一口「お早く」と云った。
自分は二度電車に乗せられて、二度下ろされた。そうして岡田の通っている石造の会社の周囲を好い加減に歩き廻った。同じ流れか、違う流れか、水の面が二三度目に入った。そのうち暑さに堪えられなくなって、また好い加減に岡田の家へ帰って来た。
二階へ上って、――自分は昨夜からこの六畳の二階を、自分の室と心得るようになった。――休息していると、下から階子段を踏む音がして、お兼さんが上って来た。自分は驚いて脱いだ肌を入れた。昨日廂に束ねてあったお兼さんの髪は、いつの間にか大きな丸髷に変っていた。そうして桃色の手絡が髷の間から覗いていた。
六
お兼さんは黒い盆の上に載せた平野水と洋盃を自分の前に置いて、「いかがでございますか」と聞いた。自分は「ありがとう」と答えて、盆を引き寄せようとした。お兼さんは「いえ私が」と云って急に罎を取り上げた。自分はこの時黙ってお兼さんの白い手ばかり見ていた。その手には昨夕気がつかなかった指環が一つ光っていた。
自分が洋盃を取上げて咽喉を潤した時、お兼さんは帯の間から一枚の葉書を取り出した。
「先ほどお出かけになった後で」と云いかけて、にやにや笑っている。自分はその表面に三沢の二字を認めた。
「とうとう参りましたね。御待かねの……」
自分は微笑しながら、すぐ裏を返して見た。
「一両日後れるかも知れぬ」
葉書に大きく書いた文字はただこれだけであった。
「まるで電報のようでございますね」
「それであなた笑ってたんですか」
「そう云う訳でもございませんけれども、何だかあんまり……」
お兼さんはそこで黙ってしまった。自分はお兼さんをもっと笑わせたかった。
「あんまり、どうしました」
「あんまりもったいないようですから」
お兼さんのお父さんというのは大変緻密な人で、お兼さんの所へ手紙を寄こすにも、たいていは葉書で用を弁じている代りに蠅の頭のような字を十五行も並べて来るという話しを、お兼さんは面白そうにした。自分は三沢の事を全く忘れて、ただ前にいるお兼さんを的に、さまざまの事を尋ねたり聞いたりした。
「奥さん、子供が欲しかありませんか。こうやって、一人で留守をしていると退屈するでしょう」
「そうでもございませんわ。私兄弟の多い家に生れて大変苦労して育ったせいか、子供ほど親を意地見るものはないと思っておりますから」
「だって一人や二人はいいでしょう。岡田君は子供がないと淋しくっていけないって云ってましたよ」
お兼さんは何にも答えずに窓の外の方を眺めていた。顔を元へ戻しても、自分を見ずに、畳の上にある平野水の罎を見ていた。自分は何にも気がつかなかった。それでまた「奥さんはなぜ子供ができないんでしょう」と聞いた。するとお兼さんは急に赤い顔をした。自分はただ心やすだてで云ったことが、はなはだ面白くない結果を引き起したのを後悔した。けれどもどうする訳にも行かなかった。その時はただお兼さんに気の毒をしたという心だけで、お兼さんの赤くなった意味を知ろうなどとは夢にも思わなかった。
自分はこの居苦しくまた立苦しくなったように見える若い細君を、どうともして救わなければならなかった。それには是非共話頭を転ずる必要があった。自分はかねてからさほど重きを置いていなかった岡田のいわゆる「例の一件」をとうとう持ち出した。お兼さんはすぐ元の態度を回復した。けれども夫に責任の過半を譲るつもりか、けっして多くを語らなかった。自分もそう根掘り葉掘り聞きもしなかった。
七
「例の一件」が本式に岡田の口から持ち出されたのはその晩の事であった。自分は露に近い縁側を好んでそこに座を占めていた。岡田はそれまでお兼さんと向き合って座敷の中に坐っていたが、話が始まるや否や、すぐ立って縁側へ出て来た。
「どうも遠くじゃ話がし悪くっていけない」と云いながら、模様のついた座蒲団を自分の前に置いた。お兼さんだけは依然として元の席を動かなかった。
「二郎さん写真は見たでしょう、この間僕が送った」
写真の主というのは、岡田と同じ会社へ出る若い人であった。この写真が来た時家のものが代りばんこに見て、さまざまの批評を加えたのを、岡田は知らないのである。
「ええちょっと見ました」
「どうです評判は」
「少し御凸額だって云ったものもあります」
お兼さんは笑い出した。自分もおかしくなった。と云うのは、その男の写真を見て、お凸額だと云い始めたものは、実のところ自分だからである。
「お重さんでしょう、そんな悪口をいうのは。あの人の口にかかっちゃ、たいていのものは敵わないからね」
岡田は自分の妹のお重を大変口の悪い女だと思っている。それも彼がお重から、あなたの顔は将棋の駒見たいよと云われてからの事である。
「お重さんに何と云われたって構わないが肝心の当人はどうなんです」
自分は東京を立つとき、母から、貞には無論異存これなくという返事を岡田の方へ出しておいたという事を確めて来たのである。だから、当人は母から上げた返事の通りだと答えた。岡田夫婦はまた佐野という婿になるべき人の性質や品行や将来の望みや、その他いろいろの条項について一々自分に話して聞かせた。最後に当人がこの縁談の成立を切望している例などを挙げた。
お貞さんは器量から云っても教育から云っても、これという特色のない女である。ただ自分の家の厄介ものという名があるだけである。
「先方があまり乗気になって何だか剣呑だから、あっちへ行ったらよく様子を見て来ておくれ」
自分は母からこう頼まれたのである。自分はお貞さんの運命について、それほど多くの興味はもち得なかったけれども、なるほどそう望まれるのは、お貞さんのために結構なようでまた危険な事だろうとも考えていた。それで今まで黙って岡田夫婦の云う事を聞いていた自分は、ふと口を滑らした。――
「どうしてお貞さんが、そんなに気に入ったものかな。まだ会った事もないのに」
「佐野さんはああいうしっかりした方だから、やっぱり辛抱人を御貰いになる御考えなんですよ」
お兼さんは岡田の方を向いて、佐野の態度をこう弁解した。岡田はすぐ、「そうさ」と答えた。そうしてそのほかには何も考えていないらしかった。自分はとにかくその佐野という人に明日会おうという約束を岡田として、また六畳の二階に上った。頭を枕に着けながら、自分の結婚する場合にも事がこう簡単に運ぶのだろうかと考えると、少し恐ろしい気がした。
八
翌日岡田は会社を午で切上げて帰って来た。洋服を投出すが早いか勝手へ行って水浴をして「さあ行こう」と云い出した。
お兼さんはいつの間にか箪笥の抽出を開けて、岡田の着物を取り出した。自分は岡田が何を着るか、さほど気にも留めなかったが、お兼さんの着せ具合や、帯の取ってやり具合には、知らず知らず注意を払っていたものと見えて、「二郎さんあなた仕度は好いんですか」と聞かれた時、はっと気がついて立ち上った。
「今日はお前も行くんだよ」と岡田はお兼さんに云った。「だって……」とお兼さんは絽の羽織を両手で持ちながら、夫の顔を見上げた。自分は梯子段の中途で、「奥さんいらっしゃい」と云った。
洋服を着て下へ降りて見ると、お兼さんはいつの間にかもう着物も帯も取り換えていた。
「早いですね」
「ええ早変り」
「あんまり変り栄もしない服装だね」と岡田が云った。
「これでたくさんよあんな所へ行くのに」とお兼さんが答えた。
三人は暑を冒して岡を下った。そうして停車場からすぐ電車に乗った。自分は向側に並んで腰をかけた岡田とお兼さんを時々見た。その間には三沢の突飛な葉書を思い出したりした。全体あれはどこで出したものなんだろうと考えても見た。これから会いに行く佐野という男の事も、ちょいちょい頭に浮んだ。しかしそのたんびに「物好」という言葉がどうしてもいっしょに出て来た。
岡田は突然体を前に曲げて、「どうです」と聞いた。自分はただ「結構です」と答えた。岡田は元のように腰から上を真直にして、何かお兼さんに云った。その顔には得意の色が見えた。すると今度はお兼さんが顔を前へ出して「御気に入ったら、あなたも大阪へいらっしゃいませんか」と云った。自分は覚えず「ありがとう」と答えた。さっきどうですと突然聞いた岡田の意味は、この時ようやく解った。
三人は浜寺で降りた。この地方の様子を知らない自分は、大な松と砂の間を歩いてさすがに好い所だと思った。しかし岡田はここでは「どうです」を繰返さなかった。お兼さんも洋傘を開いたままさっさと行った。
「もう来ているだろうか」
「そうね。ことに因るともう来て待っていらっしゃるかも知れないわ」
自分は二人の後に跟いて、こんな会話を聴きながら、すばらしく大きな料理屋の玄関の前に立った。自分は何よりもまずその大きいのに驚かされたが、上って案内をされた時、さらにその道中の長いのに吃驚した。三人は段々を下りて細い廊下を通った。
「隧道ですよ」
お兼さんがこういって自分に教えてくれたとき、自分はそれが冗談で、本当に地面の下ではないのだと思った。それでただ笑って薄暗いところを通り抜けた。
座敷では佐野が一人敷居際に洋服の片膝を立てて、煙草を吹かしながら海の方を見ていた。自分達の足音を聞いた彼はすぐこっちを向いた。その時彼の額の下に、金縁の眼鏡が光った。部屋へ這入るとき第一に彼と顔を見合せたのは実に自分だったのである。
九
佐野は写真で見たよりも一層御凸額であった。けれども額の広いところへ、夏だから髪を短く刈っているので、ことにそう見えたのかも知れない。初対面の挨拶をするとき、彼は「何分よろしく」と云って頭を丁寧に下げた。この普通一般の挨拶ぶりが、場合が場合なので、自分には一種変に聞こえた。自分の胸は今までさほど責任を感じていなかったところへ急に重苦しい束縛ができた。
四人は膳に向いながら話をした。お兼さんは佐野とはだいぶ心やすい間柄と見えて、時々向側から調戯ったりした。
「佐野さん、あなたの写真の評判が東京で大変なんですって」
「どう大変なんです。――おおかた好い方へ大変なんでしょうね」
「そりゃもちろんよ。嘘だと覚し召すならお隣りにいらっしゃる方に伺って御覧になれば解るわ」
佐野は笑いながらすぐ自分の方を見た。自分はちょっと何とか云わなければ跋が悪かった。それで真面目な顔をして、「どうも写真は大阪の方が東京より発達しているようですね」と云った。すると岡田が「浄瑠璃じゃあるまいし」と交返した。
岡田は自分の母の遠縁に当る男だけれども、長く自分の宅の食客をしていたせいか、昔から自分や自分の兄に対しては一段低い物の云い方をする習慣をもっていた。久しぶりに会った昨日一昨日などはことにそうであった。ところがこうして佐野が一人新しく席に加わって見ると、友達の手前体裁が悪いという訳だか何だか、自分に対する口の利き方が急に対等になった。ある時は対等以上に横風になった。
四人のいる座敷の向には、同じ家のだけれども棟の違う高い二階が見えた。障子を取り払ったその広間の中を見上げると、角帯を締めた若い人達が大勢いて、そのうちの一人が手拭を肩へかけて踊かなにか躍っていた。「御店ものの懇親会というところだろう」と評し合っているうちに、十六七の小僧が手摺の所へ出て来て、汚ないものを容赦なく廂の上へ吐いた。すると同じくらいな年輩の小僧がまた一人煙草を吹かしながら出て来て、こらしっかりしろ、おれがついているから、何にも怖がるには及ばない、という意味を純粋の大阪弁でやり出した。今まで苦々しい顔をして手摺の方を見ていた四人はとうとう吹き出してしまった。
「どっちも酔ってるんだよ。小僧の癖に」と岡田が云った。
「あなたみたいね」とお兼さんが評した。
「どっちがです」と佐野が聞いた。
「両方ともよ。吐いたり管を捲いたり」とお兼さんが答えた。
岡田はむしろ愉快な顔をしていた。自分は黙っていた。佐野は独り高笑をした。
四人はまだ日の高い四時頃にそこを出て帰路についた。途中で分れるとき佐野は「いずれそのうちまた」と帽を取って挨拶した。三人はプラットフォームから外へ出た。
「どうです、二郎さん」と岡田はすぐ自分の方を見た。
「好さそうですね」
自分はこうよりほかに答える言葉を知らなかった。それでいて、こう答えた後ははなはだ無責任なような気がしてならなかった。同時にこの無責任を余儀なくされるのが、結婚に関係する多くの人の経験なんだろうとも考えた。
十
自分は三沢の消息を待って、なお二三日岡田の厄介になった。実をいうと彼らは自分のよそに行って宿を取る事を許さなかったのである。自分はその間できるだけ一人で大阪を見て歩いた。すると町幅の狭いせいか、人間の運動が東京よりも溌溂と自分の眼を射るように思われたり、家並が締りのない東京より整って好ましいように見えたり、河が幾筋もあってその河には静かな水が豊かに流れていたり、眼先の変った興味が日に一つ二つは必ずあった。
佐野には浜寺でいっしょに飯を食った次の晩また会った。今度は彼の方から浴衣がけで岡田を尋ねて来た。自分はその時もかれこれ二時間余り彼と話した。けれどもそれはただ前日の催しを岡田の家で小規模に繰返したに過ぎなかったので、新しい印象と云っては格別頭に残りようがなかった。だから本当をいうとただ世間並の人というほかに、自分は彼について何も解らなかった。けれどもまた母や岡田に対する義務としては、何も解らないで澄ましている訳にも行かなかった。自分はこの二三日の間に、とうとう東京の母へ向けて佐野と会見を結了した旨の報告を書いた。
仕方がないから「佐野さんはあの写真によく似ている」と書いた。「酒は呑むが、呑んでも赤くならない」と書いた。「御父さんのように謡をうたう代りに義太夫を勉強しているそうだ」と書いた。最後に岡田夫婦と仲の好さそうな様子を述べて、「あれほど仲の好い岡田さん夫婦の周旋だから間違はないでしょう」と書いた。一番しまいに、「要するに、佐野さんは多数の妻帯者と変ったところも何もないようです。お貞さんも普通の細君になる資格はあるんだから、承諾したら好いじゃありませんか」と書いた。
自分はこの手紙を封じる時、ようやく義務が済んだような気がした。しかしこの手紙一つでお貞さんの運命が永久に決せられるのかと思うと、多少自分のおっちょこちょいに恥入るところもあった。そこで自分はこの手紙を封筒へ入たまま、岡田の所へ持って行った。岡田はすうと眼を通しただけで、「結構」と答えた。お兼さんは、てんで巻紙に手を触れなかった。自分は二人の前に坐って、双方を見較べた。
「これで好いでしょうかね。これさえ出してしまえば、宅の方はきまるんです。したがって佐野さんもちょっと動けなくなるんですが」
「結構です。それが僕らの最も希望するところです」と岡田は開き直っていった。お兼さんは同じ意味を女の言葉で繰り返した。二人からこう事もなげに云われた自分は、それで安心するよりもかえって心元なくなった。
「何がそんなに気になるんです」と岡田が微笑しながら煙草の煙を吹いた。「この事件について一番冷淡だったのは君じゃありませんか」
「冷淡にゃ違ないが、あんまりお手軽過ぎて、少し双方に対して申訳がないようだから」
「お手軽どころじゃございません、それだけ長い手紙を書いていただけば。それでお母さまが御満足なさる、こちらは初からきまっている。これほどおめでたい事はないじゃございませんか、ねえあなた」
お兼さんはこういって、岡田の方を見た。岡田はそうともと云わぬばかりの顔をした。自分は理窟をいうのが厭になって、二人の目の前で、三銭切手を手紙に貼った。
十一
自分はこの手紙を出しっきりにして大阪を立退きたかった。岡田も母の返事の来るまで自分にいて貰う必要もなかろうと云った。
「けれどもまあ緩くりなさい」
これが彼のしばしば繰り返す言葉であった。夫婦の好意は自分によく解っていた。同時に彼らの迷惑もまたよく想像された。夫婦ものに自分のような横着な泊り客は、こっちにも多少の窮屈は免かれなかった。自分は電報のように簡単な端書を書いたぎり何の音沙汰もない三沢が悪らしくなった。もし明日中に何とか音信がなければ、一人で高野登りをやろうと決心した。
「じゃ明日は佐野を誘って宝塚へでも行きましょう」と岡田が云い出した。自分は岡田が自分のために時間の差繰をしてくれるのが苦になった。もっと皮肉を云えば、そんな温泉場へ行って、飲んだり食ったりするのが、お兼さんにすまないような気がした。お兼さんはちょっと見ると、派出好の女らしいが、それはむしろ色白な顔立や様子がそう思わせるので、性質からいうと普通の東京ものよりずっと地味であった。外へ出る夫の懐中にすら、ある程度の束縛を加えるくらい締っているんじゃないかと思われた。
「御酒を召上らない方は一生のお得ですね」
自分の杯に親しまないのを知ったお兼さんは、ある時こういう述懐を、さも羨ましそうに洩らした事さえある。それでも岡田が顔を赤くして、「二郎さん久しぶりに相撲でも取りましょうか」と野蛮な声を出すと、お兼さんは眉をひそめながら、嬉しそうな眼つきをするのが常であったから、お兼さんは旦那の酔うのが嫌いなのではなくって、酒に費用のかかるのが嫌いなのだろうと、自分は推察していた。
自分はせっかくの好意だけれども宝塚行を断った。そうして腹の中で、あしたの朝岡田の留守に、ちょっと電車に乗って一人で行って様子を見て来ようと取りきめた。岡田は「そうですか。文楽だと好いんだけれどもあいにく暑いんで休んでいるもんだから」と気の毒そうに云った。
翌朝自分は岡田といっしょに家を出た。彼は電車の上で突然自分の忘れかけていたお貞さんの結婚問題を持ち出した。
「僕はあなたの親類だと思ってやしません。あなたのお父さんやお母さんに書生として育てられた食客と心得ているんです。僕の今の地位だって、あのお兼だって、みんなあなたの御両親のお蔭でできたんです。だから何か御恩返しをしなくっちゃすまないと平生から思ってるんです。お貞さんの問題もつまりそれが動機でしたんですよ。けっして他意はないんですからね」
お貞さんは宅の厄介ものだから、一日も早くどこかへ嫁に世話をするというのが彼の主意であった。自分は家族の一人として岡田の好意を謝すべき地位にあった。
「お宅じゃ早くお貞さんを片づけたいんでしょう」
自分の父も母も実際そうなのである。けれどもこの時自分の眼にはお貞さんと佐野という縁故も何もない二人がいっしょにかつ離れ離れに映じた。
「旨く行くでしょうか」
「そりゃ行くだろうじゃありませんか。僕とお兼を見たって解るでしょう。結婚してからまだ一度も大喧嘩をした事なんかありゃしませんぜ」
「あなた方は特別だけれども……」
「なにどこの夫婦だって、大概似たものでさあ」
岡田と自分はそれでこの話を切り上げた。
十二
三沢の便りははたして次の日の午後になっても来なかった。気の短い自分にはこんなズボラを待ってやるのが腹立しく感ぜられた、強いてもこれから一人で立とうと決心した。
「まあもう一日二日はよろしいじゃございませんか」とお兼さんは愛嬌に云ってくれた。自分が鞄の中へ浴衣や三尺帯を詰めに二階へ上りかける下から、「是非そうなさいましよ」とおっかけるように留めた。それでも気がすまなかったと見えて、自分が鞄の始末をした頃、上り口へ顔を出して、「おやもう御荷物の仕度をなすったんですか。じゃ御茶でも入れますから、御緩くりどうぞ」と降りて行った。
自分は胡坐のまま旅行案内をひろげた。そうして胸の中でかれこれと時間の都合を考えた。その都合がなかなか旨く行かないので、仰向になってしばらく寝て見た。すると三沢といっしょに歩く時の愉快がいろいろに想像された。富士を須走口へ降りる時、滑って転んで、腰にぶら下げた大きな金明水入の硝子壜を、壊したなり帯へ括りつけて歩いた彼の姿扮などが眼に浮んだ。ところへまた梯子段を踏むお兼さんの足音がしたので、自分は急に起き直った。
お兼さんは立ちながら、「まあ好かった」と一息吐いたように云って、すぐ自分の前に坐った。そうして三沢から今届いた手紙を自分に渡した。自分はすぐ封を開いて見た。
「とうとう御着になりましたか」
自分はちょっとお兼さんに答える勇気を失った。三沢は三日前大阪に着いて二日ばかり寝たあげくとうとう病院に入ったのである。自分は病院の名を指してお兼さんに地理を聞いた。お兼さんは地理だけはよく呑み込んでいたが、病院の名は知らなかった。自分はとにかく鞄を提げて岡田の家を出る事にした。
「どうもとんだ事でございますね」とお兼さんは繰り返し繰り返し気の毒がった。断るのを無理に、下女が鞄を持って停車場まで随いて来た。自分は途中でなおもこの下女を返そうとしたが、何とか云ってなかなか帰らなかった。その言葉は解るには解るが、自分のようにこの土地に親しみのないものにはとても覚えられなかった。別れるとき今まで世話になった礼に一円やったら「さいなら、お機嫌よう」と云った。
電車を下りて俥に乗ると、その俥は軌道を横切って細い通りを真直に馳けた。馳け方があまり烈しいので、向うから来る自転車だの俥だのと幾度か衝突しそうにした。自分ははらはらしながら病院の前に降ろされた。
鞄を持ったまま三階に上った自分は、三沢を探すため方々の室を覗いて歩いた。三沢は廊下の突き当りの八畳に、氷嚢を胸の上に載せて寝ていた。
「どうした」と自分は室に入るや否や聞いた。彼は何も答えずに苦笑している。「また食い過ぎたんだろう」と自分は叱るように云ったなり、枕元に胡坐をかいて上着を脱いだ。
「そこに蒲団がある」と三沢は上眼を使って、室の隅を指した。自分はその眼の様子と頬の具合を見て、これはどのくらい重い程度の病気なんだろうと疑った。
「看護婦はついてるのかい」
「うん。今どこかへ出て行った」
十三
三沢は平生から胃腸のよくない男であった。ややともすると吐いたり下したりした。友達はそれを彼の不養生からだと評し合った。当人はまた母の遺伝で体質から来るんだから仕方がないと弁解していた。そうして消化器病の書物などをひっくり返して、アトニーとか下垂性とかトーヌスとかいう言葉を使った。自分などが時々彼に忠告めいた事をいうと、彼は素人が何を知るものかと云わぬばかりの顔をした。
「君アルコールは胃で吸収されるものか、腸で吸収されるものか知ってるか」などと澄ましていた。そのくせ病気になると彼はきっと自分を呼んだ。自分もそれ見ろと思いながら必ず見舞に出かけた。彼の病気は短くて二三日長くて一二週間で大抵は癒った。それで彼は彼の病気を馬鹿にしていた。他人の自分はなおさらであった。
けれどもこの場合自分はまず彼の入院に驚かされていた。その上に胃の上の氷嚢でまた驚かされた。自分はそれまで氷嚢は頭か心臓の上でなければ載せるものでないとばかり信じていたのである。自分はぴくんぴくんと脈を打つ氷嚢を見つめて厭な心持になった。枕元に坐っていればいるほど、付景気の言葉がだんだん出なくなって来た。
三沢は看護婦に命じて氷菓子を取らせた。自分がその一杯に手を着けているうちに、彼は残る一杯を食うといい出した。自分は薬と定食以外にそんなものを口にするのは好くなかろうと思ってとめにかかった。すると三沢は怒った。
「君は一杯の氷菓子を消化するのに、どのくらい強壮な胃が必要だと思うのか」と真面目な顔をして議論を仕かけた。自分は実のところ何にも知らないのである。看護婦は、よかろうけれども念のためだからと云って、わざわざ医局へ聞きに行った。そうして少量なら差支ないという許可を得て来た。
自分は便所に行くとき三沢に知れないように看護婦を呼んで、あの人の病気は全体何というんだと聞いて見た。看護婦はおおかた胃が悪いんだろうと答えた。それより以上の事を尋ねると、今朝看護婦会から派出されたばかりで、何もまだ分らないんだと云って平気でいた。仕方なしに下へ降りて医員に尋ねたら、その男もまだ三沢の名を知らなかった。けれども患者の病名だの処方だのを書いた紙箋を繰って、胃が少し糜爛れたんだという事だけ教えてくれた。
自分はまた三沢の傍へ行った。彼は氷嚢を胃の上に載せたまま、「君その窓から外を見てみろ」、と云った。窓は正面に二つ側面に一つあったけれども、いずれも西洋式で普通より高い上に、病人は日本の蒲団を敷いて寝ているんだから、彼の眼には強い色の空と、電信線の一部分が筋違に見えるだけであった。
自分は窓側に手を突いて、外を見下した。すると何よりもまず高い煙突から出る遠い煙が眼に入った。その煙は市全体を掩うように大きな建物の上を這い廻っていた。
「河が見えるだろう」と三沢が云った。
大きな河が左手の方に少し見えた。
「山も見えるだろう」と三沢がまた云った。
山は正面にさっきから見えていた。
それが暗がり峠で、昔は多分大きな木ばかり生えていたのだろうが、今はあの通り明るい峠に変化したんだとか、もう少しするとあの山の下を突き貫いて、奈良へ電車が通うようになるんだとか、三沢は今誰かから聞いたばかりの事を元気よく語った。自分はこれなら大した心配もないだろうと思って病院を出た。
十四
自分は別に行く所もなかったので、三沢の泊った宿の名を聞いて、そこへ俥で乗りつけた。看護婦はつい近くのように云ったが、始めての自分にはかなりの道程と思われた。
その宿には玄関も何にもなかった。這入ってもいらっしゃいと挨拶に出る下女もなかった。自分は三沢の泊ったという二階の一間に通された。手摺の前はすぐ大きな川で、座敷から眺めていると、大変涼しそうに水は流れるが、向のせいか風は少しも入らなかった。夜に入って向側に点ぜられる灯火のきらめきも、ただ眼に少しばかりの趣を添えるだけで、涼味という感じにはまるでならなかった。
自分は給仕の女に三沢の事を聞いて始めて知った。彼は二日ここに寝たあげく、三日目に入院したように記憶していたが実はもう一日前の午後に着いて、鞄を投げ込んだまま外出して、その晩の十時過に始めて帰って来たのだそうである。着いた時には五六人の伴侶がいたが、帰りにはたった一人になっていたと下女は告げた。自分はその五六人の伴侶の何人であるかについて思い悩んだ。しかし想像さえ浮ばなかった。
「酔ってたかい」と自分は下女に聞いて見た。そこは下女も知らなかった。けれども少し経って吐いたから酔っていたんだろうと答えた。
自分はその夜蚊帳を釣って貰って早く床に這入った。するとその蚊帳に穴があって、蚊が二三疋這入って来た。団扇を動かして、それを払い退けながら寝ようとすると、隣の室の話し声が耳についた。客は下女を相手に酒でも呑んでいるらしかった。そうして警部だとかいう事であった。自分は警部の二字に多少の興味があった。それでその人の話を聞いて見る気になったのである。すると自分の室を受持っている下女が上って来て、病院から電話だと知らせた。自分は驚いて起き上った。
電話の相手は三沢の看護婦であった。病人の模様でも急に変ったのかと思って心配しながら用事を聞いて見ると病人から、明日はなるべく早く来てくれ、退屈で困るからという伝言に過ぎなかった。自分は彼の病気がはたしてそう重くないんだと断定した。「何だそんな事か、そういうわがままはなるべく取次がないが好い」と叱りつけるように云ってやったが、後で看護婦に対して気の毒になったので、「しかし行く事は行くよ。君が来てくれというなら」とつけ足して室へ帰った。
下女はいつ気がついたか、蚊帳の穴を針と糸で塞いでいた。けれどもすでに這入っている蚊はそのままなので、横になるや否や、時々額や鼻の頭の辺でぶうんと云う小い音がした。それでもうとうとと寝た。すると今度は右の方の部屋でする話声で眼が覚めた。聞いているとやはり男と女の声であった。自分はこっち側に客は一人もいないつもりでいたので、ちょっと驚かされた。しかし女が繰返して、「そんならもう帰して貰いますぜ」というような言葉を二三度用いたので、隣の客が女に送られて茶屋からでも帰って来たのだろうと推察してまた眠りに落ちた。
それからもう一度下女が雨戸を引く音に夢を破られて、最後に起き上ったのが、まだ川の面に白い靄が薄く見える頃だったから、正味寝たのは何時間にもならなかった。
十五
三沢の氷嚢は依然としてその日も胃の上に在った。
「まだ氷で冷やしているのか」
自分はいささか案外な顔をしてこう聞いた。三沢にはそれが友達甲斐もなく響いたのだろう。
「鼻風邪じゃあるまいし」と云った。
自分は看護婦の方を向いて、「昨夕は御苦労さま」と一口礼を述べた。看護婦は色の蒼い膨れた女であった。顔つきが絵にかいた座頭に好く似ているせいか、普通彼らの着る白い着物がちっとも似合わなかった。岡山のもので、小さい時膿毒性とかで右の眼を悪くしたんだと、こっちで尋ねもしない事を話した。なるほどこの女の一方の眼には白い雲がいっぱいにかかっていた。
「看護婦さん、こんな病人に優しくしてやると何を云い出すか分らないから、好加減にしておくがいいよ」
自分は面白半分わざと軽薄な露骨を云って、看護婦を苦笑させた。すると三沢が突然「おい氷だ」と氷嚢を持ち上げた。
廊下の先で氷を割る音がした時、三沢はまた「おい」と云って自分を呼んだ。
「君には解るまいが、この病気を押していると、きっと潰瘍になるんだ。それが危険だから僕はこうじっとして氷嚢を載せているんだ。ここへ入院したのも、医者が勧めたのでも、宿で周旋して貰ったのでもない。ただ僕自身が必要と認めて自分で入ったのだ。酔興じゃないんだ」
自分は三沢の医学上の智識について、それほど信を置き得なかった。けれどもこう真面目に出られて見ると、もう交ぜ返す勇気もなかった。その上彼のいわゆる潰瘍とはどんなものか全く知らなかった。
自分は起って窓側へ行った。そうして強い光に反射して、乾いた土の色を見せている暗がり峠を望んだ。ふと奈良へでも遊びに行って来ようかという気になった。
「君その様子じゃ当分約束を履行する訳にも行かないだろう」
「履行しようと思って、これほどの養生をしているのさ」
三沢はなかなか強情の男であった。彼の強情につき合えば、彼の健康が旅行に堪え得るまで自分はこの暑い都の中で蒸されていなければならなかった。
「だって君の氷嚢はなかなか取れそうにないじゃないか」
「だから早く癒るさ」
自分は彼とこういう談話を取り換わせているうちに、彼の強情のみならず、彼のわがままな点をよく見て取った。同時に一日も早く病人を見捨てて行こうとする自分のわがままもまたよく自分の眼に映った。
「君大阪へ着いたときはたくさん伴侶があったそうじゃないか」
「うん、あの連中と飲んだのが悪かった」
彼の挙げた姓名のうちには、自分の知っているものも二三あった。三沢は彼らと名古屋からいっしょの汽車に乗ったのだが、いずれも馬関とか門司とか福岡とかまで行く人であるにかかわらず久しぶりだからというので、皆な大阪で降りて三沢と共に飯を食ったのだそうである。
自分はともかくももう二三日いて病人の経過を見た上、どうとかしようと分別した。
十六
その間自分は三沢の付添のように、昼も晩も大抵は病院で暮した。孤独な彼は実際毎日自分を待受けているらしかった。それでいて顔を合わすと、けっして礼などは云わなかった。わざわざ草花を買って持って行ってやっても、憤と膨れている事さえあった。自分は枕元で書物を読んだり、看護婦を相手にしたり、時間が来ると病人に薬を呑ませたりした。朝日が強く差し込む室なので、看護婦を相手に、寝床を影の方へ移す手伝もさせられた。
自分はこうしているうちに、毎日午前中に回診する院長を知るようになった。院長は大概黒のモーニングを着て医員と看護婦を一人ずつ随えていた。色の浅黒い鼻筋の通った立派な男で、言葉遣いや態度にも容貌の示すごとく品格があった。三沢は院長に会うと、医学上の知識をまるでもっていない自分たちと同じような質問をしていた。「まだ容易に旅行などはできないでしょうか」「潰瘍になると危険でしょうか」「こうやって思い切って入院した方が、今考えて見るとやっぱり得策だったんでしょうか」などと聞くたびに院長は「ええまあそうです」ぐらいな単簡な返答をした。自分は平生解らない術語を使って、他を馬鹿にする彼が、院長の前でこう小さくなるのを滑稽に思った。
彼の病気は軽いような重いような変なものであった。宅へ知らせる事は当人が絶対に不承知であった。院長に聞いて見ると、嘔気が来なければ心配するほどの事もあるまいが、それにしてももう少しは食慾が出るはずだと云って、不思議そうに考え込んでいた。自分は去就に迷った。
自分が始めて彼の膳を見たときその上には、生豆腐と海苔と鰹節の肉汁が載っていた。彼はこれより以上箸を着ける事を許されなかったのである。自分はこれでは前途遼遠だと思った。同時にその膳に向って薄い粥を啜る彼の姿が変に痛ましく見えた。自分が席を外して、つい近所の洋食屋へ行って支度をして帰って来ると、彼はきっと「旨かったか」と聞いた。自分はその顔を見てますます気の毒になった。
「あの家はこの間君と喧嘩した氷菓子を持って来る家だ」
三沢はこういって笑っていた。自分は彼がもう少し健康を回復するまで彼の傍にいてやりたい気がした。
しかし宿へ帰ると、暑苦しい蚊帳の中で、早く涼しい田舎へ行きたいと思うことが多かった。この間の晩女と話をして人の眠を妨げた隣の客はまだ泊っていた。そうして自分の寝ようとする頃に必ず酒気を帯びて帰って来た。ある時は宿で酒を飲んで、芸者を呼べと怒鳴っていた。それを下女がさまざまにごまかそうとしてしまいには、あの女はあなたの前へ出ればこそ、あんな愛嬌をいうものの、蔭ではあなたの悪口ばかり並べるんだから止めろと忠告していた。すると客は、なにおれの前へ出た時だけ御世辞を云ってくれりゃそれで嬉しいんだ、蔭で何と云ったって聞えないから構わないと答えていた。ある時はこれも芸者が何か真面目な話を持ち込んで来たのを、今度は客の方でごまかそうとして、その芸者から他の話を「じゃん、じゃか、じゃん」にしてしまうと云って怒られていた。
自分はこんな事で安眠を妨害されて、実際迷惑を感じた。
十七
そんなこんなで好く眠られなかった朝、もう看病は御免蒙るという気で、病院の方へ橋を渡った。すると病人はまだすやすや眠っていた。
三階の窓から見下すと、狭い通なので、門前の路が細く綺麗に見えた。向側は立派な高塀つづきで、その一つの潜りの外へ主人らしい人が出て、如露で丹念に往来を濡らしていた。塀の内には夏蜜柑のような深緑の葉が瓦を隠すほど茂っていた。
院内では小使が丁字形の棒の先へ雑巾を括り付けて廊下をぐんぐん押して歩いた。雑巾をゆすがないので、せっかく拭いた所がかえって白く汚れた。軽い患者はみな洗面所へ出て顔を洗った。看護婦の払塵の声がここかしこで聞こえた。自分は枕を借りて、三沢の隣の空室へ、昨夕の睡眠不足を補いに入った。
その室も朝日の強く当る向にあるので、一寝入するとすぐ眼が覚めた。額や鼻の頭に汗と油が一面に浮き出しているのも不愉快だった。自分はその時岡田から電話口へ呼ばれた。岡田が病院へ電話をかけたのはこれで三度目である。彼はきまりきって、「御病人の御様子はどうです」と聞く。「二三日中是非伺います」という。「何でも御用があるなら御遠慮なく」という。最後にきっとお兼さんの事を一口二口つけ加えて、「お兼からもよろしく」とか、「是非お遊びにいらっしゃるように妻も申しております」とか、「うちの方が忙がしいんで、つい御無沙汰をしています」とか云う。
その日も岡田の話はいつもの通りであった。けれども一番しまいに、「今から一週間内……と断定する訳には行かないが、とにかくもう少しすると、あなたをちょいと驚かせる事が出て来るかも知れませんよ」と妙な事を仄めかした。自分は全く想像がつかないので、全体どんな話なんですかと二三度聞き返したが、岡田は笑いながら、「もう少しすれば解ります」というぎりなので、自分もとうとうその意味を聞かないで、三沢の室へ帰って来た。
「また例の男かい」と三沢が云った。
自分は今の岡田の電話が気になって、すぐ大阪を立つ話を持ち出す心持になれなかった。すると思いがけない三沢の方から「君もう大阪は厭になったろう。僕のためにいて貰う必要はないから、どこかへ行くなら遠慮なく行ってくれ」と云い出した。彼はたとい病院を出る場合が来ても、むやみな山登りなどは当分慎まなければならないと覚ったと説明して聞かせた。
「それじゃ僕の都合の好いようにしよう」
自分はこう答えてしばらく黙っていた。看護婦は無言のまま室の外に出て行った。自分はその草履の音の消えるのを聞いていた。それから小さい声をして三沢に、「金はあるか」と尋ねた。彼は己れの病気をまだ己れの家に知らせないでいる。それにたった一人の知人たる自分が、彼の傍を立ち退いたら、精神上よりも物質的に心細かろうと自分は懸念した。
「君に才覚ができるのかい」と三沢は聞いた。
「別に目的もないが」と自分は答えた。
「例の男はどうだい」と三沢が云った。
「岡田か」と自分は少し考え込んだ。
三沢は急に笑い出した。
「何いざとなればどうかなるよ。君に算段して貰わなくっても。金はあるにはあるんだから」と云った。
十八
金の事はついそれなりになった。自分は岡田へ金を借りに行く時の思いを想像すると実際厭だった。病気に罹った友達のためだと考えても、少しも進む気はしなかった。その代りこの地を立つとも立たないとも決心し得ないでぐずぐずした。
岡田からの電話はかかって来た時大に自分の好奇心を動揺させたので、わざわざ彼に会って真相を聞き糺そうかと思ったけれども、一晩経つとそれも面倒になって、ついそのままにしておいた。
自分は依然として病院の門を潜ったり出たりした。朝九時頃玄関にかかると、廊下も控所も外来の患者でいっぱいに埋っている事があった。そんな時には世間にもこれほど病人があり得るものかとわざと驚いたような顔をして、彼らの様子を一順見渡してから、梯子段に足をかけた。自分が偶然あの女を見出だしたのは全くこの一瞬間にあった。あの女というのは三沢があの女あの女と呼ぶから自分もそう呼ぶのである。
あの女はその時廊下の薄暗い腰掛の隅に丸くなって横顔だけを見せていた。その傍には洗髪を櫛巻にした背の高い中年の女が立っていた。自分の一瞥はまずその女の後姿の上に落ちた。そうして何だかそこにぐずぐずしていた。するとその年増が向うへ動き出した。あの女はその年増の影から現われたのである。その時あの女は忍耐の像のように丸くなってじっとしていた。けれども血色にも表情にも苦悶の迹はほとんど見えなかった。自分は最初その横顔を見た時、これが病人の顔だろうかと疑った。ただ胸が腹に着くほど背中を曲げているところに、恐ろしい何物かが潜んでいるように思われて、それがはなはだ不快であった。自分は階段を上りつつ、「あの女」の忍耐と、美しい容貌の下に包んでいる病苦とを想像した。
三沢は看護婦から病院のAという助手の話を聞かされていた。このAさんは夜になって閑になると、好く尺八を吹く若い男であった。独身もので病院に寝泊りをして、室は三沢と同じ三階の折れ曲った隅にあった。この間まで始終上履の音をぴしゃぴしゃ云わして歩いていたが、この二三日まるで顔を見せないので、三沢も自分も、どうかしたのかねぐらいは噂し合っていたのである。
看護婦はAさんが時々跛を引いて便所へ行く様子がおかしいと云って笑った。それから病院の看護婦が時々ガーゼと金盥を持ってAさんの部屋へ入って行くところを見たとも云った。三沢はそういう話に興味があるでもなく、また無いでもないような無愛嬌な顔をして、ただ「ふん」とか「うん」とか答えていた。
彼はまた自分にいつまで大阪にいるつもりかと聞いた。彼は旅行を断念してから、自分の顔を見るとよくこう云った。それが自分には遠慮がましくかつ催促がましく聞こえてかえって厭であった。
「僕の都合で帰ろうと思えばいつでも帰るさ」
「どうかそうしてくれ」
自分は立って窓から真下を見下した。「あの女」はいくら見ていても門の外へ出て来なかった。
「日の当る所へわざわざ出て何をしているんだ」と三沢が聞いた。
「見ているんだ」と自分は答えた。
「何を見ているんだ」と三沢が聞き返した。
十九
自分はそれでも我慢して容易に窓側を離れなかった。つい向うに見える物干に、松だの石榴だのの盆栽が五六鉢並んでいる傍で、島田に結った若い女が、しきりに洗濯ものを竿の先に通していた。自分はちょっとその方を見てはまた下を向いた。けれども待ち設けている当人はいつまで経っても出て来る気色はなかった。自分はとうとう暑さに堪え切れないでまた三沢の寝床の傍へ来て坐った。彼は自分の顔を見て、「どうも強情な男だな、他が親切に云ってやればやるほど、わざわざ日の当る所に顔を曝しているんだから。君の顔は真赤だよ」と注意した。自分は平生から三沢こそ強情な男だと思っていた。それで「僕の窓から首を出していたのは、君のような無意味な強情とは違う。ちゃんと目的があってわざと首を出したんだ」と少しもったいをつけて説明した。その代り肝心の「あの女」の事をかえって云い悪くしてしまった。
ほど経て三沢はまた「先刻は本当に何か見ていたのか」と笑いながら聞いた。自分はこの時もう気が変っていた。「あの女」を口にするのが愉快だった。どうせ強情な三沢の事だから、聞けばきっと馬鹿だとか下らないとか云って自分を冷罵するに違ないとは思ったが、それも気にはならなかった。そうしたら実は「あの女」について自分はある原因から特別の興味をもつようになったのだぐらい答えて、三沢を少し焦らしてやろうという下心さえ手伝った。
ところが三沢は自分の予期とはまるで反対の態度で、自分のいう一句一句をさも感心したらしく聞いていた。自分も乗気になって一二分で済むところを三倍ほどに語り続けた。一番しまいに自分の言葉が途切れた時、三沢は「それは無論素人なんじゃなかろうな」と聞いた。自分は「あの女」を詳しく説明したけれども、つい芸者という言葉を使わなかったのである。
「芸者ならことによると僕の知っている女かも知れない」
自分は驚かされた。しかしてっきり冗談だろうと思った。けれども彼の眼はその反対を語っていた。そのくせ口元は笑っていた。彼は繰り返して「あの女」の眼つきだの鼻つきだのを自分に問うた。自分は梯子段を上る時、その横顔を見たぎりなので、そう詳しい事は答えられないほどであった。自分にはただ背中を折って重なり合っているような憐れな姿勢だけがありありと眼に映った。
「きっとあれだ。今に看護婦に名前を聞かしてやろう」
三沢はこう云って薄笑いをした。けれども自分を担いでる様子はさらに見えなかった。自分は少し釣り込まれた気味で、彼と「あの女」との関係を聞こうとした。
「今に話すよ。あれだと云う事が確に分ったら」
そこへ病院の看護婦が「回診です」と注意しに来たので、「あの女」の話はそれなり途切れてしまった。自分は回診の混雑を避けるため、時間が来ると席を外して廊下へ出たり、貯水桶のある高いところへ出たりしていたが、その日は手近にある帽を取って、梯子段を下まで降りた。「あの女」がまだどこかにいそうな気がするので、自分は玄関の入口に佇立んで四方を見廻した。けれども廊下にも控室にも患者の影はなかった。
二十
その夕方の空が風を殺して静まり返った灯ともし頃、自分はまた曲りくねった段々を急ぎ足に三沢の室まで上った。彼は食後と見えて蒲団の上に胡坐をかいて大きくなっていた。
「もう便所へも一人で行くんだ。肴も食っている」
これが彼のその時の自慢であった。
窓は三つ共明け放ってあった。室が三階で前に目を遮ぎるものがないから、空は近くに見えた。その中に燦めく星も遠慮なく光を増して来た。三沢は団扇を使いながら、「蝙蝠が飛んでやしないか」と云った。看護婦の白い服が窓の傍まで動いて行って、その胴から上がちょっと窓枠の外へ出た。自分は蝙蝠よりも「あの女」の事が気にかかった。「おい、あの事は解ったか」と聞いて見た。
「やっぱりあの女だ」
三沢はこう云いながら、ちょっと意味のある眼遣いをして自分を見た。自分は「そうか」と答えた。その調子が余り高いという訳なんだろう、三沢は団扇でぱっと自分の顔を煽いだ。そうして急に持ち交えた柄の方を前へ出して、自分達のいる室の筋向うを指した。
「あの室へ這入ったんだ。君の帰った後で」
三沢の室は廊下の突き当りで往来の方を向いていた。女の室は同じ廊下の角で、中庭の方から明りを取るようにできていた。暑いので両方共入り口は明けたまま、障子は取り払ってあったから、自分のいる所から、団扇の柄で指し示された部屋の入口は、四半分ほど斜めに見えた。しかしそこには女の寝ている床の裾が、画の模様のように三角に少し出ているだけであった。
自分はその蒲団の端を見つめてしばらく何も云わなかった。
「潰瘍の劇しいんだ。血を吐くんだ」と三沢がまた小さな声で告げた。自分はこの時彼が無理をやると潰瘍になる危険があるから入院したと説明して聞かせた事を思い出した。潰瘍という言葉はその折自分の頭に何らの印象も与えなかったが、今度は妙に恐ろしい響を伝えた。潰瘍の陰に、死という怖いものが潜んでいるかのように。
しばらくすると、女の部屋で微かにげえげえという声がした。
「そら吐いている」と三沢が眉をひそめた。やがて看護婦が戸口へ現れた。手に小さな金盥を持ちながら、草履を突っかけて、ちょっと我々の方を見たまま出て行った。
「癒りそうなのかな」
自分の眼には、今朝腮を胸に押しつけるようにして、じっと腰をかけていた美くしい若い女の顔がありありと見えた。
「どうだかね。ああ嘔くようじゃ」と三沢は答えた。その表情を見ると気の毒というよりむしろ心配そうなある物に囚えられていた。
「君は本当にあの女を知っているのか」と自分は三沢に聞いた。
「本当に知っている」と三沢は真面目に答えた。
「しかし君は大阪へ来たのが今度始めてじゃないか」と自分は三沢を責めた。
「今度来て今度知ったのだ」と三沢は弁解した。「この病院の名も実はあの女に聞いたのだ。僕はここへ這入る時から、あの女がことによるとやって来やしないかと心配していた。けれども今朝君の話を聞くまではよもやと思っていた。僕はあの女の病気に対しては責任があるんだから……」
二十一
大阪へ着くとそのまま、友達といっしょに飲みに行ったどこかの茶屋で、三沢は「あの女」に会ったのである。
三沢はその時すでに暑さのために胃に変調を感じていた。彼を強いた五六人の友達は、久しぶりだからという口実のもとに、彼を酔わせる事を御馳走のように振舞った。三沢も宿命に従う柔順な人として、いくらでも盃を重ねた。それでも胸の下の所には絶えず不安な自覚があった。ある時は変な顔をして苦しそうに生唾を呑み込んだ。ちょうど彼の前に坐っていた「あの女」は、大阪言葉で彼に薬をやろうかと聞いた。彼はジェムか何かを五六粒手の平へ載せて口のなかへ投げ込んだ。すると入物を受取った女も同じように白い掌の上に小さな粒を並べて口へ入れた。
三沢は先刻から女の倦怠そうな立居に気をつけていたので、御前もどこか悪いのかと聞いた。女は淋しそうな笑いを見せて、暑いせいか食慾がちっとも進まないので困っていると答えた。ことにこの一週間は御飯が厭で、ただ氷ばかり呑んでいる、それも今呑んだかと思うと、すぐまた食べたくなるんで、どうもしようがないと云った。
三沢は女に、それはおおかた胃が悪いのだろうから、どこかへ行って専門の大家にでも見せたら好かろうと真面目な忠告をした。女も他に聞くと胃病に違ないというから、好い医者に見せたいのだけれども家業が家業だからと後は云い渋っていた。彼はその時女から始めてここの病院と院長の名前を聞いた。
「僕もそう云う所へちょっと入ってみようかな。どうも少し変だ」
三沢は冗談とも本気ともつかない調子でこんな事を云って、女から縁喜でもないように眉を寄せられた。
「それじゃまあたんと飲んでから後の事にしよう」と三沢は彼の前にある盃をぐっと干して、それを女の前に突き出した。女はおとなしく酌をした。
「君も飲むさ。飯は食えなくっても、酒なら飲めるだろう」
彼は女を前に引きつけてむやみに盃をやった。女も素直にそれを受けた。しかししまいには堪忍してくれと云い出した。それでもじっと坐ったまま席を立たなかった。
「酒を呑んで胃病の虫を殺せば、飯なんかすぐ喰える。呑まなくっちゃ駄目だ」
三沢は自暴に酔ったあげく、乱暴な言葉まで使って女に酒を強いた。それでいて、己れの胃の中には、今にも爆発しそうな苦しい塊が、うねりを打っていた。
* * * *
自分は三沢の話をここまで聞いて慄とした。何の必要があって、彼は己の肉体をそう残酷に取扱ったのだろう。己れは自業自得としても、「あの女」の弱い身体をなんでそう無益に苦めたものだろう。
「知らないんだ。向は僕の身体を知らないし、僕はまたあの女の身体を知らないんだ。周囲にいるものはまた我々二人の身体を知らないんだ。そればかりじゃない、僕もあの女も自分で自分の身体が分らなかったんだ。その上僕は自分の胃の腑が忌々しくってたまらなかった。それで酒の力で一つ圧倒してやろうと試みたのだ。あの女もことによると、そうかも知れない」
三沢はこう云って暗然としていた。
二十二
「あの女」は室の前を通っても廊下からは顔の見えない位置に寝ていた。看護婦は入口の柱の傍へ寄って覗き込むようにすれば見えると云って自分に教えてくれたけれども自分にはそれをあえてするほどの勇気がなかった。
附添の看護婦は暑いせいか大概はその柱にもたれて外の方ばかり見ていた。それがまた看護婦としては特別器量が好いので、三沢は時々不平な顔をして人を馬鹿にしているなどと云った。彼の看護婦はまた別の意味からして、この美しい看護婦を好く云わなかった。病人の世話をそっちのけにするとか、不親切だとか、京都に男があって、その男から手紙が来たんで夢中なんだとか、いろいろの事を探って来ては三沢や自分に報告した。ある時は病人の便器を差し込んだなり、引き出すのを忘れてそのまま寝込んでしまった怠慢さえあったと告げた。
実際この美しい看護婦が器量の優れている割合に義務を重んじなかった事は自分達の眼にもよく映った。
「ありゃ取り換えてやらなくっちゃ、あの女が可哀そうだね」と三沢は時々苦い顔をした。それでもその看護婦が入口の柱にもたれて、うとうとしていると、彼はわが室の中からその横顔をじっと見つめている事があった。
「あの女」の病勢もこっちの看護婦の口からよく洩れた。――牛乳でも肉汁でも、どんな軽い液体でも狂った胃がけっして受けつけない。肝心の薬さえ厭がって飲まない。強いて飲ませると、すぐ戻してしまう。
「血は吐くかい」
三沢はいつでもこう云って看護婦に反問した。自分はその言葉を聞くたびに不愉快な刺戟を受けた。
「あの女」の見舞客は絶えずあった。けれども外の室のように賑かな話し声はまるで聞こえなかった。自分は三沢の室に寝ころんで、「あの女」の室を出たり入ったりする島田や銀杏返しの影をいくつとなく見た。中には眼の覚めるように派出な模様の着物を着ているものもあったが、大抵は素人に近い地味な服装で、こっそり来てこっそり出て行くのが多かった。入口であら姐はんという感投詞を用いたものもあったが、それはただの一遍に過ぎなかった。それも廊下の端に洋傘を置いて室の中へ入るや否や急に消えたように静かになった。
「君はあの女を見舞ってやったのか」と自分は三沢に聞いた。
「いいや」と彼は答えた。「しかし見舞ってやる以上の心配をしてやっている」
「じゃ向うでもまだ知らないんだね。君のここにいる事は」
「知らないはずだ、看護婦でも云わない以上は。あの女の入院するとき僕はあの女の顔を見てはっと思ったが、向うでは僕の方を見なかったから、多分知るまい」
三沢は病院の二階に「あの女」の馴染客があって、それが「お前胃のため、わしゃ腸のため、共に苦しむ酒のため」という都々逸を紙片へ書いて、あの女の所へ届けた上、出院のとき袴羽織でわざわざ見舞に来た話をして、何という馬鹿だという顔つきをした。
「静かにして、刺戟のないようにしてやらなくっちゃいけない。室でもそっと入って、そっと出てやるのが当り前だ」と彼は云った。
「ずいぶん静じゃないか」と自分は云った。
「病人が口を利くのを厭がるからさ。悪い証拠だ」と彼がまた云った。
二十三
三沢は「あの女」の事を自分の予想以上に詳しく知っていた。そうして自分が病院に行くたびに、その話を第一の問題として持ち出した。彼は自分のいない間に得た「あの女」の内状を、あたかも彼と関係ある婦人の内所話でも打ち明けるごとくに語った。そうしてそれらの知識を自分に与えるのを誇りとするように見えた。
彼の語るところによると「あの女」はある芸者屋の娘分として大事に取扱かわれる売子であった。虚弱な当人はまたそれを唯一の満足と心得て商売に勉強していた。ちっとやそっと身体が悪くてもけっして休むような横着はしなかった。時たま堪えられないで床に就く場合でも、早く御座敷に出たい出たいというのを口癖にしていた。……
「今あの女の室に来ているのは、その芸者屋に古くからいる下女さ。名前は下女だけれど、古くからいるんで、自然権力があるから、下女らしくしちゃいない。まるで叔母さんか何ぞのようだ。あの女も下女のいう事だけは素直によく聞くので、厭がる薬を呑ませたり、わがままを云い募らせないためには必要な人間なんだ」
三沢はすべてこういう内幕の出所をみんな彼の看護婦に帰して、ことごとく彼女から聞いたように説明した。けれども自分は少しそこに疑わしい点を認めないでもなかった。自分は三沢が便所へ行った留守に、看護婦を捕まえて、「三沢はああ云ってるが、僕のいないとき、あの女の室へ行って話でもするんじゃないか」と聞いて見た。看護婦は真面目な顔をして「そんな事ありゃしまへん」というような言葉で、一口に自分の疑いを否定した。彼女はそれからそういうお客が見舞に行ったところで、身上話などができるはずがないと弁解した。そうして「あの女」の病気がだんだん険悪の一方へ落ち込んで行く心細い例を話して聞かせた。
「あの女」は嘔気が止まないので、上から営養の取りようがなくなって、昨日とうとう滋養浣腸を試みた。しかしその結果は思わしくなかった。少量の牛乳と鶏卵を混和した単純な液体ですら、衰弱を極めたあの女の腸には荷が重過ぎると見えて予期通り吸収されなかった。
看護婦はこれだけ語って、このくらい重い病人の室へ入って、誰が悠々と身上話などを聞いていられるものかという顔をした。自分も彼女の云うところが本当だと思った。それで三沢の事は忘れて、ただ綺羅を着飾った流行の芸者と、恐ろしい病気に罹った憐な若い女とを、黙って心のうちに対照した。
「あの女」は器量と芸を売る御蔭で、何とかいう芸者屋の娘分になって家のものから大事がられていた。それを売る事ができなくなった今でも、やはり今まで通り宅のものから大事がられるだろうか。もし彼らの待遇が、あの女の病気と共にだんだん軽薄に変って行くなら、毒悪な病と苦戦するあの女の心はどのくらい心細いだろう。どうせ芸妓屋の娘分になるくらいだから、生みの親は身分のあるものでないにきまっている。経済上の余裕がなければ、どう心配したって役には立つまい。
自分はこんな事も考えた。便所から帰った三沢に「あの女の本当の親はあるのか知ってるか」と尋ねて見た。
二十四
「あの女」の本当の母というのを、三沢はたった一遍見た事があると語った。
「それもほんの後姿だけさ」と彼はわざわざ断った。
その母というのは自分の想像通、あまり楽な身分の人ではなかったらしい。やっとの思いでさっぱりした身装をして出て来るように見えた。たまに来てもさも気兼らしくこそこそと来ていつの間にか、また梯子段を下りて人に気のつかないように帰って行くのだそうである。
「いくら親でも、ああなると遠慮ができるんだね」と三沢は云っていた。
「あの女」の見舞客はみんな女であった。しかも若い女が多数を占めていた。それがまた普通の令嬢や細君と違って、色香を命とする綺麗な人ばかりなので、その中に交るこの母は、ただでさえ燻ぶり過ぎて地味なのである。自分は年を取った貧しそうなこの母の後姿を想像に描いて暗に憐を催した。
「親子の情合からいうと、娘があんな大病に罹ったら、母たるものは朝晩ともさぞ傍についていてやりたい気がするだろうね。他人の下女が幅を利かしていて、実際の親が他人扱いにされるのは、見ていてもあまり好い心持じゃない」
「いくら親でも仕方がないんだよ。だいち傍にいてやるほどの時間もなし、時間があっても入費がないんだから」
自分は情ない気がした。ああ云う浮いた家業をする女の平生は羨ましいほど派出でも、いざ病気となると、普通の人よりも悲酸の程度が一層甚だしいのではないかと考えた。
「旦那が付いていそうなものだがな」
三沢の頭もこの点だけは注意が足りなかったと見えて、自分がこう不審を打ったとき、彼は何の答もなく黙っていた。あの女に関していっさいの新智識を供給する看護婦もそこへ行くと何の役にも立たなかった。
「あの女」のか弱い身体は、その頃の暑さでもどうかこうか持ち応えていた。三沢と自分はそれをほとんど奇蹟のごとくに語り合った。そのくせ両人とも露骨を憚って、ついぞ柱の影から室の中を覗いて見た事がないので、現在の「あの女」がどのくらい窶れているかは空しい想像画に過ぎなかった。滋養浣腸さえ思わしく行かなかったという報知が、自分ら二人の耳に届いた時ですら、三沢の眼には美しく着飾った芸者の姿よりほかに映るものはなかった。自分の頭にも、ただ血色の悪くない入院前の「あの女」の顔が描かれるだけであった。それで二人共あの女はもうむずかしいだろうと話し合っていた。そうして実際は双方共死ぬとは思わなかったのである。
同時にいろいろな患者が病院を出たり入ったりした。ある晩「あの女」と同じくらいな年輩の二階にいる婦人が担架で下へ運ばれて行った。聞いて見ると、今日明日にも変がありそうな危険なところを、付添の母が田舎へ連れて帰るのであった。その母は三沢の看護婦に、氷ばかりも二十何円とかつかったと云って、どうしても退院するよりほかに途がないとわが窮状を仄かしたそうである。
自分は三階の窓から、田舎へ帰る釣台を見下した。釣台は暗くて見えなかったが、用意の提灯の灯はやがて動き出した。窓が高いのと往来が狭いので、灯は谷の底をひそかに動いて行くように見えた。それが向うの暗い四つ角を曲ってふっと消えた時、三沢は自分を顧みて「帰り着くまで持てば好いがな」と云った。
二十五
こんな悲酸な退院を余儀なくされる患者があるかと思うと、毎日子供を負ぶって、廊下だの物見台だの他人の室だのを、ぶらぶら廻って歩く呑気な男もあった。
「まるで病院を娯楽場のように思ってるんだね」
「第一どっちが病人なんだろう」
自分達はおかしくもありまた不思議でもあった。看護婦に聞くと、負ぶっているのは叔父で、負ぶさっているのは甥であった。この甥が入院当時骨と皮ばかりに瘠せていたのを叔父の丹精一つでこのくらい肥ったのだそうである。叔父の商売はめりやす屋だとか云った。いずれにしても金に困らない人なのだろう。
三沢の一軒おいて隣にはまた変な患者がいた。手提鞄などを提げて、普通の人間の如く平気で出歩いた。時には病院を空ける事さえあった。帰って来ると素っ裸体になって、病院の飯を旨そうに食った。そうして昨日はちょっと神戸まで行って来ましたなどと澄ましていた。
岐阜からわざわざ本願寺参りに京都まで出て来たついでに、夫婦共この病院に這入ったなり動かないのもいた。その夫婦ものの室の床には後光の射した阿弥陀様の軸がかけてあった。二人差向いで気楽そうに碁を打っている事もあった。それでも細君に聞くと、この春餅を食った時、血を猪口に一杯半ほど吐いたから伴れて来たのだともったいらしく云って聞かせた。
「あの女」の看護婦は依然として入口の柱に靠れて、わが膝を両手で抱いている事が多かった。こっちの看護婦はそれをまた器量を鼻へかけて、わざわざあんな人の眼に着く所へ出るのだと評していた。自分は「まさか」と云って弁護する事もあった。けれども「あの女」とその美しい看護婦との関係は、冷淡さ加減の程度において、当初もその時もあまり変りがないように見えた。自分は器量好しが二人寄って、我知らず互に嫉み合うのだろうと説明した。三沢は、そうじゃない、大阪の看護婦は気位が高いから、芸者などを眼下に見て、始めから相手にならないんだ、それが冷淡の原因に違ないと主張した。こう主張しながらも彼は別にこの看護婦を悪む様子はなかった。自分もこの女に対してさほど厭な感じはもっていなかった。醜い三沢の付添いは「本間に器量の好いものは徳やな」と云った風の、自分達には変に響く言葉を使って、二人を笑わせた。
こんな周囲に取り囲まれた三沢は、身体の回復するに従って、「あの女」に対する興味を日に増し加えて行くように見えた。自分がやむをえず興味という妙な熟字をここに用いるのは、彼の態度が恋愛でもなければ、また全くの親切でもなく、興味の二字で現すよりほかに、適切な文字がちょっと見当らないからである。
始めて「あの女」を控室で見たときは、自分の興味も三沢に譲らないくらい鋭かった。けれども彼から「あの女」の話を聞かされるや否や、主客の別はすでについてしまった。それからと云うもの、「あの女」の噂が出るたびに、彼はいつでも先輩の態度を取って自分に向った。自分も一時は彼に釣り込まれて、当初の興味がだんだん研ぎ澄まされて行くような気分になった。けれども客の位置に据えられた自分はそれほど長く興味の高潮を保ち得なかった。
二十六
自分の興味が強くなった頃、彼の興味は自分より一層強くなった。自分の興味がやや衰えかけると、彼の興味はますます強くなって来た。彼は元来がぶっきらぼうの男だけれども、胸の奥には人一倍優しい感情をもっていた。そうして何か事があると急に熱する癖があった。
自分はすでに院内をぶらぶらするほどに回復した彼が、なぜ「あの女」の室へ入り込まないかを不審に思った。彼はけっして自分のような羞恥家ではなかった。同情の言葉をかけに、一遍会った「あの女」の病室へ見舞に行くぐらいの事は、彼の性質から見て何でもなかった。自分は「そんなにあの女が気になるなら、直に行って、会って慰めてやれば好いじゃないか」とまで云った。彼は「うん、実は行きたいのだが……」と渋っていた。実際これは彼の平生にも似合わない挨拶であった。そうしてその意味は解らなかった。解らなかったけれども、本当は彼の行かない方が、自分の希望であった。
ある時自分は「あの女」の看護婦から――自分とこの美しい看護婦とはいつの間にか口を利くようになっていた。もっともそれは彼女が例の柱に倚りかかって、その前を通る自分の顔を見上げるときに、時候の挨拶を取換わすぐらいな程度に過ぎなかったけれども、――とにかくこの美しい看護婦から自分は運勢早見なんとかいう、玩具の占いの本みたようなものを借りて、三沢の室でそれをやって遊んだ。
これは赤と黒と両面に塗り分けた碁石のような丸く平たいものをいくつか持って、それを眼を眠ったまま畳の上へ並べて置いて、赤がいくつ黒がいくつと後から勘定するのである。それからその数字を一つは横へ、一つは竪に繰って、両方が一点に会したところを本で引いて見ると、辻占のような文句が出る事になっていた。
自分が眼を閉じて、石を一つ一つ畳の上に置いたとき、看護婦は赤がいくつ黒がいくつと云いながら占いの文句を繰ってくれた。すると、「この恋もし成就する時は、大いに恥を掻く事あるべし」とあったので、彼女は読みながら吹き出した。三沢も笑った。
「おい気をつけなくっちゃいけないぜ」と云った。三沢はその前から「あの女」の看護婦に自分が御辞儀をするところが変だと云って、始終自分に調戯っていたのである。
「君こそ少し気をつけるが好い」と自分は三沢に竹箆返しを喰わしてやった。すると三沢は真面目な顔をして「なぜ」と反問して来た。この場合この強情な男にこれ以上いうと、事が面倒になるから自分は黙っていた。
実際自分は三沢が「あの女」の室へ出入する気色のないのを不審に思っていたが一方ではまた彼の熱しやすい性質を考えて、今まではとにかく、これから先彼がいつどう変返るかも知れないと心配した。彼はすでに下の洗面所まで行って、朝ごとに顔を洗うぐらいの気力を回復していた。
「どうだもう好い加減に退院したら」
自分はこう勧めて見た。そうして万一金銭上の関係で退院を躊躇するようすが見えたら、彼が自宅から取り寄せる手間と時間を省くため、自分が思い切って一つ岡田に相談して見ようとまで思った。三沢は自分の云う事には何の返事も与えなかった。かえって反対に「いったい君はいつ大阪を立つつもりだ」と聞いた。
二十七
自分は二日前に天下茶屋のお兼さんから不意の訪問を受けた。その結果としてこの間岡田が電話口で自分に話しかけた言葉の意味をようやく知った。だから自分はこの時すでに一週間内に自分を驚かして見せるといった彼の予言のために縛られていた。三沢の病気、美しい看護婦の顔、声も姿も見えない若い芸者と、その人の一時折合っている蒲団の上の狭い生活、――自分は単にそれらばかりで大阪にぐずついているのではなかった。詩人の好きな言語を借りて云えば、ある予言の実現を期待しつつ暑い宿屋に泊っていたのである。
「僕にはそういう事情があるんだから、もう少しここに待っていなければならないのだ」と自分はおとなしく三沢に答えた。すると三沢は多少残念そうな顔をした。
「じゃいっしょに海辺へ行って静養する訳にも行かないな」
三沢は変な男であった。こっちが大事がってやる間は、向うでいつでも跳ね返すし、こっちが退こうとすると、急にまた他の袂を捕まえて放さないし、と云った風に気分の出入が著るしく眼に立った。彼と自分との交際は従来いつでもこういう消長を繰返しつつ今日に至ったのである。
「海岸へいっしょに行くつもりででもあったのか」と自分は念を押して見た。
「無いでもなかった」と彼は遠くの海岸を眼の中に思い浮かべるような風をして答えた。この時の彼の眼には、実際「あの女」も「あの女」の看護婦もなく、ただ自分という友達があるだけのように見えた。
自分はその日快よく三沢に別れて宿へ帰った。しかし帰り路に、その快よく別れる前の不愉快さも考えた。自分は彼に病院を出ろと勧めた、彼は自分にいつまで大阪にいるのだと尋ねた。上部にあらわれた言葉のやりとりはただこれだけに過ぎなかった。しかし三沢も自分もそこに変な苦い意味を味わった。
自分の「あの女」に対する興味は衰えたけれども自分はどうしても三沢と「あの女」とをそう懇意にしたくなかった。三沢もまた、あの美しい看護婦をどうする了簡もない癖に、自分だけがだんだん彼女に近づいて行くのを見て、平気でいる訳には行かなかった。そこに自分達の心づかない暗闘があった。そこに持って生れた人間のわがままと嫉妬があった。そこに調和にも衝突にも発展し得ない、中心を欠いた興味があった。要するにそこには性の争いがあったのである。そうして両方共それを露骨に云う事ができなかったのである。
自分は歩きながら自分の卑怯を恥じた。同時に三沢の卑怯を悪んだ。けれどもあさましい人間である以上、これから先何年交際を重ねても、この卑怯を抜く事はとうていできないんだという自覚があった。自分はその時非常に心細くなった。かつ悲しくなった。
自分はその明日病院へ行って三沢の顔を見るや否や、「もう退院は勧めない」と断った。自分は手を突いて彼の前に自分の罪を詫びる心持でこう云ったのである。すると三沢は「いや僕もそうぐずぐずしてはいられない。君の忠告に従っていよいよ出る事にした」と答えた。彼は今朝院長から退院の許可を得た旨を話して、「あまり動くと悪いそうだから寝台で東京まで直行する事にした」と告げた。自分はその突然なのに驚いた。
二十八
「どうしてまたそう急に退院する気になったのか」
自分はこう聞いて見ないではいられなかった。三沢は自分の問に答える前にじっと自分の顔を見た。自分はわが顔を通して、わが心を読まれるような気がした。
「別段これという訳もないが、もう出る方が好かろうと思って……」
三沢はこれぎり何にも云わなかった。自分も黙っているよりほかに仕方がなかった。二人はいつもより沈んで相対していた。看護婦はすでに帰った後なので、室の中はことに淋しかった。今まで蒲団の上に胡坐をかいていた彼は急に倒れるように仰向に寝た。そうして上眼を使って窓の外を見た。外にはいつものように色の強い青空が、ぎらぎらする太陽の熱を一面に漲らしていた。
「おい君」と彼はやがて云った。「よく君の話す例の男ね。あの男は金を持っていないかね」
自分は固より岡田の経済事情を知ろうはずがなかった。あの始末屋の御兼さんの事を考えると、金という言葉を口から出すのも厭だった。けれどもいざ三沢の出院となれば、そのくらいな手数は厭うまいと、昨日すでに覚悟をきめたところであった。
「節倹家だから少しは持ってるだろう」
「少しで好いから借りて来てくれ」
自分は彼が退院するについて会計へ払う入院料に困るのだと思った。それでどのくらい不足なのかを確めた。ところが事実は案外であった。
「ここの払と東京へ帰る旅費ぐらいはどうかこうか持っているんだ。それだけなら何も君を煩わす必要はない」
彼は大した物持の家に生れた果報者でもなかったけれども、自分が一人息子だけに、こういう点にかけると、自分達よりよほど自由が利いた。その上母や親類のものから京都で買物を頼まれたのを、新しい道伴ができたためつい大阪まで乗り越して、いまだに手を着けない金が余っていたのである。
「じゃただ用心のために持って行こうと云うんだね」
「いや」と彼は急に云った。
「じゃどうするんだ」と自分は問いつめた。
「どうしても僕の勝手だ。ただ借りてくれさえすれば好いんだ」
自分はまた腹が立った。彼は自分をまるで他人扱いにしているのである。自分は憤として黙っていた。
「怒っちゃいけない」と彼が云った。「隠すんじゃない、君に関係のない事を、わざと吹聴するように見えるのが厭だから、知らせずにおこうと思っただけだから」
自分はまだ黙っていた。彼は寝ながら自分の顔を見上げていた。
「そんなら話すがね」と彼が云い出した。
「僕はまだあの女を見舞ってやらない。向でもそんな事は待ち受けてやしないだろうし、僕も必ず見舞に行かなければならないほどの義理はない。が、僕は何だかあの女の病気を危険にした本人だという自覚がどうしても退かない。それでどっちが先へ退院するにしても、その間際に一度会っておきたいと始終思っていた。見舞じゃない、詫まるためにだよ。気の毒な事をしたと一口詫まればそれで好いんだ。けれどもただ詫まる訳にも行かないから、それで君に頼んで見たのだ。しかし君の方の都合が悪ければ強いてそうして貰わないでもどうかなるだろう。宅へ電報でもかけたら」
二十九
自分は行がかり上一応岡田に当って見る必要があった。宅へ電報を打つという三沢をちょっと待たして、ふらりと病院の門を出た。岡田の勤めている会社は、三沢の室とは反対の方向にあるので、彼の窓から眺める訳には行かないけれども、道程からいうといくらもなかった。それでも暑いので歩いて行くうちに汗が背中を濡らすほど出た。
彼は自分の顔を見るや否や、さも久しぶりに会った人らしく「やっしばらく」と叫ぶように云った。そうしてこれまでたびたび電話で繰り返した挨拶をまた新しくまのあたり述べた。
自分と岡田とは今でこそ少し改まった言葉使もするが、昔を云えば、何の遠慮もない間柄であった。その頃は金も少しは彼のために融通してやった覚がある。自分は勇気を鼓舞するために、わざとその当時の記憶を呼起してかかった。何にも知らない彼は、立ちながら元気な声を出して、「どうです二郎さん、僕の予言は」と云った。「どうかこうか一週間うちにあなたを驚かす事ができそうじゃありませんか」
自分は思い切って、まず肝心の用事を話した。彼は案外な顔をして聞いていたが、聞いてしまうとすぐ、「ようがす、そのくらいならどうでもします」と容易に引き受けてくれた。
彼は固よりその隠袋の中に入用の金を持っていなかった。「明日でも好いんでしょう」と聞いた。自分はまた思い切って、「できるなら今日中に欲しいんだ」と強いた。彼はちょっと当惑したように見えた。
「じゃ仕方がない迷惑でしょうけれども、手紙を書きますから、宅へ持って行ってお兼に渡して下さいませんか」
自分はこの事件についてお兼さんと直接の交渉はなるべく避けたかったけれども、この場合やむをえなかったので、岡田の手紙を懐へ入れて、天下茶屋へ行った。お兼さんは自分の声を聞くや否や上り口まで馳け出して来て、「この御暑いのによくまあ」と驚いてくれた。そうして、「さあどうぞ」を二三返繰返したが、自分は立ったまま「少し急ぎますから」と断って、岡田の手紙を渡した。お兼さんは上り口に両膝を突いたなり封を切った。
「どうもわざわざ恐れ入りましたね。それではすぐ御伴をして参りますから」とすぐ奥へ入った。奥では用箪笥の環の鳴る音がした。
自分はお兼さんと電車の終点までいっしょに乗って来てそこで別れた。「では後ほど」と云いながらお兼さんは洋傘を開いた。自分はまた俥を急がして病院へ帰った。顔を洗ったり、身体を拭いたり、しばらく三沢と話しているうちに、自分は待ち設けた通りお兼さんから病院の玄関まで呼び出された。お兼さんは帯の間にある銀行の帳面を抜いて、そこに挟んであった札を自分の手の上に乗せた。
「ではどうぞちょっと御改ためなすって」
自分は形式的にそれを勘定した上、「確に。――どうもとんだ御手数をかけました。御暑いところを」と礼を述べた。実際急いだと見えてお兼さんは富士額の両脇を、細かい汗の玉でじっとりと濡らしていた。
「どうです、ちっと上って涼んでいらしったら」
「いいえ今日は急ぎますから、これで御免を蒙ります。御病人へどうぞよろしく。――でも結構でございましたね、早く御退院になれて。一時は宅でも大層心配致しまして、よく電話で御様子を伺ったとか申しておりましたが」
お兼さんはこんな愛想を云いながら、また例のクリーム色の洋傘を開いて帰って行った。
三十
自分は少し急き込んでいた。紙幣を握ったまま段々を馳け上るように三階まで来た。三沢は平生よりは落ちついていなかった。今火を点けたばかりの巻煙草をいきなり灰吹の中に放り込んで、ありがとうともいわずに、自分の手から金を受取った。自分は渡した金の高を注意して、「好いか」と聞いた。それでも彼はただうんと云っただけである。
彼はじっと「あの女」の室の方を見つめた。時間の具合で、見舞に来たものの草履は一足も廊下の端に脱ぎ棄ててなかった。平生から静過ぎる室の中は、ことに寂寞としていた。例の美くしい看護婦は相変らず角の柱に倚りかかって、産婆学の本か何か読んでいた。
「あの女は寝ているのかしら」
彼は「あの女」の室へ入るべき好機会を見出しながら、かえってその眠を妨げるのを恐れるように見えた。
「寝ているかも知れない」と自分も思った。
しばらくして三沢は小さな声で「あの看護婦に都合を聞いて貰おうか」と云い出した。彼はまだこの看護婦に口を利いた事がないというので、自分がその役を引受けなければならなかった。
看護婦は驚いたようなまたおかしいような顔をして自分を見た。けれどもすぐ自分の真面目な態度を認めて、室の中へ入って行った。かと思うと、二分と経たないうちに笑いながらまた出て来た。そうして今ちょうど気分の好いところだからお目にかかれるという患者の承諾をもたらした。三沢は黙って立ち上った。
彼は自分の顔も見ず、また看護婦の顔も見ず、黙って立ったなり、すっと「あの女」の室の中へ姿を隠した。自分は元の座に坐って、ぼんやりその後影を見送った。彼の姿が見えなくなってもやはり空に同じ所を見つめていた。冷淡なのは看護婦であった。ちょっと侮蔑の微笑を唇の上に漂わせて自分を見たが、それなり元の通り柱に背を倚せて、黙って読みかけた書物をまた膝の上にひろげ始めた。
室の中は三沢の入った後も彼の入らない前も同じように静であった。話し声などは無論聞こえなかった。看護婦は時々不意に眼を上げて室の奥の方を見た。けれども自分には何の相図もせずに、すぐその眼を頁の上に落した。
自分はこの三階の宵の間に虫の音らしい涼しさを聴いた例はあるが、昼のうちにやかましい蝉の声はついぞ自分の耳に届いた事がない。自分のたった一人で坐っている病室はその時明かな太陽の光を受けながら、真夜中よりもなお静かであった。自分はこの死んだような静かさのために、かえって神経を焦らつかせて、「あの女」の室から三沢の出るのを待ちかねた。
やがて三沢はのっそりと出て来た。室の敷居を跨ぐ時、微笑しながら「御邪魔さま。大勉強だね」と看護婦に挨拶する言葉だけが自分の耳に入った。
彼は上草履の音をわざとらしく高く鳴らして、自分の室に入るや否や、「やっと済んだ」と云った。自分は「どうだった」と聞いた。
「やっと済んだ。これでもう出ても好い」
三沢は同じ言葉を繰返すだけで、その他には何にも云わなかった。自分もそれ以上は聞き得なかった。ともかくも退院の手続を早くする方が便利だと思って、そこらに散らばっているものを片づけ始めた。三沢も固よりじっとしてはいなかった。
三十一
二人は俥を雇って病院を出た。先へ梶棒を上げた三沢の車夫が余り威勢よく馳けるので、自分は大きな声でそれを留めようとした。三沢は後を振り向いて、手を振った。「大丈夫、大丈夫」と云うらしく聞こえたから、自分もそれなりにして注意はしなかった。宿へ着いたとき、彼は川縁の欄干に両手を置いて、眼の下の広い流をじっと眺めていた。
「どうした。心持でも悪いか」と自分は後から聞いた。彼は後を向かなかった。けれども「いいや」と答えた。「ここへ来てこの河を見るまでこの室の事をまるで忘れていた」
そういって、彼は依然として流れに向っていた。自分は彼をそのままにして、麻の座蒲団の上に胡坐をかいた。それでも待遠しいので、やがて袂から敷島の袋を出して、煙草を吸い始めた。その煙草が三分の一煙になった頃、三沢はようやく手摺を離れて自分の前へ来て坐った。
「病院で暮らしたのも、つい昨日今日のようだが、考えて見ると、もうだいぶんになるんだね」と云って指を折りながら、日数を勘定し出した。
「三階の光景が当分眼を離れないだろう」と自分は彼の顔を見た。
「思いも寄らない経験をした。これも何かの因縁だろう」と三沢も自分の顔を見た。
彼は手を叩いて、下女を呼んで今夜の急行列車の寝台を注文した。それから時計を出して、食事を済ました後、時間にどのくらい余裕があるかを見た。窮屈に馴れない二人はやがて転りと横になった。
「あの女は癒りそうなのか」
「そうさな。事によると癒るかも知れないが……」
下女が誂えた水菓子を鉢に盛って、梯子段を上って来たので、「あの女」の話はこれで切れてしまった。自分は寝転んだまま、水菓子を食った。その間彼はただ自分の口の辺を見るばかりで、何事も云わなかった。しまいにさも病人らしい調子で、「おれも食いたいな」と一言云った。先刻から浮かない様子を見ていた自分は、「構うものか、食うが好い。食え食え」と勧めた。三沢は幸いにして自分が氷菓子を食わせまいとしたあの日の出来事を忘れていた。彼はただ苦笑いをして横を向いた。
「いくら好だって、悪いと知りながら、無理に食わせられて、あの女のようになっちゃ大変だからな」
彼は先刻から「あの女」の事を考えているらしかった。彼は今でも「あの女」の事を考えているとしか思われなかった。
「あの女は君を覚えていたかい」
「覚えているさ。この間会って、僕から無理に酒を呑まされたばかりだもの」
「恨んでいたろう」
今まで横を向いてそっぽへ口を利いていた三沢は、この時急に顔を向け直してきっと正面から自分を見た。その変化に気のついた自分はすぐ真面目な顔をした。けれども彼があの女の室に入った時、二人の間にどんな談話が交換されたかについて、彼はついに何事をも語らなかった。
「あの女はことによると死ぬかも知れない。死ねばもう会う機会はない。万一癒るとしても、やっぱり会う機会はなかろう。妙なものだね。人間の離合というと大袈裟だが。それに僕から見れば実際離合の感があるんだからな。あの女は今夜僕の東京へ帰る事を知って、笑いながら御機嫌ようと云った。僕はその淋しい笑を、今夜何だか汽車の中で夢に見そうだ」
三十二
三沢はただこう云った。そうして夢に見ない先からすでに「あの女」の淋しい笑い顔を眼の前に浮べているように見えた。三沢に感傷的のところがあるのは自分もよく承知していたが、単にあれだけの関係で、これほどあの女に動かされるのは不審であった。自分は三沢と「あの女」が別れる時、どんな話をしたか、詳しく聞いて見ようと思って、少し水を向けかけたが、何の効果もなかった。しかも彼の態度が惜しいものを半分他に配けてやると、半分無くなるから厭だという風に見えたので、自分はますます変な気持がした。
「そろそろ出かけようか。夜の急行は込むから」ととうとう自分の方で三沢を促がすようになった。
「まだ早い」と三沢は時計を見せた。なるほど汽車の出るまでにはまだ二時間ばかり余っていた。もう「あの女」の事は聞くまいと決心した自分は、なるべく病院の名前を口へ出さずに、寝転びながら彼と通り一遍の世間話を始めた。彼はその時人並の受け答をした。けれどもどこか調子に乗らないところがあるので、何となく不愉快そうに見えた。それでも席は動かなかった。そうしてしまいには黙って河の流ればかり眺めていた。
「まだ考えている」と自分は大きな声を出してわざと叫んだ。三沢は驚いて自分を見た。彼はこういう場合にきっと、御前はヴァルガーだと云う眼つきをして、一瞥の侮辱を自分に与えなければ承知しなかったが、この時に限ってそんな様子はちっとも見せなかった。
「うん考えている」と軽く云った。「君に打ち明けようか、打ち明けまいかと迷っていたところだ」と云った。
自分はその時彼から妙な話を聞いた。そうしてその話が直接「あの女」と何の関係もなかったのでなおさら意外の感に打たれた。
今から五六年前彼の父がある知人の娘を同じくある知人の家に嫁らした事があった。不幸にもその娘さんはある纏綿した事情のために、一年経つか経たないうちに、夫の家を出る事になった。けれどもそこにもまた複雑な事情があって、すぐわが家に引取られて行く訳に行かなかった。それで三沢の父が仲人という義理合から当分この娘さんを預かる事になった。――三沢はいったん嫁いで出て来た女を娘さん娘さんと云った。
「その娘さんは余り心配したためだろう、少し精神に異状を呈していた。それは宅へ来る前か、あるいは来てからかよく分らないが、とにかく宅のものが気がついたのは来てから少し経ってからだ。固より精神に異状を呈しているには相違なかろうが、ちょっと見たって少しも分らない。ただ黙って欝ぎ込んでいるだけなんだから。ところがその娘さんが……」
三沢はここまで来て少し躊躇した。
「その娘さんがおかしな話をするようだけれども、僕が外出するときっと玄関まで送って出る。いくら隠れて出ようとしてもきっと送って出る。そうして必ず、早く帰って来てちょうだいねと云う。僕がええ早く帰りますからおとなしくして待っていらっしゃいと返事をすれば合点合点をする。もし黙っていると、早く帰って来てちょうだいね、ね、と何度でも繰返す。僕は宅のものに対してきまりが悪くってしようがなかった。けれどもまたこの娘さんが不憫でたまらなかった。だから外出してもなるべく早く帰るように心がけていた。帰るとその人の傍へ行って、立ったままただいまと一言必ず云う事にしていた」
三沢はそこへ来てまた時計を見た。
「まだ時間はあるね」と云った。
三十三
その時自分はこれぎりでその娘さんの話を止められてはと思った。幸いに時間がまだだいぶあったので、自分の方から何とも云わない先に彼はまた語り続けた。
「宅のものがその娘さんの精神に異状があるという事を明かに認め出してからはまだよかったが、知らないうちは今云った通り僕もその娘さんの露骨なのにずいぶん弱らせられた。父や母は苦い顔をする。台所のものはないしょでくすくす笑う。僕は仕方がないから、その娘さんが僕を送って玄関まで来た時、烈しく怒りつけてやろうかと思って、二三度後を振り返って見たが、顔を合せるや否や、怒るどころか、邪慳な言葉などは可哀そうでとても口から出せなくなってしまった。その娘さんは蒼い色の美人だった。そうして黒い眉毛と黒い大きな眸をもっていた。その黒い眸は始終遠くの方の夢を眺ているように恍惚と潤って、そこに何だか便のなさそうな憐を漂よわせていた。僕が怒ろうと思ってふり向くと、その娘さんは玄関に膝を突いたなりあたかも自分の孤独を訴えるように、その黒い眸を僕に向けた。僕はそのたびに娘さんから、こうして活きていてもたった一人で淋しくってたまらないから、どうぞ助けて下さいと袖に縋られるように感じた。――その眼がだよ。その黒い大きな眸が僕にそう訴えるのだよ」
「君に惚れたのかな」と自分は三沢に聞きたくなった。
「それがさ。病人の事だから恋愛なんだか病気なんだか、誰にも解るはずがないさ」と三沢は答えた。
「色情狂っていうのは、そんなもんじゃないのかな」と自分はまた三沢に聞いた。
三沢は厭な顔をした。
「色情狂と云うのは、誰にでもしなだれかかるんじゃないか。その娘さんはただ僕を玄関まで送って出て来て、早く帰って来てちょうだいねと云うだけなんだから違うよ」
「そうか」
自分のこの時の返事は全く光沢がなさ過ぎた。
「僕は病気でも何でも構わないから、その娘さんに思われたいのだ。少くとも僕の方ではそう解釈していたいのだ」と三沢は自分を見つめて云った。彼の顔面の筋肉はむしろ緊張していた。「ところが事実はどうもそうでないらしい。その娘さんの片づいた先の旦那というのが放蕩家なのか交際家なのか知らないが、何でも新婚早々たびたび家を空けたり、夜遅く帰ったりして、その娘さんの心をさんざん苛めぬいたらしい。けれどもその娘さんは一口も夫に対して自分の苦みを言わずに我慢していたのだね。その時の事が頭に祟っているから、離婚になった後でも旦那に云いたかった事を病気のせいで僕に云ったのだそうだ。――けれども僕はそう信じたくない。強いてもそうでないと信じていたい」
「それほど君はその娘さんが気に入ってたのか」と自分はまた三沢に聞いた。
「気に入るようになったのさ。病気が悪くなればなるほど」
「それから。――その娘さんは」
「死んだ。病院へ入って」
自分は黙然とした。
「君から退院を勧められた晩、僕はその娘さんの三回忌を勘定して見て、単にそのためだけでも帰りたくなった」と三沢は退院の動機を説明して聞かせた。自分はまだ黙っていた。
「ああ肝心の事を忘れた」とその時三沢が叫んだ。自分は思わず「何だ」と聞き返した。
「あの女の顔がね、実はその娘さんに好く似ているんだよ」
三沢の口元には解ったろうと云う一種の微笑が見えた。二人はそれからじきに梅田の停車場へ俥を急がした。場内は急行を待つ乗客ですでにいっぱいになっていた。二人は橋を向へ渡って上り列車を待ち合わせた。列車は十分と立たないうちに地を動かして来た。
「また会おう」
自分は「あの女」のために、また「その娘さん」のために三沢の手を固く握った。彼の姿は列車の音と共にたちまち暗中に消えた。
兄
一
自分は三沢を送った翌日また母と兄夫婦とを迎えるため同じ停車場に出かけなければならなかった。
自分から見るとほとんど想像さえつかなかったこの出来事を、始めから工夫して、とうとうそれを物にするまで漕ぎつけたものは例の岡田であった。彼は平生からよくこんな技巧を弄してその成効に誇るのが好であった。自分をわざわざ電話口へ呼び出して、そのうちきっと自分を驚かして見せると断ったのは彼である。それからほどなく、お兼さんが宿屋へ尋ねて来て、その訳を話した時には、自分も実際驚かされた。
「どうして来るんです」と自分は聞いた。
自分が東京を立つ前に、母の持っていた、ある場末の地面が、新たに電車の布設される通り路に当るとかでその前側を幾坪か買い上げられると聞いたとき、自分は母に「じゃその金でこの夏みんなを連て旅行なさい」と勧めて、「また二郎さんのお株が始まった」と笑われた事がある。母はかねてから、もし機会があったら京大阪を見たいと云っていたが、あるいはその金が手に入ったところへ、岡田からの勧誘があったため、こう大袈裟な計画になったのではなかろうか。それにしても岡田がまた何でそんな勧誘をしたものだろう。
「何という大した考えもないんでございましょう。ただ昔しお世話になった御礼に御案内でもする気なんでしょう。それにあの事もございますから」
お兼さんの「あの事」というのは例の結婚事件である。自分はいくらお貞さんが母のお気に入りだって、そのために彼女がわざわざ大阪三界まで出て来るはずがないと思った。
自分はその時すでに懐が危しくなっていた。その上後から三沢のために岡田に若干の金額を借りた。ほかの意味は別として、母と兄夫婦の来るのはこの不足填補の方便として自分には好都合であった。岡田もそれを知って快よくこちらの要るだけすぐ用立ててくれたに違いなかろうと思った。
自分は岡田夫婦といっしょに停車場に行った。三人で汽車を待ち合わしている間に岡田は、「どうです。二郎さん喫驚したでしょう」といった。自分はこれと類似の言葉を、彼から何遍も聞いているので、何とも答えなかった。お兼さんは岡田に向って、「あなたこの間から独で御得意なのね。二郎さんだって聞き飽きていらっしゃるわ。そんな事」と云いながら自分を見て「ねえあなた」と詫まるようにつけ加えた。自分はお兼さんの愛嬌のうちに、どことなく黒人らしい媚を認めて、急に返事の調子を狂わせた。お兼さんは素知らぬ風をして岡田に話しかけた。――
「奥さまもだいぶ御目にかからないから、ずいぶんお変りになったでしょうね」
「この前会った時はやっぱり元の叔母さんさ」
岡田は自分の母の事を叔母さんと云い、お兼さんは奥様というのが、自分には変に聞こえた。
「始終傍にいると、変るんだか変らないんだか分りませんよ」と自分は答えて笑っているうちに汽車が着いた。岡田は彼ら三人のために特別に宿を取っておいたとかいって、直に俥を南へ走らした。自分は空に乗った俥の上で、彼のよく人を驚かせるのに驚いた。そう云えば彼が突然上京してお兼さんを奪うように伴れて行ったのも自分を驚かした目覚ましい手柄の一つに相違なかった。
二
母の宿はさほど大きくはなかったけれども、自分の泊っている所よりはよほど上品な構であった。室には扇風器だの、唐机だの、特別にその唐机の傍に備えつけた電灯などがあった。兄はすぐそこにある電報紙へ大阪着の旨を書いて下女に渡していた。岡田はいつの間にか用意して来た三四枚の絵端書を袂の中から出して、これは叔父さん、これはお重さん、これはお貞さんと一々名宛を書いて、「さあ一口ずつ皆などうぞ」と方々へ配っていた。
自分はお貞さんの絵端書へ「おめでとう」と書いた。すると母がその後へ「病気を大事になさい」と書いたので吃驚した。
「お貞さんは病気なんですか」
「実はあの事があるので、ちょうど好い折だから、今度伴れて来ようと思って仕度までさせたところが、あいにくお腹が悪くなってね。残念な事をしましたよ」
「でも大した事じゃないのよ。もうお粥がそろそろ食べられるんだから」と嫂が傍から説明した。その嫂は父に出す絵端書を持ったまま何か考えていた。「叔父さんは風流人だから歌が好いでしょう」と岡田に勧められて、「歌なんぞできるもんですか」と断った。岡田はまたお重へ宛てたのに、「あなたの口の悪いところを聞けないのが残念だ」と細かく謹んで書いたので、兄から「将棋の駒がまだ祟ってると見えるね」と笑われていた。
絵端書が済んで、しばらく世間話をした後で、岡田とお兼さんはまた来ると云って、母や兄が止めるのも聞かずに帰って行った。
「お兼さんは本当に奥さんらしくなったね」
「宅へ仕立物を持って来た時分を考えると、まるで見違えるようだよ」
母が兄とお兼さんを評し合った言葉の裏には、己れがそれだけ年を取ったという淡い哀愁を含んでいた。
「お貞さんだって、もう直ですよお母さん」と自分は横合から口を出した。
「本当にね」と母は答えた。母は腹の中で、まだ片づく当のないお重の事でも考えているらしかった。兄は自分を顧みて、「三沢が病気だったので、どこへも行かなかったそうだね」と聞いた。自分は「ええ。とんだところへ引っかかってどこへも行かずじまいでした」と答えた。自分と兄とは常にこのくらい懸隔のある言葉で応対するのが例になっていた。これは年が少し違うのと、父が昔堅気で、長男に最上の権力を塗りつけるようにして育て上げた結果である。母もたまには自分をさんづけにして二郎さんと呼んでくれる事もあるが、これは単に兄の一郎さんのお余りに過ぎないと自分は信じていた。
みんなは話に気を取られて浴衣を着換えるのを忘れていた。兄は立って、糊の強いのを肩へ掛けながら、「どうだい」と自分を促がした。嫂は浴衣を自分に渡して、「全体あなたのお部屋はどこにあるの」と聞いた。手摺の所へ出て、鼻の先にある高い塗塀を欝陶しそうに眺めていた母は、「いい室だが少し陰気だね。二郎お前のお室もこんなかい」と聞いた。自分は母のいる傍へ行って、下を見た。下には張物板のような細長い庭に、細い竹が疎に生えて錆びた鉄灯籠が石の上に置いてあった。その石も竹も打水で皆しっとり濡れていた。
「狭いが凝ってますね。その代り僕の所のように河がありませんよ、お母さん」
「おやどこに河があるの」と母がいう後から、兄も嫂もその河の見える座敷と取換えて貰おうと云い出した。自分は自分の宿のある方角やら地理やらを説明して聞かした。そうしてひとまず帰って荷物を纏めた上またここへ来る約束をして宿を出た。
三
自分はその夕方宿の払を済まして母や兄といっしょになった。三人は少し夕飯が後れたと見えて、膳を控えたまま楊枝を使っていた。自分は彼らを散歩に連れ出そうと試みた。母は疲れたと云って応じなかった。兄は面倒らしかった。嫂だけには行きたい様子が見えた。
「今夜は御止しよ」と母が留めた。
兄は寝転びながら話をした。そうして口では大阪を知ってるような事を云った。けれどもよく聞いて見ると、知っているのは天王寺だの中の島だの千日前だのという名前ばかりで地理上の知識になると、まるで夢のように散漫極まるものであった。
もっとも「大坂城の石垣の石は実に大きかった」とか、「天王寺の塔の上へ登って下を見たら眼が眩んだ」とか断片的の光景は実際覚えているらしかった。そのうちで一番面白く自分の耳に響いたのは彼の昔泊ったという宿屋の夜の景色であった。
「細い通りの角で、欄干の所へ出ると柳が見えた。家が隙間なく並んでいる割には閑静で、窓から眺められる長い橋も画のように趣があった。その上を通る車の音も愉快に響いた。もっとも宿そのものは不親切で汚なくって困ったが……」
「いったいそれは大阪のどこなの」と嫂が聞いたが、兄は全く知らなかった。方角さえ分らないと答えた。これが兄の特色であった。彼は事件の断面を驚くばかり鮮かに覚えている代りに、場所の名や年月を全く忘れてしまう癖があった。それで彼は平気でいた。
「どこだか解らなくっちゃつまらないわね」と嫂がまた云った。兄と嫂とはこんなところでよく喰い違った。兄の機嫌の悪くない時はそれでも済むが、少しの具合で事が面倒になる例も稀ではなかった。こういう消息に通じた母は、「どこでも構わないが、それだけじゃないはずだったのにね。後を御話しよ」と云った。兄は「御母さんにも直にもつまらない事ですよ」と断って、「二郎そこの二階に泊ったとき面白いと思ったのはね」と自分に話し掛けた。自分は固より兄の話を一人で聞くべき責任を引受けた。
「どうしました」
「夜になって一寝入して眼が醒めると、明かるい月が出て、その月が青い柳を照していた。それを寝ながら見ているとね、下の方で、急にやっという掛声が聞こえた。あたりは案外静まり返っているので、その掛声がことさら強く聞こえたんだろう、おれはすぐ起きて欄干の傍まで出て下を覗いた。すると向に見える柳の下で、真裸な男が三人代る代る大な沢庵石の持ち上げ競をしていた。やっと云うのは両手へ力を入れて差し上げる時の声なんだよ。それを三人とも夢中になって熱心にやっていたが、熱心なせいか、誰も一口も物を云わない。おれは明らかな月影に黙って動く裸体の人影を見て、妙に不思議な心持がした。するとそのうちの一人が細長い天秤棒のようなものをぐるりぐるりと廻し始めた……」
「何だか水滸伝のような趣じゃありませんか」
「その時からしてがすでに縹緲たるものさ。今日になって回顧するとまるで夢のようだ」
兄はこんな事を回想するのが好であった。そうしてそれは母にも嫂にも通じない、ただ父と自分だけに解る趣であった。
「その時大阪で面白いと思ったのはただそれぎりだが、何だかそんな連想を持って来て見ると、いっこう大阪らしい気がしないね」
自分は三沢のいた病院の三階から見下される狭い綺麗な通を思い出した。そうして兄の見た棒使や力持はあんな町内にいる若い衆じゃなかろうかと想像した。
岡田夫婦は約のごとくその晩また尋ねて来た。
四
岡田はすこぶる念入の遊覧目録といったようなものを、わざわざ宅から拵えて来て、母と兄に見せた。それがまた余り綿密過ぎるので、母も兄も「これじゃ」と驚いた。
「まあ幾日くらい御滞在になれるんですか、それ次第でプログラムの作り方もまたあるんですから。こっちは東京と違ってね、少し市を離れるといくらでも見物する所があるんです」
岡田の言葉のうちには多少の不服が籠っていたが、同時に得意な調子も見えた。
「まるで大阪を自慢していらっしゃるようよ。あなたの話を傍で聞いていると」
お兼さんは笑いながらこう云って真面目な夫に注意した。
「いえ自慢じゃない。自慢じゃないが……」
注意された岡田はますます真面目になった。それが少し滑稽に見えたので皆なが笑い出した。
「岡田さんは五六年のうちにすっかり上方風になってしまったんですね」と母が調戯った。
「それでもよく東京の言葉だけは忘れずにいるじゃありませんか」と兄がその後に随いてまた冷嘲し始めた。岡田は兄の顔を見て、「久しぶりに会うと、すぐこれだから敵わない。全く東京ものは口が悪い」と云った。
「それにお重の兄だもの、岡田さん」と今度は自分が口を出した。
「お兼少し助けてくれ」と岡田がしまいに云った。そうして母の前に置いてあった先刻のプログラムを取って袂へ入れながら、「馬鹿馬鹿しい、骨を折ったり調戯われたり」とわざわざ怒った風をした。
冗談がひとしきり済むと、自分の予期していた通り、佐野の話が母の口から持ち出された。母は「このたびはまたいろいろ」と云ったような打って変った几帳面な言葉で岡田に礼を述べる、岡田はまたしかつめらしく改まった口上で、まことに行き届きませんでなどと挨拶をする、自分には両方共大袈裟に見えた。それから岡田はちょうど好い都合だから、是非本人に会ってやってくれと、また会見の打ち合せをし始めた。兄もその話しの中に首を突込まなくっては義理が悪いと見えて、煙草を吹かしながら二人の相手になっていた。自分は病気で寝ているお貞さんにこの様子を見せて、ありがたいと思うか、余計な御世話だと思うか、本当のところを聞いて見たい気がした。同時に三沢が別れる時、新しく自分の頭に残して行った美しい精神病の「娘さん」の不幸な結婚を聯想した。
嫂とお兼さんは親しみの薄い間柄であったけれども、若い女同志という縁故で先刻から二人だけで話していた。しかし気心が知れないせいか、両方共遠慮がちでいっこう調子が合いそうになかった。嫂は無口な性質であった。お兼さんは愛嬌のある方であった。お兼さんが十口物をいう間に嫂は一口しかしゃべれなかった。しかも種が切れると、その都度きっとお兼さんの方から供給されていた。最後に子供の話が出た。すると嫂の方が急に優勢になった。彼女はその小さい一人娘の平生を、さも興ありげに語った。お兼さんはまた嫂のくだくだしい叙述を、さも感心したように聞いていたが、実際はまるで無頓着らしくも見えた。ただ一遍「よくまあお一人でお留守居ができます事」と云ったのは誠らしかった。「お重さんによく馴づいておりますから」と嫂は答えていた。
五
母と兄夫婦の滞在日数は存外少いものであった。まず市内で二三日市外で二三日しめて一週間足らずで東京へ帰る予定で出て来たらしかった。
「せめてもう少しはいいでしょう。せっかくここまで出ていらしったんだから。また来るたって、そりゃ容易な事じゃありませんよ、億劫で」
こうは云うものの岡田も、母の滞在中会社の方をまるで休んで、毎日案内ばかりして歩けるほどの余裕は無論なかった。母も東京の宅の事が気にかかるように見えた。自分に云わせると、母と兄夫婦というからしてがすでに妙な組合せであった。本来なら父と母といっしょに来るとか、兄と嫂だけが連立って避暑に出かけるとか、もしまたお貞さんの結婚問題が目的なら、当人の病気が癒るのを待って、母なり父なりが連れて来て、早く事を片づけてしまうとか、自然の予定は二通りも三通りもあった。それがこう変な形になって現れたのはどういう訳だか、自分には始めから呑み込めなかった。母はまたそれを胸の中に畳込んでいるという風に見えた。母ばかりではない、兄夫婦もそこに気がついているらしいところもあった。
佐野との会見は型のごとく済んだ。母も兄も岡田に礼を述べていた。岡田の帰った後でも両方共佐野の批評はしなかった。もう事が極って批評をする余地がないというようにも取れた。結婚は年の暮に佐野が東京へ出て来る機会を待って、式を挙げるように相談が調った。自分は兄に、「おめでた過ぎるくらい事件がどんどん進行して行く癖に、本人がいっこう知らないんだから面白い」と云った。
「当人は無論知ってるんだ」と兄が答えた。
「大喜びだよ」と母が保証した。
自分は一言もなかった。しばらくしてから、「もっともこんな問題になると自分でどんどん進行させる勇気は日本の婦人にあるまいからな」と云った。兄は黙っていた。嫂は変な顔をして自分を見た。
「女だけじゃないよ。男だって自分勝手にむやみと進行されちゃ困りますよ」と母は自分に注意した。すると兄が「いっそその方が好いかも知れないね」と云った。その云い方が少し冷か過ぎたせいか、母は何だか厭な顔をした。嫂もまた変な顔をした。けれども二人とも何とも云わなかった。
少し経ってから母はようやく口を開いた。
「でも貞だけでもきまってくれるとお母さんは大変楽な心持がするよ。後は重ばかりだからね」
「これもお父さんの御蔭さ」と兄が答えた。その時兄の唇に薄い皮肉の影が動いたのを、母は気がつかなかった。
「全くお父さんの御蔭に違ないよ。岡田が今ああやってるのと同じ事さ」と母はだいぶ満足な体に見えた。
憐れな母は父が今でも社会的に昔通りの勢力をもっているとばかり信じていた。兄は兄だけに、社会から退隠したと同様の今の父に、その半分の影響さえむずかしいと云う事を見破っていた。
兄と同意見の自分は、家族中ぐるになって、佐野を瞞しているような気がしてならなかった。けれどもまた一方から云えば、佐野は瞞されてもしかるべきだという考えが始めから頭のどこかに引っかかっていた。
とにかく会見は満足のうちに済んだ。兄は暑いので脳に応えるとか云って、早く大阪を立ち退く事を主張した。自分は固より賛成であった。
六
実際その頃の大阪は暑かった。ことに我々の泊っている宿屋は暑かった。庭が狭いのと塀が高いので、日の射し込む余地もなかったが、その代り風の通る隙間にも乏しかった。ある時は湿っぽい茶座敷の中で、四方から焚火に焙られているような苦しさがあった。自分は夜通し扇風器をかけてぶうぶう鳴らしたため、馬鹿な真似をして風邪でもひいたらどうすると云って母から叱られた事さえあった。
大阪を立とうという兄の意見に賛成した自分は、有馬なら涼しくって兄の頭によかろうと思った。自分はこの有名な温泉をまだ知らなかった。車夫が梶棒へ綱を付けて、その綱の先をまた犬に付けて坂路を上るのだそうだが、暑いので犬がともすると渓河の清水を飲もうとするのを、車夫が怒って竹の棒でむやみに打擲くから、犬がひんひん苦しがりながら俥を引くんだという話を、かつて聞いたまましゃべった。
「厭だねそんな俥に乗るのは、可哀想で」と母が眉をひそめた。
「なぜまた水を飲ませないんだろう。俥が遅れるからかね」と兄が聞いた。
「途中で水を飲むと疲れて役に立たないからだそうです」と自分が答えた。
「へえー、なぜ」と今度は嫂が不思議そうに聞いたが、それには自分も答える事ができなかった。
有馬行は犬のせいでもなかったろうけれども、とうとう立消になった。そうして意外にも和歌の浦見物が兄の口から発議された。これは自分もかねてから見たいと思っていた名所であった。母も子供の時からその名に親しみがあるとかで、すぐ同意した。嫂だけはどこでも構わないという風に見えた。
兄は学者であった。また見識家であった。その上詩人らしい純粋な気質を持って生れた好い男であった。けれども長男だけにどこかわがままなところを具えていた。自分から云うと、普通の長男よりは、だいぶ甘やかされて育ったとしか見えなかった。自分ばかりではない、母や嫂に対しても、機嫌の好い時は馬鹿に好いが、いったん旋毛が曲り出すと、幾日でも苦い顔をして、わざと口を利かずにいた。それで他人の前へ出ると、また全く人間が変ったように、たいていな事があっても滅多に紳士の態度を崩さない、円満な好侶伴であった。だから彼の朋友はことごとく彼を穏かな好い人物だと信じていた。父や母はその評判を聞くたびに案外な顔をした。けれどもやっぱり自分の子だと見えて、どこか嬉しそうな様子が見えた。兄と衝突している時にこんな評判でも耳に入ろうものなら、自分はむやみに腹が立った。一々その人の宅まで出かけて行って、彼らの誤解を訂正してやりたいような気さえ起った。
和歌の浦行に母がすぐ賛成したのも、実は彼女が兄の気性をよく呑み込んでいるからだろうと自分は思った。母は長い間わが子の我を助けて育てるようにした結果として、今では何事によらずその我の前に跪く運命を甘んじなければならない位地にあった。
自分は便所に立った時、手水鉢の傍にぼんやり立っていた嫂を見付けて、「姉さんどうです近頃は。兄さんの機嫌は好い方なんですか悪い方なんですか」と聞いた。嫂は「相変らずですわ」とただ一口答えただけであった。嫂はそれでも淋しい頬に片靨を寄せて見せた。彼女は淋しい色沢の頬をもっていた。それからその真中に淋しい片靨をもっていた。
七
自分は立つ前に岡田に借りた金の片をつけて行きたかった。もっとも彼に話をしさえすれば、東京へ帰ってからでも構わないとは思ったけれども、ああいう人の金はなるべく早く返しておいた方が、こっちの心持がいいという考えがあった。それで誰も傍にいない折を見計らって、母にどうかしてくれと頼んだ。
母は兄を大事にするだけあって、無論彼を心から愛していた。けれども長男という訳か、また気むずかしいというせいか、どこかに遠慮があるらしかった。ちょっとの事を注意するにしても、なるべく気に障らないように、始めから気を置いてかかった。そこへ行くと自分はまるで子供同様の待遇を母から受けていた。「二郎そんな法があるのかい」などと頭ごなしにやっつけられた。その代りまた兄以上に可愛がられもした。小遣などは兄にないしょでよく貰った覚がある。父の着物などもいつの間にか自分のに仕立直してある事は珍らしくなかった。こういう母の仕打が、例の兄にはまたすこぶる気に入らなかった。些細な事から兄はよく機嫌を悪くした。そうして明るい家の中に陰気な空気を漲ぎらした。母は眉をひそめて、「また一郎の病気が始まったよ」と自分に時々私語いた。自分は母から腹心の郎党として取扱われるのが嬉しさに、「癖なんだから、放っておおきなさい」ぐらい云って澄ましていた時代もあった。兄の性質が気むずかしいばかりでなく、大小となく影でこそこそ何かやられるのを忌む正義の念から出るのだという事を後から知って以来、自分は彼に対してこんな軽薄な批評を加えるのを恥ずるようになった。けれども表向兄の承諾を求めると、とうてい行われにくい用件が多いので、自分はつい機会を見ては母の懐に一人抱かれようとした。
母は自分が三沢のために岡田から金を借りた顛末を聞いて驚いた顔をした。
「そんな女のためにお金を使う訳がないじゃないか、三沢さんだって。馬鹿らしい」と云った。
「だけど、そこには三沢も義理があるんだから」と自分は弁解した。
「義理義理って、御母さんには解らないよ、お前のいう事は。気の毒なら、手ぶらで見舞に行くだけの事じゃないか。もし手ぶらできまりが悪ければ、菓子折の一つも持って行きゃあたくさんだね」
自分はしばらく黙っていた。
「よし三沢さんにそれだけの義理があったにしたところでさ。何もお前が岡田なんぞからそれを借りて上げるだけの義理はなかろうじゃないか」
「じゃよござんす」と自分は答えた。そうして立って下へ行こうとした。兄は湯に入っていた。嫂は小さい下の座敷を借りて髪を結わしていた。座敷には母よりほかにいなかった。
「まあお待ちよ」と母が呼び留めた。「何も出して上げないと云ってやしないじゃないか」
母の言葉には兄一人でさえたくさんなところへ、何の必要があって、自分までこの年寄を苛めるかと云わぬばかりの心細さが籠っていた。自分は母のいう通り元の席に着いたが、気の毒でちょっと顔を上げ得なかった。そうしてこの無恰好な態度で、さも子供らしく母から要るだけの金子を受取った。母が一段声を落して、いつものように、「兄さんにはないしょだよ」と云った時、自分は不意に名状しがたい不愉快に襲われた。
八
自分達はその翌日の朝和歌山へ向けて立つはずになっていた。どうせいったんはここへ引返して来なければならないのだから、岡田の金もその時で好いとは思ったが、性急の自分には紙入をそのまま懐中しているからがすでに厭だった。岡田はその晩も例の通り宿屋へ話に来るだろうと想像された。だからその折にそっと返しておこうと自分は腹の中できめた。
兄が湯から上って来た。帯も締めずに、浴衣を羽織るようにひっかけたままずっと欄干の所まで行ってそこへ濡手拭を懸けた。
「お待遠」
「お母さん、どうです」と自分は母を促がした。
「まあお這入りよ、お前から」と云った母は、兄の首や胸の所を眺めて、「大変好い血色におなりだね。それに少し肉が付いたようじゃないか」と賞めていた。兄は性来の痩っぽちであった。宅ではそれをみんな神経のせいにして、もう少し肥らなくっちゃ駄目だと云い合っていた。その内でも母は最も気を揉んだ。当人自身も痩せているのを何かの刑罰のように忌み恐れた。それでもちっとも肥れなかった。
自分は母の言葉を聞きながら、この苦しい愛嬌を、慰藉の一つとしてわが子の前に捧げなければならない彼女の心事を気の毒に思った。兄に比べると遥かに頑丈な体躯を起しながら、「じゃ御先へ」と母に挨拶して下へ降りた。風呂場の隣の小さい座敷をちょいと覗くと、嫂は今髷ができたところで、合せ鏡をして鬢だの髱だのを撫でていた。
「もう済んだんですか」
「ええ。どこへいらっしゃるの」
「御湯へ這入ろうと思って。お先へ失礼してもよござんすか」
「さあどうぞ」
自分は湯に入りながら、嫂が今日に限ってなんでまた丸髷なんて仰山な頭に結うのだろうと思った。大きな声を出して、「姉さん、姉さん」と湯壺の中から呼んで見た。「なによ」という返事が廊下の出口で聞こえた。
「御苦労さま、この暑いのに」と自分が云った。
「なぜ」
「なぜって、兄さんの御好みなんですか、そのでこでこ頭は」
「知らないわ」
嫂の廊下伝いに梯子段を上る草履の音がはっきり聞こえた。
廊下の前は中庭で八つ手の株が見えた。自分はその暗い庭を前に眺めて、番頭に背中を流して貰っていた。すると入口の方から縁側を沿って、また活溌な足音が聞こえた。
そうして詰襟の白い洋服を着た岡田が自分の前を通った。自分は思わず、「おい君、君」と呼んだ。
「や、今お湯、暗いんでちっとも気がつかなかった」と岡田は一足後戻りして風呂を覗き込みながら挨拶をした。
「あなたに話がある」と自分は突然云った。
「話が? 何です」
「まあ、お入んなさい」
岡田は冗談じゃないと云う顔をした。
「お兼は来ませんか」
自分が「いいえ」と答えると、今度は「皆さんは」と聞いた。自分がまた「みんないますよ」というと、不思議そうに「じゃ今日はどこへも行かなかったんですか」と聞いた。
「行ってもう帰って来たんです」
「実は僕も今会社から帰りがけですがね。どうも暑いじゃあありませんか。――とにかくちょっと伺候して来ますから。失礼」
岡田はこう云い捨てたなり、とうとう自分の用事を聞かずに二階へ上って行ってしまった。自分もしばらくして風呂から出た。
九
岡田はその夜だいぶ酒を呑んだ。彼は是非都合して和歌の浦までいっしょに行くつもりでいたが、あいにく同僚が病気で欠勤しているので、予期の通りにならないのがはなはだ残念だと云ってしきりに母や兄に詫びていた。
「じゃ今夜が御別れだから、少し御過ごしなさい」と母が勧めた。
あいにく自分の家族は酒に親しみの薄いものばかりで、誰も彼の相手にはなれなかった。それで皆な御免蒙って岡田より先へ食事を済ました。岡田はそれがこっちも勝手だといった風に、独り膳を控えて盃を甜め続けた。
彼は性来元気な男であった。その上酒を呑むとますます陽気になる好い癖を持っていた。そうして相手が聞こうが聞くまいが、頓着なしに好きな事を喋舌って、時々一人高笑いをした。
彼は大阪の富が過去二十年間にどのくらい殖えて、これから十年立つとまたその富が今の何十倍になるというような統計を挙げておおいに満足らしく見えた。
「大阪の富より君自身の富はどうだい」と兄が皮肉を云ったとき、岡田は禿げかかった頭へ手を載せて笑い出した。
「しかし僕の今日あるも――というと、偉過ぎるが、まあどうかこうかやって行けるのも、全く叔父さんと叔母さんのお蔭です。僕はいくらこうして酒を呑んで太平楽を並べていたって、それだけはけっして忘れやしません」
岡田はこんな事を云って、傍にいる母と遠くにいる父に感謝の意を表した。彼は酔うと同じ言葉を何遍も繰返す癖のある男だったが、ことにこの感謝の意は少しずつ違った形式で、幾度か彼の口から洩れた。しまいに彼は灘万のまな鰹とか何とかいうものを、是非父に喰わせたいと云い募った。
自分は彼がもと書生であった頃、ある正月の宵どこかで振舞酒を浴びて帰って来て、父の前へ長さ三寸ばかりの赤い蟹の足を置きながら平伏して、謹んで北海の珍味を献上しますと云ったら、父は「何だそんな朱塗りの文鎮見たいなもの。要らないから早くそっちへ持って行け」と怒った昔を思い出した。
岡田はいつまでも飲んで帰らなかった。始めは興を添えた彼の座談もだんだん皆なに飽きられて来た。嫂は団扇を顔へ当てて欠を隠した。自分はとうとう彼を外へ連出さなければならなかった。自分は散歩にかこつけて五六町彼といっしょに歩いた。そうして懐から例の金を出して彼に返した。金を受取った時の彼は、酔っているにもかかわらず驚ろくべくたしかなものであった。「今でなくってもいいのに。しかしお兼が喜びますよ。ありがとう」と云って、洋服の内隠袋へ収めた。
通りは静であった。自分はわれ知らず空を仰いだ。空には星の光が存外濁っていた。自分は心の内に明日の天気を気遣った。すると岡田が藪から棒に「一郎さんは実際むずかしやでしたね」と云い出した。そうして昔し兄と自分と将棋を指した時、自分が何か一口云ったのを癪に、いきなり将棋の駒を自分の額へぶつけた騒ぎを、新しく自分の記憶から呼び覚した。
「あの時分からわがままだったからね、どうも。しかしこの頃はだいぶ機嫌が好いようじゃありませんか」と彼がまた云った。自分は煮え切らない生返事をしておいた。
「もっとも奥さんができてから、もうよっぽどになりますからね。しかし奥さんの方でもずいぶん気骨が折れるでしょう。あれじゃ」
自分はそれでも何の答もしなかった。ある四角へ来て彼と別れるときただ「お兼さんによろしく」と云ったまままた元の路へ引き返した。
十
翌日朝の汽車で立った自分達は狭い列車のなかの食堂で昼飯を食った。「給仕がみんな女だから面白い。しかもなかなか別嬪がいますぜ、白いエプロンを掛けてね。是非中で昼飯をやって御覧なさい」と岡田が自分に注意したから、自分は皿を運んだりサイダーを注いだりする女をよく心づけて見た。しかし別にこれというほどの器量をもったものもいなかった。
母と嫂は物珍らしそうに窓の外を眺めて、田舎めいた景色を賞し合った。実際窓外の眺めは大阪を今離れたばかりの自分達には一つの変化であった。ことに汽車が海岸近くを走るときは、松の緑と海の藍とで、煙に疲れた眼に爽かな青色を射返した。木蔭から出たり隠れたりする屋根瓦の積み方も東京地方のものには珍らしかった。
「あれは妙だね。御寺かと思うと、そうでもないし。二郎、やっぱり百姓家なのかね」と母がわざわざ指をさして、比較的大きな屋根を自分に示した。
自分は汽車の中で兄と隣り合せに坐った。兄は何か考え込んでいた。自分は心の内でまた例のが始まったのじゃないかと思った。少し話でもして機嫌を直そうか、それとも黙って知らん顔をしていようかと躊躇した。兄は何か癪に障った時でも、むずかしい高尚な問題を考えている時でも同じくこんな様子をするから、自分にはいっこう見分がつかなかった。
自分はしまいにとうとう思い切ってこっちから何か話を切り出そうとした。と云うのは、向側に腰をかけている母が、嫂と応対の相間相間に、兄の顔を偸むように一二度見たからである。
「兄さん、面白い話がありますがね」と自分は兄の方を見た。
「何だ」と兄が云った。兄の調子は自分の予期した通り無愛想であった。しかしそれは覚悟の前であった。
「ついこの間三沢から聞いたばかりの話ですがね。……」
自分は例の精神病の娘さんがいったん嫁いだあと不縁になって、三沢の宅へ引き取られた時、三沢の出る後を慕って、早く帰って来てちょうだいと、いつでも云い習わした話をしようと思ってちょっとそこで句を切った。すると兄は急に気乗りのしたような顔をして、「その話ならおれも聞いて知っている。三沢がその女の死んだとき、冷たい額へ接吻したという話だろう」と云った。
自分は喫驚した。
「そんな事があるんですか。三沢は接吻の事については一口も云いませんでしたがね。皆ないる前でですか、三沢が接吻したって云うのは」
「それは知らない。皆の前でやったのか。またはほかに人のいない時にやったのか」
「だって三沢がたった一人でその娘さんの死骸の傍にいるはずがないと思いますがね。もし誰もそばにいない時接吻したとすると」
「だから知らんと断ってるじゃないか」
自分は黙って考え込んだ。
「いったい兄さんはどうして、そんな話を知ってるんです」
「Hから聞いた」
Hとは兄の同僚で、三沢を教えた男であった。そのHは三沢の保証人だったから、少しは関係の深い間柄なんだろうけれども、どうしてこんな際どい話を聞き込んで、兄に伝えたものだろうか、それは彼も知らなかった。
「兄さんはなぜまた今日までその話を為ずに黙っていたんです」と自分は最後に兄に聞いた。兄は苦い顔をして、「する必要がないからさ」と答えた。自分は様子によったらもっと肉薄して見ようかと思っているうちに汽車が着いた。
十一
停車場を出るとすぐそこに電車が待っていた。兄と自分は手提鞄を持ったまま婦人を扶けて急いでそれに乗り込んだ。
電車は自分達四人が一度に這入っただけで、なかなか動き出さなかった。
「閑静な電車ですね」と自分が侮どるように云った。
「これなら妾達の荷物を乗っけてもよさそうだね」と母は停車場の方を顧みた。
ところへ書物を持った書生体の男だの、扇を使う商人風の男だのが二三人前後して車台に上ってばらばらに腰をかけ始めたので、運転手はついに把手を動かし出した。
自分達は何だか市の外廓らしい淋しい土塀つづきの狭い町を曲って、二三度停留所を通り越した後、高い石垣の下にある濠を見た。濠の中には蓮が一面に青い葉を浮べていた。その青い葉の中に、点々と咲く紅の花が、落ちつかない自分達の眼をちらちらさせた。
「へえーこれが昔のお城かね」と母は感心していた。母の叔母というのが、昔し紀州家の奥に勤めていたとか云うので、母は一層感慨の念が深かったのだろう。自分も子供の時、折々耳にした紀州様、紀州様という封建時代の言葉をふと思い出した。
和歌山市を通り越して少し田舎道を走ると、電車はじき和歌の浦へ着いた。抜目のない岡田はかねてから注意して土地で一流の宿屋へ室の注文をしたのだが、あいにく避暑の客が込み合って、眺めの好い座敷が塞がっているとかで、自分達は直に俥を命じて浜手の角を曲った。そうして海を真前に控えた高い三階の上層の一室に入った。
そこは南と西の開いた広い座敷だったが、普請は気の利いた東京の下宿屋ぐらいなもので、品位からいうと大阪の旅館とはてんで比べ物にならなかった。時々大一座でもあった時に使う二階はぶっ通しの大広間で、伽藍堂のような真中に立って、波を打った安畳を眺めると、何となく殺風景な感が起った。
兄はその大広間に仮の仕切として立ててあった六枚折の屏風を黙って見ていた。彼はこういうものに対して、父の薫陶から来た一種の鑑賞力をもっていた。その屏風には妙にべろべろした葉の竹が巧に描かれていた。兄は突然後を向いて「おい二郎」と云った。
その時兄と自分は下の風呂に行くつもりで二人ながら手拭をさげていた。そうして自分は彼の二間ばかり後に立って、屏風の竹を眺める彼をまた眺めていた。自分は兄がこの屏風の画について、何かまた批評を加えるに違いないと思った。
「何です」と答えた。
「先刻汽車の中で話しが出た、あの三沢の事だね。お前はどう思う」
兄の質問は実際自分に取って意外であった。彼はなぜその話しを今まで自分に聞かせなかったと汽車の中で問われた時、すでに苦い顔をして必要がないからだと答えたばかりであった。
「例の接吻の話ですか」と自分は聞き返した。
「いえ接吻じゃない。その女が三沢の出る後を慕って、早く帰って来てちょうだいと必ず云ったという方の話さ」
「僕には両方共面白いが、接吻の方が何だかより多く純粋でかつ美しい気がしますね」
この時自分達は二階の梯子段を半分ほど降りていた。兄はその中途でぴたりと留った。
「そりゃ詩的に云うのだろう。詩を見る眼で云ったら、両方共等しく面白いだろう。けれどもおれの云うのはそうじゃない。もっと実際問題にしての話だ」
十二
自分には兄の意味がよく解らなかった。黙って梯子段の下まで降りた。兄も仕方なしに自分の後に跟いて来た。風呂場の入口で立ち留った自分は、ふり返って兄に聞いた。
「実際問題と云うと、どういう事になるんですか。ちょっと僕には解らないんですが」
兄は焦急たそうに説明した。
「つまりその女がさ、三沢の想像する通り本当にあの男を思っていたか、または先の夫に対して云いたかった事を、我慢して云わずにいたので、精神病の結果ふらふらと口にし始めたのか、どっちだと思うと云うんだ」
自分もこの問題は始めその話を聞いた時、少し考えて見た。けれどもどっちがどうだかとうてい分るべきはずの者でないと諦めて、それなり放ってしまった。それで自分は兄の質問に対してこれというほどの意見も持っていなかった。
「僕には解らんです」
「そうか」
兄はこう云いながら、やっぱり風呂に這入ろうともせず、そのまま立っていた。自分も仕方なしに裸になるのを控えていた。風呂は思ったより小さくかつ多少古びていた。自分はまず薄暗い風呂を覗き込んで、また兄に向った。
「兄さんには何か意見が有るんですか」
「おれはどうしてもその女が三沢に気があったのだとしか思われんがね」
「なぜですか」
「なぜでもおれはそう解釈するんだ」
二人はその話の結末をつけずに湯に入った。湯から上って婦人連と入代った時、室には西日がいっぱい射して、海の上は溶けた鉄のように熱く輝いた。二人は日を避けて次の室に這入った。そうしてそこで相対して坐った時、先刻の問題がまた兄の口から話頭に上った。
「おれはどうしてもこう思うんだがね……」
「ええ」と自分はただおとなしく聞いていた。
「人間は普通の場合には世間の手前とか義理とかで、いくら云いたくっても云えない事がたくさんあるだろう」
「それはたくさんあります」
「けれどもそれが精神病になると――云うとすべての精神病を含めて云うようで、医者から笑われるかも知れないが、――しかし精神病になったら、大変気が楽になるだろうじゃないか」
「そう云う種類の患者もあるでしょう」
「ところでさ、もしその女がはたしてそういう種類の精神病患者だとすると、すべて世間並の責任はその女の頭の中から消えて無くなってしまうに違なかろう。消えて無くなれば、胸に浮かんだ事なら何でも構わず露骨に云えるだろう。そうすると、その女の三沢に云った言葉は、普通我々が口にする好い加減な挨拶よりも遥に誠の籠った純粋のものじゃなかろうか」
自分は兄の解釈にひどく感服してしまった。「それは面白い」と思わず手を拍った。すると兄は案外不機嫌な顔をした。
「面白いとか面白くないとか云う浮いた話じゃない。二郎、実際今の解釈が正確だと思うか」と問いつめるように聞いた。
「そうですね」
自分は何となく躊躇しなければならなかった。
「噫々女も気狂にして見なくっちゃ、本体はとうてい解らないのかな」
兄はこう云って苦しい溜息を洩らした。
十三
宿の下にはかなり大きな掘割があった。それがどうして海へつづいているかちょっと解らなかったが、夕方には漁船が一二艘どこからか漕ぎ寄せて来て、緩やかに楼の前を通り過ぎた。
自分達はその掘割に沿うて一二丁右の方へ歩いた後、また左へ切れて田圃路を横切り始めた。向うを見ると、田の果がだらだら坂の上りになって、それを上り尽した土手の縁には、松が左右に長く続いていた。自分達の耳には大きな波の石に砕ける音がどどんどどんと聞えた。三階から見るとその砕けた波が忽然白い煙となって空に打上げられる様が、明かに見えた。
自分達はついにその土手の上へ出た。波は土手のもう一つ先にある厚く築き上げられた石垣に当って、みごとに粉微塵となった末、煮え返るような色を起して空を吹くのが常であったが、たまには崩れたなり石垣の上を流れ越えて、ざっと内側へ落ち込んだりする大きいのもあった。
自分達はしばらくその壮観に見惚れていたが、やがて強い浪の響を耳にしながら歩き出した。その時母と自分は、これが片男波だろうと好い加減な想像を話の種に二人並んで歩いた。兄夫婦は自分達より少し先へ行った。二人とも浴衣がけで、兄は細い洋杖を突いていた。嫂はまた幅の狭い御殿模様か何かの麻の帯を締めていた。彼らは自分達よりほとんど二十間ばかり先へ出ていた。そうして二人とも並んで足を運ばして行った。けれども彼らの間にはかれこれ一間の距離があった。母はそれを気にするような、また気にしないような眼遣で、時々見た。その見方がまた余りに神経的なので、母の心はこの二人について何事かを考えながら歩いているとしか思えなかった。けれども自分は話しの面倒になるのを恐れたから、素知らぬ顔をしてわざと緩々歩いた。そうしてなるべく呑ん気そうに見せるつもりで母を笑わせるような剽軽な事ばかり饒舌った。母はいつもの通り「二郎、御前見たいに暮して行けたら、世間に苦はあるまいね」と云ったりした。
しまいに彼女はとうとう堪え切れなくなったと見えて、「二郎あれを御覧」と云い出した。
「何ですか」と自分は聞き返した。
「あれだから本当に困るよ」と母が云った。その時母の眼は先へ行く二人の後姿をじっと見つめていた。自分は少くとも彼女の困ると云った意味を表向承認しない訳に行かなかった。
「また何か兄さんの気に障る事でもできたんですか」
「そりゃあの人の事だから何とも云えないがね。けれども夫婦となった以上は、お前、いくら旦那が素っ気なくしていたって、こっちは女だもの。直の方から少しは機嫌の直るように仕向けてくれなくっちゃ困るじゃないか。あれを御覧な、あれじゃまるであかの他人が同なじ方角へ歩いて行くのと違やしないやね。なんぼ一郎だって直に傍へ寄ってくれるなと頼みやしまいし」
母は無言のまま離れて歩いている夫婦のうちで、ただ嫂の方にばかり罪を着せたがった。これには多少自分にも同感なところもあった。そうしてこの同感は平生から兄夫婦の関係を傍で見ているものの胸にはきっと起る自然のものであった。
「兄さんはまた何か考え込んでいるんですよ。それで姉さんも遠慮してわざと口を利かずにいるんでしょう」
自分は母のためにわざとこんな気休めを云ってごまかそうとした。
十四
「たとい何か考えているにしてもだね。直の方がああ無頓着じゃ片っ方でも口の利きようがないよ。まるでわざわざ離れて歩いているようだもの」
兄に同情の多い母から見ると、嫂の後姿は、いかにも冷淡らしく思われたのだろう。が自分はそれに対して何とも答えなかった。ただ歩きながら嫂の性格をもっと一般的に考えるようになった。自分は母の批評が満更当っていないとも思わなかった。けれども我肉身の子を可愛がり過ぎるせいで、少し彼女の欠点を苛酷に見ていはしまいかと疑った。
自分の見た彼女はけっして温かい女ではなかった。けれども相手から熱を与えると、温め得る女であった。持って生れた天然の愛嬌のない代りには、こっちの手加減でずいぶん愛嬌を搾り出す事のできる女であった。自分は腹の立つほどの冷淡さを嫁入後の彼女に見出した事が時々あった。けれども矯めがたい不親切や残酷心はまさかにあるまいと信じていた。
不幸にして兄は今自分が嫂について云ったような気質を多量に具えていた。したがって同じ型に出来上ったこの夫婦は、己れの要するものを、要する事のできないお互に対して、初手から求め合っていて、いまだにしっくり反が合わずにいるのではあるまいか。時々兄の機嫌の好い時だけ、嫂も愉快そうに見えるのは、兄の方が熱しやすい性だけに、女に働きかける温か味の功力と見るのが当然だろう。そうでない時は、母が嫂を冷淡過ぎると評するように、嫂もまた兄を冷淡過ぎると腹のうちで評しているかも知れない。
自分は母と並んで歩きながら先へ行く二人をこんなに考えた。けれども母に対してはそんなむずかしい理窟を云う気にはなれなかった。すると「どうも不思議だよ」と母が云い出した。
「いったい直は愛嬌のある質じゃないが、御父さんや妾にはいつだって同なじ調子だがね。二郎、御前にだってそうだろう」
これは全く母の云う通りであった。自分は元来性急な性分で、よく大きな声を出したり、怒鳴りつけたりするが、不思議にまだ嫂と喧嘩をした例はなかったのみならず、場合によると、兄よりもかえって心おきなく話をした。
「僕にもそうですがね。なるほどそう云われれば少々変には違ない」
「だからさ妾には直が一郎に対してだけ、わざわざ、あんな風をつらあてがましくやっているように思われて仕方がないんだよ」
「まさか」
自白すると自分はこの問題を母ほど細かく考えていなかった。したがってそんな疑いを挟さむ余地がなかった。あってもその原因が第一不審であった。
「だって宅中で兄さんが一番大事な人じゃありませんか、姉さんにとって」
「だからさ。御母さんには訳が解らないと云うのさ」
自分にはせっかくこんな景色の好い所へ来ながら、際限もなく母を相手に、嫂を陰で評しているのが馬鹿らしく感ぜられてきた。
「そのうち機会があったら、姉さんにまたよく腹の中を僕から聞いて見ましょう。何心配するほどの事はありませんよ」と云い切って、向の石垣まで突き出している掛茶屋から防波堤の上に馳け上った。そうして、精一杯の声を揚げて、「おーいおーい」と呼んだ。兄夫婦は驚いてふり向いた。その時石の堤に当って砕けた波が、吹き上げる泡と脚を洗う流れとで、自分を濡鼠のごとくにした。
自分は母に叱られながら、ぽたぽた雫を垂らして、三人と共に宿に帰った。どどんどどんという波の音が、帰り道中自分の鼓膜に響いた。
十五
その晩自分は母といっしょに真白な蚊帳の中に寝た。普通の麻よりは遥に薄くできているので、風が来て綺麗なレースを弄ぶ様が涼しそうに見えた。
「好い蚊帳ですね。宅でも一つこんなのを買おうじゃありませんか」と母に勧めた。
「こりゃ見てくれだけは綺麗だが、それほど高いものじゃないよ。かえって宅にあるあの白麻の方が上等なんだよ。ただこっちのほうが軽くって、継ぎ目がないだけに華奢に見えるのさ」
母は昔ものだけあって宅にある岩国かどこかでできる麻の蚊帳の方を賞めていた。
「だいち寝冷をしないだけでもあっちの方が得じゃないか」と云った。
下女が来て障子を締め切ってから、蚊帳は少しも動かなくなった。
「急に暑苦しくなりましたね」と自分は嘆息するように云った。
「そうさね」と答えた母の言葉は、まるで暑さが苦にならないほど落ちついていた。それでも団扇遣の音だけは微かに聞こえた。
母はそれからふっつり口を利かなくなった。自分も眼を眠った。襖一つ隔てた隣座敷には兄夫婦が寝ていた。これは先刻から静であった。自分の話相手がなくなってこっちの室が急にひっそりして見ると、兄の室はなお森閑と自分の耳を澄ました。
自分は眼を閉じたままじっとしていた。しかしいつまで経っても寝つかれなかった。しまいには静さに祟られたようなこの暑い苦しみを痛切に感じ出した。それで母の眠を妨げないようにそっと蒲団の上に起き直った。それから蚊帳の裾を捲って縁側へ出る気で、なるべく音のしないように障子をすうと開けにかかった。すると今まで寝入っていたとばかり思った母が突然「二郎どこへ行くんだい」と聞いた。
「あんまり寝苦しいから、縁側へ出て少し涼もうと思います」
「そうかい」
母の声は明晰で落ちついていた。自分はその調子で、彼女がまんじりともせずに今まで起きていた事を知った。
「御母さんも、まだ御休みにならないんですか」
「ええ寝床の変ったせいか何だか勝手が違ってね」
自分は貸浴衣の腰に三尺帯を一重廻しただけで、懐へ敷島の袋と燐寸を入れて縁側へ出た。縁側には白いカヴァーのかかった椅子が二脚ほど出ていた。自分はその一脚を引き寄せて腰をかけた。
「あまりがたがた云わして、兄さんの邪魔になるといけないよ」
母からこう注意された自分は、煙草を吹かしながら黙って、夢のような眼前の景色を眺めていた。景色は夜と共に無論ぼんやりしていた。月のない晩なので、ことさら暗いものが蔓り過ぎた。そのうちに昼間見た土手の松並木だけが一際黒ずんで左右に長い帯を引き渡していた。その下に浪の砕けた白い泡が夜の中に絶間なく動揺するのが、比較的刺戟強く見えた。
「もう好い加減に御這入りよ。風邪でも引くといけないから」
母は障子の内からこう云って注意した。自分は椅子に倚りながら、母に夜の景色を見せようと思ってちょっと勧めたが、彼女は応じなかった。自分は素直にまた蚊帳の中に這入って、枕の上に頭を着けた。
自分が蚊帳を出たり這入ったりした間、兄夫婦の室は森として元のごとく静かであった。自分が再び床に着いた後も依然として同じ沈黙に鎖されていた。ただ防波堤に当って砕ける波の音のみが、どどんどどんといつまでも響いた。
十六
朝起きて膳に向った時見ると、四人はことごとく寝足らない顔をしていた。そうして四人ともその寝足らない雲を膳の上に打ちひろげてわざと会話を陰気にしているらしかった。自分も変に窮屈だった。
「昨夕食った鯛の焙烙蒸にあてられたらしい」と云って、自分は不味そうな顔をして席を立った。手摺の所へ来て、隣に見える東洋第一エレヴェーターと云う看板を眺めていた。この昇降器は普通のように、家の下層から上層に通じているのとは違って、地面から岩山の頂まで物数奇な人間を引き上げる仕掛であった。所にも似ず無風流な装置には違ないが、浅草にもまだない新しさが、昨日から自分の注意を惹いていた。
はたして早起の客が二人三人ぽつぽつもう乗り始めた。早く食事を終えた兄はいつの間にか、自分の後へ来て、小楊枝を使いながら、上ったり下りたりする鉄の箱を自分と同じように眺めていた。
「二郎、今朝ちょっとあの昇降器へ乗って見ようじゃないか」と兄が突然云った。
自分は兄にしてはちと子供らしい事を云うと思って、ひょっと後を顧みた。
「何だか面白そうじゃないか」と兄は柄にもない稚気を言葉に現した。自分は昇降器へ乗るのは好いが、ある目的地へ行けるかどうかそれが危しかった。
「どこへ行けるんでしょう」
「どこだって構わない。さあ行こう」
自分は母と嫂も無論いっしょに連れて行くつもりで、「さあさあ」と大きな声で呼び掛けた。すると兄は急に自分を留めた。
「二人で行こう。二人ぎりで」と云った。
そこへ母と嫂が「どこへ行くの」と云って顔を出した。
「何ちょっとあのエレヴェーターへ乗って見るんです。二郎といっしょに。女には剣呑だから、御母さんや直は止した方が好いでしょう。僕らがまあ乗って、試して見ますから」
母は虚空に昇って行く鉄の箱を見ながら気味の悪そうな顔をした。
「直お前どうするい」
母がこう聞いた時、嫂は例の通り淋しい靨を寄せて、「妾はどうでも構いません」と答えた。それがおとなしいとも取れるし、また聴きようでは、冷淡とも無愛想とも取れた。それを自分は兄に対して気の毒と思い嫂に対しては損だと考えた。
二人は浴衣がけで宿を出ると、すぐ昇降器へ乗った。箱は一間四方くらいのもので、中に五六人這入ると戸を閉めて、すぐ引き上げられた。兄と自分は顔さえ出す事のできない鉄の棒の間から外を見た。そうして非常に欝陶しい感じを起した。
「牢屋見たいだな」と兄が低い声で私語いた。
「そうですね」と自分が答えた。
「人間もこの通りだ」
兄は時々こんな哲学者めいた事をいう癖があった。自分はただ「そうですな」と答えただけであった。けれども兄の言葉は単にその輪廓ぐらいしか自分には呑み込めなかった。
牢屋に似た箱の上りつめた頂点は、小さい石山の天辺であった。そのところどころに背の低い松が噛りつくように青味を添えて、単調を破るのが、夏の眼に嬉しく映った。そうしてわずかな平地に掛茶屋があって、猿が一匹飼ってあった。兄と自分は猿に芋をやったり、調戯ったりして、物の十分もその茶屋で費やした。
「どこか二人だけで話す所はないかな」
兄はこう云って四方を見渡した。その眼は本当に二人だけで話のできる静かな場所を見つけているらしかった。
十七
そこは高い地勢のお蔭で四方ともよく見晴らされた。ことに有名な紀三井寺を蓊欝した木立の中に遠く望む事ができた。その麓に入江らしく穏かに光る水がまた海浜とは思われない沢辺の景色を、複雑な色に描き出していた。自分は傍にいる人から浄瑠璃にある下り松というのを教えて貰った。その松はなるほど懸崖を伝うように逆に枝を伸していた。
兄は茶店の女に、ここいらで静な話をするに都合の好い場所はないかと尋ねていたが、茶店の女は兄の問が解らないのか、何を云っても少しも要領を得なかった。そうして地方訛ののしとかいう語尾をしきりに繰返した。
しまいに兄は「じゃその権現様へでも行くかな」と云い出した。
「権現様も名所の一つだから好いでしょう」
二人はすぐ山を下りた。俥にも乗らず、傘も差さず、麦藁帽子だけ被って暑い砂道を歩いた。こうして兄といっしょに昇降器へ乗ったり、権現へ行ったりするのが、その日は自分に取って、何だか不安に感ぜられた。平生でも兄と差向いになると多少気不精には違なかったけれども、その日ほど落ちつかない事もまた珍らしかった。自分は兄から「おい二郎二人で行こう、二人ぎりで」と云われた時からすでに変な心持がした。
二人は額から油汗をじりじり湧かした。その上に自分は実際昨夕食った鯛の焙烙蒸に少しあてられていた。そこへだんだん高くなる太陽が容赦なく具合の悪い頭を照らしたので、自分は仕方なしに黙って歩いていた。兄も無言のまま体を運ばした。宿で借りた粗末な下駄がさくさく砂に喰い込む音が耳についた。
「二郎どうかしたか」
兄の声は全く藪から棒が急に出たように自分を驚かした。
「少し心持が変です」
二人はまた無言で歩き出した。
ようやく権現の下へ来た時、細い急な石段を仰ぎ見た自分は、その高いのに辟易するだけで、容易に登る勇気は出し得なかった。兄はその下に並べてある藁草履を突掛けて十段ばかり一人で上って行ったが、後から続かない自分に気がついて、「おい来ないか」と嶮しく呼んだ。自分も仕方なしに婆さんから草履を一足借りて、骨を折って石段を上り始めた。それでも中途ぐらいから一歩ごとに膝の上に両手を置いて、身体の重みを託さなければならなかった。兄を下から見上げるとさも焦熱ったそうに頂上の山門の角に立っていた。
「まるで酔っ払いのようじゃないか、段々を筋違に練って歩くざまは」
自分は何と評されても構わない気で、早速帽子を地の上に投げると同時に、肌を抜いだ。扇を持たないので、手にした手帛でしきりに胸の辺りを払った。自分は後から「おい二郎」ときっと何か云われるだろうと思って、内心穏かでなかったせいか、汗に濡れた手帛をむやみに振り動かした。そうして「暑い暑い」と続けさまに云った。
兄はやがて自分の傍へ来てそこにあった石に腰をおろした。その石の後は篠竹が一面に生えて遥の下まで石垣の縁を隠すように茂っていた。その中から大きな椿が所々に白茶けた幹を現すのがことに目立って見えた。
「なるほどここは静だ。ここならゆっくり話ができそうだ」と兄は四方を見廻した。
十八
「二郎少し御前に話があるがね」と兄が云った。
「何です」
兄はしばらく逡巡して口を開かなかった。自分はまたそれを聞くのが厭さに、催促もしなかった。
「ここは涼しいですね」と云った。
「ああ涼しい」と兄も答えた。
実際そこは日影に遠いせいか涼しい風の通う高みであった。自分は三四分手帛を動かした後、急に肌を入れた。山門の裏には物寂びた小さい拝殿があった。よほど古い建物と見えて、軒に彫つけた獅子の頭などは絵の具が半分剥げかかっていた。
自分は立って山門を潜って拝殿の方へ行った。
「兄さんこっちの方がまだ涼しい。こっちへいらっしゃい」
兄は答えもしなかった。自分はそれを機に拝殿の前面を左右に逍遥した。そうして暑い日を遮る高い常磐木を見ていた。ところへ兄が不平な顔をして自分に近づいて来た。
「おい少し話しがあるんだと云ったじゃないか」
自分は仕方なしに拝殿の段々に腰をかけた。兄も自分に並んで腰をかけた。
「何ですか」
「実は直の事だがね」と兄ははなはだ云い悪いところをやっと云い切ったという風に見えた。自分は「直」という言葉を聞くや否や冷りとした。兄夫婦の間柄は母が自分に訴えた通り、自分にもたいていは呑み込めていた。そうして母に約束したごとく、自分はいつか折を見て、嫂に腹の中をとっくり聴糺した上、こっちからその知識をもって、積極的に兄に向おうと思っていた。それを自分がやらないうちに、もし兄から先を越されでもすると困るので、自分はひそかにそこを心配していた。実を云うと、今朝兄から「二郎、二人で行こう、二人ぎりで」と云われた時、自分はあるいはこの問題が出るのではあるまいかと掛念して自と厭になったのである。
「嫂さんがどうかしたんですか」と自分はやむを得ず兄に聞き返した。
「直は御前に惚れてるんじゃないか」
兄の言葉は突然であった。かつ普通兄のもっている品格にあたいしなかった。
「どうして」
「どうしてと聞かれると困る。それから失礼だと怒られてはなお困る。何も文を拾ったとか、接吻したところを見たとか云う実証から来た話ではないんだから。本当いうと表向こんな愚劣な問を、いやしくも夫たるおれが、他人に向ってかけられた訳のものではない。ないが相手が御前だからおれもおれの体面を構わずに、聞き悪いところを我慢して聞くんだ。だから云ってくれ」
「だって嫂さんですぜ相手は。夫のある婦人、ことに現在の嫂ですぜ」
自分はこう答えた。そうしてこう答えるよりほかに何と云う言葉も出なかった。
「それは表面の形式から云えば誰もそう答えなければならない。御前も普通の人間だからそう答えるのが至当だろう。おれもその一言を聞けばただ恥じ入るよりほかに仕方がない。けれども二郎御前は幸いに正直な御父さんの遺伝を受けている。それに近頃の、何事も隠さないという主義を最高のものとして信じているから聞くのだ。形式上の答えはおれにも聞かない先から解っているが、ただ聞きたいのは、もっと奥の奥の底にある御前の感じだ。その本当のところをどうぞ聞かしてくれ」
十九
「そんな腹の奥の奥底にある感じなんて僕に有るはずがないじゃありませんか」
こう答えた時、自分は兄の顔を見ないで、山門の屋根を眺めていた。兄の言葉はしばらく自分の耳に聞こえなかった。するとそれが一種の癇高い、さも昂奮を抑えたような調子になって響いて来た。
「おい二郎何だってそんな軽薄な挨拶をする。おれと御前は兄弟じゃないか」
自分は驚いて兄の顔を見た。兄の顔は常磐木の影で見るせいかやや蒼味を帯びていた。
「兄弟ですとも。僕はあなたの本当の弟です。だから本当の事を御答えしたつもりです。今云ったのはけっして空々しい挨拶でも何でもありません。真底そうだからそういうのです」
兄の神経の鋭敏なごとく自分は熱しやすい性急であった。平生の自分ならあるいはこんな返事は出なかったかも知れない。兄はその時簡単な一句を射た。
「きっと」
「ええきっと」
「だって御前の顔は赤いじゃないか」
実際その時の自分の顔は赤かったかも知れない。兄の面色の蒼いのに反して、自分は我知らず、両方の頬の熱るのを強く感じた。その上自分は何と返事をして好いか分らなかった。
すると兄は何と思ったかたちまち階段から腰を起した。そうして腕組をしながら、自分の席を取っている前を右左に歩き出した。自分は不安な眼をして、彼の姿を見守った。彼は始めから眼を地面の上に落していた。二三度自分の前を横切ったけれどもけっして一遍もその眼を上げて自分を見なかった。三度目に彼は突如として、自分の前に来て立ち留った。
「二郎」
「はい」
「おれは御前の兄だったね。誠に子供らしい事を云って済まなかった」
兄の眼の中には涙がいっぱい溜っていた。
「なぜです」
「おれはこれでも御前より学問も余計したつもりだ。見識も普通の人間より持っているとばかり今日まで考えていた。ところがあんな子供らしい事をつい口にしてしまった。まことに面目ない。どうぞ兄を軽蔑してくれるな」
「なぜです」
自分は簡単なこの問を再び繰返した。
「なぜですとそう真面目に聞いてくれるな。ああおれは馬鹿だ」
兄はこう云って手を出した。自分はすぐその手を握った。兄の手は冷たかった。自分の手も冷たかった。
「ただ御前の顔が少しばかり赤くなったからと云って、御前の言葉を疑ぐるなんて、まことに御前の人格に対して済まない事だ。どうぞ堪忍してくれ」
自分は兄の気質が女に似て陰晴常なき天候のごとく変るのをよく承知していた。しかし一と見識ある彼の特長として、自分にはそれが天真爛漫の子供らしく見えたり、または玉のように玲瓏な詩人らしく見えたりした。自分は彼を尊敬しつつも、どこか馬鹿にしやすいところのある男のように考えない訳に行かなかった。自分は彼の手を握ったまま「兄さん、今日は頭がどうかしているんですよ。そんな下らない事はもうこれぎりにしてそろそろ帰ろうじゃありませんか」と云った。
二十
兄は突然自分の手を放した。けれどもけっしてそこを動こうとしなかった。元の通り立ったまま何も云わずに自分を見下した。
「御前他の心が解るかい」と突然聞いた。
今度は自分の方が何も云わずに兄を見上げなければならなかった。
「僕の心が兄さんには分らないんですか」とやや間を置いて云った。自分の答には兄の言葉より一種の根強さが籠っていた。
「御前の心はおれによく解っている」と兄はすぐ答えた。
「じゃそれで好いじゃありませんか」と自分は云った。
「いや御前の心じゃない。女の心の事を云ってるんだ」
兄の言語のうち、後一句には火の付いたような鋭さがあった。その鋭さが自分の耳に一種異様の響を伝えた。
「女の心だって男の心だって」と云いかけた自分を彼は急に遮った。
「御前は幸福な男だ。おそらくそんな事をまだ研究する必要が出て来なかったんだろう」
「そりゃ兄さんのような学者じゃないから……」
「馬鹿云え」と兄は叱りつけるように叫んだ。
「書物の研究とか心理学の説明とか、そんな廻り遠い研究を指すのじゃない。現在自分の眼前にいて、最も親しかるべきはずの人、その人の心を研究しなければ、いても立ってもいられないというような必要に出逢った事があるかと聞いてるんだ」
最も親しかるべきはずの人と云った兄の意味は自分にすぐ解った。
「兄さんはあんまり考え過ぎるんじゃありませんか、学問をした結果。もう少し馬鹿になったら好いでしょう」
「向うでわざと考えさせるように仕向けて来るんだ。おれの考え慣れた頭を逆に利用して。どうしても馬鹿にさせてくれないんだ」
自分はここにいたって、ほとんど慰藉の辞に窮した。自分より幾倍立派な頭をもっているか分らない兄が、こんな妙な問題に対して自分より幾倍頭を悩めているかを考えると、はなはだ気の毒でならなかった。兄が自分より神経質な事は、兄も自分もよく承知していた。けれども今まで兄からこう歇私的里的に出られた事がないので、自分も実は途方に暮れてしまった。
「御前メレジスという人を知ってるか」と兄が聞いた。
「名前だけは聞いています」
「あの人の書翰集を読んだ事があるか」
「読むどころか表紙を見た事もありません」
「そうか」
彼はこう云って再び自分の傍へ腰をかけた。自分はこの時始めて懐中に敷島の袋と燐寸のある事に気がついた。それを取り出して、自分からまず火を点けて兄に渡した。兄は器械的にそれを吸った。
「その人の書翰の一つのうちに彼はこんな事を云っている。――自分は女の容貌に満足する人を見ると羨ましい。女の肉に満足する人を見ても羨ましい。自分はどうあっても女の霊というか魂というか、いわゆるスピリットを攫まなければ満足ができない。それだからどうしても自分には恋愛事件が起らない」
「メレジスって男は生涯独身で暮したんですかね」
「そんな事は知らない。またそんな事はどうでも構わないじゃないか。しかし二郎、おれが霊も魂もいわゆるスピリットも攫まない女と結婚している事だけはたしかだ」
二十一
兄の顔には苦悶の表情がありありと見えた。いろいろな点において兄を尊敬する事を忘れなかった自分は、この時胸の奥でほとんど恐怖に近い不安を感ぜずにはいられなかった。
「兄さん」と自分はわざと落ちつき払って云った。
「何だ」
自分はこの答を聞くと同時に立った。そうして、ことさらに兄の腰をかけている前を、先刻兄がやったと同じように、しかし全く別の意味で、右左へと二三度横切った。兄は自分にはまるで無頓着に見えた。両手の指を、少し長くなった髪の間に、櫛の歯のように深く差し込んで下を向いていた。彼は大変色沢の好い髪の所有者であった。自分は彼の前を横切るたびに、その漆黒の髪とその間から見える関節の細い、華奢な指に眼を惹かれた。その指は平生から自分の眼には彼の神経質を代表するごとく優しくかつ骨張って映った。
「兄さん」と自分が再び呼びかけた時、彼はようやく重そうに頭を上げた。
「兄さんに対して僕がこんな事をいうとはなはだ失礼かも知れませんがね。他の心なんて、いくら学問をしたって、研究をしたって、解りっこないだろうと僕は思うんです。兄さんは僕よりも偉い学者だから固よりそこに気がついていらっしゃるでしょうけれども、いくら親しい親子だって兄弟だって、心と心はただ通じているような気持がするだけで、実際向うとこっちとは身体が離れている通り心も離れているんだからしようがないじゃありませんか」
「他の心は外から研究はできる。けれどもその心になって見る事はできない。そのくらいの事ならおれだって心得ているつもりだ」
兄は吐き出すように、また懶そうにこう云った。自分はすぐその後に跟いた。
「それを超越するのが宗教なんじゃありますまいか。僕なんぞは馬鹿だから仕方がないが、兄さんは何でもよく考える性質だから……」
「考えるだけで誰が宗教心に近づける。宗教は考えるものじゃない、信じるものだ」
兄はさも忌々しそうにこう云い放った。そうしておいて、「ああおれはどうしても信じられない。どうしても信じられない。ただ考えて、考えて、考えるだけだ。二郎、どうかおれを信じられるようにしてくれ」と云った。
兄の言葉は立派な教育を受けた人の言葉であった。しかし彼の態度はほとんど十八九の子供に近かった。自分はかかる兄を自分の前に見るのが悲しかった。その時の彼はほとんど砂の中で狂う泥鰌のようであった。
いずれの点においても自分より立ち勝った兄が、こんな態度を自分に示したのはこの時が始めてであった。自分はそれを悲しく思うと同時に、この傾向で彼がだんだん進んで行ったならあるいは遠からず彼の精神に異状を呈するようになりはしまいかと懸念して、それが急に恐ろしくなった。
「兄さん、この事については僕も実はとうから考えていたんです……」
「いや御前の考えなんか聞こうと思っていやしない。今日御前をここへ連れて来たのは少し御前に頼みがあるからだ。どうぞ聞いてくれ」
「何ですか」
事はだんだん面倒になって来そうであった。けれども兄は容易にその頼みというのを打ち明けなかった。ところへ我々と同じ遊覧人めいた男女が三四人石段の下に現れた。彼らはてんでに下駄を草履と脱ぎ易えて、高い石段をこっちへ登って来た。兄はその人影を見るや否や急に立上がった。「二郎帰ろう」と云いながら石段を下りかけた。自分もすぐその後に随った。
二十二
兄と自分はまた元の路へ引返した。朝来た時も腹や頭の具合が変であったが、帰りは日盛になったせいかなお苦しかった。あいにく二人共時計を忘れたので何時だかちょっと分り兼ねた。
「もう何時だろう」と兄が聞いた。
「そうですね」と自分はぎらぎらする太陽を仰ぎ見た。「まだ午にはならないでしょう」
二人は元の路を逆に歩いているつもりであったが、どう間違えたものか、変に磯臭い浜辺へ出た。そこには漁師の家が雑貨店と交って貧しい町をかたち作っていた。古い旗を屋根の上に立てた汽船会社の待合所も見えた。
「何だか路が違ったようじゃありませんか」
兄は相変らず下を向いて考えながら歩いていた。下には貝殻がそこここに散っていた。それを踏み砕く二人の足音が時々単調な歩行に一種田舎びた変化を与えた。兄はちょっと立ち留って左右を見た。
「ここは往に通らなかったかな」
「ええ通りゃしません」
「そうか」
二人はまた歩き出した。兄は依然として下を向き勝であった。自分は路を迷ったため、存外宿へ帰るのが遅くなりはしまいかと心配した。
「何狭い所だ。どこをどう間違えたって、帰れるのは同なじ事だ」
兄はこう云ってすたすた行った。自分は彼の歩き方を後から見て、足に任せてという故い言葉を思い出した。そうして彼より五六間後れた事をこの場合何よりもありがたく感じた。
自分は二人の帰り道に、兄から例の依頼というのをきっと打ち明けられるに違いないと思って暗にその覚悟をしていた。ところが事実は反対で、彼はできるだけ口数を慎んで、さっさと歩く方針に出た。それが少しは無気味でもあったがまただいぶ嬉しくもあった。
宿では母と嫂が欄干に縞絽だか明石だかよそゆきの着物を掛けて二人とも浴衣のまま差向いで坐っていた。自分達の姿を見た母は、「まあどこまで行ったの」と驚いた顔をした。
「あなた方はどこへも行かなかったんですか」
欄干に干してある着物を見ながら、自分がこう聞いた時、嫂は「ええ行ったわ」と答えた。
「どこへ」
「あてて御覧なさい」
今の自分は兄のいる前で嫂からこう気易く話しかけられるのが、兄に対して何とも申し訳がないようであった。のみならず、兄の眼から見れば、彼女が故意に自分にだけ親しみを表わしているとしか解釈ができまいと考えて誰にも打ち明けられない苦痛を感じた。
嫂はいっこう平気であった。自分にはそれが冷淡から出るのか、無頓着から来るのか、または常識を無視しているのか、少し解り兼ねた。
彼らの見物して来た所は紀三井寺であった。玉津島明神の前を通りへ出て、そこから電車に乗るとすぐ寺の前へ出るのだと母は兄に説明していた。
「高い石段でね。こうして見上げるだけでも眼が眩いそうなんだよ、お母さんには。これじゃとても上れっこないと思って、妾ゃどうしようか知らと考えたけれども、直に手を引っ張って貰って、ようやくお参りだけは済ませたが、その代り汗で着物がぐっしょりさ……」
兄は「はあ、そうですかそうですか」と時々気のない返事をした。
二十三
その日は何事も起らずに済んだ。夕方は四人でトランプをした。みんなが四枚ずつのカードを持って、その一枚を順送りに次の者へ伏せ渡しにするうちに数の揃ったのを出してしまうと、どこかにスペードの一が残る。それを握ったものが負になるという温泉場などでよく流行る至極簡単なものであった。
母と自分はよくスペードを握っては妙な顔をしてすぐ勘づかれた。兄も時々苦笑した。一番冷淡なのは嫂であった。スペードを握ろうが握るまいがわれにはいっこう関係がないという風をしていた。これは風というよりもむしろ彼女の性質であった。自分はそれでも兄が先刻の会談のあと、よくこれほどに昂奮した神経を治められたものだと思ってひそかに感心した。
晩は寝られなかった。昨夕よりもなお寝られなかった。自分はどどんどどんと響く浪の音の間に、兄夫婦の寝ている室に耳を澄ました。けれども彼らの室は依然として昨夜のごとく静であった。自分は母に見咎められるのを恐れて、その夜はあえて縁側へ出なかった。
朝になって自分は母と嫂を例の東洋第一エレヴェーターへ案内した。そうして昨日のように山の上の猿に芋をやった。今度は猿に馴染のある宿の女中がいっしょに随いて来たので、猿を抱いたり鳴かしたり前の日よりはだいぶ賑やかだった。母は茶店の床几に腰をかけて、新和歌の浦とかいう禿げて茶色になった山を指して何だろうと聞いていた。嫂はしきりに遠眼鏡はないか遠眼鏡はないかと騒いだ。
「姉さん、芝の愛宕様じゃありませんよ」と自分は云ってやった。
「だって遠眼鏡ぐらいあったって好いじゃありませんか」と嫂はまだ不足を並べていた。
夕方になって自分はとうとう兄に引っ張られて紀三井寺へ行った。これは婦人連が昨日すでに参詣したというのを口実に、我々二人だけが行く事にしたのであるが、その実兄の依頼を聞くために自分が彼から誘い出されたのである。
自分達は母の見ただけで恐れたという高い石段を一直線に上った。その上は平たい山の中腹で眺望の好い所にベンチが一つ据えてあった。本堂は傍に五重の塔を控えて、普通ありふれた仏閣よりも寂があった。廂の最中から下っている白い紐などはいかにも閑静に見えた。
自分達は何物も眼を遮らないベンチの上に腰をおろして並び合った。
「好い景色ですね」
眼の下には遥の海が鰯の腹のように輝いた。そこへ名残の太陽が一面に射して、眩ゆさが赤く頬を染めるごとくに感じた。沢らしい不規則な水の形もまた海より近くに、平たい面を鏡のように展べていた。
兄は例の洋杖を顋の下に支えて黙っていたが、やがて思い切ったという風に自分の方を向いた。
「二郎実は頼みがあるんだが」
「ええ、それを伺うつもりでわざわざ来たんだからゆっくり話して下さい。できる事なら何でもしますから」
「二郎実は少し云い悪い事なんだがな」
「云い悪い事でも僕だから好いでしょう」
「うんおれは御前を信用しているから話すよ。しかし驚いてくれるな」
自分は兄からこう云われた時に、話を聞かない先にまず驚いた。そうしてどんな注文が兄の口から出るかを恐れた。兄の気分は前云った通り変り易かった。けれどもいったん何か云い出すと、意地にもそれを通さなければ承知しなかった。
二十四
「二郎驚いちゃいけないぜ」と兄が繰返した。そうして現に驚いている自分を嘲けるごとく見た。自分は今の兄と権現社頭の兄とを比較してまるで別人の観をなした。今の兄は翻がえしがたい堅い決心をもって自分に向っているとしか自分には見えなかった。
「二郎おれは御前を信用している。御前の潔白な事はすでに御前の言語が証明している。それに間違はないだろう」
「ありません」
「それでは打ち明けるが、実は直の節操を御前に試して貰いたいのだ」
自分は「節操を試す」という言葉を聞いた時、本当に驚いた。当人から驚くなという注意が二遍あったにかかわらず、非常に驚いた。ただあっけに取られて、呆然としていた。
「なぜ今になってそんな顔をするんだ」と兄が云った。
自分は兄の眼に映じた自分の顔をいかにも情なく感ぜざるを得なかった。まるでこの間の会見とは兄弟地を換えて立ったとしか思えなかった。それで急に気を取り直した。
「姉さんの節操を試すなんて、――そんな事は廃した方が好いでしょう」
「なぜ」
「なぜって、あんまり馬鹿らしいじゃありませんか」
「何が馬鹿らしい」
「馬鹿らしかないかも知れないが、必要がないじゃありませんか」
「必要があるから頼むんだ」
自分はしばらく黙っていた。広い境内には参詣人の影も見えないので、四辺は存外静であった。自分はそこいらを見廻して、最後に我々二人の淋しい姿をその一隅に見出した時、薄気味の悪い心持がした。
「試すって、どうすれば試されるんです」
「御前と直が二人で和歌山へ行って一晩泊ってくれれば好いんだ」
「下らない」と自分は一口に退ぞけた。すると今度は兄が黙った。自分は固より無言であった。海に射りつける落日の光がしだいに薄くなりつつなお名残の熱を薄赤く遠い彼方に棚引かしていた。
「厭かい」と兄が聞いた。
「ええ、ほかの事ならですが、それだけは御免です」と自分は判切り云い切った。
「じゃ頼むまい。その代りおれは生涯御前を疑ぐるよ」
「そりゃ困る」
「困るならおれの頼む通りやってくれ」
自分はただ俯向いていた。いつもの兄ならもう疾に手を出している時分であった。自分は俯向きながら、今に兄の拳が帽子の上へ飛んで来るか、または彼の平手が頬のあたりでピシャリと鳴るかと思って、じっと癇癪玉の破裂するのを期待していた。そうしてその破裂の後に多く生ずる反動を機会として、兄の心を落ちつけようとした。自分は人より一倍強い程度で、この反動に罹り易い兄の気質をよく呑み込んでいた。
自分はだいぶ辛抱して兄の鉄拳の飛んで来るのを待っていた。けれども自分の期待は全く徒労であった。兄は死んだ人のごとく静であった。ついには自分の方から狐のように変な眼遣いをして、兄の顔を偸み見なければならなかった。兄は蒼い顔をしていた。けれどもけっして衝動的に動いて来る気色には見えなかった。
二十五
ややあって兄は昂奮した調子でこう云った。
「二郎おれはお前を信用している。けれども直を疑ぐっている。しかもその疑ぐられた当人の相手は不幸にしてお前だ。ただし不幸と云うのは、お前に取って不幸というので、おれにはかえって幸になるかも知れない。と云うのは、おれは今明言した通り、お前の云う事なら何でも信じられるしまた何でも打明けられるから、それでおれには幸いなのだ。だから頼むのだ。おれの云う事に満更論理のない事もあるまい」
自分はその時兄の言葉の奥に、何か深い意味が籠っているのではなかろうかと疑い出した。兄は腹の中で、自分と嫂の間に肉体上の関係を認めたと信じて、わざとこういう難題を持ちかけるのではあるまいか。自分は「兄さん」と呼んだ。兄の耳にはとにかく、自分はよほど力強い声を出したつもりであった。
「兄さん、ほかの事とは違ってこれは倫理上の大問題ですよ……」
「当り前さ」
自分は兄の答えのことのほか冷淡なのを意外に感じた。同時に先の疑いがますます深くなって来た。
「兄さん、いくら兄弟の仲だって僕はそんな残酷な事はしたくないです」
「いや向うの方がおれに対して残酷なんだ」
自分は兄に向って嫂がなぜ残酷であるかの意味を聞こうともしなかった。
「そりゃ改めてまた伺いますが、何しろ今の御依頼だけは御免蒙ります。僕には僕の名誉がありますから。いくら兄さんのためだって、名誉まで犠牲にはできません」
「名誉?」
「無論名誉です。人から頼まれて他を試験するなんて、――ほかの事だって厭でさあ。ましてそんな……探偵じゃあるまいし……」
「二郎、おれはそんな下等な行為をお前から向うへ仕かけてくれと頼んでいるのじゃない。単に嫂としまた弟として一つ所へ行って一つ宿へ泊ってくれというのだ。不名誉でも何でもないじゃないか」
「兄さんは僕を疑ぐっていらっしゃるんでしょう。そんな無理をおっしゃるのは」
「いや信じているから頼むのだ」
「口で信じていて、腹では疑ぐっていらっしゃる」
「馬鹿な」
兄と自分はこんな会話を何遍も繰返した。そうして繰返すたびに双方共激して来た。するとちょっとした言葉から熱が急に引いたように二人共治まった。
その激したある時に自分は兄を真正の精神病患者だと断定した瞬間さえあった。しかしその発作が風のように過ぎた後ではまた通例の人間のようにも感じた。しまいに自分はこう云った。
「実はこの間から僕もその事については少々考えがあって、機会があったら姉さんにとくと腹の中を聞いて見る気でいたんですから、それだけなら受合いましょう。もうじき東京へ帰るでしょうから」
「じゃそれを明日やってくれ。あした昼いっしょに和歌山へ行って、昼のうちに返って来れば差支えないだろう」
自分はなぜかそれが厭だった。東京へ帰ってゆっくり折を見ての事にしたいと思ったが、片方を断った今更一方も否とは云いかねて、とうとう和歌山見物だけは引き受ける事にした。
二十六
その明くる朝は起きた時からあいにく空に斑が見えた。しかも風さえ高く吹いて例の防波堤に崩ける波の音が凄じく聞え出した。欄干に倚って眺めると、白い煙が濛々と岸一面を立て籠めた。午前は四人とも海岸に出る気がしなかった。
午過ぎになって、空模様は少し穏かになった。雲の重なる間から日脚さえちょいちょい光を出した。それでも漁船が四五艘いつもより早く楼前の掘割へ漕ぎ入れて来た。
「気味が悪いね。何だか暴風雨でもありそうじゃないか」
母はいつもと違う空を仰いで、こう云いながらまた元の座敷へ引返して来た。兄はすぐ立ってまた欄干へ出た。
「何大丈夫だよ。大した事はないにきまっている。御母さん僕が受け合いますから出かけようじゃありませんか。俥もすでに誂えてありますから」
母は何とも云わずに自分の顔を見た。
「そりゃ行っても好いけれど、行くなら皆なでいっしょに行こうじゃないか」
自分はその方が遥に楽であった。でき得るならどうか母の御供をして、和歌山行をやめたいと考えた。
「じゃ僕達もいっしょにその切り開いた山道の方へ行って見ましょうか」と云いながら立ちかけた。すると嶮しい兄の眼がすぐ自分の上に落ちた。自分はとうていこれでは約束を履行するよりほかに道がなかろうとまた思い返した。
「そうそう姉さんと約束があったっけ」
自分は兄に対して、つい空惚けた挨拶をしなければすまなくなった。すると母が今度は苦い顔をした。
「和歌山はやめにおしよ」
自分は母と兄の顔を見比べてどうしたものだろうと躊躇した。嫂はいつものように冷然としていた。自分が母と兄の間に迷っている間、彼女はほとんど一言も口にしなかった。
「直御前二郎に和歌山へ連れて行って貰うはずだったね」と兄が云った時、嫂はただ「ええ」と答えただけであった。母が「今日はお止しよ」と止めた時、嫂はまた「ええ」と答えただけであった。自分が「姉さんどうします」と顧みた時は、また「どうでも好いわ」と答えた。
自分はちょっと用事に下へ降りた。すると母がまた後から降りて来た。彼女の様子は何だかそわそわしていた。
「御前本当に直と二人で和歌山へ行く気かい」
「ええ、だって兄さんが承知なんですもの」
「いくら承知でも御母さんが困るから御止しよ」
母の顔のどこかには不安の色が見えた。自分はその不安の出所が兄にあるのか、または嫂と自分にあるか、ちょっと判断に苦しんだ。
「なぜです」と聞いた。
「なぜですって、御前と直と行くのはいけないよ」
「兄さんに悪いと云うんですか」
自分は露骨にこう聞いて見た。
「兄さんに悪いばかりじゃないが……」
「じゃ姉さんだの僕だのに悪いと云うんですか」
自分の問は前よりなお露骨であった。母は黙ってそこに佇ずんでいた。自分は母の表情に珍らしく猜疑の影を見た。
二十七
自分は自分を信じ切り、また愛し切っているとばかり考えていた母の表情を見てたちまち臆した。
「では止します。元々僕の発案で姉さんを誘い出すんじゃない。兄さんが二人で行って来いと云うから行くだけの事です。御母さんが御不承知ならいつでもやめます。その代り御母さんから兄さんに談判して行かないで好いようにして下さい。僕は兄さんに約束があるんだから」
自分はこう答えて、何だかきまりが悪そうに母の前に立っていた。実は母の前を去る勇気が出なかったのである。母は少し途方に暮れた様子であった。しかししまいに思い切ったと見えて、「じゃ兄さんには妾から話をするから、その代り御前はここに待ってておくれ、三階へ一緒に来るとまた事が面倒になるかも知れないから」と云った。
自分は母の後影を見送りながら、事がこんな風に引絡まった日には、とても嫂を連れて和歌山などへ行く気になれない、行ったところで肝心の用は弁じない、どうか母の思い通りに事が変じてくれれば好いがと思った。そうして気の落ちつかない胸を抱いて、広い座敷を右左に目的もなく往ったり来たりした。
やがて三階から兄が下りて来た。自分はその顔をちらりと見た時、これはどうしても行かなければ済まないなとすぐ読んだ。
「二郎、今になって違約して貰っちゃおれが困る。貴様だって男だろう」
自分は時々兄から貴様と呼ばれる事があった。そうしてこの貴様が彼の口から出たときはきっと用心して後難を避けた。
「いえ行くんです。行くんですがお母さんが止せとおっしゃるから」
自分がこう云ってるうちに、母がまた心配そうに三階から下りて来た。そうしてすぐ自分の傍へ寄って、
「二郎お母さんは先刻ああ云ったけれども、よく一郎に聞いて見ると、何だか紀三井寺で約束した事があるとか云う話だから、残念だが仕方ない。やっぱりその約束通りになさい」と云った。
「ええ」
自分はこう答えて、あとは何にも云わない事にした。
やがて母と兄は下に待っている俥に乗って、楼前から右の方へ鉄輪の音を鳴らして去った。
「じゃ僕らもそろそろ出かけましょうかね」と嫂を顧みた時、自分は実際好い心持ではなかった。
「どうです出かける勇気がありますか」と聞いた。
「あなたは」と向も聞いた。
「僕はあります」
「あなたにあれば、妾にだってあるわ」
自分は立って着物を着換え始めた。
嫂は上着を引掛けてくれながら、「あなた何だか今日は勇気がないようね」と調戯い半分に云った。自分は全く勇気がなかった。
二人は電車の出る所まで歩いて行った。あいにく近路を取ったので、嫂の薄い下駄と白足袋が一足ごとに砂の中に潜った。
「歩き悪いでしょう」
「ええ」と云って彼女は傘を手に持ったまま、後を向いて自分の後足を顧みた。自分は赤い靴を砂の中に埋めながら、今日の使命をどこでどう果したものだろうと考えた。考えながら歩くせいか会話は少しも機まない心持がした。
「あなた今日は珍らしく黙っていらっしゃるのね」とついに嫂から注意された。
二十八
自分は嫂と並んで電車に腰を掛けた。けれども大事の用を前に控えているという気が胸にあるので、どうしても機嫌よく話はできなかった。
「なぜそんなに黙っていらっしゃるの」と彼女が聞いた。自分は宿を出てからこう云う意味の質問を彼女からすでに二度まで受けた。それを裏から見ると、二人でもっと面白く話そうじゃありませんかと云う意味も映っていた。
「あなた兄さんにそんな事を云ったことがありますか」
自分の顔はやや真面目であった。嫂はちょっとそれを見て、すぐ窓の外を眺めた。そうして「好い景色ね」と云った。なるほどその時電車の走っていた所は、悪い景色ではなかったけれども、彼女のことさらにそれを眺めた事は明かであった。自分はわざと嫂を呼んで再び前の質問を繰返した。
「なぜそんなつまらない事を聞くのよ」と云った彼女は、ほとんど一顧に価しない風をした。
電車はまた走った。自分は次の停留所へ来る前また執拗く同じ問をかけて見た。
「うるさい方ね」と彼女がついに云った。「そんな事聞いて何になさるの。そりゃ夫婦ですもの、そのくらいな事云った覚はあるでしょうよ。それがどうしたの」
「どうもしやしません。兄さんにもそういう親しい言葉を始終かけて上げて下さいと云うだけです」
彼女は蒼白い頬へ少し血を寄せた。その量が乏しいせいか、頬の奥の方に灯を点けたのが遠くから皮膚をほてらしているようであった。しかし自分はその意味を深くも考えなかった。
和歌山へ着いた時、二人は電車を降りた。降りて始めて自分は和歌山へ始めて来た事を覚った。実はこの地を見物する口実の下に、嫂を連れて来たのだから、形式にもどこか見なければならなかった。
「あらあなたまだ和歌山を知らないの。それでいて妾を連れて来るなんて、ずいぶん呑気ね」
嫂は心細そうに四方を見廻した。自分も何分かきまりが悪かった。
「俥へでも乗って車夫に好い加減な所へ連れて行って貰いましょうか。それともぶらぶら御城の方へでも歩いて行きますか」
「そうね」
嫂は遠くの空を眺めて、近い自分には眼を注がなかった。空はここも海辺と同じように曇っていた。不規則に濃淡を乱した雲が幾重にも二人の頭の上を蔽って、日を直下に受けるよりは蒸し熱かった。その上いつ驟雨が来るか解らないほどに、空の一部分がすでに黒ずんでいた。その黒ずんだ円の四方が暈されたように輝いて、ちょうど今我々が見捨てて来た和歌の浦の見当に、凄じい空の一角を描き出していた。嫂は今その気味の悪い所を眉を寄せて眺めているらしかった。
「降るでしょうか」
自分は固より降るに違ないと思っていた。それでとにかく俥を雇って、見るだけの所を馳け抜けた方が得策だと考えた。自分は直に俥を命じて、どこでも構わないからなるべく早く見物のできるように挽いて廻れと命じた。車夫は要領を得たごとくまた得ないごとく、むやみに駆けた。狭い町へ出たり、例の蓮の咲いている濠へ出たりまた狭い町へ出たりしたが、いっこうこれぞという所はなかった。最後に自分は俥の上で、こう駆けてばかりいては肝心の話ができないと気がついて、車夫にどこかゆっくり坐って話のできる所へ連れて行けと差図した。
二十九
車夫は心得て駆け出した。今までと違って威勢があまり好過ぎると思ううちに、二人の俥は狭い横町を曲って、突然大きな門を潜った。自分があわてて、車夫を呼び留めようとした時、梶棒はすでに玄関に横付になっていた。二人はどうする事もできなかった。その上若い着飾った下女が案内に出たので、二人はついに上るべく余儀なくされた。
「こんな所へ来るはずじゃなかったんですが」と自分はつい言訳らしい事を云った。
「なぜ。だって立派な御茶屋じゃありませんか。結構だわ」と嫂が答えた。その答えぶりから推すと、彼女は最初からこういう料理屋めいた所へでも来るのを予期していたらしかった。
実際嫂のいった通りその座敷は物綺麗にかつ堅牢に出来上っていた。
「東京辺の安料理屋よりかえって好いくらいですね」と自分は柱の木口や床の軸などを見廻した。嫂は手摺の所へ出て、中庭を眺めていた。古い梅の株の下に蘭の茂りが蒼黒い影を深く見せていた。梅の幹にも硬くて細長い苔らしいものがところどころに喰ついていた。
下女が浴衣を持って風呂の案内に来た。自分は風呂に這入る時間が惜しかった。そうして日が暮れはしまいかと心配した。できるならば一刻も早く用を片づけて、約束通り明るい路を浜辺まで帰りたいと念じた。
「どうします姉さん、風呂は」と聞いて見た。
嫂も明るいうちには帰るように兄から兼ねて云いつけられていたので、そこはよく承知していた。彼女は帯の間から時計を出して見た。
「まだ早いのよ、二郎さん。お湯へ這入っても大丈夫だわ」
彼女は時間の遅く見えるのを全く天気のせいにした。もっとも濁った雲が幾重にも空を鎖しているので、時計の時間よりは世の中が暗く見えたのはたしかに違いなかった。自分はまた今にも降り出しそうな雨を恐れた。降るならひとしきりざっと来た後で、帰った方がかえって楽だろうと考えた。
「じゃちょっと汗を流して行きましょうか」
二人はとうとう風呂に入った。風呂から出ると膳が運ばれた。時間からいうと飯には早過ぎた。酒は遠慮したかった。かつ飲める口でもなかった。自分はやむをえず、吸物を吸ったり、刺身を突ついたりした。下女が邪魔になるので、用があれば呼ぶからと云って下げた。
嫂には改まって云い出したものだろうか、またはそれとなく話のついでにそこへ持って行ったものだろうかと思案した。思案し出すとどっちもいいようでまたどっちも悪いようであった。自分は吸物椀を手にしたままぼんやり庭の方を眺めていた。
「何を考えていらっしゃるの」と嫂が聞いた。
「何、降りゃしまいかと思ってね」と自分はいい加減な答をした。
「そう。そんなに御天気が怖いの。あなたにも似合わないのね」
「怖かないけど、もし強雨にでもなっちゃ大変ですからね」
自分がこう云っている内に、雨はぽつりぽつりと落ちて来た。よほど早くからの宴会でもあるのか、向うに見える二階の広間に、二三人紋付羽織の人影が見えた。その見当で芸者が三味線の調子を合わせている音が聞え出した。
宿を出るときすでにざわついていた自分の心は、この時一層落ちつきを失いかけて来た。自分は腹の中で、今日はとてもしんみりした話をする気になれないと恐れた。なぜまたその今日に限って、こんな変な事を引受けたのだろうと後悔もした。
三十
嫂はそんな事に気のつくはずがなかった。自分が雨を気にするのを見て、彼女はかえって不思議そうに詰った。
「何でそんなに雨が気になるの。降れば後が涼しくなって好いじゃありませんか」
「だっていつやむか解らないから困るんです」
「困りゃしないわ。いくら約束があったって、御天気のせいなら仕方がないんだから」
「しかし兄さんに対して僕の責任がありますよ」
「じゃすぐ帰りましょう」
嫂はこう云って、すぐ立ち上った。その様子には一種の決断があらわれていた。向の座敷では客の頭が揃ったのか、三味線の音が雨を隔てて爽かに聞え出した。電灯もすでに輝いた。自分も半ば嫂の決心に促されて、腰を立てかけたが、考えると受合って来た話はまだ一言も口へ出していなかった。後れて帰るのが母や兄にすまないごとく、少しも嫂に肝心の用談を打ち明けないのがまた自分の心にすまなかった。
「姉さんこの雨は容易にやみそうもありませんよ。それに僕は姉さんに少し用談があって来たんだから」
自分は半分空を眺めてまた嫂をふり返った。自分は固よりの事、立ち上った彼女も、まだ帰る仕度は始めなかった。彼女は立ち上ったには、立ち上ったが、自分の様子しだいでその以後の態度を一定しようと、五分の隙間なく身構えているらしく見えた。自分はまた軒端へ首を出して上の方を望んだ。室の位置が中庭を隔てて向うに大きな二階建の広間を控えているため、空はいつものように広くは限界に落ちなかった。したがって雲の往来や雨の降り按排も、一般的にはよく分らなかった。けれども凄まじさが先刻よりは一層はなはだしく庭木を痛振っているのは事実であった。自分は雨よりも空よりも、まずこの風に辟易した。
「あなたも妙な方ね。帰るというからそのつもりで仕度をすれば、また坐ってしまって」
「仕度ってほどの仕度もしないじゃありませんか。ただ立ったぎりでさあ」
自分がこう云った時、嫂はにっこりと笑った。そうして故意と己れの袖や裾のあたりをなるほどといったようなまた意外だと驚いたような眼つきで見廻した。それから微笑を含んでその様子を見ていた自分の前に再びぺたりと坐った。
「何よ用談があるって。妾にそんなむずかしい事が分りゃしないわ。それよりか向うの御座敷の三味線でも聞いてた方が増しよ」
雨は軒に響くというよりもむしろ風に乗せられて、気ままな場所へ叩きつけられて行くような音を起した。その間に三味線の音が気紛れものらしく時々二人の耳を掠め去った。
「用があるなら早くおっしゃいな」と彼女は催促した。
「催促されたってちょっと云える事じゃありません」
自分は実際彼女から促された時、何と切り出して好いか分らなかった。すると彼女はにやにやと笑った。
「あなた取っていくつなの」
「そんなに冷かしちゃいけません。本当に真面目な事なんだから」
「だから早くおっしゃいな」
自分はいよいよ改まって忠告がましい事を云うのが厭になった。そうして彼女の前へ出た今の自分が何だか彼女から一段低く見縊られているような気がしてならなかった。それだのにそこに一種の親しみを感じずにはまたいられなかった。
三十一
「姉さんはいくつでしたっけね」と自分はついに即かぬ事を聞き出した。
「これでもまだ若いのよ。あなたよりよっぽど下のつもりですわ」
自分は始めから彼女の年と自分の年を比較する気はなかった。
「兄さんとこへ来てからもう何年になりますかね」と聞いた。
嫂はただ澄まして「そうね」と云った。
「妾そんな事みんな忘れちまったわ。だいち自分の年さえ忘れるくらいですもの」
嫂のこの恍け方はいかにも嫂らしく響いた。そうして自分にはかえって嬌態とも見えるこの不自然が、真面目な兄にはなはだしい不愉快を与えるのではなかろうかと考えた。
「姉さんは自分の年にさえ冷淡なんですね」
自分はこんな皮肉を何となく云った。しかし云ったときの浮気な心にすぐ気がつくと急に兄にすまない恐ろしさに襲われた。
「自分の年なんかに、いくら冷淡でも構わないから、兄さんにだけはもう少し気をつけて親切にして上げて下さい」
「妾そんなに兄さんに不親切に見えて。これでもできるだけの事は兄さんにして上げてるつもりよ。兄さんばかりじゃないわ。あなたにだってそうでしょう。ねえ二郎さん」
自分は、自分にもっと不親切にして構わないから、兄の方には最少し優しくしてくれろと、頼むつもりで嫂の眼を見た時、また急に自分の甘いのに気がついた。嫂の前へ出て、こう差し向いに坐ったが最後、とうてい真底から誠実に兄のために計る事はできないのだとまで思った。自分は言葉には少しも窮しなかった。どんな言語でも兄のために使おうとすれば使われた。けれどもそれを使う自分の心は、兄のためでなくってかえって自分のために使うのと同じ結果になりやすかった。自分はけっしてこんな役割を引き受けべき人格でなかった。自分は今更のように後悔した。
「あなた急に黙っちまったのね」とその時嫂が云った。あたかも自分の急所を突くように。
「兄さんのために、僕が先刻からあなたに頼んでいる事を、姉さんは真面目に聞いて下さらないから」
自分は恥ずかしい心を抑えてわざとこう云った。すると嫂は変に淋しい笑い方をした。
「だってそりゃ無理よ二郎さん。妾馬鹿で気がつかないから、みんなから冷淡と思われているかも知れないけれど、これで全くできるだけの事を兄さんに対してしている気なんですもの。――妾ゃ本当に腑抜なのよ。ことに近頃は魂の抜殻になっちまったんだから」
「そう気を腐らせないで、もう少し積極的にしたらどうです」
「積極的ってどうするの。御世辞を使うの。妾御世辞は大嫌いよ。兄さんも御嫌いよ」
「御世辞なんか嬉しがるものもないでしょうけれども、もう少しどうかしたら兄さんも幸福でしょうし、姉さんも仕合せだろうから……」
「よござんす。もう伺わないでも」と云った嫂は、その言葉の終らないうちに涙をぽろぽろと落した。
「妾のような魂の抜殻はさぞ兄さんには御気に入らないでしょう。しかし私はこれで満足です。これでたくさんです。兄さんについて今まで何の不足を誰にも云った事はないつもりです。そのくらいの事は二郎さんもたいてい見ていて解りそうなもんだのに……」
泣きながら云う嫂の言葉は途切れ途切れにしか聞こえなかった。しかしその途切れ途切れの言葉が鋭い力をもって自分の頭に応えた。
三十二
自分は経験のある或る年長者から女の涙に金剛石はほとんどない、たいていは皆ギヤマン細工だとかつて教わった事がある。その時自分はなるほどそんなものかと思って感心して聞いていた。けれどもそれは単に言葉の上の智識に過ぎなかった。若輩な自分は嫂の涙を眼の前に見て、何となく可憐に堪えないような気がした。ほかの場合なら彼女の手を取って共に泣いてやりたかった。
「そりゃ兄さんの気むずかしい事は誰にでも解ってます。あなたの辛抱も並大抵じゃないでしょう。けれども兄さんはあれで潔白すぎるほど潔白で正直すぎるほど正直な高尚な男です。敬愛すべき人物です……」
「二郎さんに何もそんな事を伺わないでも兄さんの性質ぐらい妾だって承知しているつもりです。妻ですもの」
嫂はこう云ってまたしゃくり上げた。自分はますます可哀そうになった。見ると彼女の眼を拭っていた小形の手帛が、皺だらけになって濡れていた。自分は乾いている自分ので彼女の眼や頬を撫でてやるために、彼女の顔に手を出したくてたまらなかった。けれども、何とも知れない力がまたその手をぐっと抑えて動けないように締めつけている感じが強く働いた。
「正直なところ姉さんは兄さんが好きなんですか、また嫌なんですか」
自分はこう云ってしまった後で、この言葉は手を出して嫂の頬を、拭いてやれない代りに自然口の方から出たのだと気がついた。嫂は手帛と涙の間から、自分の顔を覗くように見た。
「二郎さん」
「ええ」
この簡単な答は、あたかも磁石に吸われた鉄の屑のように、自分の口から少しの抵抗もなく、何らの自覚もなく釣り出された。
「あなた何の必要があってそんな事を聞くの。兄さんが好きか嫌いかなんて。妾が兄さん以外に好いてる男でもあると思っていらっしゃるの」
「そういう訳じゃけっしてないんですが」
「だから先刻から云ってるじゃありませんか。私が冷淡に見えるのは、全く私が腑抜のせいだって」
「そう腑抜をことさらに振り舞わされちゃ困るね。誰も宅のものでそんな悪口を云うものは一人もないんですから」
「云わなくっても腑抜よ。よく知ってるわ、自分だって。けど、これでも時々は他から親切だって賞められる事もあってよ。そう馬鹿にしたものでもないわ」
自分はかつて大きなクッションに蜻蛉だの草花だのをいろいろの糸で、嫂に縫いつけて貰った御礼に、あなたは親切だと感謝した事があった。
「あれ、まだ有るでしょう綺麗ね」と彼女が云った。
「ええ。大事にして持っています」と自分は答えた。自分は事実だからこう答えざるを得なかった。こう答える以上、彼女が自分に親切であったという事実を裏から認識しない訳に行かなかった。
ふと耳を欹てると向うの二階で弾いていた三味線はいつの間にかやんでいた。残り客らしい人の酔った声が時々風を横切って聞こえた。もうそれほど遅くなったのかと思って、時計を捜し出しにかかったところへ女中が飛石伝に縁側から首を出した。
自分らはこの女中を通じて、和歌の浦が今暴風雨に包まれているという事を知った。電話が切れて話が通じないという事を知った。往来の松が倒れて電車が通じないという事も知った。
三十三
自分はその時急に母や兄の事を思い出した。眉を焦す火のごとく思い出した。狂う風と渦巻く浪に弄ばれつつある彼らの宿が想像の眼にありありと浮んだ。
「姉さん大変な事になりましたね」と自分は嫂を顧みた。嫂はそれほど驚いた様子もなかった。けれども気のせいか、常から蒼い頬が一層蒼いように感ぜられた。その蒼い頬の一部と眼の縁に先刻泣いた痕跡がまだ残っていた。嫂はそれを下女に悟られるのが厭なんだろう、電灯に疎い不自然な方角へ顔を向けて、わざと入口の方を見なかった。
「和歌の浦へはどうしても帰られないんでしょうか」と云った。
見当違いの方から出たこの問は、自分に云うのか、または下女に聞くのか、ちょっと解らなかった。
「俥でも駄目だろうね」と自分が同じような問を下女に取次いだ。
下女は駄目という言葉こそ繰返さなかったが、危険な意味を反覆説明して、聞かせた上、是非今夜だけは和歌山へ泊れと忠告した。彼女の顔はむしろわれわれ二人の利害を標的にして物を云ってるらしく真面目に見えた。自分は下女の言葉を信ずれば信ずるほど母の事が気になった。
防波堤と母の宿との間にはかれこれ五六町の道程があった。波が高くて少し土手を越すくらいなら、容易に三階の座敷まで来る気遣いはなかろうとも考えた。しかしもし海嘯が一度に寄せて来るとすると、……
「おい海嘯であすこいらの宿屋がすっかり波に攫われる事があるかい」
自分は本当に心配の余り下女にこう聞いた。下女はそんな事はないと断言した。しかし波が防波堤を越えて土手下へ落ちてくるため、中が湖水のようにいっぱいになる事は二三度あったと告げた。
「それにしたって、水に浸った家は大変だろう」と自分はまた聞いた。
下女は、高々水の中で家がぐるぐる回るくらいなもので、海まで持って行かれる心配はまずあるまいと答えた。この呑気な答えが心配の中にも自分を失笑せしめた。
「ぐるぐる回りゃそれでたくさんだ。その上海まで持ってかれた日にゃ好い災難じゃないか」
下女は何とも云わずに笑っていた。嫂も暗い方から電灯をまともに見始めた。
「姉さんどうします」
「どうしますって、妾女だからどうして好いか解らないわ。もしあなたが帰るとおっしゃれば、どんな危険があったって、妾いっしょに行くわ」
「行くのは構わないが、――困ったな。じゃ今夜は仕方がないからここへ泊るとしますか」
「あなたが御泊りになれば妾も泊るよりほかに仕方がないわ。女一人でこの暗いのにとても和歌の浦まで行く訳には行かないから」
下女は今まで勘違をしていたと云わぬばかりの眼遣をして二人を見較べた。
「おい電話はどうしても通じないんだね」と自分はまた念のため聞いて見た。
「通じません」
自分は電話口へ出て直接に試みて見る勇気もなかった。
「じゃしようがない泊ることにきめましょう」と今度は嫂に向った。
「ええ」
彼女の返事はいつもの通り簡単でそうして落ちついていた。
「町の中なら俥が通うんだね」と自分はまた下女に向った。
三十四
二人はこれから料理屋で周旋してくれた宿屋まで行かなければならなかった。仕度をして玄関を下りた時、そこに輝く電灯と、車夫の提灯とが、雨の音と風の叫びに冴えて、あたかも闇に狂う物凄さを照らす道具のように思われた。嫂はまず色の眼につくあでやかな姿を黒い幌の中へ隠した。自分もつづいて窮屈な深い桐油の中に身体を入れた。
幌の中に包まれた自分はほとんど往来の凄じさを見る遑がなかった。自分の頭はまだ経験した事のない海嘯というものに絶えず支配された。でなければ、意地の悪い天候のお蔭で、自分が兄の前で一徹に退けた事を、どうしても実行しなければならなくなった運命をつらく観じた。自分の頭は落ちついて想像したり観じたりするほどの余裕を無論もたなかった。ただ乱雑な火事場のように取留めもなくくるくる廻転した。
そのうち俥の梶棒が一軒の宿屋のような構の門口へ横づけになった。自分は何だか暖簾を潜って土間へ這入ったような気がしたがたしかには覚えていない。土間は幅の割に竪からいってだいぶ長かった。帳場も見えず番頭もいず、ただ一人の下女が取次に出ただけで、宵の口としては至って淋しい光景であった。
自分達は黙ってそこに突立っていた。自分はなぜだか嫂に話したくなかった。彼女も澄まして絹張の傘の先を斜に土間に突いたなりで立っていた。
下女の案内で二人の通された部屋は、縁側を前に御簾のような簀垂を軒に懸けた古めかしい座敷であった。柱は時代で黒く光っていた。天井にも煤の色が一面に見えた。嫂は例の傘を次の間の衣桁に懸けて、「ここは向うが高い棟で、こっちが厚い練塀らしいから風の音がそんなに聞えないけれど、先刻俥へ乗った時は大変ね。幌の上でひゅひゅいうのが気味が悪かったぐらいよ。あなた風の重みが俥の幌に乗しかかって来るのが乗ってて分ったでしょう。妾もう少しで俥が引っ繰返るかも知れないと思ったわ」と云った。
自分は少し逆上していたので、そんな事はよく注意していられなかった。けれどもその通りを真直に答えるほどの勇気もなかった。
「ええずいぶんな風でしたね」とごまかした。
「ここでこのくらいじゃ、和歌の浦はさぞ大変でしょうね」と嫂が始めて和歌の浦の事を云い出した。
自分は胸がまたわくわくし出した。「姐さんここの電話も切れてるのかね」と云って、答えも待たずに風呂場に近い電話口まで行った。そこで帳面を引っ繰返しながら、号鈴をしきりに鳴らして、母と兄の泊っている和歌の浦の宿へかけて見た。すると不思議に向うで二言三言何か云ったような気がするので、これはありがたいと思いつつなお暴風雨の模様を聞こうとすると、またさっぱり通じなくなった。それから何遍もしもしと呼んでもいくら号鈴を鳴らしても、呼び甲斐も鳴らし甲斐も全く無くなったので、ついに我を折ってわが部屋へ引き戻して来た。嫂は蒲団の上に坐って茶を啜っていたが、自分の足音を聴きつつふり返って、「電話はどうして? 通じて?」と聞いた。自分は電話について今の一部始終を説明した。
「おおかたそんな事だろうと思った。とても駄目よ今夜は。いくらかけたって、風で電話線を吹き切っちまったんだから。あの音を聞いたって解るじゃありませんか」
風はどこからか二筋に綯れて来たのが、急に擦違になって唸るような怪しい音を立てて、また虚空遥に騰るごとくに見えた。
三十五
二人が風に耳を峙だてていると、下女が風呂の案内に来た。それから晩食を食うかと聞いた。自分は晩食などを欲しいと思う気になれなかった。
「どうします」と嫂に相談して見た。
「そうね。どうでもいいけども。せっかく泊ったもんだから、御膳だけでも見た方がいいでしょう」と彼女は答えた。
下女が心得て立って行ったかと思うと、宅中の電灯がぱたりと消えた。黒い柱と煤けた天井でたださえ陰気な部屋が、今度は真暗になった。自分は鼻の先に坐っている嫂を嗅げば嗅がれるような気がした。
「姉さん怖かありませんか」
「怖いわ」という声が想像した通りの見当で聞こえた。けれどもその声のうちには怖らしい何物をも含んでいなかった。またわざと怖がって見せる若々しい蓮葉の態度もなかった。
二人は暗黒のうちに坐っていた。動かずにまた物を云わずに、黙って坐っていた。眼に色を見ないせいか、外の暴風雨は今までよりは余計耳についた。雨は風に散らされるのでそれほど恐ろしい音も伝えなかったが、風は屋根も塀も電柱も、見境なく吹き捲って悲鳴を上げさせた。自分達の室は地面の上の穴倉みたような所で、四方共頑丈な建物だの厚い塗壁だのに包まれて、縁の前の小さい中庭さえ比較的安全に見えたけれども、周囲一面から出る一種凄じい音響は、暗闇に伴って起る人間の抵抗しがたい不可思議な威嚇であった。
「姉さんもう少しだから我慢なさい。今に女中が灯を持って来るでしょうから」
自分はこう云って、例の見当から嫂の声が自分の鼓膜に響いてくるのを暗に予期していた。すると彼女は何事をも答えなかった。それが漆に似た暗闇の威力で、細い女の声さえ通らないように思われるのが、自分には多少無気味であった。しまいに自分の傍にたしかに坐っているべきはずの嫂の存在が気にかかり出した。
「姉さん」
嫂はまだ黙っていた。自分は電気灯の消えない前、自分の向うに坐っていた嫂の姿を、想像で適当の距離に描き出した。そうしてそれを便りにまた「姉さん」と呼んだ。
「何よ」
彼女の答は何だか蒼蠅そうであった。
「いるんですか」
「いるわあなた。人間ですもの。嘘だと思うならここへ来て手で障って御覧なさい」
自分は手捜りに捜り寄って見たい気がした。けれどもそれほどの度胸がなかった。そのうち彼女の坐っている見当で女帯の擦れる音がした。
「姉さん何かしているんですか」と聞いた。
「ええ」
「何をしているんですか」と再び聞いた。
「先刻下女が浴衣を持って来たから、着換えようと思って、今帯を解いているところです」と嫂が答えた。
自分が暗闇で帯の音を聞いているうちに、下女は古風な蝋燭を点けて縁側伝いに持って来た。そうしてそれを座敷の床の横にある机の上に立てた。蝋燭の焔がちらちら右左へ揺れるので、黒い柱や煤けた天井はもちろん、灯の勢の及ぶ限りは、穏かならぬ薄暗い光にどよめいて、自分の心を淋しく焦立たせた。ことさら床に掛けた軸と、その前に活けてある花とが、気味の悪いほど目立って蝋燭の灯の影響を受けた。自分は手拭を持って、また汗を流しに風呂へ行った。風呂は怪しげなカンテラで照らされていた。
三十六
自分は佗びしい光でやっと見分のつく小桶を使ってざあざあ背中を流した。出がけにまた念のためだから電話をちりんちりん鳴らして見たがさらに通じる気色がないのでやめた。
嫂は自分と入れ代りに風呂へ入ったかと思うとすぐ出て来た。「何だか暗くって気味が悪いのね。それに桶や湯槽が古いんでゆっくり洗う気にもなれないわ」
その時自分は畏まった下女を前に置いて蝋燭の灯を便に宿帳をつけべく余儀なくされていた。
「姉さん宿帳はどうつけたら好いでしょう」
「どうでも。好い加減に願います」
嫂はこう云って小さい袋から櫛やなにか這入っている更紗の畳紙を出し始めた。彼女は後向になって蝋燭を一つ占領して鏡台に向いつつ何かやっていた。自分は仕方なしに東京の番地と嫂の名を書いて、わざと傍に一郎妻と認めた。同様の意味で自分の側にも一郎弟とわざわざ断った。
飯の出る前に、何の拍子か、先に暗くなった電灯がまた一時に明るくなった。その時台所の方でわあと喜びの鬨の声を挙げたものがあった。暴風雨で魚がないと下女が言訳を云ったにかかわらず、われわれの膳の上は明かであった。
「まるで生返ったようね」と嫂が云った。
すると電灯がまたぱっと消えた。自分は急に箸を消えたところに留めたぎり、しばらく動かさなかった。
「おやおや」
下女は大きな声をして朋輩の名を呼びながら灯火を求めた。自分は電気灯がぱっと明るくなった瞬間に嫂が、いつの間にか薄く化粧を施したという艶かしい事実を見て取った。電灯の消えた今、その顔だけが真闇なうちにもとの通り残っているような気がしてならなかった。
「姉さんいつ御粧したんです」
「あら厭だ真闇になってから、そんな事を云いだして。あなたいつ見たの」
下女は暗闇で笑い出した。そうして自分の眼ざとい事を賞めた。
「こんな時に白粉まで持って来るのは実に細かいですね、姉さんは」と自分はまた暗闇の中で嫂に云った。
「白粉なんか持って来やしないわ。持って来たのはクリームよ、あなた」と彼女はまた暗闇の中で弁解した。
自分は暗がりの中で、しかも下女のいる前で、こんな冗談を云うのが常よりは面白かった。そこへ彼女の朋輩がまた別の蝋燭を二本ばかり点けて来た。
室の中は裸蝋燭の灯で渦を巻くように動揺した。自分も嫂も眉を顰めて燃える焔の先を見つめていた。そうして落ちつきのない淋しさとでも形容すべき心持を味わった。
ほどなく自分達は寝た。便所に立った時、自分は窓の間から空を仰ぐように覗いて見た。今まで多少静まっていた暴風雨が、この時は夜更と共に募ったものか、真黒な空が真黒いなりに活動して、瞬間も休まないように感ぜられた。自分は恐ろしい空の中で、黒い電光が擦れ合って、互に黒い針に似たものを隙間なく出しながら、この暗さを大きな音の中に維持しているのだと想像し、かつその想像の前に畏縮した。
蚊帳の外には蝋燭の代りに下女が床を延べた時、行灯を置いて行った。その行灯がまた古風な陰気なもので、いっそ吹き消して闇がりにした方が、微かな光に照らされる無気味さよりはかえって心持が好いくらいだった。自分は燐寸を擦って、薄暗い所で煙草を呑み始めた。
三十七
自分は先刻から少しも寝なかった。小用に立って、一本の紙巻を吹かす間にもいろいろな事を考えた。それが取りとめもなく雑然と一度に来るので、自分にも何が主要の問題だか捕えられなかった。自分は燐寸を擦って煙草を呑んでいる事さえ時々忘れた。しかもそこに気がついて、再び吸口を唇に銜える時の煙の無味さはまた特別であった。
自分の頭の中には、今見て来た正体の解らない黒い空が、凄まじく一様に動いていた。それから母や兄のいる三階の宿が波を幾度となく被って、くるりくるりと廻り出していた。それが片づかないうちに、この部屋の中に寝ている嫂の事がまた気になり出した。天災とは云え二人でここへ泊った言訳をどうしたものだろうと考えた。弁解してから後、兄の機嫌をどうして取り直したものだろうとも考えた。同時に今日嫂といっしょに出て、滅多にないこんな冒険を共にした嬉しさがどこからか湧いて出た。その嬉しさが出た時、自分は風も雨も海嘯も母も兄もことごとく忘れた。するとその嬉しさがまた俄然として一種の恐ろしさに変化した。恐ろしさと云うよりも、むしろ恐ろしさの前触であった。どこかに潜伏しているように思われる不安の徴候であった。そうしてその時は外面を狂い廻る暴風雨が、木を根こぎにしたり、塀を倒したり、屋根瓦を捲くったりするのみならず、今薄暗い行灯〈[#ルビの「あんどん」は底本では「あんどう」]〉の下で味のない煙草を吸っているこの自分を、粉微塵に破壊する予告のごとく思われた。
自分がこんな事をぐるぐる考えているうちに、蚊帳の中に死人のごとくおとなしくしていた嫂が、急に寝返をした。そうして自分に聞えるように長い欠伸をした。
「姉さんまだ寝ないんですか」と自分は煙草の煙の間から嫂に聞いた。
「ええ、だってこの吹き降りじゃ寝ようにも寝られないじゃありませんか」
「僕もあの風の音が耳についてどうする事もできない。電灯の消えたのは、何でもここいら近所にある柱が一本とか二本とか倒れたためだってね」
「そうよ、そんな事を先刻下女が云ったわね」
「御母さんと兄さんはどうしたでしょう」
「妾も先刻からその事ばかり考えているの。しかしまさか浪は這入らないでしょう。這入ったって、あの土手の松の近所にある怪しい藁屋ぐらいなものよ。持ってかれるのは。もし本当の海嘯が来てあすこ界隈をすっかり攫って行くんなら、妾本当に惜しい事をしたと思うわ」
「なぜ」
「なぜって、妾そんな物凄いところが見たいんですもの」
「冗談じゃない」と自分は嫂の言葉をぶった切るつもりで云った。すると嫂は真面目に答えた。
「あら本当よ二郎さん。妾死ぬなら首を縊ったり咽喉を突いたり、そんな小刀細工をするのは嫌よ。大水に攫われるとか、雷火に打たれるとか、猛烈で一息な死に方がしたいんですもの」
自分は小説などをそれほど愛読しない嫂から、始めてこんなロマンチックな言葉を聞いた。そうして心のうちでこれは全く神経の昂奮から来たに違いないと判じた。
「何かの本にでも出て来そうな死方ですね」
「本に出るか芝居でやるか知らないが、妾ゃ真剣にそう考えてるのよ。嘘だと思うならこれから二人で和歌の浦へ行って浪でも海嘯でも構わない、いっしょに飛び込んで御目にかけましょうか」
「あなた今夜は昂奮している」と自分は慰撫めるごとく云った。
「妾の方があなたよりどのくらい落ちついているか知れやしない。たいていの男は意気地なしね、いざとなると」と彼女は床の中で答えた。
三十八
自分はこの時始めて女というものをまだ研究していない事に気がついた。嫂はどこからどう押しても押しようのない女であった。こっちが積極的に進むとまるで暖簾のように抵抗がなかった。仕方なしにこっちが引き込むと、突然変なところへ強い力を見せた。その力の中にはとても寄りつけそうにない恐ろしいものもあった。またはこれなら相手にできるから進もうかと思って、まだ進みかねている中に、ふっと消えてしまうのもあった。自分は彼女と話している間始終彼女から翻弄されつつあるような心持がした。不思議な事に、その翻弄される心持が、自分に取って不愉快であるべきはずだのに、かえって愉快でならなかった。
彼女は最後に物凄い決心を語った。海嘯に攫われて行きたいとか、雷火に打たれて死にたいとか、何しろ平凡以上に壮烈な最後を望んでいた。自分は平生から(ことに二人でこの和歌山に来てから)体力や筋力において遥に優勢な位地に立ちつつも、嫂に対してはどことなく無気味な感じがあった。そうしてその無気味さがはなはだ狎れやすい感じと妙に相伴っていた。
自分は詩や小説にそれほど親しみのない嫂のくせに、何に昂奮して海嘯に攫われて死にたいなどと云うのか、そこをもっと突きとめて見たかった。
「姉さんが死ぬなんて事を云い出したのは今夜始めてですね」
「ええ口へ出したのは今夜が始めてかも知れなくってよ。けれども死ぬ事は、死ぬ事だけはどうしたって心の中で忘れた日はありゃしないわ。だから嘘だと思うなら、和歌の浦まで伴れて行ってちょうだい。きっと浪の中へ飛込んで死んで見せるから」
薄暗い行灯の下で、暴風雨の音の間にこの言葉を聞いた自分は、実際物凄かった。彼女は平生から落ちついた女であった。歇私的里風なところはほとんどなかった。けれども寡言な彼女の頬は常に蒼かった。そうしてどこかの調子で眼の中に意味の強い解すべからざる光が出た。
「姉さんは今夜よっぽどどうかしている。何か昂奮している事でもあるんですか」
自分は彼女の涙を見る事はできなかった。また彼女の泣き声を聞く事もできなかった。けれども今にもそこに至りそうな気がするので、暗い行灯の光を便りに、蚊帳の中を覗いて見た。彼女は赤い蒲団を二枚重ねてその上に縁を取った白麻の掛蒲団を胸の所まで行儀よく掛けていた。自分が暗い灯でその姿を覗き込んだ時、彼女は枕を動かして自分の方を見た。
「あなた昂奮昂奮って、よくおっしゃるけれども妾ゃあなたよりいくら落ちついてるか解りゃしないわ。いつでも覚悟ができてるんですもの」
自分は何と答うべき言葉も持たなかった。黙って二本目の敷島を暗い灯影で吸い出した。自分はわが鼻と口から濛々と出る煙ばかりを眺めていた。自分はその間に気味のわるい眼を転じて、時々蚊帳の中を窺った。嫂の姿は死んだように静であった。あるいはすでに寝ついたのではないかとも思われた。すると突然仰向けになった顔の中から、「二郎さん」と云う声が聞こえた。
「何ですか」と自分は答えた。
「あなたそこで何をしていらっしゃるの」
「煙草を呑んでるんです。寝られないから」
「早く御休みなさいよ。寝られないと毒だから」
「ええ」
自分は蚊帳の裾を捲くって、自分の床の中に這入った。
三十九
翌日は昨日と打って変って美しい空を朝まだきから仰ぐ事を得た。
「好い天気になりましたね」と自分は嫂に向って云った。
「本当ね」と彼女も答えた。
二人はよく寝なかったから、夢から覚めたという心持はしなかった。ただ床を離れるや否や魔から覚めたという感じがしたほど、空は蒼く染められていた。
自分は朝飯の膳に向いながら、廂を洩れる明らかな光を見て、急に気分の変化に心づいた。したがって向い合っている嫂の姿が昨夕の嫂とは全く異なるような心持もした。今朝見ると彼女の眼にどこといって浪漫的な光は射していなかった。ただ寝の足りない眶が急に爽かな光に照らされて、それに抵抗するのがいかにも慵いと云ったような一種の倦怠るさが見えた。頬の蒼白いのも常に変らなかった。
我々はできるだけ早く朝飯を済まして宿を立った。電車はまだ通じないだろうという宿のものの注意を信用して俥を雇った。車夫は土間から表に出た我々を一目見て、すぐ夫婦ものと鑑定したらしかった。俥に乗るや否や自分の梶棒を先へ上げた。自分はそれをとめるように、「後から後から」と云った。車夫は心得て「奥さんの方が先だ」と相図した。嫂の俥が自分の傍を擦り抜ける時、彼女は例の片靨を見せて「御先へ」と挨拶した。自分は「さあどうぞ」と云ったようなものの、腹の中では車夫の口にした奥さんという言葉が大いに気になった。嫂はそんな景色もなく、自分を乗り越すや否や、琥珀に刺繍のある日傘を翳した。彼女の後姿はいかにも涼しそうに見えた。奥さんと云われても云われないでも全く無関係の態度で、俥の上に澄まして乗っているとしか思われなかった。
自分は嫂の後姿を見つめながら、また彼女の人となりに思い及んだ。自分は平生こそ嫂の性質を幾分かしっかり手に握っているつもりであったが、いざ本式に彼女の口から本当のところを聞いて見ようとすると、まるで八幡の藪知らずへ這入ったように、すべてが解らなくなった。
すべての女は、男から観察しようとすると、みんな正体の知れない嫂のごときものに帰着するのではあるまいか。経験に乏しい自分はこうも考えて見た。またその正体の知れないところがすなわち他の婦人に見出しがたい嫂だけの特色であるようにも考えて見た。とにかく嫂の正体は全く解らないうちに、空が蒼々と晴れてしまった。自分は気の抜けた麦酒のような心持を抱いて、先へ行く彼女の後姿を絶えず眺めていた。
突然自分は宿へ帰ってから嫂について兄に報告をする義務がまだ残っている事に気がついた。自分は何と報告して好いかよく解らなかった。云うべき言葉はたくさんあったけれども、それを一々兄の前に並べるのはとうてい自分の勇気ではできなかった。よし並べたって最後の一句は正体が知れないという簡単な事実に帰するだけであった。あるいは兄自身も自分と同じく、この正体を見届ようと煩悶し抜いた結果、こんな事になったのではなかろうか。自分は自分がもし兄と同じ運命に遭遇したら、あるいは兄以上に神経を悩ましはしまいかと思って、始めて恐ろしい心持がした。
俥が宿へ着いたとき、三階の縁側には母の影も兄の姿も見えなかった。
四十
兄は三階の日に遠い室で例の黒い光沢のある頭を枕に着けて仰向きになっていた。けれども眠ってはいなかった。むしろ充血した眼を見張るように緊張して天井を見つめていた。彼は自分達の足音を聞くや否や、いきなりその血走った眼を自分と嫂に注いだ。自分は兼てからその眼つきを予想し得なかったほど兄を知らない訳でもなかった。けれども室の入口で嫂と相並んで立ちながら、昨夕まんじりともしなかったと自白しているような彼の赤くて鋭い眼つきを見た時は、少し驚かされた。自分はこういう場合の緩和剤として例の通り母を求めた。その母は座敷の中にも縁側にもどこにも見当らなかった。
自分が彼女を探しているうちに嫂は兄の枕元に坐って挨拶をした。
「ただいま」
兄は何とも答えなかった。嫂はまた坐ったなりそこを動かなかった。自分は勢いとして口を開くべく余儀なくされた。
「昨夕こっちは大変な暴風雨でしたってね」
「うんずいぶんひどい風だった」
「波があの石の土手を越して松並木から下へ流れ込んだの」
これは嫂の言葉であった。兄はしばらく彼女の顔を眺めていた。それから徐ろに答えた。
「いやそうでもない。家に故障はなかったはずだ」
「じゃ。無理に帰れば帰れたのね」
嫂はこう云って自分を顧みた。自分は彼女よりもむしろ兄の方に向いた。
「いやとても帰れなかったんです。電車がだいち通じないんですもの」
「そうかも知れない。昨日は夕方あたりからあの波が非常に高く見えたから」
「夜中に宅が揺れやしなくって」
これも嫂の兄に聞いた問であった。今度は兄がすぐ答えた。
「揺れた。お母さんは危険だからと云って下へ降りて行かれたくらい揺れた」
自分は兄の眼色の険悪な割合に、それほど殺気を帯びていない彼の言語動作をようよう確め得た時やっと安心した。彼は自分の性急に比べると約五倍がたの癇癪持であった。けれども一種天賦の能力があって、時にその癇癪を巧に殺す事ができた。
その内に明神様へ御参りに行った母が帰って来た。彼女は自分の顔を見てようやく安心したというような色をしてくれた。
「よく早く帰れて好かったね。――まあ昨夕の恐ろしさったら、そりゃ御話にも何にもならないんだよ、二郎。この柱がぎいぎいって鳴るたんびに、座敷が右左に動くんだろう。そこへ持って来て、あの浪の音がね。――わたしゃ今聞いても本当にぞっとするよ……」
母は昨夕の暴風雨をひどく怖がった。ことにその聯想から出る、防波堤を砕きにかかる浪の音を嫌った。
「もうもう和歌の浦も御免。海も御免。慾も得も要らないから、早く東京へ帰りたいよ」
母はこう云って眉をひそめた。兄は肉のない頬へ皺を寄せて苦笑した。
「二郎達は昨夕どこへ泊ったんだい」と聞いた。
自分は和歌山の宿の名を挙げて答えた。
「好い宿かい」
「何だかかんだか、ただ暗くって陰気なだけです。ねえ姉さん」
その時兄は走るような眼を嫂に転じた。
嫂はただ自分の顔を見て「まるでお化でも出そうな宅ね」と云った。
日の夕暮に自分は嫂と階段の下で出逢った。その時自分は彼女に「どうです、兄さんは怒ってるんでしょうか」と聞いて見た。嫂は「どうだか腹の中はちょっと解らないわ」と淋しく笑いながら上へ昇って行った。
四十一
母が暴風雨に怖気がついて、早く立とうと云うのを機に、みんなここを切上げて一刻も早く帰る事にした。
「いかな名所でも一日二日は好いが、長くなるとつまらないですね」と兄は母に同意していた。
母は自分を小蔭へ呼んで、「二郎お前どうするつもりだい」と聞いた。自分は自分の留守中に兄が万事を母に打ち明けたのかと思った。しかし兄の平生から察すると、そんな行き抜けの人となりでもなさそうであった。
「兄さんは昨夕僕らが帰らないんで、機嫌でも悪くしているんですか」
自分がこう質問をかけた時、母は少しの間黙っていた。
「昨夕はね、知っての通りの浪や風だから、そんな話をする閑も無かったけれども……」
母はどうしてもそこまでしか云わなかった。
「お母さんは何だか僕と嫂さんの仲を疑ぐっていらっしゃるようだが……」と云いかけると、今まで自分の眼をじっと見ていた母は急に手を振って自分を遮った。
「そんな事があるものかねお前、お母さんに限って」
母の言葉は実際判然した言葉に違なかった。顔つきも眼つきもきびきびしていた。けれども彼女の腹の中はとても読めなかった。自分は親身の子として、時たま本当の父や母に向いながら嘘と知りつつ真顔で何か云い聞かされる事を覚えて以来、世の中で本式の本当を云い続けに云うものは一人もないと諦めていた。
「兄さんには僕から万事話す事になっています。そう云う約束になってるんだから、お母さんが心配なさる必要はありません。安心していらっしゃい」
「じゃなるべく早く片づけた方が好いよ二郎」
自分達はその明くる宵の急行で東京へ帰る事にきめていた。実はまだ大阪を中心として、見物かたがた歩くべき場所はたくさんあったけれども、母の気が進まず、兄の興味が乗らず、大阪で中継をする時間さえ惜んで、すぐ東京まで寝台で通そうと云うのが母と兄の主張であった。
自分達は是非共翌日の朝の汽車で和歌山から大阪へ向けて立たなければならなかった。自分は母の命令で岡田の宅まで電報を打った。
「佐野さんへはかける必要もないでしょう」と云いながら自分は母と兄の顔を眺めた。
「あるまい」と兄が答えた。
「岡田へさえ打っておけば、佐野さんはうっちゃっておいてもきっと送りに来てくれるよ」
自分は電報紙を持ちながら、是非共お貞さんを貰いたいという佐野のお凸額とその金縁眼鏡を思い出した。
「ではあのお凸額さんは止めておこう」
自分はこう云って、みんなを笑わせた。自分がとうから佐野の御凸額を気にしていたごとく、ほかのものも同じ人の同じ特色を注意していたらしかった。
「写真で見たより御凸額ね」と嫂は真面目な顔で云った。
自分は冗談のうちに自分を紛しつつ、どんな折を利用して嫂の事を兄に復命したものだろうかと考えていた。それで時々偸むようにまた先方の気のつかないように兄の様子を見た。ところが兄は自分の予期に反して、全くそれには無頓着のように思われた。
四十二
自分が兄から別室に呼出されたのはそれが済んでしばらくしてであった。その時兄は常に変らない様子をして、(嫂に評させると常に変らない様子を装って、)「二郎ちょっと話がある。あっちの室へ来てくれ」と穏かに云った。自分はおとなしく「はい」と答えて立った。しかしどうした機か立つときに嫂の顔をちょっと見た。その時は何の気もつかなかったが、この平凡な所作がその後自分の胸には絶えず驕慢の発現として響いた。嫂は自分と顔を合せた時、いつもの通り片靨を見せて笑った。自分と嫂の眼を他から見たら、どこかに得意の光を帯びていたのではあるまいか。自分は立ちながら、次の室で浴衣を畳んでいた母の方をちょっと顧て、思わず立竦んだ。母の眼つきは先刻からたった一人でそっと我々を観察していたとしか見えなかった。自分は母から疑惑の矢を胸に射つけられたような気分で兄のいる室へ這入った。
その頃はちょうど旧暦の盆で、いわゆる盆波の荒いためか、泊り客は無論、日返りの遊び客さえいつもほどは影を見せなかった。広い三階建てはしたがって空いている室の方が多かった。少しの間融通しようと思えば、いつでも自分の自由になった。
兄は兼てから下女に命じておいたものと見えて、室には麻の蒲団が差し向いに二枚、華奢な煙草盆を間に、団扇さえ添えて据えられてあった。自分は兄の前に坐った。けれども何と云い出して然るべきだか、その手加減がちょっと解らないので、ただ黙っていた。兄も容易に口を開かなかった。しかしこんな場合になると性質上きっと兄の方から積極的に出るに違いないと踏んだ自分は、わざと巻莨を吹かしつづけた。
自分はこの時の自分の心理状態を解剖して、今から顧みると、兄に調戯うというほどでもないが、多少彼を焦らす気味でいたのはたしかであると自白せざるを得ない。もっとも自分がなぜそれほど兄に対して大胆になり得たかは、我ながら解らない。恐らく嫂の態度が知らぬ間に自分に乗り移っていたものだろう。自分は今になって、取り返す事も償う事もできないこの態度を深く懺悔したいと思う。
自分が巻莨を吹かして黙っていると兄ははたして「二郎」と呼びかけた。
「お前直の性質が解ったかい」
「解りません」
自分は兄の問の余りに厳格なため、ついこう簡単に答えてしまった。そうしてそのあまりに形式的なのに後から気がついて、悪かったと思い返したが、もう及ばなかった。
兄はその後一口も聞きもせず、また答えもしなかった。二人こうして黙っている間が、自分には非常な苦痛であった。今考えると兄には、なおさらの苦痛であったに違ない。
「二郎、おれはお前の兄として、ただ解りませんという冷淡な挨拶を受けようとは思わなかった」
兄はこう云った。そうしてその声は低くかつ顫えていた。彼は母の手前、宿の手前、また自分の手前と問題の手前とを兼ねて、高くなるべきはずの咽喉を、やっとの思いで抑えているように見えた。
「お前そんな冷淡な挨拶を一口したぎりで済むものと、高を括ってるのか、子供じゃあるまいし」
「いえけっしてそんなわけじゃありません」
これだけの返事をした時の自分は真に純良なる弟であった。
四十三
「そう云うつもりでなければ、つもりでないようにもっと詳く話したら好いじゃないか」
兄は苦り切って団扇の絵を見つめていた。自分は兄に顔を見られないのを幸いに、暗に彼の様子を窺った。自分からこういうと兄を軽蔑するようではなはだすまないが、彼の表情のどこかには、というよりも、彼の態度のどこかには、少し大人気を欠いた稚気さえ現われていた。今の自分はこの純粋な一本調子に対して、相応の尊敬を払う見地を具えているつもりである。けれども人格のできていなかった当時の自分には、ただ向の隙を見て事をするのが賢いのだという利害の念が、こんな問題にまでつけ纏わっていた。
自分はしばらく兄の様子を見ていた。そうしてこれは与しやすいという心が起った。彼は癇癪を起している。彼は焦れ切っている。彼はわざとそれを抑えようとしている。全く余裕のないほど緊張している。しかし風船球のように軽く緊張している。もう少し待っていれば自分の力で破裂するか、または自分の力でどこかへ飛んで行くに相違ない。――自分はこう観察した。
嫂が兄の手に合わないのも全くここに根ざしているのだと自分はこの時ようやく勘づいた。また嫂として存在するには、彼女の遣口が一番巧妙なんだろうとも考えた。自分は今日までただ兄の正面ばかり見て、遠慮したり気兼したり、時によっては恐れ入ったりしていた。しかし昨日一日一晩嫂と暮した経験は図らずもこの苦々しい兄を裏から甘く見る結果になって眼前に現われて来た。自分はいつ嫂から兄をこう見ろと教わった覚はなかった。けれども兄の前へ出て、これほど度胸の据った事もまたなかった。自分は比較的すまして、団扇を見つめている兄の額のあたりをこっちでも見つめていた。
すると兄が急に首を上げた。
「二郎何とか云わないか」と励しい言葉を自分の鼓膜に射込んだ。自分はその声でまたはっと平生の自分に返った。
「今云おうと思ってるところです。しかし事が複雑なだけに、何から話して好いか解らないんでちょっと困ってるんです。兄さんもほかの事たあ違うんだから、もう少し打ち解けてゆっくり聞いて下さらなくっちゃ。そう裁判所みたように生真面目に叱りつけられちゃ、せっかく咽喉まで出かかったものも、辟易して引込んじまいますから」
自分がこう云うと、兄はさすがに一見識ある人だけあって、「ああそうかおれが悪かった。お前が性急の上へ持って来て、おれが癇癪持と来ているから、つい変にもなるんだろう。二郎、それじゃいつゆっくり話される。ゆっくり聞く事なら今でもおれにはできるつもりだが」と云った。
「まあ東京へ帰るまで待って下さい。東京へ帰るたって、あすの晩の急行だから、もう直です。その上で落ちついて僕の考えも申し上げたいと思ってますから」
「それでも好い」
兄は落ちついて答えた。今までの彼の癇癪を自分の信用で吹き払い得たごとくに。
「ではどうか、そう願います」と云って自分が立ちかけた時、兄は「ああ」と肯ずいて見せたが、自分が敷居を跨ぐ拍子に「おい二郎」とまた呼び戻した。
「詳い事は追って東京で聞くとして、ただ一言だけ要領を聞いておこうか」
「姉さんについて……」
「無論」
「姉さんの人格について、御疑いになるところはまるでありません」
自分がこう云った時、兄は急に色を変えた。けれども何にも云わなかった。自分はそれぎり席を立ってしまった。
四十四
自分はその時場合によれば、兄から拳骨を食うか、または後から熱罵を浴せかけられる事と予期していた。色を変えた彼を後に見捨てて、自分の席を立ったくらいだから、自分は普通よりよほど彼を見縊っていたに違なかった。その上自分はいざとなれば腕力に訴えてでも嫂を弁護する気概を十分具えていた。これは嫂が潔白だからというよりも嫂に新たなる同情が加わったからと云う方が適切かも知れなかった。云い換えると、自分は兄をそれだけ軽蔑し始めたのである。席を立つ時などは多少彼に対する敵愾心さえ起った。
自分が室へ帰って来た時、母はもう浴衣を畳んではいなかった。けれども小さい行李の始末に余念なく手を動かしていた。それでも心は手許になかったと見えて、自分の足音を聞くや否や、すぐこっちを向いた。
「兄さんは」
「今来るでしょう」
「もう話は済んだの」
「済むの済まないのって、始めからそんな大した話じゃないんです」
自分は母の気を休めるため、わざと蒼蠅そうにこう云った。母はまた行李の中へ、こまごましたものを出したり入れたりし始めた。自分は今度は彼の女に恥じて、けっして傍に手伝っている嫂の顔をあえて見なかった。それでも彼女の若くて淋しい唇には冷かな笑の影が、自分の眼を掠めるように過ぎた。
「今から荷造りですか。ちっと早過ぎるな」と自分はわざと年を取った母を嘲けるごとく注意した。
「だって立つとなれば、なるたけ早く用意しておいた方が都合が好いからね」
「そうですとも」
嫂のこの返事は、自分が何か云おうとする先を越して声に応ずる響のごとく出た。
「じゃ縄でも絡げましょう。男の役だから」
自分は兄と反対に車夫や職人のするような荒仕事に妙を得ていた。ことに行李を括るのは得意であった。自分が縄を十文字に掛け始めると、嫂はすぐ立って兄のいる室の方に行った。自分は思わずその後姿を見送った。
「二郎兄さんの機嫌はどうだったい」と母がわざわざ小さな声で自分に聞いた。
「別にこれと云う事もありません。なあに心配なさる事があるもんですか。大丈夫です」と自分はことさらに荒っぽく云って、右足で行李の蓋をぎいぎい締めた。
「実はお前にも話したい事があるんだが。東京へでも帰ったらいずれまたゆっくりね」
「ええゆっくり伺いましょう」
自分はこう無造作に答えながら、腹の中では母のいわゆる話なるものの内容を朧気ながら髣髴した。
しばらくすると、兄と嫂が別席から出て来た。自分は平気を粧いながら母と話している間にも、両人の会見とその会見の結果について多少気がかりなところがあった。母は二人の並んで来る様子を見て、やっと安心した風を見せた。自分にもどこかにそんなところがあった。
自分は行李を絡げる努力で、顔やら背中やらから汗がたくさん出た。腕捲りをした上、浴衣の袖で汗を容赦なく拭いた。
「おい暑そうだ。少し扇いでやるが好い」
兄はこう云って嫂を顧みた。嫂は静に立って自分を扇いでくれた。
「何よござんす。もう直ですから」
自分がこう断っているうちに、やがて明日の荷造りは出来上った。
帰ってから
一
自分は兄夫婦の仲がどうなる事かと思って和歌山から帰って来た。自分の予想ははたして外れなかった。自分は自然の暴風雨に次で、兄の頭に一種の旋風が起る徴候を十分認めて彼の前を引き下った。けれどもその徴候は嫂が行って十分か十五分話しているうちに、ほとんど警戒を要しないほど穏かになった。
自分は心のうちでこの変化に驚いた。針鼠のように尖ってるあの兄を、わずかの間に丸め込んだ嫂の手腕にはなおさら敬服した。自分はようやく安心したような顔を、晴々と輝かせた母を見るだけでも満足であった。
兄の機嫌は和歌の浦を立つ時も変らなかった。汽車の内でも同じ事であった。大阪へ来てもなお続いていた。彼は見送りに出た岡田夫婦を捕まえて戯談さえ云った。
「岡田君お重に何か言伝はないかね」
岡田は要領を得ない顔をして、「お重さんにだけですか」と聞き返していた。
「そうさ君の仇敵のお重にさ」
兄がこう答えた時、岡田はやっと気のついたという風に笑い出した。同じ意味で謎の解けたお兼さんも笑い出した。母の予言通り見送りに来ていた佐野も、ようやく笑う機会が来たように、憚りなく口を開いて周囲の人を驚かした。
自分はその時まで嫂にどうして兄の機嫌を直したかを聞いて見なかった。その後もついぞ聞く機会をもたなかった。けれどもこういう霊妙な手腕をもっている彼女であればこそ、あの兄に対して始終ああ高を括っていられるのだと思った。そうしてその手腕を彼女はわざと出したり引込ましたりする、単に時と場合ばかりでなく、全く己れの気まま次第で出したり引込ましたりするのではあるまいかと疑ぐった。
汽車は例のごとく込み合っていた。自分達は仕切りの付いている寝台をやっとの思いで四つ買った。四つで一室になっているので都合は大変好かった。兄と自分は体力の優秀な男子と云う訳で、婦人方二人に、下のベッドを当がって、上へ寝た。自分の下には嫂が横になっていた。自分は暗い中を走る汽車の響のうちに自分の下にいる嫂をどうしても忘れる事ができなかった。彼女の事を考えると愉快であった。同時に不愉快であった。何だか柔かい青大将に身体を絡まれるような心持もした。
兄は谷一つ隔てて向うに寝ていた。これは身体が寝ているよりも本当に精神が寝ているように思われた。そうしてその寝ている精神を、ぐにゃぐにゃした例の青大将が筋違に頭から足の先まで巻き詰めているごとく感じた。自分の想像にはその青大将が時々熱くなったり冷たくなったりした。それからその巻きようが緩くなったり、緊くなったりした。兄の顔色は青大将の熱度の変ずるたびに、それからその絡みつく強さの変ずるたびに、変った。
自分は自分の寝台の上で、半は想像のごとく半は夢のごとくにこの青大将と嫂とを連想してやまなかった。自分はこの詩に似たような眠が、駅夫の呼ぶ名古屋名古屋と云う声で、急に破られたのを今でも記憶している。その時汽車の音がはたりと留ると同時に、さあという雨の音が聞こえた。自分は靴足袋の裏に湿気を感じて起き上ると、足の方に当る窓が塵除の紗で張ってあった。自分はいそいで窓を閉て換えた。ほかの人のはどうかと思って、聞いて見たが、答がなかった。ただ嫂だけが雨が降り込むようだというので、やむをえず上から飛び下りてまた窓を閉て換えてやった。
二
「雨のようね」と嫂が聞いた。
「ええ」
自分は半ば風に吹き寄せられた厚い窓掛の、じとじとに湿ったのを片方へがらりと引いた。途端に母の寝返りを打つ音が聞こえた。
「二郎、ここはどこだい」
「名古屋です」
自分は吹き込む紗の窓を通して、ほとんど人影の射さない停車場の光景を、雨のうちに眺めた。名古屋名古屋と呼ぶ声がまだ遠くの方で聞こえた。それからこつりこつりという足音がたった一人で活きて来るように響いた。
「二郎ついでに妾の足の方も締めておくれな」
「御母さんの所も硝子が閉っていないんですか。先刻呼んだらよく寝ていらっしゃるようでしたから……」
自分は嫂の方を片づけて、すぐ母の方に行った。厚い窓掛を片寄せて、手探りに探って見ると、案外にも立派に硝子戸が締まっていた。
「御母さんこっちは雨なんか這入りゃしませんよ。大丈夫です、この通りだから」
自分はこう云いながら、母の足の方に当る硝子を、とんとんと手で叩いて見せた。
「おや雨は這入らないのかい」
「這入るものですか」
母は微笑した。
「いつ頃から雨が降り出したか御母さんはちっとも知らなかったよ」
母はさも愛想らしくまた弁疏らしく口を利いて、「二郎、御苦労だったね、早く御休み。もうよっぽど遅いんだろう」と云った。
時計は十二時過であった。自分はまたそっと上の寝台に登った。車室は元の通り静かになった。嫂は母が口を利き出してから、何も云わなくなった。母は自分が自分の寝台に上ってから、また何も云わなくなった。ただ兄だけは始めからしまいまで一言も物を云わなかった。彼は聖者のごとくただすやすやと眠っていた。この眠方が自分には今でも不審の一つになっている。
彼は自分で時々公言するごとく多少の神経衰弱に陥っていた。そうして時々不眠のために苦しめられた。また正直にそれを家族の誰彼に訴えた。けれども眠くて困ると云った事はいまだかつてなかった。
富士が見え出して雨上りの雲が列車に逆らって飛ぶ景色を、みんなが起きて珍らしそうに眺める時すら、彼は前後に関係なく心持よさそうに寝ていた。
食堂が開いて乗客の多数が朝飯を済ました後、自分は母を連れて昨夜以来の空腹を充たすべく細い廊下を伝わって後部の方へ行った。その時母は嫂に向って、「もう好い加減に一郎を起して、いっしょにあっちへ御出で。妾達は向へ行って待っているから」と云った。嫂はいつもの通り淋しい笑い方をして、「ええ直御後から参ります」と答えた。
自分達は室内の掃除に取りかかろうとする給仕を後にして食堂へ這入った。食堂はまだだいぶ込んでいた。出たり這入ったりするものが絶えず狭い通り路をざわつかせた。自分が母に紅茶と果物を勧めている時分に、兄と嫂の姿がようやく入口に現れた。不幸にして彼らの席は自分達の傍に見出せるほど、食卓は空いていなかった。彼らは入口の所に差し向いで座を占めた。そうして普通の夫婦のように笑いながら話したり、窓の外を眺めたりした。自分を相手に茶を啜っていた母は、時々その様子を満足らしく見た。
自分達はかくして東京へ帰ったのである。
三
繰返していうが、我々はこうして東京へ帰ったのである。
東京の宅は平生の通り別にこれと云って変った様子もなかった。お貞さんは襷を掛けて別条なく働いていた。彼女が手拭を被って洗濯をしている後姿を見て、一段落置いた昔のお貞さんを思いだしたのは、帰って二日目の朝であった。
芳江というのは兄夫婦の間にできた一人っ子であった。留守のうちはお重が引受けて万事世話をしていた。芳江は元来母や嫂に馴ついていたが、いざとなると、お重だけでも不自由を感じないほど世話の焼けない子であった。自分はそれを嫂の気性を受けて生れたためか、そうでなければお重の愛嬌のあるためだと解釈していた。
「お重お前のようなものがよくあの芳江を預かる事ができるね。さすがにやっぱり女だなあ」と父が云ったら、お重は膨れた顔をして、「御父さんもずいぶんな方ね」と母にわざわざ訴えに来た話を、汽車の中で聞いた。
自分は帰ってから一両日して、彼女に、「お重お前を御父さんがやっぱり女だなとおっしゃったって怒ってるそうだね」と聞いた。彼女は「怒ったわ」と答えたなり、父の書斎の花瓶の水を易えながら、乾いた布巾で水を切っていた。
「まだ怒ってるのかい」
「まだってもう忘れちまったわ。――綺麗ねこの花は何というんでしょう」
「お重しかし、女だなあというのは、そりゃ賞めた言葉だよ。女らしい親切な子だというんだ。怒る奴があるもんか」
「どうでもよくってよ」
お重は帯で隠した尻の辺を左右に振って、両手で花瓶を持ちながら父の居間の方へ行った。それが自分にはあたかも彼女が尻で怒を見せているようでおかしかった。
芳江は我々が帰るや否や、すぐお重の手から母と嫂に引渡された。二人は彼女を奪い合うように抱いたり下したりした。自分の平生から不思議に思っていたのは、この外見上冷静な嫂に、頑是ない芳江がよくあれほどに馴つきえたものだという眼前の事実であった。この眸の黒い髪のたくさんある、そうして母の血を受けて人並よりも蒼白い頬をした少女は、馴れやすからざる彼女の母の後を、奇蹟のごとく追って歩いた。それを嫂は日本一の誇として、宅中の誰彼に見せびらかした。ことに己の夫に対しては見せびらかすという意味を通り越して、むしろ残酷な敵打をする風にも取れた。兄は思索に遠ざかる事のできない読書家として、たいていは書斎裡の人であったので、いくら腹のうちでこの少女を鍾愛しても、鍾愛の報酬たる親しみの程度ははなはだ稀薄なものであった。感情的な兄がそれを物足らず思うのも無理はなかった。食卓の上などでそれが色に出る時さえ兄の性質としてはたまにはあった。そうなるとほかのものよりお重が承知しなかった。
「芳江さんは御母さん子ね。なぜ御父さんの側に行かないの」などと故意とらしく聞いた。
「だって……」と芳江は云った。
「だってどうしたの」とお重がまた聞いた。
「だって怖いから」と芳江はわざと小さな声で答えた。それがお重にはなおさら忌々しく聞こえるのであった。
「なに? 怖いって? 誰が怖いの?」
こんな問答がよく繰り返えされて、時には五分も十分も続いた。嫂はこう云う場合に、けっして眉目を動さなかった。いつでも蒼い頬に微笑を見せながらどこまでも尋常な応対をした。しまいには父や母が双方を宥めるために、兄から果物を貰わしたり、菓子を受け取らしたりさせて、「さあそれで好い。御父さんから旨いものをちょうだいして」とやっと御茶を濁す事もあった。お重はそれでも腹が癒えなそうに膨れた頬をみんなに見せた。兄は黙って独り書斎へ退くのが常であった。
四
父はその年始めて誰かから朝貌を作る事を教わって、しきりに変った花や葉を愛玩していた。変ったと云っても普通のものがただ縮れて見立がなくなるだけだから、宅中でそれを顧みるものは一人もなかった。ただ父の熱心と彼の早起と、いくつも並んでいる鉢と、綺麗な砂と、それから最後に、厭に拗ねた花の様や葉の形に感心するだけに過ぎなかった。
父はそれらを縁側へ並べて誰を捉まえても説明を怠らなかった。
「なるほど面白いですなあ」と正直な兄までさも感心したらしく御世辞を余儀なくされていた。
父は常に我々とはかけ隔った奥の二間を専領していた。簀垂のかかったその縁側に、朝貌はいつでも並べられた。したがって我々は「おい一郎」とか「おいお重」とか云って、わざわざそこへ呼び出されたものであった。自分は兄よりも遥に父の気に入るような賛辞を呈して引き退がった。そうして父の聞えない所で、「どうもあんな朝貌を賞めなけりゃならないなんて、実際恐れ入るね。親父の酔興にも困っちまう」などと悪口を云った。
いったい父は講釈好の説明好であった。その上時間に暇があるから、誰でも構わず、号鈴を鳴らして呼寄せてはいろいろな話をした。お重などは呼ばれるたびに、「兄さん今日は御願だから代りに行ってちょうだい」と云う事がよくあった。そのお重に父はまた解り悪い事を話すのが大好だった。
自分達が大阪から帰ったとき朝貌はまだ咲いていた。しかし父の興味はもう朝貌を離れていた。
「どうしました。例の変り種は」と自分が聞いて見ると、父は苦笑いをして「実は朝貌もあまり思わしくないから、来年からはもう止めだ」と答えた。自分はおおかた父の誇りとして我々に見せた妙な花や葉が、おそらくその道の人から鑑定すると、成っていなかったんだろうと判断して、茶の間で大きな声を立てて笑った。すると例のお重とお貞さんが父を弁護した。
「そうじゃ無いのよ。あんまり手数がかかるんで、御父さんも根気が尽きちまったのよ。それでも御父さんだからあれだけにできたんですって、皆な賞めていらしったわ」
母と嫂は自分の顔を見て、さも自分の無識を嘲けるように笑い出した。すると傍にいた小さな芳江までが嫂と同じように意味のある笑い方をした。
こんな瑣事で日を暮しているうちに兄と嫂の間柄は自然自分達の胸を離れるようになった。自分はかねて約束した通り、兄の前へ出て嫂の事を説明する必要がなくなったような気がした。母が東京へ帰ってからゆっくり話そうと云ったむずかしそうな事件も母の口から容易に出ようとも思えなかった。最後にあれほど嫂について智識を得たがっていた兄が、だんだん冷静に傾いて来た。その代り父母や自分に対しても前ほどは口を利かなくなった。暑い時でもたいていは書斎へ引籠って何か熱心にやっていた。自分は時々嫂に向って、「兄さんは勉強ですか」と聞いた。嫂は「ええおおかた来学年の講義でも作ってるんでしょう」と答えた。自分はなるほどと思って、その忙しさが永く続くため、彼の心を全然そっちの方へ転換させる事ができはしまいかと念じた。嫂は平生の通り淋しい秋草のようにそこらを動いていた。そうして時々片靨を見せて笑った。
五
そのうち夏もしだいに過ぎた。宵々に見る星の光が夜ごとに深くなって来た。梧桐の葉の朝夕風に揺ぐのが、肌に応えるように眼をひやひやと揺振った。自分は秋に入ると生れ変ったように愉快な気分を時々感じ得た。自分より詩的な兄はかつて透き通る秋の空を眺めてああ生き甲斐のある天だと云って嬉しそうに真蒼な頭の上を眺めた事があった。
「兄さんいよいよ生き甲斐のある時候が来ましたね」と自分は兄の書斎のヴェランダに立って彼を顧みた。彼はそこにある籐椅子の上に寝ていた。
「まだ本当の秋の気分にゃなれない。もう少し経たなくっちゃ駄目だね」と答えて彼は膝の上に伏せた厚い書物を取り上げた。時は食事前の夕方であった。自分はそれなり書斎を出て下へ行こうとした。すると兄が急に自分を呼び止めた。
「芳江は下にいるかい」
「いるでしょう。先刻裏庭で見たようでした」
自分は北の方の窓を開けて下を覗いて見た。下には特に彼女のために植木屋が拵えたブランコがあった。しかし先刻いた芳江の姿は見えなかった。「おやどこへか行ったかな」と自分が独言を云ってると、彼女の鋭い笑い声が風呂場の中で聞えた。
「ああ湯に這入っています」
「直といっしょかい。御母さんとかい」
芳江の笑い声の間にはたしかに、女として深さのあり過ぎる嫂の声が聞えた。
「姉さんです」と自分は答えた。
「だいぶ機嫌が好さそうじゃないか」
自分は思わずこう云った兄の顔を見た。彼は手に持っていた大きな書物で頭まで隠していたからこの言葉を発した時の表情は少しも見る事ができなかった。けれども、彼の意味はその調子で自分によく呑み込めた。自分は少し逡巡した後で、「兄さんは子供をあやす事を知らないから」と云った。兄の顔はそれでも書物の後に隠れていた。それを急に取るや否や彼は「おれの綾成す事のできないのは子供ばかりじゃないよ」と云った。自分は黙って彼の顔を打ち守った。
「おれは自分の子供を綾成す事ができないばかりじゃない。自分の父や母でさえ綾成す技巧を持っていない。それどころか肝心のわが妻さえどうしたら綾成せるかいまだに分別がつかないんだ。この年になるまで学問をした御蔭で、そんな技巧は覚える余暇がなかった。二郎、ある技巧は、人生を幸福にするために、どうしても必要と見えるね」
「でも立派な講義さえできりゃ、それですべてを償って余あるから好いでさあ」
自分はこう云って、様子次第、退却しようとした。ところが兄は中止する気色を見せなかった。
「おれは講義を作るためばかりに生れた人間じゃない。しかし講義を作ったり書物を読んだりする必要があるために肝心の人間らしい心持を人間らしく満足させる事ができなくなってしまったのだ。でなければ先方で満足させてくれる事ができなくなったのだ」
自分は兄の言葉の裏に、彼の周囲を呪うように苦々しいある物を発見した。自分は何とか答えなければならなかった。しかし何と答えて好いか見当がつかなかった。ただ問題が例の嫂事件を再発させては大変だと考えた。それで卑怯のようではあるが、問答がそこへ流れ入る事を故意に防いだ。
「兄さんが考え過ぎるから、自分でそう思うんですよ。それよりかこの好天気を利用して、今度の日曜ぐらいに、どこかへ遠足でもしようじゃありませんか」
兄はかすかに「うん」と云って慵げに承諾の意を示した。
六
兄の顔には孤独の淋しみが広い額を伝わって瘠けた頬に漲っていた。
「二郎おれは昔から自然が好きだが、つまり人間と合わないので、やむをえず自然の方に心を移す訳になるんだろうかな」
自分は兄が気の毒になった。「そんな事はないでしょう」と一口に打ち消して見た。けれどもそれで兄の満足を買う訳には行かなかった。自分はすかさずまたこう云った。
「やっぱり家の血統にそう云う傾きがあるんですよ。御父さんは無論、僕でも兄さんの知っていらっしゃる通りですし、それにね、あのお重がまた不思議と、花や木が好きで、今じゃ山水画などを見ると感に堪えたような顔をして時々眺めている事がありますよ」
自分はなるべく兄を慰めようとして、いろいろな話をしていた。そこへお貞さんが下から夕食の報知に来た。自分は彼女に、「お貞さんは近頃嬉しいと見えて妙ににこにこしていますね」と云った。自分が大阪から帰るや否や、お貞さんは暑い下女室の隅に引込んで容易に顔を出さなかった。それが大阪から出したみんなの合併絵葉書の中へ、自分がお貞さん宛に「おめでとう」と書いた五字から起ったのだと知れて家内中大笑いをした。そのためか一つ家にいながらお貞さんは変に自分を回避した。したがって顔を合わせると自分はことさらに何か云いたくなった。
「お貞さん何が嬉しいんですか」と自分は面白半分追窮するように聞いた。お貞さんは手を突いたなり耳まで赤くなった。兄は籐椅子の上からお貞さんを見て、「お貞さん、結婚の話で顔を赤くするうちが女の花だよ。行って見るとね、結婚は顔を赤くするほど嬉しいものでもなければ、恥ずかしいものでもないよ。それどころか、結婚をして一人の人間が二人になると、一人でいた時よりも人間の品格が堕落する場合が多い。恐ろしい目に会う事さえある。まあ用心が肝心だ」と云った。
お貞さんには兄の意味が全く通じなかったらしい。何と答えて好いか解らないので、むしろ途方に暮れた顔をしながら涙を眼にいっぱい溜めていた。兄はそれを見て、「お貞さん余計な事を話して御気の毒だったね。今のは冗談だよ。二郎のような向う見ずに云って聞かせる事を、ついお貞さん見たいな優しい娘さんに云っちまったんだ。全くの間違だ。勘弁してくれたまえ。今夜は御馳走があるかね。二郎それじゃ御膳を食べに行こう」と云った。
お貞さんは兄が籐椅子から立ち上るのを見るや否や、すぐ腰を立てて一足先へ階子段をとんとんと下りて行った。自分は兄と肩を比べて室を出にかかった。その時兄は自分を顧みて「二郎、この間の問題もそれぎりになっていたね。つい書物や講義の事が忙しいものだから、聞こう聞こうと思いながら、ついそのままにしておいてすまない。そのうちゆっくり聴くつもりだから、どうか話してくれ」と云った。自分は「この間の問題とは何ですか」と空惚けたかった。けれどもそんな勇気はこの際出る余裕がなかったから、まず体裁の好い挨拶だけをしておいた。
「こう時間が経つと、何だか気の抜けた麦酒見たようで、僕には話し悪くなってしまいましたよ。しかしせっかくのお約束だから聴くとおっしゃればやらん事もありませんがね。しかし兄さんのいわゆる生き甲斐のある秋にもなったものだから、そんなつまらない事より、まず第一に遠足でもしようじゃありませんか」
「うん遠足も好かろうが……」
二人はこんな話を交換しながら、食卓の据えてある下の室に入った。そうしてそこに芳江を傍に引きつけている嫂を見出した。
七
食卓の上で父と母は偶然またお貞さんの結婚問題を話頭に上せた。母は兼て白縮緬を織屋から買っておいたから、それを紋付に染めようと思っているなどと云った。お貞さんはその時みんなの後に坐って給仕をしていたが、急に黒塗の盆をおはちの上へ置いたなり席を立ってしまった。
自分は彼女の後姿を見て笑い出した。兄は反対に苦い顔をした。
「二郎お前がむやみに調戯うからいけない。ああ云う乙女にはもう少しデリカシーの籠った言葉を使ってやらなくっては」
「二郎はまるで堂摺連と同じ事だ」と父が笑うようなまた窘なめるような句調で云った。母だけは一人不思議な顔をしていた。
「なに二郎がね。お貞さんの顔さえ見ればおめでとうだの嬉しい事がありそうだのって、いろいろの事を云うから、向うでも恥かしがるんです。今も二階で顔を赤くさせたばかりのところだもんだから、すぐ逃げ出したんです。お貞さんは生れつきからして直とはまるで違ってるんだから、こっちでもそのつもりで注意して取り扱ってやらないといけません……」
兄の説明を聞いた母は始めてなるほどと云ったように苦笑した。もう食事を済ましていた嫂は、わざと自分の顔を見て変な眼遣をした。それが自分には一種の相図のごとく見えた。自分は父から評された通りだいぶ堂摺連の傾きを持っていたが、この時は父や母に憚って、嫂の相図を返す気は毫も起らなかった。
嫂は無言のまますっと立った、室の出口でちょっと振り返って芳江を手招きした。芳江もすぐ立った。
「おや今日はお菓子を頂かないで行くの」とお重が聞いた。芳江はそこに立ったまま、どうしたものだろうかと思案する様子に見えた。嫂は「おや芳江さん来ないの」とさもおとなしやかに云って廊下の外へ出た。今まで躊躇していた芳江は、嫂の姿が見えなくなるや否や急に意を決したもののごとく、ばたばたとその後を追駈けた。
お重は彼女の後姿をさも忌々しそうに見送った。父と母は厳格な顔をして己れの皿の中を見つめていた。お重は兄を筋違いに見た。けれども兄は遠くの方をぼんやり眺めていた。もっとも彼の眉根には薄く八の字が描かれていた。
「兄さん、そのプッジングを妾にちょうだい。ね、好いでしょう」とお重が兄に云った。兄は無言のまま皿をお重の方に押やった。お重も無言のままそれを匙で突ついたが、自分から見ると、食べたくない物を業腹で食べているとしか思われなかった。
兄が席を立って書斎に入ったのはそれからしてしばらく後の事であった。自分は耳を峙てて彼の上靴が静に階段を上って行く音を聞いた。やがて上の方で書斎の戸がどたんと閉まる声がして、後は静になった。
東京へ帰ってから自分はこんな光景をしばしば目撃した。父もそこには気がついているらしかった。けれども一番心配そうなのは母であった。彼女は嫂の態度を見破って、かつ容赦の色を見せないお重を、一日も早く片づけて若い女同士の葛藤を避けたい気色を色にも顔にも挙動にも現した。次にはなるべく早く嫁を持たして、兄夫婦の間から自分という厄介ものを抜き去りたかった。けれども複雑な世の中は、そう母の思うように旨く回転してくれなかった。自分は相変らず、のらくらしていた。お重はますます嫂を敵のように振舞った。不思議に彼女は芳江を愛した。けれどもそれは嫂のいない留守に限られていた。芳江も嫂のいない時ばかりお重に縋りついた。兄の額には学者らしい皺がだんだん深く刻まれて来た。彼はますます書物と思索の中に沈んで行った。
八
こんな訳で、母の一番軽く見ていたお貞さんの結婚が最初にきまったのは、彼女の思わくとはまるで反対であった。けれども早晩片づけなければならないお貞さんの運命に一段落をつけるのも、やはり父や母の義務なんだから、彼らは岡田の好意を喜びこそすれ、けっしてそれを悪く思うはずはなかった。彼女の結婚が家中の問題になったのもつまりはそのためであった。お重はこの問題についてよくお貞さんを捕まえて離さなかった。お貞さんはまたお重には赤い顔も見せずに、いろいろの相談をしたり己れの将来をも語り合ったらしい。
ある日自分が外から帰って来て、風呂から上ったところへ、お重が、「兄さん佐野さんていったいどんな人なの」と例の前後を顧慮しない調子で聞いた。これは自分が大阪から帰ってから、もう二度目もしくは三度目の質問であった。
「何だそんな藪から棒に。御前はいったい軽卒でいけないよ」
怒りやすいお重は黙って自分の顔を見ていた。自分は胡坐をかきながら、三沢へやる端書を書いていたが、この様子を見て、ちょっと筆を留めた。
「お重また怒ったな。――佐野さんはね、この間云った通り金縁眼鏡をかけたお凸額さんだよ。それで好いじゃないか。何遍聞いたって同じ事だ」
「お凸額や眼鏡は写真で充分だわ。何も兄さんから聞かないだって妾知っててよ。眼があるじゃありませんか」
彼女はまだ打ち解けそうな口の利き方をしなかった。自分は静かに端書と筆を机の上へ置いた。
「全体何を聞こうと云うのだい」
「全体あなたは何を研究していらしったんです。佐野さんについて」
お重という女は議論でもやり出すとまるで自分を同輩のように見る、癖だか、親しみだか、猛烈な気性だか、稚気だかがあった。
「佐野さんについてって……」と自分は聞いた。
「佐野さんの人となりについてです」
自分は固よりお重を馬鹿にしていたが、こういう真面目な質問になると、腹の中でどっしりした何物も貯えていなかった。自分はすまして巻煙草を吹かし出した。お重は口惜しそうな顔をした。
「だって余まりじゃありませんか、お貞さんがあんなに心配しているのに」
「だって岡田がたしかだって保証するんだから、好いじゃないか」
「兄さんは岡田さんをどのくらい信用していらっしゃるんです。岡田さんはたかが将棋の駒じゃありませんか」
「顔は将棋の駒だって何だって……」
「顔じゃありません。心が浮いてるんです」
自分は面倒と癇癪でお重を相手にするのが厭になった。
「お重御前そんなにお貞さんの事を心配するより、自分が早く嫁にでも行く工夫をした方がよっぽど利口だよ。お父さんやお母さんは、お前が片づいてくれる方をお貞さんの結婚よりどのくらい助かると思っているか解りゃしない。お貞さんの事なんかどうでもいいから、早く自分の身体の落ちつくようにして、少し親孝行でも心がけるが好い」
お重ははたして泣き出した。自分はお重と喧嘩をするたびに向うが泣いてくれないと手応がないようで、何だか物足らなかった。自分は平気で莨を吹かした。
「じゃ兄さんも早くお嫁を貰って独立したら好いでしょう。その方が妾が結婚するよりいくら親孝行になるか知れやしない。厭に嫂さんの肩ばかり持って……」
「お前は嫂さんに抵抗し過ぎるよ」
「当前ですわ。大兄さんの妹ですもの」
九
自分は三沢へ端書を書いた後で、風呂から出立の頬に髪剃をあてようと思っていた。お重を相手にぐずぐずいうのが面倒になったのを好い幸いに、「お重気の毒だが風呂場から熱い湯をうがい茶碗にいっぱい持って来てくれないか」と頼んだ。お重は嗽茶碗どころの騒ぎではないらしかった。それよりまだ十倍も厳粛な人生問題を考えているもののごとく澄まして膨れていた。自分はお重に構わず、手を鳴らして下女から必要な湯を貰った。それから机の上へ旅行用の鏡を立てて、象牙の柄のついた髪剃を並べて、熱湯で濡らした頬をわざと滑稽に膨らませた。
自分が物新しそうにシェーヴィング・ブラッシを振り廻して、石鹸の泡で顔中を真白にしていると、先刻から傍に坐ってこの様子を見ていたお重は、ワッと云う悲劇的な声をふり上げて泣き出した。自分はお重の性質として、早晩ここに来るだろうと思って、暗にこの悲鳴を予期していたのである。そこでますます頬ぺたに空気をいっぱい入れて、白い石鹸をすうすうと髪剃の刃で心持よさそうに落し始めた。お重はそれを見て業腹だか何だかますます騒々しい声を立てた。しまいに「兄さん」と鋭どく自分を呼んだ。自分はお重を馬鹿にしていたには違ないが、この鋭い声には少し驚かされた。
「何だ」
「何だって、そんなに人を馬鹿にするんです。これでも私はあなたの妹です。嫂さんはいくらあなたが贔屓にしたって、もともと他人じゃありませんか」
自分は髪剃を下へ置いて、石鹸だらけの頬をお重の方に向けた。
「お重お前は逆せているよ。お前がおれの妹で、嫂さんが他家から嫁に来た女だぐらいは、お前に教わらないでも知ってるさ」
「だから私に早く嫁に行けなんて余計な事を云わないで、あなたこそ早くあなたの好きな嫂さんみたような方をお貰いなすったら好いじゃありませんか」
自分は平手でお重の頭を一つ張りつけてやりたかった。けれども家中騒ぎ廻られるのが怖いんで、容易に手は出せなかった。
「じゃお前も早く兄さんみたような学者を探して嫁に行ったら好かろう」
お重はこの言葉を聞くや否や、急に掴みかかりかねまじき凄じい勢いを示した。そうして涙の途切れ目途切れ目に、彼女の結婚がお貞さんより後れたので、それでこんなに愚弄されるのだと言明した末、自分を兄妹に同情のない野蛮人だと評した。自分も固より彼女の相手になり得るほどの悪口家であった。けれども最後にとうとう根気負がして黙ってしまった。それでも彼女は自分の傍を去らなかった。そうして事実は無論の事、事実が生んだ飛んでもない想像まで縦横に喋舌り廻してやまなかった。その中で彼女の最も得意とする主題は、何でもかでも自分と嫂とを結びつけて当て擦るという悪い意地であった。自分はそれが何より厭であった。自分はその時心の中で、どんなお多福でも構わないから、お重より早く結婚して、この夫婦関係がどうだの、男女の愛がどうだのと囀る女を、たった一人後に取り残してやりたい気がした。それからその方がまた実際母の心配する通り、兄夫婦にも都合が好かろうと真面目に考えても見た。
自分は今でも雨に叩かれたようなお重の仏頂面を覚えている。お重はまた石鹸を溶いた金盥の中に顔を突込んだとしか思われない自分の異な顔を、どうしても忘れ得ないそうである。
十
お重は明らかに嫂を嫌っていた。これは学究的に孤独な兄に同情が強いためと誰にも肯ずかれた。
「御母さんでもいなくなったらどうなさるでしょう。本当に御気の毒ね」
すべてを隠す事を知らない彼女はかつて自分にこう云った。これは固より頬ぺたを真白にして自分が彼女と喧嘩をしない遠い前の事であった。自分はその時彼女を相手にしなかった。ただ「兄さん見たいに訳の解った人が、家庭間の関係で、御前などに心配して貰う必要が出て来るものか、黙って見ていらっしゃい。御父さんも御母さんもついていらっしゃるんだから」と訓戒でも与えるように云って聞かせた。
自分はその時分からお重と嫂とは火と水のような個性の差異から、とうてい円熟に同棲する事は困難だろうとすでに観察していた。
「御母さんお重も早く片づけてしまわないといけませんね」と自分は母に忠告がましい差出口を利いた事さえあった。その折母はなぜとも何とも聞き返さなかったが、さも自分の意味を呑み込んだらしい眼つきをして、「お前が云ってくれないでも、御父さんだって妾だって心配し抜いているところだよ。お重ばかりじゃないやね。御前のお嫁だって、蔭じゃどのくらいみんなに手数をかけて探して貰ってるか分りゃしない。けれどもこればかりは縁だからね……」と云って自分の顔をしけじけと見た。自分は母の意味も何も解らずに、ただ「はあ」と子供らしく引き下がった。
お重は何でも直むきになる代りに裏表のない正直な美質を持っていたので、母よりはむしろ父に愛されていた。兄には無論可愛がられていた。お貞さんの結婚談が出た時にも「まずお重から片づけるのが順だろう」と云うのが父の意見であった。兄も多少はそれに同意であった。けれどもせっかく名ざしで申し込まれたお貞さんのために、沢山ない機会を逃すのはつまり両損になるという母の意見が実際上にもっともなので、理に明るい兄はすぐ折れてしまった。兄の見地に多少譲歩している父も無事に納得した。
けれども黙っていたお重には、それがはなはだしい不愉快を与えたらしかった。しかし彼女が今度の結婚問題について万事快くお貞さんの相談に乗るのを見ても、彼女が機先を制せられたお貞さんに悪感情を抱いていないのはたしかな事実であった。
彼女はただ嫂の傍にいるのが厭らしく見えた。いくら父母のいる家であっても、いくら思い通りの子供らしさを精一杯に振り舞わす事ができても、この冷かな嫂からふんという顔つきで眺められるのが何より辛かったらしい。
こういう気分に神経を焦つかせている時、彼女はふと女の雑誌か何かを借りるために嫂の室へ這入った。そうしてそこで嫂がお貞さんのために縫っていた嫁入仕度の着物を見た。
「お重さんこれお貞さんのよ。好いでしょう。あなたも早く佐野さんみたような方の所へいらっしゃいよ」と嫂は縫っていた着物を裏表引繰返して見せた。その態度がお重には見せびらかしの面当のように聞えた。早く嫁に行く先をきめて、こんなものでも縫う覚悟でもしろという謎にも取れた。いつまで小姑の地位を利用して人を苛虐めるんだという諷刺とも解釈された。最後に佐野さんのような人の所へ嫁に行けと云われたのがもっとも神経に障った。
彼女は泣きながら父の室に訴えに行った。父は面倒だと思ったのだろう、嫂には一言も聞糺さずに、翌日お重を連れて三越へ出かけた。
十一
それから二三日して、父の所へ二人ほど客が来た。父は生来交際好の上に、職業上の必要から、だいぶ手広く諸方へ出入していた。公の務を退いた今日でもその惰性だか影響だかで、知合間の往来は絶える間もなかった。もっとも始終顔を出す人に、それほど有名な人も勢力家も見えなかった。その時の客は貴族院の議員が一人と、ある会社の監査役が一人とであった。
父はこの二人と謡の方の仲善と見えて、彼らが来るたびに謡をうたって楽んだ。お重は父の命令で、少しの間鼓の稽古をした覚があるので、そう云う時にはよく客の前へ呼び出されて鼓を打った。自分はその高慢ちきな顔をまだ忘れずにいる。
「お重お前の鼓は好いが、お前の顔はすこぶる不味いね。悪い事は云わないから、嫁に行った当座はけっして鼓を御打ちでないよ。いくら御亭主が謡気狂でもああ澄まされた日にゃ、愛想を尽かされるだけだから」とわざわざ罵しった事がある。すると傍に聞いていたお貞さんが眼を丸くして、「まあひどい事をおっしゃる事、ずいぶんね」と云ったので、自分も少し言い過ぎたかと思った。けれども烈しいお重は平生に似ず全く自分の言葉を気にかけないらしかった。「兄さんあれでも顔の方はまだ上等なのよ。鼓と来たらそれこそ大変なの。妾謡の御客があるほど厭な事はないわ」とわざわざ自分に説明して聞かせた。お重の顔ばかりに注意していた自分は、彼女の鼓がそれほど不味いとはそれまで気がつかなかった。
その日も客が来てから一時間半ほどすると予定の通り謡が始まった。自分はやがてまたお重が呼び出される事と思って、調戯半分茶の間の方に出て行った。お重は一生懸命に会席膳を拭いていた。
「今日はポンポン鳴らさないのか」と自分がことさらに聞くと、お重は妙にとぼけた顔をして、立っている自分を見上げた。
「だって今御膳が出るんですもの。忙しいからって、断ったのよ」
自分は台所や茶の間のごたごたした中で、ふざけ過ぎて母に叱られるのも面白くないと思って、また室へ取って返した。
夕食後ちょっと散歩に出て帰って来ると、まだ自分の室に這入らない先から母に捉まった。
「二郎ちょうど好いところへ帰って来ておくれだ。奥へ行って御父さんの謡を聞いていらっしゃい」
自分は父の謡を聞き慣れているので、一番ぐらい聴くのはさほど厭とも思わなかった。
「何をやるんです」と母に質問した。母は自分とは正反対に謡がまた大嫌いだった。「何だか知らないがね。早くいらっしゃいよ。皆さんが待っていらっしゃるんだから」と云った。
自分は委細承知して奥へ通ろうとした。すると暗い縁側の所にお重がそっと立っていた。自分は思わず「おい……」と大きな声を出しかけた。お重は急に手を振って相図のように自分の口を塞いでしまった。
「なぜそんな暗い所に一人で立っているんだい」と自分は彼女の耳へ口を付けて聞いた。彼女はすぐ「なぜでも」と答えた。しかし自分がその返事に満足しないでやはり元の所に立っているのを見て、「先刻から、何遍も出て来い出て来いって催促するのよ。だから御母さんに断って、少し加減が悪い事にしてあるのよ」
「なぜまた今日に限って、そんなに遠慮するんだい」
「だって妾鼓なんか打つのはもう厭になっちまったんですもの、馬鹿らしくって。それにこれからやるのなんかむずかしくってとてもできないんですもの」
「感心にお前みたような女でも謙遜の道は少々心得ているから偉いね」と云い放ったまま、自分は奥へ通った。
十二
奥には例の客が二人床の前に坐っていた。二人とも品の好い容貌の人で、その薄く禿げかかった頭が後にかかっている探幽の三幅対とよく調和した。
彼らは二人とも袴のまま、羽織を脱ぎ放しにしていた。三人のうちで袴を着けていなかったのは父ばかりであったが、その父でさえ羽織だけは遠慮していた。
自分は見知り合だから正面の客に挨拶かたがた、「どうか拝聴を……」と頭を下げた。客はちょっと恐縮の体を装って、「いやどうも……」と頭を掻く真似をした。父は自分にまたお重の事を尋ねたので、「先刻から少し頭痛がするそうで、御挨拶に出られないのを残念がっていました」と答えた。父は客の方を見ながら、「お重が心持が悪いなんて、まるで鬼の霍乱だな」と云って、今度は自分に、「先刻綱(母の名)の話では腹が痛いように聞いたがそうじゃない頭痛なのかい」と聞き直した。自分はしまったと思ったが「多分両方なんでしょう。胃腸の熱で頭が痛む事もあるようだから。しかし心配するほどの病気じゃないようです。じき癒るでしょう」と答えた。客は蒼蠅いほどお重に同情の言葉を注射した後、「じゃ残念だが始めましょうか」と云い出した。
聴手には、自分より前に兄夫婦が横向になって、行儀よく併んで坐っていたので、自分は鹿爪らしく嫂の次に席を取った。「何をやるんです」と坐りながら聞いたら、この道について何の素養も趣味もない嫂は、「何でも景清だそうです」と答えて、それぎり何とも云わなかった。
客のうちで赭顔の恰腹の好い男が仕手をやる事になって、その隣の貴族院議員が脇、父は主人役で「娘」と「男」を端役だと云う訳か二つ引き受けた。多少謡を聞分ける耳を持っていた自分は、最初からどんな景清ができるかと心配した。兄は何を考えているのか、はなはだ要領を得ない顔をして、凋落しかかった前世紀の肉声を夢のように聞いていた。嫂の鼓膜には肝腎の「松門」さえ人間としてよりもむしろ獣類の吠として不快に響いたらしい。自分はかねてからこの「景清」という謡に興味を持っていた。何だか勇ましいような惨ましいような一種の気分が、盲目の景清の強い言葉遣から、また遥々父を尋ねに日向まで下る娘の態度から、涙に化して自分の眼を輝かせた場合が、一二度あった。
しかしそれは歴乎とした謡手が本気に各自の役を引き受けた場合で、今聞かせられているような胡麻節を辿ってようやく出来上る景清に対してはほとんど同情が起らなかった。
やがて景清の戦物語も済んで一番の謡も滞りなく結末まで来た。自分はその成蹟を何と評して好いか解らないので、少し不安になった。嫂は平生の寡言にも似ず「勇しいものですね」と云った。自分も「そうですね」と答えておいた。すると多分一口も開くまいと思った兄が、急に赭顔の客に向って、「さすがに我も平家なり物語り申してとか、始めてとかいう句がありましたが、あのさすがに我も平家なりという言葉が大変面白うございました」と云った。
兄は元来正直な男で、かつ己れの教育上嘘を吐かないのを、品性の一部分と心得ているくらいの男だから、この批評に疑う余地は少しもなかった。けれども不幸にして彼の批評は謡の上手下手でなくって、文章の巧拙に属する話だから、相手にはほとんど手応がなかった。
こう云う場合に馴れた父は「いやあすこは非常に面白く拝聴した」と客の謡いぶりを一応賞めた後で、「実はあれについて思い出したが、大変興味のある話がある。ちょうどあの文句を世話に崩して、景清を女にしたようなものだから、謡よりはよほど艶である。しかも事実でね」と云い出した。
十三
父は交際家だけあって、こういう妙な話をたくさん頭の中にしまっていた。そうして客でもあると、献酬の間によくそれを臨機応変に運用した。多年父の傍に寝起している自分にもこの女景清の逸話は始めてであった。自分は思わず耳を傾けて父の顔を見た。
「ついこの間の事で、また実際あった事なんだから御話をするが、その発端はずっと古い。古いたって何も源平時代から説き出すんじゃないからそこは御安心だが、何しろ今から二十五六年前、ちょうど私の腰弁時代とでも云いましょうかね……」
父はこういう前置をして皆なを笑わせた後で本題に這入った。それは彼の友達と云うよりもむしろずっと後輩に当る男の艶聞見たようなものであった。もっとも彼は遠慮して名前を云わなかった。自分は家へ出入る人の数々について、たいていは名前も顔も覚えていたが、この逸話をもった男だけはいくら考えてもどんな想像も浮かばなかった。自分は心のうちで父は今表向多分この人と交際しているのではなかろうと疑ぐった。
何しろ事はその人の二十前後に起ったので、その時当人は高等学校へ這入り立てだとか、這入ってから二年目になるとか、父ははなはだ瞹眛な説明をしていたが、それはどっちにしたって、我々の気にかかるところではなかった。
「その人は好い人間だ。好い人間にもいろいろあるが、まあ好い人間だ。今でもそうだから、廿歳ぐらいの時分は定めて可愛らしい坊ちゃんだったろう」
父はその男をこう荒っぽく叙述しておいて、その男とその家の召使とがある関係に陥入った因果をごく単簡に物語った。
「元来そいつはね本当の坊ちゃんだから、情事なんて洒落た経験はまるでそれまで知らなかったのだそうだ。当人もまた婦人に慕われるなんて粋事は自分のようなものにとうてい有り得べからざる奇蹟と思っていたのだそうだ。ところがその奇蹟が突然天から降って来たので大変驚ろいたんですね」
話しかけられた客はむしろ真面目な顔をして、「なるほど」と受けていたが、自分はおかしくてたまらなかった。淋しそうな兄の頬にも笑の渦が漂よった。
「しかもそれが男の方が消極的で、女の方が積極的なんだからいよいよ妙ですよ。私がそいつに、その女が君に覚召があると悟ったのはどういう機だと聞いたらね。真面目な顔をして、いろいろ云いましたが、そのうちで一番面白いと思ったせいか、いまだに覚えているのは、そいつが瓦煎餅か何か食ってるところへ女が来て、私にもその御煎餅をちょうだいなと云うや否や、そいつの食い欠いた残りの半分を引っ手繰って口へ入れたという時なんです」
父の話方は無論滑稽を主にして、大事の真面目な方を背景に引き込ましてしまうので、聞いている客を始め我々三人もただ笑うだけ笑えばそれで後には何も残らないような気がした。その上客は笑う術をどこかで練修して来たように旨く笑った。一座のうちで比較的真面目だったのはただ兄一人であった。
「とにかくその結果はどうなりました。めでたく結婚したんですか」と冗談とも思われない調子で聞いていた。
「いやそこをこれから話そうというのだ。先刻も云った通り『景清』の趣の出てくるところはこれからさ。今言ってるところはほんの冒頭だて」と父は得意らしく答えた。
十四
父の話すところによると、その男とその女の関係は、夏の夜の夢のようにはかないものであった。しかし契りを結んだ時、男は女を未来の細君にすると言明したそうである。もっともこれは女から申し出した条件でも何でもなかったので、ただ男の口から勢いに駆られて、おのずと迸しった、誠ではあるが実行しにくい感情的の言葉に過ぎなかったと父はわざわざ説明した。
「と云うのはね、両方共おない年でしょう。しかも一方は親の脛を噛ってる前途遼遠の書生だし、一方は下女奉公でもして暮そうという貧しい召使いなんだから、どんな堅い約束をしたって、その約束の実行ができる長い年月の間には、どんな故障が起らないとも限らない。で、女が聞いたそうですよ。あなたが学校を卒業なさると、二十五六に御成んなさる。すると私も同じぐらいに老けてしまう。それでも御承知ですかってね」
父はそこへ来て、急に話を途切らして、膝の下にあった銀煙管へ煙草を詰めた。彼が薄青い煙を一時に鼻の穴から出した時、自分はもどかしさの余り「その人は何て答えました」と聞いた。
父は吸殻を手で叩きながら「二郎がきっと何とか聞くだろうと思った。二郎面白いだろう。世間にはずいぶんいろいろな人があるもんだよ」と云って自分を見た。自分はただ「へえ」と答えた。
「実はわしも聞いて見た、その男に。君何て答えたかって。すると坊ちゃんだね、こう云うんだ。僕は自分の年も先の年も知っていた。けれども僕が卒業したら女がいくつになるか、そこまでは考えていられなかった。いわんや僕が五十になれば先も五十になるなんて遠い未来は全く頭の中に浮かんで来なかったって」
「無邪気なものですね」と兄はむしろ賛嘆の口ぶりを見せた。今まで黙っていた客が急に兄に賛成して、「全くのところ無邪気だ」とか「なるほど若いものになるといかにも一図ですな」とか云った。
「ところが一週間経つか経たないうちにそいつが後悔し始めてね、なに女は平気なんだが、そいつが自分で恐縮してしまったのさ。坊ちゃんだけに意気地のない事ったら。しかし正直ものだからとうとう女に対してまともに結婚破約を申し込んで、しかもきまりの悪そうな顔をして、御免よとか何とか云って謝罪まったんだってね。そこへ行くとおない年だって先は女だもの、『御免よ』なんて子供らしい言葉を聞けば可愛いくもなるだろうが、また馬鹿馬鹿しくもなるだろうよ」
父は大きな声を出して笑った。御客もその反響のごとくに笑った。兄だけはおかしいのだか、苦々しいのだか変な顔をしていた。彼の心にはすべてこう云う物語が厳粛な人生問題として映るらしかった。彼の人生観から云ったら父の話しぶりさえあるいは軽薄に響いたかもしれない。
父の語るところを聞くと、その女はしばらくしてすぐ暇を貰ってそこを出てしまったぎり再び顔を見せなかったけれども、その男はそれ以来二三カ月の間何か考え込んだなり魂が一つ所にこびりついたように動かなかったそうである。一遍その女が近所へ来たと云って寄った時などでも、ほかの人の手前だか何だかほとんど一口も物を云わなかった。しかもその時はちょうど午飯の時で、その女が昔の通り御給仕をしたのだが、男はまるで初対面の者にでも逢ったように口数を利かなかった。
女もそれ以来けっして男の家の敷居を跨がなかった。男はまるでその女の存在を忘れてしまったように、学校を出て家庭を作って、二十何年というつい近頃まで女とは何らの交渉もなく打過ぎた。
十五
「それだけで済めばまあただの逸話さ。けれども運命というものは恐しいもので……」と父がまた語り続けた。
自分は父が何を云い出すかと思って、彼の顔から自分の眼を離し得なかった。父の物語りの概要を摘んで見ると、ざっとこうであった。
その男がその女をまるで忘れた二十何年の後、二人が偶然運命の手引で不意に会った。会ったのは東京の真中であった。しかも有楽座で名人会とか美音会とかのあった薄ら寒い宵の事だそうである。
その時男は細君と女の子を連れて、土間の何列目か知らないが、かねて注文しておいた席に並んでいた。すると彼らが入場して五分経つか立たないのに、今云った女が他の若い女に手を引かれながら這入って来た。彼らも電話か何かで席を予約しておいたと見えて、男の隣にあるエンゲージドと紙札を張った所へ案内されたままおとなしく腰をかけた。二人はこういう奇妙な所で、奇妙に隣合わせに坐った。なおさら奇妙に思われたのは、女の方が昔と違った表情のない盲目になってしまって、ほかにどんな人がいるか全く知らずに、ただ舞台から出る音楽の響にばかり耳を傾けているという、男に取ってはまるで想像すらし得なかった事実であった。
男は始め自分の傍に坐る女の顔を見て過去二十年の記憶を逆さに振られたごとく驚ろいた。次に黒い眸をじっと据えて自分を見た昔の面影が、いつの間にか消えていた女の面影に気がついて、また愕然として心細い感に打たれた。
十時過まで一つの席にほとんど身動きもせずに坐っていた男は、舞台で何をやろうが、ほとんど耳へは這入らなかった。ただ女に別れてから今日に至る運命の暗い糸を、いろいろに想像するだけであった。女はまたわが隣にいる昔の人を、見もせず、知りもせず、全く意識に上す暇もなく、ただ自然に凋落しかかった過去の音楽に、やっとの思いで若い昔を偲ぶ気色を濃い眉の間に示すに過ぎなかった。
二人は突然として邂逅し、突然として別れた。男は別れた後もしばしば女の事を思い出した。ことに彼女の盲目が気にかかった。それでどうかして女のいる所を突きとめようとした。
「馬鹿正直なだけに熱心な男だもんだから、とうとう成功した。その筋道も聞くには聞いたが、くだくだしくって忘れちまったよ。何でも彼がその次に有楽座へ行った時、案内者を捕まえて、何とかかんとかした上に、だいぶ込み入った手数をかけたんだそうだ」
「どこにいたんですその女は」と自分は是非確めたくなった。
「それは秘密だ。名前や所はいっさい云われない事になっている。約束だからね。それは好いが、そいつが私にその盲目の女のいる所を訪問してくれと頼むんだね。何という主意か解らないが、つまりは無沙汰見舞のようなものさ。当人に云わせると、学問しただけに、鹿爪らしい理窟を何が条も並べるけれども。つまり過去と現在の中間を結びつけて安心したいのさ。それにどうして盲目になったか、それが大変当人の神経を悩ましていたと見えてね。と云っていまさらその女と新しい関係をつける気はなし、かつは女房子の手前もあるから、自分はわざわざ出かけたくないのさ。のみならず彼がまた昔その女と別れる時余計な事を饒舌っているんです。僕は少し学問するつもりだから三十五六にならなければ妻帯しない。でやむをえずこの間の約束は取消にして貰うんだってね。ところが奴学校を出るとすぐ結婚しているんだから良心の方から云っちゃあまり心持はよくないのだろう。それでとうとう私が行く事になった」
「まあ馬鹿らしい」と嫂が云った。
「馬鹿らしかったけれどもとうとう行ったよ」と父が答えた。客も自分も興味ありげに笑い出した。
十六
父には人に見られない一種剽軽なところがあった。ある者は直な方だとも云い、ある者は気のおけない男だとも評した。
「親爺は全くあれで自分の地位を拵え上げたんだね。実際のところそれが世の中なんだろう。本式に学問をしたり真面目に考えを纏めたりしたって、社会ではちっとも重宝がらない。ただ軽蔑されるだけだ」
兄はこんな愚痴とも厭味とも、また諷刺とも事実とも、片のつかない感慨を、蔭ながらかつて自分に洩らした事があった。自分は性質から云うと兄よりもむしろ父に似ていた。その上年が若いので、彼のいう意味が今ほど明瞭に解らなかった。
何しろ父がその男に頼まれて、快よく訪問を引受けたのも、多分持って生れた物数奇から来たのだろうと自分は解釈している。
父はやがてその盲目の家を音信れた。行く時に男は土産のしるしだと云って、百円札を一枚紙に包んで水引をかけたのに、大きな菓子折を一つ添えて父に渡した。父はそれを受取って、俥をその女の家に駆った。
女の家は狭かったけれども小綺麗にかつ住心地よくできていた。縁の隅に丸く彫り抜いた御影の手水鉢が据えてあって、手拭掛には小新らしい三越の手拭さえ揺めいていた。家内も小人数らしく寂然として音もしなかった。
父はこの日当りの好いしかし茶がかった小座敷で、初めてその盲人に会った時、ちょっと何と云って好いか分らなかったそうである。
「おれのようなものが言句に窮するなんて馬鹿げた恥を話すようだが実際困ったね。何しろ相手が盲目なんだからね」
父はわざとこう云って皆なを興がらせた。
彼はその場でとうとう男の名を打ち明けて、例の土産ものを取り出しつつ女の前に置いた。女は眼が悪いので菓子折を撫でたり擦ったりして見た上、「どうも御親切に……」と恭しく礼を述べたが、その上にある紙包を手で取上げるや否や、少し変な顔をして「これは?」と念を押すように聞いた。父は例の気性だから、呵々と笑いながら、「それも御土産の一部分です、どうか一緒に受取っておいて下さい」と云った。すると女が水引の結び目を持ったまま、「もしや金子ではございませんか」と問い返した。
「いえ何はなはだ軽少で、――しかし○○さんの寸志ですからどうぞ御納め下さい」
父がこう云った時、女はぱたりとこの紙包を畳の上に落した。そうして閉じた眸をきっと父の方へ向けて、「私は今寡婦でございますが、この間まで歴乎とした夫がございました。子供は今でも丈夫でございます。たといどんな関係があったにせよ、他人さまから金子を頂いては、楽に今日を過すようにしておいてくれた夫の位牌に対してすみませんから御返し致します」と判切云って涙を落した。
「これには実に閉口したね」と父は皆なの顔を一順見渡したが、その時に限って、誰も笑うものはなかった。自分も腹の中で、いかな父でもさすがに弱ったろうと思った。
「その時わしは閉口しながらも、ああ景清を女にしたらやっぱりこんなものじゃなかろうかと思ってね。本当は感心しましたよ。どういう訳で景清を思い出したかと云うとね。ただ双方とも盲目だからと云うばかりじゃない。どうもその女の態度がね……」
父は考えていた。父の筋向うに坐っていた赭顔の客が、「全く気込が似ているからですね」とさもむずかしい謎でも解くように云った。
「全く気込です」と父はすぐ承服した。自分はこれで父の話が結末に来たのかと思って、「なるほどそれは面白い御話です」と全体を批評するような調子で云った。すると父は「まだ後があるんだ。後の方がまだ面白い。ことに二郎のような若い者が聞くと」とつけ加えた。
十七
父は意外な女の見識に、話の腰を折られて、やむをえず席を立とうとした。すると女は始めて女らしい表情を面に湛えて、縋りつくように父をとめた。そうしていつ何日どこで○○が自分を見たのかと聞いた。父は例の有楽座の事を包み蔵さず盲人に話して聞かせた。
「ちょうどあなたの隣に腰をかけていたんだそうです。あなたの方ではまるで知らなかったでしょうが、○○は最初から気がついていたのです。しかし細君や娘の手前、口を利く事もでき悪かったんでしょう。それなり宅へ帰ったと云っていました」
父はその時始めて盲目の涙腺から流れ出る涙を見た。
「失礼ながら眼を御煩いになったのはよほど以前の事なんですか」と聞いた。
「こういう不自由な身体になってから、もう六年ほどにもなりましょうか。夫が亡くなって一年経つか経たないうちの事でございます。生れつきの盲目と違って、当座は大変不自由を致しました」
父は慰めようもなかった。彼女のいわゆる夫というのは何でも、請負師か何かで、存生中にだいぶ金を使った代りに、相応の資産も残して行ったらしかった。彼女はその御蔭で眼を煩った今日でも、立派に独立して暮して行けるのだろうと父は説明した。
彼女は人に誇ってしかるべき倅と娘を持っていた。その倅には高等の教育こそ施してないようだったけれども、何でも銀座辺のある商会へ這入って独立し得るだけの収入を得ているらしかった。娘の方は下町風の育て方で、唄や三味線の稽古を専一と心得させるように見えた。すべてを通じて○○とは遠い過去に焼きつけられた一点の記憶以外に何ものをも共通にもっているとは思えなかった。
父が有楽座の話をした時に、女は両方の眼をうるませて、「本当に盲目ほど気の毒なものはございませんね」と云ったのが、痛く父の胸には応えたそうである。
「○○さんは今何をしておいででございますか」と女はまた空中に何物をか想像するがごとき眼遣をして父に聞いた。父は残りなく○○が学校を出てから以後の経歴を話して聞かせた後、「今じゃなかなか偉くなっていますよ。私見たいな老朽とは違ってね」と答えた。
女は父の返事には耳も借さずに、「定めてお立派な奥さんをお貰いになったでございましょうね」とおとなしやかに聞いた。
「ええもう子供が四人あります」
「一番お上のはいくつにお成りで」
「さようさもう十二三にも成りましょうか。可愛らしい女の子ですよ」
女は黙ったなりしきりに指を折って何か勘定し始めた。その指を眺めていた父は、急に恐ろしくなった。そうして腹の中で余計な事を云って、もう取り返しがつかないと思った。
女はしばらく間をおいて、ただ「結構でございます」と一口云って後は淋しく笑った。しかしその笑い方が、父には泣かれるよりも怒られるよりも変な感じを与えたと云った。
父は○○の宿所を明らさまに告げて、「ちと暇な時に遊びがてら御嬢さんでも連れて行って御覧なさい。ちょっと好い家ですよ。○○も夜ならたいてい御目にかかれると云っていましたから」と云った。すると女はたちまち眉を曇らして、「そんな立派な御屋敷へ我々風情がとても御出入はできませんが」と云ったまましばらく考えていたが、たちまち抑え切れないように真剣な声を出して、「御出入は致しません。先様で来いとおっしゃってもこっちで御遠慮しなければなりません。しかしただ一つ一生の御願に伺っておきたい事がございます。こうして御目にかかれるのももう二度とない御縁だろうと思いますから、どうぞそれだけ聞かして頂いた上心持よく御別れが致したいと存じます」と云った。
十八
父は年の割に度胸の悪い男なので、女からこう云われた時は、どんな凄まじい文句を並べられるかと思って、少からず心配したそうである。
「幸い相手の眼が見えないので、自分の周章さ加減を覚られずにすんだ」と彼はことさらにつけ加えた。その時女はこう云ったそうである。
「私は御覧の通り眼を煩って以来、色という色は皆目見えません。世の中で一番明るい御天道様さえもう拝む事はできなくなりました。ちょっと表へ出るにも娘の厄介にならなければ用事は足せません。いくら年を取っても一人で不自由なく歩く事のできる人間が幾人あるかと思うと、何の因果でこんな業病に罹ったのかと、つくづく辛い心持が致します。けれどもこの眼は潰れてもさほど苦しいとは存じません。ただ両方の眼が満足に開いている癖に、他の料簡方が解らないのが一番苦しゅうございます」
父は「なるほど」と答えた。「ごもっとも」とも答えた。けれども女のいう意味はいっこう通じなかった。彼にはそういう経験がまるでなかったと彼は明言した。女は瞹眛な父の言葉を聞いて、「ねえあなたそうではございませんか」と念を押した。
「そりゃそんな場合は無論有るでしょう」と父が云った。
「有るでしょうでは、あなたもわざわざ○○さんに御頼まれになって、ここまでいらしって下すった甲斐がないではございませんか」と女が云った。父はますます窮した。
自分はこの時偶然兄の顔を見た。そうして彼の神経的に緊張した眼の色と、少し冷笑を洩らしているような嫂の唇との対照を比較して、突然彼らの間にこの間から蟠まっている妙な関係に気がついた。その蟠まりの中に、自分も引きずり込まれているという、一種厭うべき空気の匂いも容赦なく自分の鼻を衝いた。自分は父がなぜ座興とは云いながら、択りに択って、こんな話をするのだろうと、ようやく不安の念が起った。けれども万事はすでに遅かった。父は知らぬ顔をして勝手次第に話頭を進めて行った。
「おれはそれでも解らないから、淡泊にその女に聞いて見た。せっかく○○に頼まれてわざわざここまで来て、肝心な要領を伺わないで引き取っては、あなたに対してはもちろん○○から云っても定めし不本意だろうから、どうかあなたの胸を存分私に打明けて下さいませんか。それでないと私も帰ってから○○に話がし悪いからって」
その時女は始めて思い切った決断の色を面に見せて、「では申し上げます。あなたも○○さんの代理にわざわざ尋ねて来て下さるくらいでいらっしゃるから、定めし関係の深い御方には違いございませんでしょう」という冒頭をおいて、彼女の腹を父に打明けた。
○○が結婚の約束をしながら一週間経つか経たないのに、それを取り消す気になったのは、周囲の事情から圧迫を受けてやむをえず断ったのか、あるいは別に何か気に入らないところでもできて、その気に入らないところを、結婚の約束後急に見つけたため断ったのか、その有体の本当が聞きたいのだと云うのが、女の何より知りたいところであった。
女は二十年以上○○の胸の底に隠れているこの秘密を掘り出したくってたまらなかったのである。彼女には天下の人がことごとく持っている二つの眼を失って、ほとんど他から片輪扱いにされるよりも、いったん契った人の心を確実に手に握れない方が遥かに苦痛なのであった。
「御父さんはどういう返事をしておやりでしたか」とその時兄が突然聞いた。その顔には普通の興味というよりも、異状の同情が籠っているらしかった。
「おれも仕方がないから、そりゃ大丈夫、僕が受け合う。本人に軽薄なところはちっともないと答えた」と父は好い加減な答えをかえって自慢らしく兄に話した。
十九
「女はそんな事で満足したんですか」と兄が聞いた。自分から見ると、兄のこの問には冒すべからざる強味が籠っていた。それが一種の念力のように自分には響いた。
父は気がついたのか、気がつかなかったのか、平気でこんな答をした。
「始は満足しかねた様子だった。もちろんこっちの云う事がそらそれほど根のある訳でもないんだからね。本当を云えば、先刻お前達に話した通り男の方はまるで坊ちゃんなんで、前後の分別も何もないんだから、真面目な挨拶はとてもできないのさ。けれどもそいつがいったん女と関係した後で止せば好かったと後悔したのは、どうも事実に違なかろうよ」
兄は苦々しい顔をして父を見ていた。父は何という意味か、両手で長い頬を二度ほど撫でた。
「この席でこんな御話をするのは少し憚りがあるが」と兄が云った。自分はどんな議論が彼の口から出るか、次第によっては途中からその鉾先を、一座の迷惑にならない方角へ向易えようと思って聞いていた。すると彼はこう続けた。
「男は情慾を満足させるまでは、女よりも烈しい愛を相手に捧げるが、いったん事が成就するとその愛がだんだん下り坂になるに反して、女の方は関係がつくとそれからその男をますます慕うようになる。これが進化論から見ても、世間の事実から見ても、実際じゃなかろうかと思うのです。それでその男もこの原則に支配されて後から女に気がなくなった結果結婚を断ったんじゃないでしょうか」
「妙な御話ね。妾女だからそんなむずかしい理窟は知らないけれども、始めて伺ったわ。ずいぶん面白い事があるのね」
嫂がこう云った時、自分は客に見せたくないような厭な表情を兄の顔に見出したので、すぐそれをごまかすため何か云って見ようとした。すると父が自分より早く口を開いた。
「そりゃ学理から云えばいろいろ解釈がつくかも知れないけれども、まあ何だね、実際はその女が厭になったに相違ないとしたところで、当人面喰らったんだね、まず第一に。その上小胆で無分別で正直と来ているから、それほど厭でなくっても断りかねないのさ」
父はそう云ったなり洒然としていた。
床の前に謡本を置いていた一人の客が、その時父の方を向いてこう云った。
「しかし女というものはとにかく執念深いものですね。二十何年もその事を胸の中に畳込んでおくんですからね。全くのところあなたは好い功徳をなすった。そう云って安心させてやればその眼の見えない女のためにどのくらい嬉しかったか解りゃしません」
「そこがすべての懸合事の気転ですな。万事そうやれば双方のためにどのくらい都合が好いか知れんです」
他の客が続いてこう云った時、父は「いやどうも」と頭を掻いて「実は今云った通り最初はね、そのくらいな事じゃなかなか疑りが解けないんで、私も少々弱らせられました。それをいろいろに光沢をつけたり、出鱈目を拵えたりして、とうとう女を納得させちまったんですが、ずいぶん骨が折れましたよ」と少し得意気であった。
やがて客は謡本を風呂敷に包んで露に濡れた門を潜って出た。皆な後で世間話をしているなかに、兄だけはむずかしい顔をして一人書斎に入った。自分は例のごとく冷かに重い音をさせる上草履の音を一つずつ聞いて、最後にどんと締まる扉の響に耳を傾けた。
二十
二三週間はそれなり過ぎた。そのうち秋がだんだん深くなった。葉鶏頭の濃い色が庭を覗くたびに自分の眼に映った。
兄は俥で学校へ出た。学校から帰るとたいていは書斎へ這入って何かしていた。家族のものでも滅多に顔を合わす機会はなかった。用があるとこっちから二階に上って、わざわざ扉を開けるのが常になっていた。兄はいつでも大きな書物の上に眼を向けていた。それでなければ何か万年筆で細かい字を書いていた。一番我々の眼についたのは、彼の茫然として洋机の上に頬杖を突いている時であった。
彼は一心に何か考えているらしかった。彼は学者でかつ思索家であるから、黙って考えるのは当然の事のようにも思われたが、扉を開けてその様子を見た者は、いかにも寒い気がすると云って、用を済ますのを待ち兼ねて外へ出た。最も関係の深い母ですら、書斎へ行くのをあまりありがたいとは思っていなかったらしい。
「二郎、学者ってものは皆なあんな偏屈なものかね」
この問を聞いた時、自分は学者でないのを不思議な幸福のように感じた。それでただえへへと笑っていた。すると母は真面目な顔をして、「二郎、御前がいなくなると、宅は淋しい上にも淋しくなるが、早く好い御嫁さんでも貰って別になる工面を御為よ」と云った。自分には母の言葉の裏に、自分さえ新しい家庭を作って独立すれば、兄の機嫌が少しはよくなるだろうという意味が明らさまに読まれた。自分は今でも兄がそんな妙な事を考えているのだろうかと疑っても見た。しかし自分もすでに一家を成してしかるべき年輩だし、また小さい一軒の竈ぐらいは、現在の収入でどうかこうか維持して行かれる地位なのだから、かねてから、そういう考えはちらちらと無頓着な自分の頭をさえ横切ったのである。
自分は母に対して、「ええ外へ出る事なんか訳はありません。明日からでも出ろとおっしゃれば出ます。しかし嫁の方はそうちんころのように、何でも構わないから、ただ路に落ちてさえいれば拾って来るというような遣口じゃ僕には不向ですから」と云った。その時母は、「そりゃ無論……」と答えようとするのを自分はわざと遮った。
「御母さんの前ですが、兄さんと姉さんの間ですね。あれにはいろいろ複雑な事情もあり、また僕が固から少し姉さんと知り合だったので、御母さんにも御心配をかけてすまないようですけれども、大根をいうとね。兄さんが学問以外の事に時間を費すのが惜いんで、万事人任せにしておいて、何事にも手を出さずに華族然と澄ましていたのが悪いんですよ。いくら研究の時間が大切だって、学校の講義が大事だって、一生同じ所で同じ生活をしなくっちゃならない吾が妻じゃありませんか。兄さんに云わしたらまた学者相応の意見もありましょうけれども学者以下の我々にはとてもあんな真似はできませんからね」
自分がこんな下らない理窟を云い募っているうちに、母の眼にはいつの間にか涙らしい光の影が、だんだん溜って来たので、自分は驚いてやめてしまった。
自分は面の皮が厚いというのか、遠慮がなさ過ぎると云うのか、それほど宅のものが気兼をして、云わば敬して遠ざけているような兄の書斎の扉を他よりもしばしば叩いて話をした。中へ這入った当分の感じは、さすがの自分にも少し応えた。けれども十分ぐらい経つと彼はまるで別人のように快活になった。自分は苦い兄の心機をこう一転させる自分の手際に重きをおいて、あたかも己れの虚栄心を満足させるための手段らしい態度をもって、わざわざ彼の書斎へ出入した事さえあった。自白すると、突然兄から捕まって危く死地に陥れられそうになったのも、実はこういう得意の瞬間であった。
二十一
その折自分は何を話ていたか今たしかに覚えていない。何でも兄から玉突の歴史を聞いた上、ルイ十四世頃の銅版の玉突台をわざわざ見せられたような気がする。
兄の室へ這入っては、こんな問題を種に、彼の新しく得た知識を、はいはい聞いているのが一番安全であった。もっとも自分も御饒舌だから、兄と違った方面で、ルネサンスとかゴシックとかいう言葉を心得顔にふり廻す事も多かった。しかしたいていは世間離れのしたこう云う談話だけで書斎を出るのが例であったが、その折は何かの拍子で兄の得意とする遺伝とか進化とかについての学説が、銅版の後で出て来た。自分は多分云う事がないため、黙って聞いていたものと見える。その時兄が「二郎お前はお父さんの子だね」と突然云った。自分はそれがどうしたと云わぬばかりの顔をして、「そうです」と答えた。
「おれはお前だから話すが、実はうちのお父さんには、一種妙におっちょこちょいのところがあるじゃないか」
兄から父を評すれば正にそうであるという事を自分は以前から呑込んでいた。けれども兄に対してこの場合何と挨拶すべきものか自分には解らなかった。
「そりゃあなたのいう遺伝とか性質とかいうものじゃおそらくないでしょう。今の日本の社会があれでなくっちゃ、通させないから、やむをえないのじゃないですか。世の中にゃお父さんどころかまだまだたまらないおっちょこがありますよ。兄さんは書斎と学校で高尚に日を暮しているから解らないかも知れないけれども」
「そりゃおれも知ってる。お前の云う通りだ。今の日本の社会は――ことによったら西洋もそうかも知れないけれども――皆な上滑りの御上手ものだけが存在し得るように出来上がっているんだから仕方がない」
兄はこう云ってしばらく沈黙の裡に頭を埋めていた。それから怠そうな眼を上げた。
「しかし二郎、お父さんのは、お気の毒だけれども、持って生れた性質なんだよ。どんな社会に生きていても、ああよりほかに存在の仕方はお父さんに取ってむずかしいんだね」
自分はこの学問をして、高尚になり、かつ迂濶になり過ぎた兄が、家中から変人扱いにされるのみならず、親身の親からさえも、日に日に離れて行くのを眼前に見て、思わず顔を下げて自分の膝頭を見つめた。
「二郎お前もやっぱりお父さん流だよ。少しも摯実の気質がない」と兄が云った。
自分は癇癪の不意に起る野蛮な気質を兄と同様に持っていたが、この場合兄の言葉を聞いたとき、毫も憤怒の念が萌さなかった。
「そりゃひどい。僕はとにかく、お父さんまで世間の軽薄ものといっしょに見做すのは。兄さんは独りぼっちで書斎にばかり籠っているから、それでそういう僻んだ観察ばかりなさるんですよ」
「じゃ例を挙げて見せようか」
兄の眼は急に光を放った。自分は思わず口を閉じた。
「この間謡の客のあった時に、盲女の話をお父さんがしたろう。あのときお父さんは何とかいう人を立派に代表して行きながら、その女が二十何年も解らずに煩悶していた事を、ただ一口にごまかしている。おれはあの時、その女のために腹の中で泣いた。女は知らない女だからそれほど同情は起らなかったけれども、実をいうとお父さんの軽薄なのに泣いたのだ。本当に情ないと思った。……」
「そう女みたように解釈すれば、何だって軽薄に見えるでしょうけれども……」
「そんな事を云うところが、つまりお父さんの悪いところを受け継いでいる証拠になるだけさ。おれは直の事をお前に頼んで、その報告をいつまでも待っていた。ところがお前はいつまでも言葉を左右に託して、空恍けている……」
二十二
「空恍けてると云われちゃちっと可哀そうですね。話す機会もなし、また話す必要がないんですもの」
「機会は毎日ある。必要はお前になくてもおれの方にあるから、わざわざ頼んだのだ」
自分はその時ぐっと行きつまった。実はあの事件以後、嫂について兄の前へ一人出て、真面目に彼女を論ずるのがいかにも苦痛だったのである。自分は話頭を無理に横へ向けようとした。
「兄さんはすでにお父さんを信用なさらず。僕もそのお父さんの子だという訳で、信用なさらないようだが、和歌の浦でおっしゃった事とはまるで矛盾していますね」
「何が」と兄は少し怒気を帯びて反問した。
「何がって、あの時、あなたはおっしゃったじゃありませんか。お前は正直なお父さんの血を受けているから、信用ができる、だからこんな事を打ち明けて頼むんだって」
自分がこう云うと、今度は兄の方がぐっと行きつまったような形迹を見せた。自分はここだと思って、わざと普通以上の力を、言葉の裡へ籠めながらこう云った。
「そりゃ御約束した事ですから、嫂さんについて、あの時の一部始終を今ここで御話してもいっこう差支えありません。固より僕はあまり下らない事だから、機会が来なければ口を開く考えもなし、また口を開いたって、ただ一言で済んでしまう事だから、兄さんが気にかけない以上、何も云う必要を認めないので、今日まで控えていたんですから。――しかし是非何とか報告をしろと、官命で出張した属官流に逼られれば、仕方がない。今即刻でも僕の見た通りをお話します。けれどもあらかじめ断っておきますが、僕の報告から、あなたの予期しているような変な幻はけっして出て来ませんよ。元々あなたの頭にある幻なんで、客観的にはどこにも存在していないんだから」
兄は自分の言葉を聞いた時、平生と違って、顔の筋肉をほとんど一つも動かさなかった。ただ洋卓の前に肱を突いたなり、じっとしていた。眼さえ伏せていたから、自分には彼の表情がちっとも解らなかった。兄は理に明らかなようで、またその理にころりと抛げられる癖があった。自分はただ彼の顔色が少し蒼くなったのを見て、これは必竟彼が自分の強い言語に叩かれたのだと判断した。
自分はそこにあった巻莨入から煙草を一本取り出して燐寸の火を擦った。そうして自分の鼻から出る青い煙と兄の顔とを等分に眺めていた。
「二郎」と兄がようやく云った。その声には力も張もなかった。
「何です」と自分は答えた。自分の声はむしろ驕っていた。
「もうおれはお前に直の事について何も聞かないよ」
「そうですか。その方が兄さんのためにも嫂さんのためにも、また御父さんのためにも好いでしょう。善良な夫になって御上げなさい。そうすれば嫂さんだって善良な夫人でさあ」と自分は嫂を弁護するように、また兄を戒めるように云った。
「この馬鹿野郎」と兄は突然大きな声を出した。その声はおそらく下まで聞えたろうが、すぐ傍に坐っている自分には、ほとんど予想外の驚きを心臓に打ち込んだ。
「お前はお父さんの子だけあって、世渡りはおれより旨いかも知れないが、士人の交わりはできない男だ。なんで今になって直の事をお前の口などから聞こうとするものか。軽薄児め」
自分の腰は思わず坐っている椅子からふらりと離れた。自分はそのまま扉の方へ歩いて行った。
「お父さんのような虚偽な自白を聞いた後、何で貴様の報告なんか宛にするものか」
自分はこういう烈しい言葉を背中に受けつつ扉を閉めて、暗い階段の上に出た。
二十三
自分はそれから約一週間ほどというもの、夕食以外には兄と顔を合した事がなかった。平生食卓を賑やかにする義務をもっているとまで、皆なから思われていた自分が、急に黙ってしまったので、テーブルは変に淋しくなった。どこかで鳴く蛼の音さえ、併んでいる人の耳に肌寒の象徴のごとく響いた。
こういう寂寞たる団欒の中に、お貞さんは日ごとに近づいて来る我結婚の日限を考えるよりほかに、何の天地もないごとくに、盆を膝の上へ載せて御給仕をしていた。陽気な父は周囲に頓着なく、己れに特有な勝手な話ばかりした。しかしその反響はいつものようにどこからも起らなかった。父の方でもまるでそれを予期する気色は見えなかった。
時々席に列ったものが、一度に声を出して笑う種になったのはただ芳江ばかりであった。母などは話が途切れておのずと不安になるたびに、「芳江お前は……」とか何とか無理に問題を拵えて、一時を糊塗するのを例にした。するとそのわざとらしさが、すぐ兄の神経に触った。
自分は食卓を退いて自分の室に帰るたびに、ほっと一息吐くように煙草を呑んだ。
「つまらない。一面識のないものが寄って会食するよりなおつまらない。他の家庭もみんなこんな不愉快なものかしら」
自分は時々こう考えて、早く家を出てしまおうと決心した事もあった。あまり食卓の空気が冷やかな折は、お重が自分の後を恋って、追いかけるように、自分の室へ這入って来た。彼女は何にも云わずにそこで泣き出したりした。ある時はなぜ兄さんに早く詫まらないのだと詰問するように自分を悪らしそうに睨めたりした。
自分は宅にいるのがいよいよ厭になった。元来性急のくせに決断に乏しい自分だけれども、今度こそは下宿なり間借りなりして、当分気を抜こうと思い定めた。自分は三沢の所へ相談に行った。その時自分は彼に、「君が大阪などで、ああ長く煩うから悪いんだ」と云った。彼は「君がお直さんなどの傍に長くくっついているから悪いんだ」と答えた。
自分は上方から帰って以来、彼に会う機会は何度となくあったが、嫂については、いまだかつて一言も彼に告げた例がなかった。彼もまた自分の嫂に関しては、いっさい口を閉じて何事をも云わなかった。
自分は始めて彼の咽喉を洩れる嫂の名を聞いた。またその嫂と自分との間に横わる、深くも浅くも取れる相互関係をあらわした彼の言葉を聞いた。そうして驚きと疑の眼を三沢の上に注いだ。その中に怒を含んでいると解釈した彼は、「怒るなよ」と云った。その後で「気狂になった女に、しかも死んだ女に惚れられたと思って、己惚れているおれの方が、まあ安全だろう。その代り心細いには違ない。しかし面倒は起らないから、いくら惚れても、惚れられてもいっこう差支えない」と云った。自分は黙っていた。彼は笑いながら「どうだ」と自分の肩を捕まえて小突いた。自分には彼の態度が真面目なのか、また冗談なのか、少しも解らなかった。真面目にせよ、冗談にせよ、自分は彼に向って何事をも説明したり、弁明したりする気は起らなかった。
自分はそれでも三沢に適当な宿を一二軒教わって、帰りがけに、自分の室まで見て帰った。家へ戻るや否や誰より先に、まずお重を呼んで、「兄さんもお前の忠告してくれた通り、いよいよ家を出る事にした」と告げた。お重は案外なようなまた予期していたような表情を眉間にあつめて、じっと自分の顔を眺めた。
二十四
兄妹として云えば、自分とお重とは余り仲の善い方ではなかった。自分が外へ出る事を、まず第一に彼女に話したのは、愛情のためというよりは、むしろ面当の気分に打勝たれていた。すると見る見るうちにお重の両方の眼に涙がいっぱい溜って来た。
「早く出て上げて下さい。その代り妾もどんな所でも構わない、一日も早くお嫁に行きますから」と云った。
自分は黙っていた。
「兄さんはいったん外へ出たら、それなり家へ帰らずに、すぐ奥さんを貰って独立なさるつもりでしょう」と彼女がまた聞いた。
自分は彼女の手前「もちろんさ」と答えた。その時お重は今まで持ち応えていた涙をぽろりぽろりと膝の上に落した。
「何だって、そんなに泣くんだ」と自分は急に優しい声を出して聞いた。実際自分はこの事件についてお重の眼から一滴の涙さえ予期していなかったのである。
「だって妾ばかり後へ残って……」
自分に判切聞こえたのはただこれだけであった。その他は彼女のむやみに引泣上げる声が邪魔をしてほとんど崩れたまま自分の鼓膜を打った。
自分は例のごとく煙草を呑み始めた。そうしておとなしく彼女の泣き止むのを待っていた。彼女はやがて袖で眼を拭いて立ち上った。自分はその後姿を見たとき、急に可哀そうになった。
「お重、お前とは好く喧嘩ばかりしたが、もう今まで通り啀み合う機会も滅多にあるまい。さあ仲直りだ。握手しよう」
自分はこう云って手を出した。お重はかえってきまり悪気に躊躇した。
自分はこれからだんだんに父や母に自分の外へ出る決心を打ち明けて、彼らの許諾を一々求めなければならないと思った。ただ最後に兄の所へ行って、同じ決心を是非共繰返す必要があるので、それだけが苦になった。
母に打ち明けたのはたしかその明くる日であった。母はこの唐突な自分の決心に驚いたように、「どうせ出るならお嫁でもきまってからと思っていたのだが。――まあ仕方があるまいよ」と云った後、憮然として自分の顔を見た。自分はすぐその足で、父の居間へ行こうとした。母は急に後から呼び留めた。
「二郎たとい、お前が家を出たってね……」
母の言葉はそれだけで支えてしまった。自分は「何ですか」と聞き返したため、元の場所に立っていなければならなかった。
「兄さんにはもう御話しかい」と母は急に即かぬ事を云い出した。
「いいえ」と自分は答えた。
「兄さんにはかえってお前から直下に話した方が好いかも知れないよ。なまじ、御父さんや御母さんから取次ぐと、かえって感情を害するかも知れないからね」
「ええ僕もそう思っています。なるたけ綺麗にして出るつもりですから」
自分はこう断って、すぐ父の居間に這入った。父は長い手紙を書いていた。
「大阪の岡田からお貞の結婚について、この間また問い合せが来たので、その返事を書こう書こうと思いながら、とうとう今日まで放っておいたから、今日は是非一つその義務を果そうと思って、今書いているところだ。ついでだからそう云っとくが、御前の書く拝啓の啓の字は間違っている。崩すならそこにあるように崩すものだ」
長い手紙の一端がちょうど自分の坐った膝の前に出ていた。自分は啓の字を横に見たが、どこが間違っているのかまるで解らなかった。自分は父が筆を動かす間、床に活けた黄菊だのその後にある懸物だのを心のうちで品評していた。
二十五
父は長い手紙を裾の方から巻き返しながら、「何か用かね、また金じゃないか。金ならないよ」と云って、封筒に上書を認めた。
自分はきわめて簡略に自分の決意を述べた上、「永々御厄介になりましたが……」というような形式の言葉をちょっと後へ付け加えた。父はただ「うんそうか」と答えた。やがて切手を状袋の角へ貼り付けて、「ちょっとそのベルを押してくれ」と自分に頼んだ。自分は「僕が出させましょう」と云って手紙を受け取った。父は「お前の下宿の番地を書いて、御母さんに渡しておきな」と注意した。それから床の幅についていろいろな説明をした。
自分はそれだけ聞いて父の室を出た。これで挨拶の残っているものはいよいよ兄と嫂だけになった。兄にはこの間の事件以来ほとんど親しい言葉を換わさなかった。自分は彼に対して怒り得るほどの勇気を持っていなかった。怒り得るならば、この間罵しられて彼の書斎を出るとき、すでに激昂していなければならなかった。自分は後から小さな石膏像の飛んでくるぐらいに恐れを抱く人間ではなかった。けれどもあの時に限って、怒るべき勇気の源がすでに枯れていたような気がする。自分は室に入った幽霊が、ふうとまた室を出るごとくに力なく退却した。その後も彼の書斎の扉を叩いて、快く詫まるだけの度胸は、どこからも出て来なかった。かくして自分は毎日苦い顔をしている彼の顔を、晩餐の食卓に見るだけであった。
嫂とも自分は近頃滅多に口を利かなかった。近頃というよりもむしろ大阪から帰って後という方が適当かも知れない。彼女は単独に自分の箪笥などを置いた小さい部屋の所有主であった。しかしながら彼女と芳江が二人ぎりそこに遊んでいる事は、一日中で時間につもるといくらもなかった。彼女はたいてい母と共に裁縫その他の手伝をして日を暮していた。
父や母に自分の未来を打ち明けた明る朝、便所から風呂場へ通う縁側で、自分はこの嫂にぱたりと出会った。
「二郎さん、あなた下宿なさるんですってね。宅が厭なの」と彼女は突然聞いた。彼女は自分の云った通りを、いつの間にか母から伝えられたらしい言葉遣をした。自分は何気なく「ええしばらく出る事にしました」と答えた。
「その方が面倒でなくって好いでしょう」
彼女は自分が何か云うかと思って、じっと自分の顔を見ていた。しかし自分は何とも云わなかった。
「そうして早く奥さんをお貰いなさい」と彼女の方からまた云った。自分はそれでも黙っていた。
「早い方が好いわよあなた。妾探して上げましょうか」とまた聞いた。
「どうぞ願います」と自分は始めて口を開いた。
嫂は自分を見下げたようなまた自分を調戯うような薄笑いを薄い唇の両端に見せつつ、わざと足音を高くして、茶の間の方へ去った。
自分は黙って、風呂場と便所の境にある三和土の隅に寄せ掛けられた大きな銅の金盥を見つめた。この金盥は直径二尺以上もあって自分の力で持上げるのも困難なくらい、重くてかつ大きなものであった。自分は子供の時分からこの金盥を見て、きっと大人の行水を使うものだとばかり想像して、一人嬉しがっていた。金盥は今塵で佗しく汚れていた。低い硝子戸越しには、これも自分の子供時代から忘れ得ない秋海棠が、変らぬ年ごとの色を淋しく見せていた。自分はこれらの前に立って、よく秋先に玄関前の棗を、兄と共に叩き落して食った事を思い出した。自分はまだ青年だけれども、自分の背後にはすでにこれだけ無邪気な過去がずっと続いている事を発見した時、今昔の比較が自から胸に溢れた。そうしてこれからこの餓鬼大将であった兄と不愉快な言葉を交換して、わが家を出なければならないという変化に想い及んだ。
二十六
その日自分が事務所から帰ってお重に「兄さんは」と聞くと、「まだよ」という返事を得た。
「今日はどこかへ廻る日なのかね」と重ねて尋ねた時、お重は「どうだか知らないわ。書斎へ行って壁に貼りつけてある時間表を見て来て上げましょうか」と云った。
自分はただ兄が帰ったら教えてくれるように頼んで、誰にも会わずに室へ這入った。洋服を脱ぎ替えるのも面倒なので、そのまま横になって寝ているうち、いつの間にか本当の眠りに落ちた。そうして他人に説明も何もできないような複雑に変化する不安な夢に襲われていると、急にお重から起された。
「大兄さんがお帰りよ」
こういう彼女の言葉が耳に這入った時、自分はすぐ起ち上がった。けれども意識は朦朧として、夢のつづきを歩いていた。お重は後から「まあ顔でも洗っていらっしゃい」と注意した。判然しない自分の意識は、それすらあえてする勇気を必要と感ぜしめなかった。
自分はそのまま兄の書斎に這入った。兄もまだ洋服のままであった。彼は扉の音を聞いて、急に入口に眼を転じた。その光のうちにはある予期を明かに示していた。彼が外出して帰ると、嫂が芳江を連れて、不断の和服を持って上がって来るのが、その頃の習慣であった。自分は母が嫂に「こういう風におしよ」と云いつけたのを傍にいて聞いていた事がある。自分はぼんやりしながらも、兄のこの眼附によって、和服の不断着より、嫂と芳江とを彼は待ち設けていたのだと覚った。
自分は寝惚けた心持が有ったればこそ、平気で彼の室を突然開けたのだが、彼は自分の姿を敷居の前に見て、少しも怒りの影を現さなかった。しかしただ黙って自分の背広姿を打ち守るだけで、急に言葉を出す気色はなかった。
「兄さん、ちょっと御話がありますが……」
と、自分はついにこっちから切り出した。
「こっちへ御這入り」
彼の言語は落ちついていた。かつこの間の事について何の介意をも含んでいないらしく自分の耳に響いた。彼は自分のために、わざわざ一脚の椅子を己れの前へ据えて、自分を麾ねいた。
自分はわざと腰をかけずに、椅子の背に手を載せたまま、父や母に云ったとほぼ同様の挨拶を述べた。兄は尊敬すべき学者の態度で、それを静かに聞いていた。自分の単簡の説明が終ると、彼は嬉しくも悲しくもない常の来客に応接するような態度で「まあそこへおかけ」と云った。
彼は黒いモーニングを着て、あまり好い香のしない葉巻を燻らしていた。
「出るなら出るさ。お前ももう一人前の人間だから」と云ってしばらく煙ばかり吐いていた。それから「しかしおれがお前を出したように皆なから思われては迷惑だよ」と続けた。「そんな事はありません。ただ自分の都合で出るんですから」と自分は答えた。
自分の寝惚けた頭はこの時しだいに冴えて来た。できるだけ早く兄の前から退きたくなった結果、ふり返って室の入口を見た。
「直も芳江も今湯に這入っているようだから、誰も上がって来やしない。そんなにそわそわしないでゆっくり話すが好い、電灯でも点けて」
自分は立ち上がって、室の内を明るくした。それから、兄の吹かしている葉巻を一本取って火を点けた。
「一本八銭だ。ずいぶん悪い煙草だろう」と彼が云った。
二十七
「いつ出るつもりかね」と兄がまた聞いた。
「今度の土曜あたりにしようかと思ってます」と自分は答えた。
「一人出るのかい」と兄がまた聞いた。
この奇異な質問を受けた時、自分はしばらく茫然として兄の顔を打ち守っていた。彼がわざとこう云う失礼な皮肉を云うのか、そうでなければ彼の頭に少し変調を来したのか、どっちだか解らないうちは、自分にもどの見当へ打って出て好いものか、料簡が定まらなかった。
彼の言葉は平生から皮肉たくさんに自分の耳を襲った。しかしそれは彼の智力が我々よりも鋭敏に働き過ぎる結果で、その他に悪気のない事は、自分によく呑み込めていた。ただこの一言だけは鼓膜に響いたなり、いつまでもそこでじんじん熱く鳴っていた。
兄は自分の顔を見て、えへへと笑った。自分はその笑いの影にさえ歇斯的里性の稲妻を認めた。
「無論一人で出る気だろう。誰も連れて行く必要はないんだから」
「もちろんです。ただ一人になって、少し新しい空気を吸いたいだけです」
「新しい空気はおれも吸いたい。しかし新しい空気を吸わしてくれる所は、この広い東京に一カ所もない」
自分は半ばこの好んで孤立している兄を憐れんだ。そうして半ば彼の過敏な神経を悲しんだ。
「ちっと旅行でもなすったらどうです。少しは晴々するかも知れません」
自分がこう云った時、兄はチョッキの隠袋から時計を出した。
「まだ食事の時間には少し間があるね」と云いながら、彼は再び椅子に腰を落ちつけた。そうして「おい二郎もうそうたびたび話す機会もなくなるから、飯ができるまでここで話そうじゃないか」と自分の顔を見た。
自分は「ええ」と答えたが、少しも尻は坐らなかった。その上何も話す種がなかった。すると兄が突然「お前パオロとフランチェスカの恋を知ってるだろう」と聞いた。自分は聞いたような、聞かないような気がするので、すぐとは返事もできなかった。
兄の説明によると、パオロと云うのはフランチェスカの夫の弟で、その二人が夫の眼を忍んで、互に慕い合った結果、とうとう夫に見つかって殺されるという悲しい物語りで、ダンテの神曲の中とかに書いてあるそうであった。自分はその憐れな物語に対する同情よりも、こんな話をことさらにする兄の心持について、一種厭な疑念を挟さんだ。兄は臭い煙草の煙の間から、始終自分の顔を見つめつつ、十三世紀だか十四世紀だか解らない遠い昔の以太利の物語をした。自分はその間やっとの事で、不愉快の念を抑えていた。ところが物語が一応済むと、彼は急に思いも寄らない質問を自分に掛けた。
「二郎、なぜ肝心な夫の名を世間が忘れてパオロとフランチェスカだけ覚えているのか。その訳を知ってるか」
自分は仕方がないから「やっぱり三勝半七見たようなものでしょう」と答えた。兄は意外な返事にちょっと驚いたようであったが、「おれはこう解釈する」としまいに云い出した。
「おれはこう解釈する。人間の作った夫婦という関係よりも、自然が醸した恋愛の方が、実際神聖だから、それで時を経るに従がって、狭い社会の作った窮屈な道徳を脱ぎ棄てて、大きな自然の法則を嘆美する声だけが、我々の耳を刺戟するように残るのではなかろうか。もっともその当時はみんな道徳に加勢する。二人のような関係を不義だと云って咎める。しかしそれはその事情の起った瞬間を治めるための道義に駆られた云わば通り雨のようなもので、あとへ残るのはどうしても青天と白日、すなわちパオロとフランチェスカさ。どうだそうは思わんかね」
二十八
自分は年輩から云っても性格から云っても、平生なら兄の説に手を挙げて賛成するはずであった。けれどもこの場合、彼がなぜわざわざパオロとフランチェスカを問題にするのか、またなぜ彼ら二人が永久に残る理由を、物々しく解説するのか、その主意が分らなかったので、自然の興味は全く不快と不安の念に打ち消されてしまった。自分は奥歯に物の挟まったような兄の説明を聞いて、必竟それがどうしたのだという気を起した。
「二郎、だから道徳に加勢するものは一時の勝利者には違ないが、永久の敗北者だ。自然に従うものは、一時の敗北者だけれども永久の勝利者だ……」
自分は何とも云わなかった。
「ところがおれは一時の勝利者にさえなれない。永久には無論敗北者だ」
自分はそれでも返事をしなかった。
「相撲の手を習っても、実際力のないものは駄目だろう。そんな形式に拘泥しないでも、実力さえたしかに持っていればその方がきっと勝つ。勝つのは当り前さ。四十八手は人間の小刀細工だ。膂力は自然の賜物だ。……」
兄はこういう風に、影を踏んで力んでいるような哲学をしきりに論じた。そうして彼の前に坐っている自分を、気味の悪い霧で、一面に鎖してしまった。自分にはこの朦朧たるものを払い退けるのが、太い麻縄を噛み切るよりも苦しかった。
「二郎、お前は現在も未来も永久に、勝利者として存在しようとするつもりだろう」と彼は最後に云った。
自分は癇癪持だけれども兄ほど露骨に突進はしない性質であった。ことさらこの時は、相手が全然正気なのか、または少し昂奮し過ぎた結果、精神に尋常でない一種の状態を引き起したのか、第一その方を懸念しなければならなかった。その上兄の精神状態をそこに導いた原因として、どうしても自分が責任者と目指されているという事実を、なおさら苛く感じなければならなかった。
自分はとうとうしまいまで一言も云わずに兄の言葉を聞くだけ聞いていた。そうしてそれほど疑ぐるならいっそ嫂を離別したら、晴々して好かろうにと考えたりした。
ところへその嫂が兄の平生着を持って、芳江の手を引いて、例のごとく階段を上って来た。
扉の敷居に姿を現した彼女は、風呂から上りたてと見えて、蒼味の注した常の頬に、心持の好いほど、薄赤い血を引き寄せて、肌理の細かい皮膚に手触を挑むような柔らかさを見せていた。
彼女は自分の顔を見た。けれども一言も自分には云わなかった。
「大変遅くなりました。さぞ御窮屈でしたろう。あいにく御湯へ這入っていたものだから、すぐ御召を持って来る事ができなくって」
嫂はこう云いながら兄に挨拶した。そうして傍に立っていた芳江に、「さあお父さんに御帰り遊ばせとおっしゃい」と注意した。芳江は母の命令通り「御帰り」と頭を下げた。
自分は永らくの間、嫂が兄に対してこれほど家庭の夫人らしい愛嬌を見せた例を知らなかった。自分はまたこの愛嬌に対して柔げられた兄の気分が、彼の眼に強く集まった例も知らなかった。兄は人の手前極めて自尊心の強い男であった。けれども、子供のうちから兄といっしょに育った自分には、彼の脳天を動きつつある雲の往来がよく解った。
自分は助け船が不意に来た嬉しさを胸に蔵して兄の室を出た。出る時嫂は一面識もない眼下のものに挨拶でもするように、ちょっと頭を下げて自分に黙礼をした。自分が彼女からこんな冷淡な挨拶を受けたのもまた珍らしい例であった。
二十九
二三日してから自分はとうとう家を出た。父や母や兄弟の住む、古い歴史をもった家を出た。出る時はほとんど何事をも感じなかった。母とお重が別れを惜むように浮かない顔をするのが、かえって厭であった。彼らは自分の自由行動をわざと妨げるように感ぜられた。
嫂だけは淋しいながら笑ってくれた。
「もう御出掛。では御機嫌よう。またちょくちょく遊びにいらっしゃい」
自分は母やお重の曇った顔を見た後で、この一口の愛嬌を聞いた時、多少の愉快を覚えた。
自分は下宿へ移ってからも有楽町の事務所へ例の通り毎日通っていた。自分をそこへ周旋してくれたものは、例の三沢であった。事務所の持主は、昔三沢の保証人をしていた(兄の同僚の)Hの叔父に当る人であった。この人は永らく外国にいて、内地でも相応に経験を積んだ大家であった。胡麻塩頭の中へ指を突っ込んで、むやみに頭垢を掻き落す癖があるので、差し向の間に火鉢でも置くと、時々火の中から妙な臭を立てさせて、ひどく相手を弱らせる事があった。
「君の兄さんは近来何を研究しているか」などとたびたび自分に聞いた。自分は仕方なしに、「何だか一人で書斎に籠ってやってるようです」と極めて大体な答えをするのを例のようにしていた。
梧桐が坊主になったある朝、彼は突然自分を捕えて、「君の兄さんは近頃どうだね」とまた聞いた。こう云う彼の質問に慣れ切っていた自分も、その時ばかりは余りの不意打にちょっと返事を忘れた。
「健康はどうだね」と彼はまた聞いた。
「健康はあまり好い方じゃないです」と自分は答えた。
「少し気をつけないといけないよ。あまり勉強ばかりしていると」と彼は云った。
自分は彼の顔を打ち守って、そこに一種の真面目な眉と眼の光とを認めた。
自分は家を出てから、まだ一遍しか家へ行かなかった。その折そっと母を小蔭に呼んで、兄の様子を聞いて見たら「近頃は少し好いようだよ。時々裏へ出て芳江をブランコに載せて、押してやったりしているからね。……」
自分はそれで少しは安心した。それぎり宅の誰とも顔を合わせる機会を拵えずに今日まで過ぎたのである。
昼の時間に一品料理を取寄せて食っていると、B先生(事務所の持主)がまた突然「君はたしか下宿したんだったね」と聞いた。自分はただ簡単に「ええ」と答えておいた。
「なぜ。家の方が広くって便利だろうじゃないか。それとも何か面倒な事でもあるのかい」
自分はぐずついてすこぶる曖昧な挨拶をした。その時呑み込んだ麺麭の一片が、いかにも水気がないように、ぱさぱさと感ぜられた。
「しかし一人の方がかえって気楽かも知れないね。大勢ごたごたしているよりも。――時に君はまだ独身だろう、どうだ早く細君でももっちゃ」
自分はB先生のこの言葉に対しても、平生の通り気楽な答ができなかった。先生は「今日は君いやに意気銷沈しているね」と云ったぎり話頭を転じて、他のものと愚にもつかない馬鹿話を始め出した。自分は自分の前にある茶碗の中に立っている茶柱を、何かの前徴のごとく見つめたぎり、左右に起る笑い声を聞くともなく、また聞かぬでもなく、黙然と腰をかけていた。そうして心の裡で、自分こそ近頃神経過敏症に罹っているのではなかろうかと不愉快な心配をした。自分は下宿にいてあまり孤独なため、こう頭に変調を起したのだと思いついて、帰ったら久しぶりに三沢の所へでも話に行こうと決心した。
三十
その晩三沢の二階に案内された自分は、気楽そうに胡坐をかいた彼の姿を見て羨ましい心持がした。彼の室は明るい電灯と、暖かい火鉢で、初冬の寒さから全然隔離されているように見えた。自分は彼の痼疾が秋風の吹き募るに従って、漸々好い方へ向いて来た事を、かねてから彼の色にも姿にも知った。けれども今の自分と比較して、彼がこうゆったり構えていようとは思えなかった。高くて暑い空を、恐る恐る仰いで暮らした大阪の病院を憶い起すと、当時の彼と今の自分とは、ほとんど地を換えたと一般であった。
彼はつい近頃父を失った結果として、当然一家の主人に成り済ましていた。Hさんを通してB先生から彼を使いたいと申し込まれた時も、彼はまず己れを後にするという好意からか、もしくは贅沢な択好みからか、せっかくの位置を自分に譲ってくれた。
自分は電灯で照された彼の室を見廻して、その壁を隙間なく飾っている風雅なエッチングや水彩画などについて、しばらく彼と話し合った。けれどもどういうものか、芸術上の議論は十分経つか経たないうちに自然と消えてしまった。すると三沢は突然自分に向って、「時に君の兄さんだがね」と云い出した。自分はここでもまた兄さんかと驚いた。
「兄がどうしたって?」
「いや別にどうしたって事もないが……」
彼はこれだけ云ってただ自分の顔を眺めていた。自分は勢い彼の言葉とB先生の今朝の言葉とを胸の中で結びつけなければならなかった。
「そう半分でなく、話すなら皆な話してくれないか。兄がいったいどうしたと云うんだ。今朝もB先生から同じような事を聞かれて、妙な気がしているところだ」
三沢は焦烈ったそうな自分の顔をなお懇気に見つめていたが、やがて「じゃ話そう」と云った。
「B先生の話も僕のもやっぱり同じHさんから出たのだろうと思うがね。Hさんのはまた学生から出たのだって云ったよ。何でもね、君の兄さんの講義は、平生から明瞭で新しくって、大変学生に気受が好いんだそうだが、その明瞭な講義中に、やはり明瞭ではあるが、前後とどうしても辻褄の合わない所が一二箇所出て来るんだってね。そうしてそれを学生が質問すると、君の兄さんは元来正直な人だから、何遍も何遍も繰返して、そこを説明しようとするが、どうしても解らないんだそうだ。しまいに手を額へ当てて、どうも近来頭が少し悪いもんだから……とぼんやり硝子窓の外を眺めながら、いつまでも立っているんで、学生も、そんならまたこの次にしましょうと、自分の方で引き下がった事が、何でも幾遍もあったと云う話さ。Hさんは僕に今度長野(自分の姓)に逢ったら、少し注意して見るが好い。ことによると烈しい神経衰弱なのかも知れないからって云ったが、僕もとうとうそれなり忘れてしまって、今君の顔を見るまで実は思い出せなかったのだ」
「そりゃいつ頃の事だ」と自分はせわしなく聞いた。
「ちょうど君の下宿する前後の事だと思っているが、判然した事は覚えていない」
「今でもそうなのか」
三沢は自分の思い逼った顔を見て、慰めるように「いやいや」と云った。
「いやいやそれはほんに一時的の事であったらしい。この頃では全然平生と変らなくなったようだと、Hさんが二三日前僕に話したから、もう安心だろう。しかし……」
自分は家を出た時に自分の胸に刻み込んだ兄との会見を思わず憶い出した。そうしてその折の自分の疑いが、あるいは学校で証明されたのではなかろうかと考えて、非常に心細くかつ恐ろしく感じた。
三十一
自分は力めて兄の事を忘れようとした。するとふと大阪の病院で三沢から聞いた精神病の「娘さん」を聯想し始めた。
「あのお嬢さんの法事には間に合ったのかね」と聞いて見た。
「間に合った。間に合ったが、実にあの娘さんの親達は失敬な厭な奴だ」と彼は拳骨でも振り廻しそうな勢いで云った。自分は驚いてその理由を聞いた。
彼はその日三沢家を代表して、築地の本願寺の境内とかにある菩提所に参詣した。薄暗い本堂で長い読経があった後、彼も列席者の一人として、一抹の香を白い位牌の前に焚いた。彼の言葉によると、彼ほどの誠をもって、その若く美しい女の霊前に額ずいたものは、彼以外にほとんどあるまいという話であった。
「あいつらはいくら親だって親類だって、ただ静かなお祭りでもしている気になって、平気でいやがる。本当に涙を落したのは他人のおれだけだ」
自分は三沢のこういう憤慨を聞いて、少し滑稽を感じたが、表ではただ「なるほど」と肯がった。すると三沢は「いやそれだけなら何も怒りゃしない。しかし癪に障ったのはその後だ」
彼は一般の例に従って、法要の済んだ後、寺の近くにある或る料理屋へ招待された。その食事中に、彼女の父に当る人や、母に当る女が、彼に対して談をするうちに妙に引っ掛って来た。何の悪意もない彼には、最初いっこうその当こすりが通じなかったが、だんだん時間の進むに従って、彼らの本旨がようやく分って来た。
「馬鹿にもほどがあるね。露骨にいえばさ、あの娘さんを不幸にした原因は僕にある。精神病にしたのも僕だ、とこうなるんだね。そうして離別になった先の亭主は、まるで責任のないように思ってるらしいんだから失敬じゃないか」
「どうしてまたそう思うんだろう。そんなはずはないがね。君の誤解じゃないか」と自分が云った。
「誤解?」と彼は大きな声を出した。自分は仕方なしに黙った。彼はしきりにその親達の愚劣な点を述べたててやまなかった。その女の夫となった男の軽薄を罵しって措かなかった。しまいにこう云った。
「なぜそんなら始めから僕にやろうと云わないんだ。資産や社会的の地位ばかり目当にして……」
「いったい君は貰いたいと申し込んだ事でもあるのか」と自分は途中で遮った。
「ないさ」と彼は答えた。
「僕がその娘さんに――その娘さんの大きな潤った眼が、僕の胸を絶えず往来するようになったのは、すでに精神病に罹ってからの事だもの。僕に早く帰って来てくれと頼み始めてからだもの」
彼はこう云って、依然としてその女の美しい大な眸を眼の前に描くように見えた。もしその女が今でも生きていたならどんな困難を冒しても、愚劣な親達の手から、もしくは軽薄な夫の手から、永久に彼女を奪い取って、己れの懐で暖めて見せるという強い決心が、同時に彼の固く結んだ口の辺に現れた。
自分の想像は、この時その美しい眼の女よりも、かえって自分の忘れようとしていた兄の上に逆戻りをした。そうしてその女の精神に祟った恐ろしい狂いが耳に響けば響くほど、兄の頭が気にかかって来た。兄は和歌山行の汽車の中で、その女はたしかに三沢を思っているに違ないと断言した。精神病で心の憚が解けたからだとその理由までも説明した。兄はことによると、嫂をそういう精神病に罹らして見たい、本音を吐かせて見たい、と思ってるかも知れない。そう思っている兄の方が、傍から見ると、もうそろそろ神経衰弱の結果、多少精神に狂いを生じかけて、自分の方から恐ろしい言葉を家中に響かせて狂い廻らないとも限らない。
自分は三沢の顔などを見ている暇をもたなかった。
三十二
自分はかねて母から頼まれて、この次もし三沢の所へ行ったら、彼にお重を貰う気があるか、ないか、それとなく彼の様子を探って来るという約束をした。しかしその晩はどうしてもそういう元気が出なかった。自分の心持を了解しない彼は、かえって自分に結婚を勧めてやまなかった。自分の頭はまたそれに対して気乗のした返事をするほど、穏かに澄んでいなかった。彼は折を見て、ある候補者を自分に紹介すると云った。自分は生返事をして彼の家を出た。外は十文字に風が吹いていた。仰ぐ空には星が粉のごとくささやかな力を集めて、この風に抵抗しつつ輝いた。自分は佗しい胸の上に両手を当てて下宿へ帰った。そうして冷たい蒲団の中にすぐ潜り込んだ。
それから二三日しても兄の事がまだ気にかかったなり、頭がどうしても自分と調和してくれなかった。自分はとうとう番町へ出かけて行った。直接兄に会うのが厭なので、二階へはとうとう上らなかったが、母を始め他の者には無沙汰見舞の格で、何気なく例