薔薇の女
馬車はヴェラクルスへ〈[#「ヴェラクルスへ」は底本では「ヴエラクルスへへ」]〉向けて
バランカで一休みして馬車は再び走り初めた。空は美しく谷あいの風は新鮮であった。
突然パリロ氏がその二人連の方を目くばせしながらフェリラ氏に囁いた。
「御存知ですか?」
「左様、婦人の方ならば。ロジタ・フェレスと申される侯爵夫人です。数日前、エグザノ橋の辺で二人の男が彼女のために決闘をして、その一人は死にました。」
「やれやれ、して相手はどうなりました?」
「多分、今一緒にいる男がそうでしょう。」
「山賊みたいな奴ですな。」
医師はそこでギョッとした。医師はこの街道筋が
「併し一概に山賊などと云っても中には
「たとえばあの有名なザバタスの如きですな。私は何とかして彼と一度出会って見たいものだとさえ思います。」
すると見知らぬ男は口を挟んだ。
「ドクトル! ヴェラクルスへ着く前にあなたは
「それは素敵だ!」と医者はその男に云った。「私は〈[#「「私は」は底本では「私は」]〉いろいろと彼の噂を聞いています。〈[#「います。」は底本では「います」]〉
「さあ」と男は首をかしげた。
「ザバタスは先ず僧正に向って「坊さま、あなたのよき祝福を下さいませ」と云ったのです。勿論僧正は彼の望むものを授けてやりました。ザバタスはそれから、そのすべての宝石を差し出している侯爵夫人に対して、いとも慇懃に帽子を脱ぐとさて「いやいや、奥さま。何卒宝石はお
「
「失礼ですが――」と見知らぬ男は云った。
「ザバタスは全く彼の部下のした事を与り知らなかったので、やがてそれを発見するに及んでその無頼漢を
「なんですって? そんな事をどうして君は知っているのです?」
「私がそいつを縊り殺したからさ」
「あ、あ、あなたがザバタスなんですか!?」
当人はおののき忮えて叫んだ。
「如何にも私こそ彼自身です。」と見知らぬ男は様子ぶってお辞儀をした。
医者も、牧場主も、
「あなたはなぜあんな出鱈目を仰有ったの?」
「ふっ! 僕はお前とたった二人っきりでこの楽しい旅がしたかったのだよ。――」
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