第68回国会における佐藤内閣総理大臣施政方針演説
演説
[編集]新しい年を迎え,第68回国会が開かれるにあたり,所信を申し述べたいと存じます。
まず,戦後20有余年のながきにわたつて,米国の施政権下に置かれてきた琉球諸島および大東諸島は,本年5月15日,わが国に復帰することになりました。ここに謹んでご報告申しあげ,国民各位とともにこれを喜びたいと思います。
沖縄の本土復帰は,長期にわたる民族的宿願の達成を意味するものであり,わが国の歴史上きわめて大きな意義を有するばかりでなく,戦後の国際関係の推移にとつても,1つの時期を画する重大な出来事であると考えます。これをなし得たのは,沖縄県民をはじめ1億国民の英知と努力によるものであり,さらには戦後一貫してつちかわれてきた日米間の友好信頼関係のたまものにほかなりません。
顧みれぼ昭和39年,わたくしは政権担当の重責をになうにあたつて,沖縄返還の実現を自らの大きな政治目標の一つとして掲げました。翌40年沖縄現地を視察して,沖縄同胞の祖国復帰への切なる訴えを聞き,いよいよその決意を固くいたしたのであります。爾来7年余にわたりこの問題に真正面から取り組んでまいりましたが,ここに復帰の実現をみるにいたりましたことは,まことに感慨無量なるものがあります。沖縄の祖国復帰は,1969年の日米共同声明ならびに沖縄返還協定にあるとおり,核抜き本土並みの原則のもとにその実現をみるのであります。この点について米国政府は,返還に際し,沖縄には核兵器が存在しないことを確認するとの意向を明らかにしております。また,沖縄における人口密集地および産業開発と密接な関係にある地域に存在する米軍の施設・区域については,復帰後できる限り整理縮小することについても米側の理解を得ております。このようなかたちで,沖縄が自由を守り平和に徹するわが国の不可分の領土としてその施政権が返還されることは,アジアにおける緊張の緩和を促進し,新たな安定と秩序を築くことを可能にする所以でもあると信ずるものであります。
沖縄100万の同胞は,戦中,戦後を通じて大きな犠牲を払つてこられました。われわれは沖縄同胞の苦悩を忘れてはならないものであります。国民各位とともに,沖縄県民のご苦労を深くねぎらいたいと思います。そのためには,平和で豊かな県づくりに全力をあげなければなりません。わたくしは,今後とも沖縄の緑の島としての環境を保持しつつ,その開発と発展を図り,県民の福祉の向上に最大の努力を傾けるとともに,沖縄国際海洋博覧会が成功裡に開催されるよう,各界の力を結集し,国をあげて取り組んでまいる所存であります。
つぎに,サン・クレメンテにおけるニクソン米国大統領とわたくしの会談について申し述べます。わが国にとつて,米国との関係は,他のいかなる国との関係にもまして重要であります。今日,国際関係がいかに多極化したとはいえ,この事実にはいささかの変化もないものと考えます。わたくしはこの基本的な認識のもと,これまですでに4回訪米し,米国首脳と日米間の友好と協力関係の維持増進について話し合いを行なつてきたのでありますが,今回は,沖縄返還協定が両国国会で承認されたこと,多国間の通貨調整が成功したことなどの新しい事態をふまえ,新たな日米関係ならびに国際関係全般について,率直な意見の交換を行ないました。その結果,日米両国の信頼と協力の関係が,日米両国のそれぞれにとつてのみならず,アジアひいては世界全体の平和と繁栄にとつてもきわめて重要なものであることについて,重ねて意見の一致をみました。また,米国はわが国との緊密な協力なくしてはアジアにおける緊張緩和の達成を図ることは困難である一方,同様に米国との協力によつてこそ,わが国は自らの平和と繁栄を確保し,アジアの安定と発展のために寄与することができるという点について,共通の認識を深めた次第であります。昨年9月の日米貿易経済合同委員会以来,日米間の貿易および経済関係の改善について大きな進展がみられつつありますが,かかる緊密な経済関係をいつそう円滑にすることは,両国の友好親善関係の強化のみならず,世界全体の経済発展にとつてもきわめて重要であります。また,日米両国は他の諸国とともに,通貨制度の改善,世界貿易の拡大および発展途上国に対する援助について,さらに努力を重ねる必要があります。この点は今回の会談においてもあらためて強調されたところであります。
今後日米両国は,高度先進工業国家としての共通の基盤のうえに,新たな角度から,深いつながりを持ち続けることになります。文明の進歩に伴う諸種の課題,すなわち都市問題,公害問題,情報処理の問題などの分野で,両国間にはすでに緊密な協力関係が存在しているのでありますが,今後とも相互に,技術,知識,情報などを交換し合つて,問題解決のため物心両面にわたつて助け合うことがますます重要となつてまいります。また,日米間の学術,文化の交流に力をそそぎ,長期的に安定した日米関係を樹立するため,両国関係の調整に今後いつそう細心周到な努力を払う決意であります。
昨年は,世界情勢が激動し,とくにわが国をめぐる国際環境が厳しさを加えた年でありました。このような状況のもとで,国民のなかに不安感や焦燥感の高まりがうかがわれたことも,けつしてゆえたしとしません。国際政治がいわゆる多極化の様相を呈し,国家関係が従来にもまして複雑なからみ合いを示すに応じて,わが国の外交も客観情勢の変化に十分対応し得る姿勢を整えてゆかなげればならないことは申すまでもありません。同時に,このような多事多難な時期においてこそ,国際関係の実体を適確に把握し,事に処するにあたつて,国家100年の計を誤らないように期することが肝要であります。
アジアの情勢は,中華人民共和国の国連参加,ニクソン大統領の同国訪問計画,米国のヴィエトナム和平提案など,緊張緩和に向かつての動きがうかがわれます。また,東南アジアには地域協力の推進など自主自立への道を探る動きもみられます。他方昨年末のインド・パキスタン間の武力による衝突など,不安定な様相をも残していることも見のがせません。これらの動きは,多極化の方向に向かつて激しく流動している国際情勢のもとで,諸民族,諸国家が,新たな安定と秩序を求めて模索を続けていることの現われとも申せましよう。わたくしは,アジアの諸民族が自国の置かれた立場を見きわめ,冷静に事態の解決と正常化に努めることを望むものであります。同時にわが国といたしましても,アジアにおいて真の恒久的平和が一日も早く達成され,諸国民が相携えて,発展と繁栄への道を進むことができるよう,あらゆる努力を惜しまないものであります。
中国はわが国にとつて,最大の隣国であるのみならず,日中間には2000年にわたる交流の歴史があります。日中両国の関係が長期的に安定したものになることは,アジアの平和はもとより世界の平和維持にとつても重要な意義をもつものと考えます。戦後わが国は,中華民国政府との間に日華平和条約を結び,爾来20余年にわたつて,貿易,経済,文化たどの各面において密接な関係を維持してまいりました。一方,中国大陸との関係は,民間貿易を中心に交流を重ね,日中間の貿易総額は年間すでに9億ドルに達しようとしております。
政府は,昨年,中華人民共和国政府が国連総会の議席ならびに安全保障理事会の議席を占めることになつたことにかんがみ,かつ,中国は一つであるという認識のもとに,今後,中華人民共和国政府との関係の正常化のため,政府間の話し合いを始めることが急務であると考えております。国際関係の現実に立脚し,相互の立場を尊重するというたてまえのもと,双方が関心をもつあらゆる問題について率直な話し合いを行なうべきものと信じます。わが国の真意について,中国側に誤解や不信感があるなら,政府としてはあらゆる努力を払つてこれを解消したいと考えております。日中間の諸問題は,正常化交渉の過程で,おのずから解決の道が見いだされるものと確信いたします。政府は,一日も早く日中間に善隣友好関係を樹立し,相携えてアジアの平和と繁栄に寄与する日の来ることを衷心より希望するものであります。
日ソ関係は,さる昭和31年日ソ共同宣言に署名して以来,年々友好親善の度をあつくしております。しかしながら,両国関係の長期的な安定を図るためには,日ソ平和条約の締結が必要であることは申すまでもありません。政府は今般,グロムイコ・ソ連外相が定期協議のため来日したのを機会に,平和条約間題をはじめ,両国間の友好親善関係の増進ならびに国際間の諸問題について話し合いを行ないました。平和条約の締結についてはソ連側もその意義を認めており,本年中に交渉を開始することに合意いたしました。また,国際間の平和維持および両国間における貿易,経済,文化などの相互関係をいつそう活発化することについてもきわめて意欲的で,わが国との緊密な協力を期待していることがうかがわれました。今回の会談を通じ,相互に理解を深めあつたことは,まことに有益であつたと考えます。
わたくしは,国際社会における戦後体制の推移を見きわめつつ,北方領土問題を解決して,日ソ平和条約を締結するために全力をあげる決意であります。さらに,通商関係の増進等,両国関係の発展に努めるとともに,安全操業をはじめ両国間の漁業に関する諸問題について引き続きソ連の理解と協力を求めてまいる所存であります。
わが国の防衛については,国民の国を守る気概のもと,国力国情に応じて自衛力を整備し,日米安全保障体制とあいまつて,国の安全を確保するという基本方針を堅持してまいります。
昨年の末,通貨の多国間調整が実現し,国際通貨危機が一応の収束をみるにいたつたことは,国際協調のたまものであり,これを歓迎するものであります。しかし,世界経済の円滑な発展には,今回の通貨調整を第一歩として,新しい国際通貨秩序の建設と自由な通商の拡大とに引き続き努力しなければなりません。米国,西欧および日本は,ともに世界経済の拡大と安定のために,大きな責任と役割を有しているのであります。しかし国内になお種々の経済的問題をかかえる米国や,なお統合の過程にあるヨーロッパ共同体は,ともすれば内部の問題にのみ傾くおそれなしとしません。このようなときであればこそ,わが国は自由貿易の拡大を念願する立場から,率先して保護主義の抬頭とたたかつていかなければならないと信じます。政府は,ガットその他の場を通じて,自由化の促進,関税率の引き下げ,非関税障壁の撤廃を強く呼びかけるとともに,国際主義のもと,ますます共存的かつ開放的な対外経済政策を推進してまいりたいと考えます。同時にまた,今日の世界が直面している大きな課題の一つである南北問題の解決に寄与するため,経済援助を従来よりもいつそう積極的に拡充していきたいと考えております。
政府は,今回の多角的通貨調整の一環として,円を1ドル308円に切り上げました。この切り上げ幅は先進国通貨中最大であります。わが国としては,大幅切り上げを行なうことによつて,当面の国際通貨危機打開に重要な貢献をしたわけであります。新レートヘの適応を進める過程では,種々の困難はあるものと思いますが,日本経済は早期にこれを乗り越えて発展する力をもつていることを信じて疑わないのであります。もちろん,この過渡期における調整上の困難を極力小さくしていくため,政府はできる限りの措置をとつてまいります。とくに,景気停滞の長期化によつて,輸出圧力が高まり,輸入の伸び悩みが続き,折角の通貨調整にもかかわらず,国際収支の均衡回復が遅れたり,国内の産業調整が円滑に進まず社会的緊張が高まる事態をまねくことは,避けなければなりません。このため,積極的な財政規模の拡大など政府の総力をあげて景気の回復に取り組んでまいります。このような政策を通じて,遅くとも47年度後半には経済を順調な安定成長の軌道に乗せたいと思います。また,沖縄に対しては,生活安定のための諸施策を引き続き実施し,県民福祉の向上に資するよう努めてまいります。
(後略)
出典
[編集]- “昭和47年版「わが外交の近況」 第3部 I 資料 第68回国会における佐藤内閣総理大臣施政方針演説(外交に関する部分)”. 外務省 (1972年7月). 2019年2月12日閲覧。
参考文献
[編集]- “データベース「世界と日本」 佐藤榮作 第68回国会(常会)における施政方針演説”. 政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所. 2019年2月12日閲覧。
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