百姓家
百姓家
おきゝよ この百姓家から
もれてくるハモニカの聲を
誰かが風呂にはいりながら
ハモニカを吹いてゐるのだ
ほら、湯氣にくもつた硝󠄁子窓に
小さいカンテラの灯が見えるだらう
あの灯の下でぢやぶぢやぶやりながら
吹いてゐるのだ
何といふ奴だらうそいつは
風呂の中でハモニカを吹くなんて
だが僕にはわかつた――この家には
若い者がゐるんだ
そいつは、やんちやで、夕飯を茶わんに十ぱいも喰べ、
母親のことを馬鹿といひ、
昨日おろしたばかりのシヤツを
もう今日は破いてしまふといふ
やつなんだ
だが父󠄁親に叱られでもすると
ひどくしよげてしまつて、
くらいくどばたにゐる母親のところへ
ねだつた金を半󠄁分返󠄁しに來るといつた
やつなんだ
そいつはやんちやで、馬鹿なこともするが、
夢が多くて、犬なんか可愛がつてゐるのだ
そんな若い者がこゝの家にはゐるんだ
こんな見すぼらしいかやぶきの
百姓家だが、ここには明るい幸福があ
るのだ
おきゝよ、この家の背戶口に
夕やみの中ににほつてゐる
茗荷のほのかなかほりを
この著作物は、1943年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。
この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつ、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。