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猟奇歌

提供:Wikisource


殺すくらゐ 何でもない
と思ひつゝ人ごみの中を
濶歩して行く

ある名をば 叮嚀(ていねい)に書き
ていねいに 抹殺をして
焼きすてる心

ある女の写真の眼玉にペン先の
赤いインキを
注射して見る

この夫人をくびり殺して
捕はれてみたし
と思ふ応接間かな

わが胸に邪悪の森あり
時折りに
啄木鳥の来てたゝきやまずも

  *     *     *

此の夕べ
可愛き小鳥やは
締め殺し度く腕のうづくも

よく切れる剃刀を見て
鏡をみて
狂人のごとほゝゑみてみる

高く煙突にのぼり行く人を
落ちればいゝがと
街路から祈る

殺すぞ!
と云へばどうぞとほゝゑみぬ
其時フツと殺す気になりぬ

人の来て
世間話をする事が
何か腹立たしく殺し度くなりぬ

今のわが恐ろしき心知るごとく
ストーブの焔
くづれ落つるも

ピストルのバネの手ざはり
やるせなや
街のあかりに霧のふるとき

ぬす人の心を抱きて
大なる煉瓦の家に
宿直をする

かゝる時
人を殺して酒飲みて女からかふ
偉人をうらやむ

人体のいづくに針を刺したらば
即死せむかと
医師に問ひてみる

春の夜の電柱に
身を寄せて思ふ
人を殺した人のまごゝろ

殺しておいて瞼をそつと閉ぢて遣る
そんな心恋し
こがらしの音

ピストルの煙の
にほひばかりでは何か物足らず
手品を見てゐる

ペンナイフ
何時までも銹(さ)びず失くならず
その死にがほの思ひ出と共に

  *     *     *

一番に線香を立てに来た奴が
 俺を…………
………と云うて息を引き取る

若い医者が
 俺の生命を預つたと云うて
ニヤリと笑ひ腐つた

だしぬけに
 血みどろの俺にぶつかつた
あの横路地のくら暗の中で

頭の中でピチンと何か割れた音
 イヒヽヽヽヽ
……と……俺が笑ふ声

白い乳を出させようとて
 タンポヽを引き切る気持ち
彼女の腕を見る

棺の中で
 死人がそつと欠伸(あくび)した
その時和尚が咳払ひした

抱きしめる
 その瞬間にいつも思ふ
あの泥沼の底の白骨

ニセ物のパスで
 電車に乗つてみる
超人らしいステキな気持ち

青空の隅から
 ジツト眼をあけて
俺の所業を睨んでゐる奴

自転車の死骸が
 空地に積んである
乗つてゐた奴の死骸も共に

闇の中から血まみれの猿が
 ヨロとよろめきかゝる
俺の良心

監獄に
 はいらぬ前も出た後も
同じ青空に同じ日が照つてゐる

白い蝶が線路を遠く横切つて
 汽車がゴーと過ぎて
血まみれの恋が残る

見てはならぬものを見てゐる
 吾が姿をニヤリと笑つて
ふり向いて見る

真夜中に
 心臓が一寸休止する
その時にこはい夢を見るのだ

枕元の花に薬をそゝぎかけて
 ほゝゑむでねむる
肺病の娘

倉の壁の木の葉が
 幽霊の形になつて
生血がしたゝる心臓が
切り出されたまゝ

  *     *     *

けふも沖が
 あんなに青く透いてゐる
  誰か溺れて死んだだんべ

水の底で
 胎児は生きて動いてゐる
  母体は魚に喰はれてゐるのに

日が暮れかゝると
 わが首を斬る刃に見えて
  生血がしたゝる監房の窓

あの娘を空屋で殺して置いたのを
 誰も知るまい
  藍色の空

地平線になめくぢのやうな雲が出て
 見まいとしても
  何だか気になる

血だらけの顔が
 沼から這ひ上る
  俺の先祖に斬られた顔が

唖の女が
 口から赤ん坊生んだゲナ
  その子の父の袖をとらへて

ドラツグの蝋人形の
 全身を想像してみて
  冷汗ながす

自分が轢いた無数の人を
 ウツトリと行く手にゑがく
  停電の運転手 動いてゐる
 さても得意気にたつた一人で

暗の中で
 俺と俺とが真黒く睨み合つた儘
  動くことが出来ぬ

すれちがつた今の女が
 眼の前で血まみれになる
  白昼の幻想

自惚(うぬぼ)れの錯覚すなはち恋だから
 子供は要らない
  ザマア見やがれ

ピストルが俺の眉間を睨みつけて
 ズドンと云つた
  アハハのハツハ

毎日毎日
 向家の屋根のペンペン草を
  見てゐた男が狂人であつた

夏木立ヒツソリとして
 ぬす人の心の色に
  月の傾むく

カルモチンを紙屑籠に投げ入れて
 又取り出して
  ジツと見つめる

色の白い美しい子を
 何となくイヂメて見たさに
  仲よしになる

  *     *     *

森中の枯れ木は
ひとり芽を吹かず
一心こめた毒茸を生やす

狼が人間の骨を
ふり返り去り
冬の日しづむ

妖怪に似た生あたゝかい
我が腹を撫でまはしてみる
春の夜のつれ

自殺やめて
壁をみつめてゐるうちに
フツと出て来た生あくび一つ

交番の巡査が
一つ咳をした
霜の夜更けに俺が通つたら

伯父さんへ
此の剃刀を磨いでよと
継子が使ひに来る雪の夕

死に度い心と死なれぬ心と
互ひちがひに
落ち葉踏みゆく

埋められた死骸はつひに見付からず
砂山をかし
青空をかし

知らぬ存ぜぬ一点張りで
行くうちに可笑しくつて
空笑ひが出た

海にもぐつて
赤と緑の岩かげに吾が心臓の
音をきいてゐる

此の顔はよも
犯人に見えまいと
鏡のぞいてたしかめてみる

毒茸がひとり
茶色の粉を吹く
何事もよく暮るゝ秋の日

彼女の胸に
此の短剣が刺さる時
ふさはしい色に春の陽しづめ

美しく毛虫がもだえて
這ひまはる硝子(ガラス)の瓶の
夏の夕ぐれ

  *     *     *

何者か殺し度い気持ち
たゞひとり
アハと高笑ひする

屠殺所に
暗く音なく血が垂れる
真昼のやうな満月の下

風の音が高まれば
又思ひ出す
溝に棄てゝ来た短刀と髪毛

殺してもまだ飽き足らぬ
憎い彼女の
横頬のほくろ

日が照れば
子供等は歌を唄ひ出す
俺は腕を組んで
反逆を思ふ

わるいもの見たと思うて
立ち帰る 彼女の室の
(むし)られた蝶

わが心狂ひ得ぬこそ悲しけれ
狂へと責むる
鞭をながめて

  *     *     *

うつゝなく人を仏になし給へ
み佩刀(はかせ)近く
呑(のみ)まゐらする

君の眼はあまりに可愛ゆし
そんな眼の小鳥を
思はず締めしことあり

彼女を先づ心で殺してくれようと
見つめておいて
ソツト眼を閉ぢる

蛇の群れを生ませたならば
………なぞ思ふ
取りすましてゐる少女を見つゝ

頭の無い猿の形の良心が
女と俺の間に
寝てゐる

フト立ち止まる
人を殺すにふさはしい
煉瓦の塀の横のまひる日

欲しくもない
トマトを少し噛みやぶり
赤いしづくを滴らしてみる

幽霊のやうに
まじめに永久に
人を咀ふ事が出来たらばと思ふ

観客をあざける心
舞ひながら仮面の中で
舌を出してみる

  *     *     *

何故に
草の芽生えは光りを慕ひ
心の芽生えは闇を恋ふのか

殺したくも殺されぬ此の思ひ出よ
闇から闇に行く
猫の声

放火したい者もあらうと思つたが
それは俺だつた
大風の音

眼の前に断崖が立つてゐる
悪念が重なり合つて
笑つて立つてゐる

獣のやうに女に飢ゑつゝ
神のやうに火にあたりつゝ
あくびする俺

清浄の女が此世に
あると云ふか……
影の無い花が
此世にあると云ふのか

ぐると天地はめぐる
だから俺も眼がくるめいて
邪道に陥ちるんだ

ばくち打つ
妻も子もない身一つを
ザマア見やがれと嘲つて打つ

  *     *     *

自殺しようか
どうしようかと思ひつゝ
タツタ一人で玉を撞いてゐる

にんげんが
皆良心を無くしつゝ
夜のあけるまで
ダンスをしてゐる

独り言を思はず云つて
ハツとして
気味のわるさに
又一つ云ふ

誰か一人
殺してみたいと思ふ時
君一人かい…………
………と友達が来る

号外の真犯人は
俺だぞ………と
人ごみの中で
怒鳴つてみたい

飛びだした猫の眼玉を
押しこめど
ドウしても這入らず
喰ふのをやめる

メスの刃が
お伽ばなしを読むやうに
ハラワタの色を
うつして行くも

五十銭貰つて
一つお辞儀する
盗めば
お辞儀せずともいゝのに

人間の屍体を見ると
何がなしに
女とフザケて笑つてみたい

  *血潮したゝる

闇の中に闇があり
又闇がある
その核心から
血潮したゝる

骸骨が
曠野をひとり辿り行く
行く手の雲に
血潮したゝる

教会の
彼の尖塔の真上なる
青い空から
血しほしたゝる

洋皿のカナリアの絵が
真二つに
割れたとこから
血しほしたゝる

すれ違つた白い女が
ふり返つて笑ふ口から
血しほしたゝる

真夜中の
三時の文字を
長針が通り過ぎつゝ
血しほしたゝる

水薬を
花瓶に棄てゝアザミ笑ふ
肺病の口から
血しほしたゝる

日の影が死人のやうに
縋り付く倉の壁から
血しほしたゝる

たはむれに
タンポヽの花を引つ切れば
牛乳のやうな血しほしたゝる

大詰めの
アンチキシヤウの美くしさ
赤いインキの血しほしたゝる

  *     *     *

この沼は
底無し沼か
殺人屍体を呑んでるぞと
アブクを吐く

夏なほ寒い
杉の森
はてしない迷路のやうに
行つても 行つても
出口がわからぬ

夕餉の焚火は燃え墜ちたが
テントに
誰も帰つて来ない
黄昏――

とこしなへに
跛の盲が
大なる円を描いて
沙漠をさまよふ

この貝殻
あまりにも美しい輝き
キツト
何人かの人を殺した
毒をもつてゐるのだらう

脅えつゞけた
ブルジヨアの豚腹に
火事の人出の轟き
デモだ! と思つて死んでしまつた

ゴミ箱を漁つてゐる犬が
俺を殺した
――魚の腸をくはへ出したぞ

人を轢いた電車
その中では
赤ン坊が
小便たれて泣き出した

  *     *     *

トラムプのハートを刺せば
黒い血が……
クラブ刺せば……
赤い血が出る

ストーブがトロと鳴る
忘れてゐた罪の思ひ出が
トロと鳴る

雪だつた
ストーブの火を見つめつゝ
殺した女を
思うたその夜は……

死刑囚が
眼かくしをされて
微笑したその時
黒い後光がさした

子供等が
相手の瞳にわが瞳をうつして遊ぶ
おびえごゝろに

やは肌の
熱き血しほを刺しもみで
さびしからずや
悪を説く君

夕ぐれは
人の瞳の並ぶごとし
病院の窓の
向うの軒先

真夜中に
枕元の壁を撫でまはし
夢だとわかり
又ソツと寝る

親の恩を
一々感じて行つたなら
親は無限に愛しられまい

屍体の血は
コンナ色だと笑ひつゝ
紅茶を
匙でかきまはしてみせる

梅毒と
女が泣くので
それならば
生かして置いてくれようかと思ふ

紅い日に煤煙を吐かせ
青い月に血をしたゝらせて
画家が笑つた

黒い大きな
吾が手を見るたびに
美しい真白い首を
掴み絞め度くなる

闇の中を誰か
此方を向いて来る
近づいてみると
血ダラケの俺……

投げこんだ出刃と一所に
あの寒さが残つてゐよう
ドブ溜の底

煙突が
ドン煙を吐き出した
あんまり空が清浄なので……

雪の底から抱へ出された
仏様が
風にあたると
眼をすこし開けた

病人は
イヨ駄目と聞いたので
枕元の花の
水をかへてやる

  *     *     *

宇宙線がフンダンに来て
イラと俺の心を
キチガヒにしかける

隣室に誰か来たぞと盲者が云ふ
妻は行き得ず
ジツト耳を澄ます

眼が開いたら
芝居を見ると盲者が云ふ
その顔を見て妻が舌を出す

血圧が
次第々々に高くなつて
頸動脈を截り度くなるも

インチキを承知の上で
賭博打つ国際道徳を
なつかしみ想ふ

二人の恋に
ポツンと打つたピリオツド
ジツト考へて紙を突き破る

日本晴れの日本の町を
支那人が行く
「それがどうした」
「どうもしないさ」

キリストが
或る時コンナ予言をした
俺を抹殺するものがある……と

妻を納めた柩(ひつぎ)の中から
マザと俺の体臭が匂つて来る
深夜……………………

  *     *     *

透明な硝子の探偵が
前に在り うしろにも在り
秋晴れの町

月のよさに吾が恋人を
蹴殺せし愚かものあり
貫一といふ

自分より優れた者が
皆死ねばいゝにと思ひ
鏡を見てゐる

キリストは馬小屋で生れた
お釈迦様はブタゴヤで生まれた
と……子供が笑ふ

十六吋主砲の
真向うの大空が
真赤に燃えてしたゝる

キツト死ぬ
医師会長の空椅子に
白い新しいカヴアがかゝつた

羽子板の羽二重の頬
なつかしむ稚(おさ)な心に
針をさしてみる

腸詰に長い髪毛が交つてゐた
ジツト考へて
喰つてしまつた

恐怖劇が
チツトモ怖くなくなつた
一所に見てゐる女が怖くなつた

古着屋に
女の着物が並んでゐる
売つた女の心が並んでゐる

今日からは別人だぞと反り返る
それが昨日の俺だつた
馬鹿……………

  *     *     *

冬の風つめたく晴れて
木の空に
大根の死骸かぎりなし

天人が
どこかの森へ落ちたらしい
シインとしてゐる春の真昼中

白塗りのトラツクが街をヒタ走る
何処までも
真赤になるまで

これが女給
こちらが女優の尻尾です
チヨツト見分けがつかないでせう

レコードの割れ目を
針が辷る時
歌つてゐる奴の冷笑が見える

地獄座のフツトライトが
北極光さ
悔い改めよといふ意味なのさ

黄道光は
空の女神の脚線美さ
だから滅多にあらはれないのさ

恋愛禁断の場所が
今の世に在るといふ
床の間の在るお座敷がソレだと……

女を囮(おとり)に
脱獄囚を捕まへた
脱獄囚よりも残忍な警官

十七歳の少女の墓を発見して
頭を撫でゝ
お辞儀して遣る

脱獄囚を逐うて
警官が野を横切る
脱獄囚がアトから横切る

打ち明けて云はれた時に
ドウしたらいゝのと
娘が母に聞いてみる

泣き濡れた
その美しい未亡人が
便所の中でニコして居る

姙娠した彼女を思ひ
唾液を吐く
黄色い月がさしのぼる時

笹の間にサヤのぼる冬の月
真実々々
薄血したゝる

白い赤い
大きなお尻を並べて見せる
ナアニ八百屋の店の話さ

  *うごく窓

病院の何処かの窓が
たゞ一つ眼ざめて動く
雪の深夜に――

駅員が居睡りしてゐる
真夜中に
骸骨ばかりの列車が通過した

母の腹から
髪毛と歯だけが切り出された
さぞ残念な事であつたらう

梟が啼いた
イヤ梟ぢや無いといふ
真暗闇に佇む二人

吹き降りの踏切で
人が轢死した
そのあくる日はステキな上天気

  *うごく窓

白き陽は彼の断崖と
朝な
冷笑しかはしのぼり行くかな

地下室に
無数の瓶が立並び
口を開けて居り呼吸をせずに

ひれ伏した乞食に人が銭を投げた
しかし乞食は
モウ死んでゐた

嫁の奴
すぐにお医者に走つて行く
わしが病気の時に限つて

ラムネ瓶に
蠅が迷うて死ぬやうに
彼女は百貨店で万引をした

晴れ渡る青空の下に
鉄道が死の直線を
黒く引いてゐる

草蔭するどく黒く地に泌みて
物音遠き
死骸の周囲

  *地獄の花

火の如きカンナの花の
咲き出づる御寺の庭に
地獄を思ふ

昨日までと思うた患者が
まだ生きて
今朝の大雪みつめて居るも

お月様は死んでゐるの
と児が問へば
イーエと母が答へけるかな

胃袋の空つぽの鷲が
電線に引つかゝつて死んだ
青い

踏切にジツと立ち止まる人間を
遠くから見てゐる
白昼の心

青空の冷めたい心が
貨物車を
地平線下に吸ひ込んでしまつた

自分自身の葬式の
行列を思はする
野の涯に咲くのいばらの花

  *死

自殺しても
悲しんで呉れる者が無い
だから吾輩は自殺するのだ

馬鹿にされる奴が一番出世する
だから
自殺する奴がエライのだ

何遍も自殺し損ねて生きてゐる
助けた奴が
皆笑つてゐる

あたゝかいお天気のいゝ日に
道ばたで乞食し度いと
皆思つてゐる

悟れば乞食
も一つ悟れば泥棒か
も一つ悟ればキチガヒかアハハ

致死量の睡眠薬を
看護婦が二つに分けて
キヤツキヤと笑ふ

振り棄てた彼女が
首を縊(くく)つた窓
蒲団かむればハツキリ見える

  *見世物師の夢

満洲で人を斬つたと
微笑して
肥えふとりたる友の帰り来る

明るい部屋で
冷めたい帽子を冠つたら
殺した友の顔を思ひ出した

ずつと前殺した友へ
根気よく年賀状を出す
愚かなる吾

広重は
惨殺屍体の上にある
真青な空の色を記憶した

煉瓦塀を仰げば
青い
殺人囚がホツとする空

病死した友の代りに返事した
先生は知らずに
出席簿を閉ぢた

秋まひる静かな山路に
堪へ兼ねて追剥(おいはぎ)を
した人は居ないか

人頭蛇を生ませてみたいと
思ひつゝ女と寝てゐる
若い見世物師

  *     *     *

青空に突き刺さり
血をたらす
南仏蘭西(フランス)の寺の尖塔

夜の風に
紙片が地を匍ふて行く
死人の門口でピタリと止まる

真鍮のイーコン像から
蝋細工のレニンの死体へ
迷信転向

  *白骨譜

死刑囚は
遂に動かずなり行けど
栴檀(せんだん)の樹の蝉は啼きやまず

神様の鼻は
真赤に爛れてゐる
だから姿をお見せにならないのだ

一瓶の白き錠剤
かぞへおはり
窓の青空じつと見つむる

浜名湖の鉄橋渡る列車より
フト……
飛降りてみたくなりしかな

天井の節穴
われを睨むごとし
わが旧悪を知り居るごとし

青空は罪深きかよ
虻(あぶ)や蜻蛉
お倉の白壁にぶつかつて死ぬ

盲人がニコ笑つて
自宅へ帰る
着物の裾に血を附けたまゝ

よそのヲヂサンが
汽車に轢かれて死んでたよ
帰つて来ないお父さんかと思つたよ

将軍塚
将軍の骨が棺の中で錆びた刀を
抜きかけてゐた

  *     *     *

青空はブルーブラツク
三日月は死の唄を書く
ペン先かいな

大理石の伽藍の如き頭蓋骨が
荘厳に微笑む
南極の海

ほの暗く
はるかな国離れ来て
桐の若葉に
さゆらぐ悪魔

  *     *     *

わが罪の思ひ出に似た
貨物車が犇きよぎる
白の陽の下

ぬかるみは果てしもあらず
微笑して
彼女の文を千切り棄てゆく

ニヤと微笑しながら跟(つ)いて来る
もう一人の我を
振返る夕暮

  *     *     *

日も出でず
月も入らざる地平線が
心の涯にいつも横たはる

うなだれて
小暗き町へ迷ひ入り
獣の如く呻吟してみる

社長室の片隅に
黒く凋れ行く
赤いタイピストの形見のチユーリツプ

  *     *     *

体温器窓に透かして眺め入る
死に度いと思ふ
心を透かし見る

タツタ一つ
罪悪を知らぬ瞳があつた
残虐不倫な狂女の瞳(め)だつた

冬空が絶壁の様に屹立してゐる
そのコチラ側に
罪悪が在る

  *     *     *

無限に利く望遠鏡を
覗いてみた
自分の背中に蠅が止まつてゐた

真鍮製の向日葵の花を
庭に植ゑた
彼の太陽を停止させる為

  *     *     *

おしろいの夜の香よりも
真黒なる夜の血の香を
恋し初めしか

失恋した男の心が
剃刀でタンポヽの花を
刻んで居るも

  *     *     *

世の中の坊主が
足りなくなつてゆく
医学博士がアンマリ殖えるので

郊外の野山は
都会より残忍だ
静かに美しく微笑してゐるから

深海の盲目の魚が
恋しいと歌つた牧水も
死んでしまつた

  *     *     *

非常汽笛
汽車が止まると犯人が
ニツコリ笑つて麦畑を去る

汽缶車が
だん大きくなつて来る
菜種畑の白昼の恐怖

  *     *     *

毒薬と花束と
美人の死骸を積んだ
フルスピードの探偵小説

  *     *     *

木の芽草の芽伸び上る中に
吾心伸び上りかねて
首を縊るも

波際の猫の死骸が
乾燥して薄目を開いて
夕日を見てゐる

自殺しに吾が来かゝれば
白い猫が線路の闇を
ソツと横切る

春風が
先づ探偵を吹き送り
アトから悠々と犯人を吹き送る

涯てしなく並ぶ土管が
人間の死骸を
一つ喰べ度いと云ふ

冬空にヂンと鳴る電線が
死報の時だけ
ヒツソリとなる

犯人の帽子を
巡査が拾ひ上げて
又棄てゝ行く
春の夕暮

血のやうに黒いダリヤを
凝視して少女が
ホツとため息をする

山の奥で仇讐同志がめぐり合つた
誰も居ないので
仲直りした

  *     *     *

殺人狂が
針の無い時計を持つてゐた
殺すたんびにネヂをかけてゐた

脳髄が二つ在つたらばと思ふ
考へてはならぬ
事を考へるため

日の光り
腹の底まで吸ひ込んで
骨となりゆく行路病人

何もかも性に帰結するフロイドが
天体鏡で
女湯を覗く

  *     *     *

風に散る木の葉の中の
悪党が
池の向側に高飛びをする

囚人が
アハハと笑つてなぐられた
アハハと笑つて囚人が死んだ

中風の姑は何でも知つてゐる
死に度いと思ふ
妾の心まで

北極に行つて帰らぬ人々が
誰よりもノンキに
欠伸してゐる

石コロが広い往来の中央で
歯噛みして居る
ポンと蹴つて遣る

一里ばかり撫でまはして来た
なつかしい石コロを
フト池に投げ込む

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