澁柿

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澁柿

明惠上人傳

承久三年の大亂の時。栂尾の山中に京方の衆多く隱置たるよし聞えければ。秋田城助義景。此山に打入てさがしけり。狼藉のあまり。如何思ひけん。大將軍泰時朝臣の前にて沙汰有べしとて。上人をとらへ奉て先に追立て六波羅へ參けり。折節泰時朝臣。物沙汰して侍に座せられたり。軍勢堂上堂下に充滿せり。義景上人を先に立て。彼前へ至て事のよしを申。泰時朝臣先年六波羅に住せらるゝ時。此上人の御とくをイ聞及給しかば。先仰天して驚畏て。席を去て上にすへ奉る。此躰をみて義景あやまり仕出しけるにやと興醒たる躰也。さて上人宣ひけるは。高山寺に落人多く隱置たりといふ御沙汰の候なる。それはさぞ候らん。其故は。高弁が有樣。まゝ聞及人も候らん。若きより本寺を出て。所々に迷ひありき候し後は。日來習置候し法味の義理の心に浮だにも。更に不庶幾處也。まして世間の事においては。ひとたびも思量するにをよばずして。年久しくまかりなり候ひき。されば貴賤に付て人の方人せんと云心を廢すといふとも。沙門の法に有間敷事に候。其上かゝる心の一念きざせども。二念と相續する事なし。何によりてか少も人の方人する事候べき。又人の祈は緣に付てしてたベと申人も多く候しか共。一切衆生の三途にしづみてさし當てくるしみ候をこそ先祈資ベくは祈候はむずれ。是等を皆祈浮て後こそ。浮世の夢のごとくなる暫時の願をば祈ても奉らんずれ。大事の前に小事なしと返答して。更に不用して遙に年月を又年月をはるかにイつもれり。されば高弁に祈あつらへたりと申人。今生界の中にはよもあらじと覺候。然るに此山は三寶寄進の所たるに依て。殺生禁斷の地なり。依て鷹に追るゝ鳥。獵ににぐる獸。皆こゝにかくれて命をつなぐのみ也。されば敵を逃るゝ軍士の勞して。命計を資て。木のもと岩のはざまに隱居て候はんずるをば我身の御とがめに預て。難にあはんずればとて。情なく追出して敵の爲にからめとられて身命を奪れん事を顧りみん事やは候べき。我本師能仁のいにしへは。鳩に代て全身を鷹の餌となされ。又飢たる虎に身をたび候しぞかし。其までの大慈悲こそ及候はずとも。かばかりの事だになくやは候べき。かくすことならば。袖の中にも袈裟の下にもかくしてとらせばやとこそ存候しか。向後も資候。是政道のために難儀なることに候はゞ。卽時に愚僧が首をはねらるべしと云々。泰時朝臣是仰を聞給。頻に淚を押拭て申されけるは。子細もしらぬ田舍夷共の左右なく參候て。らうぜき仕候けること返々不可思議に候。さて剩尊躰を是まで入まいらせ候條。其恐不少候。今度若無爲に令上洛候はゞ。最前に參上仕候て。生死の一大事を歎申べきの由。深心中に挾存ながら。此忿劇にさゝへられて。今に無其儀候つるに。不思議に御目にかゝり候事。しかるべき三寶の御はからひかと存候。就夫候ては。如何してか生死をばはなれ候べき。又如此の物沙汰に聊も私なく。理の儘にをこなひ候はば。罪にはなるまじきにて候やらんと云々。上人答給けるは。すこしきも理にたがひて振舞人は。後生までもなく。今生に頓て滅ならひ也。それは不申。たとひ正理の儘に行ひ給とも。分々の罪まぬかれぬ事は有べし。生死のたすけとならん事は。おもひよらぬ事也。山中にうそぶく僧侶すら。猶佛法の深理に不叶ば輪回暫免がたし。况や俗塵の堺に心を發して。雜念にほだされて。佛法といふ事をもしらずして。あかしくらさん人をや。世に大地獄といふものゝ現ずるは。唯其等の御樣なる人の墮てにへかへらん料にてこそ候へ。無常の殺鬼は弓箭にも不恐。刀杖にも不惶者也。只今とイても引づり奉てゆかむ時は。いかゞし給べき。げに生死をまぬかれんと思ひ給はゞ。暫く何事をも打捨て。まづ佛法といふことを信じて。その法を能々わきまへて後。せめては正路に政道をもをこなひ給はゞ。をのづから宜しき事も候べしと云々。泰時大に信仰の躰に住して。更におもひ入たる樣也。扨御輿用意して召せ奉りて。門の際まで自送出し奉ける。其後世聊靜りて。常に此山に參詣して法談申されけり。イ別行の歲義時朝臣逝去して彼イ天下の事掌に握られける最初に。丹波國に大庄一所。栂尾に寄進せられたりければ。上人被仰けるは。かゝる寺に所領だにも候へば。住する僧ども。いかに懶墮懈怠にふるまふとも。所領あれば僧食事闕まじ。衣裳補ぬべしなど思ひて。無道心なる者つゞきどもこもりイ居て。彌不當にのみ成行候べし。寺のゆたかなるに付て。兒ども取をき酒もりし。兵具をひつさげ。不可思議のふるまひ不勝計。さもと有山寺の佛のいましめにたがひて淺ましく成行は是より事起れり。只僧は貧にして人の恭敬を衣食とすれば。自放逸なる事なし。信々として誡しく行道する所は。さすが末代なりといへ共。十方旦那の信仰も甚しければ。自然に法輪も食輪も盛也。不律不如法の僧侶の肩をならぶる處は。只僧家謗法の罪をあたふるのみにあらず。合力貴敬の輩もなければ。隨日衰微して。荒癈の地とのみなれり。されば共に誠の本意にはあらねども。二をくらぶれば。人の貴敬せざらん事にはゞかりて。不律儀にあらずふるまはざるイは。暫法命を繼方はまさるべく候也。又所領のよせてよかるべき寺も候はんずれば。左樣の所に御計なんども候べし。かゝる寺に所領なんどの候はんは。中々法の爲よろしからじと覺候。返々かやうに佛法を御崇候事有難候へ共。此所に限ては存旨候とて。返し給けり。秋田イ別行城介義景は其後出家して上人の御弟子に成て。大蓮房覺智とてたつとき僧に成たりけり。 

秋田城介入道大蓮房覺智語て云。泰時朝臣常に人に逢て語給ひしは。我不肖蒙昧の身たりながら。辭する理なく政を官りて天下を治たる事は。一筋に明惠上人の御恩也。其故は承久大亂の後。在京の時常に拜謁す。或時法談の次に。いかなる方便を以てか天下を治る術候べきと尋申たりしかば。上人被仰云。何樣に苦痛轉倒して一身穩ならざる病者をも。良醫是をみて。これは冷より發たり。是は熱にをかされたりとも。病の發たる根源をしりて。藥を與へ灸を加れば。則其冷熟さり自病退き。身躰快がことし。かやうに國の亂て治がたきは。何に侵さるゝぞと先根源をよく知給ふべし。さもなくて。今目の前にさし當たる罪過ばかりををこなひ。忠賞ばかり沙汰し給はば。彌人の心かたましくわわくにのみ成て。耻をも不知。前を治ば後より亂。內をなだむれば外は恨つきずして。しづまり治べからず。これ妄醫寒熟を不弁して。一旦苦痛の有所を灸し。先彼が願に隨て猥に藥をあたふるがごとし。忠をつくして療すれ共。病の發たる根源を不知故に。倍病惱重て不愈がごとし。されば世の亂るゝ根源は。何より起るぞといへば。只欲を本とせり。此欲心一切に變じて。萬般の禍となる也。是天下の大病にあらずや。是を療せんと思ひ給はゞ。先此欲心をうしなひたまへ。天下をのづから勞せずして治るべしと云々。泰時申云。此條尤肝要にて候。但我身計は心の及候はん程は此旨を堅守ベしといへども。人々此無欲にならずは。天下治がたし。如何して此無欲の心を人每に持する謀候べきと云々。上人答たまはく。其段はやすかるべし。只大守一人の心によるべし。古人曰。未其身正影曲。其政正國亂云々。此正といふは無欲也。又云。君子居其室。善則千里外皆應之と云々。此善といふも無欲也。只大守一人。實に無欲に成すまし給はゞ。其德にいふせられ其用に耻て。國家の万民自然に欲心うすく成べく。小欲知足ならば。天下やすく治るベし。天下の人の欲心深訴來らば。我欲心のなをらぬゆへぞと知て。我方に心をかへして。我身を耻しめ給べし。彼を咎に行給ベからず。縱ば我身のゆがみたる影の水にうつりたるをみて。我身をば正しくなさずして。影のゆがみたるを嗔て。影を咎に行はんとせむがごとし。心ある人のそばにて見てをこがましく思事也。傳聞。周文王の時一國の民くろをゆづりしも。たゞ文王一人の德國土に及し故に。万人皆かゝるやさしき心になりし也。くろをゆづると云は。我田の堺をば人のかたへ多くさりゆづりて。我方の地をば少くせし也。たがひにかやうにゆづりあひて。我田地を人のかたへやらんとはせしかども。かりにも人の分をかすめ取事はなかりき。他國より訴訟のため都へのぼる人。此周の國をとほるとて。この有樣を道の畔にて見て。我欲のふかき事を耻。路より歸にけり。此文王我國を治のみならず。他國まで德を及玉ひしも。只一人の無欲に依て也。剩此德充て天下を一統にして。八百の祚を持き。されば大守一人の小欲に成給はゞ。一天下の人皆かゝるべしと云々。此敎訓を承しに。心肝に銘じて深く大願を發し。心中に誓て此趣を守き。隨て義時朝臣逝去の時。頓死にてありしかば。讓狀の沙汰にも及ばざりし程に。二位家の命にて。泰時嫡子たる上は。分限少くてはいかにとしてか天下の御後見をもすべきなれば。皆を官領して。舍弟共には分に隨て少宛わけあたふべきよし承しかども。つら父義時の心を思ふに。我よりもはるかに此舍第どもをば寵愛せられしぞかし。然ば父の心にはかやうにこそとらせたく思ひ給ひけんと推量りて。朝時重時以下に宗と多く分與て。泰時が分には三四番の末子の分限ほど少取き。ケ樣にては。何としてか御後見をもすべきとて。二位家よりも諫られしかども。今までは聊も不足とおもふ事もなし。如此萬小欲に振舞し故やらん。天下日々に隨て治。諸國年を逐て安穩也。孝のよろしきを見るはしげく。訴のゆがめるを聞はすくなし。是一筋に此上人の恩言によるなりとて。淚をぞ拭ひ給ける。此大守の前に。訴論人番て來望には對面し給て。しばしつくと兩人の面を守て被命云。泰時天下の政を官て。人の心に姧曲なからん事を存。然に今爭ひ來らるゝ二人の中に。一方は必定姧曲なるべし。廉直の中に論有事なし。來[訴歟]の日。兩方文書を持來らるべし。常日に正して。姧謀の仁においては。則其輕重に隨て。忽に死罪にも流罪にも申行べし。姧智の者一人國にあれば。万人に禍を及す失有。天下の歎何事か是にしくベき。とく歸給べしとて立れける。此躰を見るに。頓ていかなるめにも合せられぬベし。益なしとて各歸りて後。兩方云合て。或は和議し。或はひがごとの有方は私に負て。論所をも去渡けり。無欲なる躰を振舞人をば。其感じ賞し。欲がましき者に向ては。或はいかりていましめ行ひ給しかば。人々いかにもして。無欲に尋常なる事し出して聞え奉らんとのみ。遠き堺も近き所も。心をひとつにして勵しかば。人の物掠とらん奪とらんとする訴は。絕てなかりき。さるに付ては。國々穩におさまりて政囂しからず。寬喜後堀河元年天下飢饉なりし時は。鎌倉京を初て諸國の富る者に。我所負主に成て委狀をかゝせ。判をくはへて米を惜て。其所其郡其鄕村々。餓死せんとする者の所望に隨て。むらなく惜給ひにけり。來々年中に世立なをらば。本物計慥に返納すべし。利分はわが方より添て返さるべしと法を定られて。面々の狀を召をかれけり。只賦給はゞ。所の奉行も紛をかして。誑句も有ぬべければ。紛かさじために。かしこかりし沙汰也。さて世立なをりて面々返納すれば。本所領なども有て便有人のをば。本物計をさめさせて。本主には約束の儘に。我方より利分をそへて。慥に返しつかはされけり。無緣の聞有者のをば皆ゆるし給て。我領內の米にてぞ本主へはかへしたびける。左樣の年は。家中に每事儉約を行て。疊を初として。一切のかへ物どもをも古物を用。衣裳の類もあたらしきをば着せず。ゑぼしの破たるだにも。古きをばつくろひつがせてぞき給ける。夜の燈なく。晝の一食をとゞめ。酒宴遊覽の儀なくして。此費を補ひ給けり。心ある者の見聞たぐひ。淚をおとさずと云事なし。然るに大守逝去の後。漸父母にそむき。兄弟を失はんとする訴論多成て。人倫の孝行日々に添てをとろへ。年に隨て廢たり。實上人の御敎のごとく。一人正しければ。万人隨へる事分明也けるとぞ申侍イし。

泰時朝臣。此山中に入來。法談の次に上人問奉て云。古賢云。人多則勝天。天定破云々。然に只武威を以國をかたぶけ給といふとも。其德なくば果して禍來らん事久しからじ。賢聖の詞不疑。自古和漢兩國に以カ天下を取たぐひ。更に長く持者なし。忝も我朝は。神の代より至今九十代に及て。世々受繼て皇祚他をまじへず。百王守護の三十番神。末代と云ともあらたなる聞有。一朝の万物は。悉國王の物にあらずと云事なし。然ば國主として是をとられむを。是非に付て物惜するまんイなし。縱無理に命を奪といふとも。天下にはらまるゝたぐひ。義を存ぜんもの。豈いなむ事あらんや。若是をそむくベくば。此我朝の外に出て。天竺震旦にも可渡。伯夷叔齊は。天下の粟を食じとて。蕨を折て命をつぎしを。王命にそむける者。豈王土の蕨を食せんやとつめられて。其理必然たりしかば。わらびをも不食して餓死けり。理を知心を立たる類皆如此。されば公家より朝恩被召放。又命を奪給と云とも力なし。國に居ながら。惜そむき奉給べきにあらず。然を剩私に武威を振て。官軍をほろぼし王城を破り。あまさへ太上天皇後鳥羽順德を擒にし奉て。遠嶋にうつし奉り。皇子后宮を國々に流し。月卿雲客を所々に迷し。或は忽親類に別て殿閣にさけび。或は立所に財貨を奪はれて。路巷に哭する躰をきくに。先打見る所其理に背けり。若理に背ば。冥の照覽。天のとがめなからんや。大につゝしみ給べし。おぼろげの德を以て其災をつぐのふ事有べからず。是をつぐのふ事なくむば。禍のこん事不踵。なみの益を以て。此罪をけす事あるべからず。是をけす事なくば。豈地獄に入事如矢ならざらんや。御樣を見奉るに。是程の理にそむくべき事。し給べき事にはあらぬに。いかにと有けることにやと。拜謁の度には。且は不思議に。且は痛敷存と云々。泰時朝臣。こぼれおつる淚をさらぬ躰にをしのごひて。疊紙を取出し。はなかみなどしてをししづめて答申て云。此事所存の趣。日來委語申度存候つるを。さして次而なく候て。自然に罷過候き。故將軍賴朝大相國淸盛禪門の一類を滅し。龍顏を休奉り。万民の愁をたすけ。君の爲に志をつくし。忠の爲に私をわすれ。こき味をなめては。先君にそなへん事をいとなみ。珍敷財をまうけては。則君に獻ぜん事を專らにす。有時はいさめ。有時は隨ひ奉しかば。大將の門に有とし有もの。上一人をおもんじ奉らずといふ事なし。如此の功を感じ被思召けるにや。官位俸祿日々にそひ。年々にかさなり。大納言大將になさるゝのみにあらず。日本國惣追補使を被給き。かゝる時は。每度被固辭申いはく。賴朝凶徒をしづめ叡慮をやすめ。まづしき民をなでて。勅裁を亂ざらんことを存。わかきより心にかけて願來る處也。然に今飽まで官位をきはめ。恣に俸祿にあき。且此志をけがすに似たりと。かたく子細を被申けれども。勅定再三に及ければ。力なく勅命そむきがたきによりて。泣々終に領掌被申けり。仍親類眷屬恩賞に浴する中に。祖父時政。父義時。殊に厚恩にほこる。是皆故法皇の御惠の下を以て榮運をひらけり。されば彼御子孫においては。彌無二心忠を致し。益唯一つの功をつむべき旨。深心中に挿候き。然に法皇後白川崩御なり。幕下賴朝逝去の後。公家の御政廢はてゝ。忠有者も忠を失。無罪被罪輩不勝計。諸國大に煩ひ万民甚愁。差當誤なき族。重代相傳の庄園を被召放。あしたに給るものは夕に召れ。昨日被下所は今日改らる。一郡一庄に三人四人の主在て。國々に合戰たゆる事なし。所々に窂々の人多くして。山賊海賊みちみてり。諸人安堵のおもひなく。旅客の通ずる事まれ也。去に付ては。飢寒にせめらるゝ者多く。妖厄ヤ モイにあふ者數を不知。此事此兩三年殊に放廣の間。關東深歎存る刻。結句誤なき關東を滅さるべき由。內々洩聞え候しかども。さしたる支證なく候し程に愁申に不及。謹て恐怖の處に。既に伊賀判官光季課て。數万騎の官軍關東へ發向のよし聞え候し間。父義時ひそかに予を招き語云。已に天下此儀に及。いかゞはからふべき。內議をよく談じて。其後竹の御所に參て。二位家に可談イ由申候間。泰時答申て云。平大相國禪門。君をなやまし奉り。國を煩はしゝによりて。故大將殿御氣色を承て討たいらげ。上をやすめ下を治てより以來。關東有忠無誤所に無過して罪を蒙らん事。是偏に公家の御誤にあらずや。然ども一天悉是王土にあらずといふ事なし。一朝にはらまるゝ者。宜君の御心に任せらるべし。さればたゝかひ申さん事理にそむけり。不如首をたれ手をつかねて。各降人に參てうれへ申べし。此上に猶首をはねられば。命は義に依てかろし。何のいなむ處かあらん。無カ事也。若又芳免をかうぶらば可然事也。いかなる山林にも住て。殘年をも送給べきかと申たりしほどに。義時朝臣暫案じて。尤此事さる事にてあれども。それは君王の政たゞしく。國家治る時の事也。今此君の御代と成て。國々亂れ所々不安。上下万民愁を抱かずといふ事なし。然に關東進退の分國計。聊此橫難に不及して。万民安樂のおもひをなせり。若御一統あらば。禍四海にみち。わづらひ一天に善くして安事なく。人民大に愁べし。是私を存じて隨申さゞるにあらず。天下の人の歎にかはりて。たとへば身の冥加つき。命をおとすといふとも。可痛にあらず。是先蹤なきにあらず。周武王。漢高祖。既に此義に及歟。其は猶自天下を取て王位に居せり。是は關東若運をひらくといふとも。此御位を改て。別の君を以御位に卽申べし。天照太神。正八幡宮も何の御とがめ有べき。君をあやまり奉るべきにあらず。申すゝむる近臣共の惡行を罸するてこそあれ。急可罷立。此旨を二位家に申べしとて立しかば不カ。これ又一義なきにあらざる上は。父の命依背なびき隨き。仍て打立て上洛仕しに。先八幡大菩薩の御前にある赤橋の本にして馬より下。首をたれて信心を致。祈申て云。此度の上洛背理。忽に泰時が命を召れて後生をたすけ給べし。若天下の助と成て人民を安じ。佛神を興し奉るべきならば。哀憐をたれ給へ。冥慮定照覽有歟聊私を不云々。又二所三嶋の明神の御前にして誓事有きをたる事同じイ。其後は偏に命を天に任て。只運の究あらん事を待き。而聊の難なくして今に存せり。若是始の願のはたす所歟。然にもし予緩怠にして。佛神を興せず。國家の政を大にたすけずは。罪一に歸すべし。仍一度食するに。士來れば終らずして急に是を聞。一度かみけづるにも。士來れば終らざるに是にあふ。一休ー寢猶不安。士愁をいだきて待ん事を怖る。進んでは深万人を安ぜん事を計。退ては必一身に失あらん事を思といへども。天性蒙昧にして不及所あらん歟。誠に其罪難免。今慈悲の仰を承て。感淚難云々

上人御語抄。

人は。あるべきやうはと云七文字を可持也。僧は僧の有べき樣。俗は俗の有べき樣也。乃至帝王は帝王の有べき樣。臣下は臣下のあるべきやう也。此あるべき樣をそむく故に。一切あしき也。


文覺上人消息。

かさねての仰委承候ぬ。御返事は先に申て候へども。猶同じ事を申候也。返々も賴朝大將殿の仰をうけたまはるとおぼえ候て。忝哀にこそ覺候へ。御祈の事は。故大將殿。東大寺修造の事申行せ給て候き。又高雄の興隆も偏に御力にてこそイ候しかイ无。其功德にてこそ後世も定て資からせ給候ぬらんと存候おはしまし候らめイ。文覺も御イ力に依て。佛の恩德を報て。衆生を利益する事にて候へば。御恩の至無申計悅存候。仍仰なき先より。安穩におはしませと念願する事にて候。但德を行善を好む人にとりて。祈はかなふ事にて候。不義思義イに振舞家には。いかなる祈も不叶候也。不義思義イとは。無道に物の命を斷。酒にめで財にふけり。歡樂して明し暮すほどに。人の歎もしらず。國の安からぬをかへりみざるを申事にて候。德とも善とも申候は。佛法をあがめ。王法を重じ。世をすくひたすけはぐくむ心也。あやしの賤男賤女。百姓万民にいたるまで。万の物に父母のごとくにたのまるゝ心ばへをもちたるを申候也。かやうの心づかひはなくて。放逸不思議成が。さすが我身をたもたばやとおもふ人。僧侶にあつらへ諸道に仰て祈するを。僧侶も可然仰蒙たりとて祈申す。まして外法の諸道は云に不及。たのもしげに申て祈たれども。其檀那よからざれば。あへて感應なく。かへて惡候也。さ候へば。僧もおんやうしも。しつらひたる心なくて色代せず。有の儘にさはと候はん者に。御祈を仰付て。御身のとがをも聞召て。押直々々してぞよく候べき。御身のをさまらずして。只祈と計いのれにては。あやうぶなイき事にて候。殿賴家の御身は日本國の大將軍にておはします。されば祈申さまいらせイん者も。廣大正直の心を以。努努千秋万歲してイ无。空ぼめし奉らぬ無双の强者の。しかも慈悲あらんが。御祈の師には可相應候也。惣而は君を守たてまつり。御身を祈んとおぼしめさば。先國土を祈万民を祈らせ可給候。祈は人の身のイ分際による事にて候。威勢世に蒙らしめず。人にも用られず。さる樣なる者こそ我身を祈事にて候へ。此道理をしらずして。近代は君も臣も唯身をのみ祈らせ給へば。はか敷事候はず。佛神の冥慮にも不叶。蒼天の照覽にもたがひ候也。返々も鎌倉殿の御恩にて。無道の愁なげきもなく。邪の禍にもあはぬぞと。万の人に思はれたのまれんとおぼしめせ。左だにも候はゞ。別而御祈候はずとも。伊勢太神宮。八幡大菩薩。加茂。春日。皆々嬉しと思召。諸佛。諸聖。諸天善神。必々守まいらせさせ給べき也候べく候イ。大かたはイ佛法いまだ候はざりし時。天竺。震旦。日本國に各賢王聖主おはしまして。世間も目出度。一切諸人上下たのしく候き。君も寶祚長遠にて。百姓万民の父母とならせ給候き。則三皇五帝とて。堯舜の君も佛法以前の人にておはしまし候ぞかし。さ候へば。無量億刧にもあひがたき三寶にあひ奉らせ給得分には。只後生を祈て。三界の火宅を出。生死のくるしびとて。心うきめにくり返あひ候事をまぬかれて。佛果菩提にとくしてイいたらんとおもふ祈を。君も臣も心にかけさせ給べしとこそ覺候へ。此上の佛法も。外法も災を拂。福を可招事明に候。されば三國相傳して。其効驗も利益もなきにあらず。然ば先御身ををさめて。政を能々調て。其上に御祈候はゞ。響の音に應ずると申たとへのごとく。混柄ヒタエの鎚にて有ベく候。さても近代の樣。人の作給イ。功德も祈も人目計にて候。眞實の底には。國の費人の歎のみにて候へば。佛も神もうけさせ給はず候也。佛神は偏に德と信とを納受して。物により財イを悅ばせ給はぬものことイと可知食にて候也。かやうの事の謂を御意得候て。武家を治。帝王の御守と成。諸人の依怙とならせ給候はゞ。聊もあしわろイく腹ぐろく思まいらせん者をば。日本國三世の敵にて候はんずれば。其身自然に可滅候。如此委樣をも申ひらかずして。蒙仰を悅として。御氣色をよからんとのみおもひて。佛神の御心をばかへりみおもはそれイず。たのもしげに申なして。御祈申候はん事は。田地の費と成。庫倉の物のみうせて。御爲も一切其益有まじく候。却て御怨にて候也。文覺も罪業を受べく候。さる御損をば。いかゞとらせまいらせ候べき。猶々伊勢八幡等の太神善神は。財寶珍物をまいらするには。ふけらせ給候はぬが如く御存知候へ。たゞ心うるはしく。身をさまりたる人をまぼらせ給候也。其故は八幡の御託宣にいはく。わける銅のホムラをば吞とも。心直ならざらん者の手向をば不受給云々。同託宣に云。日夜に天下國家万民を守護するに不遑。若は國土も豐ならず。又世上も亂逆ならば。諸天三寶の御にくみにやあづからん。穴賢〻〻と候めり。日本國は神國也。他の國よりも我國。他の民よりも我人と御誓あり。されば日本六十餘州は。いかなる野のすゑ。山のおくまでも神の御知行也。然を世間の物忩御身の煩敷時。私に在所を御計有て。所領を御敎書にて神社佛寺へ御寄進の事は。更に神慮に不叶候。只御祈には正直慈悲を先として。內典外典其名のうるはしき者に仰て。施物を限らず御祈誓候はゞ。君も御心安く。民百姓も樂候。佛神の擁護も疑有まじく候。主なき所領は有間敷候。夫を神社佛寺に寄進事は返々神道に可御背候。是を能々御心得可有候。皇居を守。人民を育ませ給事にて候へば。偏に諸の寺社等を御心中に不忘。破壞顚倒せんをば。限有事に付て修理可有候。仍此國の民の愁は。うたてしき事にて可有候。大海はくぼきに依て水たまり候樣に。心うるはしき人の身に福德は集候。さてもさても八幡の。心うるはしきものをまぼらんと仰候は。心うるはしきと申候は。帝王攝政將軍の。搆て身の樂を思はず。只いかにもして人をついやさず。人をくるしめ侘しめず。國土をたのしく安じて。寒暑時をあやまたず。飢疫の禍なく兵亂なく。浪風もたゝず。世間を靜になさんと營給を。心正きとは申候也。返々も殿の御身は。武士の德を一も不洩双備と勵せ給へ。扨君の御敵と成ものは。謀反人にもあらず。無道に人をわびしむる怨人にもあらず。させる罪なからん者をば。搆てほろぼさじと思食。いたく狩漁をこのみたのしみて。そぞろに物の命を殺事をなさせ給そ。物をころさず物の命を扶を能將軍とは申候也。然をイ我身をさまらずして。天下の人によき人とも思はれさせ給はねイは。山だち。海賊。强盜。竊盜多くして。終には國のほろび候也。制禁頻に下。御下知しげく成候へども。彌仰こそかろく成候へ。一人を斬せ給共惡黨十人に可成候。いよいよこそあしく候はんずれ。是をば我御身の科とはつや思召して。惡黨の科とのみ思召て。捕よ。搦よ。うて。はれ。召籠よ。籠囹圄に入よ。くびを切。手足を斷などと被仰候はんも心うく候べし。扨後生の罪をば如何せさせ給べき。全人のする科にてはなし。只我身のをさまらぬ科とふかく思召。武家の政道は。いかさまにも物を知て候し人に問し時。よに安しとて只一口に答へ候しは。的を射に似たりと申候也。是を御心得候へ。是は目出度本文にて候。さて御身だに治候ぬれば。兎あれ角あれとの御いましめもなく。御下知もなく。御敎書も候はねども。あらイおそろしとて。自然に國土はをだしく候也。かく目出度時に當て。古今の間に惡黨なきにはあらず。身ををさめ世をすくはせ給てのうへに。わろからんえせものをうしなはせ給候はむ事は。菩薩の大行にて侯べし。世も靜り候べし。御敎書もおもく候べし。御罪にも成まじく候也。全仰忝候へば。かやうに所存の趣重て申候也。故大將殿は文覺をばひた口の强きものとおぼしめして候し也。殿には別て奉公も候はぬに。是ほどまで申候事恐存候。御許候へ。殿は若より樂たうとくて。人の歎民のくるしびもイしらでやましまさんと淺ましく痛しく思ひまいらせ候間。いづくへなりとも。まれに流しまいらせて。暫わびしき目をみせ參らせ給へ。それぞいとをしく思給。至極後の御藥イにて候べきと故大將殿には內々申て候し也。京中の者申合候なるは。いたく狩を好て人の歎をしらせ不給。世の費をもかへりみさせ給はぬ。すべていさむる事をきゝ入させ給はず。彌御前あしくなる故に。人皆口をとぢて。只目出度おはしますとのみ申をききて。すべて御身のとがをば一つもきかせ給はず。しらせ給はぬとさゝやきて。謗申げに候也。若左樣におはしまさば。いかでかおやの御跡を續て。帝王を守まいらせ。國土の固とはならせ給べき。それを押直させ給ての上の御祈にて可有候。夫をなをさせおはしまさずば。いかに祈まいらせ候とも。しるし有がたく候。まして文覺などはかなふまじく候。あるまゝのことを心にまかせて申候へば。一定うとまれまいらすべく候。それくやしく思まじく候。能てもよくおはしませとてこそ申事にて候へ。物知たる人々の本文を引て申を承れば。爲君爲世よき事を只一言に申出したるは。千兩の金をまいらせたるにははるかにまさり候と。明王は定をかせ給ひて候なるに。げにも殿の御身には。金をば何にかせさせ給ふべき。君に黃金をまいらせさせ給はんよりは。國土をしづめて米榖を多くなし。民をゆたかに成て進ぜさせ可候。それぞおほきなる御忠にて候べき也。いかにもいかにも我御身の咎を聞せ給へ。過をきかずして國土を治んとするは。病をいとひて藥をにくむがごとくの事と承候なり。咎をきくには色代せざらん忠節イの人。宗徒は御臺所にて有べく候也。混口のきくイ法師に御目をみせて。やはら密々申させて聞召。謗まいらすればとて。いかにも御腹立候な。能々念じて聞召。あつきやいとを堪てやけば病はいゆる也。所詮此御代は何事もめでたしと色代申さむ者に。過たる毒は有間敷也。我咎をいひ知する者に。過たる忠はなしとふかく思召おぼしめしつめてイ候。御心にかなひていとをしくとも。是はえせ者と知。にくゝ見たからず思召とも。是は能者と思召。世を治する謀には。只此事第一の㝡詮至極にてありげに候也。重々御文給はり候事忝候へば。恐々申候也。イ无々謹言。

正月廿十イ三日

文 覺

鎌倉殿

御返事

左衞門督道珍本也 賴家殿〈于時左近衞中將。〉正治元年十二月之比。被御敎書於文覺云々。同二年正月此御返事被申候云々。


賴朝佐々木下狀。

建久ニ年辛亥潤十二月廿三日丁卯。佐々木小次郞兵衞尉定重。依山門訴流‐刑對馬嶋之處。不慮鬪諍出來被殺害之由。今日有其說。幕下被聞食云々。玉フト

廿八日壬申。佐々木小次郞兵衞尉定重橫死事。流言不三度。然而非其疑。依默止。今日爲御訪委細御書於父左衞門尉定綱許云々。配國

次郞兵衞事。まことしくは思召ね共。世のならひさる事もなからむ哉。不便の事也。一方ならぬ心中ども。思召やらるゝ也。わかき者のくせといひながら。餘に心とくはやり過たる者にて有と御覽ぜしに。案のごとく心みぢかく物さはがしくて。父兄弟にも咎をかけ。天下の大事ともなす也。結句は身も終にけるにこそあんなれ。事の次而なれば仰らるゝぞ。定綱は猶も子共を持たれば。いひをしへよかしと思召也。武士といふ者は。僧などの佛の戒を守るなるがごとくに有が本にて有べき也。大方の世のかためにて。帝王を護まいらするうつはもの也。又當時は鎌食殿の御支配にて。國土を守護しまいらする事にてあれば。錐を立るほどの所をしらんも。一二百町を持ても。志はいづれもひとしくて。其酬に命を君にまいらする身ぞかし。私の物にはあらずとおもふべし。さるについては。身を重くし心を長くして。あだ疎にふるまはず。小敵なれども侮心なくて。物さはがしからず計ひたばかりをするが能事にて有ぞ。ねたさはさこそ有けめ共はづかしかるべき武士にもあらず。何にもたらぬ宮仕法師と云賤き者に寄合て身を損じぬるは。心短きがいたす處也。身を徒になさなんには。多くの御恩のむくひも有なん哉。無下に臆病なき事也。古き物語云傳たるには。多田攝津賴光守殿のもとに。四天王とて聞えたるをのこ共の中に。公時と云は自知有て宗としける。綱と云は新參にて有が。公時に心の剛に成樣をしへよといひければ。公時が返答に心の剛をならはむとおもはゞ。臆病を習へといひければ。綱胸をひらきけり。此事を能々思ひ續れば。いみじき才覺にて有也。かならずしも臆病なれとは敎しもせず。心ながく案じはからへ。用心を能せよといひつる心也。唯うち有事だにも。大事を思はからふ者。物とがめをせず。事ならぬことを事になさじといふぞかし。增て君の御犬事にまいらすべき命を細事故に失候はむには。人たね有なん哉。さる不忠のをのこをのこものイには。所知を給ても何かはせむ。遠からぬ事ぞかし。早河の戰の時は。敵既に近付參事五六度也。思食切たりしかども。御心ながくためらひき。心短くては。日本國の權を取けん哉。まな鶴の海を渡し給し時の心細さは。かゝるべしとはおぼしめさざりしか共。廿万騎の御勢をぐして。きせ川へ着せ給ひたりし時は。何樣に靜りたる時の御心地よりも。猶いさましかりし。大方源平の亂なれば。唐土までも聞えざらんや。人もさこそは討れぬらめと覺ぬべきを。御方にとりては。北條三郞。三浦介。狩野介。佐那田與市。藤田小三郞。河原太郞。同次郞。此等計こそ討死の者にては有らめ。是等は自然の御運のしからしめたる事といひながら。心ながきたばかりの末。ひかずばかからんやは。されば去年の御在京に。初て院の後白河見參に入て。さまの御諚共を下されし中に。平大相入道淸盛の心短くて。何事にイも念ずる事の叶ざりしが。かくては世をたもち。天下をイ御うしろみ申事有べからず。臣はいみじく心ながくて。つらき事をもゆゝしく忍びにけるが。有難も行末もたのもしく思召ぞよと御感有き。すベて筆とりもまして弓取も。むかひたる目計かかりて故實なからん事は。世にもはかなかるべき事也。たとへば鹿狐をも見あひぬるをの事といひて射んには當りこそせざらめ。却て物題のかはりうする先表也。便宜能寄合こしらへて。たらゝをもむけて。射にくき所にて弓をひき。まうけえたる所にて。矢を放つべきにこそ。一旦心のはやりの儘にしたる事の。後悔ならぬ事はなし。土佐房。常陸房は僧の身ながらもうるさき剛の者なるによりて。さて土佐も命をまいらする上は。左右なき事なれ共今少はやり過てあぶなきかたのみえしにあはせて。九郞判官に討れにき。常陸は心しづまりたるにて。十郞藏人をもいみじくたばかりすましてからめ取て。思のごとく首をも切て奉き。もとより一人當千と云事は。一人して千人にはいかでか向べきなれども。はかりごとをよくし。居ながら多勢をはろぼす事を名付たる也。定綱は心も剛に故實もたけたり。舊武者にこそ有に。子共が何も千騎にぬけてかけ出んとみえたるは。心地よけれども猶もはやり過たるくせ者共にて有なんめれ。能々敎しづめて。御大事にも合べき也。波多野右馬丞が。世にさる者にて有しも。上總介が奉公深かりしも。惡きことありて御勘當ありき。かやうに御計有こそ御本意なれ。宮仕法師の故より事起りて。京より流されまいらせたること。見ぐるしく御面目なくて。公私の名折にはあらずや。只いちはやき咎一つより起たる也。定綱は宮仕も勳功も有がたく。御心安も思食ばこそ。かたへもあらそひし箭開の餠の二の口をも給て。他の人の恨をもおひたりしが。又近江の國をも預たびぬれば。就中件の國は都もちかく。聞る山三井寺もあれば。旁の狼藉向後とてもなからんや。能々案じてはからひて事をも過さず。さればとていふかひなくもせず。かまへてなさけ有て。國の者共にも親の樣におもひつかうるべし。物をとらず。人にもすかされずたゞしく行ならば。をのづから威勢と成て。人にも用られて。自然に國も治。法師ばらなどにも侮らるまじき也。わが身は國の撿非違使ぞかしとて。其事となく人はおぢおそれんずると。勝にのりて小事をとがめて威をふるはんとし。國の者共をも所從などの樣におもひなして振舞事あらば。後には能事あらんや。かへて耻に成べき企也。都近ければとて京のなま人にはし。僧や兒などに交遊などして。さしも智惠ふかき京人どもに。心ぎはをもみえしられて。することも云ことも何ばかりの事かあらんなど。さはぐりみえらる間敷也。武士は鬼神やらん何やらん。さこそふかき心中に案をこめて持たらめと。人にうとく思はれんのみこそ。君の御爲も彌然べけれ。返々も鎌倉殿御家人にて。久敷も又子どもの末まで續せんとおもはゞ。心を長くしてつゝしみてよかるベき。筋なき事仰たりとおもはで。此御文をよく見まいらせて。子共にも面々云をしへよとの仰にて候也。仍執達如件。

潤十二月廿八日

盛時奉

佐々木太郞左衞門尉殿


泰時御消息

近年在京の武士共。物を射るとて內野を馬場に定たるよし其聞え有。事實ならば代々皇居の跡也。馬の蹄にかけむ事恐あるべきよし內々御沙汰も候へば。一定仰出さるゝ道も候はぬと覺候。其上物詣の還車。若所詮なき人々。態とも車を立て見物もし候らんに。よしといはれべき事はせめて如何はせん。兒女房などに。關東武士の弓箭徒事也と笑沙汰せられんは。あやまりて上方の御耻ともいひつべければ。手の本もしらずかゝる晴わざをこのむ輩は不忠成べし。就中六波羅方より內野へ出んことは殊に然るべからず。若き者共に馬を馳させ弓をひかせ。我と腕をのされんと思はれん時は。いづかたにも兼て所を定ずして。かた邊の便宜をはからひ用べし。京人には。みえても詮なきが故也。大方は病もはなれば。常に馳挽イをもして風にあたり。中にも普通のには超たる具足にて,物每に弓の眼を引折て。身をせめらるゝ事。今は有べからず。弓箭をたしなむは。自然の御大事にあふべき學なるを。一年御亂の時。至極心みられし事なれば。さのみならしの入べきにもあらず。さればとて又捨べきにもあらず。うちをくものならば。河原ゐんぢや。とざまなる惡黨の奴原などに侮らるべき基也。ー月に二三度計は。我と馳走をしつけらるべし。徃昔の事は勝てかぞふるに不及。故殿の御時むねと賴思召れたりし射てども。中にも下河邊の庄司行平。工藤庄司景光などの逸物達の申しは。弓取と云は。必唯心の上手に有。されば寢ても覺ても此態を思はなすベからず。せめては弓を張て置ても。一日に三度はすびきをもすべし。それも心のうちに。少あてをすることなくてはすべからず。增てうるはしき箭をはげてあてがはん時は。遠物近物。大なる物小きもの。すべては女のみん所にても。亦堅固に人のみざらん所などにもあれ。唯御所の御弓場に立て。千万の人々にみらるゝ心仕にて。儀式をわすれず。あだには物を射るベからず。箭を放む度には。此矢ぞ㝡後。もし射はづしなば。二の矢をとらぬさきに。敵にも射とられ。又は生物にも喰殺さるべき身也と思籠て射べき也。能臆病有を本とはすべしと云敎たるの事の。逐年身にしみて。面白も有難も覺る事にて候也。されば甲斐國には。我はとおもひたる上手どもと申も。又我々がいたらぬ身までも彼二人の庄司也。海野左衞門尉。陬訪祝。愛甲三郞。此四五人の下ならぬ射手は。一人も有べからず。皆此人々の敎たる名殘也。然間世の大事をおもふ每に。なき跡につけても。今有人に付ても。彼射手達の事。あだをろかにも存ぜざる也。當時有人の申は。弓取と云は。我事をさきとして。必しも弓を手にふれずとも。其ための郞從眷屬なれば。射させよかしと申事あり。是は末代の若き人々の大毒也。一人の好む事をこそ諸人も賞翫することにて侍れ。主だにも射ざらんには。增て郞從も叶なん哉。力なく年も寄。さたなどにも隙なからんは其限あり。さならぬ人々は。かゝるやり觀法にて。むねと大事にすべき道をばイさし置て。無益に多の御領をふさげては何かせん。弓箭の末なりし人々たるも。漸假令の沙汰出來ぬれば。すゑの代のうしろめたなこ そ彌術なく候へ。事の次でなれば。存知のために是までは申候。ゆめ披露有間敷事也。南條殿上洛候へば。委細の事は申候。又此方樣のこと。能々尋聞しめ給べく候。謹言。

正月十七日

泰 時

修理亮殿時氏。于時六波羅。


右澁柿以岡室正定藏本書寫以伊勢貞丈藏及明惠上人本傳幷稱文覺上人自筆之消息挍合畢

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