消息法語 (一遍上人語録)

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せうそくほふ


さいをんどのおんいもうとじゆんこうほふみやうを、いちあみだぶつとさづけたてまつられけるに、そのおんたづねつきへん


このこと[1]まをしいれさふらひしにたがはず。このていしやうじやうことわりをおもひしりて、なむあみだぶついちしやうぢきみやうせしいちねんのちは、われわれにあらず。ゆゑこころあみだぶつこころふるまひあみだぶつおんふるまひ、ことばもあみだぶつことばなれば、いきたるいのちあみだぶつおんいのちなり。しかれむかしじふあくぎやくながらうけとりて、いまいちねんじふねんめつしたまふ。ありがたじひほんぐわんしぬれば、いよいよさんがいろくだうくわはうよしなくおぼえて、ぜんなくふたつながらものうくして、ただぶつよりはからひてあてられたるなむあみだぶつばかりしよせんたるべしとおもひさだめてみやうがうとなへ、いきたえいのちをはる。これをりんじうしやうねんわうじやうごくらくといふなり。なむあみだぶつ


つちかどにふだうさきのないだいじんどのよりしゆつしやうおもむきたづねつきへん

りきしようみやうふしぎいちぎやうなり。みだてうほんぐわんぼんしゆつぢきだうなり。しよぶつげんのおもふところにあらず。いはんさんごふせんこころをもてうかがはんや。ただしよけうとくだう[2]みみにとどめず、ほんぐわんみやうがうくちにとなへて、しようみやうほかわがこころをもちひざるをむぎりよじようぐわんりきぢやうとくわうじやうといふ。なむあみだぶつととなへて、わがこころのなくなるをりんじうしやうねんといふ。このときほとけらいかうあづかつごくらくわうじやうするをねんぶつわうじやうといふなり。なむあみだぶつ


とうのべんどのよりねんぶつあんじんたづねたまひけるにきてしめしたまふへん

ねんぶつわうじやうとは、われしゆじやうむしよりこのかたじふあくぎやくぢう[3]ばうほふせんだい[4]かいけんとうりやうしゆだいざいじやうじゆせり。これによつてらいぐうしやうりんして、ろくだうしやう[5]じふ[6]あひだもろだいなううくべきものなり。しかりといへどもほふざうびく[7]こふゆゐちゑみやうがうふしぎほふをさとりて、ぼんわうじやうほんぐわんとせり。このぐわんすでにじふごふぜんじやうじゆせしときじつぱうしゆじやうわうじやうごふなむあみだぶつけつぢやうす。このかくたいあみだぶつといふにあらはれぬるうへは、えんゑどごんじやうのこころざしあらんひとは、わがしんしんじやうじやうざいざいろんぜず。ただかかるふしぎみやうがうをききたるをよろこびとして、なむあみだぶつととなへていきたえいのちおはらんときかならしやうじゆらいがうあづかつて、しやうぼふにん[8]にかなふべきなり。これねんぶつわうじやうといふなり。なむあみだぶつ

  ぐわつついたち

いつぺん   

  べん どの


けちえん[9]したまふでんじやうびときてしめしたまふほふ

げんけちえんしやうためにてさふらへば、じやうさいうたがひあるべからずさふらふみやうがうほかほふなく[10]みやうがうほかわうじやうなし。いつさいまんぼふはみなみやうがうたいないとくなり。しかればすなはちなむあみだぶついきたゆるところに、とくしやうにんなりとりやうするいちねんりんじうしやうねんとはまをすなり。これすなはちじふごふしやうがくいちねんなり。なむあみだぶつ

  さんぐわつここのか

いつぺん    


こうぐわんそうねんぶつあんじん[11]たづねまをされけるにきてしめしたまふへん

それねんぶつぎやうじやようじんのことしめすべきよしうけたまはりさふらふなむあみだぶつとまをすほかさらにようじんもなく、このほかまたしめすべきあんじんもなし。もろしやたちさまたてをかるるほふえうどものはべるを。みなしよわくたいしたるかりそめえうもんなり。さればねんぶつぎやうじやはかやうのことをもうちすてねんぶつすべし、むかしくうしやうにんへあるひとねんぶつはいかがまをすべきやととひければ、「ててこそ」とばかりにてなにともおほせられずと。さいぎやうほふせんじゆせうのせられたり。これまこときんげんなり。ねんぶつぎやうじやちえをもぐちをもて、ぜんあくきやうがいをもすて、せんかうだうをもすて、ごくをおそるるこころをもすて、ごくらくねがこころをもすて、またしよしうさとりをもすて、いつさいことをすててまをねんぶつこそ、みだてうほんぐわんにはかなひさふらへ。かやうにうちあげうちあげとなふれば、ほとけもなくもなく、ましてこのうちかくだうもなし。ぜんあくきやうがいみなじやうなり。ほかもとむべからずいとふべからず。よろづいきとしいけるもの、せんさうもく、ふくかぜたつなみおとまでもねんぶつならずといふことなし、ひとばかりてうぐわんあづかるにあらず。またかくのごとくらうまをことこころにくくさふらはば、こころにくきにまかせてらうまをことをもうちて、なんともかともあてがいはからずして、ほんぐわんまかせてねんぶつしたまふべし。ねんぶつあんじんしてまをすも、あんじんせずしてまをすも、りきてうほんぐわんかけたることなし。みだほんぐわんかけたることもなく、あまれることもなし、このほかさのみなにごとをかようじんしてまをすべき。ただおろかなるものこころたちかへりてねんぶつしたまふべし。なむあみだぶつ

いつぺん    

  こう ぐわん そう 



さんもんかはしんえんしやうにんへつかはさるるへん

このたいめんしやうはうけいさういちぶつすることこれよろこびなり。しやうしふめいじやう[12]だいねんいつしんなり。しやうもとなれば、がくすともかなふべからず。だいもとなれば、ぎやうずともべからず。しかりといへどもまなびざるものはいよいよまよひ、ぎやうぜざるものはいよいよめぐる。このゆゑをすててぎやうじ、こころをつくしてしゆすべし。このことはりはしやうだうじやう[13]ことばことなりといへども、せんずるところこれいつなり。ゆゑほけきやうには「がふあいしんみやうたんじやくじやうだう」とすすめ、くわんぎやうには「しやしんたせひつしやうこく」ととけり。しかればしやうだうりきぎやうじこしんみやうみちをあきらむることねんなり。じやうりきぎやうなれば、しんみやうほとけしていのちつきてのちぶつしやうしようす。しかればわれごときのぼんいつかうしようみやうのほかにしゆつだうをもとむべからず。あみだきやうなかには、「ねんぶつまをすものはろつぱうごうじやしよぶつねんあづかりてじゆんけつぢやうわうじやうすることうたがひなし」ととかれたり。ただなむあみだぶつろくほかにわがしんじんなく、いつさいしゆじやうにあまねくしてみやうがうこれいつぺんなり。かねまたうんてんことしようみやうふしぎずゐさうなれば、ぼんはかりにおよばざるものか、ぼんじやうつくしてこのはなもよくわくべくさふらふあみだきやうひやくくわんおほせのごとくけちえんをはんぬ。あなかしこなむあみだぶつ

  ぐわつにじふにち

いつぺん    

  しん えん しやう にん



あるひとねんぶつほふもんたづねまをしけるにきてしめしたまふほふ

ねんぶつわうじやうとはねんぶつそくわうじやうなり。なむとはのうこころあみだぶつとはしよぎやうしんぎやうさうおうするいちねんわうじやうといふ。なむあみだぶつとなへてのちわがこころぜんあくぜひろんぜず、ねんこころをもちひざるをしんじんけつぢやうぎやうじやとはまをすなり。ただいましようみやうのほかにりんじうるべからず。ただなむあみだぶつなむあみだぶつととなへて、みやうじうするをとすべし。なむあみだぶつ


あるひとほふもんたづねまをしけるにきてしめしたまふほふ

はるすぎあききたれども、すすみがたきはしゆつえうだうはなををしみつきをながめても、おこりやすきはりんまうねんなり。ざいしやうやまにはいつとなくぼんなうくもあつくして、ぶつにちのひかりまなこにさへぎらず、しやううみにはじやうじやうかぜはげしくして、しんによつきやどることなし。しやうくるにしたがひてくるしみにくるしみをかさね、するにしたがひてくらきよりくらきみちにおもむく。ろくだうまちにはまよはぬところもなく、しやうとびらにはやどらぬすみかもなし。しやうてんぺんをばゆめとやいはんうつつとやいはん。これをといはんとすれば、くもとのぼりけむりえて、むなしきそらかげをとどむるひとなし。といはんとすれば、またおんあいべつのなげきこころうちにとどまりてはらをたちたましひをまどはさずといふことなし。かのらんちぎり[14]たもとしかばねをばしうたんほのほにこがせども、れんだいれん[15]こほりとくることるべからず。えんあうしとねもとまなこをばじひなみだにうるほせども、せうねつだいせうねつほのほはしめることなかるべし。いたづらなげいたづらにかなしみて、ひとまよわれもまよはんよりは、はやくさんがいりんさとほどなくほんれんだいみやこにまふづべし。ここなうしやはたやすくはなれがたく、むゐきやうがいとうかんにしていたることず。たまほんぐわんがうえんにあへるとき、いそぎはげまずしては、いづれのしやうをかすべき。りきしようみやうふかしぎいちぎやうなり。てうほんぐわんぼんしゆつえうだうなり。をわすれてしんげうし、こゑにまかせてしやうねんすべし。なむあみだぶつ


しやうにんいささかなうおはしましけるとききてもんじんにしめしたまふほふ

それしやうほんげんかたちは、なんによがふいちねんらうさんがいさうあいぜんまうきやうめいじやうなり、なんによかたちやぶれ、まうきやうおのづからめつしなば、しやうもとにしてめいじやうここにつきぬべし。はなあいつきえいずるややもすればりんごふほとけをおもひきやうをおもふともすればごくほのほ、ただいちねんほんげんねんねんなり。ねんようまことほつかいえんず。いつしんさんぜん[16]へんずれども、もとよりこのかたどうなり。しかりといへどもねんだうをうしなひて、げうこころざしぬきんで、こむしやうにまよひてげんだいをもとむ。かくのごときのぼんやからは、えんゑどごんじやうのこころざしをふかくして、いきたえいのちをはらんをよろこび、しやうじゆらいかうしてみだみやうがうをとなへ、りんじうみやうだんのきざみ、しやうぼふにんにかなふべきなり。なむあみだぶつ

  こうあんしちねんぐわつじふにち

いつぺん    



さいゆゐかい[17] もんじんしやうかいひつじゆなり〉

うん[18]なかしゆじやうをやまするやまひ[19]なし。だい[20]なかしゆじやうをなやますぼんなう[21]なし。ただほんしやういちねんにそむきて、よくいへとし、さんどくじきとして、さんあくだうげんをうくることごふとくくわだうなり。しかあればみづからいちねんほつしんせんよりほかには、さんしよぶつじひもすくふことあたはざるものなり。なむあみだぶつ

註 [編集]

  1. 【此事】いちあみだぶつの法名のこと。
  2. 【諸敎の得道】顯密權實の諸敎の得道。
  3. 【四重】殺、盜、婬、妄の四重禁。
  4. 【闡提】(Icchāntika)斷善根、信不具足と譯す。本來解脫の因を缺きて、到底、成佛する能はざるもの。
  5. 【四生】胎、卵、濕、化の四生。
  6. 【二十五有】衆生の輪轉する生死界を廿五種に分ちたるもの。四州、四惡趣、六慾天、梵天、無想天、五那含天、四禪天、四空處天。
  7. 【法藏比丘】彌陀の因位の名。
  8. 【無生法忍】無生法とは所詮の法なり。忍とは能證の慧なり。無生を得る慧なるが故に無生忍となづく。
  9. 【結緣】衆生が佛道を修行せんが爲に佛法僧に因緣を結ぶことを云ふ。
  10. 【名號の外に機法なく】南無の二字は機なり。阿彌陀佛の四字は法なり。名號の外に機法なきなり。其機法一體する端的が卽ち往生なれば、亦名號の外に往生なきなり。
  11. 【安心】法に依り確信安住して動かざること。
  12. 【生死は我執の迷情】生死流轉することは、我執の迷情に由る謂なり。
  13. 【聖道淨土】聖道門、淨土門の意、聖道門とは自力の修行をなして灰身滅智すること、淨土門とは他力の本願に乘じて淨土に往生すること。
  14. 【芝蘭の契】香はしき交りのこと。
  15. 【紅蓮大紅蓮】八寒地獄の第七、第八の並稱。
  16. 【一心三千】天台宗にて、一念の心に三千の諸法を具有すること。
  17. 【最後の御遺誡】正應二年八月二日聖戒として書せしむること六條緣起に見ゆ。
  18. 【五蘊】色、受、想、行、識。
  19. 【病】身病。
  20. 【四大】地、水、火、風。
  21. 【煩惱】心病。

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