水ぐるま

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水ぐるま


おもふとも

おもふとも すべなくば

水うて

水うて 水ぐるま

   ○

あの子がかくれた

麥ばたに

矢車草だよ

咲󠄁いてゐる

   ○

ほたるいぢるな

ほうたる

匂ひがしむぞえ

消󠄁えぬぞえ

   ○

晩󠄁春おそはる まひるの

道󠄁にたつ 旋風つむじ

げんげ枯花󠄁

ふきあげぬ

   ○

野に うたはむと

野に來つれ

草 ひかるのみ

ひかるのみ


   ○

松の芽︀立ちに

手は觸れて

生きむとこそは

思ひしか

   ○

まひるの

桑の

若葉道󠄁

くるめく

ほどに

人ほりぬ

   ○

あの子が

くれた薔薇のはな

夜は明󠄁るく

フミ讀まむ

   ○

なにを 嘆きて

とぶほたる

闇のやぶかげ

夜もすがら

   ○

街にうたふと

街ゆけば

日の照れるのみ

家々に

   ○

いのち ひそかに

あるものか

うまれて靑い

かたつむり

   ○

けに

蛙のきろろきろ

さめて 寂しく

きいてゐる

   ○

そゞろあるきに

洋杖󠄀ステツキ

月󠄁夜となれば

月󠄁がさし

   ○

若草 すれすれ

とぶ つばめ

山羊の てまへで

ひるがへる

   ○

草の 若草

あたへよや

仔山羊 やさしき

ものなれば


   ○

仔山羊 めでたき

ものなれや

蜻蛉あきつのかげに

おどろきぬ

   ○

光のうちに

ゆるやかに

光となりてとべるもの

少女が投げし薔薇のはな

   ○

病む子を

へば その

窓そとの

柿の若葉に

照る夕陽

   ○

病む子を

訪へば その

枕べに

誰が 持て來し

花󠄁すみれ

   ○

病む子に

きけば 東京の

そのふるさとの

入り陽どき


   ○

松の新芽︀の

頃は

また 新たなる

愁かな

   ○

晝は ほうたる

火を消󠄁して

うつらうつらに

ものおもへ

   ○

おもひ ここに

およべば

はじけて 散れよ

實のかたばみ

   ○

おなじ 愁に

をるものか

誰か小川に

花󠄁 ながす

この著作物は、1943年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。