昭和二十三年政令第二百一号の効力について

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原文[編集]

昭和二十三年政令第二百一号の効力について、本月三日內閣は、次のとおり閣議決定した。

   昭和二十三年政令第二百一号の効力について(法務総裁說明)

 去る七月三十一日附をもつて、昭和二十三年七月二十二日附內閣総理大臣宛連合國最高司令官書簡に基く臨時措置に関する政令(昭和二十三年政令第二百一号)が公布され、卽日施行された。この政令は、政府職員の労働運動について規定したものであるが、最近一部に、この政令の効力に疑問があるとの見解が表明されているようである。これは、素朴な誤解に出発しているもので特に問題とする必要はないが、事柄の性質上かような議論によつて惑わされる人々があつては遺憾であるから、ここに論の揭げる諸点を中心にして、疑問を一掃しておきたい。

一 論点の一つとして、今回の政令は、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件(昭和二十年勅令第五百四十二号)に基づくものであるが、この勅令は、現在旣に効力がないから、これに基づく政令も当然無効であるということがいわれている。その理由としては、日本國憲法施行の際現に効力を有する命令の効力等に関する法律(昭和二十二年法律第七十二号)により、「日本國憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で法律を以て規定すべき事項を規定するものは、昭和二十二年十二月三十一日まで法律と同一の効力を有するもの」とされ(第一條)、又、勅令第五百四十二号に基き発せられた命令で憲法施行の際において有効なものは、依然として効力を存続することが定められている(第一條の二)が、そのいずれによつても、勅令第五百四十二号自身の効力には何等触れるところがなく、これを今日有効なものとする法的措置は、全然講ぜられていないというのである。

  然しながら、勅令第五百四十二号の効力を法律第七十二号で判断しようとするのが、そもそも誤りなのである。新憲法旧憲法の廃止ではなくその改正であり、いわんや憲法改正の前后にわたつて國家の同一性には変更がないのであるから旧憲法下の法令が原則として新憲法下においてもその儘引きつがれ、有効に存続することは何人も疑わないところでありこのことは、憲法第九十八條の規定に徵しても明らかである。然らば法律第七十二号の主眼点は何であるかと云うと、旧憲法下において議会の意思が加わることなくして発せられた命令(從來独立命令などと呼ばれていたようなもの)で、新憲法によれば法律をもつて定められるべき事項を規定しているものは一定の時期までに、國会の議決によつて法律に改められなければならないことを定めたことに在る。從つて法律第七十二号は旧憲法下において制定された法律については、問題にしていない。さればこそ、衆議院議員選挙法や、労働組合法など旧憲法時代の無数の法律が現在有効に存続しているわけである。

  問題のポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件は、勅令の番号が附せられてはいるが、これは、何人も知るように、旧憲法第八條の規定に基く「法律に代るべき勅令」であつて、第八十九帝國議会に提出され、その承諾を得たものであるから、旧憲法時代旣に完全に確定の法律としての効力を生じたものである。このことは、從來緊急勅令の改正及び廃止が法律によつてなされたことによつても明らかである。從つて、旧憲法下において、旣に法律としての効力を有する勅令第五百四十二号が他の一般の法律と同樣新憲法下においても特別の立法措置を講ずるまでもなく、法律としての効力を有することは、明らかであり、法律第七十二号で特にこの緊急勅令のことに触れていないのも、事があまりに当然であるからである。

二 今回の政令の根拠規程である勅令第五百四十二号は、法律と同一だとしても、この勅令の內容が、憲法上法律をもつて規定すべき事項を、殆んど無制限に命令に讓つているものであるから、実体的にみて、憲法に違反し、從つて憲法第九十八條の規定により憲法の條規に反する法律として、その効力を有せず、これに基く今回の政令も亦、無効であるとする論である。

  なるほど、一般に三権の分立は、憲法自らが定めるところであつて、立法権を廣く行政機関に白紙で委任し、國会の議決を要しないものとすることは、憲法に牴触するものとして許されないものとされている。然しながら、勅令第五百四十二号は、ポツダム宣言の受諾に伴い連合國最高司令官のなす要求に係る事項という特定の事項を実施するため特に必要がある場合に限定されているところに單純な包括委任ではない所以があるのであつて、たゞ、その特定の事項が將來において具体性を充足される点において包括委任的外観を呈しているだけである。これについては、まずわが國が現在置かれている國際的地位を顧みる必要がある。昭和二十年九月二日署名された降伏文書には、天皇、日本國政府及びその後継が、「ポツダム宣言の條項を誠実に履行すること並びに右宣言を実施するため連合國最高司令官又はその他特定の連合國代表が要求することあるべき一切の命令を発し且つかかる一切の措置を執ること」、「天皇及び日本國政府の國家統治の権限は、本降伏條項を実施するため適当と認める措置をとる連合國最高司令官の制限の下に置かれる」ことが定めてあり、降伏後における米國の初期の対日方針では、「最高司令官は、米國の目的達成を満足に促進する限りにおいては、天皇を含む日本政府機関及び諸機関を通じてその権力を行使す」べきことが明かにされている。卽ち、連合國最高司令官が降伏條項を実施するため適当と認める措置を要求してきた場合には、これを取捨する余地はなく、ただ迅速且つ誠実に履行すべき國家的義務が存在するのみである。この場合、具体的な要求の內容が法律を要する事項であれば國会によつて法律制定の手続がとらるべきであるけれども、要求の性質によつては、緊急を要するものもあり、或は又、その他の條件によつて、法律制定の手続を踏むことが不可能な場合もあるから、あらかじめ委任による命令制定の途が設けられたのであつて、この委任による命令は、常に、連合國最高司令官の具体的な要求に係る特定の事項を実施するためにのみ発せられることになるところに委任の個別的性格があり、又、その故にこそ行政機関が、ほしいままに立法権を侵害し、三権の分立をみだすことにはならない理由があるのである。勅令第五百四十二号は、斯くて、実体的にも新憲法の下に有効に存続しているものであり、これに基く今回の政令第二百一号の効力についても、毫末の疑はないわけである。

三 勅令第五百四十二号が新憲法の下において、形式的にも、実体的にも有効だとしても、今回の政令は、昭和二十三年七月二十二日附內閣総理大臣宛連合國最高司令官の書簡に基くものであり、この書簡は、同勅令にいわゆる要求とはいえないから、同勅令に基いてこの政令を制定したことは違法であるという論がある。

  元來連合國最高司令官のいわゆる要求は、別に一定した形式においてなされるものと限られているものではない。その要求であるか否かは、同司令官の表示された意思の解釈によつて定まるのであつて、それが書簡であるか否かによつて決せられるものではない。今回の政令は、政府において右の書簡の內容を充分檢討し、且つ、司令部の意向を確かめた上発せられたのであつて、この政令が、勅令第五百四十二号に基く適法なものであることは云うまでもない。

  なお、去る八月二十八日の対日理事会の席上において、シーボルト議長は、司令部発表の原文によれば、「総司令官は、基本原則を総括的に記述するに止め、日本政府を励まして細目の具体化及び実施をその発意と見解に基いて処理せしめ、且つ、日本政府が受諾困難と思われる條項について自由に質問を許すために、ことさらに書簡をデイレクチヴというよりは示唆と名づけた。日本の政令は來月開かれる國会が審議制定する迄の狀態を維持するための中間的措置である。國会は立法するに当り書簡に記載された原則を否曲することを許されないことは勿論である。」と述べた。右発言の片言隻句をとらえてとかくの論をしている向もあるようであるが、右発言全体を仔細に檢討すれば、シーボルト議長の趣旨は基本原則そのものが総司令官の日本政府に対する要求であることを示していると云うべきである。

  以上いずれの点においても、今回の政令の効力について何等の疑のないことは明瞭である。

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昭和二十三年政令第二百一号の効力について、本月三日内閣は、次のとおり閣議決定した。

   昭和二十三年政令第二百一号の効力について(法務総裁説明)

 去る七月三十一日附をもって、昭和二十三年七月二十二日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官書簡に基く臨時措置に関する政令(昭和二十三年政令第二百一号)が公布され、即日施行された。この政令は、政府職員の労働運動について規定したものであるが、最近一部に、この政令の効力に疑問があるとの見解が表明されているようである。これは、素朴な誤解に出発しているもので特に問題とする必要はないが、事柄の性質上かような議論によって惑わされる人々があっては遺憾であるから、ここに論者の掲げる諸点を中心にして、疑問を一掃しておきたい。

一 論点の一つとして、今回の政令は、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件(昭和二十年勅令第五百四十二号)に基づくものであるが、この勅令は、現在既に効力がないから、これに基づく政令も当然無効であるということがいわれている。その理由としては、日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の効力等に関する法律(昭和二十二年法律第七十二号)により、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定で法律を以て規定すべき事項を規定するものは、昭和二十二年十二月三十一日まで法律と同一の効力を有するもの」とされ(第一条)、また、勅令第五百四十二号に基き発せられた命令で憲法施行の際において有効なものは、依然として効力を存続することが定められている(第一条の二)が、そのいずれによっても、勅令第五百四十二号自身の効力には何ら触れるところがなく、これを今日有効なものとする法的措置は、全然講ぜられていないというのである。

  然しながら、勅令第五百四十二号の効力を法律第七十二号で判断しようとするのが、そもそも誤りなのである。新憲法旧憲法の廃止ではなくその改正であり、いわんや憲法改正の前后にわたって国家の同一性には変更がないのであるから旧憲法下の法令が原則として新憲法下においてもそのまま引きつがれ、有効に存続することは何人も疑わないところでありこのことは、憲法第九十八条の規定に徴しても明らかである。然らば法律第七十二号の主眼点は何であるかというと、旧憲法下において議会の意思が加わることなくして発せられた命令(従来独立命令などと呼ばれていたようなもの)で、新憲法によれば法律をもって定められるべき事項を規定しているものは一定の時期までに、国会の議決によって法律に改められなければならないことを定めたことに在る。したがって法律第七十二号は旧憲法下において制定された法律については、問題にしていない。さればこそ、衆議院議員選挙法や、労働組合法など旧憲法時代の無数の法律が現在有効に存続しているわけである。

  問題のポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件は、勅令の番号が附せられてはいるが、これは、何人も知るように、旧憲法第八条の規定に基く「法律に代るべき勅令」であって、第八十九帝国議会に提出され、その承諾を得たものであるから、旧憲法時代既に完全に確定の法律としての効力を生じたものである。このことは、従来緊急勅令の改正及び廃止が法律によってなされたことによっても明らかである。したがって、旧憲法下において、既に法律としての効力を有する勅令第五百四十二号が他の一般の法律と同様新憲法下においても特別の立法措置を講ずるまでもなく、法律としての効力を有することは、明らかであり、法律第七十二号で特にこの緊急勅令のことに触れていないのも、事があまりに当然であるからである。

二 今回の政令の根拠規程である勅令第五百四十二号は、法律と同一だとしても、この勅令の内容が、憲法上法律をもって規定すべき事項を、殆んど無制限に命令に譲っているものであるから、実体的にみて、憲法に違反し、したがって憲法第九十八条の規定により憲法の条規に反する法律として、その効力を有せず、これに基く今回の政令もまた、無効であるとする論である。

  なるほど、一般に三権の分立は、憲法自らが定めるところであって、立法権を広く行政機関に白紙で委任し、国会の議決を要しないものとすることは、憲法に抵触するものとして許されないものとされている。然しながら、勅令第五百四十二号は、ポツダム宣言の受諾に伴い連合国最高司令官のなす要求に係る事項という特定の事項を実施するため特に必要がある場合に限定されているところに単純な包括委任ではない所以があるのであって、ただ、その特定の事項が将来において具体性を充足される点において包括委任的外観を呈しているだけである。これについては、まずわが国が現在置かれている国際的地位を顧みる必要がある。昭和二十年九月二日署名された降伏文書には、天皇、日本国政府及びその後継者が、「ポツダム宣言の条項を誠実に履行すること並びに右宣言を実施するため連合国最高司令官またはその他特定の連合国代表者が要求することあるべき一切の命令を発し且つかかる一切の措置を執ること」、「天皇及び日本国政府の国家統治の権限は、本降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる連合国最高司令官の制限の下に置かれる」ことが定めてあり、降伏後における米国の初期の対日方針では、「最高司令官は、米国の目的達成を満足に促進する限りにおいては、天皇を含む日本政府機関及び諸機関を通じてその権力を行使す」べきことが明かにされている。即ち、連合国最高司令官が降伏条項を実施するため適当と認める措置を要求してきた場合には、これを取捨する余地はなく、ただ迅速かつ誠実に履行すべき国家的義務が存在するのみである。この場合、具体的な要求の内容が法律を要する事項であれば国会によって法律制定の手続がとらるべきであるけれども、要求の性質によっては、緊急を要するものもあり、あるいはまた、その他の条件によって、法律制定の手続を踏むことが不可能な場合もあるから、あらかじめ委任による命令制定の途が設けられたのであって、この委任による命令は、常に、連合国最高司令官の具体的な要求に係る特定の事項を実施するためにのみ発せられることになるところに委任の個別的性格があり、また、その故にこそ行政機関が、ほしいままに立法権を侵害し、三権の分立をみだすことにはならない理由があるのである。勅令第五百四十二号は、かくて、実体的にも新憲法の下に有効に存続しているものであり、これに基く今回の政令第二百一号の効力についても、毫末の疑はないわけである。

三 勅令第五百四十二号が新憲法の下において、形式的にも、実体的にも有効だとしても、今回の政令は、昭和二十三年七月二十二日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官の書簡に基くものであり、この書簡は、同勅令にいわゆる要求とはいえないから、同勅令に基いてこの政令を制定したことは違法であるという論がある。

  元来連合国最高司令官のいわゆる要求は、別に一定した形式においてなされるものと限られているものではない。その要求であるか否かは、同司令官の表示された意思の解釈によって定まるのであって、それが書簡であるか否かによって決せられるものではない。今回の政令は、政府において右の書簡の内容を充分検討し、かつ、司令部の意向を確かめた上発せられたのであって、この政令が、勅令第五百四十二号に基く適法なものであることはいうまでもない。

  なお、去る八月二十八日の対日理事会の席上において、シーボルト議長は、司令部発表の原文によれば、「総司令官は、基本原則を総括的に記述するに止め、日本政府を励まして細目の具体化及び実施をその発意と見解に基いて処理せしめ、かつ、日本政府が受諾困難と思われる条項について自由に質問を許すために、ことさらに書簡をデイレクチヴというよりは示唆と名づけた。日本の政令は来月開かれる国会が審議制定するまでの状態を維持するための中間的措置である。国会は立法するに当り書簡に記載された原則を否曲することを許されないことは勿論である。」と述べた。右発言の片言隻句をとらえてとかくの論をしている向もあるようであるが、右発言全体を仔細に検討すれば、シーボルト議長の趣旨は基本原則そのものが総司令官の日本政府に対する要求であることを示しているというべきである。

  以上いずれの点においても、今回の政令の効力について何らの疑のないことは明瞭である。

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