新式算術講義/第一章

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新式算術講義

理學博士 高木貞治著

第一章 自然數の起源

物を數ふること,物に順序を附くること,兩者の關係○順序數の原則四條,數の名,命數法の意義○カルヂナル數,物の數は數ふる順序に關係なし,自然數

(一)

物を數ふることゝ物に順序を賦すること卽ち番號を附くること,心の此二つの作用には密接なる關係あり.一つ二つ三つと數へて物の數の三なることを知る其徑行を分析すれば,先づ甲を認めて第一の物となし,次に乙を認めて甲と異なる第二の物,丙を甲とも又乙とも異なる第三の物となし,さて此第三に至て數へんとする物を盡したれば,卽ち其數の三なるを知るなり,されば物を數ふるに當て,人必ず此等の物に順序を附けざるを得ず.

吾人の物を數ふるや,一々心の裡に斯の如き複雜なる作用を反復するまでもなく,一見して直ちに其數の三たり,又は五たるを知り得ベきこと固より是あり.こは三個五個等少數の物にありては,之を數ふる作用は吾人の屢々反復せる所にして,三個の物,五個の物の與ふる全體の印象は,吾人の記憶に銘せられ,此記憶に扶けられて吾人は殆ど我心に數ふる作用をなすを知覺せずして直ちに其數を知ることを得るなり.此故に少數の物と雖も其物の排列,動靜等が其數を知るの難易に關係すること甚だ多し.正しく列びて靜止せるときは十個以下の物の數を一目して知ること難からざるべけれども,此等の物が連動せるとき,又は不規則に排列せられたる時は,必しも然らず.要するに人,物の數を數へたるときは同時に此等の物に或る順序を附けたりと云ふことを得.甲乙丙等の物あるとき之を數へんとするに當ては,吾人は甲は一個の物なりと認むること,及甲は乙と異なり丙と異なりと認むる外,甲を他の物と區別すべき凡ての特徵を抽き去りて顧みず.机,人,數學は三個の物なるは,一個の物,又一個の物,又一個の物が三個の物なりと云ふに異ならず.指を折りて數ふるは數へんとする物の特徵を抽出し去るなり.拇指は机を代表し,示指は人を,中指は數學を代表す.机も人も數學も同じく一個の指にて代表せられたり,人若し指の代表せるは何物なりしかを忘却したりとも,拇指は始めに認められたる一個の物を代表し,示指は次に認められたる一個の物,中指は最後に認められたる一個の物を代表することを知るべく,而して其物の數は卽ち三個なりしことを知ることを得.

一個々々の物を順次一個々々の指にて代表し,最後の物を代表せる指を見て數を知る,物を數ふることの原理は此處に盡きたり.

吾人が數ふべき物の數には限りなし.限りなき物を代表せん爲には又限りなき物を要す.此限りなき物を代表せんが爲に,人の作り出せるを數(順序數)となす.數は人の理性を離れて先天的の實在を有するものに非ず.數の眞相を知らんと欲せば其起原に遡らざるベからず.

(二)

順序數の觀念は凡て人の共有する所,明白にして動かすべからざるものなりと雖,吾人は數學に於て思想の精確に重を置くが故に,特に次の條目を列擧して之を順序數の原則となさんとす.玆に所謂,數とは順序數を指せるなり.

第一,數には先後の順序あり.二つの相異なる數(甲,乙)の中唯一(例へば甲)は他の一つ(乙)に先だつ.

先後といへる語の意義は次に揭ぐる二個の規定に遵ふを要す,(一)甲が乙に先だゝば乙は甲に先だゝず,(二)甲は乙に先だち,乙は丙に先だゝば甲は又丙に先だつ,甲が乙に先だつといふも,又は乙は甲の後にあり又は甲に次ぐといふも同一の事實を表はせり.是故に甲は乙の後にあり,乙は又丙の後にあらば,甲は丙の後にあり.

第二,如何なる順序數にも,必ず直ちに之に次ぐ順序數あり.

乙が直ちに甲に次ぐとは,甲の後乙の先なる第三の數存在せざるを謂ふ.

第三,甲若し乙に先だゝば,甲より直ちに甲に次ぐ數に移り,此數より又直に之に次ぐ數に移り,次第に斯の如くなし行きて竟に乙に到達することを得.

第四,順序數には最初の者あり.

最初とは之に先だつ者なきの謂なり.

此四個條は順序數の原則なり.順序敷の性質は凡て此四個條の原則の論理上必至の結果に外ならず.

第四條に所謂最初の數を と名づけ,直ちに に次ぐ數を ,直ちに に次ぐ數を と名づく.斯の如くにして如何なる數に及ぶとも,第二條に定むる所によりて,其數に次ぐ數必ずあるべきにより,あらゆる順序數に一つ一つ命名せんことは語の數に限りあるべき吾人の語彙の能くすべき所にあらず.吾人の語彙の與ふる最大の數は億か,兆か,億,兆は數の終極にあらず,億,兆を超えざるは數の極小の一部分たるに過ぎざるにあらずや.然れども凡ての數に命名すべき必要は何處にか在る.億,兆以上の數を用ゆべき實際上の必要に遭遇することなかるべきを外にするも,吾人の有する凡ての觀念が必ずしも一々其名を有すべき必要は何處にかある.或數に名なきは其數なきにあらざるなり.

如何なる數をもある符號にて書き表はすべき工夫は甚だ容易なり.最初の數は・其次は・・其次は・・・斯の如く何處までも同じ符號を反復し行かば吾人の考へ得る數にして斯樣の符號にて表はし得ざるものあることなし.然れども斯の如き記數法の實用に供し難きは言ふまでもなし.

命數法,記數法は理論上の問題に非ずして實用上の問題なり.成るべく少數の語又は符號を,成るべく便利なる方法によりて組み合はせ,而して成るべく多くの數を命名し,書き表はさんとするを主眼とせる此問題に,古今東西の民族の與へたる殆ど一致せる解釋は,卽ち所謂十進法なり.然れども十進法の說明は,數の加減乘除を說きたる上ならでは理論上なし得べからざることに屬す.

(三)

物を數ふるに當ては,此等の物の各を一個の物なりと認むること,及此一個の物は其他の物とは異なる一個の物なりと認むるの外,此物を他の物と區別すべき凡ての特徵を度外に置くべきことは旣に言へり.さて今數へんとする物の中,最初に一個の物と認めたるものに配するに なる順序數を以てし,次に此物とは異なる一個の物なりと吾人の認めたるものに配するに を以てし,順次斯の如く一つ一つの物と一つ一つの順序數とを取り合はせ(對照し,配合し)行くに,順序數の引き續きは究まる所なきが故に,如何なる場合に於ても斯の如き對照の爲し得ざることあるべからず.斯くて今數へんとする物の盡くるに至て止むときは,最後の物に取り合はされたるは或る一つの順序數にして,此順序數は卽ち今數へたる物の數を定むべきものなり.

若干の物の與へられたるとき,右に述べたる手續きによりて之を數ふるときは,此等の物の間に定まりたる順序を生じ,此手續きの終局に於て或る定まりたる順序數に到達す.

然れども個々の物と個々の數とを對照するに當りて,此等の物の中何れが に配せられ,又何れが に配せらるべきやは,卽ち物を數ふる順序は,全く數ふる人の隨意なるべきにより,此手續きは一定不動のものに非ず.數ふべき物は定まれりと雖,數ふるといふ手續きの爲に此等の物の中に生じ來る順序は樣々に變り得べし.唯此手續きに於て一定不動なるは最後に到達すべき順序數なり.例へば なる物を數へんとするとき に順次 の配せらるゝこともあるべし,又 に順次 の配せらるゝこともあるべし.


然れども といひ といひ數ふる人の眼には各唯一個の物として映ずるに止まるが故に上の配合は畢竟

一個の物
一個の物
一個の物


一個の物
一個の物
一個の物

の如く書き表はすことを得べく,斯く書き改められたる上は,此二樣の數へ方を區別する所以の者は全く消失せるを認むべし.

物を數へて最後に到達すべき順序數は數ふる順序に關係なく一定不動のものなるが故に,此順序數を以て此物の數を表示することを得.物の數を表はすの意義に於て數をカルヂナル數といふ.

カルヂナル數は全く順序數と同一の條件によりて定めらるべきものなり.若し言語の明白を欲せば,先に揭げたる條件の中先後の語に代ふるに大小の語を以てすべし.

物の數の多少は之を表示すべき順序數の先後によりて知るべく,カルヂナル數の大小は之に相當せる順序數の先後によりて定むべし.

個々の順序數を個々の物と見做すときは,順序數の數を數ふることを得. より に至るすべての順序數の數は卽ち なり.

同じく是數なり,順序を表はすときは之を順序數といひ,物の多少を表はすときは之をカルヂナル數といふ.此の區別を度外に置きて を自然數(又は整數)といふ.クロネツカー曰く,整數をば造物主作り給ひぬ,其他は人の業なりと.自然數の語寔に恰當なりといふべし.