拾遺和歌集/巻第十三

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巻十三:恋三


00777

[詞書]題しらす

よみ人しらす

あしひきの山した風もさむけきにこよひも又やわかひとりねん

あしひきの-やましたかせも-さむけきに-こよひもまたや-わかひとりねむ


00778

[詞書]題しらす

人まろ

葦引の山鳥の尾のしたりをのなかなかし夜をひとりかもねむ

あしひきの-やまとりのをの-したりをの-なかなかしよを-ひとりかもねむ


00779

[詞書]題しらす

よみ人しらす

あしひきの葛木山にゐる事のたちてもゐても君をこそおもへ

あしひきの-かつらきやまに-ゐるくもの-たちてもゐても-きみをこそおもへ


00780

[詞書]題しらす

よみ人しらす

あしひきの山の山すけやますのみ見ねはこひしききみにもあるかな

あしひきの-やまのやますけ-やますのみ-みねはこひしき-きみにもあるかな


00781

[詞書]たひの思ひをのふといふことを

石上乙麿

あしひきの山こえくれてやとからはいもたちまちていねさらむかも

あしひきの-やまこえくれて-やとからは-いもたちまちて-いねさらむかも


00782

[詞書]題しらす

人まろ

あしひきの山よりいつる月まつと人にはいひて君をこそまて

あしひきの-やまよりいつる-つきまつと-ひとにはいひて-きみをこそまて


00783

[詞書]題しらす

人まろ

みか月のさやかに見えす雲隠見まくそほしきうたてこのころ

みかつきの-さやかにみえす-くもかくれ-みまくそほしき-うたてこのころ


00784

[詞書]題しらす

よみ人しらす

逢ふ事はかたわれ月の雲かくれおほろけにやは人のこひしき

あふことは-かたわれつきの-くもかくれ-おほろけにやは-ひとのこひしき


00785

[詞書]題しらす

人まろ

秋の夜の月かも君はくもかくれしはしも見ねはここらこひしき

あきのよの-つきかもきみは-くもかくれ-しはしもみねは-ここらこひしき


00786

[詞書]円融院御屏風、八月十五夜月のかけ池にうつれる家に、をとこ女ゐてけさうしたる所

平兼盛

秋の夜の月見るとのみおきゐつつ今夜もねてや我はかへらん

あきのよの-つきみるとのみ-おきゐつつ-こよひもねてや-われはかへらむ


00787

[詞書]月あかかりける夜、女の許につかはしける

源さねあきら

こひしさはおなし心にあらすとも今夜の月を君見さらめや

こひしさは-おなしこころに-あらすとも-こよひのつきを-きみみさらめや


00788

[詞書]返し

中務

さやかにも見るへき月を我はたた涙にくもるをりそおほかる

さやかにも-みるへきつきを-われはたた-なみたにくもる-をりそおほかる


00789

[詞書]題しらす

人まろ

久方のあまてる月もかくれ行く何によそへてきみをしのはむ

ひさかたの-あまてるつきも-かくれゆく-なにによそへて-きみをしのはむ


00790

[詞書]京に思ふ人をおきてはるかなる所にまかりけるみちに、月のあかかりける夜

よみ人しらす

宮こにて見しにかはらぬ月影をなくさめにてもあかすころかな

みやこにて-みしにかはらぬ-つきかけを-なくさめにても-あかすころかな


00791

[詞書]題しらす

つらゆき

てる月も影みなそこにうつりけりにたる物なきこひもするかな

てるつきも-かけみなそこに-うつりけり-にたるものなき-こひもするかな


00792

[詞書]月を見て、ゐなかなるをとこを思ひいててつかはしける

中宮内侍

今夜君いかなるさとの月を見て宮こにたれを思ひいつらむ

こよひきみ-いかなるさとの-つきをみて-みやこにたれを-おもひいつらむ


00793

[詞書]題しらす

たたみね

月かけをわか身にかふる物ならはおもはぬ人もあはれとや見む

つきかけを-わかみにかふる-ものならは-おもはぬひとも-あはれとやみむ


00794

[詞書]万葉集和せるうた

したかふ

ひとりぬるやとには月の見えさらは恋しき事のかすはまさらし

ひとりぬる-やとにはつきの-みえさらは-こひしきことの-かすはまさらし


00795

[詞書]題しらす

人まろ

長月の在明の月の有りつつも君しきまさは我こひめやも

なかつきの-ありあけのつきの-ありつつも-きみしきまさは-わかこひめやも


00796

[詞書]月あかき夜、人をまち侍りて

人まろ

ことならはやみにそあらまし秋のよのなそ月かけの人たのめなる

ことならは-やみにそあらまし-あきのよの-なそつきかけの-ひとたのめなる


00797

[詞書]春宮左近

ふらぬ夜の心をしらておほそらの雨をつらしと思ひけるかな

ふらぬよの-こころをしらて-おほそらの-あめをつらしと-おもひけるかな


00798

[詞書]題しらす

よみ人しらす

衣たになかに有りしはうとかりきあはぬ夜をさへへたてつるかな

ころもたに-なかにありしは-うとかりき-あはぬよをさへ-へたてつるかな


00799

[詞書]題しらす

よみ人しらす

なかき夜も人をつらしと思ふにはねなくにあくる物にそ有りける

なかきよも-ひとをつらしと-おもふには-ねなくにあくる-ものにそありける


00800

[詞書]今はとはしといひ侍りける女のもとにつかはしける

よみ人しらす

わすれなん今はとはしと思ひつつぬる夜しもこそゆめに見えけれ

わすれなむ-いまはとはしと-おもひつつ-ぬるよしもこそ-ゆめにみえけれ


00801

[詞書]題しらす

よみ人しらす

よるとてもねられさりけり人しれすねさめのこひにおとろかれつつ

よるとても-ねられさりけり-ひとしれす-ねさめのこひに-おとろかれつつ


00802

[詞書]題しらす

よみ人しらす

むはたまのいもかくろかみこよひもやわかなきとこになひきいてぬらん

うはたまの-いもかくろかみ-こよひもや-わかなきとこに-なひきいてぬらむ


00803

[詞書]題しらす

よみ人しらす

わかせこかありかもしらてねたる夜はあか月かたの枕さひしも

わかせこか-ありかもしらて-ねたるよは-あかつきかたの-まくらさひしも


00804

[詞書]題しらす

よみ人しらす

いかなりし時くれ竹のひと夜たにいたつらふしをくるしといふらん

いかなりし-ときくれたけの-ひとよたに-いたつらふしを-くるしといふらむ


00805

[詞書]題しらす

よみ人しらす

いかならんをりふしにかはくれ竹のよるはこひしき人にあひ見む

いかならむ-をりふしにかは-くれたけの-よるはこひしき-ひとにあひみむ


00806

[詞書]題しらす

ひとまろ

まさしてふやそのちまたにゆふけとふうらまさにせよいもにあふへく

まさしてふ-やそのちまたに-ゆふけとふ-うらまさにせよ-いもにあふへく


00807

[詞書]題しらす

ひとまろ

ゆふけとふうらにもよくありこよひたにこさらむきみをいつかまつへき

ゆふけとふ-うらにもよくあり-こよひたに-こさらむきみを-いつかまつへき


00808

[詞書]題しらす

ひとまろ

夢をたにいかてかたみに見てしかなあはてぬるよのなくさめにせん

ゆめをたに-いかてかたみに-みてしかな-あはてぬるよの-なくさめにせむ


00809

[詞書]題しらす

ひとまろ

うつつにはあふことかたし玉の緒のよるはたえせすゆめに見えなん

うつつには-あふことかたし-たまのをの-よるはたえせす-ゆめにみえなむ


00810

[詞書]ひろはたのみやす所、ひさしう内にもまゐらさりける、夢になむ、れいのやうにて内にさふらひたまひつると人のいひ侍りけるをききて

ひろはたのみやす所

いにしへをいかてかとのみ思ふ身に今夜のゆめを春になさはや

いにしへを-いかてかとのみ-おもふみに-こよひのゆめを-はるになさはや


00811

[詞書]延喜十五年御屏風歌

つらゆき

わすらるる時しなけれは春の田を返す返すそ人はこひしき

わすらるる-ときしなけれは-はるのたを-かへすかへすそ-ひとはこひしき


00812

[詞書]題しらす

よみひとしらす

あつさゆみ春のあら田をうち返し思ひやみにし人そこひしき

あつさゆみ-はるのあらたを-うちかへし-おもひやみにし-ひとそこひしき


00813

[詞書]題しらす

みつね

かのをかにはきかるをのこなはをなみねるやねりそのくたけてそ思ふ

かのをかに-はきかるをのこ-なはをなみ-ねるやねりその-くたけてそおもふ


00814

[詞書]題しらす

よみ人しらす

春くれは柳のいともとけにけりむすほほれたるわか心かな

はるくれは-やなきのいとも-とけにけり-むすほほれたる-わかこころかな


00815

[詞書]題しらす

よみ人しらす

いつ方によるとかは見むあをやきのいとさためなき人の心を

いつかたに-よるとかはみむ-あをやきの-いとさためなき-ひとのこころを


00816

[詞書]題しらす

よみ人しらす

まきもくのひはらの霞立返りかくこそは見めあかぬ君かな

まきもくの-ひはらのかすみ-たちかへり-かくこそはみめ-あかぬきみかな


00817

[詞書]冬よりひえの山にのほりて、はるまておとせぬ人のもとに

藤原きよたたかむすめ

なかめやる山へはいととかすみつつおほつかなさのまさる春かな

なかめやる-やまへはいとと-かすみつつ-おほつかなさの-まさるはるかな


00818

[詞書]題しらす

人まろ

わかせこをきませの山とひとはいへと君もきまさぬ山のなならし

わかせこを-きませのやまと-ひとはいへと-きみもきまさぬ-やまのなならし


00819

[詞書]題しらす

山辺赤人

我か背子をならしの岡のよふことり君よひかへせ夜のふけぬ時

わかせこを-ならしのをかの-よふことり-きみよひかへせ-よのふけぬとき


00820

[詞書]題しらす

よみ人しらす

こぬ人をまつちの山の郭公おなし心にねこそなかるれ

こぬひとを-まつちのやまの-ほとときす-おなしこころに-ねこそなかるれ


00821

[詞書]題しらす

よみ人しらす

しののめになきこそわたれ時鳥物思ふやとはしるくやあるらん

しののめに-なきこそわたれ-ほとときす-ものおもふやとは-しるくやあるらむ


00822

[詞書]題しらす

よみ人しらす

たたくとてやとのつまとをあけたれは人もこすゑのくひななりけり

たたくとて-やとのつまとを-あけたれは-ひともこすゑの-くひななりけり


00823

[詞書]題しらす

よみ人しらす

夏衣うすきなからそたのまるるひとへなるしも身にちかけれは

なつころも-うすきなからそ-たのまるる-ひとへなるしも-みにちかけれは


00824

[詞書]題しらす

よみ人しらす

かりてほすよとのまこもの雨ふれはつかねもあへぬこひもするかな

かりてほす-よとのまこもの-あめふれは-つかぬもあへぬ-こひもするかな


00825

[詞書]題しらす

よみ人しらす

みな月のつちさへさけててる日にもわかそてひめやいもにあはすして

みなつきの-つちさへさけて-てるひにも-わかそてひめや-いもにあはすして


00826

[詞書]題しらす

人まろ

なる神のしはしうこきてそらくもり雨もふらなん君とまるへく

なるかみの-しはしうこきて-そらくもり-あめもふらなむ-きみとまるへく


00827

[詞書]題しらす

人まろ

人ことは夏野の草のしけくとも君と我としたつさはりなは

ひとことは-なつののくさの-しけくとも-きみとわれとし-たつさはりなは


00828

[詞書]題しらす

よみ人しらす

野も山もしけりあひぬる夏なれと人のつらさは事のはもなし

のもやまも-しけりあひぬる-なつなれと-ひとのつらさは-ことのはもなし


00829

[詞書]題しらす

よみ人しらす

夏草のしけみにおふるまろこすけまろかまろねよいくよへぬらん

なつくさの-しけみにおふる-まろこすけ-まろかまろねよ-いくよへぬらむ


00830

[詞書]天暦御時、ひろはたの宮す所ひさしくまゐらさりけれは、御ふみつかはしけるに

御製

山かつのかきほにおふるなてしこに思ひよそへぬ時のまそなき

やまかつの-かきほにおふる-なてしこに-おもひよそへぬ-ときのまそなき


00831

[詞書]廉義公家の障子のゑに、なてしこおひたる家の心ほそけなるを

清原元輔

思ひしる人に見せはやよもすからわかとこ夏におきゐたるつゆ

おもひしる-ひとにみせはや-よもすから-わかとこなつに-おきゐたるつゆ


00832

[詞書]題しらす

よみ人しらす

秋の野の草葉もわけぬわか袖のつゆけくのみもなりまさるかな

あきののの-くさはもわけぬ-わかそての-つゆけくのみも-なりまさるかな


00833

[詞書]三首六十首のなかに

曾禰好忠

わかせこかきまさぬよひの秋風はこぬ人よりもうらめしきかな

わかせこか-きまさぬよひの-あきかせは-こぬひとよりも-うらめしきかな


00834

[詞書]題しらす

よみ人しらす

うら山しあさひにあたる白露をわか身と今はなすよしもかな

うらやまし-あさひにあたる-しらつゆを-わかみといまは-なすよしもかな


00835

[詞書]題しらす

人まろ

秋の田のほのうへにおけるしらつゆのけぬへく我はおもほゆるかな

あきのたの-ほのうへにおける-しらつゆの-けぬへくわれは-おもほゆるかな


00836

[詞書]題しらす

人まろ

住吉の岸を田にほりまきしいねのかるほとまてもあはぬきみかな

すみよしの-きしをたにほり-まきしいねの-かるほとまても-あはぬきみかな


00837

[詞書]題しらす

赤人

こひしくはかたみにせむとわかやとにうゑし秋はき今さかりなり

こひしくは-かたみにせむと-わかやとに-うゑしあきはき-いまさかりなり


00838

[詞書]中将のみやす所のもとに、はきにつけてつかはしける

広平親王

秋はきのしたはを見すはわすらるる人の心をいかてしらまし

あきはきの-したはをみすは-わすらるる-ひとのこころを-いかてしらまし


00839

[詞書]題しらす

よみ人しらす

しめゆはぬのへの秋はき風ふけはとふしかくふし物をこそ思へ

しめゆはぬ-のへのあきはき-かせふけは-とふしかくふし-ものをこそおもへ


00840

[詞書]題しらす

中宮内侍

うつろふはしたははかりと見しほとにやかても秋になりにけるかな

うつろふは-したははかりと-みしほとに-やかてもあきに-なりにけるかな


00841

[詞書]女の許につかはしける

よしのふ

事の葉も霜にはあへすかれにけりこや秋はつるしるしなるらん

ことのはも-しもにはあへす-かれにけり-こやあきはつる-しるしなるらむ


00842

[詞書]女の許につかはしける

つらゆき

色もなき心を人にそめしよりうつろはむとはわかおもはなくに

いろもなき-こころをひとに-そめしより-うつろはむとは-わかおもはなくに


00843

[詞書]女の許につかはしける

よみ人しらす

かすならぬ身をうち河のあしろ木におほくの日をもすくしつるかな

かすならぬ-みをうちかはの-あしろきに-おほくのひをも-すくしつるかな


00844

[詞書]女の許につかはしける

よみ人しらす

したもみちするをはしらて松の木のうへの緑をたのみけるかな

したもみち-するをはしらて-まつのきの-うへのみとりを-たのみけるかな


00845

[詞書]女の許につかはしける

人麿

わかせこをわかこひをれはわかやとの草さへ思ひうらかれにけり

わかせこを-わかこひをれは-わかやとの-くささへおもひ-うらかれにけり


00846

[詞書]さたふんか家歌合に

よみ人しらす

霜のうへにふるはつ雪のあさ氷とけすも物を思ふころかな

しものうへに-ふるはつゆきの-あさこほり-とけすもものを-おもふころかな


00847

[詞書]たえて年ころになりにける女の許にまかりて、雪のふり侍りけれは

源景明

三吉野の雪にこもれる山人もふる道とめてねをやなくらん

みよしのの-ゆきにこもれる-やまひとも-ふるみちとめて-ねをやなくらむ


00848

[詞書]題しらす

人麿

たのめつつこぬ夜あまたに成りぬれはまたしと思ふそまつにまされる

たのめつつ-こぬよあまたに-なりぬれは-またしとおもふそ-まつにまされる