後撰和歌集/巻第十

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巻十


00601

[詞書]女のもとにはしめてつかはしける

藤原忠房朝臣

人を見て思ふおもひもあるものをそらにこふるそはかなかりける

ひとをみて-おもふおもひも-あるものを-そらにこふるそ-はかなかりける


00602

[詞書]女のもとにはしめてつかはしける

壬生忠岑

ひとりのみおもへはくるし如何しておなし心に人ををしへむ

ひとりのみ-おもへはくるし-いかにして-おなしこころに-ひとををしへむ


00603

[詞書]女のもとにはしめてつかはしける

紀友則

わか心いつならひてか見ぬ人を思ひやりつつこひしかるらん

わかこころ-いつならひてか-みぬひとを-おもひやりつつ-こひしかるらむ


00604

[詞書]また年わかかりける女につかはしける

源中正

葉をわかみほにこそいてね花すすきしたの心にむすはさらめや

はをわかみ-ほにこそいてね-はなすすき-したのこころに-むすはさらめや


00605

[詞書]人をいひはしめんとて

兼覧王

あしひきの山したしけくはふくすの尋ねてこふる我としらすや

あしひきの-やましたしけく-はふくすの-たつねてこふる-われとしらすや


00606

[詞書]人をいひはしめんとて

忠房朝臣

かくれぬに忍ひわひぬるわか身かなゐてのかはつと成りやしなまし

かくれぬに-しのひわひぬる-わかみかな-ゐてのかはつと-なりやしなまし


00607

[詞書]女のさうしによるよるたちよりつつ物なといひてのち

藤原輔文

あふくまのきりとはなしに終夜立渡りつつ世をもふるかな

あふくまの-きりとはなしに-よもすから-たちわたりつつ-よをもふるかな


00608

[詞書]ふみつかはせとも返事もせさりける女のもとにつかはしける

よみ人しらす

あやしくもいとふにはゆる心かないかにしてかは思ひやむへき

あやしくも-いとふにはゆる-こころかな-いかにしてかは-おもひやむへき


00609

[詞書]くにもちかおとせさりけれはつかはしける

本院右京

ともかくもいふ事のはの見えぬかないつらはつゆのかかり所は

ともかくも-いふことのはの-みえぬかな-いつらはつゆの-かかりところは


00610

[詞書]題しらす

橘敏仲

わひ人のそほつてふなる涙河おりたちてこそぬれ渡りけれ

わひひとの-そほつてふなる-なみたかは-おりたちてこそ-ぬれわたりけれ


00611

[詞書]返し

大輔

ふちせとも心もしらす涙河おりやたつへきそてのぬるるに

ふちせとも-こころもしらす-なみたかは-おりやたつへき-そてのぬるるに


00612

[詞書]又

とし中

心みに猶おりたたむなみたかはうれしきせにも流れあふやと

こころみに-なほおりたたむ-なみたかは-うれしきせにも-なかれあふやと


00613

[詞書]わさとにはあらて時時物いひふれ侍りける女の、心にもあらて人にさそはれてまかりにけれは、とのゐ物にかきつけてつかはしける

藤原敦忠朝臣

かかりける人の心をしらつゆのおける物ともたのみけるかな

かかりける-ひとのこころを-しらつゆの-おけるものとも-たのみけるかな


00614

[詞書]あひしりて侍りける女をひさしうとはす侍りけれは、いといたうなむわひ侍ると人のつけ侍りけれは

藤原顕忠朝臣

鴬の雲井にわひてなくこゑを春のさかとそ我はききつる

うくひすの-くもゐにわひて-なくこゑを-はるのさかとそ-われはききつる


00615

[詞書]ふみかよはしける女の、こと人にあひぬとききてつかはしける

平時望朝臣

かくはかり常なき世とはしりなから人をはるかに何たのみけん

かくはかり-つねなきよとは-しりなから-ひとをはるかに-なにたのみけむ


00616

[詞書]をとこのこさりけれはつかはしける

こまちかあね

わかかとのひとむらすすきかりかはん君かてなれのこまもこぬかな

わかかとの-ひとむらすすき-かりかはむ-きみかてなれの-こまもこぬかな


00617

[詞書]題しらす

枇杷左太臣

世を海のあわときえぬる身にしあれは怨むる事そかすなかりける

よをうみの-あわときえぬる-みにしあれは-うらむることそ-かすなかりける


00618

[詞書]返し

伊勢

わたつみとたのめし事もあせぬれは我そわか身のうらはうらむる

わたつみと-たのめしことも-あせぬれは-われそわかみの-うらはうらむる


00619

[詞書]人のもとにつかはしける

源ひとしの朝臣

あつまちのさののふな橋かけてのみ思渡るをしる人のなき

あつまちの-さののふなはし-かけてのみ-おもひわたるを-しるひとのなさ


00620

[詞書]ひとにつかはしける

紀良谷雄朝臣

ふしてぬる夢ちにたにもあはぬ身は猶あさましきうつつとそ思ふ

ふしてぬる-ゆめちにたにも-あはぬみは-なほあさましき-うつつとそおもふ


00621

[詞書]女につかはしける

よみ人しらす

あまのとをあけぬあけぬといひなしてそらなきしつる鳥のこゑかな

あまのとを-あけぬあけぬと-いひなして-そらなきしつる-とりのこゑかな


00622

[詞書]女につかはしける

よみ人しらす

終夜ぬれてわひつる唐衣相坂山にみちまとひして

よもすから-ぬれてわひつる-からころも-あふさかやまに-みちまとひして


00623

[詞書]をとこにつかはしける

よみ人しらす

おもへともあやなしとのみいはるれはよるの錦の心ちこそすれ

おもへとも-あやなしとのみ-いはるれは-よるのにしきの-ここちこそすれ


00624

[詞書]女のもとにつかはしける

よみ人しらす

おとにのみききこしみわの山よりもすきのかすをは我そ見えにし

おとにのみ-ききこしみわの-やまよりも-すきのかすをは-われそみえにし


00625

[詞書]おのれを思ひへたてたる心ありといへる女の返事につかはしける

兼輔朝臣

なにはかたかりつむあしのあしつつのひとへも君を我やへたつる

なにはかた-かりつむあしの-あしつつの-ひとへもきみを-われやへたつる


00626

[詞書]とほき所にまかりけるみちより、やむことなきことによりて京へ人つかはしけるついてに、ふみのはしにかきつけ侍りける

よみ人しらす

わかことや君もこふらん白露のおきてもねてもそてそかわかぬ

わかことや-きみもこふらむ-しらつゆの-おきてもねても-そてそかわかぬ


00627

[詞書]あひしりて侍りける人のもとより、ひさしくとはすしていかにそまたいきたりやと、たはふれて侍りけれは

よみ人しらす

つらくともあらんとそ思ふよそにても人やけぬるときかまほしさに

つらくとも-あらむとそおもふ-よそにても-ひとやけぬると-きかまほしさに


00628

[詞書]人のもとにしはしはまかりけれと、あひかたく侍りけれは、物にかきつけ侍りける

在原業平朝臣

くれぬとてねてゆくへくもあらなくにたとるたとるもかへるまされり

くれぬとて-ねてゆくへくも-あらなくに-たとるたとるも-かへるまされり


00629

[詞書]をとこ侍る女をいとせちにいはせ侍りけるを、女いとわりなしといはせけれは

元良のみこ

わりなしといふこそかつはうれしけれおろかならすと見えぬとおもへは

わりなしと-いふこそかつは-うれしけれ-おろかならすと-みえぬとおもへは


00630

[詞書]女のもとより、心さしのほとをなんえしらぬといへりけれは

藤原興風

わかこひをしらんと思ははたこの浦に立つらん浪のかすをかそへよ

わかこひを-しらむとおもはは-たこのうらに-たつらむなみの-かすをかそへよ


00631

[詞書]いひかはしける女のもとより、なほさりにいふにこそあんめれといへりけれは

つらゆき

色ならは移るはかりも染めてまし思ふ心をえやは見せける

いろならは-うつるはかりも-そめてまし-おもふこころを-えやはみせける


00632

[詞書]物のたうひける女のもとにふみつかはしたりけるに、心地あしとて返事もせさりけれは、又つかはしける

大江朝綱朝臣

葦引の山ひはすともふみかよふあとをも見ぬはくるしきものを

あしひきの-やまひはすとも-ふみかよふ-あとをもみぬは-くるしきものを


00633

[詞書]おほつふねに物のたうひつかはしけるを、さらにききいれさりけれはつかはしける

貞元のみこ

おほかたはなそやわかなのをしからん昔のつまと人にかたらむ

おほかたは-なそやわかなの-をしからむ-むかしのつまと-ひとにかたらむ


00634

[詞書]返し

おほつふね

人はいさ我はなきなのをしけれは昔も今もしらすとをいはん

ひとはいさ-われはなきなの-をしけれは-むかしもいまも-しらすとをいはむ


00635

[詞書]返ことせさりける女の、ふみをからうしてえて

よみ人しらす

跡みれは心なくさのはまちとり今は声こそきかまほしけれ

あとみれは-こころなくさの-はまちとり-いまはこゑこそ-きかまほしけれ


00636

[詞書]おなし所にて見かはしなから、えあはさりける女に

よみ人しらす

河と見てわたらぬ中になかるるはいはて物思ふ涙なりけり

かはとみて-わたらぬなかに-なかるるは-いはてものおもふ-なみたなりけり


00637

[詞書]こころさしありける女につかはしける

橘公頼朝臣

あまくもになきゆく雁のおとにのみきき渡りつつあふよしもなし

あまくもに-なきゆくかりの-おとにのみ-ききわたりつつ-あふよしもなし


00638

[詞書]こころさしありける女につかはしける

つらゆき

住の江の浪にはあらねとよとともに心を君によせわたるかな

すみのえの-なみにはあらねと-よとともに-こころをきみに-よせわたるかな


00639

[詞書]兵衛につかはしける

よみ人しらす

見ぬほとに年のかはれはあふことのいやはるはるにおもほゆるかな

みぬほとに-としのかはれは-あふことの-いやはるはるに-おもほゆるかな


00640

[詞書]まかりいてて御ふみつかはしたりけれは

中将更衣

けふすきはしなましものを夢にてもいつこをはかと君かとはまし

けふすきは-しなましものを-ゆめにても-いつこをはかと-きみかとはまし


00641

[詞書]御返し

延喜御製

うつつにそとふへかりける夢とのみ迷ひしほとやはるけかりけん

うつつにそ-とふへかりける-ゆめとのみ-まよひしほとや-はるけかりけむ


00642

[詞書]題しらす

藤原千かぬ

流れてはゆく方もなし涙河わか身のうらや限なるらむ

なかれては-ゆくかたもなし-なみたかは-わかみのうらや-かきりなるらむ


00643

[詞書]題しらす

在原棟梁

わか恋のかすにしとらは白妙のはまのまさこもつきぬへらなり

わかこひの-かすにしとらは-しろたへの-はまのまさこも-つきぬへらなり


00644

[詞書]題しらす

つらゆき

涙にも思ひのきゆる物ならせいとかくむねはこかささらまし

なみたにも-おもひのきゆる-ものならは-いとかくむねは-こかささらまし


00645

[詞書]題しらす

坂上是則

しるしなき思ひやなそとあしたつのねになくまてにあはすわひしき

しるしなき-おもひやなそと-あしたつの-ねになくまてに-あはすわひしき


00646

[詞書]年ひさしくかよはし侍りける人につかはしける

つらゆき

たまのをのたえてみしかきいのちもて年月なかきこひもするかな

たまのをの-たえてみしかき-いのちもて-としつきなかき-こひもするかな


00647

[詞書]題しらす

平定文

我のみやもえてきえなんよとともに思ひもならぬふしのねのこと

われのみや-もえてきえなむ-よとともに-おもひもならぬ-ふしのねのこと


00648

[詞書]返し

きのめのと

ふしのねのもえわたるともいかかせむけちこそしらね水ならぬ身は

ふしのねの-もえわたるとも-いかかせむ-けちこそしらね-みつならぬみは


00649

[詞書]心させる女の家のあたりにまかりて、いひいれ侍りける

つらゆき

わひわたるわか身はつゆをおなしくは君かかきねの草にきえなん

わひわたる-わかみはつゆを-おなしくは-きみかかきねの-くさにきえなむ


00650

[詞書]題しらす

在原元方

みるめかるなきさやいつこあふこなみ立ちよる方もしらぬわか身は

みるめかる-なきさやいつこ-あふこなみ-たちよるかたも-しらぬわかみは


00651

[詞書]春宮になるとといふとのもとに、女と物いひけるに、おやの戸をさしてたててゐていりにけれは、又のあしたにつかはしける

藤原滋幹

なるとよりさしいたされし舟よりも我そよるへもなき心地せし

なるとより-さしいたされし-ふねよりも-われそよるへも-なきここちせし


00652

[詞書]題しらす

よみ人も

高砂の峰の白雲かかりける人の心をたのみけるかな

たかさこの-みねのしらくも-かかりける-ひとのこころを-たのみけるかな


00653

[詞書]長明のみこの母の更衣、さとに侍りけるにつかはしける

延喜御製

よそにのみ松ははかなき住の江のゆきてさへこそ見まくほしけれ

よそにのみ-まつははかなき-すみのえの-ゆきてさへこそ-みまくほしけれ


00654

[詞書]題しらす

ひとしの朝臣

かけろふに見しはかりにやはまちとりゆくへもしらぬ恋にまとはん

かけろふに-みしはかりにや-はまちとり-ゆくへもしらぬ-こひにまとはむ


00655

[詞書]あり所はしりなから、えあふましかりける人につかはしける

藤原兼茂朝臣

わたつみのそこのありかはしりなからかつきていらん浪のまそなき

わたつみの-そこのありかは-しりなから-かつきていらむ-なみのまそなき


00656

[詞書]女の許につかはしける

橘実利朝臣

つらしとも思ひそはてぬ涙河流れて人をたのむ心は

つらしとも-おもひそはてぬ-なみたかは-なかれてひとを-たのむこころは


00657

[詞書]返し

よみ人しらす

流れてと何たのむらん涙河影見ゆへくもおもほえなくに

なかれてと-なにたのむらむ-なみたかは-かけみゆへくも-おもほえなくに


00658

[詞書]人をいひわつらひてつかはしける

平定文

何事を今はたのまんちはやふる神もたすけぬわか身なりけり

なにことを-いまはたのまむ-ちはやふる-かみもたすけぬ-わかみなりけり


00659

[詞書]返し

おほつふね

ちはやふる神もみみこそなれぬらしさまさまいのる年もへぬれは

ちはやふる-かみもみみこそ-なれぬらし-さまさまいのる-としもへぬれは


00660

[詞書]女のもとにまかりたりけるを、たたにて返し侍りけれはいひいれ侍りける

つらゆき

怨みても身こそつらけれ唐衣きていたつらにかへすとおもへは

うらみても-みこそつらけれ-からころも-きていたつらに-かへすとおもへは


00661

[詞書]あひしりて侍りける人を、ひさしうとはすしてまかりたりけれは、かとより返しつかはしけるに

壬生忠岑

住吉の松にたちよる白浪のかへるをりにやねはなかるらむ

すみよしの-まつにたちよる-しらなみの-かへるをりにや-ねはなかるらむ


00662

[詞書]をとこのもとより、今はこと人あんなれはといへりけれは、女にかはりて

よみ人しらす

おもはむとたのめし事もあるものをなきなをたててたたにわすれね

おもはむと-たのめしことも-あるものを-なきなをたてて-たたにわすれね


00663

[詞書]返し

よみ人しらす

かすかののとふひののもり見しものをなきなといははつみもこそうれ

かすかのの-とふひののもり-みしものを-なきなといはは-つみもこそうれ


00664

[詞書]題しらす

よみ人しらす

わすられて思ふなけきのしけるをや身をはつかしのもりといふらん

わすられて-おもふなけきの-しけるをや-みをはつかしの-もりといふらむ


00665

[詞書]人の心かはりにけれは

右近

おもはんとたのめし人は有りときくいひし事のはいつちいにけん

おもはむと-たのめしひとは-ありときく-いひしことのは-いつちいにけむ


00666

[詞書]さたくにの朝臣のみやす所、きよかけの朝臣と、みちのくににある所所をつくして歌によみかはして、いまはよむへき所なしといひけれは

源清蔭朝臣

さても猶まかきの島の有りけれはたちよりぬへくおもほゆるかな

さてもなほ-まかきのしまの-ありけれは-たちよりぬへく-おもほゆるかな


00667

[詞書]こと女のふみを、めの見むといひけるに見せさりけれは、うらみけるに、そのふみのうらにかきつけてつかはしける

よみ人しらす

これはかく怨み所もなきものをうしろめたくはおもはさらなん

これはかく-うらみところも-なきものを-うしろめたくは-おもはさらなむ


00668

[詞書]ひさしうあはさりける女に、つかはしける

源さねあきら

思ひきやあひ見ぬことをいつよりとかそふはかりになさん物とは

おもひきや-あひみぬことを-いつよりと-かそふはかりに-なさむものとは


00669

[詞書]題しらす

藤原治方

世のつねのねをしなかねは逢ふ事の涙の色もことにそありける

よのつねの-ねをしなかねは-あふことの-なみたのいろも-ことにそありける


00670

[詞書]題しらす

大伴黒主

白浪のよするいそまをこく舟のかちとりあへぬ恋もするかな

しらなみの-よするいそまを-こくふねの-かちとりあへぬ-こひもするかな


00671

[詞書]題しらす

源うかふ

こひしさはねぬになくさむともなきにあやしくあはぬめをもみるかな

こひしさは-ねぬになくさむ-ともなきに-あやしくあはぬ-めをもみるかな


00672

[詞書]年へていひ渡り侍りける女に

源すくる

ひさしくも恋ひわたるかなすみのえの岸に年ふる松ならなくに

ひさしくも-こひわたるかな-すみのえの-きしにとしふる-まつならなくに


00673

[詞書]題しらす

藤原清正

逢ふ事の世世をへたつるくれ竹のふしのかすなき恋もするかな

あふことの-よよをへたつる-くれたけの-ふしのかすなき-こひもするかな


00674

[詞書]かれかたになりける人に、すゑもみちたるえたにつけてつかはしける

よみ人しらす

今はてふ心つくはの山見れはこすゑよりこそ色かはりけれ

いまはてふ-こころつくはの-やまみれは-こすゑよりこそ-いろかはりけれ


00675

[詞書]女のもとよりかへりてあしたにつかはしける

源重光朝臣

かへりけんそらもしられすをはすての山よりいてし月を見しまに

かへりけむ-そらもしられす-をはすての-やまよりいてし-つきをみしまに


00676

[詞書]兼輔朝臣にあひはしめて、つねにしもあはさりけるほとに

きよたたか母

ふりとけぬ君かゆきけのしつくゆゑたもとにとけぬ氷しにけり

ふりとけぬ-きみかゆきけの-しつくゆゑ-たもとにとけぬ-こほりしにけり


00677

[詞書]方ふたかりけるころ、たかへにまかるとて

藤原有文朝臣

かた時も見ねはこひしき君をおきてあやしやいくよほかにねぬらん

かたときも-みねはこひしき-きみをおきて-あやしやいくよ-ほかにねぬらむ


00678

[詞書]題しらす

大江千古

思ひやる心にたくふ身なりせはひとひにちたひ君はみてまし

おもひやる-こころにたくふ-みなりせは-ひとひにちたひ-きみはみてまし


00679

[詞書]しのひてかよひ侍りける女のもとより、かりさうそくおくりて侍りけるに、すれるかりきぬ侍りけるに

もとよしのみこ

逢ふ事はとほ山とりのかり衣きてはかひなきねをのみそなく

あふことは-とほやまとりの-かりころも-きてはかひなき-ねをのみそなく


00680

[詞書]題しらす

あつよしのみこ

深くのみ思ふ心はあしのねのわけても人にあはんとそ思ふ

ふかくのみ-おもふこころは-あしのねの-わけてもひとに-あはむとそおもふ


00681

[詞書]しのひてあひわたり侍りけるひとに

藤原忠国

いさり火のよるはほのかにかくしつつ有りへはこひのしたにけぬへし

いさりひの-よるはほのかに-かくしつつ-ありへはこひの-したにけぬへし


00682

[詞書]寛平のみかと御くしおろさせたまうてのころ、御帳のめくりにのみ人はさふらはせたまうて、ちかうよせられさりけれは、かきて御帳にむすひつけける

小八条御息所

たちよらは影ふむはかりちかけれと誰かなこその関をすゑけん

たちよらは-かけふむはかり-ちかけれと-たれかなこその-せきをすゑけむ


00683

[詞書]をとこのもとにつかはしける

土左

わか袖はなにたつすゑの松山かそらより浪のこえぬ日はなし

わかそては-なにたつすゑの-まつやまか-そらよりなみの-こえぬひはなし


00684

[詞書]月をあはれといふはいむなりといふ人のありけれは

よみ人しらす

ひとりねのわひしきままにおきゐつつ月をあはれといみそかねつる

ひとりねの-わひしきままに-おきゐつつ-つきをあはれと-いみそかねつる


00685

[詞書]をとこのもとにつかはしける

よみ人しらす

唐錦をしきわかなはたちはてて如何せよとか今はつれなき

からにしき-をしきわかなは-たちはてて-いかにせよとか-いまはつれなき


00686

[詞書]はしめて人につかはしける

よみ人しらす

人つてにいふ事のはの中よりそ思ひつくはの山は見えける

ひとつてに-いふことのはの-うちよりそ-おもひつくはの-やまはみえける


00687

[詞書]はつかに人を見てつかはしける

つらゆき

たよりにもあらぬ思ひのあやしきは心を人につくるなりけり

たよりにも-あらぬおもひの-あやしきは-こころをひとに-つくるなりけり


00688

[詞書]人の家より物見にいつるくるまを見て、心つきにおほえ侍りけれは、たそとたつねとひけれは、いてける家のあるしとききてつかはしける

よみ人しらす

人つまに心あやなくかけはしのあやふき道はこひにそ有りける

ひとつまに-こころあやなく-かけはしの-あやふきみちは-こひにそありける


00689

[詞書]ひとを思ひかけて心地もあらすや有りけん、物もいはすして日くるれはおきもあからすとききて、この思ひかけたる女のもとより、なとかくすきすきしくはといひて侍りけれは

よみ人しらす

いはて思ふ心ありそのはま風にたつしら浪のよるそわひしき

いはておもふ-こころありその-はまかせに-たつしらなみの-よるそわひしき


00690

[詞書]心かけて侍りけれと、いひつかん方もなくつれなきさまの見えけれはつかはしける

よみ人しらす

ひとりのみこふれはくるしよふことりこゑになきいてて君にきかせん

ひとりのみ-こふれはくるし-よふことり-こゑになきいてて-きみにきかせむ


00691

[詞書]をとこの女にふみつかはしけるを、返事もせてたえにけれは、又つかはしける

よみ人しらす

ふしなくて君かたえにししらいとはよりつきかたき物にそ有りける

ふしなくて-きみかたえにし-しらいとは-よりつきかたき-ものにそありける


00692

[詞書]をとこのたひよりまてきて、今なんまてきつきたるといひて侍りける返事に

よみ人しらす

草枕このたひへつる年月のうきは帰りてうれしからなん

くさまくら-このたひへつる-としつきの-うきはかへりて-うれしからなむ


00693

[詞書]をとこのほとひさしうありてまてきて、み心のいとつらさに十二年の山こもりしてなむ、ひさしうきこえさりつるといひいれたりけれは、よひいれて物なといひて返しつかはしけるか、又おともせさりけれは

よみ人しらす

いてしより見えすなりにし月影は又山のはに入りやしにけん

いてしより-みえすなりにし-つきかけは-またやまのはに-いりやしにけむ


00694

[詞書]返し

よみ人しらす

あしひきの山におふてふもろかつらもろともにこそいらまほしけれ

あしひきの-やまにおふてふ-もろかつら-もろともにこそ-いらまほしけれ


00695

[詞書]人を思ひかけてつかはしける

平定文

はま千鳥たのむをしれとふみそむるあとうちけつな我をこす浪

はまちとり-たのむをしれと-ふみそむる-あとうちけつな-われをこすなみ


00696

[詞書]返し

おほつ舟

ゆく水のせことにふまんあとゆゑにたのむしるしをいつれとかみん

ゆくみつの-せことにふまむ-あとゆゑに-たのむしるしを-いつれとかみむ


00697

[詞書]人のもとにはしめてふみつかはしたりけるに、返事はなくてたたかみをひきむすひてかへしたりけれは

源もろあきらの朝臣

つまにおふることなしくさを見るからにたのむ心そかすまさりける

つまにおふる-ことなしくさを-みるからに-たのむこころそ-かすまさりける


00698

[詞書]かくておこせて侍りけれと、宮つかへする人なりけれは、いとまなくて、又のあしたにとこなつのはなにつけておこせて侍りける

源もろあきらの朝臣

おくつゆのかかる物とはおもへともかれせぬ物はなてしこのはな

おくつゆの-かかるものとは-おもへとも-かれせぬものは-なてしこのはな


00699

[詞書]返し

源もろあきらの朝臣

かれすともいかかたのまむなてしこの花はときはのいろにしあらねは

かれすとも-いかかたのまむ-なてしこの-はなはときはの-いろにしあらねは