後撰和歌集/巻第五

提供:Wikisource

巻五


00217

[詞書]これさたのみこの家の歌合に

よみ人しらす

にはかにも風のすすしくなりぬるか秋立つ日とはむへもいひけり

にはかにも-かせのすすしく-なりぬるか-あきたつひとは-うへもいひけり


00218

[詞書]題しらす

よみ人しらす

打ちつけに物そ悲しきこのはちる秋の始をけふそとおもへは

うちつけに-ものそかなしき-このはちる-あきのはしめを-けふそとおもへは


00219

[詞書]物思ひ侍りけるころ、秋立つ日人につかはしける

よみ人しらす

たのめこし君はつれなし秋風はけふよりふきぬわか身かなしも

たのめこし-きみはつれなし-あきかせは-けふよりふきぬ-わかみかなしも


00220

[詞書]おもふこと侍りけるころ

よみ人しらす

いととしく物思ふやとの荻の葉に秋とつけつる風のわひしさ

いととしく-ものおもふやとの-をきのはに-あきとつけつる-かせのわひしき


00221

[詞書]題しらす

よみ人しらす

秋風のうちふきそむるゆふくれはそらに心そわひしかりける

あきかせの-うちふきそむる-ゆふくれは-そらにこころそ-わひしかりける


00222

[詞書]題しらす

大江千里

露わけしたもとほすまもなきものをなと秋風のまたきふくらん

つゆわけし-たもとほすまも-なきものを-なとあきかせの-またきふくらむ


00223

[詞書]女のもとより、ふん月はかりにいひおこせて侍りける

よみ人しらす

秋はきを色とる風の吹きぬれはひとの心もうたかはれけり

あきはきを-いろとるかせの-ふきぬれは-ひとのこころも-うたかはれけり


00224

[詞書]返し

在原業平朝臣

あき萩を色とる風は吹きぬとも心はかれし草はならねは

あきはきを-いろとるかせは-ふきぬとも-こころはかれし-くさはならねは


00225

[詞書]源昇朝臣時時まかりかよひける時に、ふん月の四五日はかり、なぬかの日のれうにさうそくてうしてといひつかはして侍りけれは

閑院

あふことはたなはたつめにひとしくてたちぬふわさはあへすそありける

あふことは-たなはたつめに-ひとしくて-たちぬふわさは-あへすそありける


00226

[詞書]題しらす

よみひとも

天河渡らむそらもおもほえすたえぬ別と思ふものから

あまのかは-わたらむそらも-おもほえす-たえぬわかれと-おもふものから


00227

[詞書]ふん月の七日に、ゆふかたまてこむといひて侍りけるに、あめふり侍りけれはまてこて

源中正

雨ふりて水まさりけり天河こよひはよそにこひむとやみし

あめふりて-みつまさりけり-あまのかは-こよひはよそに-こひむとやみし


00228

[詞書]返し

よみ人しらす

水まさり浅きせしらすなりぬともあまのと渡る舟もなしやは

みつまさり-あさきせしらす-なりぬとも-あまのとわたる-ふねもなしやは


00229

[詞書]七日、女のもとにつかはしける

藤原兼三

織女もあふよありけり天河この渡にはわたるせもなし

たなはたも-あふよありけり-あまのかは-このわたりには-わたるせもなし


00230

[詞書]かれにけるをとこの、七日のよまてきたりけれは、女のよみて侍りける

よみ人しらす

ひこほしのまれにあふよのとこ夏は打ちはらへともつゆけかりけり

ひこほしの-まれにあふよの-とこなつは-うちはらへとも-つゆけかりけり


00231

[詞書]七日、人のもとより返事にこよひあはんといひおこせて侍りけれは

よみ人しらす

こひこひてあはむと思ふゆふくれはたなはたつめもかくそあるらし

こひこひて-あはむとおもふ-ゆふくれは-たなはたつめも-かくそあるらし


00232

[詞書]返し

よみ人しらす

たくひなき物とは我そなりぬへきたなはたつめは人めやはもる

たくひなき-ものとはわれそ-なりぬへき-たなはたつめは-ひとめやはもる


00233

[詞書]題しらす

よみ人しらす

あまの河流れてこひはうくもそあるあはれと思ふせにはやく見む

あまのかは-なかれてこひは-うくもそある-あはれとおもふ-せにはやくみむ


00234

[詞書]題しらす

よみ人しらす

玉蔓たえぬものからあらたまの年の渡はたたひとよのみ

たまかつら-たえぬものから-あらたまの-としのわたりは-たたひとよのみ


00235

[詞書]題しらす

よみ人しらす

秋の夜の心もしるくたなはたのあへるこよひはあけすもあらなん

あきのよの-こころもしるく-たなはたの-あへるこよひは-あけすもあらなむ


00236

[詞書]題しらす

よみ人しらす

契りけん事のは今は返してむ年のわたりによりぬるものを

ちきりけむ-ことのはいまは-かへしてむ-としのわたりに-よりぬるものを


00237

[詞書]七日、越後蔵人につかはしける

藤原敦忠朝臣

逢ふ事の今夜過きなは織女におとりやしなんこひはまさりて

あふことの-こよひすきなは-たなはたに-おとりやしなむ-こひはまさりて


00238

[詞書]七日

よみ人しらす

織女のあまのとわたるこよひさへをち方人のつれなかるらむ

たなはたの-あまのとわたる-こよひさへ-をちかちひとの-つれなかるらむ


00239

[詞書]七夕をよめる

よみ人しらす

天河とほき渡はなけれとも君かふなては年にこそまて

あまのかは-とほきわたりは-なけれとも-きみかふなては-としにこそまて


00240

[詞書]七夕をよめる

よみ人しらす

あまの河いはこす浪のたちゐつつ秋のなぬかのけふをしそまつ

あまのかは-いはこすなみの-たちゐつつ-あきのなぬかの-けふをしそまつ


00241

[詞書]七夕をよめる

紀友則

けふよりはあまの河原はあせななんそこひともなくたたわたりなん

けふよりは-あまのかはらは-あせななむ-そこひともなく-たたわたりなむ


00242

[詞書]七夕をよめる

よみ人しらす

天河流れてこふるたなはたの涙なるらし秋のしらつゆ

あまのかは-なかれてこふる-たなはたの-なみたなるらし-あきのしらつゆ


00243

[詞書]七夕をよめる

よみ人しらす

あまの河せせの白浪たかけれとたたわたりきぬまつにくるしみ

あまのかは-せせのしらなみ-たかけれと-たたわたりきぬ-まつにくるしみ


00244

[詞書]七夕をよめる

よみ人しらす

秋くれは河霧わたる天河かはかみ見つつこふる日のおほき

あきくれは-かはきりわたる-あまのかは-かはかみみつつ-こふるひのおほき


00245

[詞書]七夕をよめる

よみ人しらす

天河こひしきせにそ渡りぬるたきつ涙に袖はぬれつつ

あまのかは-こひしきせにそ-わたりぬる-たきつなみたに-そてはぬれつつ


00246

[詞書]七夕をよめる

よみ人しらす

織女の年とはいはし天河雲たちわたりいさみたれなん

たなはたの-としとはいはし-あまのかは-くもたちわたり-いさみたれなむ


00247

[詞書]七夕をよめる

凡河内躬恒

秋の夜のあかぬ別をたなはたはたてぬきにこそ思ふへらなれ

あきのよの-あかぬわかれを-たなはたは-たてぬきにこそ-おもふへらなれ


00248

[詞書]七月八日のあした

兼輔朝臣

たなはたの帰る朝の天河舟もかよはぬ浪もたたなん

たなはたの-かへるあしたの-あまのかは-ふねもかよはぬ-なみもたたなむ


00249

[詞書]おなし心を

つらゆき

あさとあけてなかめやすらんたなはたはあかぬ別のそらをこひつつ

あさとあけて-なかめやすらむ-たなはたは-あかぬわかれの-そらをこひつつ


00250

[詞書]思ふ事侍りて

よみ人しらす

秋風のふけはさすかにわひしきは世のことわりと思ふものから

あきかせの-ふけはさすかに-わひしきは-よのことわりと-おもふものから


00251

[詞書]題しらす

よみ人しらす

松虫のはつこゑさそふ秋風はおとは山よりふきそめにけり

まつむしの-はつこゑさそふ-あきかせは-おとはやまより-ふきそめにけり


00252

[詞書]題しらす

業平朝臣

ゆく蛍雲のうへまていぬへくは秋風ふくと雁につけこせ

ゆくほたる-くものうへまて-いぬへくは-あきかせふくと-かりにつけこせ


00253

[詞書]題しらす

よみ人しらす

秋風の草葉そよきてふくなへにほのかにしつるひくらしのこゑ

あきかせの-くさはそよきて-ふくなへに-ほのかにしつる-ひくらしのこゑ


00254

[詞書]題しらす

つらゆき

ひくらしの声きく山のちかけれやなきつるなへにいり日さすらん

ひくらしの-こゑきくやまの-ちかけれや-なきつるなへに-いりひさすらむ


00255

[詞書]題しらす

つらゆき

ひくらしのこゑきくからに松虫の名にのみ人を思ふころかな

ひくらしの-こゑきくからに-まつむしの-なにのみひとを-おもふころかな


00256

[詞書]題しらす

つらゆき

心有りてなきもしつるかひくらしのいつれももののあきてうけれは

こころありて-なきもしつるか-ひくらしの-いつれもものの-あきてうけれは


00257

[詞書]題しらす

つらゆき

秋風の吹きくるよひは蛬草のねことにこゑみたれけり

あきかせの-ふきくるよひは-きりきりす-くさのねことに-こゑみたれけり


00258

[詞書]題しらす

つらゆき

わかことく物やかなしききりきりす草のやとりにこゑたえすなく

わかことく-ものやかなしき-きりきりす-くさのやとりに-こゑたえすなく


00259

[詞書]題しらす

つらゆき

こむといひしほとやすきぬる秋ののに誰松虫そこゑのかなしき

こむといひし-ほとやすきぬる-あきののに-たれまつむしそ-こゑのかなしき


00260

[詞書]題しらす

つらゆき

秋ののにきやとる人もおもほえすたれを松虫ここらなくらん

あきののに-きやとるひとも-おもほえす-たれをまつむし-ここらなくらむ


00261

[詞書]題しらす

つらゆき

あき風のややふきしけはのをさむみわひしき声に松虫そ鳴く

あきかせの-ややふきしけは-のをさむみ-わひしきこゑに-まつむしそなく


00262

[詞書]題しらす

藤原元善朝臣

秋くれは野もせに虫のおりみたるこゑのあやをはたれかきるらん

あきくれは-のもせにむしの-おりみたる-こゑのあやをは-たれかきるらむ


00263

[詞書]題しらす

よみ人しらす

風さむみなく秋虫の涙こそくさは色とるつゆとおくらめ

かせさむみ-なくあきむしの-なみたこそ-くさはいろとる-つゆとおくらめ


00264

[詞書]題しらす

よみ人しらす

秋風の吹きしく松は山なから浪立帰るおとそきこゆる

あきかせの-ふきしくまつは-やまなから-なみたちかへる-おとそきこゆる


00265

[詞書]是貞のみこの家歌合に

壬生忠岑

松のねに風のしらへをまかせては竜田姫こそ秋はひくらし

まつのねに-かせのしらへを-まかせては-たつたひめこそ-あきはひくらし


00266

[詞書]秋、大輔かうつまさのかたはらなる家に侍りけるに、をきの葉にふみをさしてつかはしける

左大臣

山里の物さひしさは荻のはのなひくことにそ思ひやらるる

やまさとの-ものさひしきは-をきのはの-なひくことにそ-おもひやらるる


00267

[詞書]題しらす

小野道風朝臣

ほにはいてぬいかにかせまし花すすき身を秋風にすてやはててん

ほにはいてぬ-いかにかせまし-はなすすき-みをあきかせに-すてやはててむ


00268

[詞書]ふたりのをとこに物いひける女の、ひとりにつきにけれは、今ひとりかつかはしける

よみ人しらす

あけくらしまもるたのみをからせつつたもとそほつの身とそ成りぬる

あけくらし-まもるたのみを-からせつつ-たもとそほつの-みとそなりぬる


00269

[詞書]返し

よみ人しらす

心もておふる山田のひつちほは君まもらねとかる人もなし

こころもて-おふるやまたの-ひつちほは-きみまもらねと-かるひともなし


00270

[詞書]題しらす

藤原守文

草のいとにぬく白玉と見えつるは秋のむすへるつゆにそ有りける

くさのいとに-ぬくしらたまと-みえつるは-あきのむすへる-つゆにそありける