嵐と砂金の因果率
嵐と砂金の因果率
†
甲賀三郎
一、暴風雨の夜
広漠たる荒野の絶端が大洋の上に突出た低い小さな岬、両腹は
瀕死とも云うべき廃屋が、この物凄い嵐に抵抗しているのは奇蹟だ (だが、その廃屋の中に、しかもこの嵐の夜に、二人も人間が居るなんて、もっと奇蹟だ!)。柱は腐って壁は哀れな骨をむき出しにしている。床板はほとんど崩れ落ちて、名もない草がその間からスクスク生えている。奥の一間に僅に残った畳はブクブク脹れて、怪物の巣のようだ。屋内は異様な臭気、しめっぽい陰惨な臭が充ち満ちている。それに外には嵐が荒狂うており、雨と共に風は凄じく吹き込んで来る。二人の旅人は雨
二人の旅人はこの暴風雨の夜にこの崩れかかった一つ家で偶然落合ったのだ。二人とも厳重に
額に傷痕のある男が一足先きにここへ来たのだった。それからしばらくして頰に傷痕のある男がやって来た。彼等の向い合った時の
「じゃ、何かい、お前さんは三年前の、そうさ、矢張こんな嵐の夜だったが、この家で人殺しのあったのを知らねえと云うのかい」頰に傷痕のある男はギロリと眼を光らす。さっきからの続き話である。
「知らねえ」向疵の男はふんと云ったように受流す。
「そうかい。三年前によ、時候も秋口の丁度今時分だ。こんな嵐の晩だっけ、この家の主の年寄夫婦が絞め殺されたのさ」
「で、殺した奴は捕ったのか」
「いや、捕らねいのだ。現場にゃ、そうさ丁度お前さんの坐っている辺だ」頰傷の男は薄気味の悪い笑を浮べながら、「血がポタポタ垂れていたのさ。夫婦は絞められたのだから、血は出る筈がねえ。殺った奴が何かの拍子に血を出したらしいのだが、その外何の証拠になるものはなし、それにこんな人里離れた一つ家だ。とうとう分らず
「ふん、で、お前さんはそんな気味の悪い所と知りながら、暴風雨の晚に何だってここへ来なすったのだ」
「犯人に
「え?」
「人殺しをした奴はきっと現場へ戻って来るものだからねえ」
「だが、お前さんの話だと、その人殺しと云うのは三年前の事だぜ」
「そうさ。三年前の丁度今晩だ。俺は三年目と云い、この暴風雨と云い、
「そんなものかなあ」額に傷痕のある男は
「所で、お前さんは一体何用あって、ここへ来なすったんだ」頰傷の問いは鋭い。
「わっしかい。ちったあ訳があるのさ。と云うのは今から六年前、そうさ、.さっきのお前さんの話が三年前だから、それから又三年前やっぱり今頃で、しかも今日のような暴風雨の晚さ。ぷっ――」
折柄、巨獣の吠えるような音と共に、岩を嚙む怒濤と、恐ろしい
「
「なに、六年前?」頰傷の男は膝を進めるように聞く。
「うん、六年前の嵐の晩の事なんだ」
「そう云えば、六年前にもこんな嵐があった」頰傷の男は
「おお、お前さんもあの嵐を覚えているかい。あの頃にゃ、さっきお話の殺されたとか云うお爺さん婆さんは未だ達者よ。その嵐の晩に起った出来事、こいつあ、お前さん知るめいな」
「この家にかい」
「そうだ」
「知らねえ」頰傷の男は吐き出すように云う。
「そうだろう」
「どう云う出来事だか、一つ話して貰いたいな」
「話そうとも、事によったらお前さんの話と何か関係があるかも知れねえ」
嵐は
二、最初の暴風雨の夜
(額に傷痕のある男の話)
その晚の暴風雨はかなり酷かったと云う事だ。だが、家はこんなに腐っちゃいないし、年寄夫婦も達者でいたのだ。今晩ここにこうして、お前さんと一緒にいる程には気味悪くもなかったろうじゃないか。
一体、何だって爺さん夫婦がこんな所に
今云った嵐の晚、爺さん夫婦は沖に難破船でもなきゃ好いがと気遣いながら、真夜中までまんじりともしなかったが、果して夜中過ぎ、裏口を叩いて救いを求める声がしたのだった。爺さんが木戸を開けると、雨と風と一緒に、ひょろひょろと這入って来たのが、重そうな袋を
爺さんも婆さんも永い事こんな所にいて、難破船や、打上げられた半死半生の漁師や船員達は再々見たので、格別驚きもせず、息も絶え絶えになっている、その男を親切に介抱したのさ。
男も追々元気を恢復してポツリポツリ話した事は、何でも小さな密漁船に乗込んでいたのが、この沖で嵐の為に難破したと云うのだ。この男は元からの船乗りじゃない。数年前に日本を飛び出して
所が、もう陸が見えると云う沖合で、暴風雨さ。砂金の袋を背負って、ボートに飛乗ったがたちまち転覆して終った。しかし、幸にもしっかり板片を摑んでいたので、沈みもせず、砂金だけはどんな事があっても放せるものか、山のような荒波に乗りながら、揉みに揉まれていたのだ。
暫くすると板片の端に泳ぎついて摑まる者がある。叫び合うと、それがアラスカの砂金掘りの仲間なんだ。きゃつも砂金の袋を
それは悲しい事実だった。
きゃつが板片に摑ると、板片はぶくぶく沈もうとするのだ。お互〔ママ〕に砂金の袋を放して終えば、その一枚の板片で、どうやら二人が浮べたかも知れない。だが、袋を見放すのは死ぬより辛い事なのだ。考えて見ると二人は永い間の親友だった。異郷でめぐり合って、それから又極北極寒の地で数年間、危険な目に遭い、苦しい思いをする度に、お互に励まし合い救け合い、文字通り苦楽を共にし、死生め間を潜り抜けて来たのだった。だが、怒濤の間に一枚の板片を争う時に、ああ、たちまち
闇で見えなかったが、きゃつの顔はきっと悪鬼のようだったろう。俺の――いやその青年の顔も二目とは見られない兇悪なものだったろう。彼等は本能と本能、獣性と獣性とで、飽く事もなく闘った。これが平和な航海だったら、二人は上陸すると相抱いて
幾分間かの後、とうとう一方が勝ったのだ。彼は文字通り
彼は何もこんな事を
年寄夫婦がしつこく聞いたのには訳があった。夫婦には一人の息子があったのだ。その息子は十年も前にアメリカへ行って終い、最初の一、二年は便もあったが、それからバ〔ママ〕ッタリ消息がないのだ。人の噂さ〔ママ〕ではアラスカへ行って金掘りをしていると云うので、もしやと思って聞いて見たのだ。
所がどうだ、現在眼の前で自分達夫婦が介抱している男がしかも自分達の住んでいる家の沖合で、愛する一人息子を、しかも成功して帰って来た息子を、無慙にも沈めて終ったと云うのだ!
夫婦は顔を見合して、あきれる
それでももしや間違いかと、いろいろ尋ねているうちに、ふと砂金の袋を見ると、そこには彼等の一人息子の名がちゃんと書いてあるではないか。
これはこうだった。二人の青年は船の沈む騒ぎに、ついお互の砂金袋を取り違えて背負ったのだった。だが、夫婦はそうは思わない。彼等の所へ飛び込んで来た青年は、息子を海へ沈めただけでなく、砂金の袋を奪った、いや事によったら、砂金欲しさに息子の命を奪ったのかも知れないと思ったのだ。これは無理もない推測だった。
夜明前の一時間、暴風雨の勢はようやく峠を越したが、未だ天地は兇暴に荒狂うていた。その時に、老人夫婦はよろけこんだ男の耳許に、お前は自分達の最愛の息子の生命を奪ったのだと囁いて、砂金の袋の代りに大きな石を背負わして、手取り足取り、この岬の突端から、ドブーンと怒濤の中へ
それから、噂によると夫婦はすっかり元気がなくなって、一日黙って坐り込み、
空の凄じい雄叫び、岸を嚙む怒声、砂まじりの雨は依然として衰えなかった。語り終った男は薄気味の悪い笑を浮べていた。額の疵が薄ぼんやりした光線の当り工〔ママ〕合だろう、奇怪な
黙って聞手になっていた頰傷の男はやおら口を切った。
三、二度目の暴風雨の夜
(頰に傷痕のある男の話)
ふん、そう云う事があったのか。そいつは少しも知らなかった。が、そう聞けば大き〔ママ〕に思い当る事がある。
お前さんの話から三年目、今から丁度三年前、度々云った通り、今晩のような大嵐よ。一人の旅人が路に迷った
この家に一足踏み入れた時に、随分強情な俺――いや、そいつは随分強情な奴だったけれども、襟元からぞっとしたと云う事だ。何年前に建った家か、太い柱はへんに曲って、がっしりした木組も今はガタガ夕になって、壁は落ち畳は破れ、襖障子は
老人と云っても後で考えて見りゃ、爺さんは六十そこそこ婆さんは五十少し出た位だったのだが、二人とも骨と皮だ。啞のように黙りこくって坐っているのだ。
爺さんの方はまあ骸骨そっくりだった。頰骨が出て眼が窪んで、何かする度にガチガチと骨が鳴るのだ。いろりの前に坐って、骨張った細長い手をそろそろと蛇の這うように動かして、
老婆はいろりにかけた鍋から、どろどろしたものを碗に汲取って、やもりの丸焼のような、しかしそれは何かの魚を
快い一服に今朝からの疲れを忘れかけて、ふと爺さんの腰の辺を見るともなしに見やると、黄色い小粒がキラリと光る。オヤと見直すと、あちらにもこちらにも、おおよそ一摑み爺さんの坐っている廻りにバラ撒いてある。拾って見る迄もない見事な砂金だ! この男には懐しい、忘れる事の出来ない砂金なのだ!
「砂金!」思わず彼は声を挙げた。
「砂金よ」啞のように黙っていた爺さんは顎をガチガチ云わせながら、嘲けるように口を利いたものだ。
「砂金!」もう一度彼は叫んで、手を伸ばすと、畳の上をー摑み、十粒あまりを摑み取って、小供が熱望していた
猫が鼠に戯れるように砂金を
彼がぱっと飛びしさって、悪鬼のような老婆と相対した時には、もう自分の生命を守るより外の事は考えなかった。彼は老婆の手許に飛込むと両手で頸を絞めた。後ろから飛びついて来た老爺を、忽ち押倒して同じく頸を力
彼は茫然として二人の犠牲を眺めた。
ああ、すべては砂金のさせた事だ。けれども、誰が彼の立場を認めて呉れるだろうか。牢獄、死刑、彼はぶるっと
彼はたちまち身を
これがまあ、三年前のこの家に起った夫婦殺しの
語り終って、頰傷の男はニヤリと笑った。だが、その笑には隠すべからざる悲痛の色があった。
四、最後の暴風雨の夜
二人の男の話が済んでも未だ暴風雨は止まなかった。廃屋は二人の男にそのすべての歴史を語り尽されて、もう敢えて存在する必要もないのだろう、今にも斃れそうに
顔を見合した二人の男はまじろぎもせず、お互にじっと見詰めた。
「お前無事でいたのか」額に傷痕のある男は云っだ。
「お前も無事でいたのか」頰に傷痕のある男は、
「六年前にこの岬のとっ端から抛り込まれた時には、もうお終いと観念したが、未だ運が尽きないのか、こうして生きているよ」
「俺も六年前にお前から海の中へつッ放された時にはもう生命はないと覚悟したが、未だ死にもせず生きているよ」
「あの時はお互に
「悪く思いやしないさ。あの時は俺が沈んでいなければお前が沈んでいるのだ。仕方がないさ。それよりもお前がここの夫婦から又海へ抛り込まれたとは、気の毒だった」
「何、それも運とあきらめるよりない。それより、俺の為にここの夫婦が気が変になり、三年後にお前に斬りつけるような事になって、とうとう親を手にかけたとは、何とも云いようない気の毒な事だなあ」
「俺もさっきお前の話を聞いた時に初めて、この家の主人とは切っても切れない親子の仲と知ったのだが、俺はほんとうに腹の中は涙で一杯だった。だが、――だが、今はもう何でもねえ、これも因縁とあきらめるさ」
「もっともだ、どんなにか泣きてい〔ママ〕だろうなあ」
「な、泣きていさ。だが、その話はもうよして呉れ」
「うん」向疵の男はうなずいて、「それでお前は砂金はどうしたのだ」
「砂金たあ?」頰疵の男は不審顔である。
「お前が夫婦を殺して盗った砂金よ」向疵の男はきっとなった。
嵐は依然として
「冗談云っちゃいけねえ」頰疵の男もきっとなった。
「俺は前にも云う通り、六年前の出来事は少しも知らねえ。知らねえばかりにとんだ間違いをし出かしたのだ。ここの夫婦が俺の現在の親と云う事は元より、砂金を一袋持っている事なぞは夢にも知らなかったのだ。どうしてそんなものを盗るもんか」
「白ばっくれるねえ」向疵の男は声を荒げた。
「お前は砂金の事をどっかで聞き出し、親とは知らずに嵐の晩に忍び込み、夫婦が抵抗するので絞め殺して、砂金を盗んだのに違いない。お前は
「何をっ!」相手はかっとなった。「そう云うお前こそ、この嵐の晩に砂金を狙ってやって来たのだな」
「そうよ。狙うも何もねえ、砂金は元々俺のものなのだ。だが、三年前にお前に持って行かれた後とは、飛んだどじだった」
「待てよ」頰疵の男は少し語勢を軟げた。「じゃ、砂金はこの家のどっかにあるのだ」
「なにっ! じゃお前は手をつけなかったんだな」
「疑り深い奴だなあ。俺は砂金の事なんか知るものか。じゃ、何だな、手前が持って逃げた砂金はここにあるのだな」
「そうだ」
「そいつは有難い。早速探すとしよう」
「だが、探しても気の毒ながら俺のもんだぜ」
向疵の男は
「馬鹿を云え、袋には俺の名が書いてあったと云うからには俺のものだ」
「冗談云うな、俺が命懸けで持出したのだ」
「生命を懸けたのはお
「何と云っても、俺に正当の権利がある」
「そんな事があるものか」
「おい、お前は人殺しの兇状持ちじゃないか、俺が一言喋ればお前の首は飛ぶのだぜ」
「何をっ! そう云うお前だって、自慢する程潔白じゃあるめい。今云う砂金だって俺が一言滑らしゃ、素直にお前のものになるものか」
「そりゃ又どうしてだ」
「どうしてだと、へん、手前はその砂金をアラスカから正当に持出したのだと云うのか」
「うるせいっ、砂金は何と云っても俺のものだ」
「こう、待て」頰疵の男は仔細らしく云った。「喧嘩は後だ。とに角砂金を探さなくちゃ話にならねえ」
「何探すには及ばねえ」向疵の男は平然と答えた。「俺はさっきから砂金の袋に腰をかけているのだ。俺はお前より一足さきにここへ来て、ちゃんと縁の下から掘り出したのだ」
「なにっ!」
頰疵の男は突然向疵の男を突飛ばした。不意を食って、彼はたちまち転った。その拍子に懐中電燈はふっ飛んで、パッと消えた。
暴風雨はこの汚らわしい廃屋を倒さねば止まぬように吹き
闇の中を
翌朝嵐が過去って、真珠色の太陽が金色の光をこの小さい岬に投げかけた時に、廃屋は見る影もなく倒れていた。そうして、その中には一面に撒き散らされた
二人はやがて死体となり、太陽はいつまでも、その上に輝いているだろう。この倒れた廃屋に再び人の訪れるのは、事によったら、又三年後の暴風雨の晚ではないだろうか。
(一九二六年十月号)
この著作物は、1945年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。
この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつ、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。