孟子/離婁上

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卷之七

離婁章句上


孟子曰:「離婁之明,公輸子之巧,不以規矩,不能成方員。師曠之聰,不以六律,不能正五音。堯舜之道,不以仁政,不能平治天下。今有仁心仁聞而民不被其澤,不可法於後世者,不行先王之道也。故曰:徒善不足以爲政,徒法不能以自行。《詩》云:『不愆不忘,率由舊章。』遵先王之法而過者,未之有也。聖人既竭目力焉,繼之以規矩準繩,以爲方員平直,不可勝用也。既竭耳力焉,繼之以六律正五音,不可勝用也。既竭心思焉,繼之以不忍人之政而仁覆天下矣。故曰:爲高必因丘陵,爲下必因川澤。爲政不因先王之道,可謂智乎?是以惟仁者宜在高位。不仁而在高位,是播其惡於衆也。上無道揆也,下無法守也;朝不信道,工不信度;君子犯義,小人犯刑,國之所存者幸也。故曰:城郭不完,兵甲不多,非國之災也。田野不辟,貨財不聚,非國之害也。上無禮,下無學,賊民興,喪無日矣。《詩》曰:『天之方蹶,無然泄泄。』泄泄猶沓沓也。事君無義,進退無禮,言則非先王之道者,猶沓沓也。故曰:責難於君謂之恭,陳善閉邪謂之敬,吾君不能謂之賊。」

孟子まうし曰く、離婁りろうめい公輸子こうゆしかうも、規矩きくを以てせざれば、方員はうゑんあたはず。師曠しくわうそうも、六律りくりつを以てせざれば、五音ごいんたゞあたはず。堯舜げうしゆんみちも、仁政じんせいを以てせざれば、天下てんか平治へいちするあたはず。いま仁心じんしん仁聞じんぶんありて、しかうしてたみたくかうむらず、後世にはふとすべからざるものは、先王せんわうみちを行はざればなり。故に曰く、徒善とぜんは以てまつりごとすにらず、徒法とはふは以てみづから行ふ能はず。に云ふ、あやまらずわすれず、舊章きうしやう率由そついうすと。先王せんわうはふしたがひ而してあやまものいまだ之れ有らざるなり。聖人せいじんすで目力もくりよくつくし、之れにぐに規矩きく準繩じゆんじようを以てす。以て方員はうゑん平直へいちよくつくる。用ふるにふべからざるなり。すで耳力じりよくつくし、之れにぐに六律りくりつを以てし、五いんたゞす。用ふるにふべからざるなり。既に心思を竭し、之に繼ぐに人に忍びざるの政を以てす。而してじん天下てんかおほふ。故に曰く、たかきを爲さば必ず丘陵きうりようる。ひくきを爲さば必ず川澤せんたくる。政を爲して先王の道にらざれば、ふ可けんや。これを以てたゞ仁者じんしやは、よろしく高位かうゐるべし。不仁ふじんにして高位に在るは、是れ其あくしうはんするなり。かみ道揆だうきなきなり、しも法守はふしゆなきなり。てうみちしんぜず、こうしんぜず、君子くんしおかし、小人せうじんけいを犯し、國の存する所の者はさいはひなり。故に曰く、城郭じやうくわくまつたからず、兵甲へいかふおほからざるは、くにさいに非ざるなり。田野でんやひらけず、貨財くわざいあつまらざるは、國のがいに非ざるなり。かみれいなくしもがくなければ、賊民ぞくみんおこり、ほろぶることなけん。詩に曰ふ、てんまさうごく、しか泄泄せつするかれと。泄泄は沓沓たふのごときなり。君につかへてなく、進退しんたいれいなく、言へば則ち先王の道をそしものは、猶ほ沓沓たふのごときなり。故に曰く、かたきをきみむる、れをきようと謂ふ。ぜんじやづる、之れをけいふ。吾君わがきみあたはずと、之れをぞくふ。〉

孟子曰:「規矩,方員之至也。聖人,人倫之至也。欲爲君,盡君道;欲爲臣,盡臣道,二者皆法堯舜而已矣。不以舜之所以事堯事君,不敬其君者也;不以堯之所以治民治民,賊其民者也。孔子曰:『道二,仁與不仁而已矣。』暴其民甚,則身弒國亡,不甚,則身危國削,名之曰『幽』、『厲』,雖孝子慈孫,百世不能改也。《詩》云:『殷鑒不遠,在夏后之世。』此之謂也。」

〈孟子曰く、規矩きく方員はうゑんいたりなり。聖人せいじん人倫じんりんの至なり。きみたらんとほつせばきみみちつくし、しんたらんと欲せば臣の道を盡す。二しやみな堯舜げうしゆんのつとるのみ。しゆんげうつかふる所以ゆゑんを以て君に事へざるは、其君をけいせざる者なり。堯のたみをさむる所以を以て民を治めざるは、其民をぞくする者なり。孔子こうし曰く、みち二つ、じん不仁ふじんとのみ。其たみばうするはなはだしければ、則ちしいせられくにほろぶ。甚しからざれば則ちあやふくにけづらる。之れをづけて幽厲いうれいと曰ふ。孝子かうし慈孫じそんいへども、百世ひやくせいあらたむるあたはざるなり。ふ、殷鑒いんかんとほからず、夏后かこうりと。此れ之れのひなり。〉

孟子曰:「三代之得天下也以仁,其失天下也以不仁。國之所以廢興存亡者亦然。天子不仁,不保四海;諸侯不仁,不保社稷;卿大夫不仁,不保宗廟;士庶人不仁,不保四體。今惡死亡而樂不仁,是由惡醉而强酒。」

〈孟子曰く、三だい天下てんかるやじんを以てす。天下てんかうしなふや不仁ふじんを以てす。くに廢興はいこう存亡そんぼうする所以ゆゑんものまたしかり。天子てんし不仁ふじんなれば、四海しかいたもたず。諸侯しよこう不仁なれば、社稷しやしよくを保たず。卿大夫けいたいふ不仁なれば、宗廟そうべうたもたず。士庶人ししよじん不仁なれば、四體を保たず。いま死亡しばうにくんで、而して不仁をたのしむは、是れへるをにくんでさけふるがごとし。〉

孟子曰:「愛人不親,反其仁;治人不治,反其智;禮人不答,反其敬。行有不得者,皆反求諸己。其身正而天下歸之。《詩》云:『永言配命,自求多福。』」

〈孟子曰く、人をあいしてしたしまずんば、じんかへれ。人ををさめてをさまらずんば其のかへれ。人をれいしてこたへずんば其のけいかへれ。おこなうてざる者有れば、みなれをおのれ反求はんきうす。其身そのみたゞしうしてしかうして天下てんか之れにす。に云ふ、ながわれめいはいし、みづか多福たふくもとむ。〉

孟子曰:「人有恆言,皆曰『天下國家』,天下之本在國,國之本在家,家之本在身。」

〈孟子曰く、ひと恆言こうげんあり、みな曰く、天下てんか國家こくかと、天下のもとくにり。國の本はいへに在り、家の本は身に在り。〉

孟子曰:「爲政不難,不得罪於巨室。巨室之所慕,一國慕之;一國之所慕,天下慕之。故沛然德敎,溢乎四海。」

〈孟子曰く、まつりごとを爲すことかたからず。つみ巨室きよしつざれ。巨室きよしつしたところは、一國これしたひ、一國の慕ふ所は、天下之を慕ふ。故に沛然はいぜんとして德敎とくけうかいあふる。〉

孟子曰:「天下有道,小德役大德,小賢役大賢。天下無道,小役大,弱役强,斯二者,天也。順天者存,逆天者亡。齊景公曰:『既不能令,又不受命,是絕物也。』涕出而女於吳。今也小國師大國,而恥受命焉,是猶弟子而恥受命於先師也。如恥之,莫若師文王,師文王,大國五年,小國七年,必爲政於天下矣。《詩》云:『商之孫子,其麗不億。上帝既命,侯于周服。侯服于周,天命靡常。殷士膚敏,祼將于京。』孔子曰:『仁不可爲衆也夫!國君好仁,天下無敵。』今也欲無敵於天下,而不以仁,是猶執熱而不以濯也。《詩》云:『誰能執熱,逝不以濯?』」

〈孟子曰く、天下てんかみちあれば、小德せうとく大德だいとくえきせられ、小賢せうけん大賢たいけんえきせられ、天下道ければ、せうだいえきせられ、じやくきやうえきせらる。二者にしやてんなり。てんしたがふ者はそんし、天にさからふ者はほろぶ。せい景公けいこう曰く、すでれいするあたはず、まためいけざれば、ものつなりとて、なみだでてしかうしてめあはしたり。いまや、小國は大國たいこくとして、而してめいを受くるをづ。是れ弟子ていしにして命を先師せんしに受くるを恥づるがごとし。し之れを恥ぢば文王ぶんわうを師とするにくはし,文王を師とすれば、大國は五年、小國は七年、かならまつりごと天下てんかさん。ふ、しやう孫子そんしかずおくのみならず。上帝じやうていすでめいじ、しうおいふくせしめ、しうおいふくせしむ。天命てんめいつねし、殷士いんし膚敏ふびんなるも、きやう祼將くわんしやうすと。孔子曰く、じんにはしうすべからず。國君こくくんじんこのめば、天下てんかてきなし。いまや天下に敵なからんとほつし、しかして仁を以てせず、れ猶ほねつりて以てたくせざるがごとし。詩にふ、れかねつり、つひに以てたくせざらん。〉

孟子曰:「不仁者,可與言哉?安其危而利其葘,樂其所以亡者。不仁而可與言,則何亡國敗家之有?有孺子歌曰:『滄浪之水淸兮,可以濯我纓;滄浪之水濁兮,可以濯我足。』孔子曰:『小子聽之!淸斯濯纓,濁斯濯足矣,自取之也。』夫人必自侮,然後人侮之;家必自毀,而後人毀之;國必自伐,而後人伐之。《太甲》曰:『天作孽,猶可違;自作孽,不可活』,此之謂也。」

〈孟子曰く、不仁者ふじんしやともけんや。あやふきをやすしとし、其わざはひとし、其のほろぶる所以ゆゑんの者をたのしむ。不仁にしてともくんば、則ちなんぞ國を亡し家を敗る之れ有らん。孺子じゆしあり、歌うて曰く、滄浪さうらうの水、まば、以て我がえいあらふべし、滄浪の水、にごらば、以て我があしあらふ可しと。孔子曰く、小子せうし之れをけ、まばこゝえいあらひ、にごらばこゝあしあらふ、みづから之れをるなり。』ひとかならず自らあなどりて、しかのちひとれを侮る。いへかならみづかこぼちて、而して後人之れをこぼつ。くにかならず自らちて、而る後人之れを伐つ。太甲たいかふに曰く、天の作せるわざはひし、みづかせるわざはひくべからずと。れ之れのひなり。〉

孟子曰:「桀紂之失天下也,失其民也。失其民者,失其心也。得天下有道:得其民斯得天下矣。得其民有道,得其心斯得民矣。得其心有道:所欲,與之聚之;所惡,勿施爾也。民之歸仁也,猶水之就下,獸之走壙也。故爲淵驅魚者,獺也;爲叢驅爵者,鹯也;爲湯、武驅民者,桀與紂也。今天下之君有好仁者,則諸侯皆爲之驅矣;雖欲無王,不可得已。今之欲王者,猶七年之病求三年之艾也。茍爲不畜,終身不得。茍不志於仁,終身憂辱,以陷於死亡。《詩》云:『其何能淑?載胥及溺』,此之謂也。」

〈孟子曰く、桀紂けつちう天下てんかうしなふや、其民そのたみを失ふなり。其民を失ふとは、其心を失ふなり。天下を得るに道あり。其民を得れば斯に天下を得、其民を得るに道あり。其心を得れば斯に民を得。其心を得るに道あり。ほつするところれをあたへて之れをあつめ、にくところほどこきのみ。たみじんする、なほ水のひくきき、けだものくわうはしるがごとし。ゆゑふちめにうをる者はだつなり、くさむらめにすゞめる者はせんなり、湯武たうぶめにたみを驅る者はけつちうとなり。いま天下の君、仁をこのむ者あらば、すなは諸侯しよこうみな之れがめにらん。わうたるなきを欲すといへども、るべからざるのみ。今の王たらんと欲する者は、ほ七ねんやまひに三ねんよもぎもとむるがごとし。いやしくたくはへざるをなさば、終身しゆしんず。茍もじんこゝろざさずんば、終身憂辱いうじよくして以て死亡しばうおちいらん。ふ、なんからん。すなは胥及あひともおぼると。れのひなり。〉

孟子曰:「自暴者,不可與有言也;自棄者,不可與有爲也。言非禮義,謂之自暴也;吾身不能居仁由義,謂之自棄也。」「仁,人之安宅也;義,人之正路也。曠安宅而弗居,舍正路而不由,哀哉!」

〈孟子曰く、みづかばうする者は、ともふある可からざるなり。自らつるものは、ともに爲す有るべからざるなり。げん禮義れいぎあらざる、之れを自暴じばうと謂ふ。吾が身は仁に居り義にあたはざる、之れを自棄じきふ。仁は人の安宅あんたくなり。義は人の正路せいろなり。安宅をむなしくしてらず。正路せいろててらず、かなしいかな。〉

孟子曰:「道在邇,而求諸遠;事在易,而求諸難。人人親其親、長其長,而天下平。」

〈孟子曰く、みちちかきにり。しかうしてこれとほきにもとむ。ことやすきにり、而してこれたかきに求む。人人ひとびと其親そのおやしたしみ、其ちやうを長とせば、天下平かなり。〉

孟子曰:「居下位而不獲於上,民不可得而治也。獲於上有道,不信於友,弗獲於上矣。信於友有道,事親弗悅,弗信於友矣。悅親有道,反身不誠,不悅於親矣。誠身有道,不明乎善,不誠其身矣。是故誠者,天之道也。思誠者,人之道也。至誠而不動者,未之有也。不誠,未有能動者也。」

〈孟子曰く、下位かゐりてかみられざれば、たみをさむ可からざるなり。上に獲らるゝに道あり。ともしんぜられざればかみられず、友に信ぜらるゝに道あり。おやつかへてよろこばれざれば、友に信ぜられず。おやよろこばるゝに道あり。身に反してまことあらざれば、親に悅ばれず。身を誠にするに道あり。ぜんあきらかならざれば、其身そのみまことあらず。是の故にまことてんみちなり。誠にせんとおもふはひとの道なり。至誠しせいにしてうごかされざるものは、いまれ有らざるなり。誠ならずして未だうごかすものらざるなり。〉

孟子曰:「伯夷辟紂,居北海之濱,聞文王作興,曰:『盍歸乎來!吾聞西伯善養老者。』太公辟紂,居東海之濱,聞文王作興,曰:『盍歸乎來!吾聞西伯善養老者。』二老者,天下之大老也而歸之,是天下之父歸之也。天下之父歸之,其子焉往?諸侯有行文王之政者,七年之內,必爲政於天下矣。」

〈孟子曰く、伯夷はくいちうけ、北海ほくかいひんる。文王ぶんわう作興さくこうすとき、曰く、なんせざる。われく、西伯せいはくらうやしなものと。太公たいこうちうけ、東海とうかいひんる。文王作興さくこうすとく、曰く、なんせざる。われく、西伯せいはくく老を養ふ者と。二老は天下の大老たいらうなり。而して之れに歸す。是れ天下の父之れにするなり。天下の父之れに歸せば、其子いづくにかん。諸侯しよこう文王ぶんわうまつりごとおこなふ者あらば、七ねんうちかならまつりごとを天下にさん。〉

孟子曰:「求也,爲季氏宰,無能改於其德,而賦粟倍他日。孔子曰:『求非我徒也,小子鳴鼓而攻之,可也。』由此觀之,君不行仁政而富之,皆棄於孔子者也,況於爲之强戰?爭地以戰,殺人盈野;爭城以戰,殺人盈城,此所謂率土地而食人肉,罪不容於死。故善戰者服上刑,連諸侯者次之,辟草萊、任土地者次之。」

〈孟子曰く、きう季氏きしさいとなり、其德そのとくあらたむるなく、しかうしてぞくする他日たじつばいす。孔子曰く、きうあらざるなり。小子せうしつゞみらしてれをめてなり。れにりてれをれば、きみ仁政じんせいおこなはずして、れをとますは、みな孔子こうしてらるゝものなり。いはんれがめに强戰きやうせんし、あらそひて以てたゝかひ、人をころしてち、しろあらそひて以て戰ひ、人を殺して城につるに於てをや、所謂いはゆる土地とちひきゐて人肉じんにくまするなり。つみれず。ゆゑたゝかふ者は上刑じやうけいふくせしむ。諸侯しよこうつらぬる者は之れに次ぐ。草萊さうらいひら土地とちにんずる者は之に次ぐ。〉

孟子曰:「存乎人者,莫良於眸子,眸子不能掩其惡。胸中正,則眸子瞭焉;胸中不正,則眸子眊焉。聽其言也,觀其眸子,人焉瘦哉?」

〈孟子曰く、人にそんするものは、眸子ばうしよりきはし。眸子ばうし其惡そのあくおほあたはず。胸中きようちうたゞしければ、則ち眸子あきらかなり。胸中正しからざれば、則ち眸子くらし。其げんき、其の眸子をれば、ひといづくんぞかくさんや。〉

孟子曰:「恭者不侮人,儉者不奪人。侮奪人之君,惟恐不順焉,惡得爲恭儉?恭儉豈可以聲音笑貌爲哉?」

〈孟子曰く、恭者きようしやは人をあなどらず。儉者けんしやは人よりうばはず。人を侮奪ぶだつするのきみは、たゞしたがはざるをおそる。いづくんぞ恭儉きようけんすをん。恭儉は聲音せいおん笑貌せうばうを以てけんや。〉

淳于髡曰:「男女授受不親,禮與?」孟子曰:「禮也。」曰:「嫂溺則援之以手乎?」曰:「嫂溺不援,是豺狼也。男女授受不親,禮也。嫂溺援之以手者,權也。」曰:「今天下溺矣,夫子之不援,何也?」曰:「天下溺,援之以道;嫂溺,援之以手。子欲手援天下乎?」

淳于髡じゆんうこん曰く、男女だんじよ授受じゆじゆするにみづからせざるはれいか。孟子曰く、禮なり。曰く、あによめおぼるればすなはれをくにを以てせんか。曰く、嫂溺れて援かざるは是れ豺狼さいらうなり。男女授受するにみづからせざるは禮なり。嫂溺れ之れを援くに手を以てするはけんなり。曰く、いま天下てんかおぼる、夫子ふうしたすけざるはなんぞや。曰く、天下溺るれば之れをたすくるにみちを以てし、嫂溺るれば之れをくにを以てす。もて天下てんかたすけんとほつするか。〉

公孫丑曰:「君子之不敎子,何也?」孟子曰:「勢不行也。敎者必以正;以正不行,繼之以怒;繼之以怒,則反夷矣。『夫子敎我以正;夫子未出於正也。』則是父子相夷也。父子相夷則惡矣。古者易子而敎之,父子之間不責善,責善則離,離則不祥莫大焉。」

公孫丑こうそんちう曰く、君子くんしをしへざるはなんぞや。孟子曰く、いきほひおこなはれざるなり。をしふる者はかならせいを以てす。正を以てしておこなはれざれば、之れにぐにいかりを以てす。之れに繼ぐに怒を以てすれば、則ちかへりてそこなふ。夫子ふうしわれをしふるにせいを以てす。夫子未だせいでざるなりと。則ち是れ父子ふし相夷あひそこなふなり。父子相夷へば則ちし。いにしへへて之れををしふ。父子ふしあひだぜんめず。善を責むればすなははなる。離るれば則ち不祥ふしやう焉れよりおほいなるはし。〉

孟子曰:「事孰爲大?事親爲大。守孰爲大?守身爲大。不失其身而能事其親者,吾聞之矣;失其身而能事其親者,吾未之聞也。孰不爲事?事親,事之本也。孰不爲守?守身,守之本也。曾子養曾晳,必有酒肉;將徹,必請所與;問有餘,必曰『有』。曾晳死,曾元養曾子,必有酒肉;將徹,不請所與;問有餘,曰『亡矣』,將以復進也,此所謂養口體者也。若曾子,則可謂養志也。事親若曾子者,可也。」

〈孟子曰く、つかふるいづれかだいす。おやつかふるをだいす。まもる孰れか大と爲す。を守るを大となす。其身そのみうしなはずして其親そのおやに事ふる者は、れをけり。其身を失うて能く其親に事ふる者は、吾れ未だ之れを聞かざるなり。いづれかつかふると爲さざらん。親に事ふるは事ふるのもとなり。孰れか守ると爲さざらん。身を守るは守るの本なり。曾子そうし曾晳そうせきやしなふに、かなら酒肉しゆにくあり。將にてつせんとすればかならあたふる所を請ふ。あまりありやとへば、必ず有りと曰ふ。曾晳そうせきす。曾元そうげん曾子そうしやしなふに必ず酒肉あり。將にてつせんとしてあたふるところはず。あまり有りやとへば、しと曰ふ。將に以てすゝめんとするなり。所謂いはゆる口體こうたいやしなふ者なり。曾子のごときは則ちこゝろざしやしなふとふべきなり。親に事ふること曾子の若きものは可なり。〉

孟子曰:「人不足與適也,政不足與間也,惟大人爲能格君心之非。君仁莫不仁,君義莫不義,君正莫不正,一正君而國定矣。」

〈孟子曰く、ひとともむるにらざるなり。まつりごとかんするにらざるなり。たゞ大人たいじん君心くんしんたゞすことをす。きみじんなればじんならざることし。きみなればならざることし。きみたゞしければたゞしからざるし。一たびきみを正しくすればくにさだまる。〉

孟子曰:「有不虞之譽,有求全之毀。」

〈孟子曰く、おもんばからざるのほまれあり。まつたきをもとむるのそしりあり。〉

孟子曰:「人易其言也,無責耳矣。」

〈孟子曰く、人のげんやすくするは、めなきのみ。〉

孟子曰:「人之患,在好爲人師。」樂正子從於子敖之齊。

〈孟子曰く、人のうれへは、このんでひとるにり。〉

樂正子從於子敖之齊。樂正子見孟子,孟子曰:「子亦來見我乎?」曰:「先生何爲出此言也?」曰:「子來幾日矣?」曰:「昔者。」曰:「昔者,則我出此言也,不亦宜乎?」曰:「舍館未定。」曰:「子聞之也;『舍館定,然後求見長者』乎?」曰:「克有罪。」

樂正子がくせいし子敖しがうしたがせいく。樂正子、孟子をる。孟子曰く、またきたりてわれるか。曰く、先生せんせい何爲なんすれぞ此言このげんいだす。曰く、きたること幾日いくにちぞ。曰く、昔者きのふ。曰く、昔者きのふならばすなはわれ此言このげんいだす。またむべならずや。曰く、舍館しやくわんいまさだまらず。曰く、れをけりや、舍館しやくわんさだまり、しかのち長者ちやうじやるをもとむるか。曰く、こくつみり。〉

孟子謂樂正子曰:「子之從於子敖來,徒餔啜也。我不意子學古之道而以餔啜也。」

〈孟子、樂正子がくせいしひて曰く、子敖しがうしたがひてきたるは、いたづら餔啜ほぜつするなり。われおもはざりき、いにしへみちまなびて、而して以て餔啜ほぜつせんとは。〉

孟子曰:「不孝有三,無後爲大。舜不吿而娶,爲無後也,君子以爲猶吿也。」

〈孟子曰く、不孝ふかうに三あり。のちなきをだいす。しゆんげずしてめとるはのちなきがめなり。君子くんし以てぐるがごとしとす。〉

孟子曰:「仁之實,事親是也。義之實,從兄是也。智之實,知斯二者弗去是也。禮之實,節文斯二者是也。樂之實,樂斯二者,樂則生矣。生則惡可已也?惡可已,則不知足之蹈之、手之舞之。」

〈孟子曰く、じんじつおやつかふるれなり。の實はあにしたがこれなり。じつの二しやりてらざるれなり。れいじつの二しや節文せつぶんするれなり。がくの實は、の二者をたのしむ。たのしめばすなはしやうず。生ずれば則ちいづくんぞむべけんや。いづくんぞむべくんば、則ちあしれをみ、れをふをらざるなり。〉

孟子曰:「天下大悅而將歸己,視天下悅而歸己,猶草芥也,惟舜爲然。不得乎親,不可以爲人;不順乎親,不可以爲子。舜盡事親之道,而瞽瞍厎豫。瞽瞍厎豫而天下化;瞽瞍厎豫而天下之爲父子者定。此之謂大孝。」

〈孟子曰く、天下てんかおほいによろこんで、しかしてまさおのれにせんとす。天下てんかよろこんで己れに歸するをること、草芥さうかいのごとし。たゞしゆんしかりとす。おやざれば以てひとからず。おやじゆんならざれば、以てからず。しゆんおやふかふるのみちつくして、而して瞽瞍こそうよろこびいたす。瞽瞍豫を厎して、而して天下てんかくわす。瞽瞍豫をいたして、而して天下の父子ふしものさだまる。れを大孝たいかうふ。〉