大塚徹・あき詩集/除夜の鐘

提供:Wikisource


除夜の鐘[編集]

―美作のY女に―[編集]

きたくにの山の宿――雪ふりふけて
火桶にひとりペン胼胝たこさすりながら
わたしは深沈と除夜の鐘をきいている。

おどろおどろに戦勃り――
死生の旅に離れ住んで
おまえ 逢う日のよしもなかったが、
うつらうつらと戦熄んで――
幾とせぶりに除夜の鐘きけば
無頼の詩人うたびと わたしにも
そんな故郷があったのか――と、つい泣けて
 くる。

おまえ いま――かたくなの
  おっとの腕のなかに冷たくさめて
去日と今日を
  ――去年と今年におしひろげる
あのふかしぎな鐘の距離デスタンスをきいているのだろ
 うか。

旧蝋の――ともすれば
  暗く消えもいる愛情の灯の
新玉の――明るさに鳴りつづく
あのもえあがる鐘の魔術マジックをきいているだろう
 か。

おまえ その刹那の時間に響きあふれる
永遠の空間を――
零時零秒を――
  その不覚のよぎるたまゆらに
おまえ わたし いのちのかぎり
  どきん――と 触れあった
あのうろたえた鐘の醜聞スキャンダルをきいているだろう
 か。

きたくにの山の宿
  ――雪ふりやまず
火桶に異郷とつくにおきくずれやまず
あゝ 深沈と おもいいちずに
除夜の鐘がなるよ なるよ。

〈昭和二二年、兵庫詩人〉