大塚徹・あき詩集/死なす
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死なす
[編集] 死なせてはならぬ
死なせてはならぬ
心の中の霧の港を船がゆく。
ましろい
杳く 杳く 消えてゆく
ああ、吾子は革命の分身
正義の 眞理の、
この子生きてこそ伝達する父の思想。母の祈
願。
死なせてはならぬ。
この子いま死なせてはならぬ。
経済の危機。侵略の相克。学説の咒縛。
横行する黄色旗。潜行する赤色旗。
(右翼の、左翼の、合法の、非合法の)
東洋の狼。西洋の鷲。
内憂。外患。おお、いまに爆発する世界の動
乱。
あわれ、父母。
狂うばかりの海獣の
岩根を噛みて砕くとも
この子、きっと死なせてはならぬ。
眞理の夜明け――。
やがて、撃破する暴虐の要塞。建設する労農
の独裁。
死ぬ。
死なせてはならぬ。
死ぬ。
遂に、遂に、この子を死なす。
ああ、心の中の霧の港を船が出てゆく。
父も母も 泪にぼやけて
杳く、杳く、消えてゆく水脈を追う。
〈昭和九年、昭和詞花選集〉