大塚徹・あき詩集/晩秋老爺の像

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晩秋老爺の像[編集]

いつの頃よりか
薄陽のなかに
目をほそめ
かすかに首を揺りい結う父なりけり
 
はらはらと……
はらはらと……
またしてもはらはらと
かそけきものは 落葉の気配――
父よ
いましは耳かたむけて 黙念となにを想うや

〈――みはるかす 霞のなかの花のみち 歩み
 佇み仰ぎたる 雲白き故郷の山
うつつなのかの火虹いまも懸るや
 ――はたまたは とどろに猛き孟夏の日 いど
 み爭い航りたる 浪荒き異国の海
絢爛の檣燈いまも走るや〉

崖のごとく
黝く削られし頬にぞ
芒なす鬚――そうそうと白銀しろがねにそよげる貌の
かぎりなくきよく 寂しく たかくはおぼゆれど
光なきその瞳 いろ褪せしその唇
尖りたるその掌をあげて
虚しく叫び給うに
若き日の太陽――ふたたびは汝に返す術なけ
 れ。

風白く 去りゆきければ
粛條と 時雨きたりて
この庭面 いちはやく冬づきそめにし
一匹の蛾
屈みたる その肩にとまりて
汚点しみのごとく動かず
父もまた ひっそりと坐して塑像のごとし。

〈昭和十六年、日本詩壇〉