大塚徹・あき詩集/インテリの霧

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インテリの霧[編集]

馥郁の ありとあらゆる媚態を吸収し 吸収
 して
いまし角砂糖の 己れ自らを崩壊する 哀れ
 毛細管現象
それはひたひたと甘く かなしく
霧ふかき夜の 情痴の疲労に溶けて、
虚ろ――爽やかに 粧い艶めく黎明の訪れ。

宿酔の 瞼の裏を匍匐するインテリの
霧。(銃声・爆撃・突喊・ああ遂に占領すれ
 ば君が打振る肉体の白旗だった)

夢妙の 窓に漂れる 木犀の秘語。眩惑の
 卓に纒る 紅茶の愛撫。
ふと 羞恥と哀憐と侮蔑と、われら若き後悔
 にも似た一瞬の目配せに
人間の卑賤の習性は たちまちに妥協して

妻は 透魚のように 白銀のスプーンに戯れ、
僕は 花瓣のように 暁天のニュースを聞く。

それは
情痴ならぬ 朝現世の戰車の響。
飽くなき 殺掠の剣。。涯しなき侵略の轍。眩
 るめく それら暴虐の戰禍の
搾取の 圧制の 血沼の底に死んでゆく
職工や農夫たちの 蒼白い沈黙の凝視が……
ああ、あの重苦しい 忿怒の呻吟が……

強権の、ありとあらゆる悪業を吸収し 吸収
 して、
現世の 気疎い罪科の毛細管現像。
やがて 己れ自らを崩壊するものの 跡に
営々と 弛まぬ 建設の 愛しき子孫たちの
 爲に
いとも爽やかに 今朝インテリの霧霽れわた
 り
見よ!
燦々と 光茫射す 真理の行手。
僕は 起ちあがって明粧の戸外に駆けでる。
妻は、僕のあとにつづく、児の手を曳いて。

〈昭和十一年、ばく〉