土曜日

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土曜日


麓 花冷

 久しぶりに奥田がひょっこりやって来た時女医の渥美は十人余りの患者にレントゲンをかけてしまって、ほっとした気持でアンペアメー夕—の前に据えた椅子に腰を下ろしたまま、今日来た患者のカルテをもう一度ゆっくり見直したり、補足したりして居たところだったが、ものも云わずのっそり這入って来た奥田を一目見るなり、不吉な予感にはっとして眼を外らした。長い頭髪をぼさと乱し、首をがっくり垂れて突っ立っている彼の様子を正視するに耐えなかったからである。そして渥美は、外らした眼をカルテの「既往症」の欄へ空しく据えながら、(これは何か余程重大なことが起ったのだな) と思った。沢山の患者の中にはつまらないことでこんな様子をして見せて、偶々職員の同情を買おうとする者がないでもない。けれども彼がそんな芝居を打つような人間でないことを渥美はよく知っていた。

 奥田隆吉といえばこの療養所内でも屈指の努力家で、所内の政治方面にも文学方面にも三十足らずの若さで、その強い意志と才能とは相当に信望されていた。そして――所詮総てのものの生命とは苦闘の連鎖である。人間は生命をかけて闘うところに真の歓喜を得るのだ。――というのが彼の持論であり、そしてまた――癩病になった悲運をいつまでも歎いているのは愚の骨頂だ。まして今尚自殺を考えて藻搔き続けるなどは一層愚劣の極みだ。癩者とは自殺失敗者の代名詞のようなものだ。誰だって既に幾度か自殺を決行したことであろう。しかも皆んママな死ねずに今日まで生きてしまったではないか、この上尚も自殺を考えて苦悶することに何の意味があろう。癩者の生命は死に損ねた生命だ。いらぬ生命だ。もて余した生命には違いない。しかしだからといって、その生命を木の枝にぶら下げようとして今尚藻搔きつづけることは愚劣の極みではないか、もて余した生命なればこそ木の枝にぶら下げる代りに、何ものか真実なものへ向って投げ出してみたらいいではないか。――ともいう彼である。そして彼の生活は実際それ等の言葉そのままのような激烈な実行力で張り切っていた。それだけにこんな人間が一度絶望したら、それこそ自殺位苦もなくやってのけるのではないか。と渥美は常に彼のその激烈な性格に恐怖を感じない訳にはゆかなかったのである。

「どうしたの?……」

 しばらくの間あれやこれやと思い巡らせた末、渥美はカルテから眼をはなして結局そう云ってみるより外なくそう云ったが奥田は依然がっくりと頷垂れたまま何んママとも答えなかった。

「ええ?……どうしたの?……そんなにふさぎ込んでさ。」

 今度はつとめて自分の感情を圧し殺してなるべく気軽な調子でそう云って、腰掛けたままの低い位置から思い切って奥田の顔を正視した。すると奥田はがっくり垂れていた頭を激しく振り上げ、長い髪の毛を振り乱して二三度首を横に振ってから、左手を上げて支えるように額を抑えた。その瞬間奥田の左眼の充血を認めた渥美はあまりの驚きに危うく声を立てようとしたのをようやくのことで圧し殺した。それは激しい充血だった。血をふき出しているかと思われる程の赤さだった。そしてそれが右の血の通っていない義眼と対照するので一層鮮明に、不気味な刺激を与えた。この猛烈な眼疾は癩特有の神経痛から来るもので、こればかりは今日の癩医学の中でも難疾中の難疾とされているもので、現に数年前奥田の右眼はニケ月ばかり患んで失明したのだが、しかも失明したその眼に尚激痛が止まず、その激痛が残された左眼をも侵害させる兆候が見えたので眼球を抜き取って、その時から彼の右眼には冷たく澄んだ瀬戸物製の義眼が、いつも決った一点に眸を据えているようになったのである。それ等の総てを知っている渥美としては、この場合医学的良心と奥田への同情とに心を駆り立てられながらも、何んママといって彼を慰めたらいいのかに苦しむばかりだった。

「眼が悪くなったね。」

 と渥美は仕様事なしにそう云うよりなかった。奥田は一度上げた頭をがっくり垂れて頷いたが、その眼から涙がポタとアスファルトの床へ落ちて砕けた。そして彼はがっくりと首を曲げたまま再び上げようとはしなかった。奥田の身にとって渥美がもっとも恐れていたのはこれだった。五体へじりと癩が浸潤していって、だん病気が重って少しずつ不自由になってゆく。それは癩の二期を過ぎた奥田の病齢としては仕方のないことであり、それに対しては彼も充分覚悟していてじたばた藻搔くようなこともあるまいし、彼の強い意志力はその苦悩を征服して立派に本分を全うし自己を活かしてゆくであろうが、五体に充分働らママく力をもつているのに残された唯一つの眼を奪われねばならぬ時があるとしたら、その時こそこんな性格をもつ彼の身の上にとって最も恐るべき危機なのではあるまいか、と渥美は彼が右眼を失った時から幾度考えたか知れない。そしてそれについて、それとなく彼の心を打診してみたことがあった。その時彼は――しまいには盲になるかも知れないと思っている。けれ共盲になったらどうするかと云うことは健康者が自分が若し癩病になったら生きてはいられない。必ず自殺する。というのと同じような意味だからあまり深く考えないことにしている。それはなってみなければわからないことだから……だがほんとうに不自由になって何も出来ず身体中から膿血が流れるように惨めになって、何もかも他人の世話になって生きなければならないようになったら、その時はその惨めさに心を痛めて同情して呉れるような人の居ないところへ行って、誰もが路傍の人としてなまなかの感情を動かさずに扱って呉れるところで、その惨めさを静かにひとりで嚙みしめて死んでゆくのが一番いいような気がする。――と考え答えた。そうだろう。こんな男は最後の最後まで働けるだけ働き続けているだけに、いよ働けなくなった惨めさは自分自身でさえ見るに忍びないことであろう。まして知っている人があって、傍から同情の言葉などかけて呉れたらそれこそ自分の惨めさを痛感して一層いたたまらママないに違いない。と思うと渥美としては今の奥田には彼のあの時の言葉通りに、彼を知ったものの居ない何処か私立の癩院にでもゆかせてやるのが一番いいのではないかと思われた。

「ねえ奥田さん泣いたりなんかして駄目じゃないの、貴男らしくもない……でもこんなに云ったからって、私が冷酷な偽善者だなんて思わないで下さい。わかりますよ、貴男の苦しみは痛いほどよくわかります。そして医者でありながらその眼をどうしてやることも出来ないという自責をも十分感じているのです。でもね、それは私の無力ばかりではなく、いまのところ癩医としてはそれに相当に研究しているのですが、まだ科学の力が及ばないのです。患者さん達のためにも、国家のためにももっと癩医学の研究が進められるような時間と設備とが癩医学者の上に与えられていたらと痛感しているのです。療養所の設備は大変よくなったが、その方面はまだですからね。研究さえ進んだら盲になる人など今の半分もなくなると思うんですがね。いまのところでは私達医者として患者さんたちには済まないのですが、この療養所でやっている治療は技術的にも学理的にもぎり一杯なのですからね。私としてはこれ以上は医者の方面以外のどんなことででも貴男方の役に立つことが出来たら自分に出来るだけのことはして上げたいと思っているのです。貴男いつか弱くなって何も出来ないようになったら、誰も知った人のいないところへ行って静かに死んでゆきたいと云いましたね。いまその時が来たのじゃないかしら、遠慮しないで下さい。そういう気持だったら私はあの話を聞いた時から、若しそういう時になったらと思って少しばかりの用意もあるのですから……ねえ、その方がいいと思ったらそうしてみない?……」

 そう云って尚渥美は返事を促したが奥田は何とも答えず、彼女の傍を離れて一足窓に近づくと、レントゲン室の細長い窓へ顔を向けてしまった。自負の強いこの男は、いまの言葉をぶしつけだと腹を立てたのであろうか。と思いながら渥美もまたしようことなしに窓の外へ眼を移した。窓の向うは各療舎と医局とを結ぶ花崗岩の舗道になっていて、皇太后陛下から下賜された楓の街路樹は既に秋の色を漂わせはじめている。その下をいま一人の松葉杖の男に蹤いて中でも感のよい盲人が杖を使いながらもう二人の盲人を杖から杖へ珠数繫ぎにして、元気に声をかけ合いながら歩いていた。渥美はその三人の盲人の後へ杖の先を前の男に曳かれながら蹤いてゆく奥田の姿を置いてみようとしたが、それはあまりにも惨め過ぎて考えてみるに忍びなかった。働けるだけ働き得る強さをもった彼は、働ける間に於ては全く癩の宿命をさえ乗越えた強さをもっていた。しかし、それだけに働けなくなった時の彼は、誰にも増して不幸になるのではあるまいか。と考えながら、舗道の四人の姿が窓枠の蔭へ隠れてしまうのを見送っていると、奥田の身の上がひどく思いやられて来て涙ぐましくなり、急に奥田の方へ眼を移した。奥田はいまの舗道の場ママ景を見たものか、見なかったものか、高く澄み切った初秋の窓空を凝乎と仰いでいた。血をふきそうに充血したその左眼には何が映っているであろう。そして瀬戸物細工の義眼を嵌めたその右眼には何が映っているであろう。渥美の眼に見えたものは、彼の眼からすると頰を伝わって落ちる涙の線だった。

 泣け泣けるだけ泣いて涙で洗われて清澄になった気持で、何でもいい、どんなことでも云ってみるがいい、たとえそれがどんなことであっても私はそれを聞き届けてやろう。

 と胸のつまる思いで、そう心に決しながら渥美は眼を閉じた、静かに眼を閉じていると、彼女の脳裡を掠めて、数知れぬ人間の顔が次から次へと行列のように過ぎて行った。それは皆、彼女がここへ来て軈て十年にもなろうとする長い年月の間に、自分の受持病室で脈をとってやりながら死なしてしまった患者達の顔だった。そしてそれはどれもこれもむごたらしい惨めな相貌だった。だが不思議にもそれ等の中で一つも怨嗟や呪咀の声を発したものはなかった。どの顔も苦痛に凝乎と堪えている人間としての誇りを秘めていた。そして通り過ぎてゆくそれ等の顔の一つ一つを静かに見送っていると、いのちを預けて彼女を信頼しきっていて死んでいったそれ等の人々に対して渥美は自分の人間としての小ささと、医者としての無力さとにひしと自らが責められ、あの人達のためにもう少しどうにかしてやれなかったものだろうか。ママという悔恨の情に襲われるのだった。それから尚続いて来る行列の顔はまだ生きている重軽症とりの患者達の顔だった。それ等の顔もみんな小さな彼女の力に鎚りつき、医者としての彼女の技術を信じ切っている顔だった。それ等の顔の中へ交って、行き惑ったように、既に死んだ人の数に入っている一つの顔がくっきりと近づいて来た。ロだけを出して頭全体を繃帯でぐる巻にし、咽喉にはカニューレーを挿し込んでそこから呼吸をしている男の顔である。彼はカニューレーの口を繃带の手で押えてヒーヒママと凩のようにかすれた声でものを云うのである。

「隆吉は意地ばかり強くて気の弱い奴ですから、先生あれが弱くなったらどうかお願いします。」と彼は隆吉の兄の清太郎で死ぬまでそのことばかりを気にかけていて、渥美が行く度にそういっていたのだった。

 奥田だけはどうにかしてやらなければ――と渥美は他の患者達に対して尽しきれなかったものを、せめて彼一人にでも傾け尽さなければ済まない気がして、そう思いながらもう一度清太郎の顔を見直すと、それは多過ぎる程濃い長髪をボサさせて病的に白い顔へ浅黒い結節の痕が残っていて、意慾的な目鼻立をした奥田の三四ヶ月前までの元気な相貌に変っていた。その元気だった奥田がこの僅かの間に眼は兎のように赤く、顔は結節性紅斑で腫れ上がってしまったのだと思うと、渥美は、その元気だった時の奥田の顔はもう永久に見られなくなるのだと思い、瞼に浮んでいるその幻を凝乎と凝視めていると、こんどはその顔へ太く濃い眉毛が出来、髭が生え、長い睫毛の一本一本までもがくっきりと生えて突然その顔は表情豊かな健康者の顔に変った、と同時に渥美はこの十年間を自分の身うちのどこかに抑えに抑えられて欝屈していた血が俄然彼女の理念の殿堂を覆して奔騰し、全身を熱くするのを感じた。その顔は渥美が初恋の人の顔であり、彼女が愛児玲子を抱いて別居したままになってしまった生涯に唯一人夫と呼んだその人の顔だったのである。渥美は身ぬちを馳けめぐる血の奔流に押し流されようとする自己を溺れさすまいと藻搔きながらその幻を払い除けるために強く首を振った時、傍の奥田に声をかけられた。

「済みません。先生御心配をかけて済みません。」

 と奥田は腰かけている渥美の前へ跼み込んで頭を下げた。その眼にはもう涙は乾いていた。渥美は全身を熱していた血が静かに引いてゆくのを感じ吻ッとして跼んだ奥田の肩に手をかけて、出来るだけ労わるように柔かい調子で云った。

「何さ、そんなに改まって礼なんか云ったりして…それで何処かへ行くんでしょう。いいですよ、変ったところへ行ったらきっと気持ママが落着きますよ、行きたいと思う所ありますか?」

 と云って渥美は私立の癩院のあれやこれやを忙しく思い廻しながら、覗き込むようにして奥田の顔色を窺った。奥田は一寸の間下唇を嚙んで凝乎と眼をつむっていたが、肩に置かれた渥美の手からすり抜けるようにして立ち上ったかと思うと、彼女の頭の上から吐き出すように激しい調子で云った。

「違うんだ、そうじゃない、眼が悪くなるなんか半年も前から覚悟していたんだ、だからそれだけならこんなに女々しい狼狽てかたなんかしやしないんだ。この一つきりの眼が悪くなったら、その時こそ死ぬつもりだったんだ。けれども……」

 とそこまで云いかけておいて彼はまたしてもつと窓の側へ行ったが、今度はそこにもいたたまらママないという風に次の窓へ行き尚も壁伝いに部屋の中を二三度行ったり来たりしていたが漸く少し感情が静まったらしく、やや平静をとりもどした口調で後を続けた。

「悪因縁とでも云うか、宿命とでも云うか、兎に角、まったく予期しなかった問題が起って死ねなくなった、というよりも実は僕自身の中に死を恐れる心があって、その心がこうなることを悪いと知りつつ、求めていたのかも知れないんだが……」

 と云って尚も彼の語り続けるところに依ると、彼がこの眼疾に罹る兆候を最初に意識したのはこの春も始めの頃のことで、その時彼は、軈て猛烈な充血がやって来るに違いない。その時こそ、どんなことをしてでもやってしまわなければ、と強く自殺の決意をしたのである。彼も例に洩れず自殺失敗者の一人であり、発病当時はそのためにどんなに苦悶したか知れない。けれ共、失明に迫られた時こそやれる、と彼は信じていた。そして遺書を書き、秘かに身の廻りを整理して、自ら運命を決するその時へ備えたのである。そして、炎暑が漸く衰えを見せた八月の末になって神経痛を伴ってその烈しい充血がやって来たのであるが、それと殆ど同時に、全然予期しなかったもう一つの運命が彼を訪れた。それは以前から音楽の同好で知り合っていた小田桐信子が突然求婚して来たのだというのである。

「意志が強かったらそんなことなんか問題にしないでやってのけられるんだろうが……」

 と云って彼は唇を嚙んだ。

「求婚された?……」

 と渥美は、こんなに重症になり、失明しかけている奥田に対して、あまりにも突飛なその問題に驚かされて思わずそう云った。

「そうです、驚いたでしょう。癩者同志が結婚すると云っただけでも健康社会の人々は喫驚するでしょう。ましてこんなに重症になった僕が求婚されたなんて云ったら、誰だって驚くどころか莫迦しいと言って信じないでしょう。全く莫迦しいくらいのものです。けれ共僕は死を恐れてその莫迦しさの中へ逃げ込もうとしているのです。」

 と奥田はたたみかけるように云った。渥美は確かに驚いた。もっとも一時奥田と信子との関係が何か事ありげに噂されたのは去年のことで、渥美もその噂は耳にしていた。けれ共奥田は兎に角としても、信子は最軽症者で退院候補に挙げられて居り、自分でも健康証明の下される日を総ての希望として熱心に治療していることを知っていた渥美は、そんな噂は狭い天地に限られた生活をしているために取り立てて話すような話題も乏しいこの生活では善悪ない連中によって往々虚構された噂が真実らしく伝えられるので、この場合もそれに類するものとして一笑に附しておいたのだった。しかるにそんな状態にあった信子がどうして突然求婚などする気になったのかといえば、実はつい最近まで彼女は矢張り退院することを唯一の希みとして一心に治療していたのだったが、親しい友人の奥田が此の頃になって急に病状が進み、その上眼も悪くなったという事実を知ってそれで急に心が変り、退院の希望を捨てたのだ。

「だからこれは女の気の弱さから、ここで退院したら口の悪い連中に、病気が重り盲目になりかけた男を捨てて退院したと云われるので、それを恐れてのことであって、純粋なものではないのです。」

 と奥田は云うのである。しかし渥美はそんな理屈はどうでも、それによって奥田が死の誘惑から後退りしているのが感じられて重荷を下ろした気持だった。実際彼の死に対する未練がましい泪も言葉もいまはもう死の誘惑に対する哀別の泪と挽歌とに変っているのだ。渥美は彼のためには、その挽歌を聞きながら静かに伴奏してやればよいのだった。

「そんな考え方は卑屈ですよ、勝手な曲った見方ですよ、もっと真面目に相手の気持を考えて御覧なさい。」

 渥美は自分の力ではどうにもなるまいと思われるような危機に立った彼を、身を捨てて救って呉れた信子に感謝する気持でそう云った。そして一人の友人を死への誘惑から救うために、自己の希望を捨て一身を投げ出している信子の純情に対して、渥美は世に捨てられた不幸な癩者のために、という甘い感情に胸をふくらませていい気になっていた自分の観念の戯画ともいうべき態度が顔の赤くなる思いで反省されてくるのだった。彼女は確かに医者として、人間として相当に犠牲を払って今の仕事に出来るだけの努力を尽して来たことは事実だった。けれ共その努力も実は彼女が夫に裏切られた人生の空虚さを埋めようとする利己的な努力ではなかったといえるであろうか、患者に近づこう、そして彼等を心から慰めよう、と彼女は絶えず努力していたには違いなかった。けれ共それも健康者という安全な岸に立って彼等に手をさし伸べていたに過ぎぬのではなかったか、兎に角信子の態度に対してみるとき、渥美は跳び越えたつもりでいた健康者と患者という深い溝を隔てて彼等と相対していた自分を明瞭り感じないではいられなかった。そして患者と衣食住を共にしながら彼等に治療を施していて、遂に癩に感染して尚悔なかったという、モロカイの聖者ダミエンの生涯の話を他事ごとではなく実際問題として考え、自分を捨てなければ真実のことは出来ないのだと思い、どんな場合にも自己を捨てきることの出来ない自分自身の性格が悲しく反省されるのだった。

「卑屈!?」

 と奥田は、渥美の言葉にはじかれたように顔を上げたが、すぐまたがっくりと頷垂れてつぶやくように云った。

「そうだ。あの人もそう云いました。そして『私はその卑屈さを憎む、けれ共その卑屈さが憎ければ憎いだけに、一層このまま退院してしまう気にはなれない。』ってそれは……」

「そうです!」

 と渥美はそこまで聞くと、信子の全貌が心にぴったり来たので、そう云って奥田の言葉を遮った。信子は外科看護婦の助手をしていて看護帽にエプロン姿で治療日毎に病室の出張外科に廻っていた。手先の器用さはないが、身体中に柘榴のような傷をもった重症者に対しても割合に軽症なものに対しても、無神経かと思うほど変らぬ態度で彼女はたんねんに治療の手を動かしていた。それから人に逢えば遠くからでも几帳面に挨拶し、話をする時には女にありがちなはにかみへつらいが少しもなく、相手の顔からどんなかすかな表情でも見逃すまいとするような態度でものを云うのだった。

 それらの一つ一つと奥田の云った言葉とを綜合して、この人は自己を捨てられる人だ、そして信念を貫く人だ。と思い渥美は彼女を代弁する気持で続けて云った。

「そうです。それが人情の美くママしさです。親不幸の子ほど親は可愛いと云うでしょう。卑屈であればあるだけ愛さずにいられないというのはその気持です。卑屈になるというのは弱いからです。弱い者には愛だけが必要なのです。だから小田桐さんはこのまま退院してしまうことは出来ないと云うのです。その真ごころに対して貴男は素直でなければいけません。その純情をひがみや虚勢で踏み躏ったり、侮辱したりしてはいけません。か弱い女にも母としての強さがあるのですから、あなどる前に頼るべきです。」

「しかしその愛情に槌るのは悪くはないかも知れないが、僕は甘えてしまってその愛情の美くママしさを汚しそうなのでそれが怖いのです。そうなったら済まないことですからね。」

「済まない!?」

 と渥美は、鸚鵡返しに云って、夫と別れることになった時の場景を、それ以来はじめてはっきりと思い出した。渥美は恋愛をそのまま結婚に押し進めて順調な人生のスタートを切ったのだったが、その幸福な結婚生活は僅か二年足らずで破れ、夫は思想犯として捕えられたのだった。彼女は、大学の研究室に没入しているとばかり信じていた夫がそんな運動に入っていようとは寝耳に水だった。そうして尚夫は同志の女の家で寝込みを挙げられたのだと知った時には全く裏切れママた憤怒に身を焼く思いで、すぐにも別れてしまおうと決心したのだが、夫が刑期を終えて出獄して来るのを待ってそのやつれた夫に対して猶予せず彼女は離婚を提議したのだ。その時、夫は三つになったばかりの玲子に目を注ぎながら「お前達にすまん」と唯それだけ云ったのだった。渥美はもっとなんとか云ってもらいたかった。少しは嘘があってもいい、彼の自己弁護を心で要求していたのだった。彼女は口では強く云っても実は幼い玲子のためにも別れたくなかったし、たとえ思想犯という前科をもったにしろ夫に対する愛情は少しも薄らいでいる訳ではなかったのだ。けれ共夫がそんな態度では彼女は全く手も足も出せない形で、結局夫が「そう一概に云わんでも」というのででは兎に角別居していて、ということになり、そのままもう十年にもなろうとしているのである。あの時夫が我を折っても少し近づいて呉れたら、と渥美は思うのである。

「すまないなんて云うのはへり下った様でいて、実はそれこそ男の女に対する虚勢です。女の愛情を恥かしめる態度です。そのために家庭が破壊され、相互の不幸を招いた例は世の中には少なくありません。現に私の家庭なども……」

 と云いかけて渥美は「嘘をつけ!!」という心の叫びをきいた。そして「この長い間虚勢を張り通していたのは夫よりもお前の方ではないか」とその声は尚もそう云った。そうだしりぞけた夫を心の底から愛していながらその愛情をひた押に押しつけて自分を偽る手段としてこんな仕事に身を寄せている自分の態度が虚勢でなくてなんであろう。しかもそれ等の総ては夫の卑屈さによって起されたのだと思おうとする自分こそ一層卑屈ではないか、婿取りだという我儘と自活出来るという己惚れ根性こそ、こうした事態を招く原因となったのではなかったか、と自省しそれでもよくこの長い間を別居したままで互いに再縁もせずに頑張り通したものだ、と思うと渥美は、自分ばかりではなく、夫の愛情も今更のように泌々と身に泌みて深いものに思われて来、夫は今どうしているであろうとその身の上が思い遣られるのだった。そして曰支事変は遂に長期戦になり、政府は総ゆる機能を動員して国民精神の強調に努め、都会にも田舎にも軍国色が溢れており、曾ては華やかに時代を彩った思想運動は国民精神の敵として徹底的に弾圧されているきょうこの頃、何処かの隅っこで息を殺しているであろう、夫が想像されて来ると今迎え入れてやったら、夫もきっと転向して家庭の人として甦生してくれることだろうと思われ、玲子のためにも探し出してやらなければならない気がして来るのだった。

 医局はもうどの科もすっかり片付いたらしく、隣室では先刻まで看護婦が器具に油雑布をかけていたらしい金属の触れ合う音が聞えていたがそれも止み、窓下の舗道には人通りが絶え、秋の陽光を一杯にうけて動くもののない窓の風景は明るく絵のように静まりかえっていた。その静けさを破って突然、真近い機関場から正午の気笛が鳴り響いて来た。「理屈は言葉の遊戯ですからやめましょう。私達は互いに魂と魂との声に対して耳を澄ませばいいのです。わかりますか?……それで、職員の私が勧めるのは変ですが、御両親に相談して早く結婚して心を落着けなさい。盲目になっても代筆してもらえば文学はやれますよ、もてあました生命をこんどはその方面へ投げ出してみたらいいでしょう。」

 奥田はそう云う渥美へ微笑で答えようとしたらしく唇を動かした、が白い歯は出なかった。渥美は浮腫のために鈍重な感じのする顔をこわばらせていた奥田の表情が柔らいだのを見ながら、彼等の結婚生活を想像し、貧弱な小机を中にして向き合った奥田の云うことをそのまま一句一句、信子が原稿紙へ書きつけてゆく場景を心に描き、それでもこの二人が、また時としては喧嘩をすることもあるだろう。と、そんなことまで微笑ましい気持で考えた。

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