利用者:村田ラジオ/sandbox

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もんじんでんせつ


しやうにんあるとき、しめしてはく、しやうだうじやうもんふんべつすべきものなり。しやうだうもんぼんなうそくだいしやうそくはんだんず。われこのほふもんひとにをしへつべけれども、たうこんにおいてはかなふべからず。いかにもぼんなうほんしふたちかへりて[1]ひとそんずべきゆゑなり。じやうもんしんじんはうして、さんがいろくだうなかまうするところひとつもなくしてわうじやうぐわんずるなり。このかいなかいちもつえうあるべからず。このをここにおきながら、しやうをはなるることにはあらず。

またいはくさんじんといふはみやうがうなり[2]。このゆゑしんしんげうよくしやうこくしようみやうがうしやくせり。ゆゑしようみやうするほかまつたさんじんはなきものなり。

またいはくじやうしんりきしふこころみだするをしんじつしんたいとす[3]そのゆゑとんじんじやかんひやくたんしやくするはしゆじやういぢをきらひすつるなり。さんどくさんごふなかにはいぢそくぼんなうなり。じんしんとは、じしんはげんにこれざいあくしやうじのぼんぶしやくして、ぼんなうそくほんぐわんみやうがうするをじんしんたいとす。しかればじやうしんじんしんしんしゆじやうしんじんのふたつをすてて、りきみやうがうするすがたなり。かうしんとは、りきしふとき[4]しよぜんみやうがうしよしよぜんいちがふ[5]するとき、のうしよいつたいなつて、なむあみだぶつとあらはるるなり、このうへはかみさんじんそくそくはい[6]してどくいちなむあみだぶつなり。しかればさんじんとはしんじんねんぶつまをすよりほかべつさいなし。そのしんじんてたるすがたなむあみだぶつこれなり。

またつねながけんしやうばう[7]しようしていはくさんじんしよはいほふもんはよくたてられたり。さればわうじやうとげられたり。

またいはくじやうしんしんじつといふこと、くわんさんぼん[8]いはく、「ものむにことさまによりて、くんよむことあり。くんよまざることあり」と。といふはしんなり。じやうといふはじつなりとしやくしたまひたる、ゆゑじやうをばくんにかへりてよむべからず。ただみやうがうしんじつなり。これすなはちみだしんじつといふなり。わがぶんこころよりおこすしんじつしんあらず。ぼんじやうをもてそくりやうするほふしんじつなし。ゆえんはいかんとなれば、のうえんこころまうなるゆへにしんじつなり。ただしよえんみやうがうばかりをしんじつとす。ゆゑみやうがうふかしぎどくともとき、またしんじつともとくなり。しゆきやうしゆだいだいらく〈大日〉こんがう〈阿閦〉くう〈寶生〉しんじつ〈彌陀〉さまや〈不空成就〉きやうといふ。もとよりしんじつといふはみだみななり。さればじやうしんしんじつしんといふは、りきしんじつするこころなり。

またいはくじんしんしやくしんげんざいあくしやうぼんくわうごふいらいじやうもつるてんむうしゆつりえんといふこと、ひとおもへらく、このためしゆざいはうをもとめはしり、さいとうたいしたるをこれぼんのくせなり。かかることをえすてねばこそざいあくしやうぼんものようにもたたぬぞとしやくせられたりと。このしからず。わるきもののしゆつようにもたたねばこそこのをばすつべけれ。さればしやくにはほとけすてしめたまふをばすて、さらしめたまふをばされとへり。わろしとはしりながら、いよいよあらはしてこころやすくはぐくみたてんとて、ざいはうさいをもとめて、しゆにくしんをもてやしなふことは、ゑせものとりたるかひなし。わろきものをばすみやかにすつるにはしかず。

またいはくしんげんざいあくしやうぼん[9]ないむうしゆつりえんしんじて、りきするときしゆしやうはとどまるなり。いづれのをしへにもこのくらゐりてしやうだつするなり。いまみやうがうのうじよいつたいほふなり。

またいはくじやうたつるはごんしやうじ、ぐわんわうじやうこころをすすめんがためなり。ごんをすすむることは、しよせんしようみやうのためなり。しかればじんしんしやくにはにんごんといふなり。じやうのめでたきありさまをきくにけて、ぐわんわうじやうこころおこるべきなり。このこころがおこりぬれば、かならずみやうがうしようせらるるなり。さればぐわんわうじやうのこころはみやうがうするまでのしよほつのこころなり。わがこころろくしきふんべつまうじんなるゆゑかのしゆいんあら[10]みやうがうくらゐすなはちわうじやうなり。ゆゑりきわうじやうといふ。うちまかせてひとごとにわがよくねがひ、こころざしがせつなれば、わうじやうすべしとおもへり。

またいはくじんしんしやくほとけてしめたまふものをばすなはちてよといへる。ほとけといふはみだなり。てよといふはりきしふなり。ほとけぎやうぜしめたまふものをばすなはちぎやうぜよといへる。ぎやうとはみやうがうなり。ほとけさらしめたまふところをばすなはちされといへる。ところとはゑどなり。ずゐじゆんぶつぐわんといへる。ぶつぐわんとはみだぶつぐわんなり。

またいはくねんしやしやといふは、なむあみだぶつほふいつたい[11]のうなり。あるひとにはつくといひ、あるひほふつくともいふ。いづれもへんけんなり。ほふみやうがうのうしりぬれば、つくれどもたがはず。ほふつくれどもたがはず。そのゆへはほふふにみやうがうなれば、なむあみだぶつほかのうもなくまたしよもなきゆゑなり。

またいはくじやうろつぽんしよぜん[12]りきしよじやうぜんたいをとき、さんぼんぼんなうぞくがいのすがたをとくなり。そのじつぎやうふく[13]ものじやうさんぼんととき、かいふく[14]ものをばちうさんぼんととき、ふく[15]ものをばさんぼんとくべし。そのゆへはいちみやうさんぷくいゐしやういんにみやうほんいゐしやうぎやうしやくして、ぼんともにしやうぎやうぜんあるべきなり。かうしんしよぜんみやうがうしよしよぜんと、しゆじやうりきときしよぜんいちになるときをいふなり。

またいはくずゐえんざふぜんなんしやうといへるずゐえん[16]といふは、こころほかきやうををいてしゆぎやうするなり。よそのきやうにたづさはりてこころをやしなふ。ゆゑきやうめつすればじやうじゆせず。これすなはちりきしふぜんなり。これをずゐえんざふぜんといふ。

またいはくといふはぼんなうなり。しよぎやうほふしふかくべつするゆゑに、いかにもしふあらばしゆぎやうじやうずべからず。いちだいけうぼふこれなり。ずゐえんびやうじやかくはうといふも、これりきぜんなり。

またいはくいまりきふしぎみやうがうじゆゆう[17]なり。じゆゆうといふは、みづみづをのみ[18]やくがごとく、まつまつたけたけ[19]そのたいをのれなりにしやうなきをいふなり。しかるしゆじやうしふいちねんにまよひしよりこのかたすでじやうもつぼんたり。ここみだほんぐわんりきみやうがうしぬれば、しやうなきほんぶんにかへるなり。これをりきほんめいげんぼんといふなり。みやうがうするほかわれとわがほんぶんほんかへることあるべからず。

またいはくのうといふはなむなり。じつぱうしゆじやうなり。これすなはちみやうぢよくちうえうみやうなり。しかるじやうぢうめつりやうじゆしぬれば、しふめいじやうをけづりて、のうしよいつたい[20]にして、しやうもとなるすがたをろくなむあみだぶつじやうじゆせり。かくのごとくりやうするをさんじんちゑ[21]といふなり。そのちゑといふは、しよせんりきしふじやうりやうすてうしなふなり。

またいはくわがたいなむあみだぶつどくいつなるをいつしんらんといふなり。さればねんしようみやうねんぶつねんぶつまをすなり。しかるをもわれよくこころわれよくねんぶつまをしわうじやうせんとおもふは、りきしふがうしなへざるなり。おそらくはかくのごときひとわうじやうすべからず。ねんねんさいふさいそうじてわがぶんにいろはず。ただいちねんほとけなるいつかうせんねんといふなり。

またいはくもとよりこのかたじこほんぶんてんするにあらず、ただまうしふてんするなり。ほんぶんといふはしよぶつしようみやうがうなり。まうしふしよいんもなくじつたいもなし。ほんしやうなり。

またいはくひとおもへらく、りきりきふんべつしてわがたいもたせて、はれりきにすがりてわうじやうすべしと。云云

このしからず。りきりきしよもんことなり。じたくらゐうちすてただいちねんほとけになるをりきとはいふなり。くまごんげん[22]しんしんをいはず。ざいざいろんぜず。なむあみだぶつわうじやうするぞとげんたまひしときより、ほふりやうして、りきしふうちすてたりと。これはつねおほせなり。

またいはくりきぜんしちまん[23]まん[24]をはなれざるなり。ゆゑけうまんへいだいなんしんほふといひ、さんごふぎやうけうまんともしやくするなり。むがにんなむあみだぶつしぬれば、あぐべきひともなくくだるべきもなし。このだうだいきやう[25]にはぢうくうさうぐわんざんまいといひ、あるひつうだつしよほつしやういつさいくうむがせんじやうぶつひつぢやうによせつともときたまへり。

またいはくごくらくはこれくうむがじやうなるがゆゑに。ぜんだうくわしやうひつきやうせうえううむへり。わうじやうにんとくにはかいじゆねんこむしんごくたいといへり。さればみやうがうしやうわうしやくびやくいろにもあらず。ちやうたんはうゑんかたちにもあらず、にもあらずにもあらず、ごみ[26]をもはなれたるゆゑに。くちにとなふれどもいかなるほふともおぼへず。すべていかなるものともおもはかるべきほふにあらず。これをむぎりよといひ、じつぱうしよぶつはこれをふかしぎとはさんじたまへり。ただこゑにまかせてとなふれば、ぐうしやうをはなるるごんだうだんほふなり。

またいはくりきときしふけうまんこころおこるなり。そのゆへはわがよくこころわがよくぎやうじてしやうはなるべしとおもふゆゑに、ちゑもすすみぎやうもすすめば、われほどのしやわれほどぎやうじやはあるまじとおもひて、をあげひとをくだすなり。りきしようみやうしぬれば、けうまんなしひげなし、そのゆゑしんじんはうして、むがにんほふしぬれば、じたひしにんなし。でんじんあまにふだうぐちむちまでもびやうどうわうじやうするほふなれば、りきぎやうといふなり。はんじゆさんに、さんごふきぎやうけうまんといふはりきぎやうなり。たんぽつじやうだいしんしんねんしやうあんらくといふはさんじんをすすむるなり。りきぎやうけうまんおほければ、さんじんをおこせとすすむるなり。



またいはくちうびやくだうなむあみだぶつなり。すゐくわにがわれこころなり。にがにをかされぬはみやうがうなり[27]

またいはくあみだきやういつしんらんといふはみやうがういつなり。もしみやうがうほかにこころをもとめなば、しんらんといふべし、いつしんとはいふべからず。さればしようさんじやうきやうにはじひゆう[28]りやうしんらんととけり。がおこすまうぶんいつしんにはあらず。

またいはくあんじんといふはなむなり。ぎやうといふはあみださんなり。ごふといふはほとけなり。ほふいつたいなむあみだぶつりぬれば、さんじん[29]しゆ[30]ねん[31]みなもてみやうがうなり。

またいはくけつぢやうわうじやうしんたらずとてひとごとになげくはいはれなきことなり。ぼんのこころにはけつぢやうなし。けつぢやうみやうがうなり。しかればけつぢやうわうじやうしんたらずとも、くちにまかせてしようせばわうじやうすべし。このゆゑわうじやうこころによらず。みやうがうによりてわうじやうするなり。けつぢやうしんをたててわうじやうすべしといはば、なほしんぼんにかへるなり。わがこころをうちすてていつかうみやうがうによりてわうじやうすとこころれば、をのづからまたけつぢやうしんはおこるなり。

またいはくけつぢやうといふはみやうがうなり。わがわがこころはぢやうなり。じやうせんかたちなればねんしやうめつす。しんまうしんなればまうなり。たのむべからず。

またいはく〈飾萬津別時結願の仰なり。〉みやうがうしんずるもしんぜざるも、となふればりきふしぎちからにてわうじやうす。りきしふこころをもてかくもてあつかふべからず。ごくらくむがなるがゆゑに、しふをもてはわうじやうせず。みやうがうをもてわうじやうすべきなり。

またいはくまんぼふ[32]よりしやう[33]ぼんなうよりしやうず。

またいはくみやうがうこころをいるるとも、こころにみやうがうをいるべからず。

またいはくしやうといふはまうねんなり。まうしふぼんなうじつたいなし。しかるにこのまうしふぼんなうこころもととして、ぜんあくふんべつするねんさうをもて、しやうはなれんとすることいはれなし。ねんすなはしゆつのさはりなり。ゆゑねんそくしやうしやくせり。しやうはなるるといふはねんをはなるるなり。こころはもとのこころながら、しやうはなるるといふことまたくなきものなり。

またいはくかんけいざんといふやまでらあり。ぜんてらなり。ふもとそとばめいねんぜびやうぞくやく云云ゆらしんばうこのじゆもんをもてほふたりと。云云

またいはくみやうがうねんぶつといふこといぢねん[34]よんねんぶつといふにはあらず。ただみやうがうなり。ものまつたけぞといふがごとし。をのれなりのなり。

またいはくねんしやういち[35]といふことねんしやうなり。ねんしようとをこんじていつといふにはあらず。もとよりねんしやういつたいなり。ねんしやういつたいといふはすなはちみやうがうなり。

またいはくねんぶつざんまいといふことさんまいといふはけんぶつなり。じやうには、ぢやう[36]げんしんけんぶつさん[37]りんじうけんぶつするゆゑさんまいづくと。云云このしからず。このけんぶつはみなくわんぶつざんまいぶんなり。いまねんぶつざんまいといふは、むしほんじやうぢうめつぶつたいなれば、みやうがうすなはちこれしんじつけんぶつしんじつさんまいなり[38]ゆゑねんぶつわうざんまいといふなり。

またいはくしようみやうほかけんぶつ[39]もとむべからず。みやうがうすなはちしんじつけんぶつなり。にくげんをもてるところのほとけしんぶつにあらず。もしわれたうげんほとけなりとしるべし。ただゆめにみるにはじつなることあるべし。ゆめろくしきばうじてふんべつくらゐにみるゆゑなり。このゆへにしやくにはぢやうといへり。

またいはくじゆんま[40]ぎやくま[41]のふたつあり。ぎやうじやこころじゆんじてとなるあり。ぎやうじやらんとなりてとなるあり。ふたつのなかにはじゆんまがなをだいなり。さいとうこれなり。

またいはくせつしゆしやよじさんえんしやくするなり。せふしんえん[42]あり。しゆごんえん[43]あり。しやぞうじやうえん[44]あるなり。

またいはくによらいきんかいをやぶれるあまほふぎやうずゐをし、をくるしむるは、またくこれさんにあらず[45]。ただごふとくいんぐわのことはりをしるばかりなり。しんじつさんみやうがうりきさんなり。ゆゑねんしようみやうじやうさんげしやくせり。りきしふこころをもてさんたつべからず。

またいはくりきしようみやうぎやうじやは、このはしばらくゑどありといへども、こころはすでにわうじやうとげじやうにあり。このむねめんにふかくしんぜらるべしと。云云

またいはくじひさんじゆあり。いはくせうちうだいなり。だいといふはほつしんじひなり。いまべつぐわんじやうじゆみだほつしんだいひつさげてしゆじやうしたまふ。ゆゑしんじつにしてむなしからざるなり。これをきやうにはぶつしんしやだいじひいむえんせつしよしゆじようととけり。

またいはくわうじやうといふことわうなり。じやうなり。りちけいたうするをわうじやうといふなり。

またいはくゆゐしんざいふくのものはほとけごちうたがひてみづからがじやうをもてわうじやうぐわんずるゆゑに。わうじやうはしながらくわがふさはりあり。ろくしきぼんじやうをもてたとひどくしゆくわんねんこらすとも、のうえんこころまうなれば、しよえんじやうまたじつたいなし。ごくらくむがしんじつなれば、りきしふぜんをもてはまたくしやうずべからず。ただぐわんいちぎやうをもてわうじやうべし。しかればぼんげうをもてはしやうずべからず。ひつみやうゐごしようみやうほかしゆげうをもとむるは、しんじつぶつぽふをしらざるゆゑわうじやうすべからず。

またいはく、無心寂靜なるをほとけといふ。げうをおこすはほとけといふべからず。げうまうしふなりと。云云このふうじやうつねおほせなり。


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  1. 【煩惱の本執に立かへり】煩惱即菩提ぞと聞て罪をば造り、生死即涅槃ぞと言へども命を惜むなり。これ即ち煩惱に立還る所以なり。
  2. 【三心といふは名號なり】三心は能信の安心。念佛は所信の起行。三心はただ是念佛を信ずる心なれば、念佛を離て此心發ることなし。此心詞にあらはるる時に南無阿彌陀佛と唱ふるなり。故に三心と念佛とは相即して離れざるものなり。
  3. 【自力我執云云】我等凡夫の自力我執の心は貪瞋邪僞にして眞實の心に非ず、故に我が不眞實の心を捨て彌陀の眞實に歸命するを眞實心の體とするなり。
  4. 【自力我執の時】未だ他力名號に歸せざる時なり。
  5. 【一味和合等】自他の萬善と彌陀の萬德とは同一性なるが故に回向の義を感ず。
  6. 【即施即廢】未だ自力我執を捨ざる者の爲に即ちこれを施說し、既に他力の名號に歸する者の爲に即ちこれを廢捨すべし。
  7. 【長門顯性房】西山上人の弟子。
  8. 【菅原三位文時なり。式部大輔に任ず。天元四年九月八日卒す。】
  9. 【自身現是云云】生死に流轉することは我執の一念に由るなり。然るに今自力我執を放下して他力の名號に歸入し、能歸所起機法一體すれば頓に種種の生死は止息するなり。
  10. 【我心は云云】我が願往生の心は六識(眼、耳、鼻、舌、意)分別の妄心なれば報土の因にあらず。
  11. 【機法一體】衆生の機と阿彌陀佛の法と一體にして離れざること。以て他力の救濟を表す。
  12. 【上六品の諸善】觀無量壽經の上三品には行福を說き、中上品と中中品には戒福を說き、中下品には世福を說く。
  13. 【行福】發心讀經して人をも勘化する大乘の行なり。
  14. 【戒福】小乘、大乘の戒律威儀を云ふ。
  15. 【世福】世俗に於ける忠孝仁義の道德のこと。
  16. 【隨緣】緣に隨ひて事を起すこと。
  17. 【自受用】功德利益を自ら受用すること。受得したる法樂を自ら味ふこと。
  18. 【水が水をのみ】唯佛與佛の境界は聲聞菩薩の所知に非ざるに譬ふるなり。
  19. 【松は松竹は竹】法法本來無生無滅なる是れ即ち自受用の智慧なり。
  20. 【能歸所歸一體】機法一體生佛一如の事なり。
  21. 【三心の智慧】身心を放下して一向に南無阿彌陀佛に成たるを云ふなり。
  22. 【熊野權現】上人三十七歲、健治元年乙亥十二月十五日曉更の御示現なり。
  23. 【七慢】一慢、二過慢、三慢過慢、四我慢、五增上慢、六卑慢、七邪慢。
  24. 【九慢】一我勝慢類、二我等慢類、三我劣慢類、四有勝我慢類、七有劣我慢類ママ、七無勝我慢類、八無等我慢類、九無劣我慢類。七慢九慢共に他人に對して心を高貢ならしむる精神作用。
  25. 【大經】無量壽經のこと。
  26. 【五味】乳味、酪味、生酥味、熟酥味、醍醐味。天臺宗にて佛一代の敎說たる五時敎に配當し以てその內容を比較するに云ふ。
  27. 【中路の白道云云】善導の觀經疏の二河白道の譬喩なり。衆生の貪愛を水に譬へ瞋憎を火に譬ふ。中路の白道の四五寸とは衆生貪瞋煩惱中能生淸淨願往生心なり。即ち淸淨なる願往生の心に喩ふるなり。
  28. 【加祐】加は益なり。祐は助なり。
  29. 【三心】至誠心、深心、廻向發願心。
  30. 【四修】修行すること。恭敬修、無餘修、長時修、無間修。
  31. 【五念】五念門、天親の淨土論に出づ。阿彌陀佛を念じて淨土に往生する行因を五門に開きたるもの。禮拜門、讃歎門、作願門、觀察門、廻向門。
  32. 【萬法】諸善を指すなり。
  33. 【無より生じ】無我より生ずるなり。
  34. 【意地の念を呼て】念佛といへばとて意業に佛を思ふと云ふには非ず。南無阿彌陀佛と唱ふるを、念佛と名くるなり。
  35. 【念聲是一】選擇集に十念と云ふは釋して十聲と云ふなりと。卽ち念は唱ふるなり。
  36. 【定機】定心の機根、想を凝らして定善を修し得る人をいふ。
  37. 【散機】心ちりうごきて定善を修する能はざる人。
  38. 【名號卽これ云云】吉水大師曰はく、至極大乘の意は、體の外に名なく名の外に體なし、萬善の名體は名號の六字に卽し、恆沙の功德は口稱の一行に備はるとあり。
  39. 【見佛】佛身をみること。自己の佛性をさとること。
  40. 【順魔】妻子珍寶等なり。
  41. 【逆魔】病患災難等なり。
  42. 【攝に親緣】彼此の三業互相に攝入するなり。
  43. 【取に近緣】現に目前に在つて握手交接し給ふを云ふ。
  44. 【增上緣】色心萬法に通じ一法の結果に對して總て皆增上の用あるを云ふ。
  45. 【尼法師云云】懺悔するは滅罪の爲なり。然るに行水をし身を苦しむるは因果の理を信ずるのみにて、全く滅罪の義あるべからず。故にこれ懺悔に非ずと云へるなり。