初等科國語 六/朝鮮のゐなか
五 朝鮮のゐなか
[編集]秋
[編集] 秋の空は、實に高い。さうして色が深い。
秋の日をまともに受けた
- 「とんぼ、とんぼ、
- あつちへ行けば
地獄 、 - こつちへ来れば
極楽 。」
貞童が歌ふと、一郎は、
- 「反對だ。きみ、とんぼを取るんだらう。」
- 「うん、取るんだ。」
- 「では、こつちへ來れば地獄ぢやないか。」
- 「さういはないと取れないよ。」
二人は笑ひながら、豆畠の方へ走つて行く。豆が、かさかさと音をたてる。
どの家も、オンドルをたきだしたと見えて、紫色の煙が村中にただよつてゐる。その煙の中に、ぽかりぽかり、わら屋根が浮いて見える。まだ西日を受けてゐる屋根に、干してあるたうがらしが眞赤だ。高くのびたポプラや、茂つたアカシヤは、あざやかな黄色。櫻も紅葉して、みんな赤い夕日を受けてゐる。
一郎と貞童は、とんぼ取りをやめて歸つて來た。
- 「生かしておかうや。」
貞童は、豆の葉の柄で作つた虫かごに、とんぼを入れた。
- 「動かないよ。」
二人はじつととんぼを見てゐる。市場歸りの朝鮮馬が、けたたましく鳴いて過ぎる。夕べの光をかすかに殘した大空を、
- 「雁、雁、わたれ。
- 大きな雁はさきに、
- 小さな雁はあとに、
- 仲よくわたれ。」
一郎と貞童が、空に向かつて歌つた。
冬の夜
[編集]夜になつても薄靑い空。その空に、星がいつぱいこほりついたやうにして、またたいてゐる。井戸端のうるしの木が、ぬうつと立つてゐる。 ぽこん、ぽこんといふ音が通つて行く。水汲みに來た女の頭の上の水がめが、ゆれて鳴る音だ。寒さが骨身にしみて、しいんとする。 オンドル部屋の中では、薄暗いランプの火が、心細くゆれてゐる。おぢいさんが、孫を寢つかせようとして話をしてゐる。
- 「この村に、古いけやきの木があるだらう。おばけが、あのけやきにゐた。」
- 「それがどうしたの。」
- 「そばを通る子どもに、いたづらをした。」
- 「どうして、いたづらをしたの。」
- 「いたづらずきのおばけだからさ。」
- 「どんないたづらをしたの。」
おぢいさんは、口をむにやむにやさせて、なかなか答へない。ふくろふの鳴く聲が聞える。
別な部屋では、息子を相手に、父がかますを織つてゐる。
- 「これが五枚めだつたな。」
- 「はい、五枚めです。」
- 「どうだ、六枚織れるか。」
- 「織りませう、おとうさん。」
息子が元氣に答へる。話しながらも、二人の手が器用に動く。そばでは、母が、娘を相手にきぬたを打つてゐる。
- 「これだけ、たたいてしまはう。」
母が棒を取つて、とんとひやうしを取つた。とんからとんから、調子のよい音が流れ出した。