初等科國語 六/敵前上陸

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十八 敵前上陸[編集]

 わが輸送船團は、マライ半島コタバルをめざして進んで行つた。

 折惡しく月明かりだつたので、海岸を防備する敵軍は、いち早くわが船團の近づくのを感知した。上陸開始後、まもなく海岸一帶の敵陣から、雨のやうな猛射を浴びせて來る。

 爆彈をかかへた敵の飛行機は、輸送船團の頭上から襲ひかかつた。轟然ぐわうぜん、天地をゆするやうな音響とともに、黑煙は天に立ちのぼつた。わが輸送船の一隻が、敵彈のため火を發したのであつた。

 兵士は、銃を持つたまま、みんな水中へをどり込んだ。敵の戰鬪機の群が、海面すれすれに、惡魔あくまのやうな翼をひるがへして、掃射する。護衛の驅逐艦からも、輸送船からも、波間に浮かぶ舟艇からも、兵士が齒をひしばつて應戰する。一機また一機、黑い翼がぱつと紅の火焔くわえんを吐いて、まつさかさまに海中へ突つ込んで行く。

 海岸からの敵の銃砲火は、ますます烈しさを加へて來た。泳いでゐる兵士の鐵かぶとが、沈むかと思ふとまた浮かぶ。さうして、口から鼻から、白い水を吐き出す。輸送船からは、船員たちが、銃をはなせと聲をかぎりに叫び續ける。しかし海岸へ泳ぎ着いた兵士で、だれ一人銃をはなした者はなかつた。

 海岸へたどり着くと、目の前に屋根形に張られた鐵條網が、行く手をさへぎつてゐる。その後には、とげのある鐵線が張りめぐらされ、更にその後には、屋根型の鐵條網が、嚴重に設けられてゐる。そこから五十メートルほど後の方には、帶のやうな塹壕ざんがうと、椰子やしの木かげに見えがくれする灰色のトーチカ築かれてゐて、あらしのやうに撃ちまくつて來る。

 ぬれねずみの姿で海岸へはひあがつた兵士の身を、かくす物は何一つない。彈丸の夕立の中で、波打際に突つ伏したまま、兵士は身動きもしない。かれらは、兩手をそろへて海岸の砂をほつた。そのくぼみに頭をかくし、肩をかくし、全身を埋めた。砂の上には、銃劒だけが殘つてゐる。兵士は、もぐらのやうに全身を砂に埋めて、十センチ、二十センチと進んで行く。ぎらぎらと太陽の光を反射させながら、鐵かぶとが銃劒を引きずつて動いて行く。砂の上を、ひとりでにすべつて行く、ふしぎな銃劒である。

 鐵條網が、手のとどくところにせまつた。突然、網を切るはさみを持つてゐる兵士が一人、むつくりと起きあがつて、敵陣へ突進する。そのとたん、天地にとどろくやうな爆音といつしよに、砂煙が、あたりを、おほひ包んだ。

「地雷だ、氣をつけろ。」

部隊長のするどい叫びが傳はつた。その聲の終らないうちに、またしても、續けざまに二つの轟音がとどろいた。ものすごい砂つぶてが、うつ伏した兵士たちの全身をなぐりつけた。

「その場を動くな。」

部隊長の太い聲だ。

 兵士は、はさみを手に手に持つて、次々に鐵條網へいどみかかつた。この瞬間しゆんかんであつた。一つ、二つ、三つと、鐵條網の向かふ側に、砂を盛りあげながら、もぐらのやうに進む皇軍の鐵かぶとの列が見られた。兵士たちは、鐵條網の下をほつて、もぐつて、くぐり拔けたのだ。兵士たちは、砂の底で、砂といつしよに堅く銃身をにぎりしめた。
「ダーン。」と音をたてて、敵の砲彈が兵士の目の前で炸裂さくれつし、あたり一面に、砂ぼこりがたちこめた。兵士は、「わあつ。」とときの聲をあげ、砂をけ立てて、いつせいに立ちあがつた。

 突撃だ。第一線の鐵條網を破つてからは、とげのある鐵條網も、屋根型の鐵條網も、まるで枯れ木のやうにもろかつた。砂にまみれ、血にまみれて突き進む皇軍將士の前には、塹壕も、トーチカも、敵兵も、何もなかつた。