全国基督信徒に告ぐ
謹啓 時下初秋の候、諸賢の御健康を祈る。
基督教界に非常時来る。
吾人、主イエス・キリストを救い主と信ずるの徒は、一に敬神尊王を専らとし、皇室を中心に社会を指 導すべきものたるや論なし。しかしてその敬神尊王は、聖書の教うるところによるものなり。即ち敬神と は、全智にして全能なる唯一の活ける真の神を礼拝することにして、尊王とは国家の主権者にいまし給う 天皇を尊び奉ること是なり。されど基督信者はさらに対すべき一の問題あり、そは神社参拝の可否なり。 そもそもわが国の神杜の行事は庶物礼拝にして英雄礼拝を兼ね、かつ僅少の祖先崇拝をも含む。しかして その方式において純宗教なることは一般識者の認めむるところなり。故にその識見に基づき、皇祖、皇宗、 祖先、功臣、偉人等、古恩人に対し、吾人基督者といえどもその徳を記念し、敬意を表するは当然のこと なりとす。されどそれに対し記念し敬意を表するの域を超え、是を礼拝するは吾人のなし能わざるところ なり。謂わんや庶物礼拝においてをや。ここに吾人は該問題に当面し、ひろく同信諸賢の御考察を促さん とするものなり。
昭和八年六月十四日、大垣東小学校在学申の尋常科六年生、樋口繁實(美濃ミッション大垣教会日曜学 校在籍)の伊勢神宮参拝旅行拒否に端を発したるも問題の中心は、漸次美濃ミッションに移動し、誤解、 中傷、潮罵の目標となるに到れり。大垣市民の多数は理非を辮別せずして、まず一部誤れる指導者に扇動 せられ、地方各新聞相次いで附和雷同し、誇大極まる激超なる記事を連続掲載し、その間小学校教員、中 等学校長、新聞記者、基督教会牧師などの賛否両論、地方新聞の三面を賑わすあり、時流に乗じて豫後備 軍人の合流せしあり。美濃ミッション排撃演説会の催さるること十数回に及び、遂に岐阜阜当局の壁断は 八月九日に至り、かつて昭和五年十月設立願いを提出したる大垣はじめ、岐阜県下十四ケ所の教会堂及び 伝道館の設立を何らの理由をも明記せずして、許可し難しとの指令を発するに至れり。こは独り、吾人美 濃ミッションの蒙る損害のみに止まらず、全国基督信徒の一大問題たるを疑わず。そは帝国憲法第二十八 条に由る、 第二十八条、日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務二背カサル限二於テ、信教ノ自由ヲ有ス 吾人の信教の自由が奪われたるなるを痛感せざるを得ず、故に同信諸賢の明察を瀬う。しかのみならず、 信仰の故に神社参拝拒否を表明せる三児童に対し、大垣市中小学校長、及び東小学校長は、夏季休暇もや がて終りを告げ、新学期の始業近づきし八月二十一日、同二十二日に亙り、小学校令第三十八条を適用し、 第三十八条、小学校長ハ、伝染病二罹り、若ハ其虞アル児童又ハ性行不良二シテ他ノ児童ノ教育二妨ア リト認メタル児童ノ小学校二出席スルヲ停止スルコトヲ得 持って性行不良に籍口し停学処分に附するに至れり。これ信仰に由る神社参拝拒否に対し義務教育を破 壊し、その権利を剥奪せるものにあらずして何ぞや。事態ここに到る。 非常時、あに国家のみならんや、起ちて信教自由擁護のために協力一致せられんことを。 なお諸賢の御加祷と御声援とを希望するや切なり。
「神と称ふるもの、或いは天に、或いは地にありて、多くの神、おほくの主あるごとくなれど、我らには 父なる唯一の神あるのみ「萬物これより出で、我らも亦これに帰す。また唯一の主イエス・キリストある のみも萬物これに由り、我らも亦これに由れり。」(コリント前書第八章五、六節)
大垣市郭町十五の一 美濃ミッション 代表者 柳瀬直彌 伊能香陽 菊池三郎 山中為三
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