元强盜の張本なりし教阿に示す御詞 (法然上人全集)

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元强盜の張本なりし教阿に示す御詞

上人の給はく。まづ念佛には。甚深の義といふことなし。念佛申ものは。かならず往生すとしるばかり也。いかなる智者學生なりとも。宗にあかさゞらん義をば。いかでかつくりいだしていふべき。ゆめ甚深の義あるらんと。ゆかしく思はるべからず。念佛はやすき行なれば。申人はおほけれども。往生するものゝすくなきは。决定往生の故實をしらぬゆへなり。去月に。又人もなくて。御房と源空と。たゞ二人ありしに。夜半ばかりに。しのびやかに起居て。念佛せしをば。御房は。きかれけるかと仰らるれば。寢耳に。さやらんと承候きと申ければ。それこそ。やがて决定往生の念佛よ。虛假とて。かざる心にて申念佛が往生はせぬなり。决定往生せんとおもはば。かざる心なくして。まことの心にて申べし。いふかひなきおさなきもの。もしは畜生などにむかひては。かざる心はなけれども。朋同行はいふにをよばず。その外。つねになれ見る妻子眷属なれども。東西を辨ふる程の者になりぬれば。それがために。かならずかざる心はおこるなり。人の中にすまんには。その心なき凡夫はあるべからず。すべて親きも疎も貴も賤も。人にすぎたる往生のあだはなし。それがために。かざる心をおこして。順次の往生をとげざればなり。さりとて獨居もかなはず。いかゞして人目をかざる心なくして。まことの心にて。念佛すべきといふに。つねに人にまじりて。しづまる心もなく。かざる心もあらんものは。夜さしふけて。見る人もなく。聞人もなからん時。しのびやかに起居て。百遍にても千遍にても。多少こゝろにまかせて。申さん念佛のみぞ。かざる心もなければ。佛意に相應して。决定往生はとぐべき。この心を得なば。かならずしも夜にはかぎるべからず。朝にても。晝にても。暮にても。人のきゝはゞかりなからん所にて。つねにかくのごとく申べし。所詮。决定往生をねがふまことの念佛。申さんずるかざらぬ心ねは。たとへば。盗人ありて。人の財を思がけて。ぬすまんとおもふ心は。底にふかけれども。面はさりげなき様にもてなして。かまへてあやしげなる色を。人に見えじとおもはんがごとし。そのぬすみ心は。人またくしらねば。すこしもかざらぬ心なり。决定往生せんとする心も。又かくのごとし。人おほくあつまり居たらん中にても。念佛申いろを。人に見せずして。心にわするまじきなり。其時の念佛は。佛よりほかは。たれかこれをしるべき。佛しらせ給はば。往生なんぞ疑はんと。仰られければ。教阿彌陀佛申さく。决定往生の法門こそ。心得候ぬれ。すでにさとりきはめ侍り。この仰をうけ給はらざらましかば。このたびの往生はあぶなく候はまし。但この仰のごとくにては。人のまへにて。念珠をくり。口をはたらかす事は。あるまじく候やらんと。上人の給はく。それ又僻韻なり。念佛の本意は。常念を詮とす。されば念々相續せよと。こそすゝめられたれ。たとへば世間の人を見るに。おなじ人なれども。豪憶あひわかれて。臆病の者になりぬれば。身のためくるしかるまじき。聊のいかりをも。をぢをそれて。逃かくる。豪の者になりぬれば。命をうしなふべきこはき敵の。しかも迯かくれなば。たすかるべきなれども。すこしもをそれず。ひとしざりもせざるがごとし。これがやうに眞僞の二類あり。地躰いつはり性にして。かざる心あるものは。身のために要なき聊の事をも。かならずいつはりかざるなり。もとよりまことの心ありて。虛言せぬものは。聊の矯飾しては。身のため。おほきにその益あるべき事なれども。身の利養をば。かへり見ず。底にまことありて。すこしもかざる心なし。これみな本性にうけてむまれたるところなり。そのまことの心のものゝ。往生せんとおもひて。念佛に歸したらんは。いか成所。いか成人のまへにて申とも。すこしもかざる心あるまじければ。これ眞實心の念佛にして。决定往生すべきなり。なんぞこれをいましめん。又地躰はいつはり性にして。世間さまにつけては。いさゝか不實の事もありしかども。知識にあひて發心して。往生せんとおもふ心。ふかくなりぬれば。念々相續せんとおもひて。いかなる所。いかなる人のまへにても。無想にひた申にまうさん者。これ又眞實心の念佛なれば。决定往生すべきなり。またく制の限にあらず。いまいふところは。三心の中に。一心もかけぬれば。往生せずと釋し給へるに。三心の中の眞實心。人ごとに發がたければ。その眞實心を發べきやうを。いふばかりなり。さればとて。たゞのとき。念佛な申そとはいかゞすゝむべきと。又教阿彌陀佛申さく。さきに仰の侍つるやうに。夜念佛申さんには。かならず起居候べきか。又念珠袈裟をとり侍べきかと。上人の給はく。念佛の行は行住坐臥をきらはぬ事なれば。ふして申さんとも。居て申さんとも。心にまかせ。時によるべし。念珠をとり袈裟をかくる事も。又折により。躰にしたがふべし。たゞ詮する所。威儀はいかにもあれ。このたびかまへて。往生せんとおもひて。まことしく念佛申さんのみぞ大切なると。仰られければ。教阿彌陀佛。歡喜踊躍し。合掌禮拜して罷出にけり。乃至其後上人。法蓮房にむかひてその事なり。さる舊盗人と聞置て侍しほどに。對機說法して侍き。一定心得たりげにこそ見えしかとぞ仰られける。

〈勅修御傳。九巻傳等に出づ。〉

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