中岡慎太郎全集/文久元年11月26日付北川竹次郎宛

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一筆啓上仕候。逐日ちくじつ寒威相募候処、先以御家内様被御揃愈々御安全可御渡賀候。て春来は御東遊の処、過日御首尾よく御帰杖奉賀候。御旅倦りよけん一入の儀と奉存候。然者しかれば総老の方一儀に付、北川駒十郎先に御地へ立越候趣、僕於是為足下打明御噺申度都合有之候へ共遠路不果、抑も君志を御立被成、我道を大成せんとて天下に横行し、虎穴に入て虎児を得んと被成、実に彼士太夫、千万石の禄を譲り、めあはすに天下第一の美女を以てす共、不附の御本意にて、俗吏輩の知る能はざる所也。
然るに方今親戚の家主物故、実子病故に因て家跡滅せんとするが為に、親類集議し、君に非ずんばおこす可き人なし、依て君の遠遊を妨ぐ、僕等御気毒御心事奉察候。雖然家族親戚の貴きは不廃、之を廃すれば則士太夫の子を以て、百姓下人の家に主たりといへども可也、一家興廃豈微事ならんや。或人君を謂ふ、彼志あり、読書将に名門貴族を継がんとするかと。僕曰ふ、決して不然、丈夫立志学を為す、何ぞ一時貴賤を以て心を動かさんや、継がんと欲する所の者は大道のみ、一家一族の比に非ず。且又人の世に在る、今朝貴と雖明朝賤を知らず、今朝賤と雖明日貴を知らず、又家門貴しと雖君子に非ず。君子小人は人に在り、家に在らず、是等の儀は僕などの拙言を待たざる也。何分君は大道に志ある御方にて、必ず御志は御遂可成、且当方へ御立越被下候はゞ、吏事御互の事故、成丈け繰合せ折々半季位は遊学も出来候様可致、何分志の儀は、僕と雖未だ不廃、況んや君に於てをや。如何様有之候ても、御立入被下不申ては不相成儀に御座候間、彼是かれこれ宜敷御考慮可仰下候。尚近々拝面、万緒御面陳に可申述候へ共、とりあへず後や先書記如此に御座候。恐憧謹言

中冬念六
光次
竹次郎 盟台几下

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