三壺聞書/巻之一

山は塵ひぢより起りて天雲かゝる千重の嶺、海は苔の露よりしたゝりて波濤をたゝむ万水たり。扨こそ世の人、君が代は千代に八千代にさゞれ石の巌となりて苔のむすまでとはいひけれ。倩々世の中の盛衰の有様は四季転変の理に同じ。春生じ、夏茂り、秋実のり、冬枯の草葉くちぬる其の中に、種子落ちて塵に交り、又立帰る春にあふ。天地の掟何事か不滅不生なるや。人間又斯の如し。中昔の頃とかや、保元・平治の合戦に源氏悉く亡び、平家世を取り栄華を極むる事二十余年也。爰に源氏の胤に頼朝・範頼・義経等生残り、成長して後平家を亡し、又源氏一統の世となりぬ。頼朝・頼家・実朝三代、纔四十余年にして源氏の正統絶え畢。依之京都より摂家の公達を申下し関東の将軍とす。幼稚成る故に頼朝の後室二位の尼政事をきく。世の人是を尼将軍と申しけり。北条時政外戚の勢ひを得て恣に天下の成敗を司り、是より後猶親王家の幼主を申下し、関東将軍の号ありといへ共、政事は悉く北条より出でたり。又京都には一族を置きて政道を聞かしむ、是を両六波羅と申しけり。其の外の七道猶斯の如く、是を探題と云ふ。時政の子孫世を治ること九代、四海波静にして降雨塊を動かさず。然れ共久敷家の習ひにて、下よりひた物上をあがめ、位高にまします故、夫より次第に奢生じ、諸色結構に成る程に所帯に不足し、下を貪り収歛の道つよく成りて、民の訴へ上へ通ぜず。只異国の器物・飲食・色欲にふける。此の時は人皇九十五代後醍醐天皇の御宇元弘の頃也。帝武家の政道をみそなはし給ひ、不道を打たんと思召し立給ふ。是に依りて五畿七道忽に乱れ、干戈暫も止む時なく、終に北条家九代百六十年、高時入道宗鑑が代に至り一家悉く滅亡せり。斯くて暫くは公家一統の御代なりしが、猶御政道違ふこと多き故建武の乱れ起り、又尊氏天下を治め給ふ。然れども宮方の残党諸国にありて、四十余年尚天下修羅の街となりにけり。尊氏の子孫十四代将軍の院宣を蒙り給ふ。斯波・細川・畠山・赤松・一宮・今川・吉良・上杉などゝいふ大名を諸国におき、【 NDLJP:11】天下の政道取行ひ給ふ。又尊氏の二男基氏を鎌倉に置き、鎌倉の公方と仰ぎ、出羽・奥州まで政道せしめ給ふ。足利家の系図は八幡太郎義家の後胤也。此の頃治天は百六代後奈良院の御宇、天文年中は将軍義輝の御代也。中頃義政の御代に、細川・山名の家々党を立て、応仁の乱起りしより以来四海悉く乱れ、一日も静なることなし。是より公方の威も軽くなり、諸国に引籠り戦ひ止む事なし。此の頃天文年中には別して諸国乱れ、公方家もあるかなきかの如くになり、天下悉く戦国と成りにけり。尊氏代々は、尊氏・義詮・義満・義持・義量・義教・義勝・義政・義尚・義稙・義澄・義晴・義輝・義昭凡十四代、義昭にて京都公方は絶えにけり。

関東公方の次第。基氏・氏満・満兼・持氏・成氏。
尾州織田家先祖は、昔平家清盛の嫡男小松内府重盛の二男、新三位中将資盛の妾に子あり。平家都を没落の時、彼の妾子を懐にして近江の国津田といふ所へ落行き、母子共にあり。津田の郷主彼女の美なるを以て妻とし、彼幼子を子とせり。或時尾州織田社の神主津田へ来て彼の幼子を乞ひ、後養子として津田権太夫親貞とぞ申しける。此の子孫代々織田社の神職なり。時代押移り足利家天下を取りて、尾州は斯波武衛の恩補の国也。或時織田神職の子美童なるを以て児小姓に被召仕。此の者才発なる故に次第に登庸して、武衛の内五奉行人の列に加り、其の子孫繁昌して織田朝倉とて大身に成りけり。後武衛の家衰へ、織田家益繁昌せり。大和守信定の代に成りて、三奉行あり。其の内一人は信定の子息弾正信秀也、後備後守と号す。是信長の父なり。清盛─重盛─資盛─津田権太夫親真 是より十六代を経て
大和守信定─備後守信秀─┐
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│┌三郎五郎大隅信広
│├吉法師上総介信長───────┐
│├勘十郎武蔵守信行 │
└┼三位中将上野介信包 │
├源五郎有楽長益────┐ │
├女子 浅井備前長正室 │ │
└此外五人の御兄弟早世畧す │ │
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│ ┌───────────────┘
│ │┌三位中将秋田城之介信忠 岐阜中納言と号す、二条城にて討死也。
│ │├内大臣茶筌御曽子三助信雄常真──┐
│ │├三七信孝 二十六歳野間内海にて死去 │
│ │├中納言秀勝御次丸 太閤御養子 │
│ │├女子 蒲生飛騨守氏郷妻 │
│ └┼女子 前田肥前守利長妻 玉泉院殿 │
│ ├女子 岡崎殿三河守秀康妻 越前 │
│ ├女子 丹羽五郎左衛門長秀妻 │
│ ├女子 筒井伊賀守妻 │
│ ├御坊 源三郎勝長 │
│ └御長 武蔵守信吉 │
│ ┌────────────────┘
│ └織田出雲守 加州に佐川出雲と云富田越後の聟也。利常様より被仰上上様被召出大和の宇田を領す。
└織田河内─┐ 此家来十人加州へ来る。関屋新兵衛、武藤四郎兵衛、和多田八郎兵衛、林十左衛門、阿部九郎右衛門、林甚助、林宇左衛門、山崎久三郎、矢田五郎兵衛
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│┌織田左近─織部─小八郎
│├村井出雲 村井飛騨守養子也。村井名跡也。村井兵部父
└┤ ┌伽耶院
└女子 小幡播摩守内室┼浅井大助妻
└河合内匠妻
河合内匠父伊織名跡として他国す。此時妻女を残し置く故、小松一向寺勧帰寺妻となる、爰にも菊を忌むといふなり。
織田河内不作法成る次第有りて、慶長年中に家断絶す。加州に玉泉院様御座被成に付きて、河内子息家来迄被召出縁組被仰付けり。小幡播磨守は関東侍の召仕の女に菊といふ者あり、食の中に針一本あり。其の科に依りて彼の女を色々に責めらること物語多し。其の後生きながら井戸の中へさかさまに埋めらるゝ。女の老母是をかなしみ、此の報ひ有べきならば、即時に此の胡麻生えよかしと、炒胡麻を井戸のあたりにまく。折節卯月半のことなるに、一両日の内にばらりと生えたり。老母是を見て、罪なくしてあらけなき責にあふこと、天是を照覧なからんやと、比丘尼と成りて修行に出ける。誠に其報いにや、播磨代になり狂気と成りて、内室を切殺し乳母に手を負はせ、七尾の古城に隠れ忍ぶを尋出し、座敷籠に押こめられて果らるゝ。子息は出家して能州石動山天平寺に住侶となり、伽耶院と申しける。此の小幡の家に菊といふことを嫌うて、道具の絵にも忌みにけり。菊が亡魂行先にて見えつ隠れつたゝりて、家を断絶しけるとかや。浅井大助室は小幡播磨娘なるが、大助奥の居間の前露地の傍に小池あり、其の側に小社を建て、菊【 NDLJP:13】が亡魂を勧請し、朝夕灯明御供を備へられたり。左様にせざればたゝりをなすよし。然れ共大助家も終に断絶したりけり。


前田縫殿助利高┐
┌───┘
├前田蔵人大輔利久─前田慶次利益
├前田五郎兵衛尉安勝┬女子 中川宗伴室
│ └女子 笹原出羽室
├前田又左衛門尉利家 太閤秀吉之御時大納言に被任─┐
├前田十左衛門尉利玄─前田孫左衛門早世 │
├前田右近大輔秀継─前田又次郎利秀 │
├女子高畠石見守定吉室 │
└女子寺西九兵衛室─与市郎─庄左衛門 │
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├女子前田対馬守源峯入道長種室─────────┐
├前田肥前守利長 │
├前田孫四郎利勝───────────────┐│
├女子宇喜多中納言室 ││
├女子長岡与市郎室 ││
├前田大和守利孝──────────────┐││
├前田修理亮知好─────────────┐│││
├前田備前守利貞 出雲 備前 ││││
├女子浅野左京大夫室 ││││
├女子長十左衛門好連室 ││││
├女子万里小路大納言室 前田日向 木工之助 ││││
├篠原織部 但出羽養子に被成 ││││
└松平中納言利常┐ ││││
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├女子毛利右近大夫室 ││││
├松平筑前守光高────────────┐││││
├松平淡路守利次大蔵大夫 │││││
├松平飛騨守利治─飛騨守利明─大学 │││││
├女子松平安芸守室 │││││
├女子八条宮室 │││││
├女子松平越中守室 │││││
├女子保科筑前守室 │││││
├松平美濃守 飛騨守殿名跡 │││││
├女子前田対馬守室 │││││
└女子本多安房守室 │││││
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└三位中将松平加賀守綱利┐ ││││
┌──────────────┘ ││││
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││││├前田内記─────────────────┐
││││├前田丹後┬左馬介 │
│││││ └平太夫 │
││││├女子日根九兵衛室 後家を織田河内室 │
││││├女子溝口伯耆守室─金十郎 │
││││├女子横山山城室 │
││││├女子今枝民部室 │
││││├女子青木新兵衛室 │
││││├女子神尾図書室 │
││││├女子松平伯耆室 │
││││└女子岡嶋備中室 帯刀也二代の備中 │
││││┌─────────────────────┘
││││├前田対馬─────────────────┐
【 NDLJP:16】││││├前田熊之助─女子一人 │
││││├前田孫九郎 │
││││├前田権之助 │
││││├前田主水 │
││││└女子前田平太夫室 │
│││├前田三左衛門─前田備後 │
│││├女子四辻大納言室─前田主殿─虎助 │
│││├女子奥野主馬室 │
│││├女子角倉与市郎室 │
│││├女子岡嶋市郎兵衛室 │
│││└女子神谷治部室 │
││├前田右近大夫 │
││├前田帯刀 │
││└前田主膳 内匠 │
│├前田内蔵允 内蔵允 万之助 │
│├前田木工助 │
│├大音主馬 │
│├女子奥村伊予室─内匠 │
│├女子上田主水室 但前田左馬介後家也 │
│├女子多賀左近室 │
│└女子加藤九兵衛室 │
│ ┌──────────────────────┘
│ └前田対馬─万勝丸
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│