万葉集 (鹿持雅澄訓訂)/巻第一

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ひとまきにあたるまき


くさぐさのうた


はつせの朝倉の宮にあめの下しろしめししすめらみことみよ


天皇のみよみませるおほみうた

0001 もよ み籠持ち ふくしもよ み堀串持ち

   この丘に 菜摘ます子 家らせ 名のらさね

   そらみつ 大和の国は おしなべて あれこそ居れ

   しきなべて あれこそせ をこそ とは告らめ

   家をも名をも


高市の崗本の宮に天の下しろしめしし天皇の代


天皇の香具山に登りましてくにみしたまへる時にみよみませるおほみうた

0002 大和には むらやまあれど とりよろふ あめの香具山

   登り立ち 国見をすれば 国原は けぶり立ち立つ

   海原は かまめ立ち立つ うまし国ぞ あきつしま 大和の国は


天皇の宇智のみかりしたまへる時、なかちひめみこはしひとのむらじおゆをして献らせたまふ歌

0003 やすみしし 我がおほきみの あしたには 取り撫でたまひ

   夕へには いり立たしし みらしの 梓の弓の

   なりはずの 音すなり あさがりに 今立たすらし

   ゆふがりに 今立たすらし み執らしの 梓の弓の 鳴弭の音すなり

かへし歌

0004 玉きはる宇智の大野に馬めて朝踏ますらむその草深野


讃岐国あやのこほりいでませる時、いくさのおほきみの山を見てよみたまへる歌

0005 霞立つ 長きはるひの 暮れにける きも知らず

   むらきもの 心を痛み ぬえことり うられば

   玉たすき 懸けのよろしく 遠つ神 我が大王の

   いでましの 山越しの風の 独りる ころもて

   朝宵に 還らひぬれば ますらをと 思へるあれ

   草枕 旅にしあれば 思ひ遣る たづきを知らに

   綱の浦の あまをとめらが 焼く塩の 思ひぞ焼くる

   したごころ

反し歌

0006 山越しの風を時じみる夜おちず家なるいもを懸けてしぬひつ

     右、日本書紀ヲカムガフルニ、讃岐国ニ幸スコト無シ。亦

     軍王ハツマビラカナラズ。但シ山上憶良大夫ガ類聚歌林ニ

     曰ク、紀ニ曰ク、天皇十一年己亥冬十二月己巳朔壬午、

     伊豫ノ温湯ノ宮ニ幸セリト云ヘリ。一書ニ云ク、是ノ時

     宮ノ前ニ二ノ樹木在リ。此ノ二ノ樹ニイカルガシメ二ノ鳥、

     大ニ集マレリ。時ニミコトノリシテ多ク稲穂ヲ掛ケテ之ヲ養

     ヒタマフ。乃チ作メル歌ト云ヘリ。ケダシ此便ヨリ幸セルカ。


明日香の川原の宮に天の下しろしめしし天皇の代


額田王の歌

0007 秋の野のみ草苅り葺き宿れりし宇治のみやこかりいほし思ほゆ

     右、山上憶良大夫ガ類聚歌林ヲカムガフルニ曰ク、書ニ

     曰ク、戊申ノ年比良ノ宮ニ幸ス大御歌ナリ。但シ紀

     ニ曰ク、五年春正月己卯ノ朔ノ辛巳、天皇、紀ノ温

     湯ヨリ至リマス。三月戊寅ノ朔、天皇吉野ノ宮ニ幸

     シテ肆宴ス。庚辰、天皇近江ノ平浦ニ幸ス。


後の崗本の宮に天の下しろしめしし天皇の代


額田王の歌

0008 にきたづふな乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎてな

     右、山上憶良大夫ガ類聚歌林ヲ検フルニ曰ク、飛鳥ノ岡本宮

     ニ御宇シシ天皇元年己丑、九年丁酉十二月己巳ノ朔ノ壬午、

     天皇太后、伊豫ノ湯ノ宮ニ幸ス。後ノ岡本宮ニ馭宇シシ天皇

     七年辛酉ノ春正月丁酉ノ朔ノ壬寅、御船西ニ征キテ、始メテ

     海路ニ就ク。庚戌、御船伊豫ノ熟田津ノ石湯行宮ニ泊ツ。天

     皇、昔日ヨリ猶存レル物ヲ御覧シ、当時忽チ感愛ノ情ヲ起シ

     タマヒキ。ソヱニ歌詠ヲ製マシテ為ニ哀傷シミタマフ。即チ

     此ノ歌ハ天皇ノ御製ナリ。但額田王ノ歌ハ、コトニ四首有リ。


紀のに幸せる時、額田王のよみたまへる歌

0009 みもろの山見つつゆけ我が背子がい立たしけむいつかしが本


中皇命の紀の温泉にいませる時の御歌

0010 君が代も我が代も知らむいはしろの岡の草根をいざ結びてな

0011 我が背子は仮廬作らすかや無くば小松がもとかやを苅らさね

0012 が欲りしこしまは見しを底深きあこねの浦の玉ぞひりはぬ

     右、山上憶良大夫ガ類聚歌林ヲカムガフルニ曰ク、天皇ノ

     御製歌ト云ヘリ。


なかちおほえみつやまの御歌

0013 香具山は うねびしと みみなしと 相争ひき

   神代より かくなるらし いにしへも しかなれこそ

   うつせみも つまを 争ふらしき

反し歌

0014 香具山と耳成山とひし時立ちて見にいなみ国原

0015 綿津見の豊旗雲に入日さし今宵のつくよきよく照りこそ

     右ノ一首ノ歌、今カムガフルニ反歌ニ似ズ。但シ旧本

     此ノ歌ヲ以テ反歌ニ載セタリ。故レ今猶此ノ次ニ載

     ス。亦紀ニ曰ク、天豊財重日足姫天皇ノ先ノ四年乙

     巳、天皇ヲ立テテ皇太子ト為ス。


近江の大津の宮に天の下しろしめしし天皇の代


天皇のうちのおほまへつきみ藤原朝臣にみことのりして、春山のはないろ、秋山のもみちにほひあらそはしめたまふ時、額田王の歌をもちことはりたまへるその歌

0016 冬こもり 春さり来れば 鳴かざりし 鳥も来鳴きぬ

   咲かざりし 花も咲けれど 山をみ 入りても聴かず

   草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては

   もみつをば 取りてそしぬふ 青きをば 置きてそ嘆く

   そこしたぬし 秋山あれ


額田王の近江国に下りたまへる時よみたまへる歌

0017 うまさけ 三輪の山 あをによし 奈良の山の

   山のゆ い隠るまて 道のくま い積もるまてに

   つばらかに 見つつ行かむを しばしばも 見かむ山を

   心なく 雲の 隠さふべしや

反し歌

0018 三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなむ隠さふべしや

     右ノ二首ノ歌、山上憶良大夫ガ類聚歌林ニ曰ク、近江国

     ニ都ヲ遷ス時、三輪山ヲ御覧シテ御歌ヨミマセリ。

     日本書紀ニ曰ク、六年丙寅春三月辛酉朔己卯、近江ニ都

     ヲ遷ス。


ゐとのおほきみの即ちこたへたまへる歌

0019 へそがたの林のさきのさぬはりの衣に付くなす目につく我が

     右ノ一首ノ歌、今按フニ和スル歌ニ似ズ。但シ旧本此ノ

     次ニ載セタリ。故レ以テ猶載ス。


天皇のかまふぬみかりしたまへる時、額田王のよみたまへる歌

0020 茜さす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる

ひつぎのみこの答へたまへる御歌 明日香宮ニ御宇シシ天皇

0021 紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故にあれ恋ひめやも

     紀ニ曰ク、天皇七年丁卯夏五月五日、蒲生野ニ縦猟シ

     タマフ。時ニ大皇弟諸王内臣及ビ群臣皆悉ク従ヘリ。


明日香のきよみはらの宮に天の下しろしめしし天皇の代


とほちのひめみこの伊勢のおほみがみのみやまゐでたまへる時、波多の横山のいはほを見て、ふきのとじがよめる歌

0022 河ののゆつ磐群に草むさず常にもがもなとこをとめにて

     吹黄刀自ハ詳ラカナラズ。但シ紀ニ曰ク、天皇四年

     乙亥春二月乙亥朔丁亥、十市皇女、阿閇皇女、伊勢

     神宮ニ参赴タマヘリ。


をみのおほきみの伊勢国いらごの島にはなたへたまひし時、の人のかなしみよめる歌

0023 うつそを麻續の王海人なれや伊良虞が島の玉藻苅ります

麻續王のこの歌を聞かしてかなしみ和へたまへる歌

0024 うつせみの命を惜しみ波にで伊良虞の島の玉藻苅り

     右、日本紀ヲ案フルニ曰ク、天皇四年乙亥夏四月戊戌

     ノ朔乙卯、三品麻續王、罪有リテ因幡ニ流サレタマフ。

     一子ハ伊豆ノ島ニ流サレタマフ。一子ハ血鹿ノ島ニ流

     サレタマフ。是ニ伊勢国伊良虞ノ島ニ配スト云フハ、

     若疑後ノ人歌辞ニ縁リテ誤記セルカ。


天皇のみよみませるおほみうた

0025 み吉野の みかねたけに 時なくそ 雪は降りける

   間無くそ 雨は降りける その雪の 時なきがごと

   その雨の 間なきがごと 隈もおちず 思ひつつぞ来る その山道を

     或ルマキノ歌、

 0026 み吉野の 耳我の山に 時じくそ 雪は降るちふ

    間なくそ 雨は降るちふ その雪の 時じくがごと

    その雨の 間なきがごと 隈もおちず 思ひつつぞ来る その山道を

     右、句々相換レリ。此ニ因テ重テ載タリ。


天皇の吉野の宮に幸せる時にみよみませるおほみうた

0027 淑き人の良しと吉く見て好しと言ひし芳野吉く見よ良き人よく見

     紀ニ曰ク、八年己卯五月庚辰朔甲申、吉野宮ニ幸ス。


藤原の宮に天の下しろしめしし天皇の代


天皇のみよみませるおほみうた

0028 春過ぎて夏来るらししろたへの衣乾したり天の香具山


近江の荒れたる都をく時、柿本朝臣人麿がよめる歌

0029 玉たすき うねびの山の 橿原の ひしりの御代よ

   れましし 神のことごと つがの木の いや継ぎ嗣ぎに

   天の下 知ろしめししを そらみつ 大和を置きて

   青丹よし 奈良山越えて いかさまに 思ほしけめか

   あまざかる ひなにはあらねど いはばしる あふみの国の

   ささなみの 大津の宮に 天の下 知ろしめしけむ

   すめろぎの 神のみことの 大宮は ここと聞けども

   大殿は ここと言へども 霞立つ 春日かれる

   夏草か 繁くなりぬる ももしきの おほみやどころ 見れば悲しも

反し歌

0030 楽浪の志賀のからさきさきくあれど大宮ひとの船待ちかねつ

0031 楽浪の志賀のおほわだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも


たけちのむらじくろひとが近江のみやこれたるを感傷しみよめる歌

0032 古の人に我あれや楽浪の古き都を見れば悲しき

0033 楽浪の国つ御神のうらさびて荒れたる都見れば悲しも


紀伊国に幸せる時、川島皇子のよみませるみうた 或ルヒト云ク、山上臣憶良ガ作

0034 白波の浜松が枝のたむけぐさ幾代まてにか年の経ぬらむ

     日本紀ニ曰ク、朱鳥四年庚寅秋九月、天皇紀伊国ニ幸ス。


の山を越えたまふ時、あべのひめみこのよみませる御歌

0035 これやこの大和にしてはが恋ふる紀路にありちふ名に負ふ勢の山


吉野の宮に幸せる時、柿本朝臣人麿がよめる歌

0036 やすみしし 我が大王の きこしをす 天の下に

   国はしも さはにあれども 山川の 清きかふち

   御心を 吉野の国の 花散らふ 秋津の野辺に

   宮柱 太敷きせば ももしきの 大宮人は

   船めて 朝川渡り ふなきほひ 夕川渡る

   この川の 絶ゆることなく この山の いや高からし

   落ちたぎつ 滝のみやこは 見れど飽かぬかも

反し歌

0037 見れど飽かぬ吉野の川のとこなめの絶ゆることなくまた還り見む


0038 やすみしし 我が大王 かむながら 神さびせすと

   吉野川 たぎつ河内に 高殿を 高知りして

   登り立ち 国見をすれば たたく 青垣山

   やまつみの まつみつき

   春へは 花かざし持ち 秋立てば もみち葉かざし

   ゆふ川の 神も おほみけに 仕へまつると

   かみつ瀬に 鵜川を立て しもつ瀬に さでさし渡し

   山川も 依りて仕ふる 神の御代かも

反し歌

0039 山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に船出せすかも

     右、日本紀ニ曰ク、三年己丑正月、天皇吉野宮ニ幸ス。

     八月、吉野宮ニ幸ス。四年庚寅二月、吉野宮ニ幸ス。

     五月、吉野宮ニ幸ス。五年辛卯正月、吉野宮ニ幸ス。

     四月、吉野宮ニ幸セリトイヘリ。何月ノ従駕ニテ作ル

     歌ナルコトヲ詳ラカニ知ラズ。


伊勢国に幸せる時の歌

0040 あごの浦にふな乗りすらむ乙女らが珠裳の裾に潮満つらむか

0041 くしろたふしの崎に今もかも大宮人の玉藻苅るらむ

0042 潮騒に伊良虞の島榜ぐ船に妹乗るらむか荒きしまみ

     右のみうたは、柿本朝臣人麿がみやこに留りてよめる。

0043 我が背子はいづく行くらむ沖つ藻のなばりの山を今日か越ゆらむ

     右のひとうたは、たぎまのまひとまろ

0044 わぎもこをいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも

     右の一首は、いそのかみおほまへつきみおほみともつかへまつりてよめる。

     右、日本紀ニ曰ク、朱鳥六年壬辰春三月丙寅ノ朔戊辰、

     浄広肆廣瀬王等ヲ以テ、留守官ト為ス。是ニ中納言三輪

     朝臣高市麻呂、其ノカガフリヲ脱キテ、朝ニササゲテ、重ネ

     テ諌メテ曰ク、ナリハヒノ前、車駕以テ動スベカラズ。辛未、

     天皇諌ニ従ハズシテ、遂ニ伊勢ニ幸シタマフ。五月乙丑

     朔庚午、阿胡行宮ニ御ス。


輕皇子のあきの野に宿りませる時、柿本朝臣人麿がよめる歌

0045 やすみしし 我が大王 高ひかる 日の皇子

   神ながら 神さびせすと 太敷かす 都を置きて

   こもりくの 泊瀬の山は 真木立つ 荒山道を

   いはが根 しもと押しなべ 坂鳥の 朝越えまして

   かぎろひの 夕さり来れば み雪降る 安騎の大野に

   旗すすき しぬに押しなべ 草枕 旅宿りせす いにしへ思ほして

みじかうた

0046 安騎の野に宿れるたびとうち靡きらめやもいにしへ思ふに

0047 ま草苅る荒野にはあれどもみちばの過ぎにし君が形見とそ来し

0048 ひむかしの野にかぎろひの立つ見えて反り見すれば月かたぶきぬ

0049 ひなみの皇子の命の馬並めて御狩立たしし時は来向ふ


藤原の宮つくりにてる民のよめる歌

0050 やすみしし 我が大王 高ひかる 日の皇子

   あらたへの 藤原が上に す国を したまはむと

   おほみやは 高知らさむと 神ながら 思ほすなべに

   あめつちも 依りてあれこそ 石走る あふみの国の

   衣手の たなかみ山の 真木さく のつまてを

   もののふの やそ宇治川に 玉藻なす 浮かべ流せれ

   そを取ると 騒くみたみも 家忘れ 身もたな知らに

   鴨じもの 水に浮き居て が作る 日の御門に

   知らぬ国 依りこせぢより 我が国は 常世にならむ

   ふみ負へる あやしき亀も あらたよと 泉の川に

   持ち越せる 真木のつまてを もも足らず 筏に作り

   のぼすらむ いそはく見れば 神ながらならし

     右、日本紀ニ曰ク、朱鳥七年癸巳秋八月、藤原ノ宮地ニ

     幸ス。八年甲午春正月、藤原宮ニ幸ス。冬十二月庚戌ノ

     朔乙卯、藤原宮ニ遷リ居ス。


明日香の宮より藤原の宮に遷りしし後、志貴皇子のよみませる御歌

0051 をとめの袖吹き反す明日香風都を遠みいたづらに吹く


藤原の宮の御井の歌

0052 やすみしし 我ご大王 高ひかる 日の皇子

   荒布の 藤井が原に おほみかど 始めたまひて

   はにやすの 堤の上に あり立たし したまへば

   大和の 青香具山は 日のたての 大御門に

   青山と みさび立てり 畝傍の このみづやま

   日のよこの 大御門に 瑞山と 山さびいます

   耳成の あをすがやまは そともの 大御門に

   よろしなべ 神さび立てり 名ぐはし 吉野の山は

   かげともの 大御門よ 雲居にそ 遠くありける

   高知るや 天の御蔭 天知るや 日の御影の

   水こそは ときはに有らめ 御井のま清水

短歌

0053 藤原の大宮仕へくや処女が共はともしきろかも

     右の歌、よみひとしらず


おほきすめらみことの難波の宮に幸せる時の歌

0066 大伴の高師の浜の松が根をきてる夜は家し偲はゆ

     右の一首は、おきそめのあづまひと

0067 旅にして物こほしきにいへごとも聞こえざりせば恋ひて死なまし

     右の一首は、高安大島。

0068 大伴の御津の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れて思へや

     右の一首は、むとべのおほきみ

0069 草枕旅行く君と知らませば岸のはにふに匂はさましを

     右の一首は、すみのえのをとめが、長皇子に

     たてまつれる歌。姓氏ハ詳カナラズ。


だいはうはじめのとしかのとうし、太上天皇の吉野の宮に幸せる時の歌

0070 大和には鳴きてか来らむ呼子鳥きさの中山呼びそ越ゆなる

     右の一首は、高市連黒人。

0054 巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を

     右の一首は、さかどのひとたり

     或ル本ノ歌、

 0056 河上の列列椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は

     右の一首は、かすがのくらびとおゆ


三野連がもろこしつかはさるる時、春日蔵首老がよめる歌

0062 おほぶねの対馬の渡りわたなかぬさ取り向けて早帰り来ね

やまのへのおみおくらが、もろこしに在りし時、くにしぬひてよめる歌

0063 いざ子ども早やまとへに大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ


太上天皇の紀伊国に幸せる時、つきのおびとあふみがよめる歌

0055 あさもよし紀人羨しも真土山行き来と見らむ紀人羨しも


ふたとせといふとしみづのえとら、太上天皇の参河国に幸せる時の歌

0057 ひくまぬににほふ榛原入り乱り衣にほはせ旅のしるしに

     右の一首は、ながのいみきおきまろ

0058 いづくにか船泊てすらむあれの崎榜ぎみ行きしたななしをぶね

     右の一首は、高市連黒人。

0059 流らふる雪吹く風の寒き夜に我がの君はひとりからむ

     右の一首は、よさのおほきみ

0060 宵に逢ひてあした面無みなばりにか長き妹が廬りせりけむ

     右の一首は、ながのみこ

0061 ますらをさつや挟み立ち向ひ射るまとかたは見るにさやけし

     右の一首は、とねりのいらつめおほみともつかへまつりてよめる。


きやううむみとせといふとしひのえうま、難波の宮に幸せる時の歌

0064 あしへゆく鴨のはがひに霜降りて寒き夕へは大和し思ほゆ

     右の一首は、志貴皇子。

0065 霰打ちあられすみのえおとひをとめと見れど飽かぬかも

     右の一首は、長皇子。


さきのすめらみことの難波の宮に幸せる時の歌

0071 大和恋ひらえぬに心なくこのの崎にたづ鳴くべしや

     右の一首は、おさかべのおとまろ

0072 玉藻刈る沖へは榜がじしきたへの枕のほとり忘れかねつも

     右の一首は、のりのつかさのかみ藤原宇合。

0073 我妹子を早見浜風大和なるを松の樹に吹かざるなゆめ

     右の一首は、長皇子。


大行天皇の吉野の宮に幸せる時の歌

0074 み吉野の山のあらしの寒けくにはたや今宵もが独り寝む

     右の一首は、或るひとの云はく、天皇のみよみませる

     おほみうた

0075 うぢまやま朝風寒し旅にして衣貸すべき妹もあらなくに

     右の一首は、長屋王。


ならの宮に天の下知ろしめしし天皇の代


和銅はじめのとしつちのえさる、天皇のみよみませるおほみうた

0076 ますらをともの音すなりもののふおほまへつきみ楯立つらしも

みなべのひめみここたへ奉れる御歌

0077 吾が大王ものな思ほしすめかみの嗣ぎて賜へる君なけなくに


三年かのえいぬやよひ藤原の宮より寧樂の宮に遷りませる時、長屋の原にみこしとどめてふるさとかへりみしたまひてよみませるみうた 一書ニ云ク、飛鳥宮ヨリ藤原宮ニ遷リマセル時、太上天皇御製ミマセリ

0078 飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ


藤原の京より寧樂の宮に遷りませる時の歌

0079 おほきみの みことかしこみ にきびにし 家を置き

   こもりくの 泊瀬の川に 船浮けて が行く河の

   くまの やそくまおちず よろづたび かへり見しつつ

   玉ほこの 道行き暮らし 青丹よし 奈良の都の

   佐保川に い行き至りて が寝たる 衣の上よ

   朝づくよ さやかに見れば たへの穂に 夜の霜降り

   磐床と 川のこほり ゆる夜を やすむことなく

   通ひつつ 作れる家に 千代まてに まさむ君と あれも通はむ

反し歌

0080 青丹よし寧樂の家には万代にあれも通はむ忘るとふな

     右の歌は、よみひとしらず


いつとせといふとしみづのえねうづきながたのおほきみを伊勢のいつきのみやに遣はさるる時、山辺の御井にてよめる歌

0081 やまへの御井を見がてりかむかぜの伊勢をとめども相見つるかも

0082 うらさぶる心さまねし久かたの天のしぐれの流らふ見れば

0083 わたの底沖つ白波立田山いつか越えなむ妹があたり見む

     右ノ二首ハ、今カムガフルニ御井ノ所ノ作ニ似ズ。ケダシ

     当時誦セル古歌カ。


長皇子と、志貴皇子と、佐紀の宮にてうたげしたまふときの歌

0084 秋さらば今も見るごと妻恋に鳴かむ山そ高野原の上

     右の一首は、長皇子。