七箇條の起請文 (浄土宗全書)

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七箇條起請文

をよそわうじやうじやうにんえふぼふは。おほしといへとも。淨土宗の大事は。さんじんの法門にある也。もしさんじんせさるものは。日夜十二時に。かうべの火をはらふがことくにすれとも。つひに往生をえすといへり。極樂をねがはん人は。いかにもして三心のやうを心えて念佛すへき也。三心といふは。一には至誠心。二には深心。三には廻向發願心なり。まづじやうしんといふは大師釋しての給はく。至といふはしんなりじやうといふはじつなりといへり。たゞしんじつしんを。至誠心と善導はおほせられたる也。眞實といふはもろこけの心のなきをいふ也。こけといふは。とんじん等のぼんなうををこして。正念をうしなふを。こけしんと釋する也。すべてもろの煩惱のをこる事は。みなもととんじんを母として出生するなり。とんといふにつゐて喜足小欲のとんあり。不喜足大欲のとんぼんなうあり。いま淨土宗に制するところは。不喜足大欲のとんぼんなう也。まづ行者かやうの道理を心えて念佛すへき也。これが眞實の念佛にてある也。喜足小欲のとんはくるしからず。しんぼんなうきやうじやうじげの心をやふらずして。道理を心えんほと也。ぼんなうといふは。をろかなる心なり。此心をかしこくなすへき也。まづしやうをいとひ淨土をねかひて往生を大事といとなみてもろの家業を事とせされは。ぼんなうなき也。少少のは往生のさはりにはならず。このほとに心えつれは。とんじん等のこけの心はうせて。眞實心はやすくおこる也。これを淨土の菩提心といふなり。せんするところ。しやうはうをかろしめ。念佛のいちぎやうをはげむがゆへに眞實心とはいふ也。二にじんしんといふは。ふかく念佛を信する心なり。ふかく念佛を信すといふは。ぎやうなく一向に念佛になる也。もしぎやうをかぬれは。じんしんかけたる行者といふ也。詮するところ。釋迦の淨土三部經はひとへに念佛の一行をとくと心え。彌陀の四十八願は。稱名の一行を本願とすと心えて。ふた心なく念佛するを。深心具足といふなり。三にかうほつぐわんしんといふは。無始よりこのかたの所作のもろの善根を。ひとへに往生極樂といのる也。又つねに退する事なく念佛するを。廻向發願心といふなり。これはしんおんなり。此心ならは至誠心深心具足してのうへにつねに。念佛のへんをなすへし。もし念佛退轉せは。廻向發願心かけたるもの也。淨土宗の人は。三心のやうをよく心えて念佛すべきなり。さんじんなかに。ひとつもかけなは往生はかなふまじき也。三心具足しぬれは往生はむげにやすくなるなり。すべてわれらがりんしやうのふるまひは。たゞとんじんぼんなうきづなによりて也。とんじんをこらは。なを惡趣へゆくへきまとひのをこりたるぞとこゝろえて。是をとゞむへき也。しかれともいまだ煩惱具足のわれらなれは。かくはこゝろえたれともつねに煩惱はをこる也。をこれとも煩惱をは心のまらう人とし念佛をは心のあるしとしつれは。あなかちに往生をはさへぬ也。煩惱を心のあるしとして念佛を心のまらう人とする事は。ざふどくこけの善にて往生にはきらはるゝなり。せんするところ。前念後念あひたには。煩惱をまじふといふとも。かまへて南無阿彌陀佛の六字のなかに。とん等の煩惱ををこすまじき也

一 われは阿彌陀佛をこそたのみたれ。念佛をこそ信じたれとて。諸佛菩薩の悲願をかろしめたてまつり。法華般若等の。めてたき經ともを。わろくおもひそしる事はゆめあるへからず。よろづのほとけたちを。そしり。もろしやうげうをうたかひそしりたらんずるつみは。まづ阿彌陀佛の御心にかなふまじければ。念佛すとも悲願にもれん事はいちぢやうなり

一 つみをつくらじと身をつつしみてよからんとするは。阿彌陀ほとけの願をかろしむるにてこそあれ。又念佛をおほく申さんとて。日々に六萬遍などをくりゐたるは。他力をうたがふにてこそあれといふ事のおほくきこゆる。かやうのひが事ゆめもちふへからずまづいづれのところにか。阿彌陀佛はつみつくれとすゝめ給ひける。ひとへにわが身に惡をもとゞめえず。つみのみつくりゐたるまゝに。かゝるゆくゑほとりもなきそらごとをたくみいだして。ものもしらぬなんによのともからを。すかしほからして。ざいごふをすゝめ。ぼんなうををこさしむる事。かへすてんのたぐひなり。だうのしわざなり。往生極樂のあたかたきなりとおもふべし。又念佛のかすをおほく申すものを。自力をはげむといふ事。これ又ものもおほえずあさましきひが事也。たゞ一念二念をとなふとも。自力の心ならん人は。自力の念佛とすへし。千遍萬遍をとなふとも。百日千日よるひるはげみつとむとも。ひとへに願力をたのみ。他力をあふきたらん人の念佛は。聲々念々しかしなから他力の念佛にてあるへし。されは三心ををこしたる人の念佛は。日々夜々時々剋々にとなふれとも。しかしなから願力をあふき。他力をたのみたる心にてとなへゐたれは。かけてもふれても。自力の念佛とはいふへからす

一 三心と申すことをしりたる人の念佛に。三心具足してあらん事は左右にをよばず。つや三心の名をだにもしらぬ。無智のともからの念佛には。よも三心は具し候はじ。三心かけは往生し候なんやと申す事。きはめたる不審にて候へとも。これは阿彌陀ほとけの法藏菩薩のむかし五劫のあひた。よるひる心をくだきて案じたてゝ。成就せさせ給ひたる本願の三心なれば。あだしくいふべき事にあらず。いかに無智ならん者もこれを具し。三心の名をしらぬものまても。かならすそらに具せんずるやうえらはせ給ひたる三心なれば。阿彌陀佛をたのみたてまつりて。すこしもうたかふ心なくして。この名號をとなふれは。あみたほとけかならずわれをむかへて。極樂にゆかせ給ふときゝて。これをふかく信して。すこしもうたかふ心なく。むかへさせ給へとおもひて念佛すれは。この心がすなはち三心具足の心にてあれば。たゞひらに信じてだにも念佛すれば。すゞろに三心はあるなり。さればこそよにあさましき一文不通のともからのなかに。ひとすちに念佛するものは。臨終正念にして。めてたき往生をするは。現にしようあらたなる事なれば。つゆちりもうたかふべからず。中よくもしらぬ三心沙汰して。あしさまに心えたる人は。臨終のわろくのみありあひたる。それにてたれも心うへきなり

一 ときべつの念佛を修して。心をも身をもはげましととのへすすむへき也。日々に六萬遍を申せは七萬遍をとなふればとて。たゞあるもいはれたる事にてはあれとも。人の心さまは。いたく目もなれ。耳もなれぬれは。いそとすゝむ心もなく。あけくれ心いそかしきやうにてのみ。疎略になりゆく也。その心をためなをさんりやうに。時々別時の念佛はすへき也。しかれはぜんだうくわしやうも。ねんころにすゝめ給ひ。しんの往生要集にも。すゝめさせ給ひたる也。道場をもひきつくろひ。かうをもまいらせん事。ことにちからのたへむにしたかひてかざりまいらせて。わが身をもことにきよめて道場にいりて。あるひは三時あるひは六時などに念佛すべし。もし同行などあまたあらん時は。かはるいりて不斷念佛にも修すべし。かやうの事はをのことがらにしたかひてはからふべし。さて善導のおほせられたるは。月の一日より八日にいたるまで。或は八日より十五日にいたるまで。或は十五日より廿三日にいたるまて。或は廿三日よりみそかにいたるまでと。おほせられたり。をのさしあはざらん時をはからひて。七日の別時をつねに修すへし。ゆめすゞろ事ともいふものにすかされて。不善の心あるべからず

一 いかにも最後の正念を成就して目には阿彌陀ほとけを見たてまつり。口には彌陀の名號をとなへ。心にはしやうじゆらいかうをまちたてまつるへし。としころ日ころいみじく念佛の功をつみたりとも。臨終に惡緣にもあひ。あしき心もをこりぬるものならば順次の往生しはづして。一生二生なりとも。三生四生なりとも。生死のながれにしたがひてくるしからん事はくちをしき事ぞかし。されば善導和尙すゝめておほせられたる様は。願弟子等臨命終時乃至上品往生阿彌陀佛國とあり。いよ臨終の正念はいのりもし。ねがふべき事也。臨終の正念をいのるは。彌陀の本願をたのまぬ者ぞなど申すは。善導には。いかほどまさりたるがくしやうぞとおもふべき也。あなあさましおそろし

一 念佛は。つねにおこたらぬが。一定往生する事にてある也。されば善導すゝめての給はく。一發心已後誓畢此生退轉唯以淨土期又云一心専念彌陀名號行住坐臥不時節久近念念不捨者是名正定之業彼佛願故といへり。かやうにすゝめましたる事はあまたおほけれとも。ことくにかきのせす。たとむへし。あふぐへし。さらにうたがふべからず

一 げにしく念佛を行して。げにしき人になりぬれば。よろづの人を見るに。みなわが心にはをとりたり。あさましくわろければ。わが身のよきまゝには。ゆゝしき念佛者にてある物かな。たれにもすぐれたりと思ふ也。この事をはよくこゝろえてつゝしむべき也。世もひろし。人もおほければ。山のおくはやしなかにこもりゐて。人にもしられぬ念佛者の。たふとくめてたき。さすがにおほくあるを。わがきかずしらぬにてこそあれ。されば。われほどの念佛者よもあらじと思ふはひが事也。だいけうまんにてあれは。それをたよりにて。えんつきて。往生をさまたくる也。さればわが身のいみじくて。つみをも滅し極樂へもまいらばこそあらめ。ひとへに阿彌陀佛の願力にてこそ煩惱をも罪業をもほろぼしうしなひて。かたしけなく彌陀ほとけの。てつからみづからむかへとりて。極樂へかへらせましますことなれ。さればわがちからにて往生する事ならばこそわれかしこしといふ慢心をばをこさめ。もしけうまんの心だにもをこりなば。たちところに阿彌陀ほとけの願にはそむきぬるものなれば。彌陀も諸佛も護念し給はすなりぬれば。悪魔のためにもなやまさるゝ也。かへすけうまんの心ををこすへからず。あなかしこ

〈七箇條の起請文 終わり〉

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