ルカに因る聖福音 2
一 イイスス安息日の一の宰なるファリセイの家に入りて、餅を食ふことありしに、人々彼を窺へり。
二 爰に水腫病を疾める人の彼の前に立てるあり。
三 イイスス律法師及びファリセイ等に問ひて曰へり、安息日に医を施すは宜しきか。
四 彼等黙然たり。彼は其人に触れて、之を医して、去らしめたり。
五 又彼等に謂へり、爾等の中誰か驢或は牛の井に陥ることあらんに、安息の日にも直に之を曳き出さざらんか。
六 彼等之に対ふる能はざりき。
七 招かれたる者の首座を択べるを見て、譬を設けて彼等に謂へり、
八 爾人より婚筵に招かれん時、首座に坐する勿れ、恐らくは爾より尊き者の招かるるありて、
九 爾と彼とを招きし者來りて、爾に謂はん、斯の人に座を譲れと、其時爾等羞ぢて、末座に就かん。
一〇 乃招かれん時、往きて末座に坐せよ、爾を招きし者來らん時、爾に、友よ、上座に進めと言はん爲なり、其時爾同席者の前に於て栄あらん。
一一 蓋凡そ自ら高くする者は卑くせられ、自ら卑くする者は高くせられん。
一二 又彼を招きし者に謂へり、爾午餐或は晩餐を設くる時、爾の朋友をも、兄弟をも、親戚をも、富める隣をも、招く勿れ、恐らくは彼等も亦爾を招きて、爾報を受けん。
一三 乃筵を設くる時貧乏、廃疾、跛者、瞽者を招け、
一四 然らば彼等が爾に報ゆる能はざるに因りて、爾福なり、義者の復活の時に爾報を得んとすればなり。
一五 彼と偕に席坐せる一人、此を聞きて、彼に謂へり、神の國に於て餅を食はん者は福なり。
一六 彼は之に謂へり、或人大なる晩餐を設けて、多くの者を招きたり。
一七 晩餐の時に及び、其僕を遣して、招かれたる者に謂へり、來れ、蓋一切已に備はれり。
一八 彼等皆同じく辞したり。第一の者曰へり、我田地を買ひたり、往きて之を見んことを要す、請ふ、我が辞するを允せ。
一九 他の者曰へり我牛五耦を買ひたり、是を試みん爲に往く、請ふ、我が辞するを允せ。
二〇 又他の者曰へり、我妻を娶りたり、是の故に來る能はず。
二一 其僕歸りて、之を主に告げたれば、家主怒りて、其僕に謂へり、速に邑の衢と巷とに出でて、貧乏、廃疾、跛者、瞽者を此に引き來れ。
二二 僕曰へり、主よ、爾の命ぜし如く行ひたれども、尚余れる座あり。
二三 主は僕に謂へり、道路及び藩籬の間に出でて、入らんことを説得して、我が家に盈たしめよ。
二四 蓋我爾等に語ぐ、彼の招かれたる人は、一も我が晩餐を嘗めざらん。蓋召されたる者は多けれども、選ばれたる者は少し。
二五 衆くの民彼と偕に行けるに、彼は顧みて、之に謂へり、
二六 人若し我に來りて、其父母、妻子、兄弟、姉妹又己の生命をも憎まずば、我が門徒と爲るを得ず。
二七 己の十字架を任ひて、我に従はざる者も、亦我が門徒と爲るを得ず。
二八 蓋爾等の中孰か塔を建てんと欲して、先づ坐して、其資金の之を成すに足れるかを計らざらん。
二九 恐らくは其基を置きて、終ふること能はずば、見る者皆彼を哂ひて曰はん。
三〇 此の人建て始めて、終ふること能はざりきと。
三一 或は何れの王か出でて、他の王と戦はんに、先坐して、一萬を以て夫の二萬を率ゐて來り攻むる者に敵するを得るかを籌らざらん。
三二 然らずば、敵の尚遠く在る時彼使を遣して、和を請はん。
三三 是くの如く爾等の中、凡そ其有てる所を捨てざる者は、我が門徒と爲るを得ず。
三四 塩は善き物なり、然れども塩若し其味を失はば、何を以て之を鹹くせん、
三五 地にも肥料にも宜しからず、惟之を外に棄つ。耳ありて聴くを得る者は聴くべし。
一 税吏及び罪人等はイイススに聴かん爲に、皆彼に近づけり。
二 ファリセイ等と學士等と之を怨みて曰へり、彼は罪人等を納れて、之と共に食す。
三 彼此の譬を設けて彼等に曰へり、
四 爾等の中何人か、一百の羊ありて、其一を失はば、九十九を野に舎き、往きて、亡はれし者を獲るに至るまで之を尋ねざらんや、
五 之を獲て、喜びて己の肩に任ひ、
六 家に歸りて、其友及び隣を呼び集めて、彼等に謂はん、我と共に喜べ、蓋我は亡はれし羊を獲たりと。
七 我爾等に語ぐ、是くの如く天には一の悔い改むる罪人の爲の喜は、悔改を要せざる九十九の義人の爲の喜に勝らん。
八 或は何の婦か、金銭十枚ありて、其一枚を失はば、灯を燃し、室を掃ひ、獲るに至るまで、勤めて尋ねざらんや、
九 之を獲て、其友の及び隣を呼び集めて曰はん、我と共に喜べ、蓋我は失ひし金銭を獲たりと。
一〇 我爾等に語ぐ、是くの如く神の使等の前には、一の悔い改むる罪人の爲に喜あり。
一一 又曰へり、或人に二の子あり、
一二 其次子父に謂へり、父よ、我が得べき産業の分を我に與へよ、父其産業を彼等に分てり。
一三 幾日も経ざるに、次子は其得たる者を尽く集めて、遠き地に旅行し、彼處に放蕩に生活して、其産業を浪費せり。
一四 尽く耗ししに及びて、其地に大なる飢饉起り、彼始めて乏しきを覚えたり。
一五 乃往きて、其地の住民の一に身を寄せたれば、其人彼を田に遣して豕を牧はしめたり。
一六 彼は豕の食ふ豆莢を以て、其腹を充たさんと欲したれども、彼に與ふる者なかりき。
一七 遂に自ら省みて曰へり、我が父には幾何かの傭人の糧に余れるあるに、我は飢ゑて亡ぶ。
一八 起ちて、我が父に往きて、之に謂はん、父よ、我天及び爾の前に罪を獲たり、
一九 既に爾の子と稱へらるるに堪へず、我を爾が傭人の一の如く爲せと。
二〇 乃起ちて、其父に往けり。尚遠く在りし時、其父彼を見て憫み、趨り前みて、其頚を抱きて、彼に接吻せり。
二一 子は之に謂へり、父よ、我天及び爾の前に罪を獲たり、既に爾の子と稱へらるるに堪へず。
二二 然れども父は其諸僕に謂へり、最も美しき衣を出して、彼に衣せよ、指鐶を其手に、履を其足に施せ。
二三 且肥えたる犢を牽きて、之を宰れ、我等食ひ樂しまん。
二四 蓋此の我が子は死して復生き、失はれて又得られたり。是に於て彼等樂しめり。
二五 適其長子田に在りしが、歸りて、家に近づける時、樂と舞とを聞きたれば、
二六 一の僕を呼びて、是れ何事ぞと問ひしに、
二七 彼曰へり、爾の弟來りしなり、爾の父は、其恙なくして彼を得たるに因りて、肥えたる犢を宰りたり。
二八 長子怒りて、入るを欲せざりき。其父出でて、彼に勧めしに、
二九 彼父に答へて曰へり、視よ、我多年爾に事へて、未だ嘗て爾の命に違はざれども、爾未だ嘗て小山羊を我に與へて、我を友と共に樂しましめざりき。
三〇 然るに此の爾の子、妓と共に爾の産業を耗しし者の來たりし時は、爾彼の爲に肥えたる犢を宰れり。
三一 父彼に謂へり、子よ、爾は常に我と偕に在り、我に屬する者は皆爾に屬す。
三二 惟此の爾の弟は死して復生き、失はれて、又得られたるが故に、我等喜び樂しむべきなり。
一 イイスス又其門徒に謂へり、或富める人に管理者ありて、其主の産業を耗すと彼に訴へられたり。
二 主彼を呼びて曰へり、我が爾に付きて聞く事は斯れ何ぞや、管理の報告を出せ、蓋爾は仍管理するを得ず。
三 管理者意に謂へり、我が主我より管理の職を奪ふ、我何を爲さんか、鋤くには力なく、乞ふは耻づ。
四 我爲すべき事を知る、我が管理の職の解かれん時、人々に我を其家に接けしめん爲なりと。
五 乃其主の負債者を一一呼びて、其第一の者に謂へり、爾我が主に負ふこと幾何ぞ。
六 曰へり、油百斗なり。彼に謂へり、爾の券を取り、亟に坐して、五十と書け。
七 次に他の者に謂へり、爾負ふこと幾何ぞ。曰へり、麦百斛なり。彼に謂ふ、爾の券を取りて、八十と書け。
八 主は不義なる管理者を誉めたり、其爲しし事の巧なるが故なり、蓋此の世の諸子は、其族類に於て、光の諸子に較ぶれば更に巧なり。
九 我も爾等に語ぐ、不義の財を以て、己の爲に友を求めよ、爾等の匱からん時、彼等が爾等を永遠の宅に接けん爲なり。
一〇 少き事に於て忠なる者は、多き事に於ても忠なり、少き事に於て不義なる者は、多き事に於ても不義なり。
一一 故に爾等若し不義の財に於て忠ならずば、誰か爾等に真の財を託せん。
一二 若し他に屬する者に忠ならずば、誰か爾等に屬する者を爾等に與へん。
一三 僕は二人の主に事ふる能はず、蓋或は此を惡み、彼を愛し、或は此を重んじて、彼を軽んぜん。爾等は神と財とに兼ね事ふる能はず。
一四 利を好むファリセイ等も悉く之を聞き、而して彼を哂へり。
一五 彼は之に謂へり、爾等人々の前に己を義と爲す、然れども神は爾等の心を知れり、蓋人々の中に高しとする事は、神の前に惡むべきなり。
一六 律法と預言者とはイオアンに至りて止れり、其時より神の國は福音せられ、人々力を用ゐて之に進む。
一七 然れども天地の廃するは、律法の一画の闕くるに較ぶれば、更に易し。
一八 凡そ其妻を出して、他に娶る者は、姦淫を行ふなり、夫に出されたる婦を娶る者も、亦姦淫を行ふなり。
一九 富める人あり、紫袍と細布とを衣、日々奢り樂めり。
二〇 亦貧しき者ラザリと名づくるあり、全身腫物を病みて、富める人の門に臥し、
二一 其食卓より遺つる屑を以て、腹を果たさんと欲せり、犬も來りて、其腫物を舐れり。
二二 貧しき者死して、天使等に因りてアウラアムの懐に送られ、富める者も死して葬られたり。
二三 地獄の苦の中に在りて、彼其目を擧げて、遙にアウラアム及び其懐に在るラザリを見たり。
二四 乃呼びて曰へり、父アウラアムよ、我を憐み、ラザリを遣して、其指の尖を水に蘸して、我が舌を涼さしめよ、蓋我此の焔の中に苦む。
二五 然れどもアウラアム曰へり、子よ、爾は存命の時爾の善を受け、ラザリは同じく其惡を受けたりしを憶へ、今彼は此に慰み、爾は苦む。
二六 第此のみならず、爾等と我等との間に巨なる淵は限れり、故に此より爾等に渉らんと欲する者は能はず、彼よりも我等に渉るを得ず。
二七 彼曰へり、然らば父よ、請ふ、ラザリを我が父の家に遣せ、
二八 蓋我に五人の兄弟あり、彼をして其前に証を爲さしめよ、彼等も此の苦の處に來らざらん爲なり。
二九 アウラアム之に謂ふ、彼等にモイセイ及び預言者あり、之に聴くべし。
三〇 彼曰へり、否、父アウラアムよ、然れども若し死の中より彼等に往く者あらば、彼等悔改せん。
三一 アウラアム曰へり、若しモイセイ及び預言者に聴かずば、縦ひ死より復活する者ありとも信ぜざらん。
一 イイスス又其門徒に謂へり、誘惑は來らざるを得ず、惟之を來す者は禍なる哉。
二 人此の小子の一人を罪に誘はんよりは、寧磨石を其頚に懸けられて、海に投ぜられん。
三 己を慎め、若し爾の兄弟爾に罪を獲ば、彼を戒めよ、若し悔いば、彼に免せ。
四 若し一日に七次爾に罪を獲、亦一日に七次自ら省みて、我悔ゆと曰はば、彼に免せ。
五 使徒等主に謂へり、我等に信を益せ。
六 主曰へり、若し爾等に芥種の如き信あらば、此の桑に、抜けて海に植われと言ふとも、爾等に聴かん。
七 孰か爾等の中に耕へし、或は畜を牧ふ僕あらんに、其田より歸りて後、之に直に來りて席坐せよと云ふ者あらんや、
八 豈彼に曰はずや、我が晩餐を備へ、我の食飮する間、帯を束ねて我に事へ、後爾食飮せよと。
九 彼は其僕が命ぜられしことを行ひし爲に、之に謝せんか、我之を意はず。
一〇 是くの如く爾等も、凡そ爾等に命ぜられし事を行ひし時には謂へ、我等は無益の僕なり、行ふべき事を行ひしのみと。
一一 彼イエルサリムに往くに、サマリヤとガリレヤとの間を経たり。
一二 或村に入る時、癩病者十人彼を迎へ、遠く立ちて、聲を揚げて曰へり、
一三 イイスス夫子よ、我等を憐め。
一四 イイスス彼等を視て、曰へり、往きて、己を司祭等に示せ。彼等往く時潔まれり。
一五 其中一人、己の愈されしを見て、返りて、大聲を以て神を讃栄し、
一六 イイススの足下に俯伏して感謝せり、彼はサマリヤの人なり。
一七 イイスス曰へり、潔まりし者は十人に非ずや、其九は何處に在るか、
一八 此の異族人の外、如何ぞ返りて、光栄を神に歸せざる。
一九 又彼に謂へり、起ちて往け、爾の信は爾を救へり。
二〇 ファリセイ等に、神の國は何の時に來ると問はれて、彼等に答へて曰へり、神の國は顯に來らず、
二一 人々、視よ、此處に在り、或は視よ、彼處に在りと、曰はざらん。蓋視よ、神の國は爾等の衷に在り。
二二 又門徒に謂へり、爾等人の子の一日を見んと欲す時至らん、而して之を見ざらん。
二三 人々爾等に、視よ、此處に在り、或は視よ、彼處に在りと謂はん、往く勿れ、従ふ勿れ。
二四 蓋電が天の此の涯より閃きて、天の彼の涯にまで光るが如く、人の子も其日に是くの如くならん。
二五 然れども彼は先づ多く苦を受けて、此の世に棄てらる可し。
二六 ノイの日に在りし如く、人の子の日にも是くの如くならん。
二七 人々食ひ飮み、娶り嫁ぎて、ノイの方舟に入る日に至り、洪水來りて、尽く彼等を滅せり。
二八 同じく又ロトの日に在りし如し人々食ひ飮み、買ひ売り、樹ゑ、構造せり、
二九 然れどもロトがソドムより出でし日、天より火と硫黄と雨りて、尽く彼等を滅せり。
三〇 人の子の顯るる日にも亦是くの如くならん。
三一 當日屋の上に在らん者は、其器家に在らば、之を取らん爲に下る可からず、田に在らん者も、同じく後へ歸る可からず。
三二 ロトの妻を記憶せよ。
三三 己の生命を救はんと求むる者は、之を喪はん、之を喪ふ者は、之を存せん。
三四 我爾等に語ぐ、其夜二人榻を同じくせんに、一人は取られ、一人は遺されん。
三五 二人の婦共に磨を旋かんに、一人は取られ、一人は遺されん。
三六 二人田に在らんに、一人は取られ、一人は遺されん。
三七 彼等問ひて曰く、主よ、何處にか之れ有る。彼は之に謂へり、屍の在る所には、鷲集らん。
一 イイスス又譬を設けて、彼等に恒に祈禱して倦むべからざることを言へり、
二 曰く、或邑に裁判官あり、神を畏れず、人に耻ぢず。
三 其邑に一の嫠あり、彼に來りて曰へり、我を我が仇より援けよ。
四 彼久しく肯はざりしが、其後自ら思ひて曰へり、我神を畏れず、人に耻ぢずと雖、
五 此の嫠我を煩はすに因りて、我之を援けん、其恒に來りて、我に聒しくせざらん爲なり。
六 主曰へり、不義なる裁判官の言ふ所を聴け。
七 神は昼夜彼に呼ぶ所の其選びたる者を、久しく忍ぶとも、遂に援けざらんや。
八 我爾等に語ぐ、速に彼等に援けん。然れども人の子來りて、信を地に見んや。
九 又己を義なりと信じて、他人を藐る者に、此の譬を語れり。
一〇 二人祈禱せん爲に殿に登れり、一はファリセイ、一は税吏なり。
一一 ファリセイ立ちて、己の衷に斯く禱れり、神よ、我爾に感謝す我他人の残酷、不義、姦淫なる如く、或は此の税吏の如くならざるを以てなり。
一二 我一七日に、二次斎し、凡そ得る所の十分の一を献ぐと。
一三 税吏は遠く立ちて、敢て目を擧げて天を仰がず、乃膺を拊ちて曰へり、神よ、我罪人を憐めと。
一四 我爾等に語ぐ、此の人は彼の人よりは義とせられて、家に歸れり。蓋凡そ自ら高くする者は卑くせられ、自ら卑くする者は高くせられん。
一五 嬰兒を彼に攜へ來れるあり、彼等に触れん爲なり、門徒見て、之を戒めたり。
一六 然れどもイイスス彼等を呼びて曰へり、幼兒の我に就くを容せ、之に禁ずる勿れ、蓋神の國は是くの如き者に屬す。
一七 我誠に爾等に語ぐ、幼兒の如くに神の國を承けざる者は、之に入るを得ず。
一八 或宰彼に問ひて曰へり、善なる師よ、我永遠の生命を嗣がん爲に何を爲すべきか。
一九 イイスス彼に謂へり、爾は何ぞ我を善と稱ふる、独神より外に善なる者なし。
二〇 爾は誡を識れり、淫する毋れ、殺す毋れ、窃む毋れ、妄証する毋れ、爾の父母を敬へ。
二一 彼曰へり、我幼きより皆之を守れり。
二二 イイスス之を聞きて、彼に謂へり、爾に猶一の足らざる事あり、悉く爾の所有を售りて、貧者に施せ、然らば財を天に有たん、且來りて我に従へ。
二三 彼之を聞きて、甚憂ひたり、巨に富める故なり。
二四 イイスス其甚憂ひたるを見て曰へり、富を有つ者の神の國に入るは難き哉。
二五 蓋駱駝が針の孔を穿るは、富める者が神の國に入るより易し。
二六 之を聞きし者曰へり、然らば誰か能く救はれん。
二七 彼曰へり、人には能せざる所、神には能すなり。
二八 ペトル曰へり、視よ、我等一切を舎てて、爾に従へり。
二九 イイスス彼等に謂へり、我誠に爾等に語ぐ、神の國の爲に家、或は父母、或は兄弟、或は姉妹、或は妻、或は子を舎て、
三〇 而して斯の時に多倍を受け、未來の世に永遠の生命を受けざる者あらず。
三一 十二門徒を招きて、彼等に謂へり、視よ、我等イエルサリムに上る、而して預言者に因りて人の子を指して録されし事皆成らん。
三二 蓋彼は異邦人に付され、嘲られ、辱められ、唾せられん。
三三 人彼を鞭ち、彼を殺さん、而して第三日に彼復活せん。
三四 然れども彼等少しも之を曉らざりき、斯の言は彼等の爲に隱れて、彼等謂はれし事を知らざりき。
三五 彼がイエリホンに近づける時、或瞽者道の旁に坐して乞へり。
三六 民の過ぐるを聞きて、是れ何事ぞと問へば、
三七 人々彼にイイスス ナゾレイの過ぐるなりと告げたり。
三八 彼呼びて曰へり、ダワィドの子イイススよ、我を憐め。
三九 前に行く者彼を禁めて黙さしむれども、彼愈大に呼べり、ダワィドの子よ、我を憐め。
四〇 イイスス止りて、彼を攜へ來るを命じ、其近づきし時、之に問ひて
四一 曰へり、我が爾に何を爲さんことを欲するか。彼曰へり、主よ、我が見るを得んことを。
四二 イイスス彼に謂へり、見るを得よ、爾の信は爾を救へり。
四三 彼直に見るを得、神を讃栄して、イイススに従へり。衆民是を見て、讃美を神に歸せり。
一 イイスス イエリホンに入りて過ぎ行けり。
二 視よ、ザクヘイと名づくる者あり、税吏の長にして富める者なり。
三 イイススの如何なる人たるを見んと欲したれども、人の衆きに因りて見るを得ざりき、身の長短ければなり。
四 乃趨り前みて、彼を見ん爲に無花果樹に升れり、彼此の旁を過ぎんとすればなり。
五 イイスス此の處に來りし時、仰ぎて、之を見て曰へり、ザクヘイよ、速に下れ、蓋我今日爾の家に寓るべし。
六 彼急ぎ下り、喜びてイイススを接けたり。
七 人皆之を見て、怨みて曰へり、彼往きて罪人の客と爲れり。
八 ザクヘイ立ちて、主に謂へり、主よ、我所有の半を以て、貧しき者に施さん、若し誣ひて人より収りしことあらば、四倍にして之を償はん。
九 イイスス彼に謂へり、今日救は此の家に臨めり、此の人もアウラアムの子なればなり。
一〇 蓋人の子は亡びし者を尋ねて救はん爲に來れり。
一一 彼等が之を聞く時、イイスス又譬を設けたり、蓋彼已にイエルサリムに近づき、彼等は神の國直に顯るべしと意へり。
一二 故に彼曰へり、或貴き人遠き地に往けり、國を受けて歸らん爲なり。
一三 往く時十人の僕を召して、彼等に銀十斤を與へて曰へり、我が歸るまで貿易せよ。
一四 其國民彼を憎みて、後より使を遣して曰へり、我等は斯の人の我等に王たるを欲せず。
一五 彼が國を受けて歸りし時、彼の銀を與へし諸僕を召すことを命じたり、各幾何か利を獲たるを知らん爲なり。
一六 第一の者來りて曰へり、主よ、爾の一斤は十斤を獲たり。
一七 主彼に謂へり、善い哉、善なる僕よ、爾は小き者に於て忠なりしに因りて、十の邑を宰れ。
一八 其次の者來りて曰へり、主よ、爾の一斤は五斤を獲たり。
一九 之にも謂へり、爾の五の邑を宰れ。
二〇 又其次の者來りて曰へり、主よ、爾の一斤は此に在り、我巾に裏みて之を護れり、
二一 爾を畏れし故なり、蓋爾は厳酷なる人にして、置かざりし者を取り、播かざりし者を穫る。
二二 主彼に謂ふ、惡しき僕よ、我爾の口に依りて爾を鞫かん、爾は我が厳酷なる人にして、置かざりし者を取り、播かざりし者を穫るを知りたらば、
二三 何ぞ我が銀を兌銭肆に預けざりし、然せば我來りて、之を利と與に受けしならん。
二四 遂に前に立てる者に謂へり、彼より一斤を取りて、十斤を有てる者に與へよ。
二五 彼等曰へり、主よ、彼已に十斤を有てり。
二六 曰く、我爾等に語ぐ、凡そ有てる者には與へられ、有たざる者よりは、其有てる物も奪はれん。
二七 且彼の我が敵、我が彼等に王たるを欲せざりし者を、此に曳き來りて、我が前に誅せよ。
二八 之を謂ひ畢りて、イイスス前に行き、イエルサリムに向ひて上れり。
二九 橄欖山と名づくる山に邇く、ワィファギヤ及びワィファニヤに近づきし時、彼二人の門徒を遣して
三〇 曰へり、前なる村に往け、其内に入らば、繋ぎたる小驢、人の未だ曽て乗らざりし者に遇はん、之を解きて牽き來れ。
三一 若し爾等に何爲れぞ解くと問ふ者あらば、斯く彼に言へ、主之を需むと。
三二 遣されし者往きて、彼が言ひし如き事に遇へり。
三三 小驢を解く時、其主彼等に謂へり、何ぞ小驢を解く。
三四 彼等曰へり、主之を需む。
三五 乃之をイイススに牽き來り、己の衣を小驢に掛け、イイススを其上に乗せたり。
三六 彼が行く時、人々己の衣を道に布けり。
三七 已に橄欖山より下路に近づける時、大衆の門徒は喜びて、其見し所の悉くの異能の爲に、大聲に神を讃美して
三八 曰へり、主の名に因りて來る王は祝福せらる、天には和平、至高きには光栄と。
三九 民の中より或ファリセイ等彼に謂へり、師よ、爾の門徒を禁めよ、
四〇 彼等は之に答へ曰へり、我爾等に語ぐ、若し彼等黙さば、石は呼ばん。
四一 既に近づきし時、城を見て、之が爲に哭きて
四二 曰へり、噫若し爾の日にだに、爾の平安に関する事を知りたらんには。然れども此れ今爾の目に隱れたり。
四三 蓋日爾に至りて、爾の敵は壘を築きて、爾を繞り、四方より爾を攻め、
四四 爾及び爾の中に爾の諸子を滅し、爾の中に石を石の上に遺さざらん、爾の眷顧の時を爾知らざりしに因りてなり。
四五 遂に殿に入りて、其中に貿易する者を逐ひ出して、
四六 彼等に謂へり、我が家は祈禱の家なりと録されたるに、爾等之を盗賊の巣窟と爲せり。
四七 乃日々殿に在りて、敎を宣べたり、司祭諸長、學士等、及び民の長老等彼を滅さんと謀りたれども、
四八 爲す可き所を知らざりき、蓋民皆離れずして彼に聴けり。
一 當時の一日、イイスス殿に在りて民を敎へ、福音を宣ぶるに司祭諸長及び學士等は長老等と共に就きて、彼に謂へり、
二 我等に語げよ、爾何の權を以て是を行ふか、或は誰か爾に此の權を與へたる。
三 彼は之に答へて曰へり、我も亦一言爾等に問はん、我に語げよ、
四 イオアンの洗禮は天よりせしか、抑人よりせしか。
五 彼等窃に議して曰へり、若し天よりと云はば爾何ぞ彼を信ぜざりしと云はん、
六 若し人よりと云はば、民皆石を以て我等を撃たん、イオアンを預言者と信ずればなり。
七 遂に答へて曰へり、奚れよりせしを知らず。
八 イイスス彼等に謂へり、我も何の權を以て是を行ふを爾に語げざらん。
九 是に於て彼は此の譬を民に語れり、或人葡萄園を植ゑ、之を園丁に託して、他方に往きて久しく居たり。
一〇 期に及びて、彼は僕を園丁に遣して、彼に葡萄の實を與へしめんとせしに、園丁之をうちて、空しく返らしめたり。
一一 復他の僕を遣ししに、彼等之をもうち、辱めて、空しく返らしめたり。
一二 又第三の者を遣ししに、之をも傷つけて、逐ひ出せり。
一三 其時葡萄園の主曰へり、我何を爲さんか、我が至愛の子を遣さん、或は彼を見て愧ぢんと。
一四 然れども園丁彼を見て、相議して曰へり、此れ嗣子なり、往きて彼を殺さん、其嗣業の我等の有とならん爲なり。
一五 乃彼を葡萄園の外に曳き出して殺せり。然らば葡萄園の主は彼等に何を爲さんか。
一六 彼來りて、其園丁を滅し、葡萄園を他の者に託せん。之を聞きし者曰へり、願はくは此れ有らざらん。
一七 然るにイイスス彼等に目を注ぎて曰へり、録して、工師が棄てたる石は屋隅の首石と爲れりと、云ふは何ぞや。
一八 凡そ此の石の上に倒るる者は壊られ、此の石の其上に墜つる者は砕かれん。
一九 斯の時司祭諸長と學士等とは彼に手を措かんと謀りたれども、民を懼れたり、其彼等を指して、此の譬を語りしを覚りたればなり。
二〇 乃彼を窺ひて、義者の爲をなせる間者を遣して、言に因りて彼を羅せんと欲せり、彼を有司に、及び方伯の權威に解さん爲なり。
二一 彼等問ひて曰へり、師よ、我等は爾が正しく言ひ且敎へ、貌を以て人を取らず、乃真に神の道を敎ふるを知る。
二二 我等税をケサリに納むるは宜しや否や。
二三 イイスス彼等の惡意を知りて曰へり、何ぞ我を試みる、
二四 銀一枚|まい}}を我に示せ、斯に誰の像と号あるか。答へて曰へり、ケサリの。
二五 彼は之に謂へり、然らばケサリの物をケサリに納め、神の物を神に納めよ。
二六 彼等民の前に其言を執ふるを得ず、其答を奇として黙然たり。
二七 又復活なしと言ふサッドゥケイ等の数人彼に就きて、問ひて
二八 曰く、師よ、モイセイ我等の爲に書して云へり、若し人の兄弟妻あり、子なくして死せば、兄弟其妻を娶りて、其兄弟の嗣を興すべしと。
二九 兄弟七人ありしが、第一の者妻を娶り、子なくし死せり。
三〇 第二の者此の妻を娶り、亦子なくして死せり。
三一 第三の者も之を娶り、其七に至るまで皆然り、共に子を遺さずして死せり。
三二 其後妻も亦死せり。
三三 然らば復活の時、彼は其中誰の妻と爲らんか、蓋七人之を妻と爲せり。
三四 イイスス彼等に答へて曰へり、斯の世の諸子は娶るあり、嫁ぐあり、
三五 然れども彼の世、及び死より復活を得るに當れる者は娶るなく、嫁ぐなし、
三六 蓋已に死すること能はず、彼等は天使等と侔しく、且復活の子としては神の子なればなり。
三七 死者の復活することに付きては、モイセイも棘の篇に於て、主をアウラアムの神、イサアクの神、イアコフの神と稱ふるを以て之を顯せり。
三八 神は死者の神に非ず、乃生者の神なり、蓋彼に在りては皆生くるなり。
三九 或學士等答へて曰へり、師よ、爾の言ひし所善し。
四〇 是より敢て復彼に問ふ所なかりき。
四一 イイスス彼等に謂へり、人如何ぞハリストスをダワィドの子なりと云ふ。
四二 ダワィド自ら聖詠の書に云ふ、主我が主に謂へり、爾我が右に坐して、
四三 我が爾の敵を爾の足の凳と爲すに迄れと。
四四 斯くダワィドは彼を主と稱ふ、如何ぞ彼は其子たる。
四五 民皆聴く時、彼其門徒に謂へり、
四六 謹みて學士等を防げ、彼等は長き衣にて遊ぶを好み、街衢には問安、会堂には首座、筵には上席を喜ぶ、
四七 彼等は嫠の家を呑み、佯りて長き祈を爲す、彼等尤重き定罪を受けん。
一 イイスス目を擧げて、富める人々は其献金を献賽函に投ずるを見、
二 又一人の貧しき嫠の二レプタを投ずるを見て
三 曰へり、我誠に爾等に語ぐ、此の貧しき嫠は衆人より多く投じたり、
四 蓋彼等は皆其羨余より献金を神に投じ、彼は其乏しき所より、其有てる生計を尽く投じたり。
五 或が殿の事、其美しき石と奉納品とを以て飾りたる事を語れる時、彼曰へり、
六 日來らん、此の爾等が見る者の中、一の石も石の上に遺らずして、皆圯されん。
七 彼等問ひて曰へり、師よ、何の時に此の事有らんか、又此等の成らんとする時は、如何なる兆あるか。
八 彼曰へり、慎みて惑はさるる勿れ、蓋多くの者は我が名を冒して來たり、是れ我なりと云はん、時は邇づけり、彼等の後に従ふ勿れ。
九 爾等戦と乱とを聞かん時、懼るる勿れ、蓋此等の事は先づ有るべし、然れども末期は未だ速ならず。
一〇 其時彼等に謂へり、民は民を攻め、國は國を攻めん、
一一 處々に大なる地震、飢饉、疫病あり、畏るべき現象、及び大なる休徴天よりするあらん。
一二 凡そ此等の事の先に、人々其手を爾等に措き、爾等を窘逐して、会堂及び獄に解し、我が名の爲に爾等を諸王諸侯の前に曳かん。
一三 爾等が此の事に遇ふは証を爲さん爲なり。
一四 故に爾等の心を定めて、何を対へんと預め慮る勿れ。
一五 蓋我等に口と智慧とを與へて、凡そ爾等の仇をして辯駁敵対する能はざらしめん。
一六 爾等又父母兄弟、親戚、朋友より解され、且爾等の中或者は殺されん。
一七 爾等我が名の爲に衆人に憎まれん。
一八 然れども爾等の首の髪の一も喪びざらん。
一九 忍耐を以て爾等の靈を救へ。
二〇 爾等イエルサリムが軍に囲まれたるを見る時は、其亡の近づきしを知れ。
二一 其時イウデヤに在る者は山に遁るべし、城の中に在る者は此より出づべし、郷にある者は其中に入るべからず。
二二 蓋此れ復讐の日なり、凡そ録されし事は應はん爲なり。
二三 當日には妊める者と乳を哺まする者は禍なる哉、蓋大なる菑は地に在りて、怒は斯の民に及ばん。
二四 彼等は剣の刃に斃れ、又諸民の中に虜にせられん、イエルサリムは異邦民に蹂られて、異邦民の時の滿つるに迄らん。
二五 日月星辰には異象あり、地には諸民の煩悶と顛沛とあらん、海は轟きて濤たたん。
二六 人々畏懼に依り、又全地に來らんとする禍を俟つに依りて、気の絶ゆるあらん、蓋天勢は震ひ動かん。
二七 其時人の子が權能と大なる光栄とを以て、雲に乗りて來るを見ん。
二八 此等の事の成り始むる時、起きて爾等の首を翹げよ、蓋爾等の贖は近づけり。
二九 又譬を設けて彼等に謂へり、無花果樹及び凡の樹を観よ。
三〇 已に萌す時は、爾等之を見て、自ら夏の近きを知る。
三一 是くの如く爾等亦此等の事の成るを見ん時は、神の國の近きを知れ。
三二 我誠に爾等に語ぐ、此の世未だ逝かずして、此れ皆成るを得ん。
三三 天地は廃せん、然れども我が言は廃せざらん。
三四 自ら慎め、恐らくは爾等の心は饕餮、沈湎、及び度生の慮に鈍くせられて、彼の日突然爾等に至らん。
三五 蓋斯の日は網の如く、一切全地の面に住む者に臨まん。
三六 故に恒に儆醒して祈れ、此等來らんとする事を悉く遁れて、人の子の前に立つに堪へん爲なり。
三七 イイスス昼は殿に在りて敎を宣べ、夜は出でて、橄欖山と名づくる山に宿れり。民皆朝早く殿に來り、彼に就きて聴けり。
一 除酵節即逾越と名づくる節は近づけり。
二 司祭諸長と學士等とは如何にイイススを殺さんと謀れり、蓋民を畏れたり。
三 時にサタナは十二の一なるイウダ、稱してイスカリオトと云ふ者に入れり。
四 彼往きて、司祭諸長及び庶司と共に、如何にイイススを彼等に付さんことを語れり。
五 彼等喜びて、銀を彼に與へんことを約したれば、
六 彼諾ひて、民の在らざる時にイイススを彼等に付さん爲に、好き機を窺へり。
七 除酵日即逾越節の羔を宰るべき日至れり。
八 イイススはペトル及びイオアンを遣して曰へり、往きて、我等が食せん爲に逾越節筵を備へよ。
九 彼等曰へり、何處に之を備へんことを欲するか。
一〇 彼は之に謂へり、視よ、爾等が城に入る時、水を盛れる瓶を攜ふる人爾等に遇はん、之に随ひて、其入る所の家に入りて、
一一 家の主に語げよ、師爾に謂ふ、我が門徒と偕に逾越節筵を食すべき室は何處に在るかと。
一二 彼爾等に敷き飾りたる大なる楼を示さん、彼處に備へよ。
一三 彼等往きて、其言ひし若き事に遇ひて、逾越節筵を備へたり。
一四 時至りて、イイスス席坐し、十二使徒彼と偕にせり。
一五 彼等に謂へり、我苦を受くる先に、此の逾越節筵を爾等と偕に食せんことを甚望めり。
一六 蓋我爾等に語ぐ、我復之を食せずして、其神の國に成るに至らん。
一七 乃爵を執りて、感謝して曰へり、此を取りて、互に分て。
一八 蓋我爾等に語ぐ、我復葡萄の實より飮まずして、神の國の臨むに至らん。
一九 又餅を取り、感謝して之を擘き、彼等に與へて曰へり、是我の体、爾等の爲に付さるる者なり、爾等此を行ひて、我を記念せよ。
二〇 同じく晩餐の後に爵を執りて曰へり、此の爵は新約、爾等の爲に流さるる我が血を以て立つる者なり。
二一 視よ、我を売る者の手は我と偕に席上に在り。
二二 人の子は逝く、預め定められしが如し、惟彼を売る者は禍なる哉。
二三 彼等互に誰か此を爲さんとするを問へり。
二四 又彼等の中に、孰か大なると互に争ふことあり。
二五 彼は之に謂へり、諸王は其諸民を主り、民の上に權を執る者は恩主と稱へらる。
二六 然れども爾等は斯くある可からず、乃爾等の中に大なる者は、小き者の如く、首たる者は、役はるる者の如くなるべし。
二七 蓋孰か大なる、席坐する者か、役はるる者か、席坐する者に非ずや、然れども我は爾等の中に在りて役はるる者の如し。
二八 爾等我が患難の中に於て恒に我と偕にせり、
二九 我も亦爾等に國を遺し予ふ、我が父の我に遺し予へしが如し、
三〇 爾等が我が國に於て、我が席に食飮し、且位に坐して、イズライリの十二支派を審判せん爲なり。
三一 主又曰へり、シモンよ、シモンよ、視よ、サタナ爾等を麦の如く簸はんことを求めたり。
三二 然れども我爾の爲に、爾の信の尽きざらんことを禱れり、而して爾後に轉じて、爾の兄弟を堅めよ。
三三 対へて曰へり、主よ、我爾と偕に獄にも死にも往かんことを備へたり。
三四 彼曰へり、ペトル我爾に語ぐ、今日鶏の鳴かざる先に、爾三次我を諱みて、識らずと言はん。
三五 又彼等に謂へり、我が爾等を金嚢も、行袋も、履もなくして遣しし時、爾等缺けたることありしか。曰く、無かりき。
三六 彼曰へり、然れども今は金嚢ある者は、之を取れ、行袋も亦然り、剣なき者は、衣を売りて之を買へ。
三七 蓋我爾等に語ぐ、録して、罪犯者と偕に算へられたりと云へることも、我に於て應ふべし、蓋我を指して録されし事は終あり。
三八 彼等曰へり、主よ、視よ、此に二の剣あり。彼曰へり、足れり。
三九 乃出でて、例の如く、橄欖山に往けり、其門徒も彼に従へり。
四〇 其處に至りて、彼等に謂へり、祈禱して誘惑に入るを免れよ。
四一 自ら石の投げらるる程に彼等を離れ、膝を屈めて、禱りて
四二 曰へり、父よ、噫若し爾此の爵をして我を過ぎしめんことを肯じたらんには。然れども我の旨成らずして、爾の旨成るべし。
四三 天使は天より現れて、彼を堅めたり。
四四 彼痛く哀みて、禱ること愈切なり、其汗は血の滴の如く地に下れり。
四五 祈禱より起きて、門徒に來り、其憂に依りて寝ぬるを見て、
四六 彼等に謂へり、何ぞ寝ぬる、起きて祈禱せよ、誘惑に入らざらん爲なり。
四七 彼が尚言ふ時、見よ、民至り、十二の一、イウダと名づくる者、之に先だちて行き、イイススに就きて接吻せり。蓋此の号を彼等に與へたり、我が接吻せん者は、即斯の人なりと。
四八 イイスス之に謂へり、イウダよ、爾接吻を以て人の子を付すか。
四九 彼と偕に在りし者、事の及ばんとするを見て、彼に謂へり、主よ、我等剣を以て撃たんか。
五〇 其中の一人は司祭長の僕を撃ちて、其右の耳を削げり。
五一 イイスス答へて曰へり、此に之に至りて止めよ、乃其耳に捫りて、之を医せり。
五二 イイススは己に向ひ來れる司祭諸長と殿の庶司と長老等とに謂へり、爾等は盗賊に向ふ如く、剣と棒とを持ちて、我を捕らへん爲に出でたり。
五三 我日々爾等と偕に殿に在りしに、爾等我に手を措かざりき、然れども今は爾等の時及び黒暗の勢なり。
五四 既に彼を執へて、曳きて司祭長の家に至れり。ペトル遠く随へり。
五五 人々が中庭の内に火を燃きて、共に坐せし時、ペトルも其中に坐したり。
五六 一人の婢彼が火に向ひて坐せるを見、之に目を注ぎて曰へり、此の人も彼と偕にありき。
五七 然れども彼諱みて曰へり、女よ、我彼を識らず。
五八 少頃ありて、他の者彼を見て曰へり、爾も彼等の一人なり。ペトル曰へり、人よ、然らず。
五九 約一時を過ぎて、又一人言を力めて曰へり、實に此の人も彼と偕にありき、蓋是れガリレヤの人なり。
六〇 然れどもペトル曰へり、人よ、我爾が言ふ所を識らず。尚之を言ふ時、忽鶏鳴けり。
六一 主身を轉じて、ペトルに目を注ぎたれば、ペトル主の彼に、鶏の鳴かざる先に、爾三次我を諱まんと、云ひし言を憶ひ起して、
六二 外に出でて、痛く哭けり。
六三 イイススを執れる者戯れて、彼を扑てり。
六四 其目を蔽ひて、其面を批ち、問ひて曰へり、預言せよ、爾を撃ちし者は誰ぞ。
六五 其他多くの事を謂ひて、彼を誚れり。
六六 平旦に及びて、民の長老等と司祭諸長と學士等と集りて、彼を其公会に曳きて
六七 曰へり、爾はハリストスなるか、我等に告げよ。彼曰へり、我若し爾等に告げば、爾等信ぜざらん、
六八 若し爾等に問はば、爾等應へざらん、又我を釈さざらん。
六九 今より後人の子は神の大能の右に坐せん。
七〇 僉曰へり、然らば爾は神の子なるか。彼答へて曰へり、爾等言ふ、我は是なり。
七一 彼等曰へり、何ぞ復証を求めん、蓋我等自ら其口より聞けり。
一 衆皆起ちて、彼をピラトの前に曳き、
二 彼を訴へて曰へり、我等は此の人が我が民を惑はし、税をケサリに納むるを禁じ、自らハリストス王と稱ふるを見たり。
三 ピラト彼に問ひて曰へり、爾はイウデヤ人の王なるか。彼答へて曰へり、爾言ふ。
四 ピラト司祭諸長及び民に謂へり、我此の人に一も罪あるを見ず。
五 然れども彼等益奮ひて曰へり、彼民を乱し、全イウデヤに敎へて、ガリレヤより始め、此の處に至れり。
六 ピラトはガリレヤと聞きて、此の人はガリレヤ人なるかと問ひ、
七 既にして其イロドの權下に屬するを知りて、彼を當時同じくイエルサリムに在りしイロドに遣せり。
八 イロド イイススを見て、甚喜べり、蓋久しく彼を見んと欲せり、彼の事を多く聞き、且彼に由りて行はるる休徴を見ん事を望みたればなり。
九 故に多くの言を以て彼に問ひたれども、彼は何をも答へざりき。
一〇 司祭諸長と學士等と立ちて、彼を訴ふること甚切なり。
一一 然れどもイロドは其士卒と共に、彼を侮り、且嘲弄して、彼に鮮なる衣を衣せて、復彼をピラトに遣せり。
一二 是の日に於て、ピラト及びイロド互に親しくなれり、蓋先には相讎たりき。
一三 ピラトは司祭諸長、有司等、及び民を呼び集めて、
一四 彼等に謂へり、爾等は此の人を以て、民を惑はす者と爲して、我に曳き至れり、視よ、我爾等が訴ふる所を以て爾等の前に審べて、此の人に一も罪あるを見ざりき。
一五 イロドも亦然り、蓋我之を彼に遣したれども、其中に一も死に當たる事を得ざりき。
一六 故に我笞うちて、之を釈さん。
一七 蓋節期の爲に一の囚を彼等に釈すべき事ありき。
一八 然れども民皆号びて曰へり、此を去れ、ワラウワを我等に釈せ。
一九 此の人は城の中に乱を作し、人を殺ししに因りて、獄に下されたり。
二〇 ピラトはイイススを釈さんと欲して、復聲を揚げたれども、
二一 彼等呼びて曰へり、彼を十字架に釘せよ、十字架に釘せよ。
二二 ピラト第三次曰へり、彼は何の惡を行ひしか、我一も其中に死に當たる事と見ざりき、故に笞うちて彼を釈さん。
二三 然れども彼等益聲を厲まして、彼を十字架に釘せんことを求めたりしが、彼等と司祭諸長との聲は勝てり。
二四 ピラト遂に其求めの如く擬めて、
二五 乱と殺人との爲に獄に下されたる人、彼等が求めし者を釈し、イイススを付して、彼等の意旨に任せたり。
二六 彼を曳く往く時、或キリネヤの人シモンが田より來り過ぐるを執へ、之に十字架を負はせて、イイススに従はしめたり。
二七 衆くの民は彼に随ひ、又多くの婦ありて、彼の爲に哭き哀めり。
二八 イイスス彼等を顧みて曰へり、イエルサリムの女よ、我の爲に哭く勿れ、己及び爾等の子の爲に哭け。
二九 蓋視よ、日至りて、人々曰はん、妊まざる者、未だ産まざる胎、未だ哺はせざる乳は福なりと。
三〇 其時人々山に対ひて、我等の上に倒れよ、陵に対ひて、我等を掩へと曰はん。
三一 蓋若し青き木に斯く爲さば、枯木は如何にせられん。
三二 イイススと偕に亦二人の犯罪者を死に處せん爲に曳けり。
三三 髑髏と名づくる處に來りて、彼處に彼及び二の犯罪者を十字架に釘せり、一は其右、一は左なり。
三四 イイスス曰へり、父よ、彼等を赦せ、蓋彼等は爲す所を知らず。人鬮を取りて、其衣を分てり。
三五 民立ちて見たり、有司等も衆と與に嘲りて曰へり、彼は他人を救へり、若し彼ハリストス、神の選びたる者ならば、己を救ふべし。
三六 兵卒も亦彼に戯れ、近づきて、醋を與へて
三七 曰へり、爾若しイウデヤ人の王ならば、己を救へ。
三八 彼の上にエルリン、ロマ、エウレイの文字を以て書したる標あり、曰く、是れイウデヤ人の王なりと。
三九 懸けられたる犯罪者の一人彼を誚りて曰へり、爾若しハリストスならば、己と我等とを救へ。
四〇 他の一人之を戒めて曰へり、爾豈神を畏れざるか、蓋爾も同じく定罪せられてあり、
四一 惟我等に在りては當然なり、我が行に稱へる事を受くればなり、然れども彼は一も不善を行はざりき。
四二 乃イイススに対ひて曰へり、主よ、爾の國に來らん時、我を記念せよ。
四三 イイスス彼に謂へり、我誠に爾に語ぐ、爾今日我と偕に樂園に在らん。
四四 時約六時なり、晦冥は全地を蔽ひて第九時に至れり。
四五 日は晦み、殿の幔は中より裂けたり。
四六 イイスス大聲に呼びて曰へり、父よ、我が神を爾の手に託す。之を言ひて、気絶えたり。
四七 百夫長成りし事を見て、神を讃栄して曰へり、此の人は誠に義人なり。
四八 之を観ん爲に、聚りたる衆民は、成りし事を見て、膺を拊ちて返れり。
四九 彼の相識及びガリレヤより彼に従ひし婦等、皆遠く立ちて、此等の事を見たり。
五〇 時にイオシフと名づくる人、議士にして、善且義なる者、
五一 彼等の謀と所爲とに党せず、イウデヤの邑アリマフェヤに屬し、自らも神の國を俟てる者は、
五二 ピラトに就きて、イイススの屍を求めたり。
五三 既に之を下して、布に裏み、盤に鑿ちたる、未だ人の葬られざる墓に置きたり。
五四 是の日は備節日にして、安息日已に邇づけり。
五五 ガリレヤよりイイススと偕に來りし婦等後に随ひて、墓及び如何に彼の屍を置きたるを観たり。
五六 歸りて後、香料と香膏とを備へ、誡に遵ひて安息日を息みたり。
一 七日の首の日、朝甚早く、彼等は備へたる香料を攜へて、墓に來り、他の婦も彼等と偕にせり。
二 石の墓より移されたるを見、
三 入りて、主イイススの屍を見ざりき。
四 之が爲に惑へる時、観よ、輝ける衣を衣たる二人彼等の前に立てり。
五 彼等懼れて、面を地に伏せたれば、二人之に謂へり、何ぞ生ける者を死者の中に尋ぬる。
六 彼は此に在らず、乃復活せり、彼が尚ガリレヤに在りし時、如何に爾等に語げて、
七 人の子が罪人の手に付され、十字架に釘せられ、第三日に復活すべき事を謂ひしを憶へ。
八 彼等其言を憶ひ起し、
九 墓より歸りて、悉く此を十一門徒及び其余の者に告げたり。
一〇 使徒に此を告げたる者は、マグダリナマリヤ、イオアンナ、イアコフの母マリヤ、及び其他彼等と偕に在りし者なり。
一一 使徒は彼等の言を空言と爲して、之を信ぜざりき。
一二 然れどもペトル起ちて、墓に趨り往き、俯して、惟裏布の置けるを見、其成りし事を心に異みて歸れり。
一三 是の日其中に二人、イエルサリムを去ること約六十小里なるエムマウスと名づくる村に往きしが、
一四 互に凡そ彼等の有りし事を語れり。
一五 語り且論ずる時、イイスス親ら近づきて、彼等と偕に行けり。
一六 然れども二人の目は抳められて、彼を識らざるを致せり。
一七 彼曰へり、爾等は行きて何事をか互に論じ、又何ぞ憂ふる色ある。
一八 其一人、クレヲパと名づくる者、彼に対へて曰へり、イエルサリムに來りし者の中、爾独近日其中に成りし事を知らざるか。
一九 問ひて曰へり、何の事ぞ。彼等曰へり、イイスス ナゾレイ、即神及び衆民の前に行と言とに能力ある預言者たりし者に在りし事、
二〇 如何に我等の司祭諸長及び有司等が彼を解して、死に定め、十字架に釘せし事なり。
二一 我等嘗て此の人はイズライリを贖ふ者なりと望めり、然れども此れ皆成りしより今已に第三日なり。
二二 然るに又我等の中の或婦等は我等を驚かせり、彼等朝早く墓に在りしが、
二三 其屍を見ずして、來りて、天使等の現れて、彼は生くと言ふを見しことを語げたり。
二四 我等の中の数人は墓に適きしに、果して、婦の言ひし如き事を見たり、惟彼を見ざりき。
二五 イイスス彼等に謂へり、噫無知にして、凡そ諸預言者の言ひし事を信ずるに心の遅き者よ、
二六 ハリストスは此くの如く苦を受けて、其光栄に入るべかりしに非ずや。
二七 是に於てモイセイより始めて、諸預言者に及ぶまで、凡そ聖書に彼を指して載することを彼等に説き明せり。
二八 往く所の村に近づきしに、彼は尚遠くに行かんとする者の若し。
二九 二人彼を留めて曰へり、我等と偕に止れ、蓋時暮れんとし、日已に昃けり。彼入りて、偕に止れり。
三〇 席坐せる時、彼餅を取りて、祝福し、擘きて彼等に與へたり。
三一 其時二人目啓けて、彼を識れり、而して彼忽に見えずなりき。
三二 彼等互に言へり、途中彼が我等と語り、且我等に聖書を解き明しし時、我等の心我が衷に燃えしに非ずや。
三三 即時に起ちて、イエルサリムに歸り、十一門徒及び之と偕に聚れる者に遇へり。
三四 僉言ふ、主は實に復活せり、而してシモンに現れたり。
三五 二人も亦途中に在りし事、及び如何に其餅を擘く時彼等に識られし事を述べたり。
三六 此等の事を語れる時、イイスス親ら彼等の中に立ちて曰へり、爾等に平安。
三七 彼等驚き且懼れて、見る所は神゜なりと意へり。
三八 イイスス彼等に謂へり、何ぞ懼れ惑ふ、胡爲れぞ此の意は爾等の心に起れる。
三九 我が手我が足を視よ、是我自なり、我に捫りて視よ、蓋神゜には骨肉なし、其我に有るを見るが如し。
四〇 此を言ひて、手足を彼等に示せり。
四一 彼等喜に因りて、猶未だ信ぜず、且異める時、彼曰へり、此に食ふべき物あるか。
四二 彼等は炙りたる魚一片と蜜房とを彼に與へたれば、
四三 取りて、彼等の前に食へり。
四四 又彼等に謂へり、我猶爾等と偕に在りし時、爾等に語りて、モイセイの律法、諸預言者、及び聖詠に、我を指して録されし事、皆應ふべしと云ひしは、乃是なり。
四五 其時彼等の智識を啓きて、聖書を悟らしめたり。
四六 又彼等に謂へり、斯く録されたり、而して斯くハリストスは苦を受け、第三日に死より復活すべかりき。
四七 且其名に因りて、悔改と諸罪の赦とは、イエルサリムより始めて、萬民に傳へらるべきなり。
四八 爾等は此等の事の証者なり。
四九 視よ、我は我が父の許約せし者を爾等に遣さん、爾等イエルサリムの城に居りて、上より能力を衣するに迄れ。
五〇 イイスス彼等を外に率ゐて、ワィファニヤに至り、手を擧げて彼等に祝福せり。
五一 祝福する時、彼等を離れ、擧げられて、天に升れり。
五二 彼等之を拝し、大に喜びて、イエルサリムに歸り、
五三 恒に殿に在りて、神を頌美祝讃せり、アミン。
(第一章 - 第一三章)