コンテンツにスキップ

フェサロニカ人に達する後書

提供: Wikisource

聖書<我主イイススハリストスの新約

聖使徒パワェルがフェサロニカ人に逹する後書

第一章

[編集]

1 パワェル及(およ)びシルアン、及(およ)びティモフェイは、書(しょ)して、神(かみ)我等(われら)の父(ちゝ)及(およ)び主(しゅ)イイススハリストスに在(あ)るフェサロニカの教會(けうくわい)に逹(たつ)す。

2 願(ねが)はくは恩寵(おんちょう)と平安(へいあん)とは、神(かみ)我等(われら)の父(ちゝ)及(およ)び主(しゅ)イイススハリストスより爾(なんぢ)等(ら)に賜(たま)はらんことを。

3 兄弟(けいてい)よ、我等(われら)恒(つね)に爾(なんぢ)等(ら)の爲(ため)に神(かみ)に感謝(かんしゃ)すべし、是(こ)れ宜(よろ)しきに合(かな)ふなり、蓋(けだし)爾(なんぢ)等(ら)の信(しん)は大(おほい)に長(ちやう)じ、爾(なんぢ)等(ら)衆(しゅう)の中(うち)に各人(おのおの)相互(あひたがひ)の愛(あい)は彌(いよいよ)增(ま)す、

4 我等(われら)自(みづか)ら爾(なんぢ)等(ら)を以(もつ)て神(かみ)の諸(しょ)教會(けうくわい)の中(うち)に誇(ほこ)るに至(いた)れり、蓋(けだし)爾(なんぢ)等(ら)は忍耐(にんたい)と信(しん)とを以(もつ)て、凡(およそ)の窘逐(きんちく)患難(くわんなん)を受(う)くるなり。

5 此(こ)れ爾(なんぢ)等(ら)が苦(くるし)みて待(ま)つ所(ところ)の神(かみ)の國(くに)を得(え)しめん爲(ため)に、神(かみ)の義(ぎ)なる審判(しんぱん)あらんことの明(あきらか)なる徴(しるし)なり。

6 蓋(けだし)爾(なんぢ)等(ら)を苦(くる)しむる者(もの)に苦(くるしみ)を以(もつ)て報(むく)い、

7 爾(なんぢ)等(ら)苦(くる)しめらるゝ者(もの)に、我等(われら)と偕(とも)に安悦(あんえつ)を以(もつ)て報(むく)ゆるは、神(かみ)の前(まへ)に義(ぎ)なるなり、是(こ)れ主(しゅ)イイススの、天(てん)より其(その)能カ(のうりょく)の天使等(てんしら)と偕(とも)に、現(あらは)るゝ時(とき)に在(あ)り。

8 彼(かれ)は火燄(くわえん)を以(もつ)て、神(かみ)を識(し)らざる者(もの)、及(およ)び我等(われら)の主(しゅ)イイススハリストスの福音(ふくいん)に服(したが)はざる者(もの)に、報(むくい)を與(あた)ふ、

9 彼等(かれら)は主(しゅ)の顔(かんばせ)及(およ)び其(その)大能(たいのう)の光榮(くわうえい)より永遠(えいゑん)の滅(ほろび)の罰(ばつ)を受(う)けん、

10 即(すなはち)彼(かれ)が來(きた)りて、其日(そのひ)に諸(しょ)聖者(せいしゃ)の中(うち)に光榮(くわうえい)を得(え)、衆(しゅう)信者(しんじゃ)の中(うち)に威嚴(ゐげん)を顯(あらは)さん時(とき)に在(あ)り、爾(なんぢ)等(ら)が我等(われら)の證(しょう)を信(しん)ぜしが如(ごと)し。

11 此(これ)に由(よ)りて、我等(われら)恒(つね)に爾(なんぢ)等(ら)の爲(ため)に祈禱(きたう)して、我等(われら)の神(かみ)が爾(なんぢ)等(ら)を召(めし)に任(た)ふる者(もの)と爲(な)し、且(かつ)大能(だいのう)を以(もつ)て凡(およそ)の仁愛(じんあい)の善旨(よきむね)と信(しん)の功(わざ)とを成就(じやうじゅ)せんことを求(もと)む、

12 我等(われら)の主(しゅ)イイススハリストスの名(な)は爾(なんぢ)等(ら)の中(うち)に、爾(なんぢ)等(ら)も彼(かれ)の中(うち)に於(おい)て、我等(われら)の神(かみ)及(およ)び主(しゅ)イイススハリストスの恩寵(おんちょう)に依(よ)りて、榮(えい)せられん爲(ため)なり。

第二章

[編集]

1 兄弟(けいてい)よ、我等(われら)の主(しゅ)イイススハリストスの臨(のぞ)むこと、及(およ)び我等(われら)が彼(かれ)に集(あつま)ることに就(つ)きては、我等(われら)爾(なんぢ)等(ら)に求(もと)む、

2 爾(なんぢ)等(ら)或(あるひ)は神(しん)に由(よ)り、或(あるひ)は言(ことば)に由(よ)り、或(あるひ)は我等(われら)の遺(おく)れるに似(に)たる書(しょ)に由(よ)りて、ハリストスの日(ひ)今(いま)已(すで)に至(いた)ると云(い)ふを以(もつ)て、輒(たやす)く心(こゝろ)を動(うご)かし、且(かつ)怖(おそ)るゝなからんことを。

3 人(ひと)何(なに)の法(はふ)を以(もつ)ても、爾(なんぢ)等(ら)を惑(まど)はすべからず、蓋(けだし)反離(はんり)は先(さき)に來(きた)らず、且(かつ)不法(ふはふ)の人(ひと)、淪亡(ほろび)の子(こ)、

4 背逆(はいぎゃく)の者(もの)、自(みづか)ら高(たか)くして、凡(およ)そ神(かみ)或(あるひ)は拜(をが)まるゝ者(もの)と稱(しょう)する者(もの)に超(こ)え、甚(はなはだ)しきに至(いた)りては、神(かみ)の如(ごと)く神殿(しんでん)に坐(ざ)し、己(おのれ)を示(しめ)して神(かみ)と爲(な)す者(もの)現(あらは)れずば、其日(そのひ)至(いた)らざらん。

5 我(わ)が尚(なほ)爾(なんぢ)等(ら)の中(うち)に在(あ)りし時(とき)、此(これ)を爾(なんぢ)等(ら)に言(い)ひしを、爾(なんぢ)等(ら)記憶(きおく)せざるか。

6 爾(なんぢ)等(ら)今(いま)彼(かれ)を抳(とゞ)むる者(もの)を知(し)る、彼(かれ)が其時(そのとき)に至(いた)りて現(あらは)れん爲(ため)なり。

7 蓋(けだし)不法(ふはふ)の秘密(ひみつ)は已(すで)に行(おこな)はる、唯(たゞ)今(いま)に於(おい)て之(これ)を抳(とゞ)むる者(もの)が、中間(ちゅうかん)より除(のぞ)かるゝに至(いた)るまでは、成就(じやうじゅ)する能(あた)はず。

8 其時(そのとき)に不法(ふはふ)の者(もの)現(あらは)れん、主(しゅ)イイススは己(おのれ)の口(くち)の氣(き)を以(もつ)て彼(かれ)を殺(ころ)し、己(おのれ)の降臨(かうりん)の現(あらはれ)を以(もつ)て廢(はい)せん。

9 其(その)來(きた)るはサタナの行爲(かうゐ)に循(したが)ひて、凡(およそ)の僞(いつはり)の異能(いのう)と、奇徴(きちょう)と、奇蹟(きせき)とを以(もつ)てせん、

10 且(かつ)凡(およそ)の不義(ふぎ)の詭譎(あざむき)を以(もつ)て亡(ほろ)ぶる者(もの)の中(うち)に在(あ)らん、蓋(けだし)彼等(かれら)は己(おのれ)の救(すくひ)の爲(ため)に眞實(しんじつ)の愛(あい)を受(う)けざりき。

11 是(こ)の故(ゆゑ)に神(かみ)は彼等(かれら)に迷謬(まよひ)の行爲(かうゐ)を遣(つかは)して、彼等(かれら)が誑(いつはり)を信(しん)ずるを致(いた)さん、

12 凡(およ)そ眞實(しんじつ)を信(しん)ぜずして、不義(ふぎ)を悦(よろこ)べる者(もの)の罪(つみ)の定(さだ)められん爲(ため)なり。

13 然(しか)れども主(しゅ)に愛(あい)せらるゝ兄弟(けいてい)よ、我等(われら)は爾(なんぢ)等(ら)の爲(ため)に恒(つね)に神(かみ)に感謝(かんしゃ)すべし、蓋(けだし)神(かみ)は始(はじめ)より、神(しん)の成聖(せいせい)と眞實(しんじつ)を信(しん)ずる信(しん)とに因(よ)りて、爾(なんぢ)等(ら)を救(すくひ)の爲(ため)に簡(えら)び、

14 我等(われら)の福音(ふくいん)を以(もつ)て、爾(なんぢ)等(ら)を此(これ)に召(め)せり、我(わ)が主(しゅ)イイススハリストスの光榮(くわうえい)を得(え)ん爲(ため)なり。

15 兄弟(けいてい)よ、故(ゆゑ)に爾(なんぢ)等(ら)堅(かた)く立(た)ちて、我等(われら)の言(ことば)、或(あるひ)は書(しょ)を以(もつ)て、教(をし)へられし所(ところ)の傳(でん)を守(まも)れ。

16 願(ねが)はくは我(わ)が主(しゅ)イイススハリストス及(およ)び神(かみ)我等(われら)の父(ちゝ)、我等(われら)を愛(あい)して、其(その)恩寵(おんちょう)に由(よ)りて、永遠(えいゑん)の慰(なぐさめ)と善(よ)き望(のぞみ)とを賜(たま)ひし者(もの)は、

17 親(みづか)ら爾(なんぢ)等(ら)の心(こゝろ)を慰(なぐさ)めて、爾(なんぢ)等(ら)を凡(およそ)の善言(ぜんげん)善行(ぜんかう)に堅(かた)めん。


第三章