ニウルンベルクの名画

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ニウルンベルクの名画



 ニウルンベルクの古城内で、有名な様々の拷問道具を見物して、少し憂鬱になった松坂つるすけは、城外に出るとわざとドロシユケに乗らないで、ベデカー案内書の地図を頼りに、市中の方へ歩いて行った。もう午後の一時過ぎだったので、彼は適当なレストラントを見つけて昼食をつもりだった。日本ならば陽春四月と云う時を、ここでは空は毎日のように一面に灰色の密雲におおわれて、陰鬱な町を一層陰鬱にしていた。

 ニウルンベルクはベルリンの南、急行列車で十時間行程に当り、ミュンヘンの少し手前にある南ドイツ有数の都会で、人口三十三万と称するのだが、中世紀都市の姿をそのまま残し伝えている事、他に比類なしと云われているだけに、すこぶる古めかしい町で、周囲には高い灰色の城壁を廻らし、城門には傾きかかった円形の塔が聳え、不規則な多角形をした古色蒼然とした建物の間には、でこぼこした石を一面に敷詰めた苔の生えたような路がうねっていた。

 さて、松坂はこのフレムデに取って余りに不規則な古代都市の道路を、おぼつかなくも地図を頼りに進んで行ったのだが、道は或時は広く或時は狭く、又どうかすると先の方が急に広くなって、行止りの袋広場になったりした。そんな所で、まごまごしていると、汚い青物の籠を腕に抱えた意地の悪そうな老婆にジロジロ睨まれて、冷汗を搔きながらあわてて元の路に引返えママしたりしなければならなかった。

 そのうちに彼は狭苦しい横丁の突当りとも通抜けられるともつかない所に、軒の傾いた古いうちにも特別に古い家があって、その二階の壁にそのなかば以上を占領する大きな広告板が掲げてあるのが眼についた。それには別に絵はなく、ただ文字だけだったが、読んで見ると、数世紀間連綿として続いているレストラントで、世に有名なものであると、誇らしげに書かれていたのだった。ちようど昼食をしたいと思っていた所だったので、彼は何の気なしにドアに手をかけた。が、中を覗き込んだ瞬間に彼はすっかり後悔してしまった。

 もしこの料理店が誇り得べき何ものかを持っているとしたら、それは数百年と云う古さだけだった。なかは陰気臭い土間で、たかだか四五人の人が肩を並べ得る位の広さだったし、テーブルの板は半分は腐って いるようで、椅子もまた卓子に対して、恥かしくないだけの年代を経たものらしく、すべての事情が彼を躊躇させるように出来ていた。もしこれが夜だったら、他に客でもいたかしたら、彼はそのまま立去ったかも知れなかったが、昼間である事が彼を勇気づけたし、好ましくない相客のいない事が彼に安心を与えて、それにこうした古い店では案外しやれたものを食わせるかも知れないと云う好奇心も手伝って、彼は思切って中へはいったのだった。

 しかし、彼は直ぐに後悔した。期待した料理はくありふれたもので、しかも大して旨くもなかったし、それに彼が椅子に腰を下すと、間もなく風体の余り好くない客が二人這入って来て、頗る無遠慮に振舞い出したので、彼はすっかり不愉快になってしまったのだった。

 ドイツ人の癖として昼飯にもめいめいビ—ルのコップを控えて、チビチビやりながら悠々と食事を執るのが例で、松坂もいつもは喜んでその例にならうのだったが、今日ばかりはすっかり閉口して、一刻も早くこの家を出たいと、急いでコップのビールを呑み干しながら、見るともなく窓の外を見た。

 そこは小さい広場になっていた、つまり日本で云えば長屋の共同干場と云ったような所だったが、その広場を越えて向うの、この料理店と比較して、決して年代の新しくないと思われる所の、崩れかかったような家の窓際に、何かにくつたくしたような風に、青白い栄養不良な顔をした少女がポツねんと坐っていた。

 しかし、松坂の眼を惹いたのはその少女ではなかった。少女の肩越しに見える室の突当りの壁に描っている所の、煤けた古い油絵の額が、彼の眼についたのだった。

 松坂は日本を出てから三年、ドイツに来てから二年程になっていた。一体彼がどうして洋行を思い立ったかと云うと、彼は父の遺して行った多くの事業を継承して、経営して行くと云う事が煩わしくてたまらなかったので、彼はそれらの事業を、それぞれ人手にまかしてしまって、別に何の目的もなかったが逃げるようにして、外国にやつて来たのだった。

 彼は外国に来て、ホッと息をついた。始ママめて安住する所が見つかったと思った。ここでは何をするにしても、故国のように周囲の人に一々きがねをする必要がなく、 思う存分自由にきままに拘束されない真の生活が出来るような気がした。

 彼は彼の父の意志に従って、法科を出たけれども、彼は元来そんな事は嫌いで、文学的な方面が好きで、云わば一個の芸術愛好者だった。で、父親が死ぬと直ぐに好きな道に走り、事業の方は他人委せて、こうして外国に遊学に出て、言葉がいくらか出来る関係から、ドイツに落着いたのだったが、 当初文学を研究しようと、志していた彼の考えはいつか絵画の方に変っていた。と云っても飽くまで芸術愛好家である彼は、単に鑑賞家であるにとどまって、自ら描こうと云うのではなかった。又その鑑賞にしても極く素人的で、組織だった学問を修めようとはしなかった。

 そんな訳で、彼の絵画に関する鑑賞力は頗る怪しいものだった。彼は日本にいる時は、絵画殊に洋画には甚だ冷淡で、展覧会などでも、洋画は素通りしてしまう位だった。ところが、外国へ来て方々の美術館で古来の名画と云われているものを見ると、考えがガラリと変った。日本人の洋画は欧米のどの国に出しても、少しも恥かしくないものだそうではあるが、やはり画そのものが西洋のもので、日本人にしっくりしない、どこかに隙があるように思える。ところが西洋の土を踏んで、西洋画を見ると、それが西洋人の筆になろうとも、日本人の画いたものであろうとも、何となく迫って来るものがあるように思えるのだった。殊にそれが名画として、何人からも許されているものであればあるだけ、一層頭が下るような気がした。

 彼は金と暇にかせて、諸国の美術館を歴訪して、古典的名画を貪るように鑑賞した。彼には未だ現代の絵画を見る力と余裕がなかった。それは恰度演劇と云うものに始ママめて接する人が、先ず歌舞伎劇の好さに陶酔するようなもので、松坂はただ訳もなく古名画に惹きつけられるのだった。

 そのうちに彼は名画を所有したいと云う慾望を起すようになった。と云っても、著名な美術館に珍蔵されている名画が手に入る訳がない。彼はそれらの模写で我慢をしなければならなかった。一口に模写と云っても後世の名工が写したのもあるし、中には原画に劣らぬ声価を持っているものもある位で、それらのものを蒐めるために、彼は少なからぬ金を投じた。

 彼は又一方では埋もれた名画をあさり歩く趣味を覚えた。ずっと新しい話ではあるが、有名なミレーの画さえ、名もない百姓家の物置に放り込まれていた事がある位であるから、松坂の探し出したうちにも稀には逸品がある事もないではなかったので、彼は益々乗気になって買求めて、今までは彼のコレクションも相当の数に達し、どこへ出しても恥かしくない名品も二三は交󠄁ママっていたのだった。

 こう云う有様だったから、今彼がニウルンベルクの料理店の窓から、隣家の貧しそうな家に掛っている古ぼけた油絵に眼を光らしたのも、決して不思議ではなかった。いや、不思議どころではない、今度の彼の旅行は全くこうした目的のためだったので、現に彼はミュンヘンで、かなり多くの古画を買ったので、ニウルンベルクは人も知る一代の巨匠アルブレヒト・ヂウラーが、十五世紀から十六世紀にかけて、遙かにイタリー文芸復興期の名匠と拮抗して下らず、ドイツ画壇に燦然として光輝を放っていた所であり、彼の画塾に集る者も甚だ多かったから、現在ではヂウラーの作は殆ど散逸して、ウイーン、ミュンヘン、ベルリンの美術館に納められて、かえってニウルンベルクには余り見られない有様だけれども、何かしら掘出しものがあるに違いないと、確信していた矢先だったので、はからずも、古い画を見つけた彼はもう有頂天になっていたのだった。

 松坂は早々に払いを済ますと、直ぐに裏に廻って、青白い顔をした少女の家を叩いて、古い油絵を見せてくれるように頼んだ。

 少女といりママかわりに少女の母らしい、見すぼらしいなりはしているが、どこか気品のある女が出て来て、怪訝そうに松坂の顔を見たが、こうした交渉には彼は大分馴れていたので、彼は間もなく彼女に取入って、どうやら油絵を見せて貰える事になった。

 油絵を一目見ると、彼はもうすっかり惚れ込んでしまった。絵は一度洗って見なければ何が描かれているのか分らぬ程汚れて、頑丈な額縁も真黒に煤けていたが、どうやら四使徒の一人が描かれているらしく、筆触もヂウラーか、余程ヂウラーに近い画家のもののように思えるのだった。

「私は日本人で、こう云う古い絵に深い趣味を持っているものだが、この絵を譲って貰えないだろうか」

 松坂は主婦に向って単刀直入に切出して、彼女に取ってはかなり莫大な金額を提供した。

「これは先祖から伝っているものだで」主婦はちょっと当惑したような顔をしたが、結局金の誘惑には勝てなかった。「でもなあ、この絵もそう云う好きな人の手に這入って、大切にして貰ったら、しあわせじゃわな。ミッチェン」

 彼女は青白い顔をした少女を振向きながら優しく呼びかけたが、急に早口になって、彼女が早く夫に死別した事、長男と次男とを戦争のために死なした事、戦後の革命騒ぎですっかり無一文になってしまった事などを、涙まじりに松坂に訴え始めた。彼女はつまりそうした哀れな話によって、先祖伝来のものを異国人に売り渡すと云う事について、彼女の良心を欺こうとしているのに相違なかった。

 松坂は好い加減に彼女をあしらいながら、とうとう彼のつけた値で、その古ぼけた画を買取る事に成功した。

 画がいよいよ運び出されようとする時に、主婦は画の前にひざまづいて、熱心に何事かを祈り出した。しかし、松坂から金を受取った時には、流石に喜びの色が顔に溢れていた。

 松坂も嬉しさを嚙み殺しながら、荷造された画をベルリンの彼の下宿に送り届けさせるべく、町の運送屋を指図した。彼はこの時に、後年この画のために、日本で奇妙な事件を惹き起そうなどとは、無論、夢にも考えていなかった。

 その夜彼はニウルンベルクの一室で、今日の思わぬ収獲を喜びながら、快い眠りについていた。



 南ドイツの旅行をえてベルリンに帰ると、間もなく松坂は故国に帰らねばならない余儀ない事情に逢着した。自由の天地から再びせせこましい拘束された所に帰るのは甚だ気が進まず、日本の事と云うと思い出されるのは不愉快な事ばかりであったが、そういつまでも気ままを云う訳にも行かないので、彼は一まず帰朝する事として、長い間に集めた絵画を持ち帰るべく荷造りを始めた。

 その中には無論ニウルンベルクで手に入れた例の古画があった。彼はその画をベルリンに持って帰えママると、直ぐ専門家に洗わしたが、予期したような署名が現われなかったので、二三の知人の画家に見せたところ、ヂウラーの筆だと云う者もあれば、むしろヂウラーの師ミカエル・ウォールゲムートだと云う者もあり、ヂウラー門下のいつそくが書いたものだろうと云う者もあり、筆者は一定しなかったが、いずれもヂウラー時代のものであり、筆力ゆうけいどこへ出しても恥かしくない名画だと云う事に一致したので、松坂はこの画をニウルンベルクの名画と名付けて最も愛蔵するものの一に加えていたのだった。

 長い航海の後に故国の姿が見えるようになると、流石に松坂の胸はときめいて来た。三年振りで彼を迎えてくれる近親や親しい友人の顔が急に懐しく思い出されて、帰って来て好かったと云う風にホッと息をついた。日本を不愉快とのみ思っていたのは、彼の感傷的な誇張だったので、やはり日本人だったと云う事がしみじみと考えられた。日本にもきっと何か好い事が待受けているに相違ないと云う風に思われた。

 しかし、故国の土に足を掛けた第一歩で、彼の幻影は破られてしまった。

 それは思わざる税官吏の無理解だった。彼等は奢侈品と云う名目のもとに、彼の携えて来た絵画に対して、到底支払えないような高率な税金を課したのだった。三年間で欧米の気風にすっかり心酔していた松坂は、唾棄すべき一小吏の官僚振りにかつとなって、云い争ったけれども、如何ともし難かった。彼は結局折角のコレクションを送り返えママすより途はなかった。彼は愛惜に堪えない四五の絵画に対し――その中にはニウルンベルクの名画も入っていた――憤怒に燃えながら、税関吏の要求するだけの税金を支払って通関し、残余はそのまま保税倉庫にとどめて置いた。

 ところが、上陸第一歩に不愉快な目に遭った彼は、それから後、事々に不愉快を重ねて行かねばならなかった。

 彼が呼び返された理由の一つは、関係事業会社が近来の深甚な不景気のために、経営が困難となって来たので、時の政府の救済を仰がねばならず、そのためには当主たる彼が中心となって、要路の大官の意を迎えなければならないと云う事だったので、彼は帰朝後度々盛大な宴を張って、高位高官の人を招待して、御機嫌を取らなければならなかった。そうした事も彼には実に不愉快だった。

 帰朝後間もなく、彼は矢張りそうした政略的の意味で、彼の邸宅へ政治家としてのみならず財界にも隠然大勢力を持っている某侯爵を招待した。宴後彼は広間で侯爵に彼の蒐集の一部分である欧米の古画を観せた。この時には彼は老侯爵の機嫌を取って、自分の事業を救おうなどと云う利己的な考えは一切忘れてしまって、蒐集家がその愛蔵品を他人に示す時に覚える所の、真に心からの喜びを持って、一つ一つの画の来歴を説明した。

 老侯爵はひどくニウルンベルクの名画が気に入ったようだった。彼は老眼鏡を手に持ち添えて、めるように絵の傍に寄って鑑賞しながら、しきりに激賞した。

 当時の習慣によると、この財界並に政界にママ巨頭である老侯に賞讃された品は、何品によらず彼に献上しなけれはならなかった。そうした事が老侯の意を迎えるのに最も有効だったので、老侯を招待した実業家は何品かが老侯の眼に触れる事をねがい、老侯の賞讃を博するような品があると、大いに喜んだものであった。

 で、松坂はニウルンベルクの名画を老侯に献じなければならなかった。折角掘出して、虎の子のように秘蔵していたものを、ムザムザ人手に渡すのは甚だ惜しかったけれども、相手が老侯爵であるし、又老侯爵によってああまで激賞せられた事も、松坂に取っては嬉しかった事なので、彼は卑しい利己的な政策を離れて、むしろ喜んで老侯に献上を申出たのだった。老侯は無論機嫌よく彼の申出を受け入れた。

 ところで、このニウルンベルクの名画がこのまま無事に老侯爵の手に納まれば、この物語もこれ以上に発展をせず、終結を告げたかも知れないが、ここで一つの変事が起ったので、むしろこれを発端として、事件は意外な方面に展開したのだった。

 と云うのは、老侯を招待した日の翌日、ニウルンベルクの名画を侯の邸に届けようとすると、驚いた事には、一夜のうちに名画は消失してしまって、影も形もなくなっていたのだった。画を納めた広間の戸締りはそのままちゃんと鍵が掛っていたのみならず、他にあった二三の画は無事で、ただニウルンベルクの名画だけが紛失したと云う不思議極まる事だった。

 松坂邸は上を下への大騒ぎになった。鶴輔はニウルンベルクの名画が紛失したと聞くと、彼の愛蔵あたわなかったものであり、且つ老侯に献上すべく約束した品であるので、非常に驚いて、直ちに邸内をくまなく探させると共に警察署に捜索を依頼した上、著名な私立探偵局二三にも特に調査を命じた。

 今まで書く機会がなかったが、ニウルンベルクの名画は十号大のもので、それに幅の広い頑丈な縁がついていたから、畳一枚の半分のおおきさは優にあった。既に述べた通り、画は洋館の広間の一室に置いてあって、厳重に戸締りがしてあったし、邸の周囲には高い塀が巡らしてあったから、これだけの大きさのものを易々と運び出す事は到底出来る事ではなかった。それに、広間は元より、他にもこれと云って戸締りの破壊された箇所もなかったので、結局内部のものの所為か、又は内部に策応しているものがあると云う見込だった。一方では額縁を取り壊して中の画だけ盗み出したのではないかと云う考えで、邸内の捜索が行われたが、さしも広い邸内に縁らしい切端一つ落ちていなかった。

 ついでに当時松坂家にいた人々を挙げると、先ず当主の鶴輔、それから先代以来忠実に勤めている頑固一徹な老執事かすやしげさく、そのせがれしげまつ、園丁のよねだ虎吉、その他に書生二人、女中五人で、執事の伜の繁松と云うのは鶴輔より二つ三つ年下で、先年大学を卒業したのであるが、繁作が女房に死なれてからはずっと松坂家に住込んでいたので、繁松も父と共に邸内に起居して、学校卒業後も鶴輔の居ない間の留守番かたがた、父を助けて家事を見ているのだった。園丁の米田は庭内の一隅に建てられた小さい家におきふしをしていた。

 これらの人々は無論厳重に調べられたが、少しも有力な手掛りも見出されず、名画はまるで空気中にでも発散したように、消え失せてしまったのだった。

 こうして二三日うやむやのうちに過していると、奇怪な噂が立ち初ママめた。それは松坂が名画を一旦老侯に贈呈する約束はしたものの、急に惜しくなって、彼自身の手でどこかに隠して、盗まれたように云い触らしたのだと云うのだった。部屋のとじまりもそのままに名画が消失したと云うような事情から、犯人が内部の者でなければならぬと云うので、この説は相当うがった想像だった。穿った想象だけに松坂はかくどした。

 帰国早々税関吏との不愉快な折衝をして以来、事々に不愉快を重ねた松坂の不機嫌はその絶頂に達して、一刻も早くこの不愉快から免れたいと念じたが、ただいらいらするばかりで、名画の行方は依然として不明だった。



 ニウルンベルクの名画が紛失してから三日目の晩、松坂は寝られないままに、書斎の椅子にぼんやりしながら腰を下していた。窓の外は濃い闇だったが、空には一面に八月の星がキラキラと美しく輝いていた。夜の更けた割に冷えず、ソヨとも風のない蒸暑い晩だった。

 松坂の頭には滞欧時代の楽しい追憶が浮び出て来た、かと思うと、直ぐそれは現在の苦々しい事件を思い出す事に依って、ぶち壊された。彼はその対策について考慮を巡らした。が、彼の頭には又間もなくもニウルンベルクで画を買い取った時の光景などが、ぼんやり浮び出すのだった。彼は幾度となく溜息をつき、眉根をよせては苦悩の表情をした。

 と、静かにドアを叩く音がして、執事の粕谷繁作老人が、おずおずと這入って来た。

「えー、はらだちでは恐れ入りますが、今晩は折入って申上げたい儀がござりまして――」

 彼は一気にこれだけの事を云うと、気遣わしそうに松坂の顔を見上げた。流石に頑固一徹の彼も、この二三日、名画の紛失と云う重大事件に突当って、一方では主人の不機嫌を一身に引受けるし、一方では警官や私立探偵や新聞記者から、うるさい訊問を浴せかけられながら、邸内の捜索やそれからそれへと詮議をしなければならないので、心身ともに疲れ果てていると云う風だった。しかし、今晩は何事か余程決心をしたと見えて、そうした疲れの中にもきっとした態度を示して、松坂を見上げた眼の中には、一種異様な光りがあった。

「何だね、改って――」

 松坂はけげんそうに老執事の顔を見た。父の存生時代から家にいて、子供のうちには彼の一喝を食って縮み上った事さえある松坂は、父の死んだ後には特に彼に対して親しみを増し、一方では幾分気兼をしている位だったので、彼のり言などは聞きたくなかったが、一概に跳ねつけもならず、こう訊き返えママした。

「御立腹になりますと、恐縮いたしまするので、どうか是非御立腹なくおききとりを相願いたいのでございまするが――」彼はくどくどと同じような事を云った。

「腹なんか立てやしないッ!」松坂は怒鳴った。「早く云っておしまい」

「は、は」執事はひどく恐縮しながら、「それでは申上げまするが、ごぜん様にはニウルンベルクの名画とか申しますのを、最早お取出しになりまして、侯爵様の方へおつかわしになりましてはいかがでござりましょうか。はい」

「何だって?」松坂には呑み込めなかった。

「御前様がどちらかへ御納めになりました例の画でござりまするが――」

「お黙りッ!」老執事が何を云っているのかが分ると、松坂は真赤になった。「お前はわしがあの画を隠しているとでも云うのかッ!」

「は、はい」粕谷老人はうろうろしながら、「そ、その御立腹は誠にはや、是非もなき儀でござりまするが、画は確かに先夜御前様がいずれへか御しまい遊ばされ――」

「ば、馬鹿な」

 松坂は余りの事に口も利けなかった。信頼し切っている、永年忠勤を尽してくれた柏谷老人にまで、世間で取沙汰されているような考えを持っていられるのかと思うと、彼はあたかもシーザーが刺される時に当って、ブルタスママお前もかと云つた、その気持ママに似たものを感じて、つくづく情けなくなつた。

「御前様のお惜しみ遊ばすのも御尤もでござりまするが。侯爵様の御機嫌を損じまする事は、誠にはや、ごふためでござりまするで、あの方を怒らせ申したために、潰れました会社も沢山ござりますやに聞いておりまする。殊にこの際でござりまするで、どうか私めの申す事をお聞入下さりまして、一刻も早く侯爵様の御手許にお差出し下さいまするよう――」

 老執事は松坂の沈黙したのに乗じて、不興をこうむるのは覚悟の前ではあるが、しかしそれを恐れはばかるように、おどおどしながら、一生ママ懸命に哀訴歎願するのだった。

 余りに予期しない言葉だったので、半ば上の空で聞流していた松坂は、ふと、一体彼はただ世上の風評を聞いて、一途に自分が名画を隠したように思い込んでいるのだろうか。それとも他に何か彼にこう信じさせる事実でもあるのかと考えついたので、静かに彼を制しながら訊いた。

「お前の云う事は少しも分らんが、一体お前は何か理由があってそんな事を云うのか」

「御前様」彼は情けなそうに松坂の顔を見上げた。「お隠し遊ばしても駄目でございまする。あの晩、夜中に御前様が広間から画をしたにお運びになりまするのを、私は見ておりましてござりまする。はい」

「なにッ!」松坂はいよいよいでて、意外極まる柏谷老人の言葉に驚きの眼をみはった。

「はい」老執事はすっかり覚悟をめたように、「こうなれば何もかも申上げまする。私はあの晩に御前様が広間からあの画をお運びになる所を、すっかり見ておりました。その時には御前様が御前様のものをお片附になりまするのでございまするから、別に大して不審とも存じませんでございましたが、その翌朝せがれめが画が紛失していると蒼くなりまして騒ぎました時に、御前様も御一緒に血相を変えてお騒ぎになりましたので、誠に不思議に存じておりました次第でござりまする」

 老人の云う所は条理整然としていて、真実おもてに溢れ、決して噓を云っているとは思えなかった。しからば彼が主人と見たのは一体誰か。松坂は意外の余り、すぐに頭が働かなかった。

 と、突然、荒々しくドアが開いて、書生の一人が顔色を変えて飛込んで来た。

「粕谷さん、た、大変です。直ぐ来て下さい」

 粕谷老人は書生の大袈裟な態度をたしなめるように睨みながら、主人にちょっと挨拶をして室の外へ出たが、やがて彼は再び室に這入って来た。

 彼は幾分悄然としていた。しかし、別に取乱した様子もなく、はっきりした声で松坂に報告した。

「御前様。伜の繁松が何者かに殺されましたそうでござりまする」



「えっ」

 老執事の意外な報告に、我が耳を疑うように問返えママした松坂は、彼から返事を聞く事が出来なかった。と云うのは扉が開いて、二人の男がツカツカと彼の傍に来たからである。

「やあ」

 一人の男はいきなり声をかけたが、それは思いがけなくも松坂の親友のやまき助作だった。彼は今度の事件について親身になって心配してくれていたのだった。八巻は直ぐに言葉を続けた。

「全く偶然なのだ。今晩宴会があってね、つい遅くなっての帰り路、自分で自動車を飛ばしたんだが、さんのうしたを通り過ぎると、パチパチと云う変な音を聞いたんだ。びつくりして前の方を見ると、一人の男が一散に逃げ出して行く、自動車のヘッドライトに照らし出された所には一人の男が斃れているではないか、急停車して降りて見ると、君、その斃れている男が、驚くじゃないか、粕谷繁松君なんだ。一発で胸元をうちぬかれてもう息は絶えているんだ。余りの事に茫然としていると、折好く一台のタキママシーが走って来て、ピタリと止ったが、中から降りて来たのがこの方でね、警察署へ知らせる事から 万事助けて頂いたと云う訳なのだ」

 一息に話をすますと、八巻は傍の人を指したので、松坂は始ママめて、つくづくその人を見た。が、なんと云う奇怪な人相の男だろう。彼は人並より余程背が低くママかったが、顔は又人並外れて大きかった。それに西洋人のようにさきの曲った鼻が又素晴らしく大きく、赤黒い顔の大部分を占領しているかと思われ、まるで妖婆のような男だった。室の中であるのに、ボーイスカウトの持つようなミリタリン・ケーンを大切そうに抱えているのが、凄いうちにも何となく滑稽味を添えていた。

「私も偶然通り合せましてな、殺された人がこのお邸の人だと云う事で、興味を持ったと云っちゃ悪いですが、何もママ縁だと思いましてな、ちよっとお邪魔に上りましたよ」

 そう云いながら彼は名刺を差出したが、それには手龍太と印刷されていた。

 松坂は一眼見た瞬間から、この男がひどく気に入らなかった。始ママめての家へ押太くツカツカ這入って来た態度も、なれなれしく心易く話しかける言葉つきも、何となくげすで、あながち容貌に左右されるのではないのだが、油断のならぬ得体の知れぬ男と思われて、こんな男を連れ込んで来た八巻に対しても、少し不平だった。しかし、無論八巻といえども喜んで連れ込んだのでない事は彼の態度でよく分ってはいた。

「死体は警官の保管に委して来たが」八巻は又話し出した。「死体の傍にはボッチチェリの春の模写らしい、大きな額が一つ落ちていたが、あれは君が今度持って帰ったものじゃないか」

「えっ、ボッチチェリの――」

 松坂は意外に思いながら、委しくその画の模様を聞くと、確かに彼が持って帰ったコレクションのうちのものだが、しかし、その画は横浜の保税倉庫の中にある筈なのであった。

 ボッチチェリの春の画と云うのは、裸体半裸体の女神達が春の林間に遊び戯れている画で、かつてこの絵の版画が、日本に持ち帰られた時に、税関吏が「春」の画を春画と誤解して、輸入を禁止したと云う笑い話のある有名な画で、この模写は松坂がパリの素人下宿の一室で、三ヶ月間眺め暮して、いよいよ引上げる時にゆずりうけたもので、彼には印象の深いものであった。

 字幕が読み切れないうちに消えてしまう映画を見ているように、それからそれへと事件が展開して、説明のつかないうちに又次の奇怪な出来事が現われるので、松坂の頭はすっかり混乱してしまって、何が何やら分らなくなり、何か云いたいのではあるが、黙り込んでいるより仕方がないと云う風に、いたずらに渇いた唇を嘗めていたのだった。

「殺されていた方の部屋を見せて頂けないでしょうか」

 重苦しい沈黙を破って、突然、異様な容貌の持主手が云った。

 意外な一言である。さつきから彼に好感を持っていなかった松坂は直ぐに答えた。

「それはお断りします。迷惑千万な」

「是非見て頂きとう存じます」

 と、又もや意外な言葉が、悲痛な顔をして突立っていた粕谷老人の口から洩れ出た。老執事は我子の非業の最期を聞いて、直ぐにも駆けつけたかったのであるが、主人の許しを得なければ絶対にどこへも出かける老人ではない。ところが生憎不意の来客のために、許しを乞う暇もなく、松坂の方でも許しを与えるのを、つい忘れていたので、彼はさつきから悲壮そのもののような顔をして、黙って来客達の会話を聞いていたのだったが、今はもう堪え切れないと云う風に雄弁に喋り出した。

「是非伜のへやを見て頂きまする。伜は今夜は確かに室におりまして、外出はいたさぬ筈でござります。いつの間にどうして山王下まで参りましたやら、不審に堪えぬのでございまする。室に何か変った事がございますかも知れませぬ」

 老人がこう云い出したので、松坂も最早仕方がなかったので、手の交っている事は嫌だったが、一同で繁松の室へ行く事にした。

 繁松の室はしたの裏庭に面した角の一室だった。粕谷老人は不吉な予感を持ちながら、ドアをサッと開けたが、中はさして取乱した跡もなく、格別変った事はなかった。繁松の姿は無論見えなかった。

 手は何を思ったか、ツカツカと無遠慮に室の中に這入って、眼を物凄くグルグルと廻転させたが、彼は机の上から一枚の紙片を取り上げた。

「外国から来た電報だが」手は呟いた。「ベルリンから来たものだ。ところが電文はただ一文字Berlin とあるばかりだ。ベルリンから来た電報にベルリンと云う電文はおかしい」

 こう独言のように呟くと、彼は電文を彼の傍若無人の態度に呆気に取られている人々の前に差出した。

「この電報について何か御心当りの事がありますか」

「ない」返辞ママしない訳にも行かぬので、松坂は渋々答えた。

「私も一向存じません」粕谷老人も渋々答えた。

 手は返辞ママを半分聞流して、又もや鋭く眼を動かして、ツカツカと壁際に寄って、耳を押しつけながら、コツコツと手当り次第に叩き廻った。

 余りの事に松坂は最早辛抱がならなかった。言葉鋭く無礼を咎めようとした途端に、手の押した壁がグラグラと動いたので、あっと驚いて出しかけた言葉をグッと呑込んだ。

じやの道はへびでな」手は大きな鼻をうごめかしながら、「こんな仕掛は初歩だて。ハハハハ、御主人の留守中にちょっとこんな隠場所を作ったらしいが、ハテ、中に何が這入っているのか知らんて」

 手はこう憎々しく呟きながら、手を少し動かすと、壁は一けんばかりガラリと廻転して、そこに大きな秘密押入が現われたが、そこには油絵の額面らしいものが二枚立てかけてあった。松坂はさっと顔色を変えた。しかし、彼以上に驚愕したのは粕谷老人だった。彼はフラフラとして倒れそうになったのを、ようやく踏みこたえたのだった。

 松坂は急がしく二枚の油絵を見廻したが、ニウルンベルクの名画はそのうちに見当らなかった。一枚はルーベンママが彼の美しい妻を描いた画の模写、一枚はレオナルド・ダ・ビンチの最後の晩餐これも同じく模写だったが、この二枚はいずれもまさしく彼が保税倉庫に預けてあったものだった。

「こ、これは」

 予期したニウルンベルクの名画がなかったので些か張合は抜けたが、横浜の倉庫にあるべきこの二枚の画がこんな所に隠してあったのには、松坂は二の句が継げなかった。

「未だ驚く事がありそうじゃ」

 一同が啞然としている間に、じっと耳を澄していた手は、何か物音を聞きつけたらしく、きっと押入の天井を見上げながら云い放った。

 松坂を初め一同はもう手の無礼を咎める気などはすっかりなくなっていた。それよりは今は超人的な彼の手腕を信ずるように、彼の言葉を聞くと共に、云い合したように天井を見上げた。

 手は素早く机と椅子を積み重ねると、軽々と天井によじ登って、暫くゴソゴソしていたが、仕掛けを看破ったと見えて、三尺四方程の穴を開けた。そこから彼は天井裏に這入ったが、やがて、真黒な大きな塊を抱えて、下へ降りて来た。

 一同はあっと叫んで後にとびすさった。手の抱えて来たのは手足を縛られた一人の男だった。人間一人を易々と抱えて危なかしい足場を降りて来た手の小男ではありながら腕力のすぐれているのには一同舌を捲いた。

「あっ、米田だ!」

 こわごわさるぐつわめられてグッ夕リしている男の顔を覗き込んだ松坂は思わず大声で叫んだ。男は園丁の米田虎吉だった。



 繁松の室の秘密押入の天井裏に縛ってほおりこんであった男が園丁の米田だったとは!

 松坂が呆気に取られていると、粕谷老人はフラフラと倒れかかりながら、唇をしめし湿し切々に叫んだ。

「御前様――お許し下さい――画を、画をしたへ持って降りたのは御前様でない――伜じゃ、伜でございます――奴は、奴は御前様の姿に化けていたのでございます――奴は、万一の場合を思って、御前様の姿をしていた――それに私が騙されたのでございます――そんな、大それた悪い奴とは、今が今まで存じませんでした。お許し下さいませ。御前様、お許し――」

 ここまで苦し気に云い続けた粕谷老人は頭をガックリ垂れると、バッタリ倒れた。

 松坂と八巻とは驚いて右と左とから、老執事を抱えて、室の隅のベッドの上に静かに置いた。

「大丈夫だろうか」

「大丈夫らしい」

 二人は心配そうに会話を交した。

 その間に手は正気づいた米田を訊問していた。

「お前はどうしてこんな目に遭わされたのか」

 眼をキョロキョロさせてあたりを見廻していた米田は、ようやく事情が呑み込めたらしく、手塚の顔を見上げながらブルブルふるえた。彼は手を刑事とでも思ったらしいのだった。

「御手数をかけまして申訳ございません。へい、実はちょっとした事から粕谷さんと喧嘩をいたしやして、かくの通りでございます」

「どう云う事で喧嘩をしたのか」

「それがその、誠に申上げにくいのですが、女の事でございまして」

「黙れ」手は大声にママ怒鳴りつけた。「貴様は俺をめくらだと思うか。早く本当の事を云え」

「決して噓は申しません。全く女のために――」

「見かけによらないおしの太い奴だ。真直ぐに云わぬと承知せぬぞ」

 手はいきなり米田の腕を取ってじ上げた。彼の怪力に捩󠄁じ上げられて、米田はうーんと苦しそうにうなったが、歯を食い縛って、口を開こうとしなかった。

「強情な奴だ。よし云わないなら云わないでよし。俺にも考えがある」

 手は物凄く云い放ったが、松坂の方を向いて、

「この男の室はどこですか。案内して下さい」

「庭の隅の小屋の中です」

 松坂はもう逆らわなかった。彼は得体の知れない手と云う男の怪腕にすっかり征服されてしまったのだった。手は片腕でしっかり米田を引摑みながら、松坂と八巻の後に従った。

 例の物凄い鋭い眼で、米田の室をグルリと見廻した手は、米田を捕えていた手を放すと、ゆつたりした歩調で室の中を歩き廻った。室の中のものを片端から調べ出した。やがて彼はきっとたんすを睨んでいたが、何と思ったか軽々と一方へずらすと、忽ち畳を上げた。

「あっ」

 と云う叫声はガタガタ顫えていた米田の口から洩れたのだったが、それと同時に床板を揚げた手は床下から、ちいさい真黒な木切のようなものを取出した。

「あっ、それは」

 今度は松坂が叫んだ。その小さな木切は紛󠄁れもない、ニウルンベルクの名画の額縁の一部分だった。

「紛失した画の縁の切端と見えますな」手は松坂の方を見てニヤリと笑ったが、「御覧なさい。今度の事件を解く鍵はこの切端に相違ありませんて」

 そう云いながら、彼はきぎれの両端を持って、左右に引いたが、木片はもろくも二つに割れて、ポロリと落ちたのは、夜目にも眩しいように光る美しい石!

「あっ」

 一同の口から、期せずして驚きの声が出たが、中にも米田はあわてて逃げ出そうとして、忽ち手に引据えられた。

「このダイヤモンドはどうしたのだ」

 手は叱るように訊いたが、米田はただうなだれただけで、答えようとしない。

「答えられないか。よし、では俺が代って云ってやろう。貴様は先晩ニウルンベルクの名画が紛失した時、翌朝早く庭の隅でメチャメチャに壊わママされた額縁を見つけたが、ふとその中に光っているダイヤモンドを見出して欲しくなり、宝石の這入っていた部分の縁だけをこうして床の下に隠し、残りは焼いてしまったのだろう」

「――」

「それから今晩はかねて粕谷が税関から画を取出すのを知って、その額の中にも宝石が隠されていると見込をつけて、粕谷の室に忍び込み、あべこべにあんな目に遭わされたのだろう」

「そ、その通りでございます」

 超人的な明察に驚いたか、米田はさっと恐怖の表情を浮べながら、平蜘蛛のように恐れ入った。

「はてな」恐縮している米田を尻目にかけて、手はダイヤモンドをためつすがめつ見入っていたが、

「このダイヤモンドの切り方は余程古い。数世紀以前のものだ。おかしい」

 手は暫く腕を組んでいたが、八巻の方を向いた。

「先刻ボッチチェリとか云う名が出ましたね、あれは頭文字はBですかVですか」

「Bです」だしぬけの奇問にめんくらいながら、八巻は答えた。

「そうですか。少し分りかけて来たような気がするぞ」手は独言のように云いながら、又松坂の方に向いて、

「とにかく、額縁から出て来たダイヤモンドは余程古いものです。殊によったらこの絵の持主の先祖が隠して置いたのかも知れません」

「え、え」松坂は飛上るように驚いた。

 彼の頭にはこの画を買った時の光景がアリアリと浮んで来た。

 ニウルンベルクの汚ならしい裏長屋に貧しい生活をしていた老いたる寡婦と、蒼白い栄養不良の干からびたようなその娘、寡婦は隠し切れない喜びの色を浮べながらも、先祖伝来のものを金に換える罪を神に謝していた、そのいじらしい姿が、今でも眼に見えるようである。その時に買取った画の縁に、先祖の一人が高価な宝石を秘めかくして置いたとすると、それは松坂の全然知らない事ではあったが、何となくあの二人に対してすまない事をしたような気がするのだった。それに返えママしてやるにしても、名も番地も知っていないのだ。

「私の考えでは今度の事件はこうですよ」手は松坂の感傷的な追憶などには一向お構いなしに、ニヤニヤする薄笑いを隠しながら、話し続けるのだった。「ニウルンベルクの名画の中に、こう云うものが隠されていると云う事を粕谷繁松は、どう云う手段だか分らないが、とにかく知ったのですな。そこで彼はゆるゆるそれを取り出そうと思っていたところ、侯爵家へつかいものになる事になったので、彼はあわててその晩画をしたの自分の室へ持込んだのです。その時に彼はもし誰かに見られた場合に怪しまれぬように、巧みに御主人公に変装していたらしい事は、先刻父󠄁の老人が申した通りです。

「さて、彼は縁から宝石を取出して画を元の所に返えすつもりだったところ、ここに一つの手違いを生じたのは、恰度その夜一人のくせものが邸に忍込んで、繁松の室からニウルンベルクの名画を横りしたのです。彼は多分松坂さんの反対派に頼まれた男で、侯爵との約束を履行する事を妨げて、松坂さんを窮地に陥れようとした者でしょう。彼が繁松の仲間でない事は、宝石の事は少しも知らないで、額縁を破棄して行った事で分ります。その縁をここにいる米田が拾った車は先刻彼が白状した通りです。」

「こう云う訳で、繁松は繁松で自分の不利を隠すために、名画を一旦自分の室に持ち込んで、それから盗まれた事はおくびにも出さず、米田は米田で曲者の落として行った縁を焼いてしまいましたから、少しも手掛りがなくなって、あたかも名画が戸締のしてある室の中で、ガス体になって発散してしまったように思われたのです。世の中の一見不可解のような事件は多くこれに類したもので、調べて見ると案外下らぬ事が多い。ママ

「ところで、今夜繁松を殺した男は多分ニウルンベルクの名画を盗み出した奴と同一人でしょう。彼は執拗にも又繁松の持っている画を奪おうとして、兇行に及んだものの、八巻さんが自動車で来合せたので、果さずに逃げたのでしょう。この男については私は少し心当りがありますから、警察署に申出て一刻も早く捕まるようにしましょう」

 数日の間五里霧中に彷徨して、何の端緒をも得なかった怪事件を、快刀一閃忽ち片づけてしまった手龍太はそも何者だろう。松坂は彼の妖異な相好を凝視して、ただ驚くばかりだった。

× × ×


 余り長くなるので、出来るだけ簡単に結末を述べるが、犯人は間もなく捕縛せられ、事件は手が神の如くに推理した事に寸分違わず解決した。松坂は感謝の余り手に巨額の謝礼を出そうとしたが、彼は首を振って受取らず、その代りに松坂が欧州から持って帰った画のうち二三枚を貰い受ける事になった。

 松坂鶴輔は手を清廉の士として激賞したが、手の人格について少しおなじみの読者諸君は必ずそこには何か彼の悪企みのある事を察知せられるであろう。事実は全くその通りで、彼がこの事件について後に或人に語ったところは次のようだった。

「ニウルンベルクの名画事件か。俺はあの事件がやかましく新聞に書かれた時に、何かいわくがありそうだと探って見る気になって、税関の方を調べて見ると、その後二三回に渡って、松坂の名で保税倉庫の画を二三枚取出しているのだ。事によったら額縁に何か入れて密輸入を企てたのではないかと思いついた。と、電光のように頭に浮んだのは当時より半年ばかり以前に、オランダである富豪から多くの宝石を奪った日本人が縛についたが、盗んだ宝石はどこに隠したか身につけていなかったと云うナウエン無電だった。で、俺は税関を警戒していると、又画を持出して夜中に運ぶ奴があった。それがつまり粕谷繁松だったので、俺は偶然に山王下を通りかかったのではない。繁松の跡をつけたので、それだから奴を殺した男の顔も見たのさ。タキママシーで後から駆けつけたように見せたのは、 全くごまかす手段だった。ママ

「松坂邸へ乗込んで行くと、トントン拍子に推測が当ったが、ニウルンベルクの名画の縁から出たダイヤモンドが恐ろしく時代の古い上に、どう見ても最初からあの縁に這入っていたとしか思えないので、密愉入だと考えていた俺の考えは少しグラついた。ダイヤモンドはどうしても数百年来その縁の中に這入っていたものに相違ないとすると、粕谷がその事を知ったのも可笑しい、知らないとすると、画を盗む訳がない。で、俺もちょっと困惑したが、ふと思いついたのは、名画の縁から宝石が出たのは全く偶然で、他の画に盗んだ宝石が隠してあるのではないか、と云う事だ。現に繁松も他の画を秘密裡に税関から取出しているではないか。ママ

「そこで問題は例のベルリンから来たベルリンと云う電文だ。あれはベルリンにいる繁松の仲間からのもので、何かの知らせに相違ない。そこで気がついたのが、繁松の盗んだ画の作者の名さ。ボッチチェリの頭文字がB、ルーベンママがR、レオナルド・ダ・ビンチがL、ニウルンベルクの名画がN、どうだみんなBerlinと云う電文に当てはまるだろう。ママ

「思うに殺された繁松と云う男は小才の利く奴で、こっちから送ったのか、又向うにいる奴をてなずけたか、とにかく好くない奴と一緒になって、密輸入を企てたんだね。もっとも宝石を盗む事まで指図したかどうか疑問だがね。額縁に入れよと云ったのは確かに彼だ。ママ

「ところがここに彼が致命的な失敗をしたと云うのはベルリンと云う電文を解き損った事だ。この電文はたしかに宝石の隠されている画を示しているのだからね。ところが、ベルリンにいる彼の仲間は彼の考える程利口な奴ではなく、作者の頭文字を綴るなんて、そんな気の利いた事は出来ないのだ。粕谷はつまり自分の智慧に倒れたのだね。ニウルンベルクの名画には偶然ダイヤモンドが這入っていたが、これは彼の手には渡らなかったし、その他ルーベンにしてもボッチチェリにしても、宝石なんか一かけも這入ってやしない。ママ

「で、つまり粕谷は哀れにも電文を解き違えて、ニウルンベルクの名画などを盗み出し、そのために殺されるような運命を招いたのだ。では電文はどう云う意味かと云うと、何の事はないその通りさ。ベルリンはベルリンの事で、つまりベルリンから直接発送した画の中に隠してあると云う事さ。シンプルな頭の奴の事はシンプルに考えなくては駄目だ、松坂は都合で四五枚下らない画を直接に横浜まで送っていた。で、その画はと云うと、お礼だと云うので、俺が頂戴したよ」


(「新青年」昭和三年八月号)

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