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1 かれ我に答へていふ『つとめて汝の心の中を量れ。前にいひしある徴の或もの過ぎたるを見ば
2 その時、いと高き者、その造り給ひし世を顧み給ふ時來れりと悟るべし。
3 世に地震、騒擾、民の異圖、牧伯等の動搖、君侯たちの不安の顯れん時、
4 此等こそいと高き者の夙に云ひ給ひしことなれと悟るべし。
5 此の世に於ける造られたるものは、その始明にして、その終も亦明なるが如く、
6 いと高き者の時も然り。卽ちその始は異なるわざと能力とに顯れ、その終は報と徴とに顯はれん。
7 救はれたるすべてのもの、又己の業、或はその信ずる信仰によりて逃るることを得たるものは、
8 前にいひし危險より護られ、この世に於て、又わが潔めたる國に於てわが救を見ん。
9 その時、今わが道を汚し居る者は驚き、又わが道を罵り棄てし者は苦難のうちに留まらん。
10 わが恩惠を受けつつも、その生ける間に我を認めず、
11 自由を保ち居るもわが律法を罵り、
12 又悔改めの機會開かれあるも、これを悟らずして、罵りたる者は、死にて後苦難のうちに此等の事を想ひ知るべきなり。
13 されば今より後、如何なれば義しからざる者、苦しめられざるやと問ふな。むしろ義しき人の如何にして救はるるかを尋ねよ。世は彼等のものにして、彼等のために造られたればなり。』
14 我答へていふ
15 『われ前にこれをいへり。今も亦いはん。亡ぶる者は救はるる者より多し。
16 これ水の一滴より波の大なるが如し。』
17 かれ我に答へていふ『畑あれば種あり、花あれば色あり、わざあれば造られしものあり、農夫あれば禾場あり。
18 人の住むべき世の未だ造られざりし前、われ今の代の人のために備へつつありしとき、我に逆ひてものいひし者なかりき。人一人だにあらざりし故なり。
19 されど今、永遠に盡くることなき宴設けられ、又測るべからざる律法備へられたるこの世に造られし人々その行狀を汚したり。
20 我わが世を見しに、視よ、それは滅びたり。我わが地を見しに、視よ、其内に起りし異圖のためにそれは危殆に陷れり。
21 われ彼等を見て、その一部を赦し、その房の内より一粒の葡萄を救ひ、又その大なる林の中より一本の樹を救へり。
22 徒らに生れし群衆は亡ぶべき者なれども、わが大なる勞苦をもて全うせしわが葡萄とわが樹とは救はるべき者なり。
23 ともあれ汝尚七日を待て。
24 (此の七日の間、汝斷食せずして、家の建てられざる花園を歩き、園の花のみを喰へ、肉を喰はず葡萄酒を飲まず、ただ花のみを喰ひて花園を歩むべし。)
25 絶間なく、いと高き者に祈れ、さらば我來りて汝と共に語らん。』
26 我その命ぜられし如くアルダテと呼ばるる庭に往きて其花の中に坐り、その畑の草を喰ひて腹を滿たしぬ。
27 七日の後、われ草の上に臥して前の如くわが心を惱ましたり。
28 我口を開きて至高者の御前にものいひ始む。
29 『主よ、主は我らの先祖たちのエジプトより沙漠に出で來たりし時、又彼等の未だ人の歩みしことなき、荒れはてたる沙漠を歩みたりし時、彼等に顯れ、
30 かついひたまへり「イスラエルよ、我に聽け、ヤコブの裔よ、わが言に耳を傾けよ。
31 視よ、われ汝らの中にわが律法を蒔く、その律法は汝等のうちに實を結ばん、それに依りて汝ら世々榮光を受けん」と。
32 我等の先祖たちは御律法を受けたれども之を守らず、又彼らは御誡命を守りたることなし。されど律法の實は亡びし事なかりき。是その律法は主の律法にして、亡ぶべきものにあらざればなり。
33 律法を受けし者はそのうちに蒔かれたるものを守らざりしが故に、減亡びたるなり。
34 地は種を受け、海は船を戴せ、器は食物又は飲物を容る。されど、その蒔かれたるもの、その戴せられたるもの、またその容れられたるもの亡ぶるとき、
35 たとひ此等のものは亡ぶとも器は殘らん。されど我等にとりては然らざるなり。
36 律法を受けし我らはこれをうけし我らの心と共に罪によりて亡びん。
37 されど御律法は亡びずして榮光の中に殘らん。』
38 此等のことを心の中にいひし時、われ眼を擧げしに、右の方に一人の女を見たり。視よ、此女は聲を擧げて嘆き悲み、その魂いたく惱み居たり。その衣は破れ、その頭の上には灰まき散らされたり。
39 我わが思想を更へ、彼女に向ひていふ
40 『何ぞ泣くや、何ぞ汝の心惱むや。』
41 彼女われにいふ『わが主よ、わが心嘆きて、
我卑くせられたれば、心ゆく迄悲しまんがために、我に泣く事をゆるしたまへ。』
42 われ彼女にいふ『汝の悲哀は何なるか、我に語れ。』
43 かの女我にいふ『婢は三十年の間、夫と共に居りしも子を産みたることなし。
44 その三十年の間、われ晝も夜も、時に時を、日に日を重ねて、至高者に祈をささげたり。
45 三十年の後、神、婢の祈を聽き給ひてわが賤しきをみそなはし、わが惱を顧みて、我に男の子を與へたまへり。その子のために、我も夫も隣人も皆喜びて神に榮光を歸し奉れり。
46 我わが子を大なる勞苦を以て養へり。
47 時到りて我わが子のために妻を娶り、婚宴を設けたり。