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エジソンの火星征服/第3章

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第3章

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各国がワシントンに集う約束の日は輝かしく壮麗に始まった。高貴な来賓たちをもてなすための、国会議事堂の飾り付けは万全だった。無駄にできる時間は無いため、人々が議会室に集まるとすぐさま本題であるところの国際大会議が始められた。大統領官邸から国会議事堂にかけて高官や王族が続々と並んだ様子は全くの見ものであった。楽団は音楽をかき鳴らし、華麗な馬車が朝日の中を駆け、世界各国の旗がそよ風ではためいた。皇太子を伴ったヴィクトリア女王が無蓋馬車に鎮座して現れると、群衆は歓呼の叫びを上げて彼らを迎えた。続いてヴィルヘルム皇帝とアウグステ・ヴィクトリア妃が馬車でやって来て、自由の国の人々に愛想よく会釈をし、歓迎の声に対してにこやかに手を振った。他の君主たちも同じように迎えられた。特にロシア皇帝の人気ぶりは、王家とアメリカの古くからの友好関係を証明するものであった。だが群衆が最も高く歓声を上げたのは、フランス大統領がスイス大統領およびアンドラ公国首席行政官と共に姿を見せた時であった。メキシコや南アメリカ諸国の首脳たちも同様の暖かさで迎えられた。

トルコのスルタン

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はじめ群衆はトルコのサルタンという存在をどう受け入れれば良いのか分からない様子であった。が、世界的な友愛の流れにより、結局はスルタンも拍手の一斉射撃の中を行進して行くことになった。

清の皇帝と日本の天皇は一つの馬車に相乗りして現れた。随員たちは日中の混成部隊を成していた。このことはまさに世界の一体化を示す実例であり、見物者たちを喜ばせた。

前代未聞の光景

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議会室に展開された光景はその場の全員に深い感銘を与えた。会議が(言うまでもなく)壮麗かつ謹厳に進むうち、傍聴者の間にも当事者の間にも密やかな興奮の期待感が広がって行き、彼らの心には深い印象が刻み付いた。議長は当然のことながらアメリカ大統領が務めた。大国の代表者たちは前のほうに席を占め、特にその一部は大統領のすぐ側の特別席に座る栄誉を得た。

前置きに費やすべき時間は無かった。大統領はごく簡潔なスピーチを行なった。

「我々がこうして集まったのは、地球全体が等しく興味を抱く問題について考えるためです。先日われわれに何の前触れもなく一方的に仕掛けられた、火星からの侵略行為については思い出すまでもないでありましょう。火星の怪物どもは、我々より長い進化の歴史を有しているため言わば未来人のようなものですから、地球側ではとても対抗できないような死と破壊の装置を所有していました。ここにいる皆さんも記憶していらっしゃるでしょうが、火星人が突如として退却して行ったというプロヴィデンスからの報せは、全くもって予想外の天佑でした。我々の抵抗は全く効果が無かったのですから」

マッキンリー大統領の賛辞

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「ですが、ご存じのとおり、やつらがいなくなってほっとしたのも束の間、天文台からの恐ろしい報せが解放感に取って代わりました。火星人が明らかに第二次地球侵攻の準備をしていたのです。これに対し、我々には打つ手も無ければ希望もありませんでした……ただ一点、わが国に一人の天才がいたことを除いては。皆さんご承知のとおり、氏は、火星人を迎え撃つどころか寧ろこちらから向こうへ攻めて行ける手段を確立したのであります

いま、エジソン氏が皆様に発明を紹介します。ですが私たちには他にもやることがあります。火星に宇宙艦隊で攻め込むにしても、地球に留まって防備を固めるにしても、いずれにせよ莫大な資金が必要になってきます。が、どの国も侵略の痛手から回復し切っていません。現状の地球は数年前と比べると衰弱しています。経済的にも、インフラ的にもです。そういう状況で皆様には戦争に必要な巨額の支出に耐えて頂かねばならないのです。…お話ししたいのこれだけです。互いに頑張りましょう」

「エジソン氏はどこだ?」叫び声が上がる。

「ミスター・エジソン、前に出てきて頂けますか?」大統領が言った。

人垣をかき分けて大発明家の鉄灰色の頭が現れると、場にざわめきが走った。エジソン氏の手には、その驚異の発明品「分解器」が抱えられていた。装置の機能について説明を求められるとエジソン氏は微笑んだ。

世界の救助者エジソン参上す:「ミスター・エジソン、前に出てきて頂けますか?」大統領が言った。人垣をかき分けて大発明家の鉄灰色の頭が現れると、場にざわめきが走った。エジソン氏の手には、その驚異の発明品「分解器」が抱えられていた。

エジソン参上

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「説明は可能です」とエジソンは言った。「例えばケルヴィン卿に対してならば、ですが。“冠をかぶった頭”[1]に分かる説明ができるかは自信がありませんね」

ヴィルヘルム皇帝の顔が引きつった。彼は神から授かった王権が再び犯されたと思っている様子であった。だがニコライ皇帝は楽しげな表情をしていたし、清国皇帝(彼は英語をかなり習得していた)も袖の陰で笑っていた。洒落を理解したのかもしれない。

「あのう」補佐官の一人が口を開いた。「動作原理とか技術的な説明は抜きにして、単に装置の威力を実演して頂ければこの場の目的には充分かと思いますが」

この提案はすぐさま是認された。要請に応えてエジソン氏はいくものの物体に振動を浴びせ、どんな材質だろうと瞬間的かつ完全に原子分解して見せた。調子に乗った彼はカイゼルの鼻先にあるインク壺も消滅させた。玉体にインクの一滴すら飛び散りはしなかったが、分解された原子の臭いは皇帝の神聖なる鼻にとってどうやら不快であったようだ。

エジソン氏は装置が働く原理について(専門用語を控えつつ)説明も行なった。聞き手たちは彼に賞賛の雨を浴びせ、場の熱気は高まった。

続いて電気空中船の仕組みが解説された。 なお閉会後に屋外で空中船の飛行実演が行なわれるとアナウンスがあった。

こうしたデモンストレーションと解説は――その程度の情報はすでに報道機関を通じて知られていたことではあるが、火星侵攻の問題が解決済みであることを改めて出席者たちに納得させるのに充分な効果があった。地球は武器を手に入れた。あとは使うだけなのだ。ただし――と大統領は注意を促した――実行のためには巨額の資金が必要であった。

「いかほど要り用なのですか?」イギリス人出席者が問う。

「最低でも百億ドルですね」大統領が答えた。

「いや寧ろ」西海岸から来た議員が言った。「二百五十億ドルと言うべきでしょうな」

「思うのだが」とイタリア王が口を開いた。「国名のアルファベット順で出せる金額を言って行き、合計金額を算出してみてはどうだろう」

「現金かそれに準ずるもの以外は除外しましょうや」西海岸の議員が叫ぶ。

「アルファベット順もよろしいですが」と大統領。「大国については先に集計を取りませんか。あー、この状況では合衆国が先鞭をつけるべきでしょうね。財務大臣くん――」大統領は大臣のほうへ振り返って言葉を続けた。「我が国はいくらまで出せる?」

莫大な総額

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「少なく見積もっても十億は出せます」財務大臣が答えた。

称賛の渦が会議場を揺さぶった。幾人かの君主は文字通り脱帽したくらいであった。光緒帝は満面の笑みを浮かべた。フィジーの酋長の一人はぴょんと跳ね上がり、戦斧を振り回した。

会議は熱狂す:フィジーの酋長の一人はぴょんと跳ね上がり、戦斧を振り回した。

騒ぎが一段落すると、アメリカ大統領はアルファベット順に他の国の金額を聞いていった。最初がオーストリア=ハンガリー二重帝国(Austria-Hungary)、最後がザンジバル王国(Zanzibar)であった(君主のハムード・ビン・ムハンマドはヴィクトリア女王に連れられてやってきた)。どの国も気前良く金を投げ出していった。

ドイツ(Germany)が五億ドルを出した次は大英帝国(Great Britain)の番であった。そしてアメリカに遅れを取りたくないこの国は、大臣を通じて、大英帝国の名の下にアメリカの倍額を出して見せた。ヴィルヘルム皇帝は悔しそうな顔をしたが、気を取り直し自国の大臣に耳打ちした。心得たとばかりにドイツの財務大臣が挙手して発言した。

十億ドル

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「我が国は十億ドルを提供します」

ヴィクトリア女王は不快というより驚いた様子であった。その時イギリスの第一大蔵卿が女王と目を合わせ、然る後に姿勢を正してこう言った。

「大英帝国は十五億ドルを出費させて頂きます」

カイゼルは再び財務大臣と諮ったが、どうやらそれ以上の増額は無理と結論を出したようであった。

とは言っても二大帝国による十億ドル単位の増額合戦は対火星戦争基金を確実に潤したのだった。

が、会場の人々を最も驚かせたのはこのことではなく、シャム王[2]の提供物であった。その時まで会議では特に目立たずにいたシャム王は、自分の国名が呼ばれると席から立ち上がった。豪華な民族衣装に身を包んだ王はゆっくりと前に進み、大統領の机に小さな箱を一つ、そっと置いた。

「私どもが提供するものはこれです」シャム王はたどたどしい英語で言った。

蓋が開かれると、中から燦然と輝く虹色の宝石が姿を現した。

秘宝が再び日の目を見る

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「西洋の友人がたは」とシャム王は続けた。「きっとこの宝石に興味を持たれるでしょう。これがヨーロッパ人の目に触れたことは、歴史上1度しかありません。あなたがたは本で読んだことがあるでしょう。17世紀の旅行家タヴェルニエ[3]がインドで類い稀なるダイヤモンドと遭遇した話を。ダイヤのその後の行方は杳として知れず、西洋人はこの至宝が地上から失われたものと考えたようですね。しかしそうでは無かったのです。そう、皆さんの目の前にあるこれが、かの『グレート・ムガル』なのです。これがシャム王室の所有物となった経緯は敢えてお話ししませんが、ともかく、私たちの惑星を外敵から守る一助とするため、私は慎んで『グレート・ムガル』を提供いたします」

シャム王からの寄贈品:「私どもが提供するものはこれです」シャム王はたどたどしい英語で言った。蓋が開かれると、中から燦然と輝く虹色の宝石が姿を現した。

長らく歴史から姿を隠していたこの秘宝――多くの無益な探索がなされ、多くのロマンチックな作り話の題材となった秘宝――が姿を現したことで会場は興奮に包まれた。それがひとまず収まるまで待ってから大統領は国名の一覧表に戻り、呼び出しを再開。その後は特に何もなく集計は終わった。

寄付金の総額を計算してみると(ちなみにグレート・ムガルは三百万ドルと見積もられた)、必要な金額にはまだ十億ドルばかり届かないことが判明した。

財務大臣がすばやく立ち上がって言った。

「大統領閣下、そのくらいなら我々アメリカ合衆国が追加で出せると思いますが。ご許可をはもらえますよね?」

こうして資金問題がようやく解決した。喝采が収まると大統領は次の議題を提起した。基金の管理責任者を誰にするかという問題である。もちろんそれはエジソン氏以外にありえないというのが満場一致の見解であった。

「準備を完璧に整えるにはどのくらいかかるかね?」大統領が尋ねた。

「白紙委任状を頂ければ」とエジソン氏は答えた。「六ヶ月で電気空中船を百隻、分解器を三千丁は作れます」

この言葉により会場には再び猛烈な称賛の嵐が吹き荒れた。

「無制限の権限を与える」大統領は言った。「金に糸目を付けず頑張って欲しい」

すぐに財務省出納局長が呼ばれ、出納官としてエジソン氏に付けられた。こうして会議は終わった。

このとき、世界各地からワシントンに集まっていた人間は五百万を下らない莫大な数であった。その誰もが――現場を離れていた人間も例外でなく――議会場の喜びの聞くことができた。ワシントンには電話網がまんべんなく張り巡らされており、受信機も数百は完備していたためである。ワシントンに来られなかったボルティモア、ニューヨーク、ボストン、ニュー・オーリンズ、セント・ルイス、シカゴの人々も同様に電話で会議を聞いていた。これらを合計すると、五百万以上の人間がワシントン大会議を傍聴したのだった。

興奮のワシントン

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大洋を越えて世界中の主要都市に電報が発せられた。人々は狂喜した。

予告されていた電気空中船のデモンストレーションは翌日に行なわれた。その場には数え切れない見物者が詰めかけた。機内も同様で、芋を洗うがごとき混雑となった。ヴィクトリア女王さえも皇太子と共に空中船に試乗遊ばし、空中旅行を楽しんだ。エジソン氏は艇をボストン市街へ飛ばし、バンカーヒル記念塔まで足を伸ばした。

それ以外の君主たちの大半も空中船で空を飛んだ。だが中国皇帝の番が来ると、彼は孔子の時代から伝わる寓話を語り始めた。

中国の伝説

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「その昔、黄河の流れる谷に一人の男が住んでいた。男は地面に寝転がって空を見上げ、飛び回る鳥たちをうらやむことがしばしばであった。ある日、男がいつものように空を見ているとケシ粒のような点が空に現れた。それはどんどん大きくなり、巨大な鳥が近づいてきているのだと分かるようになった。その翼が作り出す影は地上を覆いつくした。象鳥、またの名をロック鳥である。鳥がこう言った。『我輩と一緒に来い。鳥の王国の驚異を見せてやろう』と。ロック鳥は男を羽毛の中に落ち着かせ、空高く舞い上がった。崑崙山脈に差し掛かり、二つの峰の間を飛んでいると別のロック鳥が姿を現した。二羽の翼が触れ合うや否や、巨鳥たちは喧嘩を始めた。乱闘の最中、男はロック鳥から滑り落ちた。弁髪が木にひっかかり、不運な男は宙吊りとなってしまった。だが木の根元に住んでいたネズミが男を哀れに思い、木を登ってきて弁髪を噛み切ってくれたので男は解放された。痛む体を引きずりながら家路についた男はこうつぶやいた。『鳥は飛ぶようできているが、俺はそうじゃない。生き物は自分の領分をわきまえるべきだ。今回のことはいい教訓だな』と。」

この話を語り終えると、光緒帝は空中船に背を向けて帰っていった。

大舞踏会

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こうして空中船の試乗会も終わり、それに続くお祭りムードと熱狂の奔流の中、会議の締めとして大舞踏会の開催が提案された。提案は即座に満場一致の同意を得た。

だがあまりにも大きな参加人数のため、必要な準備も並みでは済まなかった。ポトマック川のヴァージニア側の河畔にようやく妥当な場所が見つかり、十エーカーの空き地が整地され、床板を敷き詰められた。百フィートおきに柱が立てられ、色とりどりの電灯で飾り付けられた。

素晴らしい演奏

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広大な地所の上空、1000フィート以上の高度には無数の係留気球が浮かべられ、さながら巨大な円天井のようなものを形作った。どの気球にも灯火が積み込まれ、会議に参加した各国の国旗や紋章を煌々と照らし出した。各国の王室を象徴する鷲、獅子、一角獣、竜、およびその他もろもろの架空生物が踊り手たちの上空で旗めき、舞踏会の華やかさを増幅した。

貴賓席は見通しのいい場所に設置された。千もの楽団が音楽を奏でるのに合わせて、磨き上げられた床の上を一万組もの男女――派手な服を着て宝石で身を飾っている――が踊り回った。

ヴィクトリア女王が踊る

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大英帝国の女王は合衆国大統領の腕を取り、彼をリードして踊った。

英国皇太子は、この舞踏会場で最も美しいと誰もが認める女性、すなわち大統領令嬢をリードした。

軍服を着込んだヴィルヘルム皇帝はミカドの麗しい息女マサコ姫[4]と踊った。日本古来の衣装を着け、数多の宝石で輝く姫君は、色とりどりの珍奇で華やかな蝶のようであった。

中国の天子は弁髪を高く振り回してロシア王妃の相手を務めた。

トルコ王がシカゴの億万長者未亡人との踊りを楽しんでいる一方、シャム国王はマダガスカルの王妃ラナヴァロナとワルツのステップを会わせようと四苦八苦していた。

ロシア皇帝はパートナーにペルーから来た黒い瞳の美女を選んだ。文明国の美女には懐疑的なのがサモアのマリエトア王で、彼はあらゆる誘惑を断って一人舞踏にその情熱を昇華させていた。そこにスー族の酋長らがするりと加わった。彼らの叫び声と唸り声に驚いたドイツ人の楽団指揮者は指揮棒を取り落としたと思うと、楽団員を引き連れて逃げ出してしまった。

この椿事は大人しい中国皇帝を何よりも面白がらせた。

「はは、これは愉快である」彼は逃げていく器楽家たちを指差して言った。「あたふたと逃げて行くわい」言い切るや否や皇帝の丸顔は再び破顔した。

華やかに照明された会場は、外部からの眺めもまた印象的であった。光る気球の巨大ドームは星々の間に高くそびえ立ち、遠くからでもはっきりと見えた。単なる地球の住人たちが作ったにしては過剰に豪華で壮麗で、まるで超自然の産物のようであった。

舞踏会場の灯火、気球の灯火は天空を絶え間なく照らし出し、星々の輝きを掻き消していた。

英国皇太子の乾杯

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ダンスが終わると次は豪勢な宴会がが始まり、英国皇太子がエジソン氏を讃えて乾杯の音頭を取った。

「旧世界の国々を代表いたしまして、新世界の天才に称賛と信頼の意を表明することは、私にとって大きな喜びであります。世界中のあらゆる民族間の差異と偏見が払拭されたこの状況でこう申し上げるのも何ですが、地球の救世主がアングロ・サクソン民族から出たことを知って私は大変嬉しく思っています。」

皇太子の言葉を聞いて数人の君主が顔をしかめた。ツァーとカイゼルは視線を交わした。が、巻き起こる喝采に水を差すことはしなかった。エジソン氏は――彼の謙虚な性格と演説嫌いはよく知られている通りである――言葉少なにこう発言した。

「私たちは奴らを罰する手段を得ました。この状況では時間を無駄にすべきではありません。今、おそらく火星人は踊っているのではなく、我々をきりきり舞いさせる準備をしています」

乗船を急ぐ

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エジソン氏の言葉は即座に場の空気を変えた。虚飾や遊びに時間を費やそうという者はいなくなった。そこかしこから「急ごう!」「早く準備を整えるんだ!」「火星人どもはもう宇宙船に乗って、こちらに向かってるかもしれないんだぞ!」という声が上がった。

この新しい流れの中で、恐怖の感情も手伝ってか、広大な舞踏会場はすぐに空っぽになった。そして誰かが「この明かりは火星からどう見えるんだろう? 地球人が集まって何かをやってると分かれば、奴らはさらに装備を強化してやって来るんじゃないか?」とつぶやくと、気球の大円蓋の明かりもすぐさま消えることとなった。

アメリカ大統領の提案により、主要国家による執行委員会の会議が可及的速やかにホワイトハウスで開かれることが決定した。エジソン氏は計画の青写真を描いておくよう要請された。

何千何万もの人材が対火星計画に従事する

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その会議の詳細に触れる必要はなかろう。夜明けまでの数時間でエジソン氏のプランは満場一致の可決を見たと述べれば充分だと著者は考える。何千・何万単位の人材が急遽エジソン氏の要求する通りに動かされ、工業地帯は電気宇宙船の製造に全力を注ぐこととなった。シルヴァヌス・P・トンプソン教授[5]――イギリスではケルヴィン卿に次ぐ電気の権威である――の提案により、世界中の科学者がエジソン氏の指揮下に入り、各自の専門分野でエジソン氏を補佐することが決議された。

会議の出席者たちは互いの即断を賛美し合った。が、閉会まぎわにウィスコンシンはヤーキス天文台のジョージ・E・ヘイル教授[6]から、大統領に急報が届いた。読み上げられた電報は次のような内容であった。

火星で何が起きているのか?

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「今夜火星を40インチ望遠鏡で観測していたバーナード教授が、赤色光の爆発を視認した。火星から何かが射出されたものと思われる。分光学的観測により、光源が毎秒百万マイル以上の速度で地球に向かっていることが確認された」

カリフォルニアのリック天文台、ハーバード大学天文台のペルー支所、そしてポツダムの王立天文台からも同様の報せが届いたが、明るいムードはさほど揺るがなかった。

だがポツダムの名を聞くとヴィルヘルム皇帝は大臣のほうを振り返ってこう言った。「吾輩はドイツに帰りたくなった。もし自分の骨を埋めるなら、いかなる王にも治められたことのない国の土ではなく、高貴なる祖先たちが眠る土に埋めたいのだ。吾輩はこの国の空気は好かぬ。この中では、人は柔弱になってしまう」

兎にも角にも、こうして入れ替わり立ち代わりする恐怖と希望に駆り立てられ、地球は大急ぎで戦争の準備に取り掛かった。

訳注

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  1. 原文で"crowned heads"。熟語としての意味「王様がた」と各単語の語義どおりの「王様がたの頭」の二つの意味を掛けている。
  2. 名前は書かれていないが1898年当時のタイ国王はw:ラーマ5世(在位1868 - 1910)。
  3. ジャン=バティスト・タヴェルニエ(w:en:Jean-Baptiste Tavernier, 1605-1689)。フランスの旅行家・著作家。
  4. 原文でMasacoとある。Masakoの誤記か。ちなみにw:恒久王妃昌子内親王という人物は実在するが、1898年が舞台だとすると10歳ほどに過ぎない。
  5. Sylvanus P. Thompson(1851 – 1916)。イギリスの物理学者、電気工学者。
  6. w:ジョージ・ヘール(1868-1938)。アメリカの天文学者。