「らい予防法」違憲国家賠償請求事件判決文/section seven

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第七節 除斥期間について (争点四)

 第一 被告は、原告らが本件訴えを提起した時点から二〇年より以前の行為を理由とした国家賠償請求権が仮に発生していたとしても、除斥期間を定めた民法七二四条後段により消滅していると主張している。

 第二 民法七二四条後段の規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当であるところ (最高裁平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二〇九頁)、右除斥期間の起算点について、同条後段は「不法行為ノ時」と定めている。

 そこで、右除斥期間の起算点について検討するに、本件の違法行為は、厚生大臣が昭和三五年以降平成八年の新法廃止まで隔離の必要性が失われたことに伴う隔離政策の抜本的な変換を怠ったこと及び国会議員が昭和四〇年以降平成八年の新法廃止まで新法の隔離規定を改廃しなかったことという継続的な不作為であり、違法行為が終了したのは平成八年の新法廃止時である上、これによる被害は、療養所への隔離や、新法及びこれに依拠する隔離政策により作出・助長・維持されたハンセン病に対する社会内の差別・偏見の存在によって、社会の中で平穏に生活する権利を侵害されたというものであり、新法廃止まで継続的・累積的に発生してきたものであって、違法行為終了時において、人生被害を全体として一体的に評価しなければ、損害額の適正な算定ができない。

 このような本件の違法行為と損害の特質からすれば、本件において、除斥期間の起算点となる「不法行為ノ時」は、新法廃止時と解するのが相当である。

 なお、退所者については、退所時に隔離という意味での違法行為が終了しているとも見られないではない。しかしながら、本件で賠償の対象となる共通損害は、隔離による被害の部分とそれ以外の部分に観念的には区別できるが、両者は、共通する違法行為から発生し、密接に結び付くものであって、分断して評価すべきものではなく、両者を包括して、社会の中で平穏に生活する権利の侵害ととらえるべきものであることからすれば、本件において、退所の事実は、除斥期間の起算点の判断に影響を与えないというべきである。

 したがって、本件において、除斥期間の規定の適用はない。

 第三 被告は、土地の不法占有による損害賠償に関する事案である大審院昭和一五年一二月一四日民事聯合部判決 (民集一九巻二三二五頁) を挙げるが、右判決は、民法七二四条後段とは権利消滅の法的性質や起算点の定め方が全く異なる同条前段の三年の短期消滅時効に関するものである上、損害が、加害行為の継続により定量的に発生するという点においても、本件とは事案を異にするものというべきである。

 また、被告は、嘉手納基地や横田基地の騒音被害の短期消滅時効に関する下級審判決をるる指摘するが、これについても、右大審院判決について述べたところがそのまま妥当し、本件とは事案を異にするものというべきである。

 さらに、被告は、加藤老国家賠償訴訟の広島高裁昭和六一年一〇月一六日判決が、刑の執行を違法行為とする国家賠償請求について、除斥期間が日々別個に進行する旨判示しており、本件もこれと同様に考えるべきであると主張している。しかしながら、右判決は、戦前の有罪判決 (後に再審により無罪となった。) による国家賠償法施行前後にまたがる刑の執行による損害の賠償を求めた特殊な事案に関するものであり、本件とは事案に異にする。なお、付言するに、右判決は、結局、国家賠償法上の違法行為の存在を認めていないのであり、除斥期間に関する判断は、あくまでも傍論的なものというべきである。

 第四 したがって、被告の主張は採用できない。

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