〈無題〉『大人が』

提供:Wikisource


無題 『大人が』


大人が子供にいつた、

「この美しい本をあげよう」と

子供は喜んで訊ねた

「いつくれるの」

大人「來年になつたら」

子供は早く來年に

なればいいなと思つた

しかし次の日大人がいつた

「もうこの本をあげないよ」

子供はそつと脣をかんだ

そしてとほくの雲を見てゐた

大人はちよつと

すまなく思つた

しかし大人は考へた

「何も文󠄁句はない筈だ

何一つ損したわけぢや

ないのだから」

なるほど子供に文󠄁句はなかつた

だが子供は何も損しなかつたらうか

人の言葉を信じるといふ

尊󠄁い心を少うしばかり

子供は失ひはしなかつたらうか

この著作物は、1943年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。