竹とりの翁物語 (群書類從)

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竹とりの翁物語

今はむかし。竹とりの翁といふものありけり。野にまじりて竹をとりつゝ萬の事につかひけり。名をばさるイきの宮つことなむいひける。其竹の中に本光る竹なむ一すぢ有けり。あやしがりて寄て見るに。つゝの中ひかりたり。それを見れば三寸ばかりなる人いとうつくしうてゐたり。翁云やう。我朝每夕每にみる竹の中におはするにてしりぬ。子になりたまふべき人なめりとて。手に打入て家へイもちて來ぬ。めの女にあづけてやしなはす。うつくしき事限なし。いとおさなければはこイ、籠に入てやしなふ。竹とりの[翁イ]竹をとるに。此子を見つけて後に竹とるに。ふしを隔て。よごとにこがねある竹を見つくる事かさなりぬ。かくておきなやうやうゆかたになり行。この兒やしなふほどにすくすくとおほきになり增る。三月計の內によきほどなる人になりぬれば。かみあげなどさ[たイ]じて。かみあげさせきす。ちやうのうちよりもいださず。いつきかしづきやしなふ。此兒のかたちのけさう[けうらイ]なる事よになく。屋のうちは闇き所なく光滿たり。翁心あしく候へし時も。此子をみればくるしき事もやみぬ。腹だたしくあることもなぐさみけり。翁竹をとる事久敷成ぬ。いきほひまうの物に成にけり。此子いと大きに成ぬれば。なをみむろどいむべのあきたを喚てつけさす。あきたなよ竹のかくや姬とつけつれ。此ほど三日打あげあそぶ。萬のあそびをぞしける。男はうけきらはずよびつどへてかしこくあそぶ。世かいのをのこ。あてなるもいやしきもいかで此かぐや姬をえてしがな。見てしがなと音に聞愛てまどふ。其あたりの垣にも家の戶にもをる人だに。たはやすくみるまじき物を。夜はやすきいもねず。闇の夜にもこゝかしこよりのぞきかいまみまどひあへり。さる時よりなん夜ばひとは云ける。人も物ともせぬ所にまどひありけども。何のしるしあるべくも見えず。家の人どもに物をだにいはんとていひかくれども。ことともせず。あたりをはなれぬきんだち。夜をあかし日をくらす人おほかり。をろかなる人は。ようなきありきはよしなかりけりとてこず成にけり。その中になを云けるは。色好みといはるゝ限五人。思ひやむ時なく夜ひる來けり。其名ども。石作りの御子。くらもちの御子。左大臣安倍のみむらじ。大納言大とも伴イのみゆき。中納言いそのかみのもろたかイ。此人々なりけり。世中におほかる人をだに。すこしも形よしと聞ては。見まほしくする人どもたちイ也ければ。かのかぐや姬をみまほしくて。物もくはず思ひつゝ。かの家に行てたゝずみありきけれどイ无かひあるべくもあらず。文を書てやれども返事もせず。侘歌など書てをこすれども。かひなしと思へど。霜月しはすの降氷。水無月のてりはたゝくにもさはらずきたり。此人々ある時は。竹取を喚てむすめを我にたべとふし拜み手をすりのたまへど。をのがなさぬ子なれば。心にも隨はずなむあると云て月日を過す。かゝれば此人々家に歸りて。物を思ひ祈りをし願をたつ。思ひやむべくもあらず。さりとも終に男あはせざらんやはとおもひて賴をかけたり。あながちに心ざしをみえありく。是を見つけて。翁かぐや姬に云樣。我子のほとけへんげの人と申ながら。こゝらおほきさまでやしなひたてまつる志をろかならず。翁の申さん事を聞給ひてんやといへば。かぐや姬。何事をかのたまはむ事はイ承はらざらむ。變化の物にてはんべりけん身ともしらず。親とこそおもひ奉れといへば。翁。うれしくもの給ふ物かなと云。翁年七十にあまりぬ。今日ともあすともしらず。此世の人は。おとこは女に逢。女は男にあふ事をす。其後なむ門もひろくもなり侍る。いかでかさる事なくてはおはしまさむせんイ。かぐや姬のいはく。なむでうさる事かし侍らんと云ば。變化の人といふとも。女の身持給へり。翁のあらんかぎりは。かうてもいますかりなんかし。此人々の年月を經て。かうのみいましつゝのたまふ事をおもひ定て。獨々にあひ奉り給ひねといへば。かぐや姬いはく。よくもあらぬ形を。ふかき心もしらであだ心つきなば後くやしき事も有べきをと思ふばかり也。世の賢き人成とも。ふかき志をしらではあひがたしとなひ思ふと云。翁いはく。思ひのごとくもの給ふかな。そもそもいかやうなる志あらん人にはあはんとおぼす。かばかりの心ざしをろかならぬ人々にこそあめれ。かぐや姬のいはく。なにばかりのふかきをかみんといはむ。いさゝかの事也。人の心ざしひとしかんなり。いかでか中にをとりまさりはしらむ。五人のひとの中にゆかしき物みせ給へらんに御志まさりたりとてつかふまつらんと。そのおはすらん人々に申給へといふ。よき事なりとうけつ。日くるゝ程に例のあつまりぬ。あるひは笛を吹。或はうたをうたひ。或は琵琶しやうか唱歌をし。あるひはうそをイふきあふぎをならしなどするに。翁出ていはく。忝もきたなげなる所に年月を經てものし給ふ事。きはまりたるかしこまりと申す。翁の命今日明日ともしらぬを。かくの給ふ君達にも。よく思ひ定てつかふまつれと申も理なり。いづれもをとり增りおはしまさねば。御志の程はみゆべし。つかふまつらん事は。それになむ定むべきといへば。是よき事なり。人の御恨も有まじと云。五人の人々もよき事也といへば。翁入て云。かぐや姬。石作の御子には[天竺にイ]佛の御いしのはちと云物あり。それをとりて給へと云。倉もちの御子には。東の海に蓬萊と云山あり。それにしろがねを根として金をくきとし白き玉をみとし[てイ]たてる木あり。それを一えだおりて給はらんと云。今獨には。もろこしにある火鼠の革ぎぬをたまへ。大とも伴イの大納言には。龍のくびに五色に光る玉あり。それをとりて給へ。磯の上の中納言には。つばくらめのもたるこやすのかひ一イ无とりて給へといふ。翁。かたき事どもにこそあなれ。此國に有物にはあらず。かく難事をばいかに申さんといふ。かぐや姬。なにかかたからんといへば。翁。とまれかくまれ申さんとて出て。かくなむきこゆるやうに見たまへといへば。御子たち上だちめ聞て。おいらかにあたりよりだになありきそとやはのたまはぬといひて。うむじてみな歸ぬ。なを此女みでは。世にあるまじき心ちしければ。天竺にある物ももてこぬものかはと思ひめぐらして。いしづくりの御子は心のしたくある人にて。天竺に二つとなきはちを。百千萬里のほどいきたりともいかでかイとるべきと思ひて。かぐや姬のもとには。今日なん天竺へ石のはちとにまかると聞せて。三年計大和國とをちの郡に有山寺に。びむづるの前なるはちのひたぐろに墨付たるを取て。錦の袋に入て。つくり花の枝につけて。かぐや姬の家にもて來て見せければ。かぐや姬あやしがりてみれば。はちの中にふみ有。ひろげて見れば。

 海山の道にこゝろをつくしはて[みイ]いしの鉢のなみた流れき

かぐや姬光や有とみるに。螢ばかりのひかりだになし。

 置露の光をたにもやとさましをくら山にてなにもとめけむ

とて返し出すを。はちを門にすてゝ。此歌の返しをす。

 しら山にあへは光のうするかと鉢をすてゝも賴まるゝかな

とよみて入たり。かぐや姬返しもせずなりぬ。みゝにも聞入ざりければ。いひわづらひて歸りぬ。かのはちをすてゝ又云けるよりぞ。おもなき事をばはちをすつとはいひける。倉もちの御子は。心たばかりある人にて。おほやけには。つくしの國にゆあみにまからんとていとま申して。かぐや姬の家には。玉のえだとりになむまかるといはせてくだり給ふに。つかふまつるべき人々皆難波まで御送りしける。御子いと忍びてのたまはせて人もあまたゐておはしまさず。ちかうつかうまつる限りしていで給ひ。御送りの人々見たてまつり送りて歸りぬ。おはしましぬと人にみえ給ひて三日ばかりありて漕かへり給ひぬ。かねてことみなおほせたりければ其時ひとつ一のイ寶なりけるかぢ[內イ]だくみ六人をめしとりて。たはやすく人よりくまじき家つくり[家をつくりてイ]。かまどをみへにしこめて。たくみらを入給ひつゝ御子も同じ所にこもり給ひて。しらせ給ひたるかぎり。十六そをかみにくどをあけて玉のえだを作り給ふ。かぐや姬のたまふやうにたがはず作り出づ。いとかしこくたばかりて。難波にみそかにもて出ぬ。船に乘てかへり來にけりととのにつげやりていといたくくるしがりたるさましてゐたまへり。むかへに人多く參りたり。玉のえだをばながびつに入て物おほひて持てまいる。いつか聞けむ。くらもちの御子は。うどんぐゑの花もちてのぼりたまへりとのゝしりけり。是をかぐや姬聞て我は此御子にまけぬべしと胸つぶれて思ひけり。かゝるほどに門をたゝきて。倉持の御子おはしたりとつぐ。旅の御姿ながらおはしましたりといへば。あひたてまつる。御子のたまはく。命をすてゝかの玉のえだもちて來りとて。かぐや姬に見せ奉り給へといへば。翁持て入たり。此玉のえだにふみぞつけたりける。

 徒に身はなしつとも玉のえをイたをらて更にかへらさらまし

是をも哀とも見てをるに竹とりの翁走入ていはく。此御子に申給ひし蓬萊の玉のえだを。ひとつの所あやしき所なく。あやまたずもておはしませり。何をもちて[かイ]とかく申べきにあらず。旅御姿ながら。我家へもよりたまはずしておはしましたり。はや此御子にあひつかうまつり給へといふに。物もいはでつらづえをイ付て。いみじくなげかしげに思ひたり。御子今何かと云べからずと云まゝに。緣にはひのぼり給ぬ。翁理と思ひ。此國にみえぬ玉の枝也。此度はいかでかいなび申さん。人樣もよき人におはすなど云ゐたり。かぐや姬の云やうイ无。親のたまふ事をひたぶるにいなび申さん事のいとをしさに。取がたき物をかくあさましくもてきたる事をねたくおもひ[侍るといへど。なほイ]。翁は閨の內しつらひなどす。翁御子に申やう。いかなる所にか此木は候けん。あやしくうるはしくめでたきものにもと申。御子こたへての給く。さをとゝしのきさらぎの十日頃に難波より船に乘て海の中に出て。ゆかんかたもしらず覺しかど。思ふ事ならで世中にいきて何かせんと思ひしかば。たゞむなしき風にまかせてありく。命しなばいかゞはせん。いきてあらん限かくありきて。蓬萊といふらむ山にあふやと海に漕たゞよひありきて。我國のうちを離てありきまかイりしに。ある時はなみ荒つゝ海の底に入ぬべく或時は風につけてしらぬ國に吹よせられて。鬼のやうなるもの出來て殺さんとす。ある時はこしかた行末もしらず海にまぎれむとしき。或時にはかてつきて草の根をくひものとす。ある時はいはんかたなくむくつけ[むくつけげイ]なるものきてくひかゝらんとしき。ある時は海の貝をとりて命をつぐ。旅の空にたすけ給ふべき人もなき所に色々のやまひをして。行方空も[すらもイ]おぼえず。船の行にまかせて海にたゞよひて五百日といふ辰の時ばかりに。海の中に纔に山みゆ。舟のうちをなんせめてみる。海の上にたゞよへる山いとおほきにて有。其山のさま高くうるはし。これや我救る[もとむるイ]山ならんと思ひて。さすがにおそろしくおぼえて。山のめぐりをさしめぐらして二三日ばかりみありくに天人の粧ひしたる女山の中より出來て銀のかなまるをもちて水をくみありく。是を見て船よりおりて。此山の名を何とか申ととふ。女こたへていはく。是は蓬萊の山なりと答。是を聞に嬉しき事限なし。此女かくの給ふは誰そととふ。我な[はイ]ほうかんるりと云て。ふと山の中に入ぬ。其山を見るに更にのぼるべきやうなし。其山の岨ひらをめぐりければ。世中になき花の木どもたてり。金銀瑠璃色の水山よりながれ出たり。それには色々の玉の橋わたせり。そのあたりに照輝く木どもたてり。其內にこのとりてもちてまうできたりしは。いとわろかりしかども。の給ひしにたがはましかばと。此花を折てまうで來る也。山は限なく面白し。世にたとふべきにあらざりしかど。此枝を折てしかば。更に心もとなくて。舟に乘て追手の風吹て。四百よ日になん詣きにし。大願[のイ]力にや。難波より昨日なん都に詣きつる。更に鹽に雰たる衣をだに脫かへなでなん詣來つるとのたまへば。翁聞て打歎てよめる。

 吳竹のよゝの竹とり野山にもさやは侘しきふしをのみ見し

是を御子聞て。こゝらの日頃思ひ侘侍りつる心[はイ]。今日な[イ无]むおちゐぬる。との給ひて返し。

 わか袂けふかはけれは侘しさの千種のかすも忘られぬへし

との給ひ。かゝる程に男[どもイ]六人つらねて庭に出來たり。一人のイおとこ。ふばさみに文を挿て申。つくもどころつかさのたくみあやべのうちまろ申さく。玉の木を作りつかふまつりし事。五穀を斷て。千餘日に力をつくしたる事すくなからず。然るに[マヽ]いまだ給はらず。是給はりてわろきけごにたまはせんと云てさゝげたり。竹とり此工等が申事[はイ]。何事ぞとかたぶきおり。御子は我にもあらぬけしきにて。肝消ぬべき心ちしてゐ給へり。是をかぐや姬聞て。此奉る文をとれと云てみれば。ふみに申けるやう。御子のきみ。千日いやしき匠等ともろともに同じ所に隱ゐたまひて。かしこき玉の枝をつくらせ給ひて。司もたまはらイんと仰給ひき。是を[このイ]頃あんずるに。御つかひとおはしますべきかぐや姬のえうし給ふべき成けりと承て。此宮よりたまはらんと申て。給るべきなりと云を聞て。かぐや姬のくるゝまゝに忍ひ侘つる心ちわらひさかへて。翁をよびとりて云やう。誠蓬萊の木とこそ思ひつれ。かくあさましき空事にてありけれはイ。はや返し給へといへば。翁こたふ。さすが[だかイ]につくらせたる物と聞つれば。返さん事いとやすしとうなづきおり。かぐや姬の心行果て。ありつる歌のかへし。

 まことかと聞てみつれは言の葉を飾れる玉の枝にそ有ける

と云て玉のえだも返しつ。竹取の翁。さばかりかたらひつるが。さすがに覺てねぶりをり。御子は立もはした。ゐるもはしたにてゐ給へり。日の暮ぬればすべり出給ひぬ。かのうれへせしたくみをば。かぐや姬よびすへて。うれしき人どもなりといひて。[マヽ]どもいとイ多くとらせ給ふ。たくみらいみじく喜て思ひつるやうにも有哉と云て歸る。道にてくらもちの御子。ちのながるゝまでちやうぜさせ給ふ。ろくえしかひもなく。みな取すてさせ給ひてければ。迯うせにけり。かくて此御子は。一しやうのはぢ是にすぐるはあらじ。女を得ず成ぬるのみにあらず。天下の人の見思はん事のはづかしき事との給ひて。たゞ一所ふかき山へ入給ひぬ。宮司さぶらひし人々みなてを分ちてもとめたてまつれども。御しにもやし給ひけん。えみつけ奉らず成にけり[ぬイ]。〔みこの御供にかくし給はんとて。年比見え給はざりけるなり。〕是をなんたまかざ[さかイ]るとはいひはじめける。左大臣安倍のみむらじは。寶ゆたかに家廣き人にぞおはしける。其年きたりけるもろこし船のわうけいといふ人のもとに文を書て。火ねづみの皮といふなる物買ておこせよとて。つかふまつる人の中に心たしかなるを撰て。小野房盛と云人をつけてつかはす。もていたりてかのうらにをるわうけいに金をとらす。わうけい文をひろげて見て返事かく。火鼠の皮衣。此國になき物也。音にはきけども。いまだ見ずさぶらふ物也。世にある物ならば。此國にももて詣來なまし。いとかたき商也。然ども若天ぢくに逅にもて渡りなば。若ちやうじやのあたりにとぶらひもとめんに。なき物ならば。使に添てかねをば返し奉らんといへり。彼唐ぶねきけり。小野房盛詣きて。まうのぼると云事を聞て。あゆみとうイするむまをもちて。はしらせむかへさせ給ふ。時に馬に乘て。筑紫より唯七日にのぼりまふで來り。文をみるに。いはく。火ねずみの革衣。からうじて人を出して取て奉る。今のよにも昔の世にも。此皮はたはやすくなき物也けり。昔賢き天竺の聖。此國にもてわたりて侍りける。西の山寺にありと聞及ておほやけに申て。からうじてかい取て奉る。あたひの金すくなしと。こくし使に申しかば。わうけいが物くはへてかひたり。今金五十兩たまはらん。舟のかへらんにつけてたび送れ。若金たまはぬ物ならば。皮衣のしち返したべ。といへる事をみて。なにおぼす。いま金少の事[にてイ]こそ[なイ]めれ。〔かならず送るべき物にこそあなれ。〕うれしくしてをこせたる哉とて。唐のかたにむかひてふし拜み給ふ。此革衣入たる箱をみれば。草々のうるはしきるりを色へてつくれり。皮衣を見ればこんじやうの色也。毛のすゑにはこがねの光しさゝきイ、やきイたり。寶とみえうるはしき事幷ぶべきものなし。火に燒ぬ事よりも。けうらなる事双なし。うべかぐや姬このもしがり給ふにこそありけれとの給ひて。あなかしことて。箱に入たまひてものの枝に付て。御身のけさう化粧いといたくして。やがてとまりなむ物ぞとおぼして。歌讀くはへてもちていましたり。其歌は。

 かきりなき思ひにやけぬかは衣袂かはきて今こそはきめ

と云り。家の門にもていたりてたてり。竹取出きて。取入てかぐや姬に見す。かぐや姬の。皮衣をみて云く。うるはしき皮きぬイなめり。わきて誠の皮ならんともしらず。竹とりこたへていはく。とまれかくまれ。先しやうじ入奉らん。世中にみえぬ皮衣のさまなれば。これを[まこと]と思ひ給ね。人ないたく佗させ[奉らせ]たまひそと云て。よびすへ泰れり。かくよびすへて。此たび必あはんと女の心にも思ひをり。翁はかぐや姬のやもめなるをなげかしければ。よき人にあはせむと思ひはかれど。せちにいなといふ事なれば。えしゐぬはことはりなり。かぐや姬翁にいはく。此皮ぎぬは火にやかんに。燒ずばこそまことならめと思ひて。人の云事にもまけめ。世になき物なれば。それをまこととうたがひなく思はんとの給ひて。猶是をやきてこゝろみむといふ。おきなそれさもいはれたりといひて。大臣にかくなん申と云。大臣こたへていはく。此革は唐にもなかりけるイ[をイ]。からうじて取[求イ]えたる也。何の疑あらん。左は申とも。はや燒て見給へといへば。火のうちに打くべてやかせ給ふに。めらとやけぬ。さればこそこともの皮也けりといふ。大臣是を見給ひて。[御イ]かほは草の葉の色してゐたまへり。かぐや姬はあなうれしとよろこびていたり。かのよみ給ひけるうたの返し。箱に入てかへす。

 餘波なくもゆとしりせは皮衣おもひのほかに置て見ましを

とぞ有ける。されば歸りいましにけり。よの人々。あべの大臣火鼠の皮ぎぬもていまして。かぐや姬にすみ給ふとな。こゝにやいますなどとふ。ある人のいはく。皮は火にくべてやきたりしかば。めらとやけにしかば。かぐや姬逢給ずと云ければ。是を聞てぞ。とげなき物をばあへなしとはイ云ける。大伴イの御ゆきの大納言は。我家に有とある人めしあつめての給はく。龍の首に五色の光ある玉あなり。それとりてたてまつりたらん人には。ねがはん事をかなへんとのたまふ。男ども仰の事を承て申さく。仰の事はいともたうとし。但此玉たはやすくえとらじを。いはんや龍の首の玉はいかゞとらむと申あへり。大納言のたまふ。てん[きみイ]の使といはんものは。命をすてゝもをのが君の仰ごとをば。かなへんとこそおも[ふイ]べけれ。此國になき天竺唐の物にもあらず。此國の海山より龍はおりのぼるもの也。いかに思ひてか。なんぢらかたき物と申べき。をのこども申やう。さらばいかがはせむ。かたきものイ成とも。仰ごとに隨てもとめにまからむと申に。大納言見わらひて。なんぢらが君の使と名をながしつ。君のおほせごとをば如何は背くべきとの給ひて。龍の首の玉取にとて出し立給ふ。此人々の。みちのかてくひ物に。とののうちのきぬ。わた。ぜになど。ある限取出てそへてつかはす。此人どもの歸るまでいもゐをして我はをらん。此玉取えでは家にかへりくなとのたまはせけり。各仰承て罷ぬ。たつのかしらの玉とりえずばかへりくなとのたまへば。いづちも足のむきたらんかたへゆかいなイんとす。かゝるすき事をし給ふ事と誹りあへり。たまは[イ无]せたる物各分つゝとる。或はをのが家に籠り居。或はをのがゆかまほしき所へいぬ。親君と申ともかくつきなき事を仰イ給ふ事と。ことゆかぬ[ものイ]ゆへ。大納言をそしりあひたり。かぐや姬すへんには。れいやうには見にくしとの給ひて。うるはしき屋を作り給ひて。うるしをぬり。蒔繪し給ひて。屋のうへにはいとをそめていろふかせて。內々のしつらひには。いふべくもあらぬ綾織物に繪を書てまごと間每にはりたり。もとのめどもは。かぐや姬を必あはんまふけして。獨明しくらし給ふ。つかひし人は夜晝待給ふに。年越るまで音もせず。心もとなかりイて。いと忍て。ただ舍人二人召付として。やつれ給ひ[てイ]。難波の邊におはしまして問給ふ事は。大伴イの大納言どのの人や。ふねに乘て龍ころして。其首の玉とれるとや聞と。とはするに。舟人こたへていはく。あやしき事哉とわらひて。さるわざするふねもなしと答るに。おぢなき事する船人にもある哉。得しらでかく云とおぼして。我ゆみの力は。龍あらばふといころして首の玉いイとりてん。をそくくるやつばらをまたじとの給ひて。船にのりて海ごとにありき給ふに。いと遠くて。筑紫のかたの海に漕出給ひぬ。いかゞしけむ。はやき風吹て。世界くらがりて。船を吹もてありく。いづれのかたともしらず。舟を海中にまかり入ぬべく吹まはして。波は船に打かけつゝまき入。神はおちかゝるやうにひらめきかゝるに。大納言はまどひて。まだかゝる佗しさめ[はイ]みず。いかならんとするぞとのたまふ。梶とりこたへて申。こゝら舟にのりてまかりありくに。まだかく侘しきめを見ず。御船海のそこにいらば神おちかゝりぬべし。もし幸に神のたすけあらば南海にふかれおはしぬべし。うたてある主のみもとにつかふまつりて。すゞろなるしにをすべかめるかなとかぢとりなく。大納言是を聞ての給く。船に乘ては梶とりの申ことをこそ高き山ともたのめ。などかくたのもしげなき事を申ぞとあをへどをつきての給ふ。かぢ取答て申。神ならねば何わざをかつかふまつらむ。風吹波はげしけれども。神さへいたゞきにおちかゝるやうなるは。辰を殺さんと[求イ]給ふ故にある也。はやても龍のふかするなり。はや神にいのり給へといふ。よき事也とて。梶とりの御神きこしめせ。を[ちイ]なく心おさなく。龍をころさむと思ひけり。今より後は。けのすゑイ一すぢをだにうごかしたてまつらじと。よごとをはなちて。たちゐなくよばひ給ふこと。千度ばかり申給ふけにやあらん。漸々神なりやみ。すこし光て。風は猶はやく吹。梶取のいはく。是はたつのしわざにこそありけれ。此吹風はよき方の風也。惡敷かたのかぜにはあらず。よき方へおもむきて吹なりといへども。大納言は是を聞入給はず。三四日ふきて吹かへしよせたり。濱をみれば播磨のあかしの濱なり鳧。大納言南海の濱に吹よせられたるにやあらむとおもひて。いきつきふし給へり。舟にある男ども國につきたれども國の司まうでとぶらふにも。えおきあがり給はで。ふなぞこに臥たまへり。松原に御むしろ敷ておろし奉る。其時にぞ南海にあらざりけりとおもひて。からうじておきあがりたまへるを見れば。風いとおもき人にて。はらいとふくれ。こなたかなたの目には。すもゝを二つつけたる樣也。是をみたてまつりてぞ國の司もほゝえみたる。國におほせ給ひてたごしつくらせ給ひて。漸々[によふイ]になはれたまひて。家に入たまひぬるを。いかでか聞けん。つかはしし男どもまいりて申やう。龍のくびの玉をえとらざらしかば。南海へもまいらざりし。玉の取がたかりし事をしり給へればなん。かむだうあらじとて參つると申。大納言起出のたまはく。なむぢらよくもてこずなりぬ。たつはなる神のるいにこそ有けれ。それが玉をとらむとて。そこらの人々のがいせられむとしけり。ましてたつをとらへたらましかば。又とこ[ことイ]もなく我はがいせられなまし。よくとらへずやみなりにけりイ。かぐや姬てふおほ盜人のやつが。人をこるさむとする也けり。家のあたりだに今はとをらじ。男どももなありきそとて。家に少殘りたりける物どもは。龍の玉をとらぬものどもにたびつ。是を聞て。はなれ給ひしもとの上は。はらをきりて斷腸わらひ給ふ。いとをふかせつくりし屋は。とびからすの巢にみなくひもていにけり。世界の人いひけるは。大とも伴イの大納言は。龍の首の玉や取ておはしたる。いなさもあらず。みまなこ二つにすもゝのやうなる玉を[ぞイ]そへていましたるといひければ。あなたへがたといひけるよりぞ。世にあはぬ事をば[あなイ]堪がたとはいひはじめける。中納言磯のかみのまろたり[もろたかイ]は。家につかはるゝをのこどものもとに。つばくらめのすくひたらばつげよとの給ふを承て。何の用にかあらむと申。こたへての給ふやう。つばくらめのもたるこやすイ无かひをとらんれうなりとの給ふ。をのこどもこたへて申。つばくらめをあまたころしてみるにだにも腹になき物也。たゞし子うむ時なんいかでかいだすらん。はうかと申。人だにみればうせぬと申。又人申やう。おほいづかさのいひかしぐ屋のむね[のイ]。つくのあなごとにつばくらめは巢をくひ侍る。それにまめならんをのこどもをゐてまかりて。あぐらをゆひあげてうかゞはせんに。そこらのつばくらめをうまざらむやは。扨こそとらしめ給はめと申。中納言よろこびたまひて。おかしき事にも有哉。尤えしらざりけり。けうある事申たりとの給ひて。まめなるをのこども廿人ばかりつかはして。あなゝひにあげすへられたり。とのより使隙なくたまはせて。こやす[イ无]かひとりたるかととはせ給ふ。つばくらめも人あまたのぼりゐたるにおぢて。すにものぼりこず。かゝるよしの御返事を申たれば。聞給ひて。如何すべきとおぼしめし煩ふに。彼つかさのくわん人くらつまろと申翁申やう。こやすイ无かひとらむとおぼしめさば。たばかり申さむとて。御前に參たれば。中納言額を合てむかひゐたまへり。くらつまろが申やう。此燕めこやすのかひは。あしくたばかりてとらせ給ふ也。扨はえとらイ无せたまはじ。あなゝひにおどろおどろしく廿人のひとののぼりて侍るなれば。あれてよりまうでこず[なりイ]。せさせ給ふべきやうは。此あなゝひをこぼちて人みなしりぞきて。まめならむ人をあらこにのせすへて。つなをかまへて鳥のこうまん間につなをつりあげさせて。ふとこやす[イ无]かひをとらせ給なん。よき事なる[ばよかるイ]べきと申。中納言の給ふやう。いとよき事なりとて。あなゝひをこぼし。人みなかへりまうできぬ。中納言くらつまろにの給はく。つばくらめはいかなる時にか子うむとしりて人をばあぐべきとのたまふ。くらつまろ申やう。つばくらめ子うまむとする時は。おをさ[さイ]げて七度めぐりてなんうみおとすめる。扨七度めぐらんおりひきあげてそのおりこやすイ无貝はとらせたまへと申。中納言喜て。よろづの人にもしらせ給はでみそかにつかさにいまして。をのこどもの中にまじりて。夜をひるになしてとらしめ給ふ。くらつまろかく申をいといたく喜ての給ふ。こゝにつかはるゝ人にもなきにねがひをかなふることのうれしさとの給ひて。御ぞぬぎてかづけ給つ。さらによさり此司にまうでことの給ひてつかはしつ。日暮ぬればかのつかさにおはして見給ふに誠につばくらめ巢つくれり。くらつまろ申やう[にイ]。おうけて[をさゝげイ]めぐるに。あらこに人をのぼせてつりあげさせてつばくらめの巢に手をさし入させてさぐるに。物もなしと申に。中納言あしくさぐればなきなりと腹立てたればかりおぼふらんにとて。われのぼりてさぐらむとの給ひて。籠に入てつられのぼりてうかゞひ給へるに。つばくらめ尾をさげ[さゝげイ]ていたくめぐりけるにあはせて。手をさゝげてさぐり給ふに。[手にイ]ひらめる物さはりけるとき。我物にぎりたり。今はおろしてよ。おきなしえたたり[イ无]との給ひて。あつまりてとくおろさんとて綱を引すぐしてつなたゆるとき[すなはちにイ]に。やしまのかなへのうへにのけざまにおちたまへり。人々あさましがりて。寄てかゝへたてまつれり。御目はしらめにてふし給へり。人々水をすくひ入たてまつれり。からうじていき出給るに。又かなへの上より。てとりあしとりしてさげおろし奉る。からうじて御心ちはいかゞおぼさるゝととへば。息の下にて。物はすこしおぼゆれど。こしなむうごかれぬ。されどこやすのかひをふとにぎりもたれば嬉敷おぼゆれ[ゆるなりイ]。まづしそくさしてこ。このかひがほ貝面見むと御ぐしもたげ御手をひろげ給へるに。つばくらめのまりおけるふるくそをにぎり給へるなりけり。それをみ給ひて。あなかひなのわざやとの給ひけるよりぞ。思ふにたがふ事をばかひなしといひける。かひにもあらずと見給ひけるに。御心ちもたがひて。からびつのふたに入られ給ふべくもあらず。御こしはおれにけり。中納言ははら[いはイ]はげたるわざしてやむことを。人にきかせじとしたまひけれど。それをやまひにていとよはく成たまひけり。かひをもとらずなりにける〔よりも。人の聞き笑はん〕事を。日に添て思ひ給ひければ。たゞにやみしぬるよりも人聞媿敷おぼえ給ふ成けり。是をかぐや姬聞て。とぶらひにやる歌。

 年をへて浪立よらぬすみのえのまつかひなしときくは誠か

とあるをよみてきかす。いとよはき心にかしらもたげて。人にかみをもたせて。くるしき心ちにからうじて書給ふ。

 かひはなく有ける物をわひはてゝしぬる命を救ひやはせぬ

と書はてゝたえ入給ひぬ。是を聞て。かぐや姬少哀とおぼしけり。それよりなん少嬉しきことをばかひあるとはいひけり。扨かぐや姬かたちの世ににずめでたき事を。御門聞しめして。ないしなかとみのふさこにの給。多くの人の身を徒になしてあはざなる[イ无]かぐや姬は。いかばかりの女ぞとまかりてイ見てまいれとの給ふ。ふさこ承てまかれり。竹取の家に。畏てしやうじ入てあへり。女にないしの給。仰ごとに。かぐや姬のかたちいうにおはすなり。よくみてまいるべきよしの給はせつるになむまいりつるといへば。さらばかくと申侍らんといひて入ぬ。かぐや姬に。はやかの御使に對面し給へといへば。かぐや姬。よきかたちにもあらず。いかでか見ゆべきといへば。うたてもの給ふ物哉。帝の御使をばいかでかをろかにせむといへば。かぐや姬こたふるやう。御門のめしての給はん事。かしこしともおもはずといひて。更にみゆべくもあらず。うめるこの樣にあれど。いと心はづかしげに疎かなるやうにいひければ。心の儘にもえせめず。女ないしのもとにかへり出て。口惜き此おさなきものはこはく侍る物にて。たいめんすまじきと申。ないし。必見たてまつりてまいれとおほせごとありつるものを。見たてまつらではいかでかかへりまいらん。國王の仰ごとを。まさに世にすみたまはむ人の承り給はでありなんや。いはれぬ事なし給ひそと。言葉はづかしくいひければ。是を聞て。ましてかぐや姬聞べくもあらず。國王の仰事を背かば。はやころし給ひてよかしといふ。此內侍歸りまいりて此由をそうす。御門聞食て。多くの人をころしてける心ぞかしとの給てやみにける。されど猶思しおはして。此女のたばかりにやまけむとおもほして仰給ふ。なんぢがもちてはんべるかぐや姬奉れ。かほかたちよしと聞食て御使をたびしかど。かひなく見えず成にけり。かくたいしくやはならはすべきと仰らる。翁かしこまりて御かへり事申樣。此めのわらはは。たえて宮づかへ仕べくもあらず侍るを。もてわづらひ侍る。さりともまかりて仰給はんと奏す。是を聞召て仰給ふやう。などか翁の手におほしたてたらん物を心にまかせざらむ。此女もし奉りたる物ならば。翁にかふむり[をイ]などかたばせざらん。翁喜て家に歸りて。かぐや姬にかたらふやう。かくなむ帝の仰給へる。なをやはつかふまつり給はぬといへば。かぐや姬答ていはく。もはらさやうの宮づかへつかふまつらじと思ふを。しゐてつかふまつらせたまはゞ消うせなむず。みつかさかふぶりつかふまつりてしぬばかり也。翁いらふるやう。なし給そ。つかさかふぶりも我こを見たてまつらでは何にかせむ。さはありとも。などか宮づかへをしたまはざらん。しに給ふべきやうやあるべきと云。なをそらごとかとつかまつらせて。しなずやあるとみたまへ。あまたの人の志をろかならざりしを。むなしくなしてしこそあれ。きのふ今日帝の宣はん事につかむ。人聞やさしといへば。翁こたへていはく。天下の事はとありともかゝりとも。御イ命のあやうさこそ大きなるさはりなれば。なをかうつかふまつるまじき事をまいりて申さむとて。まいりて申樣。仰ごとのかしこさに。かのわらはをまいらせむとてつかふまつれば。宮仕に出奉候はゞしぬべしと申。宮つこまろがてにうませたるこにてあらず。昔山にて見つけたる。かゝれば心操もよの人ににずぞ侍ると奏せさす。御門仰給はく。宮つこまろが家は山本ちかくなり。御狩行幸し給はんやうにて見てむやとのたまはす。宮つこまろが申樣。いとよき事也。何か心もなくて侍らむに。ふと御幸して御覽ぜられなんと奏すれば。御門俄に日を定て御狩に出給ひて。かぐや姬の家に入給ふて見給ふに光みちてけうらにてゐたる人あり。是ならんと思して。にげて入袖をとりてをさへ給へば。面をふたぎて候へど。始よく御覽じつれば。たぐひなくめでたくおぼえさせ給ひて。ゆるさじとすとて。ゐておはしまさむとするに。かぐや姬こたへてそうす。をのが身は。此國に生れて侍らばこそつかひ給はめ。いとゐておはしましがたくや侍らんとそうす。御門。などかさあらん。なをゐておはしまさむとて。御こしをよせ給ふに。此かぐや姬きとかげになりぬ。はかなく口惜とおぼして。げにたゞ人にあらざりけりとおぼして。さらば御ともにはゐていかじ。もとの御かたちとなり給ひね。それをみてだにかへりなんと仰らるれば。かぐや姬もとのかたちに成ぬ。御門猶めでたくおぼしめさるゝ事せきとめがたし。かくみせつる宮つこまろを悅給ふ。扨つかふまつる百官人にあるじいかめしうつかふまつる。御門かぐや姬をとゞめて歸りたまはむ事をあかずくちおしくおぼしけれど。魂をとゞめたる心ちしてなむかへらせ給ひける。御こしにたてまつりて後に。かぐや姬に。

 かへるさの御幸物うくおもほえて背てとまるかくや姬ゆへ

御返り事。

 むくらはふ下にもとしはへぬる身の何かは玉の臺をもイ見む

これを御門御覽じて。い[かイ]ゞ歸り給はむ空もなくおぼさる。御心は更に立かへるべくもおぼされざりけれど。去とて夜をあかし給ふべきにもあらねば。かへらせ給ひぬ。常につかふまつる人をみ給ふに。かぐや姬の傍によるべくだにあらざりけり。こと人よりもけうらなりとおぼしける人の。かれにおぼしあはすれば。人にもあらず。かぐや姬のみ御心にかゝりて。唯獨すみイし給ふ。よしなくて御かたにもわたり給はず。かぐや姬の御もとにぞ御文を書てかよはさせ給ふ。御かへりさすがににくからずきこえかはし給ひて。おもしろき木草につけても。御歌を讀てつかはす。かやうにて。御心を互に慰め給ふほどに。三年計有て。春の初よりかぐや姬月の面白う出たるをみて。常よりも物おもひたるさまなり。ある人の。月のかほみるはいむ事とせいしけれども。ともすれば。人まに[もイ]月をみていみじく啼給ふ。七月十五日の月にいでゐて。せちに物おもへるけしきなり。近くつかはるゝ人。竹取の翁につげていはく。かぐや姬例も月を哀がり給けれども。[このイ]頃と成ては。たゞ事にも侍らざめり。いみじくおぼしなげく事あるべし。よく見たてまつらせイ給へといふを聞て。かぐや姬にいふ樣。なんでう心ちすれば。かく物をおもひたる樣にて月を見給ふぞ。うましき世にと云。かぐや姬。見れば世間心細く哀に侍る。なでう物をか歎き侍るべきと云。かぐや姬の有所に到てみれば猶物おもへるけしきなり。是を見て。あがほとけなに事[をイ]思ひ給ぞ。おぼすらむ事何事ぞといへば。思ふ事もなし。物なん心ぼそくおぼゆるといへば。翁。月なみ給そ。是を見給へば物おぼすけしきはあるぞといへば。いかで月を見ではあらむとて。猶月出れば出居つゝ歎きおもへり。夕闇には物おもはぬけしき也。月の程に成ぬれば。猶時々は打歎きなきなどす。是をつかふものども猶物おぼす事あるべしとさゝやけど。おやを始て何事ともしらず。八月十五日計の月に出居てかぐや姬いといたくなき給ふ。人めも今はつゝみ給はず。これをみて。おやども何事ぞととひさはぐ。かぐや姬なく云。さきも申さむと思ひしかども。必心まどひイしたまはん物ぞと思ひて今迄すごし侍りつる也。さのみやはとて打出侍ぬるぞ。をのが身は此國の人にもあらず。月の宮古の人也。それをなんむかしのちぎりなりけるによりなむ。此世界にはまうできたりける。今は歸るべきに成にければ此月の十五日にかの國よりむかへに人々まうでこんず。さらばまかりぬべければ。おぼしなげかむが悲しき事を。此春より思ひなげき侍るなりと云ていみ敷なくを。翁こはなでうことの給ふぞ。竹の中よりみつけきこえたりしかど。なたねの大きさにおはせしを。わがたけ立ならぶまでやしなひ奉りたるわが子を何人かむかへきこえむ。まさにゆるさむやといひて。我こそしなめとて啼訇ること。いとたへがたげなり。かぐや姬の云。月の古の人にてちゝはゝあり。片時の間とてかの國よりまうでこしかども。かく此國にはあまたの年を經ぬるになむありける。かの國のちゝはゝのこともおぼえず。こゝにはかく久敷あそび聞えてならひ奉れり。いみじからむ心ちもせず。かなしくのみある。されどをのが心ならずまかりなんとするといひてもろともにいみじうなく。つかはるゝ人々も。年頃ならひて。たち別なむ事を。こゝろばへなどあてやかに美しかりける事をみならひて。こひしからん事の堪がたく。ゆ水のまれず。おなじ心になげかしがりけり。此事を御門聞食て。竹とりが家に御使つかはさせ給ふ。御使にたけとり出合てなく事限なし。此事をなげくに。髮も白くこしもかゞまり目もたゞれにけり。おきな今年は[八イ]十ばかりなりしかども。物思にはかた時になむ老になりにけるとみゆ。御使仰ごととて翁にいはく。いと心ぐるしく物思ふなるはまことにかと仰給ふ。竹取なく申。此十五日になむ。月の宮古よりかぐや姬のむかひにまうでくなり。たうとくとはせ給。此十五日[にイ]は人々給りて。月の宮古の人々まうでこば。とらへさせむと申。御使かへりまいりて。翁のあり樣申て。奏しつる事ども申を聞召ての給ふ。一目給ひし御心にだにわすれ給はぬに。明暮みなれたるかぐや姬をやりていかがおもふべき。此十五日司々に仰て。勅使せうしやう高イ野のおほくにといふ人をさして。六ゑのつかさ合て二千人の人を竹とりが家につかはす。家にまかりて。ついぢの上に千人。屋の上に千人。家の人々いとおほくありけるにあはせて。あける隙もなくまもらす。此守る人々も弓矢をたいして。おもやの內には女ども番にをりて守す。女ぬりごめの內にかぐや姬をいだかへてをり。翁もぬりごめの戶をさして戶口にをり。翁いはく。かばかり守る所に。天の人にもまけむやといひて。屋の上にをる人々にいはく。露も物空にかけらば。ふといころし給へ。守る人々のいはく。かばかりして守る所にかは[ほイ]り一だにあらば。先いころしてほかにさらさむとおもひ侍ると云。翁これを聞て。たのもしがりをり。是を閒てかぐや姬は。さしこめてまもりたゝかふべきしたくみをしたりとも。あの國の人えたゝかはぬ也。弓やしていられじ。かくさしこめてありとも。かの國の人こば皆あきなんとす。相たゝかはんとするとも。かの國の人きなば。たけき心つかふ人もよもあらじ。翁のいふやう。御むかへにこむ人をば。ながきつめしてまなこをつかみつぶさん。とさ[イ无]かがみをとりてかなぐりおとさむ。さかしりをかきいでて。こゝらのおほやけ人に見せて。はぢをみせむと腹立おる。かぐや姬云。こは高になの給ひそ。屋のうへにをる人共の聞にいとまさなし。いますかりつる志をおもひもしらで。まかりなむずることの口惜う侍りけり。ながき契のなかりければ。程なくまかりぬべきなめりとおもひかなしく侍る也。親達のかへりみを聊だにつかまつらで。まからむ道もやすくもあるまじきに。ひごろもいでゐて今年計の暇を申つれど。更にゆるされぬによりてなむかく思ひなげき侍る。御心をのみまどはしてさりなん事の。かなしく堪がたく侍る也。かの都の人は。いとけうらにおいもせずなむ思ふこともなく侍也。さる所へまからむずるもいみじくも侍らず。老おとろへたまへる樣を見たてまつらざらんこそ戀しからめといひて[なくイ]。翁胸[イ无]いたきことなし給ひそ。うるはしき姿したる使にもさはイらじとねたみをり。かゝる程に宵打過て。ねの時ばかりに。家のあたりひるのあかさにも過て光たり。もち月のあかさ十合たる計にて有人の毛のあなさへ見ゆるほどなり。大空より人雲に乘ており來て。つちより五尺計あがりたるほどにたちつらねたり。是をみて內外なる人の心ども。物におそはるゝやうにして。あひたゝかはむ心もなかりけり。からうじて。思ひおこして。弓矢を取たてむとすれども。手に力もなく成てなへかゞ[まイ]りたる中に。心ざしさかしきものねんじていむとすれども。ほかざまへいきければ。あれもたゝかはで。こゝちたゞしれにしれて守あへり。たてる人共はさうぞくのきよらなること物にもにず。とぶ車ひとつぐしたり。らがい羅蓋さしたり。その中にわうとおぼしき人。いへに宮つこまろまふでこといふに。たけく思ひつる宮つこまろも。物におそひ[ゑひイ]たる心ちしてうつぶしにふせり。いはく。汝おさなき人。いさゝかなるくどくを翁つくりけるによりて。汝がたすけにとて。片時の程とてくだしゝを。そこの年比そこらのこがねたまひて。みをかへたるがごと[くイ]なりにけり。かぐや姬はつみをつくり給へりければ。かくいやしきをの[れイ]がもとにしばしおはしつる也。つみの限はてぬればかくむかふるを翁はなきなげく。あたはぬ事也。はやいだかへイし奉れと云。翁こたへて申。かぐや姬を養奉る事廿餘年に成ぬ。かた時との給ふにあやしくなり侍りぬ。又こと所にかぐや姬と申人ぞおはしますらんと云。爱におはするかぐや姬はおもき病をしたまへばえいでおはすまじと申せば。その返事はなくて。屋のうへにとぶ車よせて。いざかぐや姬。きたなき所にいかでか久しくおはせむと云。たてこめたる所の戶則たゞあきにあきぬ。かうしどもも人はなくしてあきぬ。女いだきてゐたるかぐや姬とに出ぬ。えとゞむまじければ。たゞさしあふぎてなきをり。竹取心まどひてなきふせる所によりて。かぐや姬云。こゝにも心にもあらでかくまかりのぼらんをだに見をくり給へといへども。なにしに悲しきにみ送りたてまつらむ。我をばいかにせよとて捨てはのぼり給ふぞ。ぐしてゐておはせねと啼てふせれば。御心まどひぬ。ふみをかき置てまからむ。戀しからん折々とり出てみ給へとて打なきてかく。ことばは。この國にむまれぬるとならば。なげかせ奉らぬほどまで侍らですぎ別ぬイるこそかへすがへすほいなくこそおぼえ侍れ。ぬぎをくきぬをかたみとみ給へ。月の出たらむ夜は見をこせ給へ。見すて奉りてまかる。そらよりもおちぬべき心ちするとかきをく。天人のなかにもたせたるはこあり。天の羽衣いれり。また有はふしの藥入り。ひとりの天人いふ。つぼなる御藥たてまつれ。きたなき所の物きこしめしたれば御心ちあしからむ物ぞとてもてよりたれば。聊なめ給て。すこしかたみとてぬぎ置給ふきぬにつゝまんとすれば。有天人つゝませず。みぞをとり出てきせんとす。そのときにかぐや姬。しばしまてと云。きぬきせつる人は心ことになるなりと云。物一こといひをくべきこと有けといひてふみかく。天人をそしと心もとながり給ふ。かぐや姬。ものしらぬことなの給そとていみじくしづかに。おほやけに御文たてまつり給ふ。あはてぬさま也。かくあまたの人を給てとゞめさせ給へど。ゆるさぬむかひまふで來てとり[ゐてイ]まかりぬれば。くちおしくかなしき事。宮づかへつかふまつらずなりぬるも。かくわづらはしきみにて侍れば。心えずおぼしめされつらめども心づよく承はらずなりにしこと。なめげなるものにおぼしめし留られぬるなむ。心にとまり侍りぬとて。

 今はとて天の羽衣きるおりそ君をあはれとおもひいてける

とてつぼのくすりそへて。とうのちうじやうをよびよせてたてまつらす。中將に天人とりてつたふ。中將とりつれば。ふと天の羽衣打きせ奉りつれば。翁をいとをしかなしとおぼしつることもうせぬ。此きぬきつる人は物おもひなくなりにければ車に乘て。百人ばかり天人ぐしてのぼりぬ。そののち。翁女ちのなみだをながしてまどひけれどかひなし。あの書をきし文をよみてきかせけれど。何せむにか命もおしからむ。たがためにかなに事もようもなしとて藥もくはず。やがておきもあがらずやみふせり。中將人々引ぐして歸まいりて。かぐや姬をえたゝかひとゞめずなりぬることを。こまとそうす。藥のつぼに御ふみそへてまいらす。ひろげて御覽じて。いといたくあはれがらせたまひて。ものもきこしめさず。御あそびなどもなかりけり。大じむかんだちめをめして。いづれの山かてんにちかきととはせ給ふに。ある人そうす。するがの國にあるなるやまなん。此みやこもちかく。天もちかくはむべるとそうす。これをきかせ給ひて。

 逢事もなみたに浮ふわか身にはしなぬ藥もなにゝかはせむ

かのたてまつるふしの藥にまたつぼ[のつぼに御文イ]ぐして。御つかひにたまはす。ちよくしには。月のいはがさといふ人をめして。するがの國にあなる山のいたゞきにもて[ゆイ]くべきよしおほせ給ふ。岑にてすべきやうをしへさせ給ふ。御ふみ。ふしのくすりのつぼ。ならべて火をつけてもやすべきよしおほせ給ふ。そのよしうけたまはりて。つはものどもあまたぐして山へのぼりけるよりなむ。そのやまをふじのやまとなづけける。そのけぶりいまだ雲の中へたちのぼるとぞいひつたへたイる。

右竹取翁物語以織部正乘尹主藏本書寫以古寫三本及活板本幷流布印本挍合畢

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。