光厳上皇が作成した置文。康永2年4月13日付。鳩居堂所蔵。
- 原文は『宸翰英華 別篇 北朝』(1992年)による。〈〉は割注である。書き下し文は常用漢字に改めた。
定置 継体事
興仁親王俻儲貳之位先畢。必可受次第践祚之運。但不可有継嗣之儀〈若生男子者、須必入釋家、善學修佛教、護持王法、以之謝朕之遺恩矣〉、以直仁親王所俻將来継體也。子々孫々稟承、敢不可遺失。件親王人皆謂為法皇々子。不然、元是朕之胤子矣。去建武二年五月、未决胎内〈宣光門院〉之時、有春日大明神之告已降、偏依彼霊倦、所出生也。子細朕并母儀女院之外、他人所不識矣。先年興仁親王立太子之日、依未得天時、不顕斯事。今歸真實之理、深加商量所定置也。宛為徽安門院實所生、是以昭穆相協也。興仁親王登極之日、須必相續俻小陽之任、遂昇大統之位矣。朕晏駕之後、今上於直仁親王垂慈愛、猶朕之於親王、々々亦見今上、如見朕。天下政務并長講堂管領以下事、次第稟承、従今上迄于直仁親王、將来之相續、一如朕之遺訓矣。興仁親王一瞬之際計略、別所定置如左。
一、因幡国
一、法金剛院領〈加熱田社領〉
件國衙及院領等、一瞬之後必可返与直仁親王也。其間用意重載別帋賜之。凢夫須以孝悌守其身、以敬友終其身。亦於今上孝、敬順一如孝于朕。於臣者以前権大納言藤原朝臣〈經顕〉為重臣。先年以興仁親王欲俻太子之位之時、朕更有所思惟。而依藤原朝臣之言、遂成其事。是豈非親王之功臣乎。以斯理殊貽此命矣。若或順佞人之言、或懐奸邪之意、於今上乖敬順之義、於直仁親王忘敬友之志、雖毫釐違朕之遺訓者、罪於朕未有大焉、罪莫大於不孝。是以朕必以天眼照罸之。亦、
天照太神、八幡大菩薩、春日大明神及吾國鎮護諸天善神、惣三世諸佛、別曩祖後白川皇帝以来代々聖靈幽冥等、宜加治罸不可廻踵矣。凢継體之器者、國家之重任、社稷之管轄也。今所定、曾非好惡、非私曲。以有所観、遠貽斯言。後生必如金重、如石堅。而軽莫失朕意耳。
康永二年四月十三日〈詣長講堂、本願 皇帝真影之寶前、熟有祈請之旨、即時染筆記之〉太上天皇量仁[花押]
定め置く 継体の事
興仁親王儲弐の位に備へ先づ畢んぬ。必ず次第に践祚の運を受くべし。但し継嗣の儀有るべからず〈若し男子生まれれば、須らく必ず釈家に入れ、善く仏教を学修し、王法を護持し、之を以って朕の遺恩を謝すべし〉、直仁親王を以って将来の継体に備ふ所なり。子々孫々稟承し、敢へて遺失すべからず。件の親王を人皆法皇皇子たりと謂ふ。然らず、元是朕の胤子なり。去る建武二年五月、未だ胎内〈宣光門院〉に決せざるの時、春日大明神の告已に降る有りて、偏に彼の霊倦に依り、出生する所なり。子細は朕並びに母儀女院の外、他人の識らざる所なり。先年興仁親王立太子の日、未だ天の時を得ざるに依って、斯の事を顕はさず。今真実の理に帰り、深く商量を加へ定め置く所なり。宛ら徽安門院の実の所生と為す。是を以って昭穆相協ふなり。興仁親王登極の日、須らく必ず相続いで小陽の任に備へ、遂に大統の位に昇るべし。朕の晏駕の後、今上直仁親王に於いて慈愛を垂るること、猶朕の親王に於けるがごとく、親王亦今上を見ること、朕を見るがごとくせよ。天下の政務並びに長講堂管領以下の事、次第に稟承し、今上従り直仁親王に迄り、将来の相続、一に朕の遺訓のごとかれ。興仁親王一瞬の際の計略は、別に定め置く所左のごとし。
一、因幡国
一、法金剛院領〈熱田社領を加ふ〉
件の国衙並びに院領等、一瞬の後必ず直仁親王に返与すべきなり。其の間の用意重ねて別紙に載せ之を賜ふ。凡そ夫れ須らく孝悌を以って其の身を守り、敬友を以って其の身を終ふべし。亦今上に於ける孝は、敬順一に朕に孝するがごとし。臣に於いては前権大納言藤原朝臣〈経顕〉を以って重臣と為す。先年興仁親王を以って太子の位に備へんと欲するの時、朕更に思惟する所有り。而して藤原朝臣の言に依り、遂に其の事を成す。是豈に親王の功臣に非ずや。斯の理を以って殊に此の命を貽す。若し或いは佞人の言に順ひ、或いは奸邪の意を懐き、今上に於いては敬順の義に乖き、直仁親王に於いては敬友の志を忘れ、毫釐と雖も朕の遺訓に違へば、罪朕に於いて未だ大有らず、罪不幸に於いて大なる莫し。是以って朕必ず天眼を以って之を照罸せん。亦、天照太神、八幡大菩薩、春日大明神及び吾が国鎮護諸天善神、惣じて三世諸仏、別して曩祖後白川皇帝以来代々の聖霊幽冥等、宜しく治罰を加へんこと踵を廻らすべからず。凡そ継体の器は、国家の重任、社稷の管轄なり。今定める所、曽て好悪に非ず、私曲に非ず。観る所有るを以って、遠く斯の言を貽す。後生必ず金のごとく重く、石のごとく堅し。而して軽んじて朕の意を失ふこと莫らんのみ。
康永二年四月十三日〈長講堂に詣で、本願皇帝真影の宝前に、熟ら祈請の旨有り、即時染筆して之を記す〉太上天皇量仁
この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。
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