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一內弟、皆同じく仲兄の家に避難した。日がすこし暮れかかつてきて、多勢の兵卒が人を殺すの聲が門外に透徹した。因つて一家內中屋上に登つて暫く避けてゐた。雨が尤もひどかつたので數人共に一枚の毛氈もうせんを擁したるが絲髮かみのけが皆濕ひ透つた。而も門外哀痛の聲は耳をよだて魄を懾れしめつつ延いて夜に至つて靜まつた。そこのきよぢて屋に下り火をたゝきて食を炊いた。城中の四圍は火の起ること近きものは十餘處、遠きものは其數を知らなかつた。赤光相映じて雷電いなづまの如し、ひのはしるおとの聲耳に轟きて絕えず隱々としてゐた。又擊楚ひとをむちうつの聲も熾んに聞えて哀風凄切、慘として名狀すべからざるものがあつたので、飯は熟したなれども一家中相顧みて驚き且つ憂へ、淚下つて箸を下すことが出來ず、また一謀をも設くることも出來なかつた。〈如何なる工夫もなかつたとの意〉予が婦はさきなる金を取つて之をくだき分ちて四と爲し、兄弟各々其の一を藏めもとどりくつ、衣、帶の內に隱し持つた。婦又一の破衲やれごろも舊履ふるぐつを覓めて爲めに分ち着換へをはりて遂に目を張りて旦に達した。〈一睡もしなかつたとの意〉是の夜や鳥あつて空中に飛廻つてゐて、その鳴くこと笙簧しやうふえの聲の如く、又小兒