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あまだれ

たらん!
 たらん!
  たらん!
軒下を落ちる
雨滴あまだれ
私は聞いている。

   こどもたちは雨が降ると
  うつろな悲しい瞳をうるませて
 軒下のささやかな雨滴の穴に
ぬけた歯を埋める

風は土塊つちくれをはこび
人々は繁くゆききするので
貧しい穴は幾度もこわされ
また幾度も
雨滴は穴をうがったが――

まっしろの歯が生え変わる
 夢を追いつつ
  幼き頃埋めた歯のゆくえ
 追いつつ

たらん!
 たらん!
  たらん!
私はいつまでも
雨滴の音をなつかしく聞いている

〈昭和四年、愛誦〉

いたつきの秋

ぽつねんと
ひとり ぽつねんとぬるま湯にしたる。

りんりんりん るるりん るるりん
草むらふかく虫はなき
真昼の湯槽ゆぶね
青空をたたえてきよらかに……
村童よ 秋をゆすって
あの虫はどこでなく。

かりそめに病を得て
いまだも癒えず
いまはもう癒ゆるのぞみもすくなくに
ここに来て 温泉いでゆの里のあけくれは
ひとり ぽつねんとぬるま湯にしたる。

陽はさんさんと野天風呂にひろがり
ひなびたる村童は
あおざめし都会の男に馴れて戯々とあそぶ。
いまもとていたつきの痩軀を指して
みいら みいら)とはやすにあらずや。

ああ南国のいで湯の秋は粛條とかたむき
病はいつ癒えるともしらず、
みいら みいらと囃されて
ぽつねんと薬湯にしたれば
るる るる るるりん
あの虫はどこでなく。

〈昭和五年、愛誦〉

生樹を焚く

じゅんじゅんと生樹を焚く。

きさらぎの
曇天に、
むくもくと白煙をげて
蒼ざめた生樹を焚く。

じゅんじゅんと生樹は燃える。
葉脈がもえる。

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