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十二の窓を つぎつぎに閉めてゆく。
じゃボーン ボーン ボーン ボーン――
もの倦い呪咀の跫音を響かせて
黝い地獄の夜陰が堕ちてくる。
蛇や梟や蜘蛛や、鬼火や幽霊たちが
深海の昆布のように 樹木を掻きわけて出没
 する。

 じゃボーン ボーン ボーン ボーン――
 ながいながい昏迷の夜の 白亜の時圭台。
 わたしはぐっすり眠りつづけている。眠り
 ながらに――魑魅魍魎もののけの匍匐する あの恐
 ろしい心臓の高鳴りを数える。

   〈朝へ〉

二人の 侏儒が
黄金の鍵で
十二の窓を つぎつぎに開けてゆく。
じゃボーン ボーン ボーン ボーン……
爽やかな 光の喊声をあげて
緑の朝が 五人の皇子に駈けつけてくる。
牛や家鴨や蛙や 陽炎や兵隊たちが
天国の花々のように 馥郁といりみだれて踊
 りはじめる

 じゃボーン ボーン ボーン ボーン――
 ああ響くひびく 白亜の時圭台が、まぼろ
 しの 童話メルヘンの時圭台が……夜から朝へ――
 わたしは眠りより醒めながらに 手足を伸
 ばす。蜻蛉が殻を脱ぐように その濡れい
 ろの透翅を徐々に伸ばしてゆくように。

〈昭和十六年、日本詩壇〉

杳き暴風

海のかなた はろかに
とおざかりゆく 暴風あらし
わが死は
かく靜かに――かく寂しく――
雪雲垂るる 曠野の涯
述懐の 緑の裳衣ころも ぬぎ棄てて
慄然と 佇む
いっぽんの 裸木
   かかるとき 漆黒の大鴉
   夕昏の 枯梢にてて
   ――啼かず 翔ばず
わが太陽は 虚しく
とこ闇の瞑府に沈む。

歳月とともに
友情の花束も 色褪せゆかむ。
わが死を歎く 背属うかららも
やがては めでたく この世を終えむ
かくて 後の世に
しきを訪う 旅人が
世に人にいれられざりし 詩人うたびと
至福なるわが永却の 熟瞳うまいをさます杖もあら
 じ。

その附近あたり
紫のすみれなど ほのかに匂い
白骨は 青苔にあらわれて
轣轆と 響き
寥冷と 耀ひか
よろかげろう 墓標おくつき
春風秋雨――ひそひそやかにめぐりめぐりて
 ――

水平線ホリゾント かすかに
消えてゆく暴風あらしのごとく
わが臨終は 孤り 微笑えみつつ
靜かにしづかに――寂しくさみしくあれよ、
 と。

〈昭和十六年、日本詩壇〉