Page:Platon zenshu 01.pdf/844

提供:Wikisource
このページは校正済みです

何の異徵をも與へざりしなり。是故に余は又た余の吿發人及び余を死刑に宣吿したる者を怨むこともあるなし。彼等素より余に善を爲さんとの意志は毫も之れ無しと雖、敢て余を害したるにも非ず。而して此事に關しては、余はたゞ寬大に彼等を難ぜば可なり。

されども余は尙ほ彼等に願ふことあり。願くば友人諸君、吾が子等の成長したる時は、又た同じく彼等をも罰せんことなり。若し吾が子等德義を外にし、單に金錢或は其他の事を以つて心となすことあらんには、余が諸君を惱ませし如く、諸君は又た吾が子等を惱ませよ。又た彼等何者にても非ずして、或者なるかの如き虛託を爲す時は、諸君が注意すべき所の事を注意せず、又た何者にも非ずして或者なるかの如く考へし時、余が諸君を譴責したる如く、又た吾が子等を譴責せよ。諸君若し幸に之れを爲さば、余及び吾が子等は諸君の手より正義を受けしものと謂ふべし。

今や訣別の時は來れり。吾等各々其途に行かん、――余は死に行き、諸君は生に行く。其何れの優れるやはたゞ神之れを知れるのみ。