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是れ即ち死なり。睡眠氣絕等は唯だ靈魂のアトムの一旦著るく減少するに起因す。此くの如く吾人の靈魂はつひに離散すべきものなれども而もこれが吾人に於いて最も貴重なるもの、肉身は只だ靈魂を盛る器に過ぎず。靈の爲めに心を勞すること身の爲めにするに勝ると。

《知覺論。》〔九〕デーモクリトスは凡べて感覺は外物が五官に觸るゝによりて起こると見て諸〻の官感を觸感の屬類に外ならずと說けり。空間を隔てゝ物を感覺し得るが如きも實は其の物より發出する微部分の來たりて五官に觸るればなり。感覺を起こすには外物より發し出づるアトムが幾分の量及び强さを以て五官に接觸し來たらざるべからず。其の接觸するによりて靈魂のアトムを動かし、さて始めて感覺を生ず。視覺は外物の影像(εἴδωλα)發出して空氣に其の象を印し空氣相傳へて遂に眼を壓し其の印せられたる象を靈魂に傳ふるによりて起こる。夢幻の如きも亦皆この影像の作用によりておこる。距離遠ければ物を視ることおぼろなるは途中にて印象の亂るればなり。吾人の眼よりも發出するものありてこれ亦外物の印象を亂すことに與る。