このページは検証済みです
〈無題〉 『大人が』
大人が子供にいつた、
「この美しい本をあげよう」と
子供は喜んで訊ねた
「いつくれるの」
大人「來年になつたら」
子供は早く來年に
なればいいなと思つた
しかし次の日大人がいつた
「もうこの本をあげないよ」
子供はそつと脣をかんだ
そしてとほくの雲を見てゐた
大人はちよつと
すまなく思つた
しかし大人は考へた
「何も文󠄁句はない筈だ
何一つ損したわけぢや
ないのだから」
なるほど子供に文󠄁句はなかつた
だが子供は何も損しなかつたらうか
人の言葉を信じるといふ
尊󠄁い心を少うしばかり
子供は失ひはしなかつたらうか